ぴくし〜のーと あどばんす

物語

【ぴくし〜のーと メイン】 【テーマいちらん】 【おともだちぶっく】 【みんなの感想】

連載[788] ラズマの旅物語

リン♪ ★2014.04/05(土)01:21
【0話 プロローグ】

 太陽は闇に覆われた。

 真っ暗な景色が彼女の視覚を奪っていた。
 …いや、正確に言えば「景色」などと言っていいのかさえも分からないだろう。
 繊細に描かれた鮮やかな「景色」は、上から無造作に塗り替えられてしまったのだから。
 「景色」は、その言葉と共に奪われてしまった。
 辺りを見渡すが、目に入るのはどれも同じ世界。…真っ暗な世界が、彼女を覆っていた。
 見えるものと強いて言えば、唯一自分の体だけが薄く、淡く、かろうじて映っていた。
 しかし、その体さえもが、気を抜けば闇に飲まれてしまいそうだった。
 それ以外は何も見えない、真っ暗な世界。…暗闇に一人、ぽとりと落とされたような感覚がじんわりと広がってくる。
 …孤独な世界。
 暗い世界で、全身の神経を鋭く研いだ。…僅かな音でも聞き落とすな、と、自分に言い聞かせながら。
 そう思うと、呼吸が自然と浅くなった。自分の心音さえもが聞こえる静寂が、そこに生まれた。
 と、その時、
 「お前の負けだ。」
 「!」
 どこかから投げられた低い声に素早く振り向き、身を構える。頭で一つに結った髪が反動で跳ねた。
 男の声だ。
 その声を、もはや聴覚だけではなく全身が感じ取っていた。
 彼女の目はその声の投げられた方向を射止めている。
 この先に…確かにヤツがいる。
 そっと、大きく、深呼吸をした。乱された心音と心を整え、徐々に鎮めていく。
 駆け出しそうに脈打っていた心臓が、落ち着いた。
 不思議。こんな状況でも私、落ち着けるんだ。
 自己暗示なのかもしれない。結局は形だけなのかもしれない。けれど、それは確実に少女を冷静に導いた。
 彼女は言葉を返した。
 「そうかしら。」
 透き通った声。
 淀んでいる闇の中を、真っ直ぐな声が貫く。
 彼女は凛とした声で、闇の先にいる男に返事をした。
 暗闇が辺りを覆っていてもわかる。直接触れているわけではなくてもわかる。私は確かに、男を捉えている。
 しかし、その時だった。
 「!!」
 突然、空気に変化が起こり始めた。肌が、全身が、ピリピリと痛む。
 まずい!
 落ち着いていた心臓が再び胸の内側で暴れ始めた。わかってる!わかってるって!!
 彼女はとっさに横へ助走し、その場から逃げるように地面へ飛び込んだ。
 飛び込もうと宙に浮いた瞬間。間髪を入れず衝撃波がすぐ隣を走り去った。
 (…これは…サイコキネシス…!!)
 …それは自分自身を狙ったものだった。
 サイコキネシスはかろうじて避けたものの、その後ろで生まれた暴風が、宙で身動きの取れない体を捕えた。
 「くっ!」
 ねじれた風が何重にも重なり体を無造作に揺する。その間、耳元で大きな風の唸り声が上がり続けていた。
 そして、彼女は真っ暗な世界の地面へ叩き付けられた。
 「うぐっ!」
 (…風圧だけなのに…こんなにも…。)
 風の音が遠くへ去った後、髪がぱさりと下ろされた。髪を留めていたヘアゴムまでもが外されてしまった。
 少女はしばらく叩きつけられた状態のまま倒れていた。…力が入らない。
 もう一度男の声がした。
 「お前には戦えるポケモンがいない。…お前の負けだ。」
 散々酷使して限界だった体に、その言葉が余計に重く伝わる。
 …負け、ね。
 ゆっくりと、両手を地面について立ち上がろうとする。自分の体が重い。
 その間にも男は言葉を続けた。
 「私達にとって、君は邪魔なのだよ。」
 彼女は意図せず歯を食いしばる。その理由は、力が出ないからだけではない。
 さっき口の中を切ったらしい。血の味がじんわりと広がっていく。
 そして、ようやく両足で立ち上がった。
 「だからこそ…お前には」「あら、そう。」
 男が言い終わらないうちに、彼女は言葉を発した。…自信に満ちたその声が、男の声を覆った。
 次に何をするかという選択肢なんか選んでいられない。
 ふと空を見上げた。ただ、なんとなく。もちろん太陽は闇に覆われていたままだ。
 顔を上げたまま目をつむり、空気を吸う。そうすると体の声が聞こえる気がした。錆びた体にそっと心で言い聞かせる。
 もうひと頑張り。最後の仕事だからね。
 そっと息を吐くと、少女は暗闇に紛れている男を真っ直ぐに捉えた。その目は鋭く輝いている。
 「だったら、いなくなってあげてもいいけれども?」
 ここへ辿り着いた時から、多少の覚悟はできていた。後まで引きずったら迷惑かけちゃうし…私しかできないもんね。
 男が一瞬、たじろいでいるような気がした。
 そりゃこんなこと言われちゃったらそうだもん。
 一呼吸開け、そして、彼女は言った。
 「ただし…あなた達、”黒龍”と一緒にね。…バラン。」
 その時だった。
 彼女を中心に、光の紋章が地面にゆっくりと描かれ始めた。
 彼女はそっと呟く。
 「光は照らし出す。闇には覆われず…。」
 そして、辺りは光に包まれた。
 「みんな…『またね』。」


 ”アルデネ地方”
 そう呼ばれているこの地方には、人がほとんど住んでいない。でも、ポケモンが沢山住んでいる。
 …そして、神様も住んでいると言われている。
 その神様そのものの正体を知る者は、ほとんどいないだろう。
 しかし、この地方には、神様を祭る建物がところどころにある。
 正体はわからない。けれども、みんなが神様を信じている。
 …この物語は、そんなアルデネで起きた、物語。


【1話 誕生】

――10年後――

 アルデネ地方の、とある森の奥。この村で一匹のピチューが生まれた。
 名前は「ラズマ」。
 お母さんは優しくて、しっかりしているライチュウ。
 お父さんもライチュウだが、ラズマが生まれてすぐ、人間に捕まってしまった。
 なので、ラズマのお母さんは、お父さんが育てようとした分まで、ラズマを育ててあげた。
 「お母さん、あれは何?」
 小さなポケモンを見ながらラズマが聞いた。
 「あれはね、キャタピーって言うポケモンなの。」
 お母さんはラズマに教えた。簡単な問いだったけれども、そっと、ラズマに暖かく話してあげた。
 「今は、ああいう形なんだけれどもね、大きくなると、羽が生えてお空を飛べるようになるのよ。」
 優しい声がラズマの耳へ届く。それに応えるように、ラズマは言った。
 「じゃあ、僕にも羽が生えてお空を飛べるようになるのかな?」
 純粋なラズマに、お母さんは思わず笑みがこぼれた。
 「ふふふ。…もしかしたら、そうかもね。」
 そんなラズマのお母さんのおかげで、ラズマはすくすくと育っていき、いつの間にか友達もできていた。
 勇敢なダンバルの「アル」
 照れ屋なラルトスの「ティア」
 臆病なタツベイの「ガル」
 ラズマはこの3人と、いつも日が暮れるまで、沢山遊んだ。
 ある時は外で隠れんぼや鬼ごっこをして、ある時は近くの森へと探検しに行ったこともあった。
 3人は、いつも一緒だった。
 ラズマには、この友達をずっと大切にしようという気持ちが芽生えていた。
 そして何より、自分を生んでくれたお母さんにも、沢山感謝をした。
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リン♪ ★2012.05/23(水)15:29
【2話 鬼ごっこ】

 いつの間にかラズマが生まれてから五年もの月日が経っていた。
 太陽が大空で輝いているそんな日、ラズマはいつもの三人と村の近くで遊んでいた。

 ラズマが駆け抜けると、土が舞い上がった。そして…
 「タッチ!」
 森の木々が開けた小さな草原で、ラズマの声が大空に届いた。
 「ラズマ、やっぱり、速い、ね、」
 ラズマから逃げていたガルは息が上がっていた。言葉の間に息が途切れ途切れで入ってくる。
 そして、それを追ったラズマも、同じように息が上がっていた。
 「あり、が、とう、」
 たった一言のお礼を言うだけなのに、言葉の間に息が横入りしてくる。
 最初から鬼だったラズマは、まずアルを捕まえた。その後、二人でガルを追いかけた。が、ガルを捕まえる途中でアルは引き離されてしまい、ガルがタッチされる頃には、二人の随分後ろにいた。
 ラズマは深呼吸をして、息を落ち着かせた。内側から小刻みに叩いていた心臓の音も、だんだんと落ち着いてきた。
 …あとは、誰かがティアをタッチするだけだ。
 そう思うと、ラズマは顔をティアの方へ向けた。
ラズマにつられて、ガルも、ティアの方を向く。
 「えっ…えっ?」
 逃げるのが自分一人になってしまったティアは、思わず辺りを見回した後、二人と顔を合わせた。
 (…よし!)
 息も整い、いつでも駆け出せる状態になった。
 ラズマがティアに向かって駆け出そうと身構えた、その瞬間、
 「ねぇ、ラズマ、ガル、」
 と、ゆっくり追いついたアルが横から話しかけてきた。
 「ん、どうしたの?」
 構えた体を解いて、アルの話に耳を向けた。
 「ちょっと…作戦があるんだけどさ…」
 みんなで声を潜めて話し始めた。…作戦会議だ。
 「…でさ、…うん。…で…、…ね?」
 アルの作戦をみんなで聞く。その間にもティアは不安そうに、三人の様子を遠くから窺っていた。
 「よしっ!」
 アルが一声あげ、作戦が固まった。ティアはその声に驚きビクッとした。
 ラズマとガルはティアを目で捉えながら横に広がった。
 「え…ちょっと…待っ…」
 ティアがあたふたしている間にも両端の二人は動き、そして、みんなでティアを囲むような形になった。
 鬼の三人は互いに目で合図を送りながらティアを捕えるタイミングを見計らう。
 そして…
 「行くよ!」
 アルの言葉を引き金に、わあっとみんながティア目がけて走り出した。
 「うわ…わわわっ」
 ティアが周りをキョロキョロしている間にも、三人はティアとの距離をどんどん縮めていく。
 (あとちょっとで…捕まえられる…!)
 あと少し…。…あと少し…!
 ティアの影がかなり大きくなった。…今だ!
 ラズマはぐいっと手を伸ばす。
 そして…!
 (…えっ?)
 ティアが…消えた。
 何かを掴み損ねたような格好でラズマはバランスを崩し、走っていたスピードのまま地面で一回転した。
 「あいたっ!」
 視界がぐるんと回ったと思うと、いつの間にか空が見えていた。
 「いたたた…」
 と、青い空だけだった視界に、にゅっと頭が入ってきた。
 「ラズマ…大丈夫?」
 ガルがラズマまで駆け寄り、心配をした。
 「あ、ガル、ありがとう。」
 大丈夫だよ、と最後に継ぎ足すと、ラズマはぴょんと立ち上がった。
 昔からずっと外で遊んでいたラズマにとって、今のようなことはよくある―わけでもないけど―慣れていることだった。
 「ティアったら…あ、いたいた。」
 遅れてきたアルが辺りをきょろきょろ見回すと…いた。すぐそばの木の上でラズマたちを見ていた。ラズマとガルもティアを見上げた。
 「ティア、テレポートはずるいよぉー」
 アルがそう言うと、ティアはだって…と、シュンとした声で言った。
 けど、ティアがそうしたがるのも分かるかもしれない。ラズマは物凄い速さで走ってくるし、ガルの石頭や、鉄球そのもののアルが飛んでくると想像すると…無理もないだろう。
 ティアを捕まえることに本気になっていたから、それなりの迫力もあったんだし…ね?
 「よし、もう一回やろうか!」
 ちょっとだけ重くなっていた空気を、ラズマの明るい声が軽くした。
 「うん!そうだね!」
 ガルもその流れに乗った。
 「次は捕まらないからね?」
 アルも続いてくれた。そして…
 「じゃ、じゃあ私も!今度はちゃんと自分の足で走るんだから!」
 木の上からテレポートして、ラズマの傍に来たティアも、その仲間に加わった。
 「よし、決まり!」
 みんなは次の鬼ごっこを楽しもうという気持ちでいっぱいだった。
 「それじゃあ…いくよ!最初はグー!じゃんけん…」
 と、その時だった。
 (…?)
 どこか遠くで、聞きなれない音が聞こえた気がした。
 ラズマだけではない…らしい。その証拠に、みんなが辺りをきょろきょろと見回している。
 その間にも、音はどんどん大きくなっていく。…いや、その音だけじゃない。森がざわざわと騒ぎ始めたのも聞こえた。
 …何かが向かってきている。
 どうやらその音は、村とは正反対の方角から聞こえてきていた。―つまり―
 「これ…村に向かっているの…?」
 ティアが怯えながら、そう小さく呟いた。
 音が大きくなるにつれ、風が強くなってきた。…森のざわめきはこの風のせいだったのだ。
 (風があるってことは…!)
 もう、何も聞こえないほどに音と風は強くなっていた。けれども、ラズマはそれにも負けないくらい、怒鳴るような声で、みんなに叫んだ。
 「上だ!空から何か来る!!」
 その一声にみんながハッとすると同時に、空を見上げた。…その時だった。
 「!!」
 黒い、大きな影が…通り過ぎて行った。
 「なんだ…あれ…」
 鳥ポケモンにしては、羽ばたいていた様子は見られない。しかも、空を覆い隠すほどの大きさだった。
 ふと我に返ってみると、ざわめきが止んでいた。風はおろか、 不審な音までもがピタリと消えていた。
 と思ったその瞬間、
 「うわああぁぁ!!」
 「!!」
 村の方で悲鳴が聞こえた。
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リン♪ ☆2014.01/23(木)10:51
【3話 ニンゲン】

 飛行していた影が通り過ぎたと思ったら今度は村の方から悲鳴が聞こえた。
 「!?」
 ラズマは考えるよりも早く、村に向かって走り始めた。
 そこで何が起きているのかわからない。住人が何をしているのかもわからない。
 けど、その悲鳴は、明らかに村のほうから聞こえている。村に何かが起こっている。
 村に近付くにつれ悲鳴はしっかりと聞こえ、言語になっていく。
 その悲鳴に紛れて聞こえる単語。どの村人もある単語を揃えて言っていた。

 ―ニンゲン――ヒト――

 その言葉がラズマの脳裏に焼きついたお母さんの言葉を蘇らせた。


 ―「お父さんはニンゲンっていう生き物に捕まっちゃったの。」―

 ニンゲンがいるってことは…村の仲間たちが…!!
 ラズマの顔を嫌な汗が伝う。
 (速く…もっと速く…!)
 大地をえぐる勢いでラズマは駆け抜ける。
 森で生まれ、森で育ったラズマに、「ジェットヘリ」なんて物を知る機会なんて、どこにもなかった。
 今までそんなものは見たことがなかったから、村に向かった影の正体を知らなかった。知らなくて当然だった。
 そしてこれからも、そんな物を見るはずなんてどこにもなかった。なのに…
 と、その時
 大きな爆発が村で起こった。
 「くうっ!」
 割れるような音と光にラズマは思わず怯んだ。お腹の底から響くような音が、空気を揺らした。
 一拍遅れて枝や小石を含んだ熱風がラズマの顔や体に小さな傷をつける。
 その爆風の中、ラズマはただただ叫んだ。
 「お母さん!」
 風に乗ってやってきた砂煙が目に入り、目が開けられない。
 視界が遮られただけなのに、不安な気持ちは何十倍、何百倍にも膨らんだ。
 「お母さん…お母さんっ!」
 届かないとは解っていても、叫ばずにはいられなかった。返事が欲しいわけではなかった。
 目の前の村で起こっている惨劇の中に、確かにお母さんはいる。
 自分に降りかかる心配や不安を振り払うかのように、ラズマはひたすら叫んだ。
 少しして熱風が止んだ後、重なった声が後ろの方から聞こえてきた。
 「ラズマ〜!」
 ティア、ガル、アルだ。3人はラズマの後を追いかけて来ていた。
 「みんな…!」
 ラズマは返事した。耳に入ってくる声は、ただ焦るだけだった心をほんの少しだけ照らし落ち着かせた。
 まだ目は痛み、薄らとしか開けられない。試しに目を少しだけ開けてみても、舞った砂埃で視界は遮られていた。
 (これじゃ…先に進めない…)
 焦げ臭い匂いがラズマの鼻に届く。さっきの爆発で何かが焼けたんだ。
 と、その時、何かが体に触れた。ティアたちが駆け寄ってくれたのだろうか。
 「みんな…」
 ホッとして何の涙で濡れたのか解らない目を2、3度こする。そこでようやく瞼が開けられるようになり、ラズマは体の触れている方向を見た。
 体に触れる物に自然と視線が流れる。
 体に触れていたのは3人の誰でもなかった。
 ラズマの何倍もの大きさの黒い巨体。よく見てみると大きな太い線が一本、縦に入っている。
 (…ドラ…ゴン?)
 太い線は巨体を昇っている。その先で、ようやく龍の頭のような形が見えた。
 模様に目を泳がせていると、突然、巨体が反転した。
 本来驚くことだっただろう。けど、ラズマは驚けなかった。
 驚く間も与えられず、それよりもずっと強い衝撃にラズマの心は塗りつぶされてしまった。

 巨体と目が合った。

 ニンゲンだ。

 鈍器で殴られたような感覚が脳内に響き、恐怖で埋められていく。
 ラズマがずっと見ていた巨体、それは人間の背だった。
 その人間と目が合った。
 目の前で起こっていることと恐怖とで処理が追い付かず、体が動かない。そんな頭の中では言葉だけが断片的に飛んでいる。

 村を壊している犯人…
 お父さんを捕まえた…ヒト…
 僕も…捕まる…
 みんなを捕まえようとして…
 みんなを…
 …みんな…

 (みんな…!)
 その時、やっと心と体の歯車が噛み合った。
 目に光が戻り、景色がはっきりと見えていく。依然として砂埃が舞っている様子が入り込んできた。
 今、僕ができることは…
 ラズマは今まで溜めていたであろう空気を思いっきり吸い込み、肺に送り込んで、後ろに叫んだ。
 「みんな!来ちゃダメだ!」
 後ろからティア、ガル、アル…3人がこっちに向かってきている。それに気づいたラズマが、今できる精一杯のことだった。
 幸いにも砂埃でみんなの姿は見えない。けど、もしみんながこの場に来てしまったら…
 その時、人間の体が動いた。獲物を前にした蛇のように、大きな掌がラズマに向かって飛んで行った。
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リン♪ ★2014.10/20(月)01:32
【4話 トウソウ】

 精一杯後ろに向かって叫んだラズマが正面を向くと、ニンゲンが掌を大きく開け、ラズマを掴みにかかっていた。
 叫んだばかりで空気が肺に入ってこない。声にならない声が、ラズマの内側からボコボコと湧いていた。
 ツカマル…ツカマル…!
 絶望に怯え体が動かない。
 …いや、動けないんだ。動いたところで僕には敵わない相手なんだって体のどこかが理解している。
 大きく開いた瞳孔だけがその光景を最後まで捉えていた。
 ニンゲンの手に着ける黒いグローブの縫い目がハッキリと目に映るところまで手が近づいた。
 と、その瞬間、閃光が走り、人間の腕が大きく逸れた。グローブで覆われた暗い視界が剥ぎ取られる。
 ニンゲンの手の代わりにグローブの皮臭が遅れて鼻に届いた。
 開けた視界はラズマに目の前で起こっている事実を明らかにさせた。
 (ニンゲンが痛そうに腕をかばっている…?)
 …そうか、何かが人間の腕に当たったんだ。
 「ラズマ」
 はっとして我に返る。…聞き覚えのある声。
 いつも聞いていた優しい声が…すぐ隣で聞こえた。
 ラズマが隣を見上げると…お母さんがいた。
 いつもと変わらない暖かい表情が、すぐ隣にあった。
 「…お母さん…」
 お母さんはラズマが顔をあげるまで、そっと待っててくれた。目と目が合うと、にっこりと笑ってくれた。ああ、この笑顔、お母さんだ。
 極度の緊張がゆっくりと緩んでいく。体からへなへなと力が抜け、その場にペタリと座ってしまった。
 その途端、ずっと我慢していた涙が込み上げてきた。大粒の涙が一滴、また一滴。あふれ出てきて止まらない。
 涙の次は声があふれた。この体が自分の体なんだと再確認するように、声を出してラズマは泣いた。
 心と体の歯車。心の方だけが空回りしてた歯車が、体の歯車と噛みあい、ゆっくりと動き出す。
 顔をぐしゃぐしゃにしながら、ラズマはたった今生まれた赤ん坊のように泣いていた。
 「ラズマ、大丈夫だから…ね?」
 頭の上に暖かい手の平が置かれた。この手はラズマが落ち着くまで、そっと撫でてくれていた。
 不思議と涙が引いていった。やっぱりお母さんってすごいな…。
 喉の奥から込み上げていた嗚咽も穏やかに引いていく。
 できることなら、この暖かい手に、ずっと撫でられていたかった。
 「くそっ!コイツっ…!!」
 目の前で声がした。ニンゲンの声だ。しかし、声色からしても苦しんでいるのがすぐに分かった。
 何だろうと思い、濡れた瞼を頬と一緒にこすって、目を開いた。
 「…あれは…?」
 何かがニンゲンの周りをグルグルと跳び回っている。
 「あれはね…」
 お母さんがそっと口を開いた。
 「お母さんの『みがわり』って技なの。」
 ニンゲンの周りを猛スピードで駆け巡っている。目で追うのが精一杯なほどだ。
 それが技を出そうと一瞬止まったところで…ようやく見えた。ホントだ。お母さんの姿形と全く一緒だ。
 身代わりの尻尾はキラリと太陽の光を反射させた。…「アイアンテール」だ。その技を使ってニンゲンを足止めさせていた。
 「ラズマ、」
 お母さんの技に驚いていたラズマは、呼びかけでふと我に返った。
 「お友達も、まだ近くにいるのよね?」
 そうだ。まだガル、ティア、アルがいるんだ。はっとして、焦りが蘇る。
 「そのお友達を連れて、ほんの少しだけ、隠れていてね。」
 「お母さん…」
 お母さんはどうするの?と聞く前に、お母さんはそっと口から答えを出した。その言葉が出てくるのを知っていたかのようだった。
 「お母さんはね、ほんの少しだけ、みんなのために頑張るから。」
 まだ5歳のラズマはそれでも、お母さんが口にした意味が分かった。
 「戦うってこと?」
 「ええ。みんながちゃんと、逃げ切れるように、ね。」
 前の方でもう一度、ギラリと鈍い光が上がった。ニンゲンと戦っているお母さんのアイアンテールだ。
 戦っているお母さんは強かった。ニンゲンが一歩村へ近づこうと踏み出そうとすれば、その足が地面に着く直前、地面にアイアンテールを繰り出し、ニンゲンを怯ませた。
 ニンゲン本体には攻撃しないものの、確かに人間の動きを封じていた。しかし…
 「嫌だよ…」
 嫌だった。お母さんは頑張っているのに、自分達だけが逃げるのが嫌だった。
 「お母さんも一緒に逃げよう?隠れようよ。」
 と、その時、動きを防がれ続けていたニンゲンが、隙を突いて動いた。一瞬の間だった。腰につけたモンスターボールを外し、宙へ投げた。
 ポケモンが繰り出される。
 そこでお母さんの表情が固まった。お母さんは、ニンゲンの方向を見た。
 「…お母さん…?」
 つられてラズマがニンゲンの方を向こうとすると、
 「ラズマ、」
 名前を呼んだ後、お母さんはラズマをぎゅっと抱きしめた。大きなライチュウの体に、ピチューの体がすっぽりと納まった。
 焦げ臭い香りがある中に、いつものお母さんの香りがした。
 「振り返らないで…お友達と逃げてね。」
 「お母さん…?」
 そっとお母さんの顔を見上げる。どこか寂しげな表情が見えた。
 「せめて…本体で抱きしめてあげられれば…よかったのにね…。」
 ラズマにはその言葉の意味が解らなかった。お母さんはその言葉を自分に言い聞かせるように、呟いていた。
 原因は分からないけれども、寂しげなお母さんの表情が、事態を語っていた。
 「…わかった。」
 もう一度ラズマは言う。
 「お母さんの言う通り、みんなを連れて逃げるよ。」
 「いい子。」
 より一層、ラズマを抱きしめる力が強くなった。傷つけないようにしながらも、精一杯の力で、お母さんは抱きしめた。
 「ラズマ、」
 震えそうになる声を必死に押し殺して、お母さんは最後に、こう言った。
 「ありがとう。」
 本当はいつまでもこうしていたかった。いつまでも、自分の子を抱きしめていたかった。
 しかし、今はその時間さえも許してくれなかった。
 お母さんはそっと抱擁を解く。ラズマはすぐ、友達の方へ駆け出した。
 ラズマの小さな尻尾が見えなくなるまで見届けると、ほんの少し視界が歪んだ。
 (仕方ないわよね…。)
 お母さんはもう一度、ラズマが向かった方を見た。
 もう友達には会えたかしら。あっちにはまだニンゲンがいないから大丈夫よね。あの子はきっと強い子になるわよ。
 …ラズマ…
 色々な思いを馳せていると、目の淵に涙が浮かんだ。
 「ごめんね、ラズマ。」
 また視界が歪んだ。今度はさっきよりも大きく。
 「本体でしか技は出せないんだもの。」
 許してね、と言うと、涙がぽとりと零れ落ちた、
 そして、お母さんの『身代わり』は消えてしまった。
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みんなの感想

この物語に感想を書こう。みんなの感想は別のページにまとまってるよ。


物語のつづきを書きこむ

ここにつづきを書けるのは、作者本人だけです。本人も、本文じゃない フォローのコメントとか、あとがきなんかは、「感想」のほうに書いてね。

物語ジャンルの注目は、長くなりがちなので、いちばんあたらしい1話だけの注目に なります。だから、1回の文章量が少なすぎると、ちょっとカッコわるいかも。


状態(じょうたい)

あんまりにも文字の量が多くなると、 ()み具合によっては エラーが出やすくなることがあるよ。ねんのため、 本文をコピーしてから書きこんでおくと、エラーが出たとき安心だね。

シリーズのお話がすべて終わったら「終了」に、文字数が多すぎるために テーマを分けて連載を続ける場合は「テーマを移動して連載」(次へ)に 状態を切り替えておいてね。この2つの状態の時に、「次の作品に期待」 されて感想が書き込まれると、次のテーマが作れるようになります。

ちなみに「次の作品に期待」をもらって「完結」や「続く」になってる作品を 「次へ」「終了」に変えることもできるけど、その場合、次のテーマを 作るためには、もう一度「次の作品に期待」が必要になります。

しばらくお話の続きが書けなくなりそうな場合は「一時停止」にしておいてね。 長い間「一時停止」のままの物語は、Pixieの 容量確保(ようりょうかくほ) のため消されることがあるので、自分のパソコンに 保存(ほぞん)しておこう。

やむをえず、連載を 途中(とちゅう)で やめる場合は、凍結をえらんでね。ただし、凍結をえらんでも、次の物語が 書けるようにはなりません。感想をくれた人や、次回を楽しみにしてた人に、 感想 で おわびしておこう。


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