DARK KNIGHT:3

 元・聖騎士団員の彼がその店を訪れたとき、カイ=キスクは、ふりふりエプロンを着用して皿洗いをしている所だった。
「こんにちは団長お久しぶりです。……うわー。本当に皿洗いやってる。へー」
「えっ……? あ、ヨウさん。こんにちは。でもどうしてココが?」
「面白いものが見れるから生龍焼屋を尋ねろって、ソルの旦那から聞きました」
「……あいつめ余計な事を。……いつか必ず殺す」
 カイは、平静心を保つ為に笑みを浮かべようとしたが、ソル・バッドガイの言動に関する事項に対してだけは何故かどう気をつけてもポーカーフェイスができないので、ほほの端が微妙にぴくぴくと動いてしまった。
 ――試合に負けた上に、不本意ながら(?)こんな格好をしている。
 カイにとっては、今この瞬間が、もっとも知り合いに見られたくない屈辱的な状態であるのをわかっているくせに、ソルは――わざわざ広げなくて良い噂を宣伝してまわっているらしいと知って、恥ずかしさで頭がぐるぐるしそうだった。
 ――ソル・バッドガイ。減点マイナス1。合計マイナス2556点。
 と、カイは心中呟いた。多分、この減点が無くなるまで、カイはソルに対戦を挑み続けるのだろう。
「いらっしゃい。何にするアルかー」
 カイ=キスクとの試合に勝ったので、彼を皿洗いとして臨時に雇っている女店主――クラウドベリ・ジャムが、楽しそうに新しい客にそう尋ねた。
「酒。それだけでいいよ」
「生龍焼、オススメアル」
「俺、魔導師だから生臭はあまり食えないんです」
 黒衣の聖騎士団員は、愛想よくそう答えた。でも本当は、単純に、材料がもしかしたらウラに倒れている龍かもしれないそいつを、食べたくないだけだった。
「魔導師? どんなマジックが出来るアルか?」
「そうですねェ……」
 彼は、出されたコップ酒を一口、啜った。そして、すぐにげほがほと咳込んだ。
「うわ。これ、からーい!」
「それ、アルコール度数50パーセント以上の銘酒アルよ〜」
 その説明を聞いているうちに、ヨウは一気に酔っ払ってしまう。
「それじゃ、魔法でこの世界に夜を齎してみましょう。やっぱ酒は夜に飲むに限りますよ、アハハハハッ」
 顔を赤くして、尚且つゲラゲラ笑いながら、彼は、ルシファー様に向かってスペルを唱えた。
「我、ここに宣言す。魔界の扉の向こう、地獄の底の底にお住まいのルシファー様に助力を請い願うことを。月と星が守護する、安らかな眠りの国――暗黒の夜の扉よ、開け――。ひいぃっく」
 まあ、だいたいそんなことを、彼は暗黒魔術言語でごにょごにょと口走った。
 そして、まだ日があったその世界は、あっという間に夜の闇に包まれてしまった。
 それには流石にジャムもカイも驚いて、ジャムは、ヨウの肩を掴んでがくがくとその両肩を揺さぶった。ヨウは魔道戦士だから、その肩の肉付きはとても薄かった。
「ななな、なんて事をするアルか〜!」
「うぅ〜。きぼちわるい。ひっく」
 周りにいたほかの人たちも、唖然として突然暗くなった空を見上げた。
 そこには美しい満月や、金星や、カシオペアが青白く輝いていたが、それにも増して、更に驚くべき現象が発生した。
 ジャムの生龍焼きという看板を掲げた小さな店が、月よりも明るく、美しく、光り輝いている。
 ――その光の源は、カイ=キスクだった。
 封雷剣が手元に無いのにも関わらず、カイは、まるでライド・ザ・ライトニングを発動している時のように――そして、夜空にきらめく星を全て飾って、それから満月の輝きを全部彼に集めて点したみたいで、キレイだった。
「あ……」
 カイも、自分が光ってるというこの状態に少し驚いた。
 でもこうなったのは久しぶりなので、元の状態に戻る感覚が、ちょっとすぐには思い出せなかった。
 ――ソルが、いてくれれば、この溢れ出して止まらない法力を、消してくれるんだけどな。
 カイは、内心、そう思った。
 ――ソルに会いたい。……プラス1点か。合計マイナス2555点。
「カイさあぁん、どうしちゃったアルかあぁ?」
「団長はぁ〜、夜は、いつもそうだったんですよう。……ひっく。強すぎる法力のせいでね、まるで、ほたるみたいに、明るぅく光り輝いて見えるんです」
「い……いつも!?」
「いえ、戦場での話です。普段は普通ですよ。……まったくもう。ヨウさんがヘンな事をするから、驚いたじゃないですか。早く元に戻してくださいよ」
「はいはい。でも面白いから暫くそのままでいてください。ひっく」
「戦場で光ってたら、敵にすぐ見つかっちゃうアルね」
「そうそう。その通り。ひっく。聖戦の時、ギアの攻撃目標は常に団長で、俺たちの役目は常に団長を守る事でした。ひっく。――子供一人守れないようじゃ、人類は終わりだって、クリフ様がいつも仰ってましたっけ?」
「あのう、あまりその時代の話はしないでください」
 カイは、なんだか恥ずかしそうだ。
「……なんか、それって正式発表とは随分違う気がするアルね」
「勿論、団長は夜目によく目だった分、昼間は、ギアを倒した数も一番多いですよ。昔はライド・ザ・ライトニングも、出し放題でした。ダッシュしながらライドかけて、どんどん一人で敵の陣中に斬り込んで行っちゃうから、追いかけるのが大変だったし、追いついたと思ったら、既に返り討ちにあって死にかけてたりするし、危ないったらないんです。ひっく。でも、ソルの旦那が聖騎士団に来てくれて、本当に助かりました〜。ひっく」
「もしかして、カイさん、試合中は力をセーブしてるアルか」
「そんなことないです。いつも全力で戦ってます」
 カイは、自分にかかった容疑を全力で否定したが信じる者はいなかった。
「この人が人間に向かって本気で攻撃、するはずないじゃないですか。……まあ、平和になって何よりですよぅ。こーして団長の皿洗い姿も拝めるわけだし。アハハハハ」
 ――不意に、ふりふりエプロン姿を元同僚に目撃されてしまったのはソルのせいだった事を思い出して、カイはソルにまたマイナス1点を付け足した。
「……ソル、いつか必ず殺す」
 その頃、遠くの街で、ソルはくしゃみを三回してから、カイがまた俺のことを言ってるなと、呟いた。
 ヨウは、コップを口に持っていこうとしたが、いつのまにか全部飲んでしまっていたので、残念そうに、コップをカウンターの上に戻した。それが上手く行かないで、ころころとどっかに転がっていく。
 ジャムは、今度は黙って水を出した。
「あ。水、ありがとう。
 ――ねえ。
 どーしてもダメ。
 ムリ。
 死んじゃう。
 ――そういう戦況の時にね、この人だけ何も諦めなかったんです。
 そんな戦い、する方がバカっちゅーか意味ないっちゅーか、もう負け決定って時に、
 それでも、全人類の中で一人だけね。
 だから、このひとは団長になったんです……」
「ヨウさん、飲みすぎですよ。それともう団長は止めて下さい」
「いーえ。団長は団長。それはずーっと変わりません。ふわぁ……」
 と、言うと、世界を夜にしたまま、ヨウは眠ってしまった。
「あー。寝ちゃったアル」
「……仕方のない人ですねぇ」
「いっぱつ殴れば起きるアルか?」
「いえ。もう少し寝かしといてあげて下さい。戦わなくて済む夜くらいは。それから明日の皿洗いはコイツにやらせてくださいね」
 カイの「びっくりしたから」発光し始めた光はもう消えた。
 時計も、今は本当の夜の時間を指している。
 それは、平和に甘えることの出来る嬉しい夜で。
 彼ら元戦士にしてみれば、お祭騒ぎに近い気分にさえなるような、静かな――何事もない(?)夜だった。

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Last update- 2002.10.23 UP