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「暗黒釣行記 − 鷹橋晋一の小戦争−」
【2】


_翌週、辻シェフと共に、三浦半島・久里浜を訪ねることとなりました。依頼人とはいえ宿の手配も宿泊費もシェフ持ちという、いささか恐縮する旅行です。もっともそれなりの釣果をあげないといけないのですけどね。
_交通費の負担まではさせないために、私は一足お先に愛車TW(太い後輪が特徴のオフロードバイク:ヤマハ製/のことです)で、久里浜駅に向かうことにいたしました。が、しかし駅前は駐輪もひと苦労です。おまけにシェフと合流した後は宿まで押して行かなければなりませんので重労働です。今頃になって後悔の嵐ですね、自動車の激しく流れる国道1号を走りながら…。
_JR久里浜駅は三浦半島の中でも開けた駅のひとつで、待ち合わせの場所まで行くのも結構面倒なのです。できれば駐輪して駅前を歩き回るのは避けたいものですね。「あそこが観光案内板で、駅の出口が向こう…
_おや、あそこに?」
_帽子こそかぶっていないものの、バス停そばにたたずむあの坊主頭の方は!
_「シェフ、これはお早いお着きでしたね。駐輪するのも面倒なので助かりましたよ」
_「いやぁ、何度かここに来たことがありましてね。それより、シェフは恥ずかしいですよ。こんなところでは…」
_「これは失礼失礼、シェ…辻さん」
_「では、宿の方に荷物とそのバイクを置きに行きましょうか。お荷物は持ちますよ。その車体を押すのも大変でしょうから」
_私の万全な装備(釣り・ツーリング・宿泊)に対して、シェフの方は最低限の宿泊道具のみと実に軽装です。宿の方に頼み込んで昼の間だけ厨房を借りることができたそうで、調理道具一式を用意する手間が省けたからでしょう。私も釣り道具を宿に送っておけばよかったとしみじみ思います。
_「ところで、餌はこれで良いのですよね?早く来過ぎたので、釣り具屋に寄ってきたのですが…」「それですそれですよ。助かりました。と、なるべく日に当てないでくださいね。生餌が弱ってしまいますから…
_あ、待ってください…タイヤが重くて…」
_のろのろとTWを押しながら軽快な足取りのシェフの後をついていきます。久里浜海岸は比較的観光地化された場所で、タイルの埋め込まれた歩道、異国情緒を漂わせる街路樹と、海岸の整備具合は見事なものです。
_これがキスでなくタイやメバルなどを釣りに行くのであれば少々俗っぽい気もいたしますね。かつては千葉の金谷港までロマンあふれるカーフェリーが通っていた場所ですし、もう少し古めかしさが残っていても良いでしょう。
_…欲張りですか?。
_と、先導者が足を止めましたね。
_「鷹橋さん、こちらの宿ですよ。どうもお疲れ様でした。ではお先にご挨拶を済ませてきます」
_駅から20分ほど歩いたでしょうか?お目当ての宿に到着いたしました。電話予約のはずでしたのに、なかなか見た目の渋い、落ち着いた宿を選びましたね。これは早々に運が良いです。
_まずは駐輪駐輪と…。宿の手続きはシェフにお任せして。
ヨッコラセ!

_は、ハァ…。釣りの前から肩が…

_「それではお世話になります」
_宿のおばさんは気さくな方のようで、他の宿泊客や近所の方に声をかけていらっしゃいます。もちろん、私やシェフにも。
_「夕食は7時でよろしいですね。では、行ってらっしゃいませ。最近じゃ停留所のあたりが良く釣れてるらしいですから、そっちへ行かれてはどうですか?」
_「ご親切にどうもすみません。そちらへ行ってみますよ」
_朝方から荷物を宿に預け、いよいよ釣りに出陣です。長い竿を抱える様は、戦国の世の「足軽」を彷彿とさせますね。もっとも実際のそれよりは、肩がだいぶくたびれてだらしないのですがね。
_シェフはキス以外の材料の入手のため、私とは別行動です。このキス釣りの楽しさを伝えられないのが残念でなりませんね。では、行ってまいりますよ、シェフ。
_「鷹橋さん、12時には昼食を作りたいので、それまでに釣ってきてくださいね。近所の魚屋で買って来てもすぐバレますよ。脅しじゃないんですけどね」
_「はいはいわかってますよ。キスで良いですね。できれば他の魚もおまけに釣ってきましょうか?」
_「…フグだけは逃がしてきてくださいね。免許持っていませんから」
_さすがにシェフでもフグの免許はありませんでしたか。浜釣りでは良く釣れるのです。フグという美味な毒魚が。
_「では、シェ…辻さん、ご期待に添うよう頑張ってまいります」
_宿といえば夕食が楽しみなものでありますが、今日は昼食が楽しみです。試食は私が一番先に行うつもりでおりますよ。この話を聞いた宿のおばさんから、
_「まっ先に食べたいものだねぇ。とにかく美味いもんには目がなくって」
_とのコメントをいただきましたから…

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