バレンタインの甘〜い一日が明けて、西暦二千年二月十五日がやってきた。
「瀬戸口師匠〜」
と、滝川が瀬戸口の所に駆けつけてきた。
「どーした、同志タキガワスキー?」
「俺、バレンタインデーに女からチョコ貰っちゃいました! ど、どうすればいいんでしょうか!?」
「なに!? とうとうお前さんにも彼女が出来たか……。そりゃ凄い。で、相手はダレなんだ」
「あ、荒井木デス」
「……悪いことは言わん。アイツだけは止めとけ」
「藪から棒に、またなんでですか」
「あの女、来須に惚れてたんじゃないのか?」
「何言ってるんですか。来須先輩は、目下のところ行方不明ッス」
「ああ、そうか。そういえば、いなくなって長いな。来須は無口だから、いなくなったのに気付かなかった」
「瀬戸口師匠は授業中寝てばっかですからね……。
クラスメートの一人や二人、いなくなっても解らないんじゃ……」
「俺は、男には興味ないもんでね」
さらりとそう言ってのける瀬戸口を、滝川は内心ヒドイと思ったが、
瀬戸口には妙な気迫があるので滝川は一言も反論できなかった。
「――で、どうしたいんだ、滝川。荒井木とつきあいたいのか? つきあいたくないのか?」
「そりゃあ、勿論付き合いたいッス!」
「解った。じゃー、俺がお前のデートプランを練ってやる。まずは彼女と親睦を深めて、
デート三回目でキスするんだ。いきなりは、まずいぜ」
「そ、そうか? じゃ、宜しく頼むよ!」
「プランは放課後までに練っておいてやるから、後で取りに来いよ〜」
喜んで出て行く滝川の背中を見送ってから、瀬戸口は、いそいそと書きものを始めた。
†
放課後。
「瀬戸口君、なにやってるの?」
速水が、熱心に書き物をしている瀬戸口の机をのぞきに来た。
「んー? 彼女のいる男の子には無用の長物を作ってるんだよ」
「あ、そう。じゃあ僕はお呼びでないんだね」
「まあ、そう言うなよ。あっちゃん、これどー思う?」
瀬戸口は、レポート用紙を速水に手渡した。
「――」
「どうよ?」
「……」
「あっちゃん?」
「――あのさ、これ、少女漫画の原作にでもするつもりなわけ?」
「うんにゃ。滝川にやらせるんだ」
「……滝川に?」
頭を抱える、速水。
「なんか、予想通りの反応だな〜」
「まあ、ガンバッテ……」
微妙な声援を残して、速水は去って行った。
†
繰り返される戦争も、人の営みを途絶えさせる事はけっしてできない。
それぞれの思いを乗せて、時は淀みなく過ぎていき――
――そして、ホワイトデー当日。
「瀬戸口師匠、今までいろいろありがとうございました!」
滝川は、妙にしゃちほこばって瀬戸口に礼を言った。
「どうやら、順調のようだな。結構、けっこう」
「今日はホワイトデーのお返しを荒井木にあげてこようと思います!」
「ん、そのちょーしでガンバレよ。じゃ、俺はこれで」
「あの、デートプランって、もー教えてもらえないんですか?」
「ここまでくれば、もう問題ないだろ?」
「は……はい。では、行って参ります!」
「うん、よろしくやれよ〜」
滝川の背中をにこやかに見送る瀬戸口の後ろで、速水は不安そうな顔をしていた。
†
三月十五日――。
滝川が荒井木からフラレタという噂は火の手より早く教室中に広まっていた。
「あぁあ。いったい彼女に何をやったんだ、滝川……」
腕を組む、瀬戸口。
「あれじゃ、しょうがないよ……」
速水も、腕を組む。
「そうか?」
「だって、荒井木は途中まで瀬戸口君とデートしてるようなものだったもの」
「んー。……ところであっちゃん、今夜、暇?」
「今日は暇だけど」
「それじゃ、二人で整備員詰め所に泊まるってのはどーだ?」
「ネタに詰まると下ネタに走るのは瀬戸口君の悪い癖だと思うよ〜」
「……ネタじゃないんだがなぁ」
「それよりさ、みんなで滝川なぐさめてあげようよ」
速水は、ぽややんと笑った。
オシマイ。
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