第二章


「ま、言いたくないならいいけど」

 アレフの強い調子に少し驚きながら、レイネは首を竦めた。

「あ、あれが街の入り口かしら?」

「え?」

 見ると、前方に門らしきものがあった。悪戦苦闘したが、何とか街に到着したらしい。

 見張りがいると厄介だなとアレフは思ったが、幸いなことに、門のところには誰もいなかった。開放的な街のようである。

「うわあ……人間がいっぱいいるわねえ」

 さもうんざりといった口調で、レイネがため息を吐く。覗いてみると、確かに、馬車や人の往来が多い。なかなか大きな街のようだ。商人らしき男たちが、二人の横を通り過ぎていく。

 アレフは内心小躍りしていた。ソルと住んでいた村よりも活気があり、見たことも無いような動物を連れた人もいる。好奇心が沸いてくるのを押さえ切れない。

「絶対帽子を取っちゃだめだよ。取らなければ大丈夫だから」

 レイネに一言忠告して、アレフは先に立って街に入っていった。レイネもしぶしぶながら後に続く。

 門を入ると、真っ直ぐに大きな道がのびている。街道の続きであろう。両脇にはたくさんの商店が並び、威勢のいい声が飛び交っている。時々ぶつかりそうになりながら、二人はその道に沿ってゆっくりと進んでいった。

 入ってから気づいたのだが、ここには様々な種類の人間がいるらしい。肌の白い人、黒い人。髪の毛が黒い人、金色の人、赤味がかかった茶色の人。目の色が黒の人、青の人、銀色の人。エルフほどではないが、それなりに特徴を持った人々が、ごく当たり前のように行き交っている。

(これなら僕らもそんなに目立たないな)

 アレフはほっとして帽子に触れた。耳まで隠れるほど帽子をかぶった子どもの二人連れより、もっと目立った人がたくさんいそうだ。

「……気分悪くなりそう」

 レイネがアレフに身を寄せながら呟いた。今までごく少数の人に囲まれて生活してきたのに、いきなり大人数、しかも忌み嫌う人間たちを目の当たりにしては、目眩の一つでも起こすだろう。仕方無しにアレフは、とりあえず宿を取ることにした。

「レイネには休んでいてもらって、俺一人で調べてみるよ」

 慣れるまでに多少の時間は必要だろう。そう思ってアレフの目が宿屋の看板を探し始めた。たが……

 しばらくして。

「……すっかり馴染んでる」

 アレフは呆れた顔で、頬杖を突いた。視線の先には、楽しそうなレイネの笑顔。

「あー、これ、可愛い!! ねえねえ、これ、おばさんの手作り?」

 レイネが女の子を模した人形を手にとって、歓声を上げる。さきほどまでの暗い表情はまったくなく、嫌っているはずの人間の中年女性と、楽しげに会話している。

「そうだよ。これはあたし自慢の人形でね」

「すごぉい。手作りなのに、とってもよくできてるね」

 かれこれ二、三時間経っている。延々と繰り返される会話に、アレフは深々とため息を吐いた。そして、ソルのこんな言葉を思い出す。

「女性にとっての買い物っていうのは、僕ら男には理解できない魅力があるらしい。一度始まったら、覚悟を決めるしかない」

 いつになく真剣な顔で、ソルはうんうんとうなずいていた。その時、アレフはなんのことかさっぱりわからなかったが、今、その意味がわかったような気がする。気づくのが遅かった気もするが。

 先に宿に向かいたいのは山々だが、ハーフエルフばかりの小さな村から初めて出てきて、世間知らずのレイネを置いていくわけにはいかない。

「あのまま、すぐに宿に行けば良かった……」

 大通りは、あまりにも人が多く、さずかにアレフも辟易したので、裏道に入ってみることにした。だが、それが失敗だった。裏道は広場に通じており、そこでは蚤の市が開かれていたのである。

 表通りに引けを取らないほどにぎわっており、多種多様な物が売り買いされていた。物珍しさに、アレフはつい目を奪われてしまった。それにつられて、レイネも興味を向け始め……

「いつまで続くんだろ」

 のめり込んでしまったのである。アレフは三十分もすると飽きてしまったのだが、レイネはいつまでたっても店の前から離れようとしない。始めは人間に慣れるのにちょうど良いとも思っていたが、ここまでくると、もはや呆れるしかない。

 長く伸びた自分の影に目を落とし、アレフはまたもやため息を吐いた。そろそろ日も落ちかけ、空全体がオレンジ色に染まろうとしている。

「そういえば、ソルはよくため息をついてたけど……」

 大人になると、ため息をつくようになるのだろうか、などと思って顔を上げると、すぐ横で、同じようにため息を吐く青年がいた。年の頃はソルと同じぐらい。肌の色は真っ黒で、髪の毛を短く切り揃えていた。

 視線の先には、同じように肌が黒い女性が一人。

(同胞?)

 覚えたての言葉を思い浮かべ、アレフは苦笑した。このあたり、人間もハーフエルフも似たようなものらしい。

 

 

……亮、第八回……

 


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