第三章
| 波が崖にぶつかり、砕け散る。ざざあん……、という音が幾つにも重なって聴こえる。 (懐かしい音) どこかで似た音を聴いていた……昔。 (森の中で) 木の隙間を通り抜ける風の音。葉を揺らしながら。 『森が喜んでいるのよ』 そう教えてくれたのは姉だった。 『私たちだって気持ちのいい風が吹くと嬉しいでしょう? 木々も、それを喜んでいるのよ』 『じゃあ、一緒ね?』 そういう話を聞くのは好きだった。自分たちだけじゃないと知るのは、なんだかどきどきして。 遠い存在がすぐ近くまで来るような、そんな感じがして。 『そう、一緒』 姉はにっこりと笑って答えた。 『だから、もし……もしも私がいなくなることがあっても、あなたは淋しくはないわね?』 『……お姉ちゃん、どっか行っちゃうの……?』 姉の言葉はいつも不思議だった。もしもの話をしているときでも、まるでそれが本当に起こることであるかのように響いて。 『私がいなくなっても、森にいれば淋しくはないわね……』 それから十日もたたないうちだった――姉がハンターにさらわれたのは。 「レイネ? どうしたのさ?」 ふと背後からかけられた声に、レイネは驚いて振り返る。 「アレフ、寝てたんじゃないの?」 確か宿を出るときはアレフは熟睡していたはずだった。だから、声もかけずに出てきたというのに……。 「レイネ、出てくとき俺の部屋に来ただろ? ドア閉める音で気づいたよ」 「そっか……」 レイネはそう呟くと、そこ座れば? と自分が座ってる場所の隣を指さす。アレフはぐらぐらと揺れる岩場の、それでもなんとか座り心地の良さそうな場所を探して座り込んだ。 「眠れないの?」 アレフが尋ねる。夜中に部屋を抜け出してこんな場所に来ているのだから、それも当然の質問と言えるだろう。レイネはちらっとアレフを見てから、そのまま海を見つめた。 「波の音がね……風の音に聞こえたの。それで……」 「……ホームシック?」 「そんなんじゃないけど……」 レイネは語尾を濁して答える。そんなのだとは思いたくない、というのが正直なところだ。 そんな、言葉にしたらとたんに嘘くさくなるようなことじゃなくて。 「姉さんのこと、思い出してたのよ」 少しだけ考え込んでから、レイネはそう切り出す。 「姉さんね、あたしの自慢だったの。父さんや母さんはよくセレネは不思議な力を持った子だから、って言って腫れ物を扱うように姉さんに接してたけど……でもあたしは好きだった」 「……うん」 「姉さんがね、ハンターに捕まる数日前にあたしに言ったの。もしも私がいなくなっても、あなたは森にいれば淋しくはないわね、って。そのときはどういうことかわからなかったし、姉さんがいなくなるとは思いたくなかったんだけど……。でも、ハンターにさらわれて、少ししてから考えたの。姉さんはこうなることを知ってたんじゃないか、って」 「知ってたって……自分がさらわれるってことを?」 「うん……。だから、知っててそれでなにもしていなかったなら、姉さんはそうなりたかったのかなって……つかまりたかったのかなって、そう思って……それであたしなにもしないでいたんだけどね」 「それはさ……」 アレフは慎重に言葉を選んで呟く。ちゃんと、言いたいことが伝わるように。 「それはつまり、レイネのことが心配だったんじゃないかな。もし本当にそうなることを『知って』たんだったら、そうなったときにレイネが一人ででも助けに来ようとするってこともわかったんじゃないかな。でもそれは危険だから、きっと危険だから、それでレイネが少なくとも森から出ないようにってそう言ったんじゃないのかな。……って俺は思うんだけど」 言いたいことわかる? とアレフは尋ねながらレイネの顔をのぞき込む。 「じゃあ、あたし森から出ない方が良かった? 姉さんのためには、そうした方が良かった?」 レイネが問い返す。顔をアレフの方に向けて、目に涙を溜めて。 「一人じゃないから、いいんじゃない?」 アレフはそう言うと、手を伸ばしてレイネの髪を撫でる。慰めるように、優しく。 「知らないの? 一人だと一人分の力しか出ないけど、二人だと二人分以上のことが出来るんだよ」
……光坂、第十三回……
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