第一章
| 「これは……すごいね」 家のドアを開けた時点で、フィーユがそう呟く。 アレフは何も言えずに、ただうつむいた。 「片づけ、しなきゃね……」 フィーユがそう言って、部屋の中に入っていく。 「ソル……帰って来ないのかな……」 呟いたらそれが本当になる気がして、アレフはまた涙をこぼしそうになる。 「ほらほら、泣いてたってはじまらないでしょ? 片づけするよ、片づけ」 フィーユがアレフに声をかける。 本当は、フィーユだって哀しいのだ……。アレフはそれに気づいて、袖口で涙を拭き、 部屋の中へ入っていった。 「あれ……ソルってば一度中に入ったのかしら……」 「え? どうして?」 フィーユの独り言とも言える言葉に、アレフは訊き返す。 「だって、この帽子……」 フィーユが差し出した帽子は、アレフにとって見たことのないものであった。フィーユがアレフにと買ったものである。 「でも、ハンター達は外に張り紙していったし……」 アレフがフィーユを見上げて言う。 「そっか……じゃあ、ソルがここに一度戻ってきたと考えたほうがいいみたいね」 ソルの性格を考えると、外の張り紙を見てからいちいち部屋の中に入ってそのあと出ていくとは考えにくい。つまりはそれほど大切にされているのだ、アレフは。 「この帽子ね、わたしがアレフにって買ったものなの。それをソルから渡してもらおうと思って……」 フィーユはそう言うと、アレフのフードを外し、変わりにその帽子をかぶせる。 「うん、やっぱり似合うわ。それ、ソルとお揃いなのよ」 ソルとお揃い、という言葉を聞いて、アレフは少しだけ笑みを浮かべた。 「ありがとう、姉ちゃん。大切にする」 フィーユは笑って頷いたが、それでもやはり嫌な予感を感じていた。 つまり……ソルはもう戻ってこないのではないか、ということである。 嫌な予感ほど当たるものなのだろうか、その後ソルはいつまでたっても戻っては来なかったのであった……。 「やっぱり俺、ソル捜しに行って来る」 フィーユのいる宿屋についたとたん、アレフはフィーユに向かってそう告げた。 ソルがいなくなってから、すでに一ヶ月がたとうとしていた。その間アレフが知ったことは、待ているだけじゃなんにもならない、ということだけだ。 「……やっぱり行っちゃうの?」 フィーユはあまり驚きもせずに、アレフに問い返す。 「大丈夫、部屋は綺麗にしてきたし、一応置き手紙も書いてきたし。俺だってもう子供じゃないから、ただ泣いて待ってるなんてことしてやらないんだから」 「辛いことに、なるかもしれないよ?」 「でも、こないだはソルが俺を助けてくれたんだ。今度は、俺がソルを助ける番でしょ?」 「そう……そうだね」 フィーユは優しい笑みを浮かべる。 「じゃあ、アレフはソルを助けに行ってあげて。わたしは、ここでずっと待ってるから……二人が帰ってくるの、ずっと待ってるからね」 「うん。絶対連れて帰ってくるから」 アレフはそう答えてから、ふと思いついてフィーユにだけ聞こえるようにこそっと言う。 「帰ってきたら、ソルと姉ちゃんの結婚式だね」 フィーユは一瞬呆気にとられ、アレフの顔を見る。アレフはいたずらっ子みたいな笑みを浮かべた。 「アレフっ! 大人をからかうんじゃないの!」 「へへーんだ、俺ハーフエルフだから姉ちゃんより年上なんだよーだ」 「見た目年下だからいいの!」 もうこうなっては何を言ってるかフィーユにさえわからない。完全にアレフのペースにはまってしまっているのだ。 「じゃあ、俺行くね。ちゃんと姉ちゃんのお婿さん連れて帰ってきてあげるからさっ」 「アレフ!」 フィーユはアレフの名を呼ぶが、アレフは笑って少し振り向いただけで、そのまま走り去って行った。 「まったく……ソルが結婚する気があるかどうか、わからないんだからね……?」 フィーユは思わず独りごちる。 しかし当然、問題は別のところにある。 「さて、と……」 アレフは村の出入り口まで来て、暫し立ちつくす。 「どっちに行こうかな」 なにせアレフは村から出たことは、ほぼ皆無に等しいのだ。アレフにとっては、村の外は未知の世界である。 「まあ、風の吹くまま気の向くまま、ってねー……」 独り言が多くなるのは、淋しいからだろうか。 アレフはそんなことを考えながら、最初の一歩を踏み出した。 真っ直ぐと、正面に向かって。
……光坂、第五回……
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