第三章
| アレフとレイネは、急いで部屋に戻る。とは言え、男はまだあと30分は帰って来そうにないが。 「よ……かったあ……」 アレフはそう呟いて、床に力無く座り込む。 「ソル、いたあ……!」 「いたあ……って、もともといるって言い切ってたじゃないの」 「そうだけど! そうだけど……でも、ちゃんと見るまではやっぱり……」 不安だから、とアレフは小さく呟く。 そんなアレフを見て、レイネが呆れたように溜息をついた……その瞬間、である。 「心配はしなくてもいいわ」 不意にドアが開き、そんな声が聞こえてくる。アレフはとっさにレイネをかばうようにレイネの前に出たが……それを制したのは、レイネであった。 「……姉さん……?」 「え!?」 レイネの消え入りそうな声に、アレフは思わず振り返る。レイネのその目は、驚いたように見開かれ、入ってきた女性ただ一人を見つめていた。 「久しぶりね、レイネ。元気そうで良かったわ」 その女性は優しい笑みを浮かべて、レイネを見つめ返した。 「何してるのさ、レイネ。ほら」 アレフはそういうと、レイネの背中を押す。一歩目は突き動かされて、二歩目からは自らの意志でレイネは姉の元へと走った。 「姉さん……!」 レイネは自分の持てる力全てで姉を抱きしめる。 「いつまでたっても甘えん坊なのね、この子は」 彼女はそう言いながらも、レイネを優しく抱きしめた。そしてそのまま、アレフを見る。 「あなたが……そう。あなたがソルの大切な人なのね?」 「ソルを知っているの!?」 アレフは驚いて彼女に訊き返す。こんな風に自由に歩き回れる彼女が、それとはまったく逆の、閉じこめられているらしいソルを知っているとは思わなかったのだ。 「ええ、よく知っているわ」 彼女はきっぱりと頷く。 「助けに、来たのね?」 「勿論だよ! ねえ、今すぐソルを出してあげることはできないの?」 もしかしたら彼女には可能かと……アレフはそう思い、訊いてみる。しかし、彼女は首を横に振っただけだった。 「そう……なんだ」 「私にはそこまでの権利はないわ。それに何より、今は危険すぎる。ソルを逃がすことも、あなたたちが逃げ出すことも」 「じゃあ、どうすれば……」 「いろんなことを考えて、そうしてその中で一番いい方法を選びなさい。迷っては駄目よ。迷いはそのまま、失敗へとつながるから」 「……わかりました」 アレフの返事を聞いて、彼女はにっこりと微笑む。そして、ゆっくりとレイネを自分から離した。 「私はもう行くわ。もうすぐここの部屋の主が帰ってくるわ。そのとき私がいたら、あなたたちまで捕らえられるかもしれない」 その全てを知っているかのような口調に、アレフはほんの少しの疑問を抱き、彼女に問うてみる。 「あなたは……どうしてそんなことまでわかるんですか?」 自分たちが捕らえられたわけではないということまで。 アレフが声にしなかった部分まで、彼女は正確に理解し、そして答えた。 「風が騒いでいるのがわかるでしょう? 風は自らに近しい者の来訪を教えてくれるわ」 つまりは精霊の声が聞こえるのだ、と。彼女はそう言っているのである。遠回しな表現とはいえ、アレフにはそれがわかった。 「風が守ってくれるわ。風は自らが愛した存在を見捨てることは、絶対にしない。……それじゃあ、行くわね」 「絶対助けに来るから! 絶対!」 レイネが泣きそうな声でそう伝える。しかし彼女は微笑んだだけで、その言葉にはなんの返答もしなかった。 静かにドアが閉まり、そして静かな足音が遠ざかる。それが聞こえなくなったとき、レイネは不意にアレフにしがみついた。 肩が、震えている。声を出さずに泣いているのだ、レイネは……。 「良かったね、逢えて……」 アレフはそう囁くと、レイネの肩を優しく抱きしめる。少しでもレイネが落ち着くように。 「絶対に、助けに来ようね。みんなで、帰ろうね」 アレフの繰り返される言葉に、レイネはただ頷いていた。
……光坂、第十五回……
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