GOA-HEAD
クロスライン
カイ=キスクが詰めている警察機関の部署の一室には、公儀向けの豪華な茶菓子を求めて知人がやってくる事がある。
 カイは度重なる不穏な事件のせいで休日出勤中だというのに、今日も突然の客に見まわれていた。
「なあなあ、カイちゃんとソルの旦那の服ってなんか似てるんだけどどーして?」
 ――と、最近知り合ったばかりの御津闇慈が聞いてきた。
「それ、私も気になってたアルよ〜。カイさんは元聖騎士団団長だっていうのはプロフィールで見て知ってるんだけど……」
 これもまた最近知り合いになった戦う中華料理人・ジャムが相槌を打つ。
「でもまさか、ソルの旦那も聖騎士団員だったなんてことはないんじゃないかな〜。あの旦那は、どうとっても『聖』ってカンジじゃないし、『騎士』って言葉も似合わない気がするんだが……」
 カイも、内心、そうであってほしかったと思っている。
「その『まさか』です。ソルの服は、元々聖騎士団の制服でした」
「――え、うそ。マジ?」
「ソルの服は最初、私の制服と同じデザインだったのですが、自分で裁断してデザインを変えてしまったんです。昔の不良みたいでイヤですよねぇ……」
 あの無骨な筋肉だらけの人間が一晩であそこまで服を裁ちあげてしまったのには、自分も、クリフも驚かされたっけ……、とカイは昔を懐かしく思い出した。ほんとはまだそんな思い出す過去があるほど歳のいった人間ではないのだけれど、この人は。
「――へぇえ。ソルの旦那がねぇ。……ってことは、もしかしてカイちゃんは旦那の元・上司だったりしたわけ?」
「短い間でしたけどね」
「ヘンなこと周りに吹き込むんじゃねーぞ、坊や?」
 と、新聞を読みながら近くに立っていたおっさんが低い声でカイに忠告した。誰かと思ったら、ソルその人だった。
 ソルはギアの情報を求めてたまにカイの所にも顔を出す。でもなるべくならカイには見つかりたくないので、たいてい、静かにこっそりと潜り込んで情報だけ頂いて帰っている。
 カイの知り合い、ということで尋ねてきておきながらカイには声もかけずに(自分ではとっていないので)カイの新聞を読んで、それからデータ検索用のパソコンを使おうとしていた所、カイの言葉が耳に引っかかったからつい口を出してしまい、ソルは一瞬後悔したがもう遅かった。
「ソ……、ソル……いつ、いらっしゃったんですか?」
 カイは平素は穏やかで、ソルに対してもその顔を見たら百パーセント試合を挑む程血の気が多いわけでもない。だから、普段のカイを見ていると(戦闘中は背伸びしているっていうか頑張りすぎているよなぁ)と他の人たちは思ってしまう。
 ソルがカイに会う為と称していつも公儀への無断侵入行為をしていることと、不法な只情報を得ていることはカイも承知し許容していたので、カイ自身はそんなに驚いてはいなかった。
「カイちゃんのまわりには旦那が必ずいるって、ホントーの本当だったんだな〜」
 お茶を啜りながら、闇慈がぽつりとそう呟いた。
「誰だ、そういうホラを吹くヤツぁ?」
 ソルは、つかつかと闇慈に歩み寄ると、低いドスの聞いた声でそう尋ねた。
「テ……テスタメントだよっ」
 こわいわこのおっさん、と後ずさりしながら闇慈が答えた。
「私も、テスタメントから『あの連中は二人一組だ』って聞いたアルよ〜」
「――何が言いたいんだ、あの死神野郎は……」
 ソルは頭を抱えてしまう。カイがテスタメントに負けた後、ソルがテスタメントに勝ったから、敵討ちしにきたとでも思われたのだろうか。――などと過去を思い出していたら、聖戦の時も、そんな塩梅だったような気がしてきた。
「あ、ソルの旦那とカイちゃんに一度聞いてみたかったんだけど。ソルの旦那のバックルのとこはFREE、カイちゃんのはHOPEって書いてあるでしょ。それ、なんでなの?」
「あの文字は、聖騎士団の前の団長だったクリフ=アンダーソンが書いたものなんです」
「それじゃ、単語を考えたのもきっとクリフって人アルね」
 ジャムはそう言いながら、片手間に茶菓子を(カイの許しを得て)まるまる一箱GETしたので、いそいそと荷造りをしている。
「そうでもあるような、そうでもないような……」
 言葉を濁すカイ。
「つまりだな、こういうことだ。俺の力は無制限に強いからFREE、カイのは強くなることを希望してるだけだからHOPE」
「何言ってるんですか。――ソルは聖騎士団に入った直後に『早くフリーに戻りたい』ってわめきだすから、『じゃあ、気持ちだけでも』って意味で、クリフ様がFREEと書いたのではありませんでしたか?」
「そういう坊やは『早くソルを辞めさせてください』ってあのじーさんに嘆願ばっかりしてたって話じゃね〜か。で、それで『じゃあ、気持ちだけでも』ってHOPEって書かれたんだろ?」
「……」
 それも真実なので、カイは継ぐ言葉に困ってしまう。
 そんな二人を微笑ましげに傍目に見ながら、闇慈は公儀のツケでとった出前のお弁当を食べている。カイは昼はたいてい果物などで済ませてしまうため、そうたいしたものを口にするわけでもないのだが、本当は高額の昼食をとっても良い事になっているので、周囲の目が無い休日出勤の日を狙っていけば只飯にありつける、というのはアクセル=ロウから聞いた話だった。
「なあ、なあ、それならもうそのバックルに書いてある言葉、消したってかまわないんじゃねーの? ソルの旦那はもうフリーなんだし、カイちゃんは希望が叶ったんだし。変わりに俺様が新しいコトバ考えてやってもいいぜ?」
「そうアルね! それ、面白そうアル。ソルさんのバックルなんか、『ギア』って書いたらどうアルか? どうせ、プロフィールでソルさんがギアだってもうみんな知ってる事だし!」
 それを聞いて、闇慈のお茶を奪って飲んでいたソルが、ぶっとお茶をふき出してしまった。
「そ……それはどうかと」
 カイも、はにかみ笑いのような、奇妙な凍った笑い方をした。
「ソルさん、それでウチの店で「生ギア焼」っていう料理を出してくれたらきっと大ウケするアルよ〜」
 ジャムの店はタダでさえ生きた竜の真横という怖い位置に建っている。
 あまりにも厭な予感がするのでそこのメイン料理である生龍焼きという料理はここにいる人々のうち誰も注文したことがないのだが、更に生ギア焼きなどという料理を作るとしたらやっぱり店の隣に生きたギアを補足しておくつもりなのだろうか。男性陣はちょっとひるんだ。
「何言ってるのさ、お二人さん」
 影で、今まで忙しそうにひたすら只飯を食べていたアクセル=ロウが口を挟んだ。
「このヒトたちがバックルの文字を変えないのは、ワザとに決まってるでしょ〜。今でもソルの旦那はカイから逃げられないし、カイはソルに会いたいんだよ」
 カイは、アクセルのくだらない軽口には馴れてしまっているのであまり動じなかったが、厭な予感がしてハっとソルの方をふりかえった。
「アクセル、危な……!」
 その忠告も空しく、パンをかじったままのアクセルは、そうとうカチンときたらしいソルに、襟首を子猫のように摘み上げられてしまった。 
「ッたく、てめーの軽口にはつきあってられねぇぜ。……さて、タイランレイブとナパームデス、どっちをご希望だ?」
「そ……そんな、投げる体制に入ってから聞かないでよォ。あえて言うなら、どっちもイヤ」
「ナパームデスだな」
「ソル! ここは火気厳禁ですよっ!」
「あ〜? お前の腰んとこに書いてある単語の本当の意味教えてやろうか?」
 ウザそうなソルの言葉に不穏な下劣さを素早く察したカイは、咄嗟に封雷剣を怒りを込めた手で引っつかんだ。なんでアクセルの軽口は許せるのにソルのはダメなのだろう? ……自分でもよく解らないけれど、ソルにこれ以上何も言わせまいと思うくらい、強い嫌悪感が込み上げてきて。
「Hスタンエッジ!」
 ――しまった! と、自分の阻喪を反省した時には、もう手遅れだった。
「……ちっ!」
「うっひゃ〜」
 凄まじいエネルギーを持った雷の塊はソルとアクセルの両方に当たって床を伝わり、天井のスプリンクラーを誤作動させる。
 闇慈とジャムは、天井から雨が降ってくる前に危機を察して、食料ごと非難していた。
 壊滅的だったのはカイが作成していた書類だけである。
「ああ……」
「あ〜あ、書類びしょぬれになっちゃった」
 下手に動かすと破れそうだったからどかすこともできない。
「ソル……どうしてくれるつもりですか?」
 ちょっと泣きそうなカイを、アクセルがぽんぽんと肩をたたいて慰める。
「大丈夫、時間はまだあるさ、いくらでも、ね」
 なんだか時の旅人に言われてもイマイチ元気の出ない励まし言葉だった。
「書類をかわかすの、手伝ってもらいますよ! ソル、アクセル?」
「しゃあねぇなぁ……」
 と、ソルは封炎剣の力の加減を抑えて乾燥機がわりに使う。勿論、こんなくたくたになった書類は乾いたとしても、もう使えない。だから、カイは書類を写すために、また新しい紙を用意しはじめた。

 本当の所は、ソルもカイも、クリフの書いた文字を懐かしんでそのままにしていたのだけれど、二人とも(特にソルは)気恥ずかしくてそれは言えず終いだった。

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Last update- 0/ 8/26