Sync #6
待っていたのは凄惨な現実だった。
何かしらの魔導が暴発したんじゃねぇかな?
決して意図的なものじゃない。
・・・だからって、単に事故で片づけて良いかどうかはわからねぇがな。
血飛沫に染められた室内。
散らばる死体。
育ちが育ちだ、こういう修羅場には慣れているはずの俺でさえ、直視するのが辛い惨状だった。
そんな惨状の中に、レティーアはいた。
その場に相応しい深手を負って。
全身に負った切り傷、火傷。
何よりも焼けただれて肘で千切れた右腕が痛ましかった。
「レティーア!」
グラリと傾ぐその身体。
慌てて走り寄り、抱き支えた。
ぐったりとして力無く、一瞬俺は最悪の予感に捕らわれたが、さすがに魔導士、ちょっとやそっとの魔導による傷では死なない。
つったって、ほっとくとヤバい。
とりあえず生命維持のためのリバーサーだけはかけた。
けど、実際の治療の方は、俺はさっぱりだ。
『傷なんか死ななきゃそれでいいんだよ、そんなもんに時間割く間に俺は攻撃魔導を憶えるぜ』と、エスパーならば身につけていて当然の治癒の力を、リバーサーを除いて俺は捨てた。
・・・こんなことになるんなら、ちょっとでも勉強しときゃよかったな。
思いきり嫌みったらしく溜息をついて、レティーアを抱え上げる。
「病院行ってくるぜ」
長やロイヤルガードの生き残りに、憤りを込め一瞥をくれてやる。
しかし、奴等は俺の胸中を知ってか知らずか、更に俺の神経を逆撫でるようなことを言いやがる。
「待ちなさい。『異端』はしかるべき手段を以て、処分せねばなりません」
「何・・・?」
聞いたことがある・・。
『異端』と判断された者は処刑され、そして二度と蘇ることのないよう、その死骸に特殊な措置を施すと・・・。
確かにそれが名目ではあったが、実際の所は立派な見せしめだ。
「ふん・・・んな真似しやがったら手前ぇら全員、ぶっ殺す」
「問題発言ですな。『異端』に肩入れすると?」
「たりめぇだろ、友達だからな」
「貴方の使命は『表』に万一の事態が発生した場合の、その代役。万一の事態というのは、こういう場合も含むのです」
「へぇ、部下によってたかってボコボコにされて死にそうになった時かい?」
「『闇』に寝返った時です」
「るせぇ、四の五のぬかしやがって。それ以上減らず口たたいてみな、あの世を見ることになるぜ」
「・・・なるほど、馬脚を表したようですな」
長の敵意に満ちたその言葉を受け、ロイヤルガードが周囲を取り囲む。
良い度胸だ、機嫌が悪い俺を相手にしようってのか?
ふふん、命知らずってのはホント、てめぇらの為にある言葉だな・・。
「俺とこいつを一緒にすんなよ・・・俺はこいつと違って、あんたたちを導くとか救うとかいう気は全然ねぇんだぜ」
だって俺にはおまえらが救いようのないバカに見えるからな。
痛ぇ目見ないとわかんねぇだろう。
軽くタンドレあたりでヒネってやるか・・。
そう思って、左手を差し伸ばし、まさに雷撃を加えてやろうとしたその時だ。
右腕に抱えたレティーアが、小さく言った。
「ダ・・・メ」
「・・・?」
ダメって・・・?
ほんの一瞬、俺は躊躇した。
「!!」
いる!!
何かが・・・すぐ近くに・・・!
「やばい!」
その、『何か』の魔力がその場に介在していた。
膨れ上がる雷球。
もしや、これか!?
この惨状を生み出した、魔導の暴発の原因・・!
「く・・、なめるなぁっ!!」
レティーアの制止が効いてくれた。
一瞬、俺のタンドレの発動が遅れていた。
微妙なタイミングのズレ。
その刹那、俺は強制的に解除を試みた。
でも、やっぱ少し遅すぎた。
こんな段階でキャンセルをかけてうまくいく訳がない。
膨れ上がった雷球は、小さくはなったが、完全には消滅しなかった。
しかし皮肉なことに、標的だけは解除されてしまったらしく、すぐ目の前に着弾した雷球は、いきなりその場で強烈な電場を展開した。
まずい、レティーアも巻き添えを喰らう・・・。
こいつの今の状態で、さらに電撃を受けたら・・・。
くっそぅ、仕方ねぇ!
レティーアを庇うべく、俺は自らその電場へ飛び込む。
格好の良導体である人体を選んで、電子の束がどっと流れた。
ビシッと鞭打たれたような衝撃が走って、一瞬体中の力が抜けた。
ショックで心臓がキュッと縮こまった感覚がしたが、幸いそのまま止まっちまうことはなかった。
・・・ざまぁねぇな、自分の術で自分がやられて。
「悪ぃ、失敗した・・・大丈夫か?」
立とうとしたが、情けないことに足腰が言うことを聞かない。
中腰になってもそれ以上力がこもらず、無様に床に転倒する。
そして、さながらそれを見越したかのように、長やロイヤルガードが俺とレティーアの周囲を取り囲む。
「・・・力に溺れる者は、力の前に屈するのです・・・」
「うるせぇ、まだ・・・」
まだ魔力は尽きちゃいないと言いかけ、俺は息を飲む。
ここで魔導を使うとどうなる?
また、あの目に見えない何かが、こんな無茶をしたらどうなる・・・?
そうか・・・レティーアがこんな奴等に負けたのはそれが理由か・・・。
今もきっと成りゆきを見ているであろう、その目に見えない何かは、再び俺が魔導を放つ時を、虎視眈々と狙っているはず・・・。
俺達の魔導を使って何をする気だ・・・。
さっきからやたらめったら破壊して・・・破壊??
ここにある何かを壊したがっている・・・ここにあるもののうちの、どれか??
改めて俺は室内を見回そうとして、けれど途中でそれをやめた。
ロイヤルガードの数名が、レティーアを抱え上げて、連れていこうとしている。
「やめろ・・そいつに触るな!!」
奪い返そうと立ち上がったが、相変わらず力が入らない。
がくりと膝をつくしか、俺にはできなかった。
「そいつをどうする気だ!!」
「処刑するのです、掟に従い」
「そんなの俺が許さねぇ!!」
「許す許さないの問題ではないのです。そもそもこの世に存在すること自体誤りなのです」
「・・・なんて・・こと・・・言いやがる、てめぇ!!」
「貴方も裁判が必要です。来なさい」
肩をぶしつけに捕まれる。
そうかい、そんなに死にたいか。
俺はレティーアほど優しかねぇぜ・・・。
魔導が暴発しようが、目に見えない背後の存在が何を企もうが、もうどうだっていい。
・・・てめぇら、全員・・・
「殺す・・!」
上方にさしのべた左手の掌底に、強烈な輝きが生まれる。
この世のあらゆる事共を、すべてつなげてひとつの力へ・・・。
その力に、俺は『連帯』という意味を持つ、こんな名前をつけた。
「来い!!レジェオン!!」
生まれる力。
自分で言うのも何だが、破壊力に関しちゃ、他のあらゆる魔導を超越してると自負していた。
再び、介在する何物かの力。
今度は驚かない。
キャンセルもかけない。
一旦はひとつに収束した超高密度のエネルギーの束がピッと空を裂き、一瞬のタイムラグの後、すさまじい輝度を放ちながら一本の光の矢は天を裂き、地を割った。
その矢に狙われた者は、何一つ残さずに消し飛ぶ・・・はずだった。
あまりの輝きに一面真っ白に覆われた視界が徐々に収まっていった時、俺は予想できなかった結果に直面する。
一人の子供。
見た感じ・・・まだ5、6歳にしか見えない・・・。
信じがたいが・・・そのたかだか一人のガキが、俺の渾身の『レジェオン』を、その両手の間に、そっくりそのまま受け取っている。
決してその力を弱められてはいない。
本当に、そのまんま、受け取めているのだ。
「なっ・・・」
憎たらしくも、そのガキは、いとも容易く『レジェオン』を握りつぶす。
見事な艶を持つ黄金色の髪、パッチリとしていて、しかし焦点の定まらぬ虚ろな緑色の瞳・・・。
瞳と言っても、本当にこの目を使って視覚的にものを見ているのかは、はなはだ疑わしかった。
飾り物のビーダマみたいに、俺には見える。
しかし、こいつ・・・どこかで見たことが・・・?
そうだ、さっきの『光』に・・・似ている・・・!
「俺は、モタビアに降りた『光』・・・デゾリスに降りたという、俺の片割れとは、おまえのことか?」
表情と同じく、その口調も、背筋が寒くなる程抑揚がない。
人間・・というより、腹話術の人形に見えた。
コイツ・・・普通じゃねぇ・・・。
悔しいが、俺は完全にそのガキに圧倒されていた。
虚勢を張って罵声を浴びせるが、それも無視されるだけだ。
「邪魔するな、くそガキ!!」
「・・・・・・。」
可愛いガキだぜ、全く・・・!
腑の煮えくり返っている俺をよそに、その子供はポツンと呟く。
「これを、壊されては困る・・・」
す、と差し出した掌。
その掌の上の中空が裂け、その中から一振りの剣が現れ、吸い込まれるようにそのガキの掌の上へと落ちた。
「!?」
テレキネシスか・・・やるな・・・。
苦々しい思いでその光景を眺めていたが、何を考えたのか、ガキはその剣をいきなり俺に向かって放った。
慌ててそれを受けとめる。
何のつもりだと言おうとしたが、相手が口を開く方が早かった。
「預けておく」
「はぁ??」
「いずれ返してもらいに来ることになろう。それまでおまえが持っておけ。俺には『ルディ』という名がある。それを頼りにモタビアを探せばいい。それから、そこの魔導士」
『ルディ』と名乗ったそのくそガキは、ゆっくりと頭を巡らせ、レティーアの方を向いた。
「早めに始末しておけ。危険だ」
「・・んだと、黙って聞いてりゃこのガキ!!」
俺にはてめぇの方がよっぽど危険に見えるぜ・・・!
反射的に、手の中にあった剣を抜き放とうとしたが。
・・・抜けない!?
セイフティロックの外し忘れとか、そんな間抜けなことじゃない。
寧ろ、そんなロックが全くついていない、非常に原始的な剣だったのに。
「預けると言った。使えとは言っていない」
「やかましい!そんなに大事なものなら自分で持っときゃいいだろう!」
「今はまだ肉体が完成していない。その剣の恩恵を受けられる程に成長するには少し時間がかかる。その間は先に生まれたおまえが持っていろ。時が来れば返してもらいに来る。ただし二度とそれを壊すような真似はするな。再びの警告はないものと思え」
「図に乗るなぁっ!!」
さっきはうまくいかなかったが、今度こそは決める。
そうさ、今度は最初っからおまえだけを標的にレジェオンを叩き込んでくれる・・・!
防げるものなら防いでみろ!!
2発目・・・さすがに連発はきついが・・・ここは踏ん張るしかねぇ。
今ここで、この『ルディ』さえ始末できれば、全ては問題ないんだからな・・・!
・・・一撃で決めてやる!
Sync #7
再び生まれる『連帯』の力。
不思議に青みを帯びる光の矢が俺の掌にある。
周囲にいた長やロイヤルガードが何か俺に叫んだが、そんなのは右から左だ。
このくそガキ・・・おまえさえいなきゃ・・・!
残された全ての力を注ぎ込んだ一撃をお見舞いしてやろうとしたその時だった。
背後で異変があった。
今まで感じたこともないような・・・全く異質の力。
「!?」
ぎくりとして背後を振り返る。
あの無感動・無表情な『ルディ』ですら、わずかに眉ねを寄せて、ゆっくりと頭を起こした。
「『ルディ』・・・殺す!!」
レティーアが立っている。
立っているっていうか・・・他の力に立たされている・・・って感じだ。
見えない紐で操られるマリオネットの姿を、俺は連想した。
右腕を失ったマリオネットは、左腕をすっと前方へ差し伸ばし、その指先で中空を撫ぜるような仕種をする。
そのうちに、左手の中に赤黒い輝きを見せる光の球が見えるようになってくる。
大きさはそれほどのものではないが、そのエネルギー密度は尋常じゃない。
今にも臨界点を越えてその場で爆発を起こしそうな程・・・。
・・・一体・・・何が・・・?
俺にはもう何が何だかわからなくなってきていたが、ただ一つ理解できることがあった。
それをレティーアに向けて怒鳴った。
「やめろ!!今のおまえの状態じゃ戦闘なんて無理だ!!」
俺の言ってることは間違ってないと思うぜ。
立ち上がっただけで、あちこちの傷から血を吹き出しているんだ。
骨格もやられてる・・・いびつに曲がった足元。
傷つきぐらつく身体を、骨折した足で辛うじて支えて。
もう、よせって・・・バカ・・・!
見てる方が辛くて・・・泣けてくるじゃねぇか・・・。
「今戦わずに・・・何のための力か、命か・・・!」
でもあいつは聞かなかった。
口で言っても聞かないなら・・・しょうがない、俺がキャンセルを・・・って。
おい・・・解除が効かねぇ!?
くそっ・・・俺には制御不可能な魔導ってことかよ!
「ばか!!やめとけ、冗談じゃなく死ぬぞ!!」
「・・・どうせ死ぬ・・・だったら・・・一矢なりとも・・・!」
「えぇい、このバカ!仕方ねぇ、一発で決めるから耐えろよレティーア!」
止めてもどうせ聞かないんだ。
だったら二人がかりで、この『ルディ』を手早く片付けるしか・・・。
「・・・いいだろう。まとめてかかってくるがいい」
俺とレティーアの中央に完全に挟まれた状態で、しかも俺もレティーアも魔導の発動準備は万全整っているのに、余裕を見せびらかしつつ立っている。
「なめやがって・・・その鼻っ柱、へし折ってくれる!!」
俺のレジェオン。
レティーアの、原理不明の魔導。
『ルディ』を標的に、同時に発動した。
朦朧とする意識の向こう側で、二つの魔力が激突するのを感じた。
うん・・・片方はスレイだ・・・間違いない。
でももう片方は誰・・・?
その力の規模は圧倒的で、威圧的ですらあるけど、決して激することなく静かにその場に淀んでる・・・スレイのと正反対。
似てる・・・何かに・・・どこかで・・・?
そうだ・・・さっきまでいた、『光』のそれに、少し似てる・・・。
ということは・・・『光』が言っていた、モタビアにいる『ルディ』っていう子が、ここに・・・?
ああ、ダメ、身体が動かない・・・。
僕も戦わなきゃいけないのに・・・。
だって、『光』が言ってた。
モタビアにいる『ルディ』って子が、スレイを倒すはずだって。
僕には『ルディ』の味方をしろって『光』は言ってたけど・・・。
ちがうよ・・・僕はずっとスレイの味方なんだから・・・。
今・・・今、スレイと二人で戦うことができれば・・・『ルディ』を殺しさえできれば・・・!
立ち上がろうとするけど、もうどこにもそんな力は残ってなかった。
ただ左手の爪が、力無く床を掻くだけ。
空しい焦燥が心を占めた時だった。
誰かが僕を抱き上げた。
誰かっていう言い方は正しくないかも。
人なのかどうかはとても疑わしかったから。
だって、それは『光』に良く似ていて・・・髪の色と瞳の色が逆転しただけに見える。
黄金色の瞳と、緑色の髪。
僕には、声も聞き分けがつかなかった。
「・・・『ルディ』は『光』の心が築き上げた堅牢な砦・・・。崩すことは難しい・・・それでも立ち向かう意志を、おまえは持っている?」
・・・貴方は・・・??
「わたくしの名前は・・・そうですね、おまえ達には『闇』と呼ばれています。でもいつからわたくしが『闇』で、あの子が『光』と呼ばれるようになったのか・・・。ずっと昔は・・・光も闇も、表も裏も関係ない・・・ただ仲の良い友達だと少なくとも私はそう信じていました・・・」
・・・似てるね・・・僕とスレイに。
・・・寂しいよね、そういうのって。
僕は友達でいたかったのに・・・スレイも、友達だって言ってくれたのに。
僕はスレイと一緒にいたかっただけなんだ・・・失いたくなかった・・・。
「あの子は変わってしまいました・・・長く深い孤独は、信じる心を失わせるに充分でした・・・。わたくしと離ればなれになって、ずっとひとりぼっちでわたくしを待ってくれていました・・・でも私は行けなかった。『光』がアルゴルを護るように、私にも護るべき星はありました」
・・・護るべき、星・・・?
「青く美しい星です・・・アルゴルに勝るとも劣らぬ良い星だと思います・・・。多くの命に満たされ、活気溢れる星でした。けれど、私の判断ミスで、失ってしまいました・・・そこに住まう命を愛するが故に、少し自由にさせ過ぎてしまったのが原因でしょう。わたくしも、『光』のように、もっと彼らをきちんと管理していれば・・・きっと今も・・・」
・・・でも、『光』の所へ戻れるからそれは良いことなんじゃないの・・・?
「・・・変わってしまったのです、あの子は・・・。友達なんていらないと、それだけを私に言いました」
哀しい目をしてる。
『光』も、こんな目をしてた。
どうして・・・この世には哀しいことばかり起きるんだろうな・・・。
「友なんて裏切るだけ、一人でいれば裏切られはしない、悲しい思いをすることもないからと・・・そんな強い意識の現れが、今そこにいる『ルディ』なのです・・・『光』に近づこうとする者は、全て彼が倒すでしょう・・・。ねえ、聞いて下さい。『光』があんなに他者を拒絶するようになったのはわたくしの責任。わたくしがあの子をあまりにも長く孤独の中に閉じこめてしまったから・・・。だから、私がその傷ついた心を助けてあげなければならないんです。そのためには・・・」
・・・『ルディ』が邪魔なんだよね・・・?
「そう・・・『ルディ』さえ・・・そして、その力を強大たるものにしている由縁、『エルシディオン』さえ破壊できれば・・・『光』に近づくこともできる」
そうだったんだ。
『闇』が『光』に度々挑むのはそんな理由があったから・・・。
そして、決して勝てないのも。
『闇』は本気で『光』を倒そうとはしないけど、『光』は本気だから。
「お願いです、私を手伝って下さい・・・あの子は私を、現世に単独で存在することすら不可能にしています。現世で自由に動けるのは、唯一あの子が作り出したおまえ達人間だけ・・・。あの子の心を、私は救いたい・・・いいえ、救うとまでいかなくとも、その閉ざした心に少しでも風穴を開けてあげれば、あの子は本来の温和な心を取り戻してくれるはず・・・」
そうだね・・・こんなことは、『光』にとっても『闇』にとっても悲しいこと・・・。
わかった。
手伝うよ・・・こんな不毛な戦いは・・・終わらせなくちゃ。
「口で言うのは簡単でも、辛い戦いです。人は私を必要以上に恐れます」
うん・・・知ってるよ・・・。
けど、いいんだ。
どうしても一人憎まれ役が欲しいなら、僕がなる。
そして『ルディ』を倒すよ・・・。
それがどうしても必要なら。
『ルディ』がいつかスレイを殺そうとするなら。
僕は容赦しない。
殺すよ・・・。
「ありがとう・・・」
『ルディ』を倒すんだ・・・!
それさえ倒せば・・・何もかもがうまくいくんだ!
絶対に、殺す・・・!
『闇』の持つ力が僕の内を満たしていくのがわかる。
大丈夫、立てる!
僕はまだ、死んでない!
必死に立った。
血は止まらないし、骨もボロボロだ。
けれど目標は目の前にたった一つ。
「『ルディ』・・・殺す!!」
スレイが僕に気付いて、制止しようとしてる。
でも僕は聞かなかった。
今だけは退けない。
さすがにみんな恐れるだけあって、『闇』の力は不必要に強かった。
普通の生き物相手なら、確かにこの力は大きすぎて、危険なものだ。
けれど、今僕たちの目標『ルディ』に対しては、決して大きすぎると言い切れるものではないと思う。
証拠に、『ルディ』は、僕とスレイの中央に挟まれた位置に立っていて、今にも二人分の魔導を喰らおうという状態にあるのに、余裕を崩してはいない。
・・・いつまでもその余裕が保つとは思うな・・・!
スレイのレジェオンが『ルディ』を貫くべく、遥か天の高みから降ってくる。
それに合わせて、僕の掌にあった、赤黒い炎が一気に吹き上がった。
美しくも激しい青い閃光が、大音響と共に大地に突き刺さり、直後、僕の・・・というより、『闇』の放った炎が、さながら生き物のように、『ルディ』の居た周囲を取り囲み、触れるもの全てを焼き尽くしながら、大地から天へと昇る。
天から落ちた光の矢。
地から昇った炎の柱。
その対照的な二つの攻撃の直中にあっても、恐らく、『ルディ』は平気だ。
僕にはわかる。
他者を拒絶せんとする強い意識生命体は、今も・・・。
やっぱり。
一通りの破壊の嵐が過ぎ去った後、精根尽き果てたという雰囲気で、スレイが膝を折って地面に伏すのに対し、『ルディ』はその場から微動だにしていない。
一歩たりとも、動かすことが出来ない・・・!
強い・・・強すぎるよ・・・!
・・・どうして、こんな子が・・・今この時代にいるんだ・・・!!
この子さえ・・・生まれてこなければ・・・!
僕も・・・もう、立ってられない・・・でも、よく保った方かな・・・。
足に力が入らなくなって、そのまま床へ転倒しそうになるけど、完全に転倒するより前に、誰かの腕が僕の二の腕を掴んだ。
自分のすぐ頭上で、長様やロイヤルガードの話し声が聞こえてくるから、彼らのうちの誰かが、僕を捕まえてるんだろうな・・・。
あぁ、もう、そんなに強く捕まえなくても・・・僕にもう戦う力はないんだ。
スレイと言い合いしてる・・・処刑とか裁判とかって・・・。
いいんだよ、スレイ・・・気にしないで。
僕は君のこと忘れないから・・・。
そうすれば、きっとまた会える。
たとえ死に別れたとしても・・・きっと、また、笑顔で・・・。
幼いあの日、スラムで出会った、あの時みたいに・・・。
レティーアも救えず、ガキも倒せず。
・・・情けねぇ。
何のための力だ。
完膚無き敗北を思い知り、生まれて始めて流した涙。
悔しかった。
悲しかった。
そして虚しかった。
「『エルシディオン』、確かに預けたぞ。次に会うまでに少しは腕を上げておけ。おまえはもっと強くなる素質がある」
「・・・慰めの・・・つもりかよ・・・」
肩で息をする俺を宛然と見おろす視線。
『光』にそっくりだった。
「あいつの始末はおまえの仲間がつけてくれよう。俺がわざわざとどめを差さねばならぬ程のものでもなかろう」
「・・・おまえな!!・・・何か恨みでもあんのかよ!!」
人を人とも思わぬ尊大な物言いに、俺はかなり苛立った。
人の死は、この生き物の前に、何ら意味を成さないらしい。
「おまえに友など必要あるまい。精神的に自立するいい機会と思え」
「るせぇ、おまえみたいな冷血動物に言われたかねぇ!!」
「・・・『感情』は命取りになる。冷静さを失った戦士に明日はない。覚えておくがいい」
言いたい放題に言って、『ルディ』は唐突に去った。
「待てこの・・・!!」
テレジャンプで追いかけてやろうとしたが、誰かに腕を掴まれた。
ロイヤルガードだ。
「貴方には裁判が必要です」
「・・・さい・・・ばん・・・?」
俺のみならず、既に死に瀕しているレティーアすら、情け容赦なく引っ立てようとしている。
やめさせたかったが、もうそんな力さえ残っていなかった。
やめろ・・・やめろよ・・・。
なんでそいつを殺すんだ・・・。
頼むよ・・・俺を・・・代わりに・・・。
Sync #8
次に気が付いた時には、あいつはもういなかった。
俺の預かり知らぬ所で、『処刑』は済まされ、『裁判』は終わっていた。
『ルディ』と名乗ったあのガキの行動が、エルシディオンを俺に預けると明言したその行動が、皮肉にも俺を『シロ』とみなす決定的要因になった。
エスパーの館、その最奥部の地下。
常に0度前後の定温に保たれる地下洞窟の中に、その骸は打ち捨てられていた。
目隠しをされた状態で、その心臓には封印のルーンが刻まれた銀の矢がこれみよがしに突き刺さっている。
こびりついた血が、純銀の上に所々黒い錆びを作っていた。
・・・こんな・・・。
「・・・ひでぇよ・・・」
震えの止まらない手を差し伸べる。
痛々しくて、可哀想で仕方なくて、矢を抜いてやろうとした。
しかし、その瞬間、頬に強烈な衝撃を受ける。
身体が一瞬宙を浮いて、直後、床にイヤという程たたきつけられる。
ロイヤルガードに殴られたのだということを理解するまでに少し時間がかかった。
「触れるな!!」
威圧的な声で怒鳴られた。
いつもの俺だったら、殴られたら黙っちゃいないが、この時ばかりは何もやり返そうという気にはならなかった。
ヒリヒリと熱を発する頬を押さえ、床に倒されうずくまったまま、俺にはその死を悼むしかできなかった。
「・・・レティーア・・・」
・・・ごめん、ごめんな・・・。
俺が・・・俺がもっと強かったら・・・。
こんな・・・ことには・・・。
うずくまって泣く俺の目の前の床に、一本の杖の先端がコツンと小さく音を立てながら視界に入ってくる。
美しい装飾が施された、金と銀の螺旋・・・。
たぐりよせるように頭を上に向けると、そこには俺の宝物があった。
いや・・・ちょっとちがう・・・か?
なんとなく、だけど。
でも、俺が持ってるのと、見た目では区別できないほど、良く似ている。
ずっと小さい頃、あの子からまきあげた、あの杖にそっくりで・・・。
「これ・・・!」
「『サイコウォンド』という銘で呼ばれます・・・ただしそれはレプリカ」
れ・・・レプリカ??
「じゃ、本物は・・・??」
「失ったのです。彼が」
そう言って長が鮮烈な輝きを放つ純銀の矢に目を落とす。
それって・・・それってつまり・・・。
レティーアが・・・あの時の、あの子・・・?
俺が勝手に『ジオ』って名前をつけた、あの子・・・?
俺が、忘れてしまっていた・・・思い出せなかったってことなのか・・・?
「ちがう、・・・俺、本物、持ってる・・・。昔もらった・・・」
長は少し意外そうな顔をしたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。
「では、それはこちらで預かっておきます。どこに置いたのですか?」
「教えてやらなきゃいけない義理はないね」
「義理ではなく、当然のことでしょう。『表』に万一の事態が発生した時の代役が『裏』たる者の使命ですが、それはあくまで代役。真に我らの未来を委ねるに足る人物であるかどうかは未だ決められません」
「・・・冗談キツいぜ。・・・てめぇらが殺したくせに」
「殺したのではなく、歴史から抹消したのです。全ての人の歴史から、彼は抹消されなければなりません。彼は最初からこの世にいなかったのです」
長がそう言って、小さな青白い炎を、レティーア・・・ジオの、その骸に投げかけた。
「!」
小さかった炎は瞬く間に勢いを増し、ジオの骸を飲み込む。
何もかもを消してしまうつもりだ。
ジオというひとつの命が存在していた確かな過去を、消してしまおうと・・・。
「・・・悲しい過去は忘れなさい。幸せな未来だけを、夢見ていれば良いのです・・・」
長が俺に手を伸ばす。
ダメだ、記憶をいじられる!?
「触るなっ!!」
伸ばされた手をはねのける。
「イヤだ、俺は忘れない!忘れたくない!!いくら辛くて悲しい過去でも、ウソに飾られた幸せな未来よりはずっと綺麗だ!」
「普通の人はそれでよくても、貴方はそれでは困るのです、五代様」
「ちがう!!五代目はこいつだ、俺じゃない!!」
「彼はいなかったのです・・・」
「いるよ!!いるじゃねぇか、ここに!!」
「それはただの死骸・・・」
途端、猛烈な眠気に襲われた。
いやだ・・・また忘れるなんて。
忘れたくない、思い出だけはなくしたくない・・・。
辛くて悲しいばかりの思い出でも、それが真実なんだから。
何か・・・何か、絶対に消えないもの・・・。
あいつのこと思い出せる、絶対に消えないものを・・・。
その時、俺の視界に一瞬飛び込んだ光。
激しさを増す炎の中に、ギラリと輝いた銀の矢。
無我夢中で手を伸ばした。
炎にあぶられかなり温度が上がっていた銀の矢を俺は素手で握ったわけだから、かなり酷い火傷を掌に負うことになったが、それでも俺はその矢を手放さない。
掌を焼かれる苦痛にも構わず、強引に矢を抜いた。
「・・・おまえらにはわからないんだ・・・!一つの魂を共有する片割れが失われる痛みを、生きながら半身をもがれた俺の苦しみを!」
今にも燃え落ちようとしているジオの死骸を、必死に俺は抱きかかえた。
熱い・・・痛ぇよ・・・。
でも忘れたくないから・・・。
・・・おまえのこと・・・忘れたくないんだ・・・。
誰かが俺の手から燃え落ちてゆくジオの骸を剥ぎ取る。
遠のく意識の向こう側で、医者がどうのこうのって言ってる声が聞こえてくる。
・・・いやだ・・・。
俺の、大事な思い出なんだ・・・。
失くしたくない・・・の・・・に・・・。
「お兄ちゃん、どうしたの・・・?」
幼い子供の声が、俺を現実に引き戻す。
短い夏が終わろうとしている時期だった。
「・・・??」
声のした方を見やる。
10歳にも満たないであろう少女が、紫色の花の束を抱えて、こっちをじっと見上げている。
「一人ぼっちで、傷だらけで」
俺の右の手に大仰に巻かれた包帯をじっと見ながら少女は言う。
俺の右手にあるなかなか治らない火傷。
ちょっと前までは、胸も腕も火傷がひどくて、起きられなかったぐらいだ。
一番重傷だった右手を除いて治ったのはいいが・・・。
俺はいつ、どこで、どうして、こんな傷を負ったのか覚えていない。
新しい傷なのに、覚えてないなんてことが、あるんだろうか?
訓練時の事故だとみんなは言うが、俺は・・・どうしてもそうは思えない。
何かが欠けてる。
何かが足りない。
それも、とても大切なものを、どこかに忘れてきたような・・・。
「ああ、・・・探してるんだ」
「探してるの?何か失くしたの?」
「・・・とても大切なものさ・・・」
その子は、困ったような顔をしてこっちをじっと見ている。
まあな・・・我ながらおかしなこと言ってると思う。
「シェス!!」
少し遠間から声が聞こえてきた。
咎めるような口調が滲んでいる。
俺も、その少女も、その声の主に目をやった。
「パパー」
パパ・・・?
そっか、この子の父親か・・・。
黒塗りのリムを備えた大きめの弓を手にしている。
狩りの帰りなのだろう、大きなアウルデゾリアの胸には急所を狙いすまして打ち込まれたであろう、これまた黒塗りの矢が突き刺さっている。
弓・・・矢・・・。
不意に右手が痛んだ。
「離れなさい、シェス!!」
「??」
父親は強引に娘を引っ張っていく。
まるで俺から逃げるように。
シェスと呼ばれた女の子の方は、まだ俺が気になるらしく、遠ざかりながらもちらちらとこちらを振り返っている。
彼は『異端』の片割れ。
いつ『闇』に寝返ってもおかしくないのだから。
まぁ、こんな俺だが、一応はエスパーのはしくれ。
特殊能力なんかもちょっとは備わっている。
他人が何を考えてるのか、とかな。
あんまり気分の良いモンじゃねぇから、極力聞かないようにはしてる。
してるが、相手が強く思えばいやでも聞こえる。
そんな時いつも聞こえてくる言葉、『異端』。
『異端』の片割れだと。
・・・謂れのない罪。
・・・忘れてしまった罪。
何が足りない・・・!
俺は何を失ったんだ・・・!!
唇を噛んで視線を落とす。
足下に1本、あの子が落としていった花が落ちていた。
拾い上げると芳香が鼻をくすぐる。
一生懸命探せば、きっと見つかるよ。
去り際、あの子が俺に残した言葉。
そうだな・・・きっといつか見つける。
例えそれが、過酷な現実だったとしても・・・。
辛かったでしょう。
苦しかったでしょう。
・・・ごめんなさいね、でもこれだけは忘れないで。
『ルディ』を殺しさえできれば、それで構いませんから・・・。
『闇』の中、生まれる力。
なぜだか思い出せないが、私が大切にしていたという赤い水晶球。
それを依として復元された命。
ただ『ルディ』を殺すためだけに。
その障害となるものは全て取り除かれた状態で。
記憶があやふやな部分も多いでしょう・・・。
でも、それも、貴方のためを思ってのこと。
・・・くれぐれも、過去を探そうとはしないで下さい。
とても辛い思いをすることになるでしょうから・・・。
脅しとも取れる言葉を言い残して『闇』は去った。
『ジオ』という銘の水晶球は、どこでどうやって手に入れたのか。
右腕は、いつ、どうして、失われてしまったのか。
とても大切なことを、どこかに置き忘れて来てしまったような気もする。
いや、元来、人たるもの全ては、そうして『忘却』という名の大罪を背負って生きてゆくものなのであろう。
・・・どうせ忘れてしまうものなら、はなから必要ない。
『ルディ』を殺す・・・。
私の成すべきことはそれだけ・・・。
そう・・・『スレイ』は死ななかったのですね。
代わりに、あの、スレイのお友達が死んだのですか。
まあいいでしょう。
『闇』を殺しさえできれば、それで構いませんから・・・。
俺が事のなりゆきを説明すると『光』はそう言って笑った。
『闇』を殺しさえできれば・・・。
そのために今、俺はいる。
じっと身を潜めて、時が来るのを待っている。
『闇』を完全に現世に引きずり出せる時まで。
「・・・そろそろ・・・行くか・・・」
再び己の力を、意識を押し殺し、俺は人に混じって生きる。
何の力も持たぬ子供になって、モタビアのスラムへ戻る。
俺とは別個に、『ルディ』としての自我を持ちはじめているようだが、それも、まあいいだろう。
邪魔なら消してやればいいだけのこと・・・。
『ルディ』としての自我なんて・・・ただの暇潰しの副産物に過ぎない。
俺は、俺の使命を果たすために生きる。
それ以外の生き方を、俺は認めない。
絶対に・・・認めない・・・。
そして、これら3者が一同に会するのは、かなり時間が経った後のことになる。
Sync #9
『このくそガキ・・・おまえさえいなきゃ・・・!』
『どうして、こんな子が・・・今この時代にいるんだ・・・!!』
『この子さえ・・・生まれてこなければ・・・!』
俺の記憶の片隅に昔から残るのは呪詛の声。
深い怨念と絶望に満ちていた。
そんなの消してしまいたかった。
けど、それが、そもそもの間違いの始まりだった。
そのころ俺はまだ子供で、そんなことを知る由もなく、がむしゃらに・・・それこそなりふり構わず、戦っていたんだ・・・。
今になってそれが間違っていたと気付いても、既にもう遅過ぎて、取り返しがつかない。
全ては失われてしまった後だったんだ・・・。
俺のために失われた全ての存在・・・みんな、ごめんね・・・。
みんなが死ななきゃならない理由なんてなかった。
死ななきゃならなかったのは、たったひとつ、俺だけ。
・・・俺さえ消えてしまえば、みんなは死なずに済んだのに・・・。
ごめん・・・コロして・・・ごめんね・・・。
正に振り下ろされんとする剣の切っ先を、俺は必死に翻した。
ビウと音を立てて、剣が空を切り裂く。
標的のわずかに左をかすめて、すぐ背後の・・・核融合炉の壁面を剣先が引っかいた。
すぐに戻しを当ててやろうとしたが、運悪く、レーザーの電源が切れた。
ブンと小さく音を立てて、擬似的な刀身が四散する。
ちっ・・・ツイてないな・・・。
一旦後方へ下がりつつ、八つ当たり気味に腰に差した鞘へと柄を突っ込んだ。
この状態のまま、1分程は我慢しなきゃならない。
「バカが!!残量に気ぃ付けろってあれほど言ったろうが!!」
途端に罵声が飛んできた。
スレイだ。
「るせぇな、これだけ働けばエネルギーも切れる!!」
「ふん、ならこれぐらいは、やって見せろよなっ!!」
ギラリと魔性の光がスレイの瞳に宿る。
普通のテクニックユーザとは明らかに一線を画するその破壊力。
明らかに攻撃力のみに特化された魔導。
そのぶん、攻められると脆さを露呈することになる、その能力。
・・・何か理由があるんだろうか??
・・・防衛力を微塵も持ち合わせていないことの理由が。
炎。水。風。雷。光。闇。
ほとんどこの世界に存在するもの全てを自分の力に変え、時には命の生と死すらもその掌で手繰る。
唯一欠けているもの・・・大地の力に裏打ちされる『防衛』の力・・・。
そして今、大地という名の敵。
・・・偶然なんだろうか・・・?
「来い!!『レジェオン』!」
スレイの掌から激しい光が放たれる。
『連帯』ていう意味を持つ一地方の古語らしいが、詳しくは知らない。
とにかく、全てひっくるめて破壊の力にしてしまえっていう、まぁ、ヤツらしいと言えばらしい、強引な術だ。
青白い輝きは、天から降ることもあれば、地を這うこともあり、その軌道は勝手気ままだが、最終的には必ず標的を貫く。
そして今回もそうだ。
一寸たりとも反れることなく、標的の中央に輝く赤い水晶を狙って光の矢は空を切り裂いた。
決まりだと思ったが、不可解なことが起きた。
百発百中の光の矢は標的の直前で、突然軌道を変えたんだ。
「!?」
俺もスレイも同時に目を見張った。
本当なら今頃標的を粉砕するはずの『レジェオン』は、わずかに標的の頭上をかすめ、背後の隔壁に大音響を伴って突き刺さった。
頑丈無比なその壁すら、一撃で3枚を撃ち抜き、4枚目を半分削り取った。
隔壁が破壊されたことに反応して、アラートが鳴り響き、照明がレッドランプに変わる。
システムがたどたどしい発音で、くどい程に炉周辺のブロックの閉鎖を通告し、同時に作業員の退去を命ずるが、ここにいる誰一人として、今退ける状況ではなかった。
どうせ後でフレナが強制割り込みをかけると言っていたから、大した問題じゃない。
・・・後があればの話だけど。
「スレイ!」
ここの管理者フレナが非難めいた声をあげる。
無理もないな・・・この炉が吹っ飛ぶようなことになったら、この星に風穴が開くことになるだろうし。
「人のこと言えねーなぁ、ちゃんと狙えよー」
軽く茶化してやる。
いつもならムキになって言い返してくるのが普通だが、俺の想像は外れた。
呆然と自分の右の掌を見ている。
「どうしたんだ??」
気になったから俺もその掌を覗き込んだ。
黒いレザーの手袋にジットリと滲んで広がっていくシミ。
・・・血だ。
「・・・痛ぇ・・・」
「当たり前だろ。ファル、ちょっと診てやってよ!」
人間を圧倒する脚力と反射神経でもって、降り注ぐ魔導の雨アラレの隙間を縫って果敢に走り込んでは、あらん限りの連撃を叩き込もうとしているが、鋭い攻撃と鉄壁の防衛の前に攻めあぐねているといった状況だ。
「わかったわ!こっちお願い!!」
「了解!!」
チャージの完了を知らせるビープ音が戦意を奮い立たせる。
柄を抜き、電源を入れると、青いレーザーの輝きが再び力強さを増した。
ジオの胸元に輝く赤い水晶。
スレイが言うには、あれが依なんじゃないかってことだ。
ヨリって言って、魔導士も一流になると自分の魔導の力の一部を他の何かに託すことができるらしい。
物体や時には人間すらも依に成り得るらしいが、要は、依を持つ魔導士はそれを失うと力を失うってこと。
スレイはそれを嫌って依を持たないらしいが、ジオは持っている・・・スレイの見立てでは、それがあの赤い水晶球。
あれさえ破壊できれば勝負は決する。
逆に言えば、あれを破壊しない限り、俺達に勝利はない。
この鞘の方に連結されているバッテリー。
これまで切れたら、どうしようもなくなる・・・。
・・・グズグズしてられない。
さっさと決めてやる・・・!!
俺の右手の古い火傷。
何故今頃、それも唐突に、再び傷口を開けたのか・・・。
傷を診てくれたファルも不可解な顔をしている。
「10年以上も前の傷がまた開くなんて・・・それも自然に・・・」
「ああ・・・」
不可解なことが多すぎる。
百発百中を誇っていた俺の魔導が、初めて敵を捕らえ損ねた。
いや、寧ろ、敵として認識してくれなかったという方が近い。
・・・敵じゃないってことか・・・??
そんなまさか。
現にこうして戦闘状態にあるのに。
しかし、さっきから何かを訴えかけるかのように、俺の脳裏を色々な情報の断片がよぎっていくんだ。
炎の中あぶられる銀の矢。
虚無的な緑色の瞳。
小汚いスラムの裏路地、俺は昔、そこで何かを・・・?
さまよった雪原、俺は誰かに拾われた・・・?
『たとえ死に別れたとしても・・・きっと、また、笑顔で・・・』
懐かしい声に悲しい響きを乗せて、俺の耳の奥を打つ。
今左手にあるサイコウォンド・・・初めて手にしたはずなのに、再びこの手に取り戻したっていう感覚がするのは何故だろう。
・・・どこかで俺の記憶と先代までの記憶が混同しちまってるんだろう。
ダメだな、こんなことじゃあ。
今俺のなすべきことは戦うことだ。
目の前に立ちふさがる敵を倒すことなんだ。
それ以外のことなんて、後から考えればいいんだ。
そして、俺の頭の中のモヤモヤを吹っ切るように、向こうの方からルディの絶叫が届いた。
左腕の肩口をプロテクターもろともに貫かれている。
かろうじて心臓の串刺しだけは免れてはいるが、それでも傷は心臓に近く、出血がひどい。
・・・バカが、勝負を焦ったな・・・。
こっちの敗色濃厚・・・か。
誰もの胸に嫌な予感がよぎった時、ルディが唐突に言った。
ルディの口から発せられたというだけで、本当にルディが自らの意志で口にしたのかは甚だ疑問だったが、とにかく言った。
たった一言。
「・・・不甲斐ない」と。
まったく抑揚の感じられない声で・・・。
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