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舞とヨーコさんが瀬戸口没落作戦をちゃくちゃくと実行に移している頃……。
速水にうつつをぬかしすぎている瀬戸口を心配し始めた来須司令は、壬生屋を呼んだ。
「瀬戸口の所へ行ってやれ」
「あ……は、はい」
赤くなる、壬生屋。
じつは、壬生屋は瀬戸口のことが好きだった。ほのかな恋愛感情は前から持っている。
ハンガー二階で速水と話し合っている瀬戸口の元へ行くと、
「あ、あのぅ〜」
と、瀬戸口を呼びとめた。
「……でさ、今度、一緒に……」
などと言いながら速水と楽しそうに遊んでいた瀬戸口は、ふと壬生屋の真っ赤になった顔を見て怖気づく。
「――!?」
古い記憶が、蘇った。
いや、古くなくてもいい。
壬生屋は事あるごとに瀬戸口に対して「悪霊退散」と書いたおふだを張ろうとする。
一度なんか、壬生屋のおふだ攻撃をかわそうとしていたら、隣にいた速水に、そのおふだを張ってしまったくらいだ。
速水もその時の記憶があるのか、急にじたばたとしだした。
「あっ。じゃあ、僕はこれで。さよならっ!」
瀬戸口の傍らを通りぬけて、去ろうとする。
「まて。行くな。(とても小さな声で)……俺、あの娘だけはどうも苦手なんだ。ここにいてくれ。頼む」
瀬戸口は、がっちりと速水の肩をつかんで、行きかけた彼の体を引き戻した。
壬生屋は、恥かしくて下を向いていたので、そんな二人の様子をあまり見ていなかった。
「瀬戸口さん。このお弁当を差し上げます」
壬生屋は、あたふたする二人の様子に全く気付かないまま、瀬戸口に手作りのお弁当を渡した。
「ああ、どうも、わざわざありがとう」
ぎこちなく笑う、瀬戸口。
壬生屋は、照れてしまってもじもじしている。
その隙に、瀬戸口は速水の鞄に壬生屋のお弁当を入れてしまった。
「(小声で)なんてことするんですか。これ、瀬戸口さんのでしょう?」
「(小声で)絶対に毒が入ってる」
「(小声で)そんなの、僕もいらないですよ」
「(小声で)後で捨てといてくれ」
壬生屋はそんなことを言われているのにはまったく気付かない。
「あ、あとこれも差し上げます」
壬生屋が差し出したのは、美しい色をしたののみのリボンだった。
どうして壬生屋が持っているのかは、謎である。
瀬戸口の好きな娘はののみだと知って、調達してきたのだろうか。
まだ、壬生屋に疑心暗鬼だった瀬戸口は、速水を壬生屋に差し出した。
速水は、じたばたして逃げようとする。
壬生屋は下を向いてリボンを差し出したので、それは速水の手元に渡ってしまった。
「ひっ」
前にお札を貼られた恐怖が脳裏を過る、速水。
「あら? 私ったら……瀬戸口さんにあげようと思っていたものを速水さんに渡してしまったわ。ごめんなさい」
真っ赤になる、壬生屋。
どうも、おかしい、と瀬戸口はやっと思いなおした。
「お嬢サン、もしかして俺に惚れてるのかい?」
まさかなぁ、と思いながら、それでも質問をかます。
「……そ、そんなこと、言えませんっ!」
顔が百パーセントそうだと、言っている。こうなると、いくら運命の宿敵といえども、かわいく思えてくる。
「……そうか。俺が好きなのもわからないではないが……」
速水は、こそこそとその場から逃げようとした。
すかさず、ぎゅっと抱きしめて速水を連れ戻す瀬戸口。
「……」
「……」
「……」
みんな、黙ってしまった。
「いっしょに訓練でも、する?」
瀬戸口が、壬生屋に提案した。
速水が、またじたばたして逃げようとする。
「はい!」
壬生屋は、嬉しそうに、瀬戸口の提案にうなづいた。
「んと……あのねえ、壬生屋さん……! なっ、なにする……! もがもが」
速水が壬生屋に注意しようとするのを、今度は顔を押えて何も言えなくしてしまう。
速水をぱっと離すと、速水はしらけた目つきで瀬戸口を睨んだ。
「……僕、知らないからね」
速水は、そう言うと、一人で三番機の整備に取りかかった。
†
ふと、仕事の手を休める、速水。
さっきの二人が、気になって仕方がないので、テレパスを使ってみる。
二人は、高校の廊下を歩いていた。あと少しで、訓練の場所――トイレに、着く。
「……こわいなあ」
誰にともなく、速水はそう呟いた。
その、次の瞬間。
ものすごい勢いで、壬生屋がかけこんで来た。
「速水さんっ! た、助けてくださいっ!!」
どうも、全力疾走で、トイレから逃げて来たらしい。
「助けてだなんて、人聞きが悪いなぁ……まったく」
瀬戸口は、後からゆっくりと歩いてくる。
「あ、じゃあ、僕もう帰ります」
速水は、ハンガーの左側に逃げようとする。その体を、瀬戸口は引っ張って逃がさない。
「ひどいなぁ、あっちゃん。俺が壬生屋を襲ったとでも思っているのかい?」
「……何か違う所はありますか?」
「俺が襲ったのは後にも先にもあっちゃんだけ……」
速水のパンチをくらって吹っ飛ぶ瀬戸口。
5121小隊のエースパイロットのパンチはかなり効く。
「せ、瀬戸口さん!?」
驚く、壬生屋。
瀬戸口は、打たれ強いのですぐに立ちあがる。
「わかったわかった! 謝るから、怒るなよ〜」
「僕、もう知らない。瀬戸口君とは絶交だからね!」
ずんずんと帰って行こうとする速水の後を追って、瀬戸口はハンガーを去った。
――その後。
壬生屋も、立派な「瀬戸口没落作戦」の工作員となった。
――END
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