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速水。
瀬戸口は、自分の体を見下ろしながら、そう呟いた。
――わりと、愛着のある体だったんだが、仕方ないか。
自機の士魂号は豪快に崩れ落ち、自分の体も原型を留めていない。
これじゃあいくらののみが願っても生き返るなんてことは百%無理だろう。
速水。
――まだ、魔王の事を速水、と思っている自分に瀬戸口は苦笑した。
自分を殺した相手だというのにまだ愛しいと思っている。
いつかは救いたかったのだが、どうも自分では役不足だったようだ。
速水……
舞が死んでからというもの狂ったように殺しを続け、ついには人類粛正まではじめた「魔王」に昔の俤はもうない。
瀬戸口は、次の体の目星をもうつけていた。
いつも選ぶのは似たようなタイプだが、やっぱり別の体なだけに、今度速水に会っても二度と瀬戸口と同じ人間だとは、相手は思わないだろう。
しつこく抱きついてやれば気が付くかな?
という気がしないわけでもないが、まあ、魔王と呼ばれている今のヤツには、何を
やっても無駄だったから、こうして、自分が殺されてるわけで。
だから、瀬戸口は気体に近い体になりながら、静かに祈っていた。
こんな世界になるはずじゃ、無かった。
――そうだろ、シオネ=アラダ?
違う未来が探せばあるはずだ。
今まで、ちょっと運命に従いすぎた気がする。
もう一度ループをやりなおすことが可能なら、今度こそは運命を変えよう。
――とかなんとか思っているうちに、霧が出てきた。
――あれ?
――今、何か変わったよーな。
――?
「たかゆき〜」
不機嫌そうな、それでもなおぽややんな声がした。
「……!?」
びくっ、と後ずさる。
「何、おびえてるの? 僕、そんなに怖い?」
速水がじーとこちらを見ている。
「ああああ、えっと、なんだ。今は何時だ」
「一九九九年五月十一日だよ」
「は?」
「授業中にぐーすか寝てるから、またへんな夢でも見たんでしょ」
「なにをいう(あしきゆめはゆめを見ない、と言おうとして、やめた。速水にまだそ
れ言ってなかったし)」
「えっちな夢でも見てたの?」
「あのなあ、人が一日中えっちなこと考えてるよーな目で俺を見るな」
「無理だね」
「……そうですか」
まあ、それは瀬戸口的には成功なので、これ以上不審がられない為にも、なんやかんやいうのはやめた。
「……違うの? どんな夢見たの?」
速水に殺されるまでに至る長い夢――
とは、死んでも言えない。
「いや、なんかもう一度ループをやりなおそうって寝ながら思ったような気はするんだが……まさか、本当にやり直せるとは思わなかった……」
「ふーん。でも、ねえ、へんだと思わない?」
「なに?」
「今、5/11なんだよ」
「ああ、そうだな」
「ループしてるんなら、5/10以前のはずでしょ」
「あれ、そう言われると、そうだな」
「昨日のお菓子、まだ余ってるから早く食べてね」
速水は笑った。
「舞は元気か?」
なんとなく、それが気になる瀬戸口。
「このうえなく、元気だよ」
不思議そうに速水が答える。
「……なんだ。その。……ループしてないのに未来か過去が変わったのか?」
きょとんとする瀬戸口。
「瀬戸口君、へん」
「どーいたしまして」
「おなかすいてるの? 食べればきっと元気になるよ。お昼に行こう」
速水は、今までそれを提案したくてずっと瀬戸口を起こし続けていたのだ。舞は呆れて一人で味のれんへ行ってしまったけれど。
「そーだな。なんかよくわかんないけど……。ま、いっか」
瀬戸口は、立ち上がって教室を後にした。
おしまい。
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