「おーとりっ! おっ待たせ〜」
「菊丸さん」
体当たりするように後から抱き付いてきた菊丸に、鳳は相好を崩して振り返る。
「あ〜あ、今日こそは鳳より早いと思ったのににゃ〜」
「そんな……」
「あはは、まいっか。行こ行こ」
鳳は決して遅刻をしない。
待ち合わせの初回に3分14秒の遅刻をして以来、すっかり反省した鳳は、菊丸がどんなに待ち合わせの時間より早めについても、必ずすでにいる。
実は気になって菊丸は待ち合わせよりも1時間も前に来たことがある。
しかし、その時でさえ鳳はもういて(さすがに着いたばかりのようだったが)菊丸は目を丸くした。
よっぽど遅刻が嫌なんだろうとは思うが、いつかは『あんまり早くに着くな』と言わなければと思っている。
なぜなら、待っている間に鳳に集まる女の子の目が嫌だったので。
あからさまに待ち合わせな風情の鳳に声をかける子はまれだったが、それでもチラチラと鳳に向けられる視線は菊丸を落ち着かなくさせた。
ただいつ言うかが問題で、うまくタイミングを掴めないでいたりするわけだ。
なにしろ焼きもちを妬いているニュアンスは隠して言いたいではないか。男としても年上としても。

それはさて置きデートである。
二人のデートはチープだ。
だって中学生だし。
本当は鳳が全部出すと言ったのだが、菊丸はそれが嫌だと言って(ええ、男としても年上としても、ね)結果的にチープにならざるを得ない。
菊丸家も赤貧とは言い難いのだが、なにしろ人数が人数なので必然的に一人にまわってくる金額は少なくなるのだ。
今日のデートは、まずウィンドウショッピングをして、テニスをして、昼食を挟んでまた街でブラブラ。
幸い菊丸が小遣い日後なので、いつもよりちょっぴり裕福なデートになるはずなのだ。

「そんで宍戸ってさ」
「ああ、そういうとこありますね」
テニスで一汗流した後は昼ご飯。
今日は菊丸がお弁当を作ってきていた。
せっかくの小遣い(でしかもデート)なのだから、食事よりも遊ぶ方にまわしたかったらしい。
菊丸の作ってきたサンドイッチを食べながら、しかし話題は宍戸であった。
なにしろ二人の共通話題と言えば、テニスと宍戸くらいなのだから、何か間違っている気もするが仕方がない。
今頃は宍戸もくしゃみの連発だろう。
食後のお茶とデザート代わりに菊丸が出したのは、ほんのり甘いミルクチョコレート色の飲み物だった。
「ココア。甘いもん嫌いじゃないよな?」
「はい。美味しいです」
にこにこと口をつける鳳に、菊丸も嬉しそうに笑う。
いい天気だった。
外で食事をするにはまだ早い季節でも、テニスで汗ばんだ体には気持ちがいい。
鳳は一つ深呼吸をした。
今日は一つの野望を抱えてきたのだ。
「あっ、あのっ!」
「ん?」
膝の上でカップを持つ手に力を入れて。
「俺、今日誕生日なんです」
「え〜っ!? 聞いてないよ、そんなの〜」
なんにも用意してないよ、と言う菊丸に、鳳はここが肝心と更に緊張した。
「えと、だから、その……プレゼントにキ、キスしてもいいですか」
「へ!?」
菊丸は一瞬固まって、それから鳳を見てにっこりと笑った。
「ダメ」
それからそそくさと食べ終わったものを片付けて立ち上がる。
「まだ時間はあるからプレゼント一緒に買いに行こ」
ほら早くと手を引く菊丸に、鳳はがっかりしながらも立ち上がった。
嫌われなかっただけよかったのかもしれないと、ささやかによかったことを探して自分を慰めてみたりして。
そんな鳳の気持ちにも気付かぬげに菊丸は機嫌よさそうに歩く。
進路は駅前に向かう方向じゃない。
鳳はわけもわからぬままついて歩く。
小さな建物裏について菊丸は立ち止まって荷物を下に置いた。
「鳳」
くるっと振り返って、菊丸は鳳を見上げて嬉しそうに笑う。
「誕生日プレゼントにキスなんて、俺絶対ヤだかんね」
にこにこと。
鳳にはなんでこんなに菊丸が嬉しそうなのかがわからない。
「はあ……」
「キスはプレゼントとかじゃなくて、したいからするモンなの。だから……キス、しよ?」
鳳は一瞬何を言われたのかわからなくて、そして次の瞬間沸騰した。
「はっ、はい!」
勢いに任せて菊丸の肩に手を乗せて。
「俺は菊丸さんにキスしたいです。だからします!」
いや、だからと言って宣言しなくても。
思わず呆気に取られた菊丸だったが、すぐに目を閉じる。
鳳が勢いのままに顔を近づけてきた気配がしたが、唇に触れたのはそっと軽い感触。
その一瞬に、二人はさっきのココアの甘い香りがしたのを感じた。
「……あのさ」
二人ともなんとなく気恥ずかしくて目を合わせられないまま、菊丸が小さく囁いた。
「さっきのココア、あれウソ」
「えと……」
菊丸の言いたいことがわからなくて鳳は口ごもる。
「あれ、ホントはホットチョコレート……なんだ」
誕生日にかこつけた作戦でいっぱいいっぱいになっていた鳳にも、それでやっとわかった。
誕生日以外の今日の意味。
「菊丸さん……」
感動。もしくは幸せ。
それ以外に今の心境を表現する言葉が鳳には思い浮かばなかった。
「好きです、菊丸さん。後で俺からのチョコレートも受け取ってくださいね」
「うん!」
嬉しそうに笑う菊丸に、鳳はもう一度キスをした。
もちろん誕生日だからでもバレタインだからでもなく、年上の恋人がとんでもなく可愛くて、したくてたまらなかったからである。


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