| 「ねぇねぇねぇ、菊丸くぅ〜ん」 菊丸は今日、数えるのも嫌になる回数目のため息をついた。 「ね? いいじゃん。ちょうだい」 深く深ぁ〜くついた。 「チョコちょうだい、チョコちょうだい、チョコちょーだぁい」 どさくさに紛れて腰に回ってくる腕をぺいっとのける。 そのまま一歩先に歩いて、追撃をかわした。 「俺、男だって言ってんじゃん」 「知ってるよ〜。菊丸くんとはあ〜んなコトや、そ〜んなコトまでした仲じゃん」 「ウソつけっ!」 してません。 ……まだ。 そう、まだ。 まだだよ、悪いかチクショウ! 菊丸は心の中でキレた。 いったい誰に向かって言っているつもりなのだろうか。 「女の子にいっぱいもらっただろ」 「き、菊丸くん、それって……焼きもち?」 菊丸には半歩後の千石の目が嬉しそうに三日月になったのまで見える気がした。 が。 「事実を言ってるだけでーす」 「ちぇー」 くすん、と小石を蹴るふりをする千石。 いや石ないし。 「菊丸くんの愛が欲しいなぁ〜」 たいがいしつこいと思う。 今日あって1時間半は経つけど、その間ずっとこの攻撃なのだ。 でも男がバレンタインにチョコレートを買うのは勇気がいると思う。 バレンタインが関係ないときならなんでもないけど。 特にバレンタイン当日にチョコを買うなんて、ものすっごく恥ずかしい。 色んな意味で。 ……とは言うものの、なんだかこれだけ言われけてると、ちょっとくらいならいいかな、なんて気にもなってくるかもしれない。 なんだかんだ言ってるけど、やっぱり菊丸は千石が好きなわけで。(そうじゃなきゃ、付き合ったりしない!) ちゃらんぽらんに見えるし、所構わずベタベタしてくるし、言動だって軽くて超女の子スキーだけど、けっこう色んなもの見てるし、さりげない心遣いなんかも上手いし、やっぱり優しいし、いざって時はカッコいいのだ。 一人心の中で心行くままに惚気た菊丸はチラッと千石を見た。 どうしようかなぁ。 などと悩んでいたが、ちょうど目の端にうつったコンビニに、菊丸の気持ちは決まった。 同じアホなら踊らなきゃ損だって言うし。 そのままコンビニに入る。 千石は菊丸の決意なんて知らないだろうに何も言わずについてくる。 迷わず菓子類のコーナーに向かうと、望んだものはすぐにみつかった。 これだけ買うのもなんだけど、今日はカンベンしてもらおう。 そそくさとレジをすませて外に出た。 千石が何か言いたげに後をついてくる。 だけど菊丸も何も言わずにそのまま歩いた。 向かうのは人のいないところ。 たぶん前に行ったあの公園(もどき)なら人がいないはず。狭くて何にもなくて見晴らしは悪いわベンチは腐りかけてるわ、駅前に近いというのにエアポケットみたいに人がいるのを見たことがないし。 その公園の、更にずずいっと奥まで行くと、本当に人の気配までなくなった。 ちょっと汚いビルの側面。窓も上をずらすだけの小さいのしかなくて。 「あー、菊丸くん?」 足はやっと落ち着いたのに、代わりに心臓がばくばくいってる。 くるっと千石の方を振り向くと、手のひらを広げて持っているものを見せた。 「さて、これはなんでしょ〜」 「……チ○ルチョコレート」 正解。ちなみに定価は20円。 千石の目が『くれるのかな? くれるのかな?』って言ってる。 「こんなんもらって嬉しいの?」 「そりゃ菊丸くんがくれるんだもん。嬉しくなかったらウソじゃない?」 に〜っこりって感じで千石が笑うもんだから、菊丸の心臓は更に元気になった。 「こんなモンでいいなんて、ちょっと安上がりすぎない?」 うっかりまた憎まれ口なんか叩いちゃったりして。 ああ、もう今日はせっかく踊っちゃおうと思ったのに! 「それでもいいって。もしそのまま自分で食べちゃったりなんかしたら、俺泣いちゃうよ」 「ふう〜ん、泣いちゃうんだ?」 菊丸は楽しそうにチョコレートの包みを開けた。 指でつまんでパクッ。 「あ……」 がびーんとした顔の千石に、目を閉じて咥えただけのチョコレートを差し出した。 「ん」 一瞬え? と目を丸くする千石に片目だけ開けて『いらないの?』と無言で聞けば、千石の顔が嬉々と輝く。 目を閉じ直して待つ暇もなく、すぐに暖かい感触がしてチョコが奪われた。 顔が離れたのを感じて目を開けると、千石は緩みきった顔でモグモグしていた。 この際、にやけて伸びきった鼻の下も可愛いと思っちゃう辺り、自分も終わってる。 「千石がのんびりしてるから、チョコ溶けちゃったじゃん」 唇のチョコに触れていたところがベタベタする。 だけど自分では舐めない。 そして、もちろん千石はちゃんとその意味を理解した。 あっという間に食べ終えると、すぐに菊丸の頬に手を当ててまた顔を寄せる。 「そのチョコも舐めちゃっていい?」 ぺろりと自分の唇を舐めながら囁く声が、いつになく男っぽく聞こえてヤバイなと思った。 「……チョコは千石にあげたんだから、全部千石んだよ」 目を閉じればすぐに暖かく触れる感触。 その後は甘いChocolate Time。 「ホワイトディには1000倍のお返しするからね」 嬉々として言う千石に、菊丸がちょっとだけ(あくまでちょっとだけ)後悔するのは、また別の話だった。 |
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