第四章


「あと少し……」

 青年は扉を閉めると、ぽつりと呟いた。

「あともう、ほんの少しで……」

 扉はある。そしてそれを開けるための鍵も。だが、失敗は許されない。いくつかかっているかわからない場合、できるだけ可能性のある鍵を用意しておくほうが安全だ。もうすぐ、おそらく一番主要となるであろう鍵が到着する。

「そして、扉は開かれん……」

 表面的には冷静さを保っているものの、青年は自分の中に湧き起こる、抑えがたい衝動を感じていた。できることなら今すぐ扉の開放を試みたい。しかし、もし開かなければ、彼の望みは消え失せる。焦りは禁物だ。彼は必死に自分の気持ちを抑えつけた。

 あの、ソルというハーフエルフが相当力を持つ血を引いていることは間違いない。ただ、自分でもその力にまったく気がついていないようだ。人間とともに暮らしているのなら必要はないだろうし、迫害される恐れがあるから、無意識のうちに制御しているのかもしれない。

「何としても、彼には力を解放してもらわねばならない」

 そのためにはいかなる手段も辞さない。たとえそのために、人の命が失われようとも。

 青年は、城の入り口に向かってゆっくりと歩いていった。昔は海軍の詰め所にでもなっていたのだろうが、今は見る影もなく廃れている。だが、この城のそんな雰囲気が自分に合っているようで、彼はこの場所が気に入っていた。

 程なく城門にたどり着く。そこにいるはずの門番の姿が見えないが、たいしたことではない。相変わらず律義に見回りを続けているか、それとも魔が差して街にでも遊びに行ってしまったか。

 もし後者なら、あの門番はとても運がいいだろう。これからここで起きる惨劇を考えれば……

 空を見上げる。三日月は一層輝きを増しながら、確実にあるべき場所に近づいている。

「極めて順調だ」

 何の問題も無い。すべては計画どおりに進んでいる。多少の誤差はもとより承知の上。修正が必要ならばそうするし、必要が無いならば、無視すればいいだけのこと。

 青年はゆっくりと目を閉じ、大きく息をついた。静かな、心地よい波の音。遥か遠くから聞こえてくるざわめきは、街のものだろうか。時折吹く夜風に黒髪が揺れ、側を行き過ぎていく。

 それらのさまざまな音が交じり合って、耳に入ってくる。まるで、自分たちの存在を知ってもらうかのように。

 そして、再び目を開けると、その先には一人の女性の姿があった。

「お待ちしていました」

 青年は恭しく頭を下げた。

「申し訳ありません。こんな夜分に、女性を一人で外出させてしまって」

「アレフがその方が良いって言ったんですよね。それなら言われたとおりにしたほうが良いと思います。きっとあの子に、何か考えがあるのでしょう」

 どうやらこのフィーユという娘は、彼の思ったとおりの人間のようだった。とりあえず街までは同行したのだが、それ以降は一人で行動させた。今後の行動を決める上で試したのだが、特に何の疑問も持たず、ここまでやってきた。

(つまりは、彼らを心の底から信用しているということか)

 信用、などという言葉は、青年にとってまったく無縁のものであったが、利用できるものはうまく利用するに超したことはない。

「ここにアレフがいるんですか?」

「ええ、中に」

「でも、わたしに手伝いなんてできるのかしら。足手纏いになるかも……」

「私も詳しいことは聞いていないんです。でも、彼の言うことだからと思い……」

 自分の友達が捕らわれているのだと、同じ嘘をこの娘にも使っていた。あのアレフというハーフエルフもこの人間も、簡単に引っかかってくれる。まるで疑うということを知らないかのようだ。そんな姿が、彼にとっては愚かであり、また羨ましくもある。

「何だか、不気味なところですね」

 フィーユは月に照らさせて灰色の鈍い色を放つ城を見上げた。

「夜風が冷たいでしょう。詳しい話は中で……」

 フィーユを促し、彼は中に戻っていった。

 

 

……亮、第十六回……

 


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