Crow's Nest
クロスライン
 ――テスタメントは、さっきから召還の魔方陣を地面に描く作業を続けていた。
「――トカゲの尻尾にコウモリの羽根、トリカブトの根、竜の鱗、人魚の心臓……必要な物は全て揃った。あとは……」
 懐からポテトを取り出す。
「父さんの好物だったポテトを設置すれば死者復活の術の完成だ。」
 だが、ポテトはクリフの好物ではなくて、自分の好物であることにテスタメントは気付いていない。その時点で既に彼がやろうとしている召還の術は破れているのだが、本人はやる気まんまんだった。
 テスタメントは、召還の呪文を一時一句間違えずに唱えた。
 これでもう一度父さんと話せる!
 ――という喜びを感じるのと同時に、今までナゼか何度もこの術が破れている事に、テスタメントはいささか不安をも抱いていた。ポテトが自分の好物だと気付くまでは多分一生クリフを呼び戻すことはできないだろう。それは兎も角、しちめんどくさい呪文も終わってテスタメントは最後にクリフを呼んだ。
「――出でよ、クリフ・アンダーソン! 冥府の門よ、今こそ開くがいい!」
 魔方陣から立ちのぼる紫煙の中に、人影が浮かび上がった。
 珍しく成功か? ――と、一瞬希望を抱くテスタメントの耳に、甲高い声が響き渡った。
「ハロー! ハロー! エクスキューズミー?」
 現れたのは、女だった。テスタメントは、それを知ってがっくりとうなだれてしまう。
 魔方陣の中ではそんなテスタメントをよそに、妙に陽気で目の大きい妖魔が「ここはどこかしら?」と、あたりをくるくる見まわしていた。よく見ると、それは、以前、悪魔辞典で見た覚えがある顔だった。妖艶な裸の女の妖魔だから多分、サキュバスかなにかだろう。
「――あの、ねえ、もしもし。お伺いしてもよろしいかしら? ここはもしかしたら、地上なの?」
 妖魔は召還主であるテスタメントの存在に気付いたらしく、こっちにしなをつくりながら話しかけてきた。テスタメントは答える気力も無く憮然としている。
「……ていうか、どうもそうみたいね」
 くんくんと鼻を動かしながら、テスタメントがなにか言おうとする前に、彼女は勝手に言葉を続けていく。
「吹きぬけて行く風に、太陽のいやなにおいが混ざっているわ。……ひなたの……健全な……金色のにおい……」
「――太陽がいやなのか?」
「あたりまえですわ。私の魔力は半減するし、むやみやたらと明るいし、気分は最悪ってところかしら。――あなた、私に用が無いのでしたらさっさと元に戻してくれないかしら? ……あら、よく見るとなかなかいい男だわねぇ」
「……いったいなんなんだ、お前は」
 マシンガンのように喋る陽気な妖魔に嫌気がさしているテスタメントは、いつエグゼビーストをくらわしてやろうかと隙をうかがっていた。
「ホホホ。悪魔が自分の名前をきちんと名乗ると思って?」
 サキュバスは、そう言うと魔法で「ふかふかのベッド」を召還して、自分でその上に載った。
「あなたが私を呼んだのもなにかの縁。こっちへいらっしゃいよ」
 ――あれで誘っているつもりなのか、とテスタメントは更に冷徹になる。
 普通の男性なら、サキュバスの魔力にひっかかってとんでもないことになってしまうところなのだが、いかんせんテスタメントに性別はなかったのでその魔力が有効であるはずが無かった。
「生憎だったな。私に貴様の術は効かん」
「あらあ? どうして?」
「私は女には興味が無い」
「……もしかして、男じゃないの?」
「……放っておいてくれ。何はともあれ、私は貴様ごときに用は無いのだ。さっさと魔界に戻るがいい」
「そうもいかないわよ〜。一度憑こうと決めた人間はちゃんと憑かないと後味悪いわ」
「ナニを言っているんだ? もう君には用が無いんだ。消えろ」
「クールなところがますますステキv」
 ……そこへ、運悪くやってきたのは、どこぞの坊や騎士:カイ=キスクだった。
「あ……あの……その……」
 ベッドを囲んで言い争っているテスタメントとサキュバスを見て、既に彼はしどろもどろになっている。
「えーっと……スミマセン!」
 彼は一体ナニをしにきたのか、よくわからないまま、ダッシュでいなくなってしまった。
「……なんだったんだろう、あいつは」
 カイならクリフの本当の好物を知っているはずなのに、テスタメントはそこには思い至らなかった。なにはともあれ、こうるさい公儀が小言を言う前にいなくなったのでしばらくは静かに暮らせるというものだ。
「……うーむ」
「どうしたのかしら? 今の坊やがなにか?」
「どうだ、これから私と組まないか?」
「組む?」
「今のカイ=キスクの反応を見て、これはなにかに使えるんじゃないかっていう気がしたものでね」
「それじゃ、お傍にいてもいいのね!」
 サキュバスは嬉しそうだ。
「そうだな」
「ふふふ……とりあえず、御主人様には私の魔力がなぜか効かないみたいだから、さっきの坊やでも追いかけていって遊んであげようかしら?」
「やめておけ。あいつの周りにはイヤな炎使いの男がいるから」
 と、テスタメントは本当にいやそうな顔をする。
「そうなの? でもいつかまた会えるかしら?」
「多分、な」
 戦いの匂いがする。
 ――いつの世も、人間が争い事を根底から避けられないのは、いくら神に祈ったって変わらない。あの坊やが忙しく飛びまわっているということは、争いの火の粉がこちらに降りかかってくるのもそう遠い未来のことではない気がした。
「さて、行くか」
 魔方陣は諦めて、テスタメントはどこか平和な場所を求めて旅を続けることにした。
「行くって、どこへ?」
「さあな……。取りあえず、人けのない静かな場所でゆっくりしたい気分だ」
「それなら、アタシいいところを知ってるわ。魔物のいる森があるらしいの。そこには人はけっして近付かないそうよ」
「ふうん。面白そうだな」
 ――そして、二人は旅に出た。

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Last update- 0/ 8/14