第四章
第四章
「何が起こるのかわからないけど」 レイネが落ち着くまで待って、アレフは口を開いた。 「とりあえず少し様子を見よう」 レイネの姉は、良く考えて行動すべきだと言った。そして迷いは禁物だとも言っていた。迷わないためにも、冷静に、落ち着いて考えることが大切だと思ったのだ。 彼女の口調から、どうやらここで何かが起こっていることは予想がつく。それがソルを危険にさらすようなことであれば、何があっても助けに行かなければならない。こんな所でのんびりしている暇はないのだ。 だが、レイネの姉は、自分たちが逃げることも、ソルが逃げ出すことも危険過ぎると言っていた。 「と、なれば……」 まずはソルに会おう。アレフは決心した。よほどの事情があったのだろうが、彼がなぜ姿を消してしまったのかの理由がまだわかっていない。逃げ出す、逃げ出さないは会ってから決めればいい。 「レイネ、俺、ソルに会ってくるよ」 落ち着きを取り戻したレイネに、アレフはきっばりと言った。 「会ってくるって……ちょっと危険なんじゃない?」 レイネも、姉が言っていたことが気になっているらしい。 「大丈夫。居場所は分かってるし、こっそり忍び込めば」 「じゃ、じゃあ、あたしも行くわ」 「だめだよ。レイネはここにいて。さっきの自称お兄さんが帰ってきたとき、二人ともいなかったらまずいだろ。トイレに行ってますとか何とか言って、適当にごまかしておいてよ」 万一、危険なことがあった場合、レイネをできるだけ巻き込みたくない。だが、そんな理由は通じないとわかっていたので、アレフはもっともらしい理由をつけてレイネの同行を断った。 「わ、わかったわよ。でも、短めに切り上げて早く帰ってきてね」 レイネはしぶしぶとうなずいた。アレフは心配させないように笑顔を向けると、ドアを開けて慎重に廊下に出た。 「気をつけてね……」 レイネの言葉に軽く手を振り、アレフは歩き出した。 ソルはいかにも幽閉されそうなところ、つまり、最上階の一番端の部屋にいた。アレフは足音を立てないように、ゆっくりと階段を上っていった。 ふと、背後に人のけはいを感じた。立ち止まって耳を澄ますと、かすかにだが足音が聞こえてくる。 「まずいな……」 とりあえず途中の階で上るのを止め、物陰に隠れる。耳を澄ますと、確かにこつこつと音が聞こえてくる。 間違いない。足音はだんだんとこちらに近づいてきているようだ。 「いざとなったら迷子のふりでもしよう」 息を殺してじっと待っていると、ますます足音は大きくなっていき、そして、その姿がぼんやりとした光の中に現れた。 「あ、あなたは……!!」 「おや、君は……」 思わず飛び出してしまったアレフに、その人物は驚いたように声を上げた。 「ど、どうしてここに?」 現れたのは、海沿いの町にハンターの根城があると教えてくれた、黒髪で肌黒の青年だった。アレフを見て、びっくりした顔をしている。 「恐らく君と同じ目的だと思うが……友達を助けに来たんだ。君がここにいるということは、どうやら噂は本当だったみたいだね」 青年はほっとしたような顔をした。 「ええ、俺の探している人も、ここにいました」 「確認してきたのかい?」 「ええ、さっき。この上の階です」 「おや、そうか。彼は無事だったんだね。それは良かった。」 彼は自分のことのように、嬉しそうに微笑んだ。 「じゃあ、そこまで一緒に行こう。一人より二人のほうがいいし、俺の友達もそこにいるかもしれない」 正直言ってアレフも一人では不安だった。この青年が本当に友人を探しに来ているのなら、さぞ心強い味方になってくれたであろう。 だが、アレフはもはや確信していた。風の精霊を呼ぶため、神経を集中する。 「……どうしたんだい?」 階段を上りかけて、青年はアレフが着いてこないのを不審に思って立ち止まった。 「……どうして俺が探している人が男だと?」 アレフは身構えながら、青年を睨み付けた。風が、かすかに彼の周りの埃を巻き上げ始める。 「え?」 「俺は知り合いがここに捕まってると言っただけで、男だとも女だとも言っていない。なのにあんたは、彼は、と言った」 「……いや、ただの言葉のあやってやつさ」 「ごまかされないぞ。おまえは一体何者なんだ!!」 声を荒げてアレフが叫ぶと、 「……やれやれ」 突然、青年の口調ががらりと変わった。 「頭が良いというのも、困ったものですね」 さきほどまでは若者らしい、さわやかといえるほどの印象を与える声だったのだが、今は妙に冷めた、冷徹な印象を与える声である。アレフは心ならずもその声に恐怖を覚えてしまった。 「おまえが……おまえがソルをさらったんだな!!」 その恐怖を打ち消すように、アレフは声を張り上げる。それと同時に、彼の周りの風が一段と強くなった。 「人聞きの悪い。彼は自分の意志でここに来たんですよ」 その風を見てもまったく表情を変えず、青年は苦笑した。 「もっとも、そのきっかけはこちらにあるのでしょうが」 「ソルを返せ!」 「返せと言われて返すぐらいなら、最初からここに連れてきたりしませんよ」 青年の、あくまで人を食った言葉にアレフは唇をかんだ。あの時飛び出さず、そのまま後をつければ良かったのだ。自分の甘さに心の中で舌打ちする。 「こうなってしまっては仕方ないですね。ともかく、一緒に来てもらいましょうか。感動のご対面と行きましょう」 「ふ……ふざけるなぁ!!」 アレフの中で、怒りが爆発した。両手を青年に向かって差し出す。風の力を限界まで上げ、それを叩き付けたのだ。他人を攻撃するのに使ったのは初めてだが、威力は相当のものであるに違いない。 風は真正面から青年を捕らえる。そしてそのまま吹き飛ばされて、壁に叩き付けられる……はずだった。 だが、風は青年の前で、瞬時にして掻き消えた。 「な……」 「父親譲りの精霊の力も、私には効きませんよ」 さもつまらなそうに、彼は一つため息を吐いた。 「くっ……」 もう一度精霊の力を集めるため、意識を集中しようとした。が、そのとき、頬に、固く冷たい感触があった。横目で見ると、いかにも良く切れそうなナイフが、銀色の光を放っていた。 「おとなしくしろ」 「お、おまえは!!」 青年にばかり集中していたので、いつのまにか後ろに人が近づいていることに気がつかなかった。声を聞いただけでわかる。ソルを連れていったハンターだった。 「久しぶりだな、小僧。おっと動かないでくれよ。このナイフは良く切れるんだ」 ハンターはかすかに手を動かした。アレフの頬に、一筋の赤い線が走る。 「……くっそぉ……」 アレフは歯ぎしりして青年を強く睨んだ。 「こんなやり方はあまりスマートではないですが、仕方ありませんね。あんまり乱暴なことをしてはいけませんよ」 「はっ」 ナイフを当てたまま、ハンターはうなずいた。 「では、一緒に来てもらいましょうか。そろそろ第二幕といきましょう」
……亮、第十五回……
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