< 前のページ > 次のページ ▲ 帝国文書館 凸 王城

「暗黒釣行記 − 鷹橋晋一の小戦争−」
【3】


_キスは、ほとんどの場合、シロギスという魚を指します。以前は東京湾にアオギスという魚がいたために区別されているのですが、現在アオギスには四国の一部ぐらいしか生息場所がないそうです。この魚が東京湾の…そして日本の環境悪化のバロメータとなってしまっているのですね。実に悲しい話です。
_今日の釣魚に話を戻しましょう。キスといえば天ぷらが知られていますが、この淡白な白身魚はいろいろなうす味の料理と合います。しかしながら身が小さいので、煮付けは煮崩れを起こしやすいのであまり向きませんね。
_では、口を動かすだけでも始まりませんので、仕掛けをご用意いたしましょう。今は釣具店に行けば「シロギス釣り」といった名称で仕掛けが簡単に手に入ります。これにオモリとエサをつけて投げるだけで良いので、家族での釣りには最適だと思いますね。
_もっとも、エサは『地球外生物』ともいえる気味の悪いしろもので、これが口を開いて咀嚼するさまは、男性釣り客の間でさえ不快なものです。ご家族連れの際はくれぐれもご注意くださいね。
_え、うちの家族…ですか?、うちは女房と娘がふたりおりますが、今日は外食に行かせております。娘はともかくとして、女房の食い意地がえらく張っているので、ヘタに高級な店に行かれると大変です。安い店を予約しておけば良かったかもしれませんね。
_と、いう心配あれこれを払拭するように、まずは第一投を海に叩き込みましょう。

ビュン!
…ヒュ〜…
ポチャン…

_キスは砂底に群れを作っているので、底を引きずるように、少しずつリールを巻いていきます。20cmに満たないサイズとはいえ、食いついたときの勢いはビクビクッと、それなりに強いので、一度この釣りをすればすぐ慣れることと思います。一度味わうと病み付きになりますよ。
_さて、底をさぐり、糸をたぐり…

ビクッ!

_ 「来ました!」

_と、思ったのは早とちりで、その感触は釣りのそれとはまったく異なるものでした。ビビビビビビビビ……「い、糸の先に、なにかが絡み付いています!」 _そうです、目に見えないなにかが、糸を海中に、ではなく、空中に引っ張っているのです。空中には一体…

「あれは!!!」

_そ、空から光線のようなものが私の釣り糸を手繰り寄せています、手繰り寄せるもとは…?


−Unidentified Flying Object−

− UFO!!!−

_そう、あの皿のような形、子供の頃は誰しもがその存在を信じていたあの飛行物体が…まさか実在するとは!
_「こ、これは夢です。夢なんですよ!」
_シェフ! 宿のおばさん! 誰でも良いです。私の目を覚ましてください!

_「残念ナガラ、夢デハ無イ!」
_私の苦悩を無視するかのように、飛来する物体から、一体の生物が姿を現しました。目鼻立ちはおぼろげで、はっきりとは見えません。しかし、確かにその生物は口を開いて私に語り掛けました。
_「う…宇宙人…なのです…か?」
_「オ前タチカラ見レバ、ソノトオリ、私ハ宇宙人ダ。地球人ノ『生体さんぷる』ヲ求メ、ハルバルヤッテ来タ。」
_生体サンプル?我々を何かの実験材料に、するおつもりですか? そんなことをされては…!
_「トコロデ地球人、何ヲシテイル?」
_「きょ、今日の昼食を手にいれようとしているのですが…」
_シェフとの約束は果たさなければなりません。ここで退く訳にはいかないのです。なんとしても釣りを続行しなければ!

気丈に、気丈に…

_「コレガ、地球人ノ『狩リ』カ?至ッテ原始的ナ狩猟方法ダナ…」
_「狩猟ですか、これが?これは、魚との『駆け引き』を楽しむ娯楽ですよ」
_やはり、釣りは彼らの目には「狩猟」として映ってしまうのでしょうか?どうやら、釣りと「食料調達」を同義と捉えているようです。
_本当に原始的なのは…?
_「娯楽ダト?ドウセ捕ラエタ獲物ハ体ニ取リ込ムノダロウ?ソンナ面倒ナコトヲスルトハ愚カシイ」
_いきなり宇宙人に釣りの楽しさを理解するのは、無理なことかもしれません。が、しかし侮辱されたことには腹が立つものです。何としてでも追い返しましょう。
_「つ、釣りを侮辱する宇宙人に、この地球は渡しま…せん!」
_「ホホウ、マズハオ前ヲ記念スベキさんぷる第1号トシテイタダイテカラ、コノ星ノ調査ヲ行オウ。見タトコロ、建造物モ多ソウダシ、コノ星ノ要人モ近クニ居ルコトダロウカラナ!」
_建造物が、多い?一体どういうことでしょう。まったく解せません。
_「ここは地球の中でも極めて面積の小さな国ですよ。おまけに首都から離れていて、建物もそこと比べれば少ないですし」
_どうやら、この方は本来、地球の中心に乗り込むおつもりだったのでしょうか?見当違いも甚だしいものです。
_「ナ、ナニ! ココハ首都デハナイトイウノカ!」
_「は、はい。首都に勤務している私が申し上げるのですから、間違いありませんよ。しかも、侵略するなら、アメリカなどの国を攻めるものと思っておりましたが?」
_体の色が急激に青ざめ、何かもの悲しげな表情を浮かべる宇宙人、侵略者にしてはいささか同情を覚えます。
_「仕方ナイ…。コノ者ノ力量グライハ調ベ、母星ニ報告スルトシヨウ。ソウカ…侵略適地は、『あめりか』カ…ブツブツ…」
_「私の力量?釣りの腕前でよろしければ、ご覧に入れますが」
_せっかくですから釣りの楽しさでも教えて、本来の目的を忘れてくれれば良いのですが、そううまくはいきませんよね?
_「ホホウ、デハ、ソノ『釣リ』トイウモノヲ見セテ貰オウカ!」
_かくして、私の釣りの腕前を披露する運びと相成りました。ここで恥をさらしては釣り人として…いや、『地球の恥』です。
_私ひとりの静かな宇宙戦争が、今幕を開けようとしていました。

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