闇の中で、女の人がこっちを見ている。
服も白ければ顔も真っ白で、輪郭がよく見えない。
まるで、のっぺらぼうみたいだ。
女は、暗闇の中で、誰かを呼びながらじーっと自分を見ていた。
「……っ!」
彼は、怖さと息苦しさのあまり、飛び起きた。
起きた瞬間、白い女は目の前から消えた。
そのかわり、いつまでたってもなじめない自分の部屋の風景が目に飛び込んでくる。
起きてみたら、朝の、まだ、かなり早い時間だった。
とぼとぼと、ドアの所まで歩いていって、すぐ隣の部屋のドアを開けて、そこに住んでいる女の子を無理矢理起こそうとしたら――彼女は、なぜかもう起きていた。
彼女は、「あなたの悲鳴がうるさくて眠れない」とは、さすがに言わなかったけど、不機嫌だった。
「おはよう。なによ、こんな時間に」
「僕の部屋、お化けが出るんだ。怖いよ」
「お化け? 気のせいじゃないの?」
「気のせいなんかじゃない。目を閉じるとすぐに見えるんだ。目をあけるといなくなっちゃうけど」
「そういうのを、気のせいっていうのよ。男の子ならもっとしっかりしなさい」
冷たくそう言われて、彼は更にしょんぼりしてしまうが、それでもまだ一人で自分の部屋に戻りたくなかった。
「――あのね。その女の人、僕のことをへんな名前で呼ぶんだよ」
「……名前?」
「たぶん、厚志って言ってると思う。誰のこと?」
「さあねぇ。でもその話、きっとあんまり人にはしないほうがいいよ」
「なんで?」
「自分のほんとの名前なんか、覚えてないフリをしたほうがいいにきまってるジャン」
「……うん。そうだね」
「さ、まだ起床時間までかなりあるし、また寝てきたら?」
「……うん、じゃあね」
またさっきの幽霊が出てきたらやだな、と思ったけど、彼は仕方なくまた床に着いた。
そして。
――寝た、と思った瞬間。
布団の感覚が、変わった。
今、自分が鷲掴みにしてるのは、まぎれもない、自分の布団だった。
「……厚志」
さっきの女の子とは違う声がする。
「――舞? ごめん。起こしちゃったかなぁ」
舞が、隣で目を覚ましてこっちを見ていた。
部屋の電気はつけてないから真っ暗だけど、自分を包む空気がちゃんと自分の部屋に戻っていて、速水は安堵した。
「――(起こしちゃったかなぁ、だと?)……あのな、厚志」
「なに?」
「おぬし、毎晩、寝る度に、悪夢を見てないか?」
「そ、そう? 僕、寝言うるさい?」
「うるさい、というかなんというか。いつもなんだが。――一体、どんな夢を見てるんだ?」
「うーん、忘れちゃった」
「うそつき」
「……怒らないでよ。……大好きだった人が、死んじゃう夢なんだ」
最後には僕が人を殺す夢になるんだけど――と、ここは、速水は言わなかった。
「……なんでそんな夢ばっかり見るんだ。たまには私の夢でも見ればいいのに」
「頑張ってみるよ。――舞は、死なないでよね。絶対に」
「わかった、わかったから。もう寝よう」
ぽんぽん、と舞は速水の背中を叩いて、それから、二人はまた眠りについた。
おしまい。
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