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西暦二千年の、二月十四日がやってきた。
五一二一小隊は一九九九年の三月に編成されたので、皆でバレンタインデーを迎えるのはこれがはじめてである。
そして、小隊の誰もが、あるものを狙っていた。
速水厚志のチョコレートケーキ。
速水はいつも、「一緒に訓練」をして、訓練に疲れると、手作りのお菓子をくれる。
クッキーとか、ケーキとか、パイとかいろいろな種類があって、この一年でかなりレパートリーも増えてきた。
どれもおいしいけど、ケーキの日は「大当たり」だ。
その「当たり」が確実に貰えるであろうその日には、男も女も速水を訓練に誘おうと狙っていた。
芝村舞は、バレンタインデーに興味は無かったので恋人の速水にチョコをあげる気もなかった。
でも、速水を皆が狙っている事に、なんとなく朝から気が付いている。
(……放課後、気をつけないと速水は訓練漬けになるな)
舞は、教室の雰囲気を察して、夕方になったら速水と一緒に逃げようと決意した。
†
十六時三十分。
HRも終わって教室中の視線が速水に集まった。
「……速水、一緒に……」
早速、滝川が速水の肩を叩く。
「みんな、聞いてくれ!」
舞は、柄にも無い大声をあげた。
仲間の注目が、一瞬速水から逸れる。
「……っと、なんでもない。すまんな」
みんながコケた瞬間を狙って舞は速水の手を握り、テレポートした。
「……あー! ずるいっ!」
滝川が地団太を踏む。
「探そう。そう遠くへは行ってない筈だ」
善行司令まで、じつは速水のチョコレートケーキを狙っているらしい。
その頃、瀬戸口は「やれやれ」と、一人余裕の笑みを見せていた。
†
テレポートした速水と舞は、今町公園にいた。
「ああ、びっくりした。どうしたの、急に」
速水は、自分の意思とは関係なく公園に連れてこられたのにも関わらず、ぽややんと笑っている。
「厚志は、人から頼みごとをされると、断れない性格であろう? 以前、何人もの人から“一緒に訓練”を頼まれて、死にそうに疲れ果てて帰ってきたことがあった。――それが心配だったから、厚志が……」
「ありがとう。心配してくれて。……じつは、僕も今日はちょっと危ないかな、って思ってたとこ」
「危ない? 何が?」
「チョコレートケーキ、舞に渡すまでもつかどうか心配だったんだ」
限りなくぽややんな台詞を吐くが、彼はそれでも五一二一小隊のエースパイロットである。
エースパイロットなのに、速水が未だに影でヒロインだとか姫だとか呼ばれているのは、彼が青だろうが芝村だろうが、あまり昔からの性格が変わってないから、なのかもしれない。
「……バレンタインの、ケーキを作ったのか?」
「うん。舞はそういうの興味ないでしょ? だから僕が作ってきた」
「だから……といわれても、厚志、バレンタインデーって普通女が男にチョコをあげるものだぞ」
「もちろん、ホワイトデーのおかえしはすっごく期待してるよ〜」
「期待してると言われてもだな……」
いまいち、普通のカップルの会話とは程遠いが、二人はそれでもラブラブだった。
「ケーキはもう、食べやすいようにカットしてあるんだ。ベンチで食べよう」
と、振り向くと……公園のベンチには瀬戸口とののみが座っている。
「よう、おひさしぶり」
瀬戸口は、片手を挙げて笑った。
すっとぶ舞。
「ど、どうしてここがっ!」
「俺とあっちゃんは、いつでも熱い愛の絆で結ばれてるのさ〜」
「そうか。じゃあ死ね」
眉間に皺を寄せて、銃を取り出す舞。
「あのね、ののちゃんが、舞ちゃんは公園に行ったよ、ってたかちゃんに言ったのよ」
ののみが、笑った。
「……そういうこと。ののみの同調技能を甘く見ちゃいけないよ、お嬢さん」
「そうか。ののみに聞いてきたのだな。――瀬戸口。速水を訓練に誘うのは良いが、あまり無理をさせないでほしい」
「俺が、バレンタインデーに訓練なんかするわけないだろ」
瀬戸口は、さも当然という顔でさぼる事を宣言した。
「あっちゃんのお菓子を食べたかったら、直接頼むさ。……というわけで、いいよな、厚志?」
「いいよ。二人で食べるにはちょっと量ありすぎるし」
「紅茶もちゃんと買ってきたのよ。四人分なのよ」
「わー。ありがとう」
――そして、速水のチョコレートケーキを男女四人で食べはじめる。
そのせいで、バレンタインのプレゼントはすぐになくなってしまった。
「あー、うまかった」
「ごちそうさまなのよ」
相変わらず、芝村に挨拶は無い。
「おいしかった? よかった。作った甲斐があったよ」
「厚志。ホワイトデーのお返しは、俺の体でいいかな?」
「舞。解ってると思うけど、瀬戸口君の言ってる事は全部冗談だよ?」
速水は、ぽややんと笑いながら舞の銃を取り上げた。
「……解ってはいるが、やはり殺したくなるな」
「何言ってるんだ。冗談なわけないだろう」
面白がって瀬戸口は更にバカを言う。
「――瀬戸口君。だんだん僕にも冗談かどうかわからなくなってきちゃうよ」
「はいはい、ごちそうさまでした。それじゃー邪魔者はいなくなろうか、な、ののみ?」
「うん!」
瀬戸口とののみは、去っていった。
「で、本当のところ、どうなんだ、厚志」
「なにが?」
「瀬戸口の冗談は本気なのか、冗談なのか……」
「あはははは。冗談に決まってるじゃない。あの人、下ネタしか言えない人なんだよ〜」
ぽややんとしているけれど、今の速水の反応はかぎりなくおかしい、と舞は一人疑心暗鬼に陥ってしまう。
「僕が好きな女の子は舞だけだよ。……どうしたの?」
男の中では誰が好きなんだ、と聞くべきか、悩みまくる舞だった。
<こっそり続編UP>
……読む?
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