第二章


「右ったら右!」

「左に行った方が絶対いい!」

 レイネの案内で森を抜け、街道を歩き始めてから実に3度目の言い争い、である。

 いろんな街への一番安全な近道として作られたこの街道は、至る所に分かれ道があるという知らない者にとっては迷惑極まりない代物であった。勿論、全ての脇道に街への案内は出ているのであるが。

 ハンターの根城のある街を知らない二人にとっては、とりあえずどこかの街につきたいのである。

「さっきアレフの言うとおりにしてあげたじゃない!」

「その前はレイネの言うとおりにした!」

「順番からいったらあたしの方!」

「順番なんかないもん!」

 やけに大きな帽子をかぶった子供二人の言い争いに、道を歩く旅人が異様な顔を向けて通り過ぎていく。

「……アレフのせいで変な顔されたじゃない」

「なあんで俺のせいかなっ!?」

「あたしのせいだって言うのーっ?」

「レイネが大きな声出してるんだろっ?」

「アレフの方が大きい声!」

「いいや、レイネの方!」

 ……すでに問題が違う方へ行っていても、それでも二人は言い争いをやめない。

「もう、アレフなんかをお供にしたあたしが間違えていたわ」

 レイネが溜息まじりに言う。必殺お姉さんぶった態度、である。

「お供じゃないもんっ」

 必殺お姉さんぶった態度、の前ではアレフはなにも言えなくなってしまう。

 今朝の自己紹介でわかったのであるが、事実レイネの方が年上――とは言え、一歳だけである――なのだ。年長者の前では素直にならざるを得ない。そこがアレフのいいところ、なのであるが。ちなみに一番最初に言うことをきかされたのも、この必殺お姉さんぶった態度のせいである。

「だから、右ったら右なのよ。わかった?」

 なにが『だから』なのかはわからないが、仕方なくアレフは頷く。この調子ではいつになったら街につくかわからないのだ。

 もしかしたら、女性に強く言われるとなにも言えなくなるのはソルの教育の良さのせいかもしれないのだが。

「次は俺の番だかんね」

「順番なんてないんじゃなかったの?」

 仕方なく言った言葉に素っ気ない返事をされて、アレフは思わず、うううと唸る。

 同行を許した俺が馬鹿だった、とはまさか言えない。言ったが最後、完膚無きまでこてんぱに返されるのがオチだ。わかりきったことはしないに限る。

 アレフは肩を落としてとぼとぼと右の道を歩きはじめた。

「哀愁漂ってるわよ、背中に」

 後ろでレイネがくすくす笑いながら言うが、とりあえず無視をすることにする。はっきり言って、口きく気力もねーよ馬鹿、である。

「ねえ、精霊魔法、どこで知ったの?」

 アレフの少し後ろを歩きながら、レイネがアレフに話しかける。

「知らない」

「知らないって? だって昨日使ってたわよね?」

「だから、知らないってば」

「嘘」

「嘘じゃないもん」

 アレフとしては正直に話しているのだ。あれが精霊魔法だということさえ、知らずにいたのだから。ただ、思い当たるふしがないわけではないのだが、別にそれが正解だとは限らないので、ここで言うつもりはないのである。

「そんなこと、ここで話してたらやばいんじゃないの? 誰かに聞かれたらどうするのさ」

「誰もいないじゃない」

 話を変えようとアレフは努力したのだが、その努力もレイネの一言で水泡に帰した。勿論誰もいないことなど、アレフにもわかっていたのだが。

「……あれが精霊魔法なのかどうかなんて知らない、本当に。ただ、気がついたら風が吹いて来てただけだから」

「わかった、アレフのお父さんか誰かが精霊使いなんでしょ?」

 瞬間アレフはぎくっとしてレイネの方を振り返る。そしてその反応こそが全てを物語っていると気づき、苛立たしげな舌打ちと共に前を向いた。

「知らない、そんなこと。忘れた」

 忘れた。もう忘れてしまった。……違う、そうじゃない。そうじゃなくて。

 ――忘れたかった。

「忘れたって……アレフ?」

「知らないったら知らない! そんな昔のこと、もう忘れたんだから!!」

 忘れたかった。忘れていたかった。自分の父親が、あんな馬鹿な企てに乗ったりしたことなんて。

 そんなこと、ずっと忘れていたかったのに――

 

 

……光坂、第八回……

 


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