ぴくし〜のーと あどばんす

物語

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連載[1279] ホープストーリー

ちろりん ★2011.10/01(土)19:29
『プロローグ:戦いの始まり』


満月が輝く、明るい夜。
月を背後に、誰も知らない遥か上空で、2つの影がぶつかり合っていた。
一方は、全身を黒く染め、赤い首飾りを身にまとっている、暗黒の使者を思わせる者。
もう一方は、三日月を象徴した姿で、
体を取り巻くリングは神々しく優しく輝く、月の使者を思わせる者。
それぞれダークライ、クレセリアと呼ばれるポケモンだった。
2匹はひっそりとした冷たい空気の中、静かに、
時には激しくぶつかり合い、互いを傷つけていた。

その夜の前日。
空には不気味な黒雲がうごめき、雷がとどろいていた。
大地では炎が舞い、やいばがきらめき、悲鳴や怒声が聞こえる。
逃げる者、戦う者…ポケモン達は、ただ自分の身を守るためだけに戦った。
戦う理由などなかった。

なぜなら、それは戦争だから。

ダークライにつくものと、クレセリアにつくものとの争いだった。
最初こそ静かにぶつかり合っていた2匹だが、後にそれは世界中に広がり、
激しい争いの日々が続くものとなった。
安心して寝る事すらできない。
敵に見つかったら最後。命懸けの戦いである。
続く戦いの中で、多くのポケモン達が傷ついた。命を落とす者もいた。
この争いは、2匹の衝突をきっかけに、突然始まったのだ。

正確には、悪事を企むダークライを阻止しようと、戦いを挑んでいるのがクレセリアだった。
そして今夜は、逃げ回るダークライに、初めてクレセリアが接触した日だった。
戦いに終止符が打たれるかと息をのむポケモン達。
最後まで諦めずにぶつかり合うポケモン達。
相変わらず戦いの続く騒がしい大地の上で、2匹の戦闘は長く長く続いた。

明け方近く、空から真っ直ぐに落ちてくるポケモンが確認された。
それは、傷ついて気を失ったクレセリアだった。
勝ったのはダークライだったのだ。
鈍い音をたてて地面にめり込んだクレセリアに、たくさんのポケモン達が集まった。
味方のポケモンは、生を確認するために。
敵のポケモンは、死を確信するために。
上空で勝利を得たダークライは、朝日とともに姿を消した。

それから、クレセリアが目を覚ます事はなかった。
だが、終わったわけではない。
これからが、本当の戦いの始まりなのだ。
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ちろりん ★2011.10/01(土)19:32
『第1話:雨の中で』

それから5年の月日が流れた。
最初は勢力を増したダークライも、だんだんと落ち着いてきたようだが、まだ戦いは続いていた。
けれども、頭を失ったクレセリア側のポケモン達は、以前と変わって絶望に満ちていた。
ダークライに対抗できるポケモンなど、クレセリア以外に考えられないからだ。
生き残っていたポケモン達はすっかり戦意喪失し、
なぜか日ごとに増えていく敵から逃げ続ける者がほとんどだった。
そんな日々が繰り返された。


「ハア、ハア、ハア…」
激しい雨が打ち付ける。
その中で、体をびしょ濡れにしながら、息を切らせて必死で森を駆け抜けるエーフィがいた。
大粒の雨に風が加わって、視界は最悪。目も開けていられないほど。
雨が地面を叩く雑音のような音以外は、何も聞こえない。
ぬかるんだ地面から泥がはね、足に付着してどろどろ。
だがエーフィはそんな事は気にせず、しきりに後方を気にしながら疾走していた。
「…この辺なら大丈夫かな…」
ふと立ち止まると、弾んだ息を整えた。
喉の奥に焼けるような痛みを感じながら、苦しそうに呼吸を繰り返す。
雨のせいか、それとも疲労のせいか…視界がぼやけて仕方がない。

「安心するのはまだ早いぜ?」

「!!」
雑音の中に、背後から低い声がはっきりと聞こえた。
「うあっ!」
振り向くよりも早くその影は動き、思い切り体当たりされてしまった。
自分の体が宙にふわりと浮くのを感じた後、背中に強い衝撃を受けた。
どうやら攻撃の勢いで飛ばされて、木の幹に激突したようだ。
「早く捕まっちまえば楽なのによ…」
「とっとと終わらせようぜ」
起き上がれずにぐったりしていると、気がつけば2つの影が見下ろしていた。
鋭く、冷たい目でこちらを睨みつけているのは、2匹のグラエナ。
上手く逃げたつもりだったが、やはりあの距離では甘かった。ここで休憩するんじゃなかったな。
…そんな事をぼんやりと考えていた。
「…ぐっ!」
脇腹を鋭い痛みが襲う。グラエナの『きりさく』が命中した。
逃げたい…が、痛みと疲労で体は言う事を聞かず、ただ寒さと恐怖で震えるだけ。
歯を食いしばって、痛みに耐えるしかなかった。
「…ナイトに逆らうからいけねーんだよ」
グラエナの1匹が鋭く尖った爪を光らせ、片手を振り上げた。思わず覚悟して、ぎゅっと目を閉じる。
もうだめだ――。
そう思った刹那だった。

「うお!?」 「ぐあ!」
グラエナ達の苦しそうな声が聞こえた。
自分を襲うはずの攻撃は、やって来ない。
何が起きたのか理解できず、そっと目を開いてみると、離れた場所にグラエナ達が倒れていた。
「大丈夫か?」
目の前に1つの黒い影が降り立った。心配そうにこちらの顔を覗き込んでいるのが分かる。
だがもはや話す体力もなく、ただその顔を薄目を開けて見つめ返す事しかできなかった。
「なんだお前…そいつをかばうのか?」
「邪魔するなら容赦しねぇ…」
グラエナ達が起き上がった。
どうやら、そのポケモンがグラエナ達に攻撃を仕掛けたようだ。
邪魔をされてとどめを刺しそこねたグラエナ達は、敵意を剥き出しにしていた。
「…フン、俺に勝てると思ってんのか?」
自分をかばうように立ち、余裕の表情で言い放つ。恐怖や不安は微塵も感じられない。
漆黒の体に、黄色い輪の形をした模様が、薄暗い雨の中であやしく光を放っている。
自分を覗き込む瞳は、吸い込まれそうな、透き通った静かな赤色だった。
このポケモンは…。
「…ブラッキー…」
自信満々な彼の様子に、なんとなく安心してしまったのかもしれない。
ブラッキーが地を蹴る音を聞いた後、意識を手放した。
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ちろりん ★2011.10/01(土)19:35
『第2話:みかづきのはね』

ぼやけていた映像が、だんだんくっきりしてくる。
映し出されたのは、硬い土でできた天井だった。
「気がついたか?」
近くで、どこかで聞いた事のある声がした。
ゆっくり体を起こすと、ずきんと脇腹に痛みが走る。苦痛に思わず顔をゆがめた。
「まだ無理しない方がいいぜ」
視界に映ったブラッキーが言った。
グラエナ達に襲われた時、自分を助けてくれたブラッキーだった。
「…グラエナはどうしたの」
「俺が倒しといた」
ブラッキーは得意そうに答えた。
だがエーフィは安心する様子もなく、警戒心を剥き出しにしてブラッキーを睨んでいる。
その目は、グラエナ達が自分を睨んでいた目と何も変わらなかった。
「…なんだよ。それが助けてくれた奴に向ける目か?」
あまりの威圧に、思わずたじろぐブラッキー。
エーフィは不意にそっぽを向くと、走り出した。
「おいっ、どこ行くんだよ!」
ブラッキーは慌てて追いかけようとしたが、足がもつれたエーフィは突然地面に倒れた。
疲労もダメージも、まだ回復し切っていなかったのだ。
ブラッキーはため息をついた。
「…まだ傷が痛むんだろ。せめてゆっくり休んでからにしろよ」
「…」
エーフィはやっとの事で体を起こすと、悔しそうにブラッキーを睨み、もといた場所に戻った。
濡れていた体は、いつの間にか乾いていた。
落ち着いて辺りを見回すと、そこはそれほど深くないほら穴だった。
外ではまだ、滝のような雨が降り続いていて、雑音だけが聞こえる。
どうやら、それほど長く気を失っていたわけではないらしい。
ほら穴の中は薄暗く、ブラッキーの体の模様がさっきよりも濃く光を放っていた。
「…なんで俺から逃げようとしたんだよ」
沈黙を破って、ブラッキーが言った。
エーフィは冷たい目でブラッキーを見ると、低い声で答えた。
「…私はブラッキーは信じないの」
「なんでだよ」
「裏切られたから」
エーフィは目を伏せた。
それを見たブラッキーは、なんとなくそれ以上は聞いてはいけない気がして、ふーん…とだけ言った。
「お前、シャインだよな?」
「…別に、クレセリアに協力したいわけじゃないけどね」
ダークライ側についているポケモンは、ナイトと呼ばれていた。
反対に、クレセリアに味方するポケモンは、シャイン。
これまで数々のナイトを見て来たが、どのポケモンも、あのグラエナ達のように冷たい目をしていた。
ぞっとするようなあの目を思い出して、エーフィは首を振った。
「なんだよそれ…だからグラエナ達に襲われた時も、戦おうとしなかったのか?」
「戦わないんじゃない。私は戦えないの」
「…え?」
ブラッキーは一瞬目を丸くしたが、すぐに聞き返してきた。
「どういう事だよ?」
「…技が使えないの。使おうとしても」
「どうして?」
するとエーフィは、カンにさわったように声を荒らげた。
「…なんでそこまで聞くのよ? あなたには関係ないでしょ?」
ブラッキーは、黙り込んでうつむいた。
再び沈黙が訪れる。雨の降る雑音だけが、静かに響いた。
言葉を選んでいたのか、ブラッキーはしばらくして口を開いた。
「…俺、旅してるんだ。で、お前みたいな希望を失ったシャインを、何人も見てきた。
 みんな、暗い目をしてるんだ。お前みたいに。その目、ナイトの奴らと変わらないんだよ」
再び、エーフィの脳裏にグラエナ達の闇を宿した目が浮かび上がってきた。
自分もあんな目をしているのかと思うと、やり切れない気持ちになった。
思わず唇を噛み締める。
「俺、嫌なんだそんなの。クレセリアがいた時みたいに、
 シャインは希望に満ちた目をしててほしいんだ。
 お前に何があったのかは知らないけど、他人を信じられなくなるなんて、悲しすぎるから…」
唇を噛む力が強くなる。
地面の土を、足の裏でぎゅっとつかんだ。
「…見て欲しい物がある」
そう言うと不意に、ブラッキーは体から黒い光を放ち始めた。
驚いて見ていると、光は一点に集中していった。
光がおさまると、灰色をした鳥の羽のようなものが1枚、現れた。
ふわりと、音もなく地面に舞い落ちる。
「これは、みかづきのはね。
 クレセリアが作り出した、ダークライの悪夢に対抗できる物だ。
 クレセリアが眠る前は、シャインはこれを体に宿してナイトと戦っていた。
 だがこれは限られた数しか作る事ができなくて、
 10匹程度の選ばれたシャインしか持っていない物なんだ。
 クレセリアが眠った今、みかづきのはねは効力を失ったけどな…。
 でも、悪夢を打ち消す力を持つみかづきのはねが怖くて、用心して
 ダークライがいくつか破壊してしまった。今となっては貴重なものだ」
「…そうなの?」
ブラッキーが一気に話すと、黙っていたエーフィがやけに驚いた様子で、裏返った声で言った。
ブラッキーは不思議そうにエーフィを見る。
エーフィは戸惑っているようだったが、数歩下がると、ブラッキーと同じように、
突然体から光を放ち始めた。違うのは、光が白色だというところだけ。
「なっ…まさか…!」
光が一点に集中し、光が消え、現れたのは、やはり灰色をしたみかづきのはね。
音もなくふわりと地面に舞い落ちた。
「私も持ってるのよ…!」
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ちろりん ★2011.10/01(土)21:46
『第3話:希望の光』

「嘘だろ…信じられない…」
新たに現れた色も形も同じ2枚目の羽を見て、ブラッキーは驚きが隠せない様子だった。
ブラッキーの話、そしてみかづきのはね…今までの言動から、
エーフィは少しずつブラッキーを信じてきているが、まだ不安の拭えない複雑な表情をしていた。
「あなたの言う事が本当なら…これはみかづきのはね、というのね」
「ああ、間違いない…でもお前、これをどこで手に入れた?
 さっきも言った通り、これは選ばれたシャインしか持っていない、特別なものだぞ」
まじまじとエーフィが出現させた羽を見つめ、確認しながら、ブラッキーが言った。
地面に並んだ2枚の羽は瓜二つで、見分けがつかない。
エーフィはその様子を見ながら答えた。
「…お母さんからもらったの」
「母親はシャインか?」
「…ええ」
「母親はクレセリアに選ばれた、特別なポケモンだったか?」
「…分からないけど…お母さんは常に私のそばにいたし、クレセリアと接触した事はなかったはずよ」
「なら、母親はどこでそれを手に入れたのか分かるか?」
「分からないわ。ある日突然渡された物だったし…」
そうか…とブラッキーは残念そうに言うと、羽に触れ、再び体から黒い光を放った。
すると、羽はまた黒い光をまとうと、
吸い込まれるようにブラッキーの手から体へと流れていき、消えた。
それを見たエーフィも同じ動作をし、羽を自分の体内へと戻す。
「お前の母親は今どこに――…」
「ねえ」
お母さんは私のそばに「いた」。
エーフィのその過去形の言葉が気になり、聞き辛かったが、こう聞くのが一番早かった。
エーフィが徐々に心を開いていくのを感じて、思い切って聞いてみたが、遮られた。
やはり、核心に触れてしまったか。
自分の放った言葉にブラッキーは後悔したが、エーフィは意外にも反発してこなかった。
「…ダークライの悪夢って、どういう事?
 ダークライは何者で、ナイトとどう関わっているの?」
真剣な表情だった。
「お前…俺を信じないんじゃなかったのか?」
「あなたを信じるか信じないかは、話を聞いてからにするわ。私が自分で判断する」
「…フン、分かった…教えてやる」
初めてエーフィが深刻な顔を見せたので、ブラッキーは知っている事を全て教えてやる事にした。
外ではまだ雨が降っていた。相変わらず、勢いが弱まる気配はない。
シャインとナイトの戦いも、この雨のように、止むことはないのだろうか。
そんな事を考え、ほら穴の外を悲しげな表情で見つめながら、ブラッキーは話し始めた。
「ダークライは…ポケモンを眠らせ、悪夢の中に閉じ込める力をもつポケモンだ。
 眠らされてしまったポケモンは、ダークライが眠りを解くか、
 ダークライを倒すかしないと、目覚める事はない。」
「恐ろしいポケモンね…」
ブラッキーは頷いた。
雨がかもし出す雑音が、不気味にほら穴の中に響いている。
「ナイトのポケモン達は、協力をしたくてダークライ側についてるんじゃない。
 その悪夢の力によって、ダークライに操られていると言われてる」
「…操られている? どうやって?」
「それは分からないけど…でも、あり得ないだろ? シャインとナイトの数が同じくらいだなんて。
 好き好んで、戦争の火種を起こすダークライに協力する奴が、そんなにいるとは思えない」
「…ええ」
「中には自らダークライに協力する奴もいるかもしれないが…全員が全員そうだとも言い切れない。
 いや…信じたくない。もしナイトの奴らが操られているのなら、納得がいく。
 それなら、戦う意志がない奴でも、強引にナイトの仲間として戦わせる事ができるからな」
ブラッキーも、いつの間にか真剣な表情で話していた。
こうして改めて言葉にしてみると、事の重大さに再び気づかされるのだ。
エーフィも、気づけばその深刻な雰囲気にのまれていた。
「さっき、戦争の火種って言ったな…。
 ダークライは、この世界を悪夢で包み込もうとしてるんじゃないかって、噂なんだ」
「…それで、クレセリアがそれを止めようとしたのね」
「ああ。ダークライの悪夢に対抗できる力を持つのは、クレセリアだけだからな」
それを聞くと、エーフィはうなだれた。
「でも、クレセリアはダークライにやられたんでしょ…。
 悪夢に対抗できるっていうみかづきのはねも、作った本人がやられて、効力を失ったみたいだし」
「いや…それは少し違う」
「どういうこと?」
エーフィは顔を上げた。
そこで、外の雨足が少しだけ弱まっている事に気づいた。
「クレセリアは…まだ生きているかもしれないんだ」
「え…?」
「クレセリアは、5年前にダークライと戦って、死んだとされている。
 情けない話だが、同じシャインなのに、それを信じているポケモンも多い。
 まぁ、クレセリアが倒れているところを実際に近くで見た奴もいるから、仕方ないとは思うが…」
「じゃあどうして、クレセリアは生きていると思うの?」
そう言った瞬間、ブラッキーの目にかすかに希望の光が灯ったのを、エーフィは見逃さなかった。
「もし…ダークライの悪夢によってクレセリアが倒れたのだとしたら、
 クレセリアは死んではいないって事になる」
「…クレセリアが目覚めないのは、死んだからではなくて、悪夢に閉じ込められているからって事?」
「そういう事だ。それに…確かではないが、証拠だってある」
「証拠?」
ほら穴に響く雨の雑音が、少しずつ弱まっていく。
だが2匹ともそれに気がつかない程、話に夢中になっていた。
「みかづきのはねだ」
「…どうしてそれが、クレセリアが死んではいないっていう証拠になるの?」
「みかづきのはねは、クレセリアが本当にいなくなった時、消滅するはずなんだ。
 だが、みかづきのはねはここに存在している。
 本来、みかづきのはねは鮮やかな色をして光を放っているらしいんだが、
 灰色に染まっているだけだ。つまり効力を失っただけ」
エーフィは考え込むようにして、少しの間黙った。
「じゃあ…もしクレセリアが死んでいないとして、どうやって眠りから目覚めさせればいいの?
 クレセリアが起きてくれなきゃ、話にならないわ」
「みかづきのはねを、クレセリアに返すんだ」
「そうすると、クレセリアは悪夢から解放されるの?」
「…恐らくな。クレセリアと羽が上手く共鳴すれば、起きるんじゃないかって言われてる」
今度は間を入れずに、エーフィは素早く聞き返した。
その顔には、どこか希望の光が見え隠れしているよう。
「これも死んでないと仮定してだけど…クレセリアは今どこにいるの?
 羽を返すためには、クレセリアの居場所を知る必要があるわ」
「…これは本当の事かどうか分からないが…。
 クレセリアは三日月ポケモンだ。
 月のパワーを集めるために、空に一番近い場所で暮らしてると言われてる。
 クレセリアは、そこに戻って来ているんじゃないかと思うんだ」
ブラッキーの静かな赤い瞳は、今や生き生きとしていた。
瞳の奥で、希望の光が眩しく光輝いているように見える。
その光に、エーフィは吸い込まれそうだった。
「…ねえ、どうしてそこまで知ってるの? あなた、普通のポケモンじゃないみたいね」
エーフィがそう言うと、ブラッキーは驚いたように目を見開いた。
だが微笑むと、小馬鹿にしたように鼻を鳴らして答えた。
「フン…俺が普通なわけないだろ?
 シャインの希望を取り戻すため…正確には、ナイトをぶっ潰すために旅をしてるんだから。
 普通でたまるかっての」
それを聞いて、エーフィはくすっと笑った。
初めてエーフィが笑顔を見せたので、ブラッキーは思わず驚いてしまう。
エーフィはブラッキーの目を真っ直ぐに見ると、言った。
「私はコロナって言うの。あなたの名前、聞いてなかったわね」
警戒心を解いたのか、微笑んで問いかけてくるエーフィに戸惑っていたブラッキーだが、すぐに微笑み返して言った。
「…俺はアトラスだ」
コロナは何か言いかけて、やめようと口をつぐんだが、思い切ったように言った。
「ねえ…私もあなたの旅に連れて行ってくれない?」
「え…いいけど…どういう風の吹き回しだよ?」
コロナは、またくすっと小さく笑い、生意気な目でアトラスを見た。
「別に。私の気まぐれよ」
「ふーん…」
「それに、私まだ、あなたの事を信用したわけじゃないわ」
「はっ?」
「あなたが信じられなくなったら、すぐに逃げるから。これで問題ないでしょ?」
アトラスは納得のいかない顔で言った。
「なんだよそれ…気まぐれにも程があるだろ。それに俺、信用されてないのかよ…悲しいだろ?」
冗談か本気か分からないような顔で、力なくアトラスが言うと、コロナは声を上げて笑った。
アトラスの希望の光をたたえる真っ直ぐな瞳が、
コロナの心をおおっていた闇を振り払ったのかもしれない。
ほら穴の外は、先程の雨が嘘のように優しい日差しが降り注ぎ、青空には虹がかかっていた。
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ちろりん ☆2011.10/01(土)21:45
『第4話:奇襲』

森の木の洞にためておいた木の実を葉で上手くくるんで、それを背負って2匹は森を抜けようとしていた。
広い森だが、生まれてからずっとこの森で暮らしていたコロナのおかげで、2匹が迷子になる心配はなかった。
こもれびを受けてキラキラと輝く葉のしずくを、コロナはなごり惜しそうに見つめていた。
「本当に良かったのか? 俺についてきて」
その様子を見ていたアトラスが、隣を歩くコロナに言った。
森を抜ければ、コロナにとってそこは初めて歩く世界になる。
そしてこの森には、当分戻って来られないはずだ。
「迷ってるわけじゃないの」
コロナは辺りを見回しながら答える。続けて、小さな声で言った。
「ただ…ここはお母さんといた場所だから…」
「なら、いいんだけどな」
最後の方は聞こえなかったのか、アトラスはのんきにそう言った。コロナはアトラスに向き直った。
「…ところで、私たちはどこに向かうの?」
「…ダークライのところだよ」
コロナは目を見開いた。
「ダークライのところって…! 先にクレセリアを助けるんじゃなかったの…?」
「クレセリアを助けるためには、ダークライの拠点としている場所に行かなくちゃならない。
 そこに、クレセリアのいる場所へのカギがあるらしいんだ」
コロナは納得したようだが、不安そうな顔をしていた。
「ダークライの拠点は、どこにあるの?」
「もっとずっと遠くだ…。場所は俺が知ってる」
それを聞くと、コロナは立ち止まった。アトラスも立ち止まり、不思議そうな顔で振り返る。
「どうしたんだよ?」
コロナは、弱々しい声でぽつりと言った。
「…私…やっぱり行くのやめようかな」
「は!?」
ついさっきまで輝いていた瞳が、不安に揺れているのがアトラスに分かった。
気持ちは分かるが、それでも信じられない。勝手すぎる。それで、思わず怒鳴ってしまった。
「なに言ってんだよ…迷いは捨てたんじゃなかたのかよ!?」
「だって…! だって、あなたが自信満々に言うから!
 そんな遠くにあって、しかもダークライの拠点に乗り込むだなんて…死にに行くようなものじゃない!」
コロナも負けじと怒鳴り返す。

と、その時だった。

近くの草むらが揺れ、そこから黒い塊が飛び出した。
空気をも切り裂く勢いでアトラスに直進していく。
アトラスはとっさにジャンプし、危機一髪のところで塊をかわした。
ターゲットを失った塊は木の幹に大きな音をたてて衝突すると、太い幹に大きな穴をあけて消えた。
強力なシャドーボールだった。

「なかなかやるじゃない?」

低い声と共に現れたのは、ムウマージだった。
1匹だけかと思えば、たくさんのムウマがぞろぞろと後に続く。
コロナとアトラスは状況が理解できないうちに、
9匹のムウマと1匹のムウマージ、合計10匹のポケモンに囲まれてしまった。
「なんだよ…お前ら」
身を低くしてムウマ達を睨む、警戒心剥き出しのアトラスが言う。
反対に、コロナはムウマ達の闇を宿した沈んだ目に怯えていた。
この目は間違いない。ナイトのポケモン達だった。
「グラエナ達がやられたのを聞いたから、奇襲しに来たのよ。ま、失敗したけどね」
ムウマージが代表で答えた。どうやら、ムウマージがこの輪の中のボスのようだ。
「どうやら…俺があいつらをやったってのがばれちまったみたいだな」
「グラエナ達が教えてくれたんですもの。…それよりこの状況、少しは焦ってみたらどうなの?」
ムウマージは楽しんでいるような顔で言った。だが、アトラスは鼻で笑う。
「フン…焦るのはそっちの方だぜ」
「…どうやら、その子の方が賢いみたいね」
それを聞いて、アトラスは自分の後ろに隠れていたコロナを振り返った。
コロナは座り込んでうつむき、怯えた目だけをムウマージの方へ向けている。
体が小刻みに震えているのが分かった。
「コロナ…?」
「ホラ、よそ見してるとケガするわよ!」
慌てて前を見ると、ムウマージがシャドーボールのエネルギーをためているのが見えた。
アトラスはとっさに、両目から眩しい光を放った。
「ぎゃあ!」
アトラスのあやしいひかりをまともにくらったムウマージは、よろよろと後ずさる。
それを見たムウマ達も、シャドーボールのエネルギーをため始めた。
「ほら、離れてろ!」
アトラスがそう言うと、コロナは頷いてから走って逃げた。
ムウマの輪から離れたのを確認すると同時に、
中心にいるアトラスに向かって9発のシャドーボールが発射される。
「チッ…あくのはどうッ!」
アトラスが円状に放ったあくのはどうは、
シャドーボールを打ち砕き、輪をえがいていたムウマ達に直撃した。
効果抜群の技を受けたムウマ達は、悲鳴を上げて倒れた。
「よくもやってくれたわね…!」
すると、混乱状態から解けたムウマージが、怒りに満ちた瞳で襲いかかって来た。
大きなシャドーボールを作っては発射してくる。
連続で発射されるシャドーボールをかわし続けるのはいいが、このままでは攻撃ができない。
なかなか攻撃が当たらない事に腹が立ったのか、ムウマージもアトラスを睨んで言った。
「それなら…これはどう!?」
不意に、ムウマージがシャドーボールの進行方向を変えた。
アトラスを無視して横切っていくシャドーボールの先にあるのは…コロナの姿。
ひときわ大きなシャドーボールが、怯えて動けないコロナに向かって直進していく。
「コロナ!!」
アトラスは全速力で走り出した。そして、コロナに思い切り体当たりをする。
アトラスはコロナを地面に倒す形で、かばうように背中でシャドーボールを受けた。
「くっ…!」
アトラスも地面に倒れた。が、すぐに起き上がって体勢を立て直す。
「アトラス…大丈夫なの?」
コロナが震える声で言った。アトラスは、痛みを微塵も感じさせない顔で微笑む。
「こんな弱いシャドーボール、大した事ねぇよ」
「なんですって…!?」
ムウマージは怒りと、そして焦りの表情を浮かべた。アトラスはそれを見て勝利を確信する。
そして、走り出しながら口にエネルギーをため始めた。
「シャドーボールはな…こうやるんだよ!!」
ムウマージのものよりずっと大きいシャドーボールが、流れるように発射された。
「ぎゃああぁぁあ!!」
吸い込まれるようにムウマージに命中すると、黒くスパークして煙が上がった。
煙が晴れると、そこには動けなくなったムウマージが倒れていた。
「フン…俺に勝つなんて100年早い」
アトラスは余裕の表情で、吐き捨てるように言った。
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ちろりん ☆2011.10/29(土)22:14
『第5話:コロナの過去』

「大丈夫か?」
戦いが終わっても座り込んだままだったコロナの顔を覗き込んで、アトラスは言った。
「…あなたって強いのね」
コロナは緊張がほぐれたのか、いつものような落ち着いた声に戻っていた。
それからアトラスの背中をちらりと見て、アトラスが答える前に早口で、そして小さく言った。
「ありがとう…」
本人は平気な顔をしているが、アトラスの背中には自分を庇った時に受けた『シャドーボール』の傷があった。
自分を庇わなければ、ダメージを受けずに済んだ傷だった。
「どうしたんだよ、急に?」
コロナが素直にそんな事を言うので、アトラスは驚いた顔で言った。
「だって、私を庇ってくれたから…」
「当然だろ。お前は技が使えないって言うし、シャドーボールはお前には効果抜群だし…」
それに、とアトラスは続けて、瞳を輝かせて言った。
「お前は仲間だからさ」
「…!」
胸が締め付けられたような、心をわしづかみにされたような、
とにかく胸が苦しくなった気がして、コロナはそっと息を吐いた。
また吸い込まれそうになった。光を奥に秘めたその瞳に。
それと同時に、過去の記憶が浮かんでは消えていく。
希望の光は、幻なんじゃないかという気がして、心の中に闇が広がっていく。
本当は、闇に身をあずける方が楽なんだと思う。
でも、闇に手を染めたら、もう戻って来れない気がして、それが怖くて、光と闇の間を行き来している。
光を求める自分と、それを引き止めようとしている自分がいつも戦っている。
ときどき見えるアトラスの瞳の光を見るたびに、そう思う。
「コロナ?」
アトラスに呼びかけられて、はっとした。
「何ぼーっとしてんだよ。ほら、ほかの奴らが来る前に行くぞ」
「待って!」
歩きだしたアトラスに向かって、叫ぶように言った。アトラスは、また驚いた顔で振り返る。
「休憩しない…? あなた、背中に怪我してるし…」
「こんなの大した事ないって」
「いいから…! 私、話したい事があるの」

戦った場所からそう遠くないところに、雨宿りをしたところとはまた別の、小さな洞穴があった。
「ここならナイトが来ても見つからないから」とコロナが言うので、
アトラスは仕方なく、コロナに付き合って休む事にした。

「で、話したい事って?」
大きな葉にくるんで持って来たたくさんの木の実のうちのひとつ、回復効果のあるオレンの実をかじりながら、アトラスが言った。
「私の…過去について話したいの」
コロナはやけに深刻な顔で言った。
「私が技を使えない理由は、過去にあるの…。あなたを信じられない理由も」
アトラスは黙っていた。
「でも私は…あなたのこと信じたい」
信じたい。コロナは力強く言った。その声は洞穴全体に響き、そしてアトラスの心へと響き渡った。
アトラスの顔が、真っ直ぐに見つめる瞳が真剣になる。
「でも…信じてしまったら、裏切られるんじゃないかって、怖くなるの。信じなかったら、裏切られる事がないから…。けどあなたを見てると、信じてもいいような気がしてくるの。あなたは私を仲間って言ってくれる。でも疑ってばかりの自分もいて…私、どうしていいか分からないの…」
コロナは涙ぐみながら、震える声で言った。
本当に悩んでいるのが伝わってきて、助けてやりたくて、アトラスは思わず強い声で言った。
「話してみろよ、過去の事。お前がそこまで信じる事に抵抗があるのは、過去に原因があるんだろ?」
「うん…私があなたの事を信じるためにも、私が信じられない理由を聞いてほしいの」
コロナは、長い間鍵のかかっていた重い扉を開けるように、
思い出したくなくて閉じ込めていた記憶を無理矢理こじ開けて、ゆっくりと話し始めた。


それは5年前――クレセリアがダークライに倒されたのと同じ年の事だった。
その頃この森はまだダークライの支配が届いておらず、直接ナイトが足を踏み入れた事はなかった。
それによって森には青々と葉を茂らせた木々がそびえ、
草地には色とりどりの花が咲き乱れ、鏡のような水面の湖まであった。
絶えず爽やかな日差しが注がれ、心地よい風が吹く中で、
この森に住むポケモン達はとても平和で、幸せな毎日を送っていた。

「おかーさん! おかえり!」

ある日の事。まだ幼かったコロナは、舌足らずな声で、家庭である木の洞に帰って来た母親を出迎えた。
「ただいま。ちゃんと留守番してくれてた?」
「もちろん!」
コロナの母親であるエーフィは、母親らしい優しい微笑みを浮かべる。
日はもう既に西へ傾いていて、空は夕暮れの赤に染まっていた。
「そうだ、お母さん。渡したい物ってなに?」
「あぁ、そうだったわね。ちょっと待ってね」
母親は、目を輝かせて楽しみに待っているコロナから数歩下がると、体から白い光を放ち始めた。
「わぁ…!」
コロナは、美しい光を目を焼き付けようとするかのように、大きな目をさらに見開いた。
光が消えて現れたのは、薄い黄緑色をした1枚の羽。
ほのかに白い光を放ちながら、音もなくふわりと地に落ちる。
それは見ていると安心するような、優しくてやわらかい光だった。
「お母さん! なに、これ? すっごくきれい!」
「これはね、私からのお守りよ、コロナ」
「おまもり?」
「そう。コロナに何かあっても、このお守りがあなたを守ってくれる。例え私が傍にいなくても、このお守りを信じて頑張りなさい。そうすればきっと、助けてくれるから…」
母親は、その目にかすかに悲しみの色を溶け込ませて、コロナをじっと見つめて言った。
コロナは「これが私を助けてくれるんだ!」とはしゃぐだけで、母親の全てを悟ったような目には気付かない。

「ただいま」
1匹のブラッキーが、足を踏み入れて来た。
「あ、おとーさん!」
「お帰りなさい」
父親であるブラッキーは毎日出かけていて、ほとんど家に帰って来ない。
幼いコロナには、それが不思議で仕方なかった。
コロナは、たまに父親が帰ってくるたびに、母親に聞く。
「ねえお母さん、お父さんはいつもどこ行ってるの?」
「そうね…コロナの知らないところよ」
母親はいつも曖昧に笑って、こう答えるだけだった。

その夜遅く。コロナは、飛び上がる程の爆音で目を覚ました。
「コロナ!早く起きて!」
母親が耳元で叫ぶ声が聞こえる。
寝ぼけながらも母親の言われるままに起き上がり、外に出て――そこで一気に目が覚めた。
空にまで届く程の燃え盛る紅蓮の炎が、闇夜に包まれているはずの森を明るく照らしていたのだ。
考えるよりも早く、それはコロナの心を恐怖で支配した。
「コロナ!走って!」
コロナは、全力で母親の背中を追いかけた。涙を流しながら。

炎は次から次へと森の木に燃え移り、どんどん広がっていく。
空には、星も月も出ていない。真っ暗な夜のはずなのに、森は昼間のように明るい。
その炎の奥から、悲鳴や怒声が聞こえる。逃げる者と、追う者との足音も、あちこちから響いてくる。
遠くで爆発音がして、木が倒されては地面に振動が伝わる。
それは、夜の静寂ではない。戦争による、全てが壊れていく破壊の音に包まれてしまった。
「お母…さん…私たち…どうなるの…?」
炎の道を全速力で駆け抜け、降りかかる火の粉で体を焦がしたコロナと母親は、
まだ比較的大きな被害が及んでいない場所に来ていた。
息を切らし、嗚咽の混じった声を絞り出すようにコロナが言う。
「大丈夫…あなたには…お守りがあるわ…」
涙でぐちゃぐちゃになったコロナの顔を見ながら、母親も息を切らし、泣きそうな顔で言った。
「コロナ、絶対に助かるわ…だから、泣かないで…。ほら、もう少し行けば、森の外れまで行ける…。もう少しだから、頑張って…!」
母親はまた走り出す。その瞬間だった。

「きゃあ!」
「お母さん!」
どこからか発射された電撃が、コロナの母親に命中した。
母親は地面に倒れ込み、痺れた体を震わせている。
「お母さん!しっかりして!」
コロナは母親に駆け寄る。すると、突然影が現れた。
顔を上げると、たくさんのポケモンが自分達を見下ろしている。
その中に、母親に電撃をくらわせたポケモンもいる。
コロナは身を低くして母親に寄り添い、一匹一匹の顔を順番に見て…。

「お父…さん…?」

その中に、自分の父親を見つけた。

父親のブラッキーはただ無言で、コロナの目を見つめている。
「お父さん…? なんで? なんでお父さんが…うわぁッ!」
ブラッキーの『だましうち』が決まって、体の小さいコロナは遠くへ飛ばされてしまう。
痛みをこらえて起き上がると、母親がぶつかってきた。ブラッキーが『あくのはどう』で攻撃をしたのだ。
「お母…さん…」
もう一度、全身の力を振り絞って起き上がる。母親は地面に倒れて、びくともしない。
でも、力のない目でコロナを見て、かすれた声で言った。
「コロナ…あなたは生きるのよ…負けないで…信じてるから…」
その声を聞き、ふと気配に気づいて顔を上げると、ブラッキーが冷たい目でこちらを見下ろしていた。
刺すような険しい眼差しは、見られているだけで殺されてしまいそうだった。
「お父さん…なんで…? どうして…? なんで私達を攻撃するの…?」
ブラッキーは何も言わない。
倒れていた母親の後ろの首の付け根をくわえると、そのままコロナに背を向け、ずるずると引きずって歩き出す。
「お父さん! お母さんをどこに連れて行くの!? ねえ、何か言って! 答えてよお父さん!」
力の限り叫ぶと、ブラッキーがコロナを振り返った。それはもう、自分の子供に向ける目ではなかった。
炎が、ブラッキーの赤い瞳を不気味に光らせる。
「お母さんも起きてよ! お母さん!」
溢れる涙が止まらなかった。体の痛みなんて忘れて、声が枯れる程叫んだ。

ブラッキーの『シャドーボール』を正面からくらった。
それが、この夜の最後の記憶だった。


降り注ぐ日差しで目を覚ました。
全部夢だと思っていた。夢だと思いたかった。
でも目を開けて、これはやっぱり現実なんだと思い知らされた。
そこには、戦争の傷跡が深く残っていた。
黒く焼けた木々、荒れた大地。そこはもう、以前の森ではない。
もうここが、自分が住んでいた森なのかどうかも分からない。
周りを見回しても、ポケモンの姿が見当たらない。もちろん、母親と父親の姿も。
生きている事を喜ぶより、ひとり取り残された事を悲しんだ。
取り残されるくらいなら、死んだ方が良かった。
でも、これを言ったら、お母さんに怒られるだろうな…。
母親が最後に言っていた言葉を思い出すと、泣き疲れているはずなのに、また涙がにじんできた。
そして、父親の冷たい眼差しも浮かんできた。
お父さんは、ナイトのポケモンだったんだ。裏切られたんだ。
あれも嘘だと思った。でも一人になって初めて、強く実感した。
毎日出かけていたのは、ナイトのポケモンと内通していたのだ。
自分は見捨てられるどころが、殺されるところだったのだ。母親は――どうなったか分からない。

「お母さん…おかあさぁぁーん!!」

コロナの悲痛な叫びは、遠く、遠くへと響いた。
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ちろりん ☆2011.11/25(金)22:24
『第6話:信じる理由』

「その日からだと思う…技が使えなくなったのは…」
それまで両目をぎゅっと閉じ、声を震わせて話していたコロナは、最後にそう締めくくった。
そして目を開けると、大粒の涙が次々と頬を伝った。それは、コロナの溢れ出る悲しみそのものだった。
コロナが技を使えなくなったのは、戦争と、親を失った事が原因だた。
そして、父親であるブラッキーに対するトラウマから、アトラスの事を信じるのに抵抗があったのだろう。
ムウマ達の奇襲に遭った時のように、戦いになると体が震えて動かなくなるのも、戦争によるショックだ。
ちなみにこの森に洞穴が多いのも、戦争の時の傷跡なのだと言う。
アトラスは、もう喋る事すらままならないぐらい声を詰まらせて泣いているコロナに、黙って近づいた。
「ありがとな、そんな辛い事話してくれて…」
コロナは俯き、溢れて止まらない涙を拭い続けるだけで、何も言わない。
アトラスはしばらく複雑な顔をしていたが、唐突に言った。
「俺さ、お前が俺に付いて来てくれるって言った時、すごく嬉しかった」
コロナはそっと顔を上げる。アトラスは洞穴の外を向き、日の暮れかかった遠くの空を見つめていた。
「今まで一人で旅してて、心細かったんだ。さっきみたいに、ナイトの奴らに襲われる事も何度もあった。その度にたった一人で戦ってきた。体もだけど…心も傷ついてた。寂しかったし、辛かった。旅なんてやめようと思いかけた事も、何回もある。それでもやっぱり…俺、旅をやめなくて良かったって思うよ」
アトラスは視線をコロナに移した。

「仲間ができたからさ」

コロナは目を見開いた。流れる涙が、止まった。
「俺はお前の事をもちろん信じてるよ。…お前は信じるのが怖いって言うけどさ、俺はお前を信じる理由なんてないんだ。一緒にいてくれるだけで、すごく嬉しいし、心強いよ。だからさ、信じる理由なんて必要ない。裏切られる事を怖がるよりも、今そばにいてくれてる喜びの方が大きいよ」
アトラスは照れくさそうに、へへっと笑った。
コロナはアトラスの言葉に衝撃を受けて、ただ感心してアトラスを見ていた。
「…そう、だね…」
信じる事に理由なんて必要ないんだ。コロナはアトラスの言葉をそっと心の中で繰り返した。
アトラスはこんなにも自分の事を信じて、仲間として受け入れてくれていたのに。半端な気持ちで、わがままを言ってしまった事を後悔した。信じられずに揺らぐ気持ちを抱えた自分が傍にいて、不安なのはアトラスの方だったはずなのに。こんな自分でも、アトラスにとっては心強い「仲間」だったのだ。どうして今まで、それに気付かなかったのだろう。
「ねえアトラス…私、やっぱり行くのやめるなんて言って悪かったわ。もう言わないから…許してくれる?」
「しょうがねぇな…もう言うなよ、そんな事」
「うん。…ごめんね」
「…そう言ったからには、ちゃんと最後まで付いて来てもらうからな」
コロナは深く頷いた。
「私、技も使えないし、辛い戦いを乗り越えられる自信もまだあまりないけど…あなたの事信じて頑張るわ」
そう言うコロナの瞳は、涙を流し終えて、澄んだ色をしている。
そこにはもう迷いも不安もなく、ただ真っ直ぐに信じる力と、それによって現れた希望の光が映し出されている。
「技も自信も、これからどうにかしていけばいいんだよ」
「そうね!」
アトラスの微笑みにつられて、コロナも嬉しそうに笑った。
涙で濡れた顔はぐちゃぐちゃだったが、それでも、本当に心の底からの生き生きとした笑顔だった。先程の悲しみに沈むコロナの姿からは、全く想像できない。
「さて、日も暮れてきたし、森を抜けるのは明日にするか」
「この森を簡単に抜けられるのも、地形をよく知っている私のお陰ね」
「へっ、よく言うぜ。外に出た事がないくせに」
「で…でもあなた、一人だったら寂しく迷子になるところだったのよ?」
冗談を交わし合い、洞穴には楽しそうな笑い声が響いた。それができるのも、互いの間に隙間がないから。
出発は延期になってしまったが、そのかわりに、二匹は絆を深める事ができたのだ。
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ちなみに「次の作品に期待」をもらって「完結」や「続く」になってる作品を 「次へ」「終了」に変えることもできるけど、その場合、次のテーマを 作るためには、もう一度「次の作品に期待」が必要になります。

しばらくお話の続きが書けなくなりそうな場合は「一時停止」にしておいてね。 長い間「一時停止」のままの物語は、Pixieの 容量確保(ようりょうかくほ) のため消されることがあるので、自分のパソコンに 保存(ほぞん)しておこう。

やむをえず、連載を 途中(とちゅう)で やめる場合は、凍結をえらんでね。ただし、凍結をえらんでも、次の物語が 書けるようにはなりません。感想をくれた人や、次回を楽しみにしてた人に、 感想 で おわびしておこう。


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