> 次のページ | ▲ 帝国文書館 | 凸 王城 |
【1】 |
_「観光名所として名高い京都大原の竹林で、またしても1億円が発見されました。目撃者は住所不定の… _続いて、街のホット情報をお送りいたします…今日は神奈川県、久里浜からキス釣り情報を… _私、鷹橋晋一は、いつものように満席の社員食堂で昼食をとっておりました。給料の割に仕事が忙しく、昼食の時間が本来でしたら安息の時間となるのですが、ここはいつもながら混雑が激しく、ただひたすら機械的に食べでもしないと、席を待つ社員の目がついつい気になってしまいます。 _再来月にもここが拡張されることが確定しているとはいえ、今の辛さがじゅうぶん堪えますね。おまけに備え付けのテレビも小さくて声を聴くだけのようなものです。ニュースの内容などほとんど理解できません。こちらも何とかして欲しいものです。 _もっとも食堂が拡張されたとて、シェフにとっては同じように忙しいでしょうが…。 _…おっと、シェフのことをお話ししていませんでしたね。 _社員食堂の主任調理師の辻さんは、私たちの間では、『シェフ』と呼ばれておりまして、その料理の腕は社内だけでなく、近隣のオフィスからも注目されています。特に洋食の修行を熱心にされたそうで、オムライスやハヤシライスはどこの社員食堂の調理師にも真似ができないことでしょう。今は食堂拡張に向けて弟子の教育に励んでいるとのことですが、どうも味が落ちそうで心配ですよ。 _と、そんなことを話している暇もありませんでしたね。食事に戻りましょう。 機械的に…機械的に…。 ムシャムシャ…。 …と、つい慌てすぎてしまって… の、喉に、喉に、ぐぁぁぁぁあぁぁぁああ…。 _とにかく喉の奥に…。 ドン、ドンドン、ドン、 _「助かりました、どうもお恥ずかしいところをお見せして…」 _と、くるりと振り向いてみれば、そこには見慣れた顔がありました。 _「お食事中すみません、鷹橋さんですね。喉の方は大丈夫ですか、苦しそうでしたが?…ニヤリ」 _白い帽子と坊主刈りの頭、そしてこの細く小さな目、噂をすればそのシェフが背中を叩いてくれたようです。どうして私のところに? _(しかし、話の最後の、『ニヤリ』は何ですか…!) _「ここではなんですから、厨房の方にどうぞ。そのお盆もお持ちになってよろしいですから。ゆっくりお食べくださいよ…ニヤリ」 _「はは…は。ではそちらでお話しをお聞かせください…」 (また『ニヤリ』ですか…) _社員の活力を生み出す厨房へ通され、食事を続けながら辻さんのお話をお聞きすることになりました。今度は機械的に食べずとも済みそうですね。 _え、『背中を叩いてくれる人が居ますからね…ニヤリ』ですって? _違います違います、ゆっくり落ち着いて食事できるということてすよ。まったく思い出すだけでもお恥ずかしい限りです、はい。 _「それではシェフ、肝心のお話というのは?」 _今日の昼食は作り終えたと思いましたら、今度は明日の仕込みがあるのですかね。パン粉やボウルを用意しながらの話が始まりました。家庭の台所では見慣れない調理道具や調味料も多数あり、大量に料理を作ることの大変さが窺えます。 _「実は今度旬のメニューでも加えようと思って、キスのフライでも作ろうかと考えているんです。あの白身の味わいを天ぷら以外で活かせられないものかと…」 _「キスのフライですか、食べてみたいものですね。特に辻さんの作るものならなおのこと…」 _「そこで、まずは試食に活きのいいものをと思いまして、釣ったばかりの魚を手に入れたいんですよ。以前ここで鷹橋さんの釣りの噂を耳にいたしましてね。ぜひともご協力願えないものかと…」 _「は、はぁ。確かに先月アジ釣りやイナダ(成魚でないブリの呼び名のひとつですよ)釣りに出かけておりましたが、肝心の釣りの方はそこまで誉められた腕でもありませんよ」 _「いやいや、この前なんてここに釣り竿持ち込んでいたじゃないですか、仕事帰りに東京湾に行ったそうですねぇ。なかなかの釣り好きとお見受けしてますよ、私は」 _「そうおっしゃられると、却ってお恥ずかしい限りなのですが、私もちょうど海釣りに行きたいと思っていたところなんですよ」 _「それは願ってもないことです。ぜひとも私をお連れくださいよ。宿の手配などはこちらにお任せください」 _先ほどニュースで久里浜のキスがどうのこうのと聞きましたけど、それほど遠くはないですし、そこの宿を探してもらいましょうか。 _「では来週の土曜日に久里浜に行きましょう。観光課の電話番号調べておきますので、シェフがどこかお好きな宿を選んでください。 _それでは仕事が始まりますので、これにて…」 |
> 次のページ |