第三章


「あの窓からったって、どう見ても届かないわよ?」

 レイネが頭を振りつつ立ちあがり、上を見上げた。その窓からは、月明かりだろうか、うっすらと光が射し込んでいる。その光のおかげで、何とか部屋の様子も分かるのだが、まさに牢獄と呼ぶにふさわしい場所だった。

 窓枠まで二人の二、三倍の高さがある。壁にはよじ登れるような足場も無い。壁を使って跳んでみても、二人の背では、届きそうもない距離だった。

「とりあえず、俺が手助けするから、先に跳んでみて」

 アレフはそう言うと、壁を背にして窓の真下に立ち、手を組みあわせた。そしてお腹のあたりで手のひらが上になるようにする。これを足がかりにして、窓まで跳んでもらおうというのだ。

「そ、そんなんで届くの?」

「やってみなくちゃわからないよ。息を合わせて、タイミング良くやれば、何とか手はかかるんじゃないかな?」

「よ、ようし。やってやろうじゃないの」

 レイネは助走をつけるべく、後ろに下がった。

「じゃあ俺の手を足がかりにして、思いっきりジャンプして」

 覚悟を決めたレイネが、アレフ目掛けて走ってくる。アレフは腰を落として身構えた。

レイネの足が手に乗る。瞬間、アレフは思いっきり手を真上に挙げる。

「どうだ……!」

 ごん。

 鈍い音が部屋に響き渡る。

「わったったっ……ぎゅっ」

 落下してきたレイネにつぶされて、アレフは妙な声を上げた。

「……痛たたたたた」

 レイネはアレフの上で、額を押さえながら涙ぐんでいる。どうやら勢い余って、壁に顔を打ちつけてしまったようだ。

「えーん。嫁入り前の大切な顔なのにぃ」

「……お、おもい……早くどいてよ」

 音が結構大きかったので、気づかれたかと思ったが、人のやってくる気配はない。

「あのね、レイネ。俺の手に左足を乗せたら、今度は右足で壁を蹴るんだ。それでそのまま窓枠に手を掛ける」

「わかってるわよ。すぐに出来たら苦労はしないわ」

 気を取り直してもう一度試みる。タイミングは合っていたのだから、後は跳ぶ角度の問題である。アレフは心持ち垂直方向に手を挙げることにした。

 レイネが走り、地面を蹴る。

「どうだ……!」

 左手が辛うじて窓枠に引っかかる。

「くっ……」

「がんばれ!!」

 右手を掛け、両手で自分の体を持ち上げる。

「ん……!」

 そしてそのまま、窓のへりの部分に体を上げることに成功した。並みの人間の子どもではとても真似できない。ハーフエルフであるが故の運動能力の高さの賜物である。

「やった!!」

「しっ!」

 喜ぶレイネに、アレフは人差し指を口に当てた。まだまだ油断はならない。いつ奴等がやってくるのかもわからないのだ。

「……で、アレフはどうするの? わたし、ロープとか持ってないけど?」

 ふと気づいたようにレイネが首をかしげる。

「ま、まさか、考えてなかったとか……」

「そんなわけないでしょ」

 とりあえずレイネを上げることには成功した。後は自分だが……

「使うしかない、か」

 本当なら極力使いたくないのだが、現状では、そうも言っていられない。

「どうするのよ?」

「……黙って」

 アレフは手をだらりと下げ、ゆっくりと目を閉じた。

(意識して使うのは久しぶりかな……)

 頭の中に思い浮かべるのは、自分が宙に舞う姿。

(こんなところにもいるかな、風の精霊たち……)

 かすかな感触。

(ごめん、みんな。ほんの少しだけ力を貸して……)

 アレフの服がかすかに揺れる。

(お願いだから……)

 その揺れがだんだん激しくなってくる。

「風が……」

 レイネは思わず呟いていた。彼女にとってみればさほど珍しい光景でもないのだが、今までのものより、どこか違うように感じられた。完全なる融合。そんな言葉が、頭の中に思い浮かぶ。

 風はいよいよ勢いを増し、アレフの周りに吹き荒れた。

(行くよ……)

 かかとから爪先にかけて、アレフの足がゆっくりと地面を離れていく。

「て、天使みたい……」

 レイネの目に、月明かりに照らされたアレフの姿がゆっくりとせまってくる。それはまるで、神話の中に出てくる、羽をはやした天使のように思われた。

 顔は汚れているし、服は天使が着る真っ白なローブには及びもつかないほど汚れていたが、それでも、そう思わざるを得なかったのだ。

 アレフはそのままレイネの元にゆっくりと降り立った。

「……ふう。ありがとう、みんな」

 

 

……亮、第十一回……

 


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