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第一話 始まりのとき
ここは、【リューキュー地方】。カントー地方よりもさらに南にあり、一年を通して、気温や季節の変化が激しく、緑の多いところです。
これは、そこに暮らす三人の少女たちと、[七つの水晶]と呼ばれる不思議な水晶の物語。
「リュートーっ。ミージューっ。早くーっ」 リューキュー地方の主要都市、【ナハナシティ】から少し離れた林の中を、空色の髪の少女が凄いスピードでかけぬけていく。 水のような長い空色の髪と肩に掛けたバックが、少女の肩や背中に触れては、すぐに跳ね上がる。 「クーリュぅっ。待ってよぉーっ。…ハァ…、ハァ…。速すぎぃ…」 「少しスピード落としてくれよっ!追いつけないじゃないか!」 後から、オレンジの短髪の少女と、緑のセミロングの少女が息を切らして走っていく。 セミロングの少女は、<リュート・リモネア>。自然が大好きな、少しのんびりやな性格で、伸ばし口調で喋るのが癖だ。 短髪の少女は、<ミージュ・レザスティ>。言葉づかいは少し粗いが、炎のような短気さと、日差しのような優しさを合わせ持つ、ちょっと破天荒な少女。 「そんなこと言ってたら、バスに乗り遅れるよっ」 そう言いながら走っていく少女の名前は、<クーリュ・セティノリス>。運動神経は抜群、天真爛漫で気分屋、少しおっちょこちょいなのが玉に瑕である。 三人が今向かっているところは、この林を抜けた先にある、【グリーンヒル前】というバス停。一時間に数本しかバスが止まらないほど閑散(かんさん)とした場所だが、彼女たちは今日どうしてもそこへ向かう必要があった。 ようやく、一人は晴れやかな表情で、二人は息を切らしながらそこにたどり着いた。
=続く=
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第二話 緑の祭り
三人は、バス停に止まっていた一台の薄緑色のバスに乗り込むと、入り口に近い座席に座った。 倒れこむように座り、肩で息をしていたリュートが、涼しい顔で隣に座ったクーリュに恨みがましい視線を向けた。 「クーリュ。もうちょっとで、いいからさ、スピード、落として、走れないかなぁ?いっつも、速すぎて、追いつけないんだけど」 「しょうがないでしょ。これが私にとっての普通のスピードなんだから。リュートがいつも遅すぎるだけじゃない?」 「だから、それが速すぎ、なんだって、ばぁっ!」 隣に座った二人は早速ぎゃあぎゃあと言い争っている。 この二人が言い争うときは、決まってこの話題になる。分かりきっている話をわざわざ聞くことも無いだろう。 窓際の席に座ったミージュは、そう思いながら退屈そうに窓の外の景色を眺めていた。 そして、ふと思い出したようにいつも肩から斜めに下げているポシェットを探り、折りたたまれた一枚のチラシを取り出した。 二日前にミージュの家に届いたそのチラシは、《第1000回緑の祭り》の開催について知らせるものだった。 植物を表した薄い緑色の紙に、蔦を模した不思議な図形の枠。 その中に、《第1000回緑の祭り》の文字と、キモリ、チコリータ、フシギダネの絵。そしてその下には、濃い緑色の大きな字で、《1000回記念特別イベント開催!》の文字があった。 (どういうイベントなのか、具体的なことは書かれていなかったが) 三人が乗り込んだこのバスも、祭りの間だけ走っている臨時バスで、終点はその開催地なのだった。 《緑の祭り》とは、昔からリューキュー地方で自然の恵みに感謝して行われる感謝祭のようなもので、毎年、雨が多く、植物がよく茂る夏のこの時期に行われており、リューキュー地方の名物として知られていた。 ミージュは、そのチラシを再び丁寧にたたんでポシェットにしまうと、隣の二人の方をちらっと見た。 もう言い争いは終わったらしく、二人は静かに前を向いている。 (クーリュは、まだ少し不機嫌そうな顔をしていた) やがて、ドアが静かに閉まり、バスは開催地へと出発した。窓から見える景色が、流れるように移り変わっていく。 三人ともこの時は、この祭りの後に起こる大変なことや、その後に待ち受けている冒険のことなど知るよしもなかった。 =続く=
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第三話 入場門で
やがてバスが止まり、静かにドアが開くと、三人はバスを降りて開催地へと向かった。 開催地への道は沢山の人で溢れていて、はぐれないようにするのが大変だった。 「ここからだと会場はすぐ近くだし、五分足らずで着くね」 「そうだね。それじゃぁ…出てきてっ!ミーロッ!」 クーリュは、バックからモンスターボールを出すと、<ミーロ>と呼ばれたミズゴロウを出した。 「人一人に着きポケモン一匹連れてきて下さい、ってチラシに書いてあったし、出たがってたようだし」 「そんなこと書いてあったか?ま、いいか。それなら…いっけぇー!アチャリィ!」 ミージュも肩に提げた自分のポシェットからモンスターボールを出すと、<アチャリィ>と呼んだアチャモを出す。 アチャリィは頭を大きく振ると、嘴を開け大きな欠伸をした。 「そうだったね。じゃあ、行くよっ。チコリー!」 リュートもズボンのベルトから手際よくモンスターボールを一つ外して、チコリータの<チコリー>を出した。 ボールから出されたチコリータは、右の目が深い緑色をしていて、普通のチコリータよりもちょっと大きかった。 ミーロが嬉しそうに甘えた声を出しながらクーリュの足に擦り寄り、チコリーは楽しそうにリュートの頭の上によじ上った。 「それじゃあ、行こうか。行くよ、アチャリィ」 呼ばれたアチャリィが、「チャモ〜」と嬉しそうに鳴く。 「楽しみだね〜、チコリー(頭ちょっと重いけど)」 リュートの頭に乗ったチコリーも、「コリ〜」と明るく笑う。 そして彼女達は、お祭り専用に木と蔦で作られた入場門をくぐり、お祭りの中へと入っていった。
=続く=
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第四話 祭りと伝説
お祭りの会場は、様々な人やポケモンでにぎわっていた。 年齢や見た目など、それぞれの違いはあるものの、皆一概(いちがい)に楽しそうな表情をしていた。 「さーてと、何しよっかなー」 「そうだな。まずは、綿あめでも買おう」 「後、一応焼きそばもね〜、ミージュ」 「はいはい、分かってるよ」 三人は、人やポケモンでごった返している道を進み、まずは綿あめ屋へと向かった。 綿あめ屋で買った綿あめを食べながら歩いていると、ふと《ポケモン花火大会》と書かれたチラシが目に入った。 リュートがそれを読み上げる。 「えー、何々ぃ…。祭りの後、午後×時より開催…、だって」 「えー、今までそんなイベントなかったじゃない」 「ええーっと、1000年記念…、だって」 「1000年記念ねえ…。あっ、ちょっと二人ともさ、“七つの水晶伝説”って聞いたことある?」 「「ない」」 「即答かいっ。まあいいや。あのね…」 そう言ってクーリュが話してくれた伝説によると、[七つの水晶]と言うリューキュー地方の平和を守っている(らしい)水晶は、その封印が解けると砕けて七つに散らばり、封じられていた悪しき心を持ったポケモン達が、この世界に出てきてしまう(らしい)のだということだった。 らしいと表現するのは、誰もそれを見たことが無いからだ。 「じゃあ、その封印がかけられたのってぇ、一体いつなの?」 「ちょうどこのお祭りが始まった頃みたいだよ」 「ふむ。何か不吉なことが起きなきゃいいんだが…」 そう思いながらも、お祭りを楽しむ三人だった。
=続く=
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第五話 解かれた封印
彼女達三人が楽しんでいるうちに、お祭りもそろそろ終わりに近づき、やがて《ポケモン花火大会》の時間になると、三人は花火の打ち上げ場所に向かった。 「楽しみ楽しみ〜。早く始まんないかなぁ〜」 リュートは待ちきれないのか、クーリュの右隣で先程から楽しそうにはしゃいでいる。 一方、彼女の左隣にいるミージュは、先程から不思議な目をして空を見上げていた。やや怪訝そうな表情で、クーリュがミージュに話しかける。 「ねえ、どうかしたの?ミージュさっきから変だよ」 「え?いや、別になんでもないんだが…」 そう言いながらも、ミージュの様子が何だかおかしい。 どこか遠くを見るような目で、空の南西の方角ばかりをじっと睨んでいる。僅かながら、目元が険しさを含んでいた。 クーリュがそんな彼女を心配そうにじっと見つめている間に、夜空には打ち上げられた花火が次々と広がっていく。それぞれの花火が水晶のように輝き、きらめきながら、夜空に消えていく。 そして、最後の花火のきらめきが夜空に消えた時だった。 突然、南西の方角から赤、青、黄色、緑、白、紫、水色の七つの光が、まるで流星群のような速さで飛び出してきた。 そしてその光が途中で七つに分かれて消えたと同時に、同じ方向から、まるでこの世の終わりを告げるかのような轟音が響いてきた。 会場の明かりが消え、観客が騒然となる。 「な、何これぇ!!」 「分からない。だが、伝説が本当なら、どうやら[七つの水晶]とやらの封印が解けたみたいだ」 「え、解けた…って、それじゃ…」 「ああ。もし伝説が本当なら、もうすぐ悪しき心を持ったポケモン達がこの世界に出てきてしまうかもしれない」 「そんな…。どうすれば…」
=続く=
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第六話 クーリュの家で
おろおろと辺りを見回すクーリュに向かって、ミージュが冷静に言った。 「どちらにしろ、ここでもたもたしていてはダメだな。とにかくクーリュ、君の家に行く。その方がいい」 「え?何で?どうして私の家なの?」 「いいから!早くしないと大変なことになる!」 「あっ、う、うん、分かった」 「あっ、ちょっと待ってよ二人とも〜」 急いで歩き出した二人の後を、ようやく気付いたリュートが慌てて追いかけた。
そして五分後…
三人は、クーリュの家の、彼女の部屋にいた。 「…そっか。ミージュがさっき私の家に行こうって言ったのは、私が持っていたこの本に何か書いてあると思ったからなのね。でもどうしてそのこと知ってたの?」 クーリュが手にしているのは、“七つの水晶伝説”という、やたらと古めかしいタイトルの本。 ポケモンのタマゴほどの大きさで、表紙にはクーリュの知らない三体のポケモンが描いてあった。 一体目は赤く、長い首をしていて、黄色く丸い三角の瞳をしていた。腕は細く、膨らんだ先端部分に三角の爪が付いている。 体の両脇から突き出した翼の形はポッポやピジョンとは違い、ジェット機の翼に似ていた。 二体目も同じような外見だが、こちらは青く、鋭い三角の目をしており、体つきも一体目よりも大きく、少し違っている。 三体目は他の二体と異なり、緑の体色に同色の翼が背中から生えており、縁は赤く縁取られている。二体と決定的に違うのは、赤いレンズのようなもので覆われた両目だ。 いずれも、リューキュー地方では見たことのないポケモンだった。 「この前遊びに来た時に、ちらっと目にしたんだ。不思議な題名だったから、何となく覚えてただけ」 「そうなんだぁ…。でも私、多分生まれてから一度もこの本読んだことないと思うし、この本が家にあったことすら忘れてたわ」 「読んだことがない本だから何か書いてあると思ったんだ。多分、何か伝説について書いてあるかもしれない」 「それじゃあ、早速ミージュが読んでみて」 「OK、分かった。とりあえず、ヒントだけでも探してみる」 ミージュはその本を床に置くと、ページを広げ読み始めた。 炎が紙を舐めるように、指がもの凄い速さでページをめくっていく。 =続く=
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第七話 召喚の呪文
ページをめくっていたミージュの手が、ふと動きを止めた。 「あれ?おかしいなぁ…。この本どうなってんだろ」 「どうしたの?その本、何か変なところがあったの?それとも、そのページに何か気になることでも書いてあったの?」 「いや、違うんだ。そうじゃなくて、このページから先が何だか接着剤でくっついてるみたいに開かないんだ。変だな…」 ミージュの言う通り、最後から50ページほどが、まるで接着剤でくっついてしまったかのようにピッタリと閉じている。 「おかしいわね。こんなにピッタリ閉じてるなんて。私、一回も読んだことが無いから、いたずらなんかしてないよ」 「三人で引っ張ってみよっかぁ?そしたら開くかもよ」 三人で思い切り力を入れて引っ張ったが、ページは動かない。 「あれ?このページぃ…」 突然、手前でページを引っ張っていたリュートが声を上げた。 「リュート、どうしたの?」 「あ、このページの上についているの…。ほらこれ、何かの呪文みたいだよ〜」 リュートが言う通り、ページの上には、何かの呪文のようないくつかの単語が、すっかり色が褪せたインクで書かれている。 象形文字なのか、はたまたただの落書きなのか、崩れた書体はひどく読みにくい。 「ん〜、どれどれぇ?この字、随分昔の字だなぁ」 古代文字が得意なクーリュが、身を乗り出してそれを読む。読みながら、彼女の癖で少し顔をしかめていた。 「えぇーと…、“アスロ・ウェスナ・ロム・ホリシア。古の時よりここに封印されしポケモンよ、今この時より我等の前に姿を現し、我等の力となりたまえ”だって。何とか読めたよ」 「三人で言ってみる〜?もしかしたら何か起きるかも」 リュートの伸ばし気味の言葉に、後の二人がやや緊張気味に頷いた。
三人がその呪文を唱え終わった途端、まるで本の表面に波紋が出来たかのように、書いてある文字がゆらゆらと揺れだし、形を変えた。そして次の瞬間、突然眩しい光が本から飛び出した。 「「「!!」」」 三人が息を呑む。
=続く=
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第八話 伝説のポケモン
本から飛び出した光は、やがて少しずつ形を変え、三体のポケモンの姿になった。 「ここはどこなの?私たち、眠りから呼び覚まされたみたいだけど…」 そう言ったのは、赤と白の体色のポケモン。黄色の丸い三角の目が、不思議そうに瞬きをする。 「封印が解けたのか?【魔界】の気配が濃くなっているみたいだし」 長い首を動かしているのは、青と白の体色のポケモン。つり上がった目は赤く、鋭く光っている。 「あら、そういえばあなたたちは?もしかして、私達を呼んだのはあなたたちなの?」 クーリュ達の方を向いてそう尋ねたのは、緑の体色のポケモン。目には、赤いレンズのようなものが被せられていた。 その姿は、間違いなく本の表紙に描かれていた絵と同じだった。 「しゃ、しゃべったぁ…」 「あの、私はリュートです。あなたたちは、一体誰なんですか?」 先に答えたのは、持ち前ののんきさで素早く立ち直れたリュート。すると、赤い体のポケモンが、静かに彼女達の方を向き、口を開く。 「私はラティアス。≪水晶を守る者≫の一人です」 澄んだ声で言われた言葉の意味は、三人には分からない。 次に口を開いたのは、青い体のポケモン。外見に似合わず、その声は優しげだ。 「僕はラティオス。僕も、≪水晶を守る者≫の一人です」 そして最後に口を開いたのは、緑と赤の体のポケモン。赤いレンズの奥の目が、一度瞬きをする。 「私はフライゴン。≪水晶を守る者≫の一人です。それでは、あなたたちが≪水晶の継承者≫なのですね」 三人には、フライゴンが言った≪水晶の継承者≫という言葉の意味もよく分からなかった。それ以前に、なぜ三匹が現れたか分からず、混乱していた。 「何だかよく分からない…。もう頭がぐちゃぐちゃ…」 「事情は今から説明します。 その前に、そこの水色の人」 「わ、わ、私、く、クーリュっていいますです。で、えと、その…、な、何ですか?」 「それじゃ、クーリュさん。そこに落ちている本を拾ってくださいませんか?」 ラティアスに言われて初めて、クーリュは、足下に“七つの水晶伝説”を落としていたのに気づき、言われるままにそれを拾い上げた。 「その中から、“創世のポケモン”と言う伝説を探して読んでください。説明はその後で」 クーリュは、言われた通りに本を開き、探していたページを見つけると、本を両手でもって読み始めた。
=続く=
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第九話 伝説と決意
クーリュが読んだ話は、次のようなものだった。
“遙か昔、この世界を創ったラティリス、ラティエス、フライリンの三体のポケモンがいた。三体は創世が終わった後、自分達の力を利用しようと企んだ≪悪しき心のポケモン≫達を【魔界】と呼ばれる辺境の地に追放し、その入り口を[七つの水晶]と呼ばれる不思議な力を持った水晶で封じ、1000年の間は絶対に解けない術を施した。”
「えっと…、読み終わりましたけど」 「ありがとうございます。実はその伝説には、本に書かれていない続きがあるんです」 「え?それって、一体どういうことで…」 リュートが言い終えないうちにミージュが話しだした。 「続きを知ってるんなら、早く教えて欲しい」 「ちょっとミージュ!いくらなんでもそんな言い方無いでしょ!」 「いいんですよ、クーリュさん。それじゃ、続き話しますね」 その後、ラティアスが話してくれた続きによると、
“その後、三体は封印が解けた時のために、八匹のポケモンに、≪水晶を守る者≫の称号を、そして、三人の人間に≪水晶の継承者≫の称号を与えた。”
ということで、≪水晶の継承者≫は、封印が解けた後に七つに散らばってしまった水晶を、もう一度元に戻さなければいけないらしい。 「その≪水晶の継承者≫が、あなた達なのです」 「そんな…。どうして私たちが…?」 「他に誰か、その、≪水晶の継承者≫はいないんですか?」 リュートの質問に、ラティアスは首を振って答える。 「ダメなんです。あなた達以外の人や、普通のポケモンが触れたりしたら、水晶の力が暴走してしまうから。それに、≪水晶の継承者≫は、あなた達以外にはいないんです」 すると、それまで黙り続けていたミージュが、いきなり声を発した。 「分かった。要するに、私達が行けばいいんだろ?その散らばった水晶を元に戻すために」 「ちょっとミージュ、本気なの?」 「だって他に人がいないんなら、私達で何とかするしかないだろう」 「それはそうだけど…。でも…」 はっきりとしないクーリュに苛立ったように、「あ〜もう!」とミージュが叫んだ。 「君達がそうやってぐずぐずしてるんなら、私だけでも行く!どうせ待ってたって結局は同じなんだ」 普段は決して見ることの出来ない、ミージュの烈火のような気迫に、やがておずおずと、しかし力強い声でリュートが返した。 「…わかった。ミージュがそこまで言うんだったら、私も行く」 「ありがと。…それで、クーリュはどうする?」 十の視線がクーリュへと集まる。 クーリュはしばらく唸った後、覚悟を決めたように言った。 「…分かったよ。私も一緒に行くから」 「それでこそクーリュね〜」 こうして決意を固めた三人。
「OK。じゃ、早速支度して…」 早まるミージュに、リュートがそっと言う。 「ミージュ。みんなもう寝てるよ〜」 確かにリュートの言う通り、二人以外の全員が寝てしまっていた。 幸せそうなクーリュの寝顔に、ミージュは疲れたように息を吐いた。 「揃いも揃って眠り姫かこいつらは…」 「まあ寝てからでも遅くないか…。私達も寝よ〜」 リュートもそう言うと、さっさと寝てしまった。 十秒もしないうちに、寝息が聞こえ始める。 「ほんっと、みんなのんきだなあ…」 そうぼやきながら、ミージュも寝ることにした。
=続く=
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第十話 旅の始まり
翌日。旅の始まりを表すかのような、雲ひとつない晴天の日。
「それじゃ、みんな用意は出来た?出発するよ」 クーリュが、後ろにいる二人と三体の姿を見て言った。 「OKだよ。いつでも出発できる」 「もちろん、いつでもオフコース、かなぁ?」 二人が答えた後、ラティアスが爪が三本ついた手を前に出す。 「わかりました。それじゃ、いきますよ」 ラティアスが手を広げ、何か一言呟くと、三人と三体は光に包まれる。それは、決して目が痛くなることのない優しい光だった。 しばらくして、三人が何時の間にか閉じていた目を開けると、そこは全く別の場所で、彼女達はなだらかな丘の上に立っていた。 山の上からは、近くの町が一目で見下ろせる。町を見たクーリュが、思い出したように、口に手を当てて言った。 「ここ…もしかして、【ガラッシュタウン】?私達が昔住んでたとこじゃん!」 「みたいだね。町全体が、キラキラしてる感じで懐かしいしぃ」 「でも、どうしてここに?あっ、もしかして…」 クーリュの言いたいことが分かったのか、彼女の隣で鋭い目をして町を見下ろしていたラティオスが口を開いた。 「どうやらここに水晶の一つがあるようですね。ほんの微かにですが、水晶の気配がしましたし」
=続く=
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第十一話 ガラッシュタウン
【ガラッシュタウン】は、リューキュー地方の南東に位置する町で、ガラスやプラスチックなどの生産が非常に多い。 そのためか、町全体がキラキラしているような感じだ。 「やっぱり前よりも凄くなってるなぁ」 「前よりもっと発展したって、そういうウワサは聞いてたけど、ここまでとはね。驚いたわ」 「ともかく、この町の何処かに[七つの水晶]の一つがあることは間違いないんだから、早く行こう」 「うん、そうだね。それじゃ早速…ってラティアスさんっ!?」 先程まで隣にいたラティアス達の姿が、いつのまにか消えている。 まさか、先に行ってしまったのか。 髪の色と同じくらい青ざめたクーリュは、慌てて大声でラティアスを呼ぶ。 「何処ですかラティアスさーん!?」 「あ、すいません。ここですー」 近くの木の陰から、謝罪と共にラティアスが現れた。 その姿を見て、クーリュは思わず叫びそうになった。 もちろんその直前にミージュが口を押さえたので、危うく叫ばずにすんだのだが。 先程までポケモンの姿だったはずのラティアスは、なんと人の姿をしていた。 後から出てきたラティオス、フライゴンも同じような姿だ。 「町の中ではこの姿の方がいいでしょう?これだと情報収集だって楽にできますし、それに何より皆さんと同じ姿の方がいいんです」 驚く三人にラティアスが澄んだ声で言い、フライゴンが同じような声音で続けた。 「じゃ、行きましょう。早く水晶を探さないと」
ガラッシュタウンはリューキュー地方の三大工芸の町の一つとだけあって、やはり人の出入りが盛んだ。 町の殆どの店は、ガラスやプラスチックの製品を売っている。 流石に町の特産品とだけあって、ガラス製品にも様々な工夫が施されていた。 始めのうちは、三人ともそれを眺める余裕があったのだが、流石に一時間、二時間と経つにつれ、だんだん疲れが出てきて、とうとう、 「ダメぇ〜、もう動けないよぉ〜」 「ラティアスさん、もう休みましょう?」 「喉乾いた…」 「しょうがないですね。それじゃ…」 ラティオスが辺りを見渡すと、【喫茶店クリシア】と書かれた看板が目に入った。 入り口の扉は青いガラス張りで、中も青系の内装が施されており、とても涼しそうな雰囲気がする。 「丁度いいです。あそこで休みますか」 そう言うとラティオス達は、ぐったりしている三人を半ば引きずるようにしてその喫茶店へと入って行った。 引きずられた三人が、くぐもった唸り声を上げるのを、通行人が不思議そうに見ていた。
=続く=
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第十二話 イリスとイシス
さて、喫茶店に入った(正しくは、喫茶店までラティオス達に無理やり引きずられていった)三人はと言えば、 「「「―――――――――――――――――――――…」」」 テーブルに突っ伏して、もはや喋る気力すらないようである。 早くもバテ気味な三人のところへ、ウェイトレスらしきエプロンをして盆を持った小柄な少女が現れた。 白い短髪と赤い目は、ウサギのように愛嬌があり、可愛い。 テーブルに突っ伏した三人のうち、ミージュを見て、何かを思い出そうとしているかのように二秒程考え込み、それからようやく、 「ねえねえ、ちょっとちょっと。ミージュでしょ?ねえって」 と思い出したようにミージュを軽く、何回も連続して揺する。 何度も揺さ振られたミージュが不機嫌そうにちょっと目線を上に向けて、上から自分を見下ろしている少女の顔を見上げた。 たっぷり十秒ほど少女の顔を見つめてから、驚いたように目を見開き、店内の窓ガラスが全て粉々に割れそうな大声で叫ぶ。 「あぁ―――――――っ、もしかしてイシスゥー!?」 あまりの大声に、その場にいた全員が慌てて耳を塞いだ。 「ちょっとミージュ!!声でかすぎだってば!!」 「そんなに大声出さなくたって聞こえるってばぁー」 耳から手を離したクーリュとリュートが口々に文句を言った。 「いや、ゴメンゴメン。だって本当に久しぶりなんだ」 照れたように相好を崩すミージュに向かい、イシス、と呼ばれた少女が、笑顔のままで言い放った。 「それにしてもねぇ、ミージュさっきまでさ、まるでハスボーが萎れたみたいになってたって言うのにねぇ…。何で急に」 「――――――――――――――――――――あ…」 その言葉に、たちまちミージュが再びテーブルに突っ伏してしまう。 彼女を軽く無視し、イシスは二人の方にに向き直った。 「あーそれはまあいいや。ところで注文は何にする?」 「うぅ〜んと…。じゃあ私は、[モモンティー]かな」 「えっと、じゃ私は、[オレンジュース]にしよ〜っと」 「うぅ――――――――――…[チーゴコーヒー]…」 ラティアス達は三人とも、[アメタマエキス]を注文した。ラティオスの方を見たとき、微かだがイシスの頬が紅潮したように見えた。 「かしこまりました〜っと。イリス〜、注文入ったよ〜」 イシスが、振り返ってよく通る声で呼ぶと、 「はいはぁーい、分かりました、っと、今行きまぁーす」 と声がして、奥からイシスにとてもよく似た少女が現れた。 白い髪と顔立ちはほぼイシスに瓜二つで、違うのは髪の長さと青い目だけだ。 彼女の名前は<イリス・クリシア>。イシスとは、どうやら双子の姉妹であるらしい。 「あ、イリスさん、結構お久しぶりですねー」 クーリュが親しげに微笑み、手を上げてイリスに声をかける。 「お久しぶりね、クーリュちゃん。何年ぶりかなぁ?」 「え、えっと、ちょうど三年ぐらいですかね…」 「ふ〜ん、そっかぁ…。早いねぇ…。もうそんなに経つんだぁ…。あ、ごめん。つい感傷に浸っちゃって。それでさ、さっきの注文でいいんだよね?」 「あ、はい。そうです。さっきのでOKですよ」 「分かった。じゃすぐ出来るからちょっと待っててね」 イリスは愛想良くそう答えると、材料をカウンターに置き、注文された物を作り始めた。
=続く=
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第十三話 甘いジュース
イリスの言葉通り、それらは本当に『すぐ』出来た。 出来上がったそれを、イシスが素早く六人のいるテーブルに持っていく。トントントン、と軽い音が連続して響き、中の飲み物たちが小さく揺れた。 「お待ち遠さま〜」 「相変わらずここは作るの早いね」 「まあね〜」 「美味し〜」 ミージュが運ばれて来たばかりの[チーゴコーヒー]を一気に飲み干して、生き返ったと口をぬぐった。 「そう言えば…」 イシスがそう呟き、ラティアス達の方に顔を向ける。 「ミージュたちの知り合いですか?名前、まだ聞いてませんよね?」 彼女の質問にクーリュが答えるよりも早く、ラティオスが口を開く。 「初めまして。この人達の友人のライアンです。それからこっちが妹のアリスで、こっちは友人のフラインです」 「あ…え、えっと…よ、よろしくお願いします!! 彼の人間とは思えないほど流麗(りゅうれい)な声を聞いた後、早口でそう言うイシスの顔が、今度は誰の目にも明らかなほど真っ赤になった。 気付いていないのか、ラティオスが普通に尋ねる。 「それで、この人たちとは知り合いなんですか?」 「え、と…。はい、この三人がまだこの町に住んでたころからの知り合い…ってか、友達ですっ」 イシスはそこまで答えると、ささっと店の奥に戻ってしまった。 「ふふ。イシスに好かれたみたいだな。おめでと」 ミージュがニヤニヤ笑いながらラティオスを軽く小突く。 小突かれたラティオスの方は赤くなりながら、 「別にいいじゃないですかっ。悪い事じゃないんだからっ」 などと、ムキになって言い返している。 ミージュはラティオスに軽く笑うと、そのまま奥に向かって大声で、 「イシスー。[モモンティー]と[オレンジュース]とそれから[チーゴコーヒー]のお代わり頼む。出来るだけ速くな」 と再び注文した。 そのすぐ後に、イシスの声が恥ずかしそうに、 「わ、分かったわよ」 と言ったので、ミージュは再度ラティオスを軽く小突いた。
=続く=
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第十四話 アブソルのアルルとミュル
さて、クーリュが[モモンティー]を三杯、リュートが[オレンジュース]を四杯、ミージュは、[チーゴコーヒー]を十二杯飲み終わった所で、一匹のアブソルが頭の上に器用にのせたお盆に、木の実を六個のせて持ってきた。 「何これ?」 「ジュースを飲み終わったらその木の実を食べてもらうのがこの店流」 「へぇ…。知らなかった」 「ほら、早く取って。じゃないとアルルが可哀想でしょ。それ結構重いんだから」 確かにイシスの言う通り、アブソル―――アルルの頭が少しぐらぐらしている。見た目よりもお盆にのせた木の実は重いらしい。 ミージュがお盆の上から木の実を取ると、アルルは回れ右して戻っていった。 アルルが運んできたその木の実は、すっきりとした青緑色をしている。漂う香りも何処かすっきりとした爽快感があった。 少々不思議に思いながらも、六人はそれをかじってみる。 シャクッ と言う歯切れのいい音に続いて、 シャシャシャシャッ と連続して木の実をかじる音が聞こえた。 「これ、美味しい!」 「後味最高〜」 「いくらでもいけますね」 「でしょう?それはね、[スキリの実]っていって、この辺でしか取れないけどとても美味しいの」 「それじゃミュル〜。次の持ってって〜」 イシスが呼ぶと、店の奥から二匹目のアブソルが頭にお盆をのせて来た。 さっきと同じアブソルに見えたが、よく見ると最初のアブソルのアルルは瞳の色がルビーのような真紅だったのに対して、そのアブソルは瞳の色がサファイヤのような青で、見ているだけで吸い込まれそうだった。 そのアブソルがのせているお盆には、爽やかな青色をした木の実が六個載っていた。 アルルのように一箇所で待っているという事はなく、テーブルの周りを回って、六人全員が木の実を取ったのを確認すると、すたすたと奥に戻って行った。 とりあえず、取った木の実を再びかじってみる。 木の実をかじった途端、爽やかな香りと味が口の中に広がり、六人はまた、 「これ美味しい!すごく美味しい!」 「後味すっきり〜」 「いくら食べても飽きませんねぇ」 と絶賛している。 イシスがそんな六人を見ながら、 「それはね、[サワヤの実]っていうんだ。ちょっとこの辺でも珍しい奴でさ、普通に食べてもいいんだけど、さっきの[スキリの実]と一緒に食べるともっと美味しくなるんだよね」 笑顔と共にそう言い、聞いているのかいないのか分からない六人に向かい、 「ねえ、今日さ、家に泊まらない?」 と言ったのだった。
=続く=
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第十五話 夕食の風景
小一時間後…
「ふ〜ん、結構広いんだね、この部屋」 六人は通された部屋で荷物を広げていた。 とりあえず泊まるところが見つかったので、ありがたく申し入れることにしたのだ。本当は近くのポケモンセンターに泊まるつもりだったのだから、なおのこといい。 「それにしても、あの夕食には驚きましたねぇ…」 ラティアスがうっとりとした口調で言った。
「今日はお祝いだよ。どんどん食べていいんだからね」 「ありがとうございます。泊めていただいて、その上料理まで御馳走されるなんて」 「そんな硬い挨拶なんて無しにしろ。食べるぞ」 ラティオスがそこまで言ったところで、クーリュがラティオスの背中を思いっきり叩いた。叩かれた本人が痛そうに顔を歪める。 「痛いですミージュさん…」 「うわぁ〜、美味しそう。これホントに全部食べていいの?」 「どーぞどーぞ。イリスの料理は、多分ガラッシュタウン一美味しいんだから」 「多分ってどーゆうことよ」 イリスがイシスを睨む。こうして並んでいると、二人はやはりどちらがどちらなのか分からないほどよく似ている。 「まあまあ気にしない気にしない。それじゃあ、いっただきまーすっ!!」 出された料理は皆素晴らしく美味しかった。 クーリュ達三人は、口を聞かずに、出された料理を ガガガガがガ と、まるで早食い競争のように凄い勢いで食べていた。 ラティオス、ラティアス、フライゴンは、そんな三人を微笑みながら見ていた。(苦笑だったかもしれないが) イシスは、ラティオスを穴の開くほど見つめていた。あまりに見つめすぎているので、口に運ぼうとしたフォークを何度も落としている。 イリスは苦笑混じりに三人を見ながら、 「ほら、そんなにがっつくと喉につかえるよ」 とたしなめていた。 そうして六人の【ガラッシュタウン】での一日はふけていった。
=続く=
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第十六話 六人のお店番
翌朝、六人が店の方に降りていくと、 「あ〜、どーしよぉ…」 「まさか休むわけにはいかないしなぁ…」 そこでイシスとイリスが困った顔をしていた。 「どうかしたのか?」 ミージュが尋ねる。 「あのね、ちょっと急用ができて出かけなくちゃならないんだけど、店休むわけにはいかなくて…」 「そうか…。じゃあ私達でよかったら、店番やっとくぞ?」 「え、いいの?頼んじゃって」 「いいのいいの。別にやること無くて暇だしね」 笑顔で言ったクーリュに頷き、ラティオスが続ける。 「それに、泊まらせて貰ってるんですから、何か手伝わせて欲しいんです」 「あ…、えっと…、じ、じゃあ店番頼みますっ」 ラティオスの言葉を聞いたイシスはまた真っ赤になって早口で言うと、足下に置いてあった自分の荷物を素早く掴み、外に出て行ってしまった。 「悪いわね。じゃあ、夕方には帰ってくるからよろしくね。分からないことがあったらこれを見て」 イリスは微笑むと、何かを書いた紙をリュートに渡し、外に出ていった。 「このお店での仕事って、お客さんに頼まれたものを作って出せばいいんですよね?」 「ああ、作り方はカウンターの方行けば分かると思うぞ」 「よーしっ。かんばるぞーっ」 意気込んだ六人だったが… 午後になると、お客がたくさん来るようになって、六人の仕事も忙しくなった。 「すいませーん。[クラボジュース]三つお願いしまーす」 「あの〜、頼んだものまだなんですけどー」 「はーい、今行きまーす」 「すいませーん、これ頼んでないんですけどー」 「すいませぇんっ」 慣れない服を着た三人は、汗だくになりながら仕事をしていた。 一方のラティアス達はといえば… 「はいっ、[ミックスブレンド]二つー」 「えーと、これはこれと、あれはそれと…」 「はいっ、これ一番のテーブルに持っていってください」 こちらも汗だくで働いていた。
=続く=
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第十七話 開かずの間
「ありがとうございましたー」 午後の最後のお客が帰っていくと、 「足が痛い、手が重い…それに気持ち悪い」 「疲れた喉乾いた服着替えたい休みたいっ!」 「もう一歩だって動けない…体が重いぃ〜」 クーリュ、ミージュ、リュートの三人は机に突っ伏した。 「もしかして、イリスさんって毎日こんなことやってたんですかね?」 「多分そうかもしれませんね」 こちらも疲れたように椅子に座ったラティオスとフライゴン。 「それにしてもよくこんな仕事を毎日やってられますね…」 自分の顔を手で扇ぎながら言ったラティアスに対して、顔を上げた三人は、疲れたように笑いながら言う。 「それがガラッシュタウンの人達の凄いところなんですよ」 「何しろガラスのような人達ですからね。疲れを知らなくて、熱い精神を持っていて。ちょっと心はもろいけど」 「そうそう…ってあれ?」 二人に合わせて笑っていたミージュが、ふと何かを見つけたような声を上げた。 「なあ、あの奥の部屋って、開いてたか?」 ミージュが指差したのは、カウンターの奥にある小部屋のことだった。 「そこの部屋って、イシスが昨日【開かずの間】だとか言ってなかったっけ?幽霊が住みついてるから開かないんだーとか」 リュートが思い出したように言う。 夕食の後、イシスにあの部屋は何の部屋かと聞いたら、笑ってそう言っていたのを思い出したのだ。 「その部屋がどうして今開いてるんですか?おかしいじゃないですか」 いぶかしげに首をかしげるラティオス。 すると、唐突にクーリュが信じられないことを言った。 「ねえ、あの中に入ってみない?」
=続く=
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第十八話 手紙
「はい?」 ミージュが首を傾げる。 「クーリュ、今なんて言ったの?よく聞こえなかったけどぉ」 リュートが信じられないといった風に聞く。 「だから、あの中に入ってみないって」 クーリュは平然とした表情で、さっき言ったことを繰り返す。 「クーリュさん、本気ですか?」 「本気ですよ?嘘はついたこと無いですから」 ラティアスの問いにクーリュはあっさりと答える。自分が言ったことに疑問など微塵(みじん)も感じていないようだった。 にっこりと笑って、声高に叫ぶ。 「さあそうと決まったら早速GOー!」 「まだ決まってないでしょっ!早とちりもいい加減にしてっ!」 クーリュのかけ声にリュートが勢いよく突っ込みを入れた時、 キィッ 喫茶店のドアが微かな音とともに開き、一匹のアブソルが入ってきた。 「こんな時間にお客さんですか?」 「しかもアブソルなんて珍しいですね」 ラティオスとラティアスが不思議そうに言う。 その時、アブソルの瞳を見たクーリュが何かに気付いたように、 「あれ?このアブソル、ひょっとしてアルルじゃないの?」 と言った。 たしかによく見ると、そのアブソルの瞳はルビーのような真紅に輝いていて、それは確かにアルルの瞳だった。 アルルの口には何かキラキラしたものがくわえられていて、顎をしきりに動かしていた。 クーリュがそのキラキラしたものをアルルの口から取り出し、 「これ、手紙みたいだけど、一体どうやって読むのかなぁ?」 と、首を傾げる。 クーリュがアルルの口から取り出したのは、一通の手紙。普通の便せんくらいの大きさだが、それはガラスで出来ていた。 普通の手紙と同じように開こうとしてみるが、手紙の閉じ目はきっちりと固められていて、頑として開かない。 ミージュはそれを見ると呆れたように、 「それって、[ガラスメール]だろ?そんな開け方したって開かないぞ。ちょっと貸してくれ」 と言い、クーリュからそれを受け取ると、振り返ってラティオスに、 「ラティオス、お湯、まだ残ってるか?」 「あ、はい。まだ大分残ってたと思いますけど…」 「それじゃ、それをボウルか何かに入れてこっちに持ってきてくれ」 ラティオスがお湯を入れたボウルを持ってきて、テーブルに置くと、ミージュは手紙の端を掴んで、手紙を徐々にお湯の中に浸していった。 完全に浸りきったところで手を離し、手紙をお湯の中に沈める。お湯が濁っていたわけでもないのに、手紙の影はすぐに見えなくなった。 「この手紙は、低い温度で溶けるガラスが閉じ目に使われているから、読む時はこうやってお湯に浸して一分くらい待つんだ。こうしない限り絶対に開かないから、大体重要なことを伝える時ぐらいしか使われないものなんだが…妙だな」 ミージュがそう説明するが、最後の部分は独り言のように聞こえた。 皆が見守っていると、やがてお湯の表面にさざ波ががたち、先程沈めた手紙が浮かび上がってきた。 ミージュがそれを取り指で弾くと、あれほど硬かった閉じ目が簡単に開き、中から二・三枚の紙が床に落ちた。 リュートがその紙を拾い、黙って読んだ。 しかし、読み進めるうちに、その顔が段々と険しくなっていく。 「何て書いてあったんですか?」 フライゴンが彼女の手から手紙を取り、全員に聞こえるように読む。 手紙を読み終えた頃には、フライゴンの顔は青ざめ、手は震えていた。 そして、それを待っていたかのように、アルルの体がゆっくりと傾き、倒れた。
=続く=
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第十九話 手紙の内容、そしてワープ
フライゴンが読んだ手紙は、こんな内容だった。
『お願い、助けてほしいの。どうやら、捕まってしまったみたい。ここは薄暗くて涼しくて、とても静かなところ。多分、アルルに聞けば分かるかもしれないわ。でも、アルルは怪我をしているから、もしかしたらここまでこられないかもしれない。その時は、ミージュに聞けば分かると思う。とにかく急いで来て』 手紙の最後には、かなり慌てた筆跡で「イシス」と書いてあった。クーリュの顔が青ざめ、ミージュは目を見開いた。 「これ、あの二人が捕まってるってことなの!?」 「それに、アルルが怪我しているってことは、相手もかなり強い奴みたいだな」 そう言いながらミージュが抱き上げたアルルの胸には、斜めに一直線の傷が走っていた。 「この手紙を見る限りそうだとしか思えません」 「でも、何だかそれだけじゃ無いと思うんです」 「それだけじゃないってぇ、一体どういうことなんですか?」 リュートが聞き返し、ラティオスが口を開きかけた時、 「【ガラスの森】?それって一体何処よ?」 クーリュの不思議そうな声がした。 ミージュがそれに早口で答える。 「ここから南東に行ったところにある森。【ガラッシュタウン】のガラスの原料のほとんどが、この森で取れるんだ」 「そうなんだ…ってことはもしかして、二人がそこにいるかもしれないってことなの!?」 リュートの驚いた声が響く。 「多分ね。この町で薄暗くて涼しくて、そして静かなところといったら、あそこしか無いと思う」 「ミージュさん!その場所、今すぐイメージできますか!?」 ミージュが渋い顔でそう言った途端、ラティアスが慌てた口調で聞く。 「え?ちょっと待って。えーと…、昔のことだから記憶が少し曖昧(あいまい)だけど…。ああ、大丈夫だ!」 「じゃあミージュさん、その場所をイメージして!後の皆さんは私の周りに集まってください!」 ラティアスがそう叫ぶ。みんながラティアスの周りに集まった後、ミージュが叫んだ。 「イメージ、出来た!」 その瞬間、六人の視界が一瞬光で覆われ、気が付くと六人は森の中に立っていた。 「え!?ここ何処!?さっきの一体何!?」 クーリュの困惑したような叫びが響く。静かな森の中に、彼女の声が大きく響き、木霊した。 「今のは、ミージュさんのイメージしたものを読み取って、その場所にワープしただけです。それよりクーリュさん、声が少し大きすぎですよ。敵に見つかったらどうする気なんですか!」 ラティアスの言葉にみんなが大きく頷いた。 「ゴメン…」 クーリュが小さく呟いた時、 『既に見つかってるよ、君達』 という声が頭上から降ってきた。
=続く=
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第二十一話 戦い
「誰っ!?」 クーリュが鋭く叫ぶ。それに続き、 「あなたがイシスさん達を誘拐したんですね!」 「二人を何処にやったの!?」 フライゴンとリュートの叫び声が響く。 声の主が、軽く笑ったような声を出し、六人の頭上の枝からその目の前に降り立った。 声の主はフードを被っていて、首には真紅の石が付いたペンダントをかけていた。 『教えてあげる。僕の名前はリマ。あの二人に、偽の案内状を送ってこの森に呼び出したのは僕。二人なら、ここだよ』 そう言って、声の主―――リマは自分の後ろを指差す。そこには、背中合わせに縛られたイシスとイリスがいた。二人とも目を閉じて、ぐったりとしている。 「イシスっ、イリス!!」 「一体何が目的なんですか!」 リマの忍び笑いがした。 『目的は一つ。[七つの水晶]の在処を全て知るためだよ。君達≪水晶の継承者≫なら、その場所が分かっているはずだ』 「水晶の…全ての在処?」 三人の思考が、一瞬停止した。 「そんなこと分かるわけないじゃない!」 「それに、もし私達が知っていたとしても、あなたには絶対教えたりなんかしない!」 リュートとミージュの鋭い声が響く。 リマは暫く沈黙した後、 『なら、この二人を渡すわけには行かないな。君達が水晶の在処を教えない限り、絶対にね』 「だったら…」 ミージュが一歩前に出る。旅に出る時に見せた烈火のような気迫がその体からあふれ出ていた。そしてミージュは、 「あんたから奪い返すまでだっ!」 リマを指差してそう言うと、固い決意を示す、炎のような光を宿した瞳でリマを睨みつけた。 『面白いなぁ。この僕からあの二人を取りかえすつもりなの?まあ…』 リマの周りで、風が渦を巻き、被っているフードが、強い風に煽られ吹き飛ばされる。 フードの下から現れたのは、普通よりも遙かに大きいヒメグマの体だった。甲高い声で、リマが叫ぶ。 『僕に勝てればだけどね!』 ミージュは、リマを睨んだままポシェットを探り、モンスターボールを出すと、 「アチャリィ!出てきてっ!!」 と叫び、アチャリィを出した。 出てくるや否や戦闘態勢に入ったアチャリィが、ミージュと同じようにリマを睨みつけた。
=続く=
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第二十一話 一つ目の水晶
数時間後…
「っはぁ、はぁ…」 『もうお終い?あ〜あ、つまんないなぁ…』 肩で息をするミージュに向かい、馬鹿にしたようにリマが笑う。 巨大な体から繰り出されるリマの攻撃は、容赦なくアチャリィに襲い掛かり、体力を奪っていく。どころか、その攻撃は時折ミージュにも向けられ、攻撃しようにも指示が出来ない。 「アチャリィ、“火の―」 指示を出そうとしたミージュに向かい、リマの鋭い爪が振り下ろされた。間一髪で避けたものの、リマの爪が今度はアチャリィに向かい振り下ろされた。 「アチャリィ、“まもる”!」 彼女が咄嗟(とっさ)にだした指示に従い、アチャリィは“まもる”を使って攻撃をかわそうとした。 しかし、先程からリマの攻撃を受け続け、体力を激しく消耗しているアチャリィの“まもる”は空しくも破れ、アチャリィ自身も攻撃をまともに食らい、後ろへと吹き飛ばされた。 どうにか立ち上がったものの、最早立っているのがやっと、という状態だ。 「アチャリィ!」 ミージュの呼びかけにも、アチャリィは弱々しく答えることしか出来ない。 『さて、そろそろチェックメイトかな?』 笑いながら、リマがアチャリィに向かい巨大な爪を振り下ろした。 咄嗟にミージュが間に入ろうと飛び出しかけた、刹那、 リマの首元から、真紅の光が差した。 同時にリマが苦しそうに呻く。 見れば、リマの首にかかっていたペンダントが、強い光を発していた。 「あの光は…。ミージュさん、間違いありません!あれは[七つの水晶]の一つ、[紅の水晶]です!」 リマの首元の光を見たラティオスが、確信したように叫ぶ。 「[七つの水晶]…。あれが…」 クーリュが呆然としたように、呟いた。ラティアスが続けて叫ぶ。 「ミージュさん、あのペンダントの鎖を切ってください!!」 「えっ、ええ!?」 戸惑ったように叫ぶミージュ。そこに、フライゴンの「早く!!」という声が重なり、ミージュは何が何だか分からないまま、アチャリィに指示を出そうと口を開きかけて――― 「だめ…、だめだ…。だって、アチャリィが…」 指示とは違う言葉を紡いだ。彼女の視線の先には、ボロボロで立っているアチャリィの姿。確かに今のアチャリィでは、攻撃を仕かけることすら難しいだろう。 「…っ、そんな…」 リュートが歯噛みした瞬間、 突然、縛られていたはずのイシスとイリスが、同時に勢いよく立ちあがった。 二人を縛っていた縄が、何か鋭いもので切り裂かれ、ばらばらになって地面に落ちている。 『な‥に…っ!』 「ざぁーんねんッ!こっちにもまだ[最終兵器]あったんだよねぇ〜。ね、ミュル」 得意そうに言ったイシスの後ろから、頭の鎌を青白く光らせたミュルが現れ、やはり得意そうに鳴いた。 「ミージュ!」 イシスの隣にいたイリスが、素早くバックから取り出した丸い木の実のようなものをミージュに向かって投げた。それは放物線を描いて宙を飛び、伸ばしたミージュの手に落ちる。瞬間、それを見たミージュの目が大きく見開かれた。 「これって…!」 驚いたのは一瞬、次の瞬間、ミージュはそれをアチャリィへと呼びかけながら投げる。アチャリィが振り向き、投げられたものを勢いよく飲み込んだ。 飲み込んだ途端、アチャリィが甲高く鳴いた。その体が一度光り、それが消えた時、アチャリィは戦闘が始まる前の状態に戻っていた。 再びミージュが、アチャリィへと指示を出す。 「アチャリィ、“でんこうせっか”!」 答えて、アチャリィが素早い動きでリマへと迫る。リマが爪を振り回すが、それは空しく空を切っていた。 ミージュが口の端を曲げる。勝利を確信した笑い方だ。 指を振り上げ、とどめとばかりに叫んだ。 「アチャリィ、“火のこ”!」 指示と共に吐き出された炎は、見事リマの胸の、ペンダントの鎖を焼いた。 鎖が切れ、紅く光る水晶が地面へと落ちる。 そして次の瞬間、リマは絶叫しながら爆発のような光に包まれた。 光が消えると、そこには一匹のヒメグマがびっくりした顔で座り込んでいた。
=続く=
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第二十二話 雑談と変化
それから二日後…
「あーいよいよお別れかぁ…。寂しいな〜。せっかく久々に友達と会えたっていうのに」 店のテーブルに寄りかかり、退屈そうにイシスが溜め息をついた。 その隣で荷造りをしながら、リュートが意地悪く笑う。 「とかいって、どーせ寂しいのはラティオスさんと別れることなんでしょぉ〜、イシスぅ」 「うっ…うるさぃリュート!!」 イシスがリュートの頭をぽかりと叩いた。痛そうに頭を押さえながら、リュートがイシスを睨んだ。
あの後、三人はまず店に戻り、何かを聞きたそうにうずうずしていた二人に、自分達の事情をすべて話した。 聞いただけでは信じてもらえないかと思ったが、実際に見たせいなのか、二人はあっさりとそれを信じ、助けてくれた礼を言った。 そうして今に至るわけである。
「そうだイシス、あの時アチャリィに何投げたの〜?私ずっと気になってたんだけど〜…」 「あーアレね。アレは…これなんだけど」 そう言って、イシスは今まで手に持っていたらしいものを見せた。それは薄い青緑色をしていて、手に収まるくらいの、丸い木の実のようなガラスだった。 リュートへとそれを手渡しながら、イシスは説明を続ける。 「最近ガラッシュタウンで作られた奴で、[木の実水晶]っていうんだ。ポケモンの体温で簡単に融けるガラスの中に、木の実の粉か絞り汁を入れる。そうして完成したものをポケモンが飲み込むと…」 イシスはそこでいったん言葉を切ると、興味津々で自分を見ているリュートの顔を見て、少し大げさに声を出す。 「体内でガラスが融けて、中の木の実成分がポケモンに作用する、ってわけさ!!今ガラッシュタウンで大々的に売り出そうって話になってるから、フレンドリィショップとかで売ってるかもね〜」 「そんなに凄いんなら、これからの旅で役立つかな〜?」 「まぁ、いちいち木の実のなってる木を探さなくていいっていうのはもちろんあるけどね」 二人がそんな雑談で盛り上がっているところへ、ラティアス達がぞろぞろと降りてきた。 「あれ、リュートさん、他の二人は何処に?」 先に降りてきたラティオスが、店内に二人しかいないのを不思議に思ったのか、リュートへと話しかける。 それにリュートが答えるよりも早く、イシスが笑顔で言った。 「あの二人なら、イリスと一緒に買出しに行きましたよ。たぶん、どっかのフレンドリィショップにでも行ってるんじゃないですか?」 その屈託の無い、前とはかなり変わった喋り方に、今度はラティオスの方が驚いたのか頬を赤くしてうつむく。 と、そこへ、 「ただいま〜。今帰ったぞ〜」 「あ〜、久しぶりにいい買い物した〜」 「ちょっと買いすぎたかしら…」 と、思い思いの言葉を呟きながらクーリュとミージュ、イリスが帰ってきた。 うつむいているラティオスと笑顔のイシス、それにその後ろで呆然としている三人を順番に見て、まず最初にミージュが笑いだす。 合わせるように他も笑いだし、やがて【喫茶店クリシア】に笑い声があふれた。
それから数時間後――
ガラッシュタウンの入り口で、二人と六人は向かい合っていた。 二人のうち一人は大きな袋を持ち、六人は旅の姿。 全員の顔に浮かんでいるのは、楽しそうな、けれど寂しそうな笑み。 「とうとうお別れになっちゃうんだね」 「ああほらイシスったら何をそんなにしんみりした喋り方してるのこういう時ぐらい笑って送れるようじゃないとダメよ」 感慨深そうにイシスが呟くと、合いの手を入れるようにイリスがかなり棒読み口調で喋った。 クーリュが苦笑しながら鋭くつっこむ。 「そう言ってるイリスさんも寂しいんですよね?」 「何言ってるのそんなわけないじゃないそりゃ確かにいろいろあったけどだからって寂しいわけじゃ」 「イリスさんてぇ〜、昔っから寂しい時はぁ〜、いーっつも喋り方が棒読みだよねぇ〜?」 リュートの一見無邪気にも思える指摘に、イリスのマシンガン&棒読みトークは強制的にストップさせられた。 少し静かになった空気を戻そうとするかのように、イシスが手にしていた袋をミージュへと渡す、と言うよりは押しつけた。 受け取ったミージュが袋の口を開き、目を丸くする。 「おいおい、こんなに木の実もらって大丈夫なのか?」 「平気だよぉ〜。【開かずの間】の幽霊さんは優しいからねぇ〜」 おそらく何気なく言ったのであろうイシスの言葉に、ふむふむとミージュが頷いた後、ある単語に六人がそろって硬直する。 直後に聞こえた、 「え…?」 「なにぃぃぃぃぃ!!??」 とは、ラティオスとミージュのセリフである。
=続く=
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第二十三話 新たな旅立ち
それからしばらくして、かなり大きくて重かった袋をラティアスが何処かにしまいこみ、とりあえず準備は整った。 「次の町までは近いので、とりあえず飛んでいきましょう」 「えーと、てことは元に戻るって、えーと、イシス、大丈夫だよね?」 「ぜっ、ぜーんぜんっ!!オールオッケーでメランコリーだってば!」 クーリュの問いに、両腕をぶんぶん振り回して答えるイシス。内心でかなり動揺しているのか、言葉がかなり怪しくなっているが、本人には分かっていないようだ。 と、そこにフライゴンの制止の声が入る。 「待ってください。次の町に行く前に、これを何とかしないと」 そう言ってフライゴンが取り出したのは、先日の戦いでリマが持っていた[紅の水晶]。 曇ることの無い丸い球体からは、絶えず燃え盛る炎のような光がこぼれている。 「そうですね… あっ」 少し考え込んでいたラティアスが何かを思い出したように手を叩き、荷物の中から一冊の本を取り出した。 タイトルは、“七つの水晶伝説”。 「確か、ここにあったはず…」 ぶつぶつと呟きながらページをめくり、やがてページが固まって動かない所に来ると、そのふちをゆっくりとなぞり、指をかけて上に引いた。 すると、三人があれほど力一杯引っ張っても開かなかったはずのページがゆっくりと開いたではないか。 そのページは他とは違い、中央に灰色の石がはめ込んであり、その周りには七つのくぼみがあった。 フライゴンがそのくぼみの一つに[紅の水晶]をはめ込むと、水晶はそこが定位置であったかのようにぴったりと収まった。 「すごいな…」 「まさかこうなっていたなんて知らなかったぁ」 驚いた二人を振り返り、ラティアスが笑う。 「ええ、水晶をそのまま持ち歩くわけにはいきませんから、ラティエス様が作ったのです」 笑って本を閉じ、ラティアスは後ろにいたラティオス達と並ぶ。 三人が手をつなぎ、祈るように目を閉じると、すぐにその体が光に包まれ形を変える。 やがて光が消えた時、そこには元に戻った三体の姿があった。 「さあ、乗ってください」 フライゴンが促し、クーリュがラティアスに、リュートがフライゴンに、ミージュがラティオスに、それぞれ乗った。 「乗ったよー!」 「こっちも大丈夫だ。…っと、イシス、イリス、色々とありがとな!」 ラティオスの上から、ミージュが二人に向けて言う。 二人がそれぞれ片手をあげて笑った。 「さよなら〜」 「また来てくださいね〜」 イリスの間延びした挨拶と、イシスの相手が分かりやすい挨拶。 それらを聞きながら、ラティアス達は静かに離陸し、一度ガラッシュタウンを見下ろせる位置まで浮上すると、そこから西へと飛んでいった。
三体の姿が見えなくなるまで手を振ってから、イシスがぽつりと言った。 「ああ、一つ忘れてた…」 「どうしたの?」 「あの【開かずの間】、実はただの倉庫だったのを冗談でそう言ったらみんな信じちゃったんだよねぇ…。さっき木の実を渡した時に訂正しようと思ったけど、忘れてた」 「まぁ、いいんじゃないの?」 「だよねぇ」 そう言って互いに笑い、二人は店を開けるべく町に戻っていった。 今日も今日とて、町は新たな日常を謳歌しはじめていた。
リューキュー地方を守る力の結晶、[七つの水晶]。 七つに散らばってしまった水晶を集め、再びリューキュー地方に平和を取り戻すため、クーリュ達の旅は続く。 続くったら(以下略)
第一章 完 〜第二章へ続く〜
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