人の多い駅前の小さな広場で。
菊丸は人待ち顔で佇んでいた。
待ち合わせ時間にはまだまだ時間があって。
うっかり早く来すぎてしまった自分に笑ってしまうような、困ってしまうような、どーよそれと突っ込んでしまうような。
だってだって、今日はとても久しぶりにコイビトに会えるから。
菊丸は普段持ち歩かない小さな薄い手帳を取り出した。
日記は書けない。
小学生の頃、いつも元旦から書き始めた日記は、一月の終わりにはもう忘れ去られていたものだ。
その代わりじゃないけど、行った場所くらいは書きとめておこうとスケジュール帳。
これくらいがちょうどいい。
パラパラとめくるうちに、菊丸は手帳に引き込まれていった。
いや、手帳の中の一言の向こうに見える思い出に。



「っ!? ちょっ、な、なにすんだよ、いきなり!」
「うっせーな。別にいーだろ」
「いいワケないじゃん!」
「……そんなにイヤかよ」
「イ、イヤって、その…………イヤに決まってんじゃん!」
「悪かったな。もうしねーよ」
「そうじゃなくて!」
「……んだよ?」
「……なんでしたのかがわかんないのはヤだ」
「ばっ、バカ! んなコト言えるワケねーだろーが!」
「なんでだよー! 言えよ!」
「お前が好きだからだなんて、こっ恥ずかしいコト言えるか!」
「ヤだ! 言え!」
「だ、だったらお前だって理由があればイヤじゃねえ理由を言えよ!」
「なんでだよ! したのは宍戸じゃんか! 宍戸から言え!」
「お前が言ったら言ってもいい」
「絶対ヤだ。宍戸が言わないんだったら、俺も好きだって絶対言わないもんね! べー!」
「なんだと、このヤロウ!」
「いたっ! 痛いって、もう! 首絞めん……」
「------」
「…………う、うん」
「………………」
「………………」
「……てっ! てめぇ、いきなり蹴りやが……」
「----------」
「…………お、おう」



付き合った当初は、どうしても緊張というか照れるというかで、つい他の人を同行させて宍戸を怒らせたっけ。
菊丸は小さく笑った。
元々好きだなって思っていたのが、互いに同じ気持ちを持っていたのがわかって、それまでは感じなかった照れ臭さやトキメキに狼狽して。
すごく好きだったはずなのに、電話で話すたび、メールをやり取りするたび、会うたびにもっともっと好きになってしまうことにうろたえて。
宍戸の顔を見ているだけで『わーっ!』と叫び出しそうになった。
……実は今もまだちょっとそう。
結構長く一緒にいるのに、もちろんケンカもしたのに。



「なんで宍戸はそういうコトばっか言うんだよ!」
「お前が全然わかってねーからだろ!」
「そういうんじゃないって言ってんじゃんか!」
「知るかよ! お前が勝手にそう思ってるだけじゃねーか」
「なっ、……そ、ちが……」
「お前がボケーっとしてっから」
「し…宍戸なんか……」
「ぁあ? なんだよ、文句でもあるってのか」
「宍戸なんかキライだーっ!」
「あー、嫌いで結構。せーせーするぜ」
「っ!? ……宍戸のバカーッ!」



思い出すと今でも泣きそうになる。
でも、今思い返しても、あのときのケンカの原因が思い出せない。
……たぶん、同じようなケンカを思い出せないほどの回数やっているからだと思われる。
あのときはどうやって仲直りしたんだっけ?
こっちも思い出せなかった。
たぶん、これまたあきれるほどの繰り返しに思い出せないのだろう。
実際、宍戸にはよく泣かされている気がする。
ケンカでも、それ以外でも。
(宍戸の言い分はまた別かもしれないが)



「うー」
「……えーじ」
「うー……うー……」
「英二」
「……うー」
「英二の助、頼むからうなるな。気が散る。俺、明日模試なんだぞ」
「なんだよー、ちぃ兄ちゃん。いいじゃんか、ちょっとくらい」
「ちょっとならな……」
「だってだってだって! ……連絡こないんだもん」
「……あいつか」
「うー……」
「いい機会じゃないか。あんないい加減そうなヤツ、きっとお前のことなんて忘れて遊びほうけてるんだろ」
「違うっ! 宍戸はそんなヤツじゃないもん!」
「じゃあなんだよ」
「練習してんだもん。俺のこと忘れるくらい、こないだの試合の挽回するためにいっぱいいっぱい練習してんだっ!」
「わかってんなら大人しく待っててやれよ」
「はう! ……ちぃ兄ちゃんのバカー」
「俺かよ」
「わかってても連絡ほしいじゃん! 声聞きたいじゃん! 俺だってがんばってるって言いたいじゃん!」
「だったら自分から連絡すればいいだろうが」
「宍戸ががんばってるのわかってるのにジャマなんかできるかー!」
「……あー、もう。勝手にしろ」
「うわーん、会いたいよぅ! 宍戸のバカー!」
「………………明日の模試はあきらめるか」



結局、次に会えたのはお互いが対戦する試合会場で、もちろん話すなんてできなくて。
しかも長かった髪を綺麗さっぱり短くしちゃっててビックリもいいところ。
でもそんなことよりも、見違えるようなフットワークにさらに驚いた。
応援したくて、できなくて。
もちろん乾と海堂の応援もしたくて。
どっちがポイント決めても、嬉しくて悔しくて、もうわけがわからなくて。
試合が決まったときはもう頭の中ぐちゃぐちゃだったけど。
コートを出る宍戸と一瞬目が合ったとき、宍戸はでも「まだだ。これからだ」って顔してて、本当にもう泣きそうになった。
泣きそうに、好きだと思った。
ケンカも、ケンカじゃなくて一方的にムカついたり怒ったりもしたけど、でもそのどれが欠けても今の自分たちはいなかったかもしれないと思うと、どれもが大事なものに思える。
もちろんケンカしかしてなかったわけじゃ、もちろんないけど。



「しーしーどー、もう疲れたー。もうダメー」
「あとちっとだから踏ん張れ!」
「あと少しあと少しってウソばっかー。もう2時間経つじゃんかー」
「そんだけ文句言う元気が残ってんなら大丈夫だろ」
「宍戸のバカー」
 ・
 ・
 ・
「着いたぞ」
「………………」
「……おい、口開けっ放しだぞ」
「宍戸っ!」
「お、おう」
「すっげーキレー! すっげすっげキレー!」
「そんじゃ見たな?」
「え? あ、うん。見たけど……」
「おし。んじゃ帰るぞ」
「えーっ!? 今着いたばっかじゃん!」
「今すぐ出なきゃまともな時間に帰りつかねーんだよ!」
「やだやだやだ! もう少しここにいるー! 疲れて動けないー」
「ダーメだ。遅くなってお前の兄ちゃんや姉ちゃんに文句言われんのは俺なんだぞ」
「俺からちゃんと言うからー。ね?」
「……………………だー、しょーがねぇなあ」
「へへ、もっとちゃんとこのキレイな景色見よ? 一緒に」
「ったく……」



結局あの時は帰りがやっぱりものすごく遅くなって、二人そろって怒られた。
でも怒られながらも、その日見た綺麗さを伝えようとして話しまくる菊丸に、最初は怒り倍増だった兄姉も最後には苦笑するしかなかったのだ。
後であの場所は宍戸のとっておきの場所だから、他のやつには教えるなと言われたが、ただでさえ宍戸の後についていくだけで、しかも片道五時間以上も自転車で走らなければいけない場所なんて、菊丸が正確に説明できるわけがなかった。
それ以上に、宍戸も誰にも教えてないと聞いて、絶対に他の人に言うもんかと思ったのだが。
またあの場所に、宍戸と一緒に行きたいと思う。
たとえ五時間以上の自転車が待っていようとも。
それから、あそこに負けないくらいのとっておきの場所を見つけて、今度は自分が宍戸を連れて行くのだ。
肝心の場所はまだ見つかってないけど。
そんな風にして、いろんなところに一緒に行きたい。
この先も。
ずっと……。
「おい」
いきなり横から頭を小突かれた。
思いにふけっていた菊丸は飛び上がらんばかりに驚いた。
「あ……宍戸」
「なに、締まりのない顔してんだ」
「あ、ひっどいのー。宍戸のこと考えてたのにー」
「バーカ」
また軽く小突かれる。
「だったらよけい、そういう顔は俺の前でだけしてろっての」
「う……!」
フェイントで甘いことを言われて、今更ながらに顔が赤くなるのがわかる。
もちろん口調は全然いつも通りでぶっきらぼうだけど。
それが宍戸の照れ隠しだということは、それこそもちろん菊丸には、もうわかりきったことなのだ。
「宍戸ぉ、言ってて恥ずかしくない?」
「うっせ。ほら、行くぞ」
「はいはいは〜い」
「夕べ、お前んとこの兄ちゃんから電話あったぞ。相変わらずだな、お前んち」
「ぅえ〜? まだ宍戸んとこ電話してんの? もー、困った兄ちゃんだなぁ」
歩きながら会えなかった時間を埋めていく。
「おーとり元気? 跡部とか忍足とかジローとかは?」
「殺しても死なねーよ。あいつらは」
一緒にいられることが嬉しい。
「ねー、宍戸」
「ん?」
「ずぅ〜っと一緒にいよーね」
「…………」
「えー? 『バーカ、あたりまえだろ』って言わないのー?」
「バカ……」
「あ、宍戸耳赤い〜♪ ねー、言って言って。ね?」
「言うか、バカ。わかってんならいいだろ」
「えー? 言ってよー」
「言わねぇっての」
「宍戸のケチー」
「なんでそんなこと急に言うんだ、お前」
「ナイショ〜。宍戸が言ってくんないなら言わな〜い」
「言えよ」
「や〜だよ〜ん。宍戸が言ったら言う」
いつものじゃれあい。
いつものケンカ。
ずっとこうしていければいい。
未来(ゆめ)を思うとき、お互いのことを考えずにはいられないほど近くに。
体は別々で離れていても、気持ちはひとつに繋がっている。
そんな風にいられたらいいな。

いつの間にか追いかけっこになってしまった宍戸をちらりと振り返って見ながら、菊丸はやっぱり宍戸曰くの『締まりのない顔』をしていることに気づいてはいなかった。
その甘くて幸せそうな顔に、宍戸が大いに照れながらもそれ以上に幸せに思っていることも。


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