第一章
| (一体どうしちゃったんだよ……ソル) アレフは一人で夜道をとぼとぼと歩きながら考えていた。 何が何だかさっぱりわからなかった。自分をさらった者たち、彼らは一体何者なのか。目的は何なのか。彼らはソルに何を言ったのか。そしてソルは、どうして自分を置いて、一人で行ってしまったのか。 (僕のこと、嫌いになっちゃったのかな?) 一瞬怖い考えが浮かんで、アレフはぶるぶると頭を振った。そんなことがあるはずはない。危険だとわかっていて、単身で助けに来てくれたではないか。 (じゃあなんで、一人で帰れなどと言ったのかな) 結局、その疑問にぶつかる。あれやこれやと考えてみても、どうにもいい答えは見つからない。あんな悪い奴等と一緒にどこに行ってしまったのか。すぐに帰ってきてくれるのだろうか。もしかしたら、もう戻って来ないのでは……? 「あら、アレフ。どうしたの、こんな夜中に一人で」 うつむきながらあれこれ考えにふけっていたので、アレフは、そう声をかけられるまで、自分が街に戻ってきていたことに気が付かなかった。 ぼんやりと顔を上げると、そこには見慣れた顔があった。足りないものがあったので、買い出しに出ていたフィーユだった。 「ソルが心配してるよ。早く帰らないと」 「姉ちゃん……」 心配そうな顔に、アレフは思わず涙ぐみそうになった。慌てて目を袖でごしごしこすり、それを隠す。 「……あ、いや、何でもないよ。ちょっと遊んでたら遅くなっちゃって」 危うくソルのことを言いそうになって、アレフはなんとかごまかした。自分たちはハーフエルフなのだ、事情を説明するわけにはいかない。誘拐の原因は、あの男たちの言葉からすると、自分たちが危険な種族とされるハーフエルフだからであろう。他人に話すのはまずい。 「だめだよ。日が落ちたら、すぐ家に帰らないと」 「そ、そうだね。じゃあ、急いで帰るから……」 そうは言ったものの、アレフは絶望感に苛まれた。このことを他の人に相談できないとすれば、これから一体どうすればいいのだろうか。すぐにソルが帰ってきてくれればいいが、そうでなかったら、ずっと一人で生きていかなければならないのか。いや、その前に、ソルがいなくなったことをどうやって説明すればいいのか…… 「……心配だから、家まで送ってってあげる」 よほどアレフが暗い顔をしていたのか、フィーユはそんなことを言い出した。 「あ、いや、いいよ。一人で帰れるから。家の中、散らかってるし」 「散らかってるって? ソルは家にいると思うけど?」 「あ、うん、もちろんだよ……えっと、その……」 アレフは言葉に窮した。あの部屋の有り様を見られたら、理由を聞かれるのは間違いない。こんなことなら大人しく捕まっておけばよかったと舌を噛む。相当暴れたため、かなり散らかっているはずだ。何しろ家にはソルはいないのだから、なんとかごまかして、一人で家に戻らねば…… 「あ、何か隠し事してるでしょ」 フィーユは笑いながらしゃがみこみ、アレフと目線を合わせた。 「ま、まさか。姉ちゃんに隠すことなんて何も……」 「あはは。アレフってソルに似て正直ねえ。すぐに顔に出ちゃうんだから」 思わず目線をそらしてしまったアレフに、フィーユは微笑んだ。そしてアレフの小さな肩にゆっくりと両手を置いた。 「話したくなければしょうがないけど、もし何か悩み事があるんなら言ってごらん。わたしにできることがあれば何でもしてあげるから」 ゆっくりとしたその口調と、優しさをたたえた瞳に、アレフは自然と涙が零れた。でも今度は隠そうとはせず、そのままフィーユに抱きついた。小さな少年には、もう恐怖と不安に耐えるだけの気力は残っていなかった。 しばらく涙が止まらなかった。声はかみ殺しているものの、肩の震えはなかなか止まらない。フィーユは黙ってアレフの背中をさすってやっていた。 (あ、なんかいい匂い……これは……母さんの……) フィーユの温もりを感じ、アレフの中にあった不安感が、徐々にではあるが薄らいできた。この人になら、話してもいいかもしれない、そんな風に思い、ゆっくりと顔を上げる。 「どう? 落ち着いた?」 「ん……ありがとう」 「じゃあ、何があったか教えてくれる?」 もう迷いは無かった。この人になら、何を話しても大丈夫な気がして、アレフはあらいざらい、さきほどの出来事を話した。まだ鳴咽が止まらず、つっかえながらの話だったが、フィーユは終わるままで黙って聞いていてくれた。 「……そう。それは大変だったわね。どこか怪我しなかった?」 聞き終わると、フィーユは心配そうに尋ねた。 「ね、姉ちゃん。驚かないの?」 「え、何が? そりゃ、誘拐があったなんて驚きだけど」 「そうじゃなくて、僕らのこと……」 「あ、それね。ソルにも言ったけど、前からわかってたことだから」 「じゃ、じゃあなんでハンターに……」 「あはは。ソルと同じこと聞いてる」 フィーユは膝についた埃をはらい、立ち上がった。 「君たち兄弟がどんな種族だろうと関係無いわ。ソルはソル、アレフはアレフだから」 「姉ちゃん……」 「ともかく、送ってくから、一度戻ってみましょ。もしかしたら、ソルが帰ってきてるのかもしれないし」 またもや涙が出そうになって、アレフはごしごしと顔をこすった。ただし、今度の涙は嬉し涙だった。フィーユの心使いが、ただ単純に嬉しかった。 フィーユに手をひかれ、アレフは家に戻っていった。
……亮、第四回……
|