_「まずはシロギス2匹!」
_針・餌をふた組付け、両方に食いつかせる荒業です。さすがに針をかけるテクニックが難しく、微妙な竿さばきが要求されましたね。見栄をはったぶん、失敗したときの恐怖というものは、確実にありました、ハイ。
_「地球ニハ、随分ト美シイ食物ガアルモノダナ」
_「次はカレイを!」
_キスの仕掛けで釣れるものは、何もキスに限ったものではなく、砂底に居着いている魚をいろいろ釣ることが出来ます。これがご家族にもキス釣りをお勧めするもうひとつの理由でもありますね。何が釣れるかわからない楽しみは、子供にとってはたまらないものでしょう。
_「平タクテ、不細工ダナ。愛敬ハ、アルガ…」
_「どうです? そろそろあなたも釣ってみませんか?」
_「原始的ナ漁法ハ少々気ニイラナイガ、貴様ラノ生態調査ニハ必要ダロウ、ヨシ、ソノ棒ヲ貸シテミロ!」
ビュン…
ヒュルルルル…
ボチャン…
_人間の子供ぐらいの背丈の彼らにとって、キス用の長い竿は手にあまるものでしたが、なんとか50メートルぐらい投げることができたようです。
_「そうそう、そのままゆっくりと手繰り寄せてください。そこのハンドルを廻して」
_「コ、コウカ?」
_ジリジリと慣れない手つきでリールを巻く宇宙人、はじめはイライラしていた彼も、もう投げること・リールを巻くことに楽しみを見出したようです。
ビクッ!
_「来タカッ!」
_「あ、そんなに急いだら…」
バシャッ
_「ほら、そう慌てると針に魚が掛かる前に逃げられてしまうのですよ。でも、次は大丈夫ですね」
_「コ、コレカ…地球人ノ言ッテイタ。『駆ケ引キヲ楽シム』トイウコトハ…!」
_お話しした通り、目鼻立ちがはっきりしていないので、表情はよくわかりませんが、確かに充足感から来る喜びを体で表現しているようです。どんどんと彼の手つきが様になっていくのもわかります。学習能力は地球人よりもはるかに高い様ですね。彼らが『侵略者』となれば、地球の滅亡は近い日であったかもしれません。が、しかしこの楽しむ姿を見ていると、彼らにもやはり『遊び心』があるのだと安心いたしますね。
「ムムッ?」
ブルッ、ブルッ…
_「ソコダッ!」
_「いいですよ!針に掛かりました。さぁ、糸を巻いてください。ゆっくりあせらず!」
_すでに巻き上げることはお手のものになっていたようで、暴れる魚の動きを把握しながら見事に獲物を捕らえることに成功しまようです。人間でなくとも、自分の教え子が成果をあげるというのは実に嬉しいものですね。
_「オイ、実ニマルマルト太ッテ栄養価ノ高ソウナ獲物ヲ釣リ上ゲタゾ!」
そ、その魚は!
_「デハ、狩猟ノ成果ヲ早速味ワオウ!」
_「お、お待ちくださ…あ!」
パクッ!
_「ウギャァァァァァアアアア!!!」
_「しっかりしてください!大変だ! 誰か!誰か!…って人を呼んだらそれこそ大事になる!どうすれば、どうすれば??」
_彼が口にした、『実ニマルマルト太ッテ栄養価ノ高ソウナ獲物』それはもちろん、
『フグ』
_だったのです… 「と、とにかく…この場を何とか… ん?」
ムクリ…
_「カ、体ガ痺レテ、死ヌカト思ッタ…危ナイ、危ナイ!美味デハアッタガ…」
_な、何ということでしょう。フグ…しかも猛毒のトラフグを口にしたというのに、3分も経たないうちに起き上がるとは!
_「か、体に異常はないのですか?」
_「アァ。問題ナイ。 シカシ、私ノ負ケハ認メヨウ。釣リノ味ワイ深サを少シ理解シタヨウナ気ガスルカラナ…コノ国ノ侵略ハ、諦メヨウ。暫ク釣リトイウモノヲアレコレト研究スルツモリダ。貴様ノ言ウ、あめりかニデモ行ッテナ…」
え?
_「あ、アメリカ…?
_ちょ、ちょっとお待ちなさい〜!
_そこも地球ではないですか〜!!!」
_「余談デハアルガ、必要以上ニハ、今日ノコトヲ記憶シテ欲シクハナイ。ヨッテオ前ノ…」
ビビビビビビ…ビビビビビビ…
_「え? 今日の…何です…か?
…あ、…頭が…」
ズキ…ズキ…ズキ…
ジンジンジン…
_暫時頭痛が続きました。喩えるなら頭に残暑のクラゲをかぶせられたかのようです。そのクラゲのように、私の意識はゆらゆらとどこかを漂っていたような気がいたしました…。
_そして、足元の魚篭(ビク)には透き通るような純白のシロギスやカレイが何匹も…。
_とにかく、シェフのところに帰らなくては…。しかし一体どうやって、これほどの魚を釣ったのでしょうか…? |