第四章
| アレフは思わず飛び出し、フィーユの側に駆け寄った。
「姉ちゃん!! しっかりして!!」
見ると、刺さった短剣の周りには、じわじわと赤い血がにじみ始めていた。顔はすでに白くなっており、呼び掛けに応える様子はない。 「姉ちゃん!! 姉ちゃん!!」アレフは、何度も体を揺すって叫び続けた。 そんな姿を見て青年は、 「無駄です。確実に急所を突きました」 まるで感情のこもらない口調で言った。 「……どういうつもりだ……」 ソルは青年を睨み付けた。もはや敬語を使っている余裕は無くなっていた。 「フィーユさんを連れてきた狙いは、ただ単純に僕の目の前で殺すことだったのか」 「もちろんそれが目的ではありますが、最終的な目的ための手段とも言えます」 ソルの視線に動じること無く、青年は相変わらず淡々とした口調で答えた。 「すべてはあなたのため、です」 「……………」 ソルは唇を噛んだ。悔しさのあまり強く噛みすぎて薄らと出血したが、まったく気にならなかった。 自分が側で見ていながら、あっさりとフィーユを殺させてしまった。まさか、いきなり手を下すとは思っていなかった。が、それは甘かった。この青年に対して、もっと用心しなければならなかったのだ。 自分に対する後悔の念、フィーユを失ったことに対する悲しみ、そして青年に対する怒りが、自らの中で混濁していた。 「……私が憎いですか」 青年はソルの様子を眺めながら、さらに言葉を投げてくる。 「彼女はあなたとずいぶん親しかったようですね。ハーフエルフの存在を認めている人間というのは、希有な存在です」 機械的な彼の声が、耳に障る。 「でも、それにしても私はあなたの気持ちが良く分かりません。そもそも」 挑発だとわかっていた。わかっていたが、声を聞く毎に、彼への怒りが倍増していくのを抑えることが出来ない。 「たかが人間一人が死んだだけではないですか」 「ふっ……」 その一言で、ソルは我慢の限界を超えた。 「ふざけるなあっ!!」叫んだ瞬間、ソルが立っていた足元に亀裂が走った。その亀裂はまっすぐ青年に向かって延びていった。 が、それは青年の前でびたりと止まった。 「ふむ……まだ完全に解放してはいないようですね……」 彼の目には一瞬期待の色が見えたが、それはすぐに失望に変わった。そしてつまらなそうに呟く。 「犠牲が増えてしまいますが……仕方が無いですね」 青年はふと視線を転じた。そこには蒼白になったレイネと、悲しそうに佇むセレネの姿があった。 「なっ……やめろぉ!!」ソルが叫んだ瞬間、レイネの体は見えない力に吹き飛ばされ、壁に激突した。そしてそのまま崩れ落ちる。 セレネは妹の方を振り向いたが、直後、まるで操り人形の糸が切れたように、体が力を失って、床に倒れ伏した。 「レイネ!!」アレフが叫び、駆け寄る。だが、こちらもフィーユ同様、応えはなかった。 「ど、どうして……」 身動きしなくなったレイネの体を抱きかかえ、アレフが呟く。その声は、徐々に鳴咽に変わっていった。 「鍵は三つまで使いました」 青年は無表情のまま、ソルに視線を戻した。 「……貴様……」 「あまり時間がありません。最後の鍵も使いましょうか」 事も無げに言うと、青年は再び視線を戻した。その先には、レイネを抱え、肩を震わせているアレフの姿。 「アレフ、逃げろぉ!!」ソルが叫ぶと同時に、一条の光がアレフの体を貫いた。衝撃に何度か体が跳ね、壁に叩き付けられて、ようやく止まった。 そして、うめき声すらあげるけはいも無く、他の三人と同様、微動だにしなくなる。 部屋には、静寂だけが残った。 「……鍵はすべて使いました」 青年の口調には、かすかに期待の念が込められ始めていた。 「解放を」 青年のその声も、もはやソルの耳には入ってこなかった。目には腕が有らぬ方向に曲がったまま倒れているあアレフの姿が映っていた。が、それもすでに何の感情も呼び起こさなかった。 もう、何もかも、どうでもよくなってしまった。 生きたいと思う、ただそれだけのことが、こんなにも他人を犠牲にするのか。暖かい人々の恩に、自分は報いることが出来なかった。いや、それどころか、最悪の結果まで生んでしまった。 それもこれも、ハーフエルフのくせに、今まで生き長らえてきたせいではないか。他の人々を欺いてまで。そんなことに何の意味があるのか。生きていて愛する者たちに迷惑をかけるぐらいなら、死んだほうがましだ。 死んだほうがまし。 すでにソルの中には、怒りも悲しみも無くなっていた。あるのはただ、絶望と、虚しさだけ。 もう、何もかも、どうでもよくなってしまった。 ソルは伏せていた顔をゆっくりと上げた。 口元に浮かぶのは……冷笑。 「……何もかも……無くなってしまえ」
……亮、第十七回……
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