ぴくし〜のーと あどばんす

物語

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連載[1247] 湖の精の毎日

リサ ★2012.06/01(金)05:41
>プロローグ「湖の精霊達」

この世界の始まりは、ただの空白だった。

この世の全てを創造したとされる、創造主アルセウスは、まずはじめに光と闇を創造し、昼と夜を造った。
その後も、天と大地、そして太陽と月を産み出し、やがて人とポケモンが生きる様になった。

そしてアルセウスは、世界の均等を保つ為に、自分の分身を作り、育成し、戦わせた。
最後に生き残った数匹のポケモンを、アルセウスの傑作とし、守護神として人間世界に置いていく為に。

まず、はじめの戦いに勝ったのが、ディアルガとパルキアだった。
そして、その二匹のポケモンから産み出された無数のタマゴから、新たな戦いが生まれた。

そして、そのタマゴから生まれた子供達の中に、エムリット、アグノム、ユクシーも居た。
彼らは他のポケモン達と平等の存在でありながら、一生懸命に訓練を重ねて、心の神という大きな栄光を得て、人間界にとどまる事を許された。

そして数億年後。

神話の土地、シンオウでは
昨日も、そして今日も、平穏な日々が続いていた。


>第一話「二色の涙〜赤き精霊の涙〜」

「今日も、なんか面白い事でもあると良いけど」
感情の神であるあたし、エムリットは心底つまらなそうに呟いた。
さすがに、数億年生きた身となると、趣味とかやる事探すのも大変だなーって、最近つくづく実感した気がする。
…このままじゃ駄目だよね。
あたしは心中呟いた。

「ちえ。今日はアグノムもユクシーも居ないなんて…」
今日も暇つぶしにアグノムとユクシーの住む湖に来てみたけど、二匹とも不在で、なんかスカっとしない。
そして、何故か気分展開に、普段滅多に行かない、ミオの図書館へとやってきた。
ここなら、アグノムはともかく、ユクシーなら居ると思ったからだ。
しかし
「やっぱ居ない…」
あたしは、思わずため息まじりに呟いた。
ミオの図書館の最上階で、雲一つない大空を眺めながら。
そして、その時あたしは、ふっとこう感じた。

そういえばあたしって、あたしの事だけじゃなく、アグノムやユクシーの事もよく知らない気がする、と。
今までまともに戦った事も、人間みたいにがむしゃらに頑張ったりした事もほとんどなくて
(あ、もちろん、大昔での名誉略奪戦争を除いたらの話だけど)
力も栄光も。欲しいものを全て手にした今、これといって頑張りたいなーって思う様な事も無くなっちゃって。
気がついたら、自分が司っているはずの「感情」というものがなんなのか、理解できなくなっていた。
平凡な毎日を送っているうちに、心というものがなんなのか、分からなくなっていったのかもしれない。

人間や他のポケモン達に、喜んで感情の尊さを教えていた、昔とはホント大違いだね。
「…あたしも、もう歳かな。別に、レディに年齢なんて関係ないけど」
やっぱ、あたしも人間みたいに、強い障害に立ち向かったり、汗まみれになって頑張ったりしたい。
でも、あたし達が超えられないほど、大きな壁ってのも、そうそう無い気がした。

ああ、ちなみにここで勘違いしないでほしいのが、あたし達はけして強くは無い。
そりゃ、昔は能力も戦闘力も抜群に高く、周りにブイブイ言わせてたけど、今は違う。
ただ、アルセウス様から、姿を隠す様に言われているだけなのだ
(まあ、北に住む約一名は、そんなのかんっぜんに無視してるけど、幸い彼には人の記憶を消す事ができるっていう、非常に便利で羨ましい能力があったりする)

「困ったなぁ…」
あたしは思わず呟いた。
なんか、今日はあたしに似合わない、ちょっと真面目な話しすぎたかな。

「さてと…今日は返って何を…ん?」
…何故だか、暇だと思って返ろうとしたら、今更急に思い出した事があった。
図書館最上階のかなーり奥の所にある絵画。
さっきからずっと、あれが気になってて、ここに居たはずなのに。

ちなみにそのエは、紫一緒の背景の上に、黄色い絵の具がまるで光の様に、ポツンと色付けられている、実にシンプルすぎる絵だった。

何となく、今まで死ぬほど見てきた絵画とか一風違った感じで、それであたしはなんとなく好奇心が湧いた。
そして、その絵画の黄色い部分に、あたしの手がピタっと触れた。
誰にも見られてないんだから、別にちょっと触ったくらいで問題は無い。
「…」
…何やってるんだろう、自分。

なんかだんだん暗くなってきたし、そろそろ帰ろうと思ったそのとき。
スゥウゥウゥウ…
どこからともなく…風の音が聞こえてきた。
そして、微かだけど…周りの空気が一瞬、凍り付いた気がする。
「…ッ!」
あたしは反射的にサッと後ろを振り向いた。
一体何処なのよ、ここ。

そこにあったのは、さっきまで居たはずのミオの図書館ではなく。
どこぞのホラー映画の舞台だよってくらい、薄暗くて寂しい、まるでゴーストハウスみたいな図書館だった。
本当に一瞬の出来事だった。これは恐らく、図書館に住むポケモンの仕業か何かだろう。
正直、こんな体験久しぶりすぎて、なんか心底ビクビクしている。
一体どうしたんだ、自分。

「…ケケケ。俺様の縄張りへようこそ」
あたしはその声を聞いて、反射的にサッと身構える。
「誰!?いいから、姿を見せなさいよッ!」
とはいっても、実を言うと、彼が何者なのかは、大体予想はついていた。
「…ケケケ、俺様の名前はゲンガー。この辺りを縄張りにしているポケモンさ」
やっぱそう来たか、ゴーストポケモン。
戦法的にも、相性的にも、性格的にも、あたしにとっては一番関わりたく無い相手だった。
でも確か、ゲンガーはどくタイプも含んでるから、上手く隙をつけばエスパー技で…
とかなんとか考えてるうちに
ドゴォオォオォンッ!
ゲンガーの放つシャドーボールが、あたしのすぐ近くで炸裂。
そして、爆発の衝撃で砕け散った破片が、あたしの体に直撃する。

「ちょ、ちょっと!痛いじゃないの!レディになんてことするのよ!」
思わず叫んでしまった。
でももしかしたらコイツ、案外強敵かもしれない。
「さあ。今度はバッチリ当ててやる」
ヤバっ…
なんか反射的にそう感じたあたしは、随分前にギンガ団に襲われた時に感じたのとそっくりな、恐怖心みたいのに、押しつぶされそうになった。
この感覚…懐かしい。懐かしい…けどっ!

ビュゥウゥウゥウッ!

あたしは、思いっきり猛スピードで、ゲンガーの真横を通り、図書館の奥へと入ってゆく。
あたしだって、いつまでも暇暇いってるほど、落ちこぼれちゃいない。
そして何となくだけど、またあの絵画に触れる事が出来れば、元のミオの図書館に戻れる気がした。
だから、ゲンガーが追ってくる前に、一刻も早く絵画を探し出そうとした…けど。
ドゴォオォオォンッ!
このゲンガー、やはりただ者じゃなかった。

「くっ…」
今の一撃は、正直かなり痛い。
ここは逃げてるだけじゃ勝てないか…
「ねんりきッ!」
あたしは、久しぶりにお得意のエスパー技を繰り出す。
これが当たれば、向こうに効果抜群のダメージを与えられるはずなのだが、なんせ相手は無茶苦茶速い。
長年使っていなかったあたしの技は、悔しいけど、余裕でヒュルリと交わされてしまっ
た。

「シャドーボールッ!」
ドゴォオォオォンッ!
「今だッ!」
あたしはとっさにそう言うと、シャドーボールで巻き上がった煙を利用して、さらに奥へと進む。
なるべく、こういう事は言いたく無かったけど、今のあたしは心臓バクバクだった。
ゲンガーがこっちに追ってくる音が聞こえてくる。
久々すぎる戦闘。久々すぎる圧迫感。久々すぎる感情の動き。
懐かしいけど、でもやっぱ…やっぱ怖いっ!
これ以上戦いたく無い!
そう、心の中で叫んだ時、微かに頭の中で、テレパシーの様な、優しい声みたいなのを聞いた様な気がする。

「そこを右、次に真っ直ぐ行って。そして突き当たりを右」

最初は空耳だと思ったけど、それにしゃ、説得力がありすぎる。
けど、ぶっちゃけ今は、そんな事気にしちゃいられない。
とにかく、声の言う通りに走って、向かい風が痛々しいくらいに走った。
後ろから、だんだんゲンガーが迫ってくる音がする、
だけど、今は走り続けるしか無かった。
そして声の言う通りに、突き当たりを右に曲がった瞬間、例のあの絵画が見えれきた。
「あれだっ!」
あたしはその時、とっさにそう叫んで。
その絵画に向かって、全速力で突っ走った。
ゲンガーとの差は、五メートルだったか、あるいはニ〜三メートルだったか。
そんなことよりも、とにかく今は絵画に触れる事だけに集中して、全速力で突っ走った。

ビュウゥウゥウッ!

そして、絵画に向かって精一杯に手を伸ばし、その手が暖かい光に触れた時、あたしは安心感のあまり、思わず意識を手放してしまった。

そして、気がついたらあたしは湖の中に居て…そして、泣いていた。
なんか、久しぶりにものすごい緊張感というか、圧迫感のようなモノを感じた気がする。
なんとなく、大昔のあたしに一歩近づけた様な気がした。
怖かったけど、今思うとちょっぴり嬉しかったのかな。

そして数時間後。あたしの湖に、何故かアグノムとユクシーがやってきた。
両手にたっくさんのキキョウを抱えて。
何でも、今日はあたし達…通称「湖の三妖精」の誕生日らしくて、キキョウはその誕生花なんだとか。
それでわざわざ、ソノオタウンまで積みにいってたらしい。
そしてその時、あたしの目にはまた、涙が溢れていた。
恐怖心とはまた別の、暖かい涙が。
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リサ ★2012.06/01(金)05:41
>第ニ話「アグノムの優しさ〜蒼き精霊の心〜」

今日も、東の湖、リッシコは平和だった。

「さてみんな。今日は何して遊ぼっか?」
「私、おにごっこ!」
「ボクはかくれんぼがいいなっ!」
うん。今日はみんな、威勢がいいなー。
これだと、ボクとしてもとことん遊びがいがあるってもんだよね。
ボクは心中呟いた。

意思の神アグノムは、天空での戦いに勝利した後、ずっとこのリッシコという湖で暮らしていた。
そして、とても頑張りやで意志が強いという点から、周りからは非常に頼りにされていた。

しかし彼には誰にも言えない、ポケモンの医者になるという、密かな夢があった。
今もたまにユクシーの所へ行き、医者の勉強をしているのだが、なにせポケモンが医者になれるはずもなく、ましてや湖の守り神が医者になるなんてこと、周りが許す訳が無かった。
そう思ってた…けど

「はあ…」
ボクは湖のほとりでため息を付く。
みんなと遊んで、今日も何気ない一日が過ぎた。
ボクは、別に今のままでも十分幸せなんだけど、でも
「…やっぱり、医者にはなりたいんだよな…」
ボクは、中々自分の夢を諦める事が出来なかった。

たくさんのポケモン達に囲まれて、平和で。
凄く幸せなハズなんだ。ボクは。
だけど…
…だけど、この心に残る、嫌なモヤモヤ感は何だろう。
昔の、誰にも負けないという強い意志は、
一体、どこへ行ってしまったんだろう。

そして、そんな事を考えてる時だった。

…ナノ…ナノ。

ボクが、あの鳴き声を聞いたのは
「この鳴き声は一体…」
誰もいない夜中に泣きわめくポケモンの声。

ボクは気になったので、声の出所を探そうと、森の中を駆け回った。
そうしているうちに声がだんだん大きくなり、気がついたらそこには一匹のソーナノが居た。
傷だらけで、気の陰に隠れてメソメソ泣いている。
「君、どうしたの?」
ボクは、思わずそのポケモンに語りかけた。

最初、ソーナノはボクを見た時にビクっと身震いをしたが、やがてそっと口を開き、小さな声でこう行った。
「ボク…ソーナノ。ご主人様とはぐれちゃって…」
そっか、そういうことか。
ボクは思わず呟いた。
「そっか…それならさ。ご主人様が来るまで、ここに居ると良いよ。
この辺りには、優しいポケモンがたくさんいるから」
「う、うん」

ソーナノはそういうと、ありがとうといって、ぺこりとお辞儀をした。
実はこのコみたいな、いわゆる迷子とか、あるいは捨て子とか
そういった子がリッシコまでやってくるということは、ここ最近になってかなり増えた。
そういう野生のポケモン達は、自然の中で過ごしているうちに凶暴化することもあって、トレーナーは皆、責任を持ってポケモンを所持しなくちゃいけないんだけど…
…でも、最近はむしろ、ポケモンに暴力を振ったり、むやみに戦わせようとするトレーナーが多く居て
それで今は、全国のポケモンセンターで、治療とか保護とか、もの凄く大変な状況に
陥ってるらしい。

それなのに。どうしてボクは
守護神なのに…何も出来ないんだろう。

心の奥では分かっていた。
人間の前に姿を見せる事、人間に力を貸す事は、神界においてもっとも大きなタブーだということを。
たとえ、世界が崩壊の危機に陥ってたとしても、ボクたちは黙って見過ごさなければならなかった。
そんなボクが、医者になってポケモンを救いたいなんて、本当に周りからしたらバカバカしいことかもしれない
だけど…それでもボクは…


…まあ、何はともあれ。
この間ヒョッコリと湖にやってきたソーナノは、みるみる成長していった。
結局、彼のいうご主人様ってのは来なかったけど、でも…それでもソーナノは楽しそうだった。
みんなとたくさん遊んで。たくさん笑って。

そして、そうしているうちに、ソーナノはいつのまにか立派なソーナンスへと進化していった。

そしてある日、ソーナンスは、一つの光り輝く石と、青いタマゴを持って、ボクの所へとやってきた。
「あれ?ソーナンス、どうしたのそれ」
「そ、それが…」
ソーナンスは慌てた表情でそういうと、少し深呼吸をして、気を落ち着かせて
そして早口で、このタマゴを見つけるまでの経緯を話した。

それは、ソーナノがソーナンスに進化する少し前の事。
彼は夜道を散歩している途中に、一つの綺麗な石を見つけたのだという。
そして、その石があまりにも綺麗だったものだから、それを持ち帰って自分の宝物にしようとした。
しかし、次の日に突然、石の近くに青く光り輝くタマゴを見つけた。

「という訳なんです」
ソーナンス曰く、石がまるでタマゴに反応しているかの様に輝いていたから、何か関係あるんじゃないかと睨んでいた。
確かにタマゴの色はソーナンスの色にそっくりで、石もそこら中に落ちている地味な色はしていない。
「なるほど…確かに、不思議だね」
なんとなく、ボクは呟いた。
とはいっても、ボクにはこの石が何なのかサッパリ分からないから、そのうちこの石の事について、ユクシーに相談してみよう。

そう思った途端

ドゴォオォオォンッ!

湖の近くから、いきなり大きな爆音が聞こえてきた。
つづいて、ポケモン達の悲鳴と、走り逃げる音が聞こえてくる。
「…っ!」
ボクは何故か、急に嫌な予感がしてきた。
そして、湖の方向に向かって、全速力で突っ走る。

そして、そこで見たものは、とてつもなく大きなロボットに、変わった団服の様なモノを着た大人達が、湖に居るポケモン達を次々に捕獲していく光景だった。
あれは確か…この間新聞で見た、ポケモンをむやみに捕獲して売りさばく、ハンターとかいう奴らに違いない。
「やめろッ!」
ボクはロボットに向かい、叫んだ。
「…アァ?誰だお前は」
ロボットの中から出てきた、体格のいい男性が、ボクとソーナンスを睨みつけた。
「湖のポケモン達を離せッ!」
ボクはその男に向かって叫ぶ。

が、男はボクとソーナンスを見て不敵に笑うと、こう言った。
「残念ながら、俺たちゃあ離せと言われて離すほど、間抜けちゃいねえ。もし、お前らが俺たちを止められるって言うんなら、やってみろよ」
「…くッ…やってやるさ!」
ボクは心底キレた。
こんな所で負ける様なヤツが、医者なんてなれる訳ない、ボクはそう確信した。

そして
「ねんりきッ!」
ボクはいつも使っている、お得意のエスパー技で、ポケモン達の入ってる縄を断ち切ろうとした…が
「グラエナッ!」
「ガルウゥウゥウッ!」
男の背後から現れたグラエナは、ボクのエスパー技を何事もなかったかの様に、無効化にしてしまった。
…くッ…あくタイプか、それなら
「シグナルビームッ!」
シグナルビームはむしタイプの技…これなら
「ゴルバットッ!」
「ギシャアァアァアッ!」
今度はゲンのモンスターボールからゴルバットが現れ、ボクのシグナルビームを羽で打ち消した。
「う…」
ボクは思わず息を呑む。
ゴルバットはどく・ひこうタイプだから、エスパー技で攻めれば効果は抜群なんだろうけど、グラエナが…
…仕方ない。ここは相性じゃなく、戦法で…

「…アグノムさんッ!」
ソーナンスの声で、ボクは振り返った。
「アグノムさん。ボクも戦いますッ!」
「ソーナンス!」
「お願いですッ!」
ソーナンスは力一杯の声で、そういった。
そして、その目には、涙が溢れていた。
「ソー…ナンス」

その時、ボクは気がついた。
ソーナンスの、じっと男の方を見る、あのまなざし。
そう、そのまなざしを見た時に、やっとボクは確信した。
きっと、あのハンターの男こそが、ソーナンスのいうご主人様だったのだろうと、
そしてソーナンスは、耐えられなかったのだろう。
自分の主人が、まさかこんな事をするなんて…。
そしてまさか、自分の事を全く覚えていなかっただなんて。
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リサ ★2011.09/06(火)23:00
「…分かった。それじゃソーナンス、よく聞いて」
そういうと、ボクはソーナンスの真横へ行き、小声でソーナンスに作戦内容を伝える。
「…分かりました」
ソーナンスは小声でそういうと、サッと後ろに下がった。
アグノムとソーナンスの隙を狙おうと、ゴルバットとグラエナは攻撃に出ようとしたが、何故か体がビクとも動かない。
ソーナンスの特性、かげふみの力である。
「リフレクターッ!」
つづいてボクはそう叫ぶと、両手を前に出して、神経を集中させ、一つの透明の壁を作り出す。
さすがにこの二重結界はしぶとく、とうとうハンターの男は特殊技に頼った。
「グラエナ、シャドーボール!ゴルバット、エアカッターッ!」
グラエナのシャドーボールと、ゴルバットのエアカッターが、アグノム達に向かってくる。
あれに当たったらひとたまりもない。

そしてその時
「ソーナンスッ!」
ボクの背後に居たソーナンスが飛び出してきた
「ミラーコートッ!」
薄い緑色の光に包まれたソーナンスは、シャドーボールとエアカッターをそっくりそのまま跳ね返し、グラエナとゴルバットに大ダメージを与えた。
そしれその隙に…
「スピードスターッ!」
ボクの放ったスピードスターが、ポケモン達の入った縄を断ち切った。
「く…ッ!」
男は逃げていくポケモン達をみながら舌打ちすると、再びアグノム達の方を向き、不敵に笑う。

「…しかし残念だったな、青いの。実は、俺たちの本当の狙いはポケモンを捕まえる事じゃない」
「え…?」
「俺たちの本当の狙いは、この石だ」
男はそういうと、懐から綺麗に輝く、ソーナンスが持っていたあの石を取り出した。
「その石、いつのまに…」
「お前達と戦っている間に、別のゴルバットが、こっそりお前達の所から奪ってきたのさ。これさえあれば、もうここには用無しだ」
「…だめ…」
「ソーナンス?」
「駄目…駄目ですッ!」
ソーナンスはそう叫ぶと、ありったけの力で、男に向かって体当たりをした。
「ぐあッ!」
男は体当たりの衝撃に飛ばされて、思わず石を手放す。

そしてボクは、その石を空中でサッと取った。
「アグノムさん!その石を持って、早く逃げてくださいッ!」
「ソ、ソーナンス?」
「その石は…けっして悪用されてはならないものなんですッ!」
「き、きさまぁ…」
男はソーナンスをギッと睨む。
「ゴルバット、エアカッターッ!」
そして、大群のゴルバット達のエアカッターが、ソーナンスを襲った。
「ソーナンスッ!」
「逃げて…早くッ!」
ソーナンスが叫ぶ。
分かってる…分かってるけど、このままじゃ…
ソーナンスは、さっきのミラーコートで受けたダメージも残っていて、このままじゃ…
しかも、こんな状態でこのままソーナンスを置いていくなんて…
そんなこと…そんなことできない!

そう思った時

「そこまでよッ!」
男の背後から、女性の声が聞こえてきた。
男はサッと後ろを振り向くと、そこには青い髪をした、警官の女性が居る。
「け、警察だと…バカなッ!この場所は、警察にはけっして見つからないよう、外で見張りが…」
「フッフッフー。残念でしたね〜ハンターさん」
と、そこにいたのは…
「ゆ、ユクシー!?」
「はろはろ〜♪」
ユクシーがこっちに向かって手を振っていた。
「なななっ、なんでこんなところに…しかも一緒にいちゃいけない人間と一緒に…」
「もっちろん、アグノムの援護ですよぉ〜♪。実を言うと、さっき近くを通った時、なんかやけに騒がしいなーって思ってたから、除いてみたら、アグノムが戦ってるんだもん。びっくりですよぉ〜」
「…ま、まあね」
ボクは内心ホッとしたけど、やっぱりユクシーが来てたってのは、正直びっくりだった。

その後、傷だらけのソーナンスはポケモンセンターに運ばれ、ユクシーは警官さんとジョーイさんの、ボク達に会ったっていう記憶を、全てサッパリ消してくれた。
ハンターの男は、その後も抵抗を続けたけど、警察の方々が頑張ってくれたおかげで、なんとか無事に逮捕されたらしい。

そして、その後もボクは、毎日の用にソーナンスの眠る病室へと見舞いに行った。
ソーナンスはしばらく何日も意識を失ってたけど、傷の方はだんだん癒えてきて、やがて目を覚まし始めた頃、
「ソーナンス、もうケガとか大丈夫?」
ボクは、ソーナンスのお見舞いに来ていた。
だけど、ソーナンスは無言のまま、コクンと頷くだけだった。
「…ソーナンス?」
何か、ソーナンスの様子がおかしかった。
いつもなら「はい、大丈夫ですっ!」って、笑顔で答えるのに。
「…あの、ごめんなさい」
いきなり、ソーナンスはボクに謝罪した。
「え?あ、いや…別に大丈夫だよ?」
「いや、そういうことじゃなくて」
そういうと、ソーナンスは今まで以上に険しい顔をした。
「…ソーナンス?」
「えっと…ごめんなさい。ボク、貴方の事…知らない…から」

「…え?」
ボクは思わず問い返した。
「さっき、ジューサーさんって人から言われたんだけど、ボクって記憶喪失しちゃった…らしいんです。だから、貴方の事も分からないんです」
ソーナンスの言葉を聞いた瞬間、ボクは急に気が凍った。
やっぱり…あの時の攻撃が効いてて…
ボクは、目の前が真っ白になった。
せっかく、何もかも終わったと思ったのに。それなのに。
「…ごめん。やっぱ、人違いだったみたい。だから、さっきのは…その…気にしなくて良いよ」
ボクは、わざとそういうと、ニコっと笑い、そのまま窓から出て行った。
どうして、どうしてボクは、あの時ソーナンスを助けられなかったんだ…

あれから数日が経った。
ボクは、湖のほとりで、ユクシーと一緒に月を眺めていた。
あれからというもの、ボクはソーナンスのお見舞いには行かなくなった。
ちなみに、ソーナンスにはまた、新しいトレーナーが見つかったらしく、今はそのトレーナーと一緒に、仲良く旅を続けているらしい。
今日の朝、ジョーイさんと警官の話を盗み聞きして、それで知った。
「きっと大丈夫ですよ〜アグノム」
ユクシーはそういった、ボクの背中をポンポンと叩く。
ボクは、手の中にあった、あの石を見ていた。
結局、この石がなんなのかは、未だに分かっていない。
そして何故か、ユクシーに聞く気にもなれなかった。

「ナノ〜ナノ〜」
そして、背後からふとソーナノの声が聞こえてきたので、ボク達は振り向いた。
そう、あの石の側にあったっていう、謎の青いタマゴから生まれてきたコだった。
「ナノナノ〜」
そしてそのコは、ボクの石に向かってピョンピョン飛び跳ねてくる。
そして、石にピタっと手を乗せた、その時。
ヒュゥウゥウゥ…
石が輝いた。どうやら、ソーナノに反応しているらしい。
そして石は、光ったまま粉々にくだけちり、その破片の一つ一つが、ゆっくちと変形していく。

「ソーナノ〜♪」
ボクは、思わず自分の目を疑った。
そう、なんと変化した石の破片は、ソーナノの形になり、そしてソーナノとして生まれ変わったのである。
石から生まれたソーナノ達は、仲間が出来た喜びで、舞い上がっている。
「あ、あれは一体…」
「ああ、あれは誕生の石ですよ♪」
「た、誕生の石?」
「そうです。そばに居るポケモンに反応して、そのポケモンを増殖させる石なんです。恐らくハンター達は、この石を使ってたくさんの珍しいポケモン達を増殖させようと考えていたんでしょうね」
「そ、そんな凄い石だったなんて…」
「ソ〜ナノ♪」

こうして、誕生の石は消え、リッシコにはソーナノ達が暮らす様になった。
あれから数ヶ月の時が流れ、ソーナノ達は皆ソーナンスへと進化していった。
そう…それからだった。人々がリッシコで、野生のソーナンスを見かける様になったのは…
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リサ ★2012.06/01(金)05:44
>第三話「感謝のこもったプレゼント......?〜黄の精霊の戯言〜」

みなさん、こんにちは〜!私、ユクシーといいますっ
知識の神で、エイチコっていう、水も凍るくらい、さむーいさむーい北の湖に住んでいる、いわば湖の守り神というヤツですね。
ちなみに、周りの人からはよく天然とか、ボケとかって言われてます......が
わ、私は別に気にしてないのですよ?いや、本当にっ!

守り神としての義務って事もあり、私はこの寒い土地でずっとずっと何十万年も暮らしています。
特技はエスパー技で、防御したり逃げたり。
ちなみに、攻撃は苦手なんですよねっ。
だって、戦う暇なんてあったら、メロンパン食べながら寝てる方がずっと幸せですもん。

それと、私にはとっても便利な特殊能力があります。
記憶消除と、幻想映しってのですね。

ちなみに、前者の記憶何ちゃらってのは、簡単に言うと、相手の目を見て、誘惑して、記憶をパーンと消す能力の事。
これで、相手の持ってるどんな記憶だろう、ポーンとブラックホールの中に放り込む事が出来るのです。

ね、凄いでしょ?凄いですよね?

で、後者の幻想何ちゃらは、相手に幻を見せたり、実際にその幻を実現させたりする能力の事です。
両方ともかなりレアで、実用性たっぷりな能力なんですよ!

ちなみに私の他にも、二匹湖の守り神が居ます。
アグノムとエムリットっていうんですが、毎日毎日ホントにバタバタ忙しいみたいなんですね〜。
この二匹とはうって違い、いつものんびり昼寝して過ごす私、ユクシーですが、今日はとある計画を実行させるため、久々に大奮闘しちゃってるんですっ!
その計画っていうのはズバリ

「あの二人にお礼をしたいよ計画!」
です。
ちなみに、私の辞書には、ネーミングセンスなんてものないですからね〜
そこはあんまり気にしないでくださ〜い

ちなみに、その二人っていうのは、私やエムリット達の命を救ってくれた恩人さんで、とっても優しくて頑張りやなトレーナーさん達なのです
名前は確か、私の記憶によると、コウキ君とジュン君だったかな?
マフラーがキリッ!っと決まってる、中々イケた方々なのです。
全くぅ......最近の若い者はっ

まあ、それはいーとして。
今日はその二人にお礼をするために、何かおいしいものを送る事にしました。
おいしいものといったらメロンパンの他あるわけが…と思ったけど、メロンパンは二人に送る前に、私が先に食べちゃいそうなので、却下。
となると、やっぱホットケーキかなぁ〜。
最近の若者に大人気な、定番スイーツですよね。

というわけで、今は集めた材料を、幻想で作り上げたボールの中で、混ぜまぜしています。
小麦粉を、同じく幻想で造った秤(っぽいもの)で、ちゃんと計量通りに計ります♪
それにしても、小麦粉って本当に軽いんですねー。
一パックで0.5グラムしかないなんて…全然そんな感じはしないけどっ

ま、いっか。
とりあえず、後はスイーツ作りで定番の砂糖と牛乳を入れて、グルグルかき混ぜます。
う、うーん…でも、なんか想像してたよりも意外と大きいですね、ホットケーキって。
(私が前に喫茶店でつまみ食いしてきたヤツは、そんなに大きく無かったと思うんですけどねぇ…)
ちなみに失敗してるとか、そういう展開は考えないでおこう。

…まあいっか。
とりあえず、でっかいフライパンの幻想をっ!

…なんか凄いのでてきましたね。地が割れそう…

でも、私のこんな小さな手じゃ、こんなメタボいホットケーキ、ひっくり返せないですよー。
うーん、困ったです。
…あ!そうだ!
「出よ、ビックバン・ユクシーっ!」

…よし!これで完璧なのですよっ!
ボクが小さいなら、でっかいボクの幻想を造ればいいだけの話ですもんね。

…にしてもでかいですねっ…
なんか…メタボな自分を見てると、ちょっぴり複雑な気分になるですよ…

ま、なにはともあれ!後は焼き上がるまで待つだけですねっ!
明日が楽しみです〜

――――――――――――――――――――――――――――――――

こうして、ユクシー計画は幕を閉じ、翌日の朝には、コウキ家の前に、巨大で何気にしょっぱい謎の物体が発見され、フタバタウンの間でしばらく話題になったんだと。

めでたし...めでたし。


〜3話 エピローグ〜
そしてその日の夜、ユクシーはキッサキの海岸で、静かに揺れる波を見ながら、口笛を吹いていた。
「やれやれ、今日も大変な一日だったのですよ。こうやってコソコソする生活なんぞ、まっぴらごめんなのです」
ユクシーはそういいながら、幻想で作ったメロンパンをむしゃくしゃ食べまくる。
「全く、この広い海ヤローを見てると、昔会ったあのお方を思い出すのですよ〜。あんまり思い出したく無いけど」
最後はちょっと早口気味に、ユクシーはぼっそりと呟いた。
あれから一体何年が経ったんだろう。昔と、性格も生き方随分変わったなーと、ユクシーはぼっそり思った。
今は平和にのんびりと暮らしてはいるけれど、昔は私もやんちゃをしていたんだっけ。
ユクシーは心の中で思い出す。
そう、あの人会うまでは…

「あー、もう!暗い話やめやめっ。私は別に、いまのままでもいいんですからっ!」
ユクシーは心の中に少し虚しさを感じつつも、立ち上がる。
そう、今のままでいい。昔みたいな過ちを、また繰り返したりさえしなければ。

「ん?」
しかしそんな時、ユクシーはふと一人の少女がキンセツシティから抜け出していくのを目撃した。
その少女は、白い神官服をみにまとった少女の様だった。
こんな暗い中、一体どこへいくんだろ?
ユクシーは疑問に思ったが、特に考えないことにした。

「さーてと、明日は久しぶりにシンジコへ行きますか!たまにはウンチクでも吐き出さないと、モヤモヤしちゃいますし」
ユクシーはそういうと、残りのメロンパンを口に放り込み、フワっとあくびをし、そっと湖へと戻っていった。

やがてその少女が、ユクシー達の未来に、強い影響を及ぼす事も知らずに。
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リサ ★2012.06/01(金)05:45
>第四話 プロローグ

そこは、漆黒に覆われた森だった。
一人の少女が、荒い息づかいで、真夜中の森を駆け抜ける。
風に揺れて、木々が不穏を装いながらざわめき、濡れた地を駆けつづけたせいで、少女の白いブーツにはぬるぬるとした泥がいくつもまとわりついていた。
休む事なく走り続けていたため、目は幾分慣れてきてはいたものの、それでも石につまづき、木にぶつかり、体中に痛みを感じながらも、少女は濡れた一本の道をただ、駆け続ける。

背後には追っ手が迫っていた。

満たされた月光の上を、小さな影が素早く交差する。
荒々しく揺れる木の影に潜み、そっと様子を伺っているのは、無数のポケモン達だった。
気配を感じさせる様な物音は一切無。
しかし少女には、まだ近くに追っ手が潜んでいるという事をよく理解していた。

「きゃっ!」
少女の目の前に、大木が襲いかかるかの様な勢いで転倒する。
幹には、何本もの傷跡と、白銀の刃が深々とくいこんでいた。
行く手を塞がれた少女は、別の道を探そうといそいで辺りを見渡したが、その一瞬の隙を狙って一匹のポケモンがサっと目の前に現れ、つるのムチで少女の動きを封じ込める。
それは、木影に潜んでいた、一匹のモンジャラだった。
少女は必死に抵抗するものの、蔓が複雑にからみあっており、押し切れない。

そしてその隙を狙い、一匹のバタフリーが木影から飛び出し、羽から白銀の粉をまき散らす。
ねむりごなだった。
少女は手で口元を抑えようと、腕に力を込めたが、蔓は彼女の動きを完全に捕らえていた。
そして成す術も無く、白銀の粉を真正面から受けた少女は、抵抗を感じつつも、強い眠気へと引き寄せられる。
もう…駄目。
必然的に、彼女はそう思った。
そして絶望の中、少女はひたすら心の中で必死に奇跡を願った。
助けを呼んだ。

しかし、それで誰かが来てくれる訳でもなく、ただただ眠気だけが押し寄せる。
そしてついに耐えきれなくなった少女は、儚い願いと共に、深い眠りへと落ちていった。

>第四話「不穏〜湖の精の救出〜」

早朝、シンジコのほとりにて、アグノムはこれまでにない憂鬱感を感じていた。
理由は言うまでもない。
「え、エムリットのわからずや、なのですよぉっ!」
「だから、ウンチクはもう聞き飽きたのよっ!少しは会議に参加しなさい、全くもう!」
アグノムは思った。
一体何のために、今日ボク達、集まってきたんだっけ。
そう、ボク達の未来とか、人生とか、そういうのを話し合う為に来たはずじゃ
「ちょ、ちょっと…ボク達は今日、言い争いをするために集まってきたんじゃ…」
「「アグノムはちょっとだまってて!」」
…なかったっけ。
というかそれ以前に、ボク達ってこんなにもまとまりがなかったっけ?

これじゃ話し合いにならないな。
アグノムはそう直感し、地に描いた図形をせっせと消す作業に入った。

アグノム達が今日、会議を立てたのは、とても衝動的な意志、抵抗からだった。
神として行きていく為に、自由な生活を縛られることが、今まで当たり前になっていたのにも関わらず、皆同じタイミングで『今の自分たちの在り方』に対し、疑問を持つ様になった。
「「「本当にこのままでいいか?もちろん、良いわけがない」」」
こうして、三匹の意志が見事一致し、会議を開く事を決めたのである。

そして、今日こそはみんなで一つにまとまれると思っていた。
今はこんな状態になってしまっているが、さっきまでは良かった。恐ろしいくらいにまともな話をしていた。
しかし、途中でユクシーが飽き飽きしてきたのか、突然「どーでもいいウンチク話(全1890話)」を語り始め、疲れ気味だったエムリットの怒りに火をつけてしまった、というわけである。
アグノムは思わずため息をつく。

しかし、途中でエムリットがボクの感情に反応したのか、ゆっくりこちらへと近づいてくる。
いつもは感情的で活発なエムリットだが、根はとてもいい子で優しい。
ボクはその事をよく知っていた。
そしてもうしわけなさそうな顔をして、こう呟いた。
「…ごめん、アグノム。本当は、分かってるんだ、あたしたちやユクシーだって。でも、つい熱くなっちゃった。ホント、ごめんね」
「う、ううん。いいんだ!」
分かっているのに、なんかそういう風に、急に謝れると、無性に照れる。
しかしエムリットは、それでも表情を変えず、真面目に語り続ける。
「…本当はあたし達みんな、今のままの生き方に不満がある。
本当にこのままでいいんだろうか。あたし達は、何かとても大切なモノを手放そうとしているんじゃないか。
いままでの私達の『毎日』に、一体意味はあったのだろうか。
ある、あるはずなんだって思ってても、いつも心の奥で別の考えが横切り、不安になる。
ひょっとしたら、元々意味など無かったのかもしれないのだと。
そう感じて、必死に抵抗しようと、こうやって今日はみんなで集まってきた。
だから、みんなが今日ここに集まってきたのは、私達の今後を話し合うため。
でも、それでも今の私達には、どうしても乗り越えられない壁があるの。
それが何か、分かるわよね?そう、鉄則よ」
アグノムは思わず、息を飲む。
そう、まさしくエムリットの言う通りだった。
アグノム達は、大昔の戦争に生き残り、神として生まれてきたがために、常にアルセウスの監視下におかれていた。
何故かって?
理由は簡単。アグノム達がアルセウスの生み出した、神たる存在だから。

神は人間を含む、全ての強い力をコントロールできるだけの力がある。
そして、その力は、人間が持つにはあまりにも大きすぎるものだった。
万が一、地に住む人間が神の力を悪用したり、利用したりした場合、下手をすれば人類が滅亡するかもしれないのである。

だから、神々と人間達が触れ合う事は、代々より鉄則の掟とされ、その掟を破ったものには重い罰、あるいは最悪の場合、神から堕落されると言われていた。
堕落されたらどうなるか。それを知る者は居ない。
しかし、アルセウスから見放されるということ、先が見えないという恐怖から、掟を破ろうとするモノはまず居なかった。

このような理由もあってか、神が堕落するなんて、滅多にない事だった。
そもそも、人間の目につく様な派手な場所で暮らしているのは、神の中じゃアグノム達だけといってもいいくらいである。
何故、アグノム達が人間に近い場所で暮らしているのか、それはアグノム達が心の神として、人間達の一番近くにいるべきだと、アルセウスが思ったからである。
しかし、それがかえて災いになった。
アグノム達は無意識に、自分たちと一番近い存在の人間や他のポケモン達と、比べてしまっていたのである。

「あたし達神は元々、人間には触れちゃいけない存在だったのよ」
それはアグノムもよく分かっていた。
だけど、それでもアグノムはこの気持ちを抑える事が出来ない。
彼ら人間は、ボク達神とは違って、アルセウスの様な強大な力に頼らなくても、生きようとする。
何故?一体何故、人間はそんなに生きるため、必死になれる?
保証も安全も、確実に信じられる事なんてなにもない。人間界はきっとそんな場所なんだろう。
それなのに、人間は何を信じて生きている?一体、何を支えで、何を頼って、生きているんだ?

知りたい。アグノムはそう強く願った。
どうして、心の神なのに、分からないんだ。
意志の神なのに、なんで分からないんだ。
そんな事も分からないってのに、ボクは一体何のために、意志の神になったんだ。

知りたい。人間達を動かしているモノが、一体なんなのかを。

そして、そう強く願った時、その時だった。
アグノムは急に変な錯覚の様なモノを感じた。
「…!」
よくは分からない。が、額の宝石が過激反応している様に感じた。
急に原因不明の頭痛が起こり、耐えきれずその場で跪く。
急に顔色を変えるエムリットとユクシー、その必死に叫ぶ声すらも、今のアグノムに届いては居なかった。

『助けて…』

頭の中に響く、声

『お願い、助けて…』

誰かが呼んでいる。

気がついた時、アグノムは深い深い森の中に立っていた。
たくさんの木々が絡み合い、その中に一人の少女が横たわっている。
少女は長く綺麗な茶髪に、輝く様な翠色の瞳を持っている、この辺りじゃ見慣れない姿をしていた。
白い神官服の様なものを身にまとっており、靴は白のロングブーツ。
しかしそのいずれも、泥ですっかり汚れきっていた。

首には不思議な模様が刻み込まれた黄金のペンダントをぶらさげており、周囲にはおよそ数十のポケモン達が居る。
この場所に見覚えはないが、アグノムには何故か、そこがどこだか分かる様な気がした。

ふっと、気がついた時、アグノムは再びシンジコで跪いていた。
今のは、果たして幻覚、幻聴だったのか。まるでテレパシーの様にも感じた。
しかし何故だかアグノムはとても嫌な予感がし、気がついたら飛び出していた。

まっすぐ北に向かって。

飛んで、飛んで、何故自分がこんなにも焦っているのかも分からず。
ただ、体が何かの危機を感じている。何かに反応している。
そして真っ直ぐ北へと飛んでいるうちに、とある場所へとやってきた。

そこは迷いの森と名高い、「ハクタイの森」だった。

無数の木々を抜け、アグノムは奥へ奥へと進んでいく。
進むたびに、さっきの反応が強くなる。
あれは間違いなく「意志の反応」だと、アグノムは思った。

意志の反応というのは、意志の神であるアグノムが持つ能力で、遠くに居る仲間の意志の強さを感じ取る事が出来る。
ちなみに意志の内容ではなく、あくまで意志の強さに反応するだけの能力なので、あまり使い道が無く、アグノム自身がこの能力を使う事はほとんどなかった。
が、今回は違う。能力が勝手に動き出したのだ。
それも、『一人の見知らぬ少女』に対して。

その意志は強く、何を意味しているかは分からなかったが、あの状況からして、恐らく助けを呼んでいるのではないかと、アグノムは感じた。
だからスピードを上げつつ、アグノムは宝石の反応する方へと向かっていく。
そうしてだんだん木々の絡みが多くなってゆき、光がささない場所へとやってきた。
それでも、一筋の強い光が、差し込む場所があり、そこに向かって宝石が反応している。
それに微かだが、その場所から弦の弾かれる音が聞こえてくる。
アグノムはその場所へと向かった。

「うわぁ…」
アグノムは思わず、感嘆の声をあげる。
そこは花畑だった。
赤や黄色、ピンクや白。
様々な淡く小さな花が彩る、まるで一つの小さな楽園の様な場所だった。

そしてその中央に、一人の少年が居座っている。
少年の髪は、若干金に近い茶髪で、まるで吟遊詩人の様な変わった服を身にまとっていた。
肌は白く、全体的に整った顔立ちをしており、側には一匹のリーフィアが静かに寄り添っている。
あの弦の音はギターかハープかと思っていたが、少年の手に握られているそれは、以外にも三味線だった。
あまりにも変わった風景に、アグノムは無意識に少年へと近づく。
少年はアグノムに気がついた様だが、全く動じる事なく、弦を弾きながらアグノムに微笑んだ。

「やあ。お客さんが来るのは珍しいな」
少年はそういうと、自らアグノムの方へと近づいた。
「ボクは、グラスっていうんだ。君は…アグノム君、かな?」
「どうして、ボクの名前を…」
アグノムは思わず、後ずさる。
「ああ、心配しないで。ボクはただ、草花の達のささやきを聞いていただけなんだから」
そういい、グラスはふたたびにっこり微笑んだ。
まるで太陽の様に暖かい笑顔。そして、透き通る様に綺麗な声。
それは一瞬の事だったが、アグノムには彼が、とても普通とは思えないくらい特別な存在にみえた。
「君、これからに森の奥底に入るんだよね?でも、ボクが一つだけ忠告しておくよ。この先はとても危険だ。場合によっては一方通行になりかねない。それでも君は行くのかな…あの少女を助けに」
グラスはそう言い、アグノムに微笑みかける。
やっぱり、ボクの勘は間違っては居なかった。
アグノムは安心すると同時に、少年に疑問を抱く。
彼は何故、その事を知っているんだろう。
そして、急に目の前にいるのが、ただの人間ではない気がした。
しかし本人は全く気にする様子はなく、楽しそうに三味線を奏でながら、こう言った。
「でもボク、君の事気にいっちゃったな。ボクね、何故だか君が、とても新鮮にみえるんだ。なんていうか、ボクには到底考えられない様な、特別な力を持っている様な気がする」
グラスはそういうと、ニッコリ微笑む。
「きっと、ボクみたいな人が止めたところで、意味なんてないんだろうな。ん、そうだね、そうに決まってる。じゃ、足止めして悪かったよ。コアちゃんの救出、頑張って」
グラスはまるで独り言の様に、早口で呟く。
コアというのは、一体誰の事だろう。
しかし、それを問う前に、急に強い強風がアグノムを包み込む。
そして目を開けた時、グラスの姿は無かった。
「今のは…一体」
グラスが消え去った後、アグノムは自分でも気がつかないうちに、グラスのペースに流されていた事に気がつく。
そして、今の自分が、その事で悩んでいる暇はないのだということにも気がつき、慌てて宝石の反応する方向へと飛んでいく。

そしてその後ろ姿を、一人の少年が、木陰からひっそりと、微笑みながら見送った。

「…さて、コアと申したか。どうだね?今の気分は」
一匹のユキノオーが、コアと呼ばれた少女を見下しながら言う。
「…サイアクです」
「だろうな!」
ユキノオーはそう言い、ガハハと豪快に笑う。
そんなユキノオーを、コアはぐっと睨みつける。
「あのお方が到着すれば、貴様のペンダントは我々のモノ。悪足掻きも、ほとほどにしておくんだな」
「わ、私は…まだ諦めてませんっ!」
コアは叫ぶ。
が、その声も宙に虚しく響くだけで、彼女の心にはただ、絶望だけが残っていた。
ここで諦める訳にはいかない。ここで諦めたら、全てが終わる。
そんなこと、分かっていた。だからこそ、絶望した。
今の彼女には仲間も助かる手段も残っていない。
せっかく、ここまで来た。後もう少し、後もう少しなのに…
本当にここで終わってしまうの?そう思った時だった。

絡み合った木々が粉々に引き飛ばされ、光に照らされた一匹のポケモンが映る。
額と尾に輝く、紅の宝石。大きな黄色い瞳。
それは、今のコアには到底信じられないポケモンだった。
「だ、だれだ貴様はッ!?」
そのポケモンは、コアの心の声を引き寄せられたアグノムだった。
「その子を…離せッ!」
アグノムは叫び、ユキノオーに巨大なシャドーボールを叩き付ける。
以前、湖でハンター達と戦った時より、何倍も素早くなったシャドーボールに、ユキノオーは成す術なく突き飛ばされる。
「さ、早く!」
アグノムはその隙に、コアの手を取り、サイコキネシスで宙へと舞い上がる。
「に、逃がすかッ!」
ユキノオーの追っ手のクロバット達が、アグノムに向かい猛突進していく。
アグノムはサイコキネシスでコアを運びながらの攻撃が難しく、なるべく攻撃が当たらない様に集中して飛んだ、が
クロバットの放った、エアカッターが微かに摩り、アグノムは体勢を崩し、サイコキネシスが緩んだ。
そしてその衝動で、コアの首から黄金のペンダントが落下する。
「あっ!」
コアは思わずアグノムの手を離し、落ちていったペンダントと共に落下。
アグノムはコアに再びサイコキネシスをかけようとするが、クロバットの鋭いエアカッターが邪魔して中々集中できない。
「こっから先はいかせねえ!ユキノオーさん、いまのうちに!」
クロバット達の言う通り、ユキノオーは落下したペンダントを取りに走る。
しかし、完全に無防備だったユキノオーに、二つのシャドーボールが直撃した。
「ぐッ…!」

「全くアグノムったら、こういう戦いには、私も混ぜなさいっていってんのに」
「水臭いですよー」
そこには、アグノムを追ってやってきたエムリットとユクシーの姿があった。
「ユクシー…エムリット…!」
「大丈夫、あの子はあたしに任せてっ!サイコキネシスっ!」
エムリットは落下寸前だったコアを再び宙に浮かせ、そのままペンダントを手渡す。
「はい、大切なモノは手放しちゃ駄目よ?」
「あ、ありがとうございます…っ!」
コアは、泣きながらそのペンダントを大事そうに抱え込んだ。

そしてその時、エムリットは少女の元から、一つの白い光が見えるのを感じた。
それは、さっきまでは無かった、勇気の感情だった。

今なら…やれる。少女はそう思い、ペンダントを強く握りしめ、宙に翳す。
すると、今まで何事も無かったペンダントが、黄金の光を宿し、輝き始めた。
「ego cano et SACER cum vox lucet」
少女は、呪文の様なモノを唱え、光を拡大させてゆく。
光はアグノム達を暖かく包み込み、そしてペンダントはまるでそれに反応するかの様に煌めく。
「やっと、やっと会えた…」
少女のその言葉を最後に、黄金の光はコア、アグノム、エムリット、ユクシーと共に、ひっそりと姿を消した。

〜四話エピローグ〜

「な…っ!」
ユキノオーは、突然の事態に呆気を取られていた。
今まで全く反応していなかった黄金のペンダントがいきなり輝き初め、見ず知らずのポケモン達を飲み込み消滅してしまった。
そしてなにより、自分の任務を成し遂げられなかった事に絶望した。

「やーれやれ、失敗しちゃったんだぁ」

空から一人の少女が舞い降り、宙で回転しながら猫の様にスタっと地に着地する。
少女は金の短髪に、大きな黒い帽子を被っており、漆黒のマントを靡かせている。
その姿はまるで、無邪気な黒猫のようだった。
「ゆ、ユエ様…もうしわけございませんっ!」
ユキノオーはユエと呼ばれた少女の前に膝まづく。
しかしそんなユキノオー達とは対照的に、ユエは満足そうに小躍りしていた。
「べっつにいいよー?こっちも面白いモノ見せてもらえたし、ここであいつらがやられちゃ、ボクの楽しみがなくなっちゃうじゃないか」
「相変わらず、前向きなんですね」
ユエの背後から、一人の青年が現れる。
その青年は細く長身で、長い黒髪を後ろで縛っており、シルクハットに黒いマントを身につけており、表情は白銀の仮面に隠れていて見えない。
「ってそれ、まるでボクが負け犬になったみたいに聞こえるから、やめてくれない?ファントム。君のそういう所がボク、嫌いだなぁ」
ユエはそういうと、ファントムをキリっと睨む。
「たとえ、どんな理由であったにせよ、ペンタンドを盗めなかった以上は失敗という事になるんですよ、ユエさん」
しかし、そんなユエに一歩も怖じ気づく事なく、ファントムは平気な顔をして言い放つ。
ユエはつまらなそうにブーっと頬を膨らまし、再びフワっと宙に舞い上がる。
「ま、いいけどね。どのみち時期がズレるだけで、結果は変わらないよ。それに、今度はボクが直々に手を下してあげるから…楽しみになってなよ、コア」
ユエはそういうと、月の光に照らされながらそっと、不敵に笑った。
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リサ ★2012.06/01(金)05:45
>〜第五話 プロローグ〜

気がついたらそこは、シンジコのほとりだった。
アグノムの側にはエムリット、そしてユクシーがいた。
あれは夢じゃなかったのか。アグノムは今でも信じられなかった。
突然黄金の光に包まれて、それからの記憶はない。
ひょっとして、負けたのか?
アグノムの体はボロボロで動けない。
あの時は夢中になって気がつかなかったが、エアカッターでついた切り傷が今でもハッキリ残っている。
この状態で勝つなんて事、とてもじゃないが無理だ。
そして案の定、見渡す限り、さっき少女はどこにもいなかった。

>第五話「SACER〜白き精霊の秘宝〜」

しかし、落ち込んでいるアグノムを、エムリットが容赦なく平手打ちする。
「悪いけど、こんなところで休んでる場合じゃないわよ、アグノム。いーからさっさと立ちなさいっ!」
だからって、ケガ人にいきなり平手打ちなんて鬼だ。絶対鬼だ。
ひょっとして自分は、あのまま負けて、地獄にでも落ちてしまったのではないか?
アグノムはヒリヒリする頬をおさえながらそう思い、あちこち痛むのを我慢し起き上がる。
「全くもう、あんたね!丸一日眠ってたのよ!?ほんっと、無理しちゃって…」
「そ、そっか…ボクはまだ生きて…」
「…あんたね、他に言う事はないわけ?」
エムリットがアグノムをキリっと睨む。
…悪いが、今の彼女はどう見ても鬼だ。アグノムは心中呟く。
「いい?良く聞いて。ああいう戦いに参加するときは、必ずあたしも呼びなさいっ!あのままあんたが一匹で戦ってたら、一体どうなっていたことか…」
エムリットはそういい、俯く。
ユクシーはボクの耳元で、そっと呟いた。
「エムリット、アグノムの事、すっごく心配してたんですよぉ〜。今度からは、あんな事しちゃ駄目ですよ、ホント」
エムリットが、ボクの心配?
アグノムはそう聞いて、ちょっぴり申し訳ない気がしてきた。
そして謝ろうと思ったが
「えっと、エムリット…ごめ「そ、それはいいとしてっ!」」
あっさり、遮られた。
「この間あんたが助けようとした少女だけど、あの子はついさっきどっかへ出て行ったわ。これを残して」
エムリットはそういうと、一つのペンダントを差し出す。
「こ、これは…?」
「それを、これから話すのよ。でもその前に、ちょっと付いてきてほしい場所があるの」

エムリットがそう言い、連れ出してきたのはハクタイの森だった。
「どうしてまた、こんな場所に?」
「だーから、それを今から話すの!」
エムリットはそういい、アグノムとユクシーの手を引きながら、森の中へと入っていく。
「昨日、私達がここでユキノオー達と戦ったの、まだ覚えてるでしょ?その時助けた少女、あの子はなんと…いい、聞いて驚かないでよ?」
「い、いいから勿体ぶらないで、話してよ」
「んじゃ、単刀直入にいいます。あの子、実は堕落した神だったの」
「…へ?」
…確かに、勿体ぶるなとは言ったが
「嘘っ!?」
これが驚かずにはいられなかった。

説明しよう。
前回にも述べた通り、神はその強大すぎるパワー故に、人間に深く関わりすぎると堕落する。
しかし、にも関わらず、神から堕落した者はそう多くは無い。
何故なら、アルセウスから見放される事、堕落した先が見えない事に、彼らは強い恐怖を抱いていたからである。
しいていうなら、人間が死を恐れるのと同じ様なモノだ。

しかし、アグノム達が助けたコアという少女は、以外にも神だったのだ。
それも、堕落した後の。

「ということは、ボクの意志が反応したのも…」
「それはその子が、元々あたし達と同じ、神たる存在だったからよ。堕落した後でも、まだほんの微かに、神の面影が残っていたのね」
そういえば、ほんの数年前、アグノムは一匹の神が堕落したという噂を聞いていた。
まさか、それがその少女だったとは、思いもせずに。
「彼女の名前はコア。北の大地に暮らしていた、湖の精霊よ。数年前、悪しき事を企んでいた人間達に立ち向かったのが罪となり、堕落されたみたいね」
「そんなの…あんまりだ」
「確かに、あたしも変だと思うわ。でも、大事なのはそこじゃないの」
エムリットはそういうと、真剣な顔をし、こう呟いた。
「コアは、その人間と戦う時に、やつらの元から、一つの秘宝を盗み出していたのよ」
「秘宝?」
「そ、それがこのペンダント、SACERよ」
エムリットはそういい、さっきのペンダントをアグノムに手渡す。
アグノムは、はぁっとため息を付く。
あまりにも信じられない事が次々と連鎖し、頭がついていかない。

伝説の秘宝、SACER。
それは、今から気が遠くなるほどの大昔、人間がポケモンと共存していた世界に使用されたとされる、ポケモンを人間に変化させる事の出来るといわれている伝説の秘宝。
しかし、それはあくまで伝説上の話でしかない。

人間とポケモンが共存していた世界は存在したと、科学的に証明されたはいるが、SACERの存在に関しては長年疑問視されていた。
何故なら、SACERの存在を示す証拠が、これっぽっちも無いからである。
第一、ポケモンが人間に変化するなんぞ、あまりにもメルヘンチックで想像も出来ない、まるで空想の様な話だった。
更に証拠も残っていないとなれば、それがおとぎ話の様な扱いを受けるのは仕方が無い事だったのだろう。

しかし、SACERは実在していた。
それは、数万年の時を超えて生きてきたアグノム達が、きっぱりと断言できる。
確かに、証拠がないのは事実だった。
何故なら、大昔に生きていた彼らは、SACERの存在を知られぬ様、SACERを全て壊してしまったのだから。
そしてそれは、アグノム達がその時、その大きな瞳にしっかりと焼き付けた、正真正銘、本当に起きた出来事である。

が、そんなSACERが今目の前にある。
「ぼ、ボク…もう記憶が駄目になっちゃったのかな。ユクシー助けて…」
「あーもう!アグノムしっかりしなさい!これは本物のSACERよ。その証拠に、ほら」
エムリットはそういうと、SACERを空に掲げる。
すると、エムリットは白い光に包まれ、みるみると人間の姿へ変わっていった。
間違いない、正真正銘、本物のSACERだった。
「ね?ねっ?凄いでしょ?そしてこれは、あたし達がアルセウスの元から自立する、大きなチャンスなのよ。いい、よく聞いて。私達が人間の姿になれる。それはつまり、あたし達がこのシンオウから抜け出せるって意味なのよ」

そう、エムリットの言う通りだった。
このシンオウ地方には、ボク達が逃げ出さないよう、うすーく結界が張られている。
そう、アルセウスがボク達を、この土地から離れさせないように。
しかし、一つ例外がある。
もし、ボク達がなんの能力も持たない状態でシンオウ地方を抜け出した場合、結界は反応する事が出来ない。
SACERは人間の姿を取る事が出来るが、その代わり、ポケモンの能力や、ポケモンの時にもっていた特性なんかを使う事はできない。
つまり、人間の姿になったポケモン達が、技を使って大暴れしないよう、人間に変化した際、SACERに力を自動的に吸い取られてしまうのだ。
エムリットはつまり、それを利用しようということなのである。
「SACERを使い、能力をSACERに封印したままなら、あたし達はなんの問題も無く、結界を抜けられるのよ。人間の姿になれば、誰にも怪しまれる事がないから、船だって使えるわ。それに、まさかアルセウス様も、SACERがまだ実在しているなんて、思いもよらないしょうね」
「つ、つまりエムリット。ボク達はこのSACERを使って、シンオウ地方をこっそり抜け出すってこと?」
「そうよ。シンオウ地方を出れば、アルセウス様の目も届かないわ。それに、人間の姿になれれば、貴方の願いだって叶う」
エムリットはそういい、アグノムに微笑む。

そう、エムリットは気がついていたのだ。
アグノムが、人間達に密かな憧れを持っている事に。
そしてアグノムは、決心する。今しかチャンスが無いと、思っていたからだ。
「…分かった、抜け出そう、今すぐに」
「いや、今すぐは駄目なの」
エムリットはキッパリと言い放った。
「SACERの事ばっか話してたから、すっかり忘れてると思うけど、これはコアの物よ。コアはあたし達に、ある頼みを聞いてくれたら、これをあたし達に授けるといってくれた。だから今は、コアの頼みを聞きにいくのよ」
「この、ハクタイの森で?」
「そ。頼みの内容はね、この森で行方不明になったフワンテ達を救出すること」
フワンテの救出?
「…で、何でまたフワンテの救出なのさ?それも、こんな大事なSACERをかけてまで」
「それは、そのフワンテ達の中にも、SACERを持っているヤツが居るからなのよ」
アグノムは思わず息を飲む。

どうやらエムリットの話を聞く限り、そのSACERとやらは一つではなく、様々な場所に散らばっているそうだ。
そして、たくさんのポケモン達が、そのSACERを狙い、動き出しているらしい。
無理も無い、人間になれるのだから。
そして、その野生フワンテ達も、そのSACERを持っているらしい。
しかしコアの調べた情報によると、そのSACERはどうやらまだ使われては居ないようである。
「これはあくまであたしの推測だけど、恐らく彼らは、それがSACERだとは知らずに、そのまま持っていってるみたいね。そして昨夜遅くに、クロバット達…恐らく、アグノムを襲った奴らの仲間が、その野生のフワンテ達を襲撃し、たくさんのフワンテ達がこの場所に散らばってしまったの。そしてそのうちの一匹が、SACERを所持しているはずよ。そしてそれを、ユキノオー達に取られるよりも先に、あたし達が…」
「SACERを回収するってわけだね」
「そのとーりっ!」
エムリットはそういうと、SACERを使って、再び元の姿へと戻っていく。
「ハクタイの森の、丁度この辺りで、コアと合流する予定なんだけど…」
「あ、ひょっとしてあの人じゃないですか〜っ?」
ユクシーが、一人の少女を指す。まぎれも無く、アグノムが昨日助けた少女だった。
「あ、みなさん!」
コアが嬉しそうに、アグノム達の方へとやってくる。
「あ、アグノムさんも、ご無事で…本当に、何よりでした」
「コア、ごめん。こいつが寝過ぎたせいで遅れちゃって」
「う…」
悔しいけど、言い返せない。
「そ、それはそうと、早くフワンテ達見つけないとね!」
「そうですね。こうしている間にも、やつらがまたやってくるかもしれません。みなさん、頑張りましょう!」
コアはそういうと、アグノム達に向かって、ニッコリ微笑んだ。
「おーっ!」
そして、三匹+一人(正式には四匹)は、ニとニでグループ分けをし、それぞれ別々に探索することになった。
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リサ ★2012.06/01(金)05:48
>第五話・後半「三つのSACER〜湖の精と新たな敵〜」

二手に分かれて捜索してから、早くも数分が経ってるが、未だにフワンテの気配を感じないし、エムリットの方からテレパシーも届いてない。
ちなみにアグノムは、コアとペアだった。
そしてこれはアグノムにとって好都合だった。コアの事をもっとよく知る、大きなチャンスである。
「ね、ねえコア。エムリットから聞いたけど、君は確か…堕落したって」
アグノムは、こんな事聞くのは悪いと思ったが、どうしても知りたかった。
「はい。ウロボロスとの戦いに敗れてしまい、そのまま堕落してしまいました」
ウロボロス。
聞いた事がない名前だった。堕落したということは、人間の名前だろうか。
「ウロボロスというのは、SACERを付けねらう組織の名です。恐らく、今回のフワンテ襲撃の件にも、奴らが関わっているはずです」
コアはそういうと、注意深く、辺りを見渡す。
「この間のユキノオー達も、そのウロボロスって組織の連中なのかな?」
「断言はできませんが、グループで行動している様なので、恐らく間違いないと思われます」
コアの表情は、固かった。
そうか、そういう事だったのか。

彼女は人間と接したのみならず、ウロボロスとの戦いに敗れ、それを罪に堕落された。
しかし彼女は堕落された後も、こうしてSACERを探し続けている。
ということは
「ねえ、神から堕落されたら、一体どうなってしまうんだろう」
現にコアは、こうして自由の身だし、アルセウスの言う事など無視して生きていく事が出来る。
堕落されるということは、案外そんなに悪い事ではないのかもしれない。
アグノムはそう思った、しかしコアの表情は固いままだった。
「堕落というのは、とても恐ろしい事です。言葉では表現できませんが、誰も私の存在を認知してはくれないのですから。ひとりぼっちになった様な気持ちです」
コアはそういうと、初めてアグノムに向かい、ニッコリと微笑む。
「でも、それでも私はSACERを回収し、ウロボロスの野望を阻止しようと決めたんです。これは私が決めた私の問題、だから決して不幸ではありませんよ」
「そっか…」

コアは、ひょっとしたら、ボク達とは全く違う生き方をしてきたのかもしれない。
堕落するというのはつまり、人間にも、ポケモンにも神にもなれないという事だったのだろう。
どちらにもなれない、不完全な存在。
そんな状況に突き落とされてまでも、コアにはどうしても成し遂げたい事があったのだろう。

「そっか…でもちょっぴり、羨ましいかも」
アグノムにも、戦わなくてはいけないと思った時があった。
湖にハンターが迫った時、ポケモン達を助けた時。
あんな時みたいに、何も考えず、がむしゃらに生きていければと思った。
しかし、今のアグノムにとって、そんな気持ちは、ただの儚い夢でしかなかった。
「アグノムさんは…本当に、このシンオウ地方を抜け出すつもりなのですか?」
「そのつもりだよ」
「何故?」
コアが、急に真剣な顔をし、問いかけてくる。
「そ、それは、その…人間の生き方に、興味があるから、かな」
「…それだけでは、ない…はずです」
コアは呟く。
「アグノムさんは、何かに抵抗を感じている。何かを変えたい、そう思っているのではないでしょうか」
確かに、そうかもしれない。
しかし何故、コアはそう思うのだろう。

フゥウ…

しかし、アグノムがそれを問う前に、目の前を一匹の小さなフワンテが横切る。
「あ、フワンテだ!」
アグノムはフワンテを見つけ、すぐさま近づく。
フワンテは酷く怖がっており、まだ子供の様だった。
「ねえ君。どうしてそんなに怖がっているのかな?」
「…」
無言。ひたすら無言。
「…うーん、困ったなぁ」
「ボクに任せて」
アグノムはそういうと、フワンテの方を向き、微笑みながらこう言った。
「こんにちは、フワンテさん。ボクは、アグノムっていうんだ。君は、ここで一体何をしているのかな?」
「…」
フワンテは警戒した様にアグノムを睨んでいたが、やがてゆっくりと語り出す。
「ボク、お母さんと、お父さんをさがしてるの。さっき変な人間がやって来て、ボク達を攻撃したの。それで、みんな離ればなれになって…それで…」
フワンテは悲しそうな表情をする。
「…そっか。実は、ボク達もワケがあって、探し物をしているんだ。だから、ボク達と一緒に、君の仲間を探しにいこう?」
「いやっ!」
フワンテはそういうと、アグノムからサッと離れる。
「変な人達には近づくなって、お母さん達が言ってた…君たちも、どうせさっきの奴らみたいにボク達を強制し、利用しようとするんだっ!」
「ち、違うよ!ボク達は…」
しかし、アグノムの言葉は、大きな爆発音によって遮られる。

「やあ、君たちもやっぱ来たんだ」
突然目の前で爆破が起き、舞い上がる煙の中に居たのは、この間花畑で出会った少年、グラスだった。
「ぐ、グラス?」
「そうだよ。名前を覚えていてくれたなんて、光栄だな」
グラスは、突然の場壊しに気にする事もなく、ニッコリ微笑む。
そして、森の奥の方を指してこういった。
「それとさっきの子、ものすごいスピードで逃げていったけど、追わなくて平気?」
「あ…」
辺りを見渡したが、フワンテの姿はない。
どうやら、驚いて逃げてしまったようである。
「最近の子供って、本当に警戒心強いよね」
一体誰のせいだと思ってるんだろうと、アグノムは心中ボソリと呟く。
「でも、マズイなぁ。今ここはとっても危険なオーラが漂っている」
「なんで分かるんですか?」
「草花達が、嫌な噂話をしていたからだよ」
グラスはニッコリ微笑む。
そして空を見上げ、こう呟いた。
「雲行きが悪くなってきたね。恐らく奴らは、これを狙ってるんじゃないかな」
「奴ら?」
「そう。さっきの子、危険だと思うよ。ボクの勘だとね、この先をまっすぐ進めば、一人の天使に出会える。それも、真っ黒い天使にね」
「…」
アグノムは思わず黙り込む。
しかしそんな時、アグノムの脳内に、エムリットからのテレパシーが届いた。
『アグノム!聞こえてる?』
『どうしたの?エムリット』
『大変よ!この間の奴らがまた現れたの。森の中央部、この間私達が戦ったのと同じ場所よ!』
奴ら、ウロボロスか。アグノムはそう直感する。
『分かった、今行くよ!』
アグノムのその言葉で、プツリとテレパシーが切れた
「コア!森の中央でウロボロスが…」
「はい、どうやらその様です。SACERが強く反応しています」
コアの手元で、SACERが淡い光を放ちながら、ピクピクと振動している。
「急ぎましょう!アグノムさん」
「うん!」
コアとアグノムはそういい、中央部に向かって走り出す。
「中央部…か。これは面白くなりそうだね」
グラスはそういうと、そよ風に揺れ、サっと姿を消した。

その頃、森の中央部では
「もー!こんだけ探して、こんだけフワンテ集めたのに、まだSACERが見つからないなんて、おかしいなー。この子達もなんか弱いし」
金髪の少女は、エムリット達を見下しながら言い放つ。
目の前には一匹の傷だらけのフワンテ、そして不敵に笑う少女の姿。
そんな彼女を、エムリットとユクシーは、ただただ見ているしかなかった。
強い。強すぎる。
エムリット達は、この謎の少女一人を相手に、完敗してしまったのだ。
それも、圧倒的力の前で。
「しょーじき、SACERも見つからないし勝負も面白く無いから、ボクもう帰りたいんだけどー。それより、これだけ探してもSACERが見つからないなんて、あいつら一体どこにSACERを…」
「SACERは…渡さないっ!」
フワンテはそういうと、少女に向かって思いっきり体当たりする。
「全く、身の程知らずだよね。まだ子供なのにさ。ボクの言える事じゃないけど!」
少女はそういうと、フワンテの体当たりをサっと交わし、空中にフワっと舞い上がる。

しかしそこを、一つの巨大なシャドーボールがサっと横切る。
アグノムの放ったシャドーボールだった。
「その子から離れろっ!シャドーボール!」
アグノムは引き続きシャドーボールを放し続ける。
しかし、少女はそれを子猫の様なステップで、軽々と交わしていく。
「へ〜、誰かと思えば、この間ユキノオー達を蹴散らした青いポケモンじゃないか。君は他のやつらより少し楽しめそうだな」
少女はそういうと、人差し指を口元に置き、フフっと不敵に笑う。
「ボクの名前はユエ。ウロボロスの幹部にして、SACERの使い手だよ。よろしくねぇ」
ユエはそういうと、ポケットから一つのブレスレットを取り出す。
まぎれも無い、SACERだった。
「ウロボロスのユエ…」
コアはユエをギっと睨みつける。
しかし、ユエはコアの首にぶらさがったSACERを面白そうに眺め、そしてこう言った。
「君もSACERの持ち主ってことは、フワンテの持つSACERを追っているんだよね。でも悪いけど、ここにSACERは多分もう無い」
「え?」
「君達、気づいてなかったの?ボクや君達とは違う、他のSACERの持ち主が、この森に侵入していたことを。多分、そいつがSACERを持っていった」
「う、嘘つかないで!じゃあ何故、貴方はここに…」
「ボク、SACERを持って帰る様、上司に言われてたんだけどさー、今ボクさぁ、無性にバトルしたいんだよね〜。せっかく、今日はSACER見逃してやろうと思ったのにさ、骨のあるヤツが一人も居ないって、酷く無い?だから最後に、やつあたりで君達をボコらせてよ」
ユエは片足で地を蹴り、宙に舞い上がる。

「悪いけど、その件に関して、君たちに拒否権はないよっ!」
ユエはそういうと、風に乗って、宙を旋回し、SACERを両手で強く握りしめる。
「Seditio!」
ユエの叫びに反応するかのように、SACERは紅蓮の炎の様にメラメラと輝きを増す。
そして地に、大きな魔法陣が浮かび上がる。
そしてその中央に、フワンテの形をした紫の刻印が、刻み込まれる。
「これは、闇の印…っ!アグノムさん気をつけて!」
コアはそういい、SACERを掲げ、そして叫ぶ。
「Lux!」
コアのSACERが黄金の光につつまれ、コアとアグノムの周りに透明の結界を張る。

「こ、コア。一体どうなってるの?どうしてSACERが…」
SACERは、ポケモンと人間を同等の存在、つまりポケモンを人間の姿に『変えるだめだけ』の道具だったはず。
それなのに、一体何故暴走しているのだろうか。
「SACERは…...ポケモンをただ人間に変えるだけの道具ではありません。その使い手により、様々な力を引き出す事だって可能なのです。私のSACERは光の象徴、Lux。そしてユエのSACERは革命の象徴、Seditioです」
「えっと…」
正直、アグノムはさっぱり理解していなかった。
しかし、コアは話を続ける。
「ユエの持つアレは、革命の象徴。そして、その能力は、ポケモン達の服従。つまり彼女は、ポケモン達の意志に関わらず、SACERの力で自由自在に操る事ができる。それが、服従の呪い。そしてその力の源、つまりSACERの力の源が、あの魔法陣の中心に刻まれている刻印、闇の印です」
「力の源って事は、あの闇の印さえ消してしまえば」
「はい。放たれたSACERの力は消滅し、私達の勝ちです。逆に、私のSACERの刻印を消された場合、私のSACERは無効化になるので、相手の勝ちです」

なるほど。
つまりはこういう事である。
SACERは、ポケモンと人間の存在を平等にするために、ポケモンを人間の姿に変える事ができる。
しかしそれと同時に、代償として、ポケモンの力の一部を自動的にSACERの中でと『封印』してしまう。
そして、ユエやコアは、それを逆利用しているわけである。
コア達の持つSACERは恐らく、すでに何かのポケモンの力が封印されているものなのだろう。
光を司るポケモン、革命を司るポケモンなど、そういった古代に実在していたポケモン達の力が封印されたままのSACERは、力を引き出す事によって『戦闘用』にも使う事が出来るというわけだ。
いわば、人間がポケモンの力を使う事が出来る様なものである。

力を封印したり、引き出したり、こんな物騒なモノを作ろうなんて考えた古代の人間達は、本当にどうかしている。
しかし、今はそんな事言っている場合じゃない。
「コア。コアは、ここでLuxを守っていて。様はそれが奪われたら、ボク達の負けって事になるんだから、コアはあまり戦闘に参加しない方が良い」
「で、でも、それじゃアグノムさんが!」
「ボクなら心配しないで!大丈夫だよ。ボクが前に立って戦って、その後ろでコアが援護。この作戦でどう?」
「…分かりました。どうか、お気をつけて」
「うん!行ってくる。いけ、シャドーボールッ!」
アグノムはそう叫び、両手に巨大なシャドーボールを作り出し、それをユエの前方へと力いっぱいぶつける。
「やれやれ、作戦会議は終わりかい?それでその攻撃か、つまんないな」
ユエは交わす素振りを見せず、宙に浮かんだまま、フワっとあくびをする。
しかし、アグノムの放ったシャドーボールは、空中でいきなり姿を歪ませ、やがて強い風に吹かれ、砕けちってしまった。
フワンテ達の得意技、あやしいかぜ、である。
「ユエ…君、まさか…!」
「そう。そのコアってのが多分説明したと思うけど、ボクのSACERは革命の象徴。フワンテ達はもう、ボクの言いなりだよ」
「そんな…罪の無いポケモン達を、無理矢理服従させるなんて…っ!」
「…ひょっとしてさぁ、そんな綺麗事だけで、ボクに勝とうとか思ってたわけ?しかも堂々と前方に向かって攻撃とか、ふざけないでよね」
ユエはそういうと、サっと地を蹴り、疾風のごとく姿を消す。
そして気がついた時には、ユエはアグノムの背後に立っていた。
「Seditio!」
「くっ!リフレクターっ!」
アグノムはサッと宙に浮かび、リフレクターで防御しつつ体勢を整えようとするが、真横に二匹のフワンテが挟まってくる。
アグノムは咄嗟にアイアンテールで地を叩き、宙に向かって一直線に急上昇する。
「逃がさないからね!」
ユエはそう叫ぶと、地を思いっきり蹴り、まるでジェット機の様に空に弧を描く様に旋回する。
そしてユエの右足が、アグノムの体に食い込むかの様に直撃した。
「…っ!」
痛みで声が出ない。
そしてそのまま、一気に力がぬけたかの様に、一直線に落下する。
「アグノムさん!」
下で、コアが叫ぶ声が聞こえる。
「Lux!」
「させないよ!」
コアがSACERを掲げるのとほぼ同時に、ユエの左足がコアの手に握られていたLuxを力強く弾き飛ばす。
そしてそれを、近くに居たフワンテがさっとキャッチする。

「えー、もう手に入っちゃったじゃん!つまんないの、ボクまだ奥の手も出してないのに」
ユエはため息まじりにそう言った。
「は、速い…」
「当然さ。ボクは幹部だよー?それも、ウロボロス一の速さを持つ、ね」
「貴方は…それだけの力を持っているのに、どうしてウロボロスなんかに…」
「どうしてかって?アハハ、君たちには到底理解できないと思うけどね!」
ユエはそういうと、Seditioを掲げた。
コアの真横を、音速の様なスピードで、黒い二つのレーザーが横切る。
「力をもっているから、ウロボロスに入ったんだよ」
「だから、どうして!」
ヒュン
今度は、コアの頭上を、黒いレーダーが通り過ぎていく。
「それ以上聞くなッ!君たちなんか、君達なんかに、ボク達の気持ちなんて、理解できっこない!出来るわけ…ない」
そういう、ユエの表情は、どことなく、寂しそうだった。

「…ま、それはそうと、もうすぐフィナーレに入るよ、覚悟しておいてよね!」
ユエはそう言い、ニヤリと笑うと、空に向かって人差し指を立てる。
コアはその時、天候が悪化している事に気がつく。
そして、ここに来ると途中、グラスとかいう名の少年が言った事をふと思い出す。
『雲行きが悪くなってきたね。恐らく奴らは、これを狙ってるんじゃないかな』
「狙っている…まさかっ!」
「もう手遅れだよっ!」
ユエはそう叫ぶと、SACERを宙に掲げる。
そして突然、空中に無数のクロバット達が一斉にくろいまなざしを放ち、コアは縛られるかの様に、その場にピタりと立ち止まる。
そしてその隙に、フワンテ達が頭に電撃をまき散らしながら、力を蓄えていく。
「かみなりの力を利用して、一気に蹴りを付けるつもりだったんですね…」
「まーね。ま、それ使うまえに君たちやられちゃったから、本当は要らないんだけどー。せっかくボクが作戦とかいうやつ考えたのに、使わないと損した気分だし。それに、君たちをこのままにしておけば、また後で悪あがきされると面倒だしね」
ユエはそういい、ハハっと笑う。
しかし、このまま撃たれて終わるわけにはいかないと、コアは必死に体を動かそうとするが、身動きが出来ず、額にポツンと雨粒が滴る。
ユエは勝ち誇った様に不敵に笑い、コアに背を向け、SACERをポケットにしまおうとしたその時だった。

「このまま、終わらせてたまるか!」
ユエの目の前を、シャドーボールがサっと横切る。
ユエの側には、傷だらけになっても立ち上がろうとする、アグノムの姿があった。
「まだ戦うっていうの?往生際が悪い子なんて、嫌いだよ」
ユエは呆れた様にため息をつくと、右手の指をパチンとならす。
そしてその瞬間、アグノムは大量のフワンテ達に、一瞬にして囲まれてしまった。
「君たちに勝率はないよ。いいかげん…」
諦めて。ユエがそうそう言いかけた時だった。

ユエの表情が、瞬時にして凍り付く。
Seditioの出現させたSACERの刻印――闇の印のそばに、一匹のポケモンがいた。
そのポケモンは、ユエを見てニヤっと笑い、手元のSACERを刻印につける。
闇の印は、一瞬にして、砕け散った。
「そ、そんな馬鹿な…っ!ボクの魔法陣を通り抜けただけでなく、刻印を一撃で…」
ユエは驚いたような声で呟いたが、やがてフっと笑う。
「そうか…フワンテ達のSACERを奪ったのは君なんだ」
「そうだと、言ったら?」
「…へぇ、余裕じゃん…面白い。ま、今日の所はこれくらいにしてあげるよ。刻印なきゃSACERも使えないし、回復まで時間かかるもんね。でも、今度あったときは、タダじゃおかないよ!」
ユエは吐き捨てる様にそういうと、サっとその場から去っていってしまった。

「おい、大丈夫か?」
そのポケモンは、アグノムにそっと右手を差し伸べる。
首に巻いた、緑色のスカーフ。
赤い瞳、額に刻み込まれた青い宝石、長い二本の尾。
アグノムは思わず息を飲んだ。
そう、その姿はまるで、アグノム達に瓜二つというほど、そっくりだったのだ。
「ぼ、ボクは大丈夫。それよりコアは…」
「問題無い。力を果たして、気絶しているだけだ。時期に回復する」
謎のポケモンはそういい、フワンテ達の側に向かい、懐から一つの手鏡を取り出す。
「それが、君のSACER?」
「ああ、そうだ。Mirrorという。それより、さっきは危機一髪だったじゃねえか」
「そ、その…助けてくれてありがとう」
「礼なんて要らねえ。ただ、次は気をつけろと忠告しただけだ」
「あ、あの、君の名前は?」
今にもどこかへ行ってしまいそうなそのポケモンを押しとどめるかの様に、アグノムは問う。
「俺の名前はジウムだ。お前はなんと言う?」
「アグノム…です」
「ほう」
ジウムはそういうと、面白そうにアグノムの方を見る。
「そう…か、お前が意志の神、アグノムか。なるほど、面白い。悪いが、少しばかり時間を頂く」
ジウムはそういうと、SACERを宙に掲げ、アグノムとジウムの周りに薄い透明の結界を張る。
「意志の神アグノム。お前に一つ、聞きたい事がある。おっと、逃げようとか考えるなよ?悪いが、お前に拒否権はない」
ジウムはそういうと、真剣な顔をしてアグノムに向き合う。

三人目の使い手。ボク達を助けてくれた彼は、はたして敵なのか、それとも味方なのか?
アグノムは、結界の中に閉じ込められたまま、心にささやかな不安感を抱いていた。
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リサ ★2012.06/01(金)05:49
>第六話「ゴーストトラップ 〜緑の精と小さな奇跡〜」

『意志の神アグノム。お前に、聞きたい事がある。悪いが、お前に拒否権はない』
そう言われ、アグノムは気絶したエムリット、ユクシー、コアをシンジコへと連れ戻し、湖の中心に浮かぶ孤島の洞窟の中で、ジウムと共に彼らの目覚めを待つ事にした。
待っている間、ジウムの事が気になって仕方のないアグノムは、ジウムの様子を横目でちらちらと伺うが、特に悪意は感じられない。
むしろ、あくびをしたり、背伸びをしたりと、アグノム以上にかなり気楽そうである。

あれから、数十分ほど経っただろうか。
今夜は嵐になるなと。ジウムはふと呟いた。
洞窟で石を叩き、たき火をおこそうとするジウムを見て、ひょっとしたら彼は、今までボクの知らない、様々な場所を冒険してきたのではないだろうかと、アグノム少し羨ましく思えた。

ここで、彼の見た目にもう一度注目してみる。
彼の姿は、アグノム達と瓜二つとまでにそっくりだが、アグノムよりもツリ目なため、どちらかというとエムリットに似ている。
首に巻いた、緑色のボロボロなマフラー。黄緑色の頭部(アグノムの青くなっている部分と同じ場所を指す)。赤く燃えたぎる様な紅蓮の瞳。
そして、額と二本の尾に刻み込まれた小さな蒼い宝石。
両手には、手鏡の形をしたMirrorという名のSACER。
しばらく見つめていたら、象徴は模倣と、彼は自然に教えてくれた。

SACERには、本当に様々な種類がある。
ユエやジウムの持つモノの様に、人の行動を象徴するものもあれば、コアの持つモノの様に自然を象徴するものも存在する。
ジウムがさっき奪ってきた、かつてフワンテ達の持っていたSACERはMare。
海の象徴をするSACERだった。

「SACERってのは、手にすりゃ勝手に扱えるなんていう、便利な道具じゃない。使える様になるためには、そのSACERと心を通じ合う事が最低条件だ。様は、SACERに認められない限りは、宝の持ち腐れだな。身近に例えると、お前が今ここで俺のSACERを奪った所で、お前に俺のSACERを使う事は出来ない」
SACERとは、つまりはそういう事だと、彼は言った。

そしてそうこうしているうちに、エムリット達が目をさます。
エムリットやユクシーも、初め彼を見た時は驚いた様な表情をしていたが、やがて落ち着いたあとに、ジウムがゆっくりと語り出す。
「さて、いきなり質問というのも単刀直入すぎるし、俺にもとくにこれといって急ぎの用はない。だから、まずは質問があったら言ってみろ」
ジウムはそう言い
「じゃ、ボクから」
とりあえず、アグノムは手を挙げて見る。
「ジウムは、一体どうしてSACERを探しているの?」
「なるほど、そう来たか」
ジウムはそういい、苦笑する。
「俺がSACERを集めている理由、それは他でもない、ウロボロスを潰すためだ」
「ウロボロス…?」
コア、そしてフワンテを襲撃してきた集団である。
コアの言うには、SACERを狙って行動する謎の組織らしい。
「実の所、俺にも奴らの目的が何なのかサッパリ分からん。が、俺はどうしても奴らをつぶさなくちゃいけないんだ。そのためなら、どんな手でも尽くす。SACERを探していれば、自然に奴らに出くわすからな。それに、俺と相性のいいSACERを見つける事が出来れば、戦力にすることも出来、一石二鳥というわけだ」
それが、ジウムがSACERを探している理由…
アグノムはボソっと呟く。
何故、ジウムがウロボロスを恨んでいるのかを聞こうと思ったが、正直悪いと思ったので、黙っている事にした。

そして次に、コアが質問する。
「あの、これを聞いては悪い気がするのですが…貴方は、ポケモンなのですか?それとも、人間ですか?」
「ポケモンだ。もっとも人間の姿にも変化出来るが、それは仮の姿だからな」
「じゃ、次はあたし」
エムリットが、キッツい顔をして、ジウムを睨みつける。
そしてこう言い放った。
「あなた、一体何者なの?あたし達と姿そっくりだし、ただのポケモンじゃないわよね?」
エムリットの言葉を聞き、ジウムはフっと笑う。
「いつかそんな質問が来ると思っていた。本当は隠しておくつもりだったんだが、これを機に言わせてもらう」

「俺は、湖の精霊。もう一匹の感情の神にあたる存在だ」

ジウムの言葉に、一同はシンと静まり返る。
「も、もう一匹の…感情の神って…」
「ちょ、ちょっと!ふざけないでよ!」
エムリットは即座に立ち上がる。
「心の神は、普通に考えて3匹だけのはず。裏も表もないし、ましてや4匹目なんてありえないわ」
しかし、ジウムは平然としている。
「ま、普通に考えればそうだ。だが、俺は普通の存在じゃない」
「どういうことよ…っ!」
エムリットは怒りで震えていた。

アグノムは、内心驚いていたが、本当は冗談なんじゃないかとさえ思えてくる。
何故かといえば、心の神はアルセウスも言った通り、ボク達三匹だけで、それ以上は存在しない。
ましてや、同じ象徴を持つ神が二匹以上なんて、通常じゃありえない。
これってひょっとして、ジウム式ジョーク?なんて、ちょっと笑えてきたりもする。
「言葉で説明されても納得できないだろう。それは俺も承知の上だ。というわけで、お前達を納得させる証明といってはなんだが、アグノム、お前の感情を当ててやる」
いきなり名を呼ばれ、アグノムは思わずビクリとする。
ジウムは小さく呪文のようなモノを唱え、アグノムの体内から、様々な色の光が溢れ出す。
エムリットが感情を探る時に使う方法と、全く同じだった。
「お前の今の感情は疑い、たった今驚きに転じたな。ま、こんなもんだろう」
「ぐ、偶然よ…こんなの!」
「疑うなら勝手にしろ。信じるも疑うのもお前達の勝手だ。さて…質問はこれくらいでいいな?」
一同は、沈黙する。

「よし、じゃあ次は俺からだ。俺からお前達に聞きたい事がある。安心しろ、簡単な質問だ。ずばり、お前達がSACERを集めている理由を聞きたい」
「理由?」
「ああ、一応俺もお前達と同じ、SACERの使い手だ。いつか、俺はお前と戦わなくちゃ行けなくなるかもしれない。それを避ける為にも、目的くらいはきちんと知っておかないとと思ってな」

SACERを探している理由。
アグノム達はコアの手伝い。
というより、コアの手伝いをして、SACERの力を分けてもらうのが目的だ。
だが、そういえば今更、というのも今更なのだが
アグノム達は、コアがSACERを探している理由を知らない。
「私がSACERを探している理由。それは、SACERによって二度と、争いが生まれないようにするためです」
「また、古代の人間達の様に、SACERを全て破壊しようっていうのか?」
「そのつもりです」
コアの表情は真剣だった。
「今の私に、SACERを破壊するだけの力はありません。ですが、このままにしておいては、どんどん被害が拡大していくだけです。それだけは、何が何でも見過ごすわけにはいかない。だから、ウロボロスの手に渡る前に、SACER集めながら、破壊する方法を探しているのです」
「無謀だな」
「承知の上…です」
「が、そういう考え方は嫌いじゃない」
ジウムはそういうと、ハァっと息を吐く。
そしてこういった。

「ならば、俺から提案がある。俺たちと手を組み、一緒にSACERを集めないか?」
「え?」
「お前達と行動を共にしたほうが、ウロボロスと遭遇する可能性が高いからな。それにお前達にとっても、仲間は多い方が有利だろ?悪い提案じゃないと思うが、どうだ?」
アグノムは絶句した。
つまり、彼はアグノム達に協力を求めている。
確かに、ウロボロスはSACERを集めるために動き回っているわけだから、必然的にコアやジウム達の元に集まってくるという事になる。
それに、今回ユエを撃退したのも、ジウムが居たからこそ。
戦力不足なアグノム達にとっても、これはまたとないチャンスだ。
そう。コアにとっても、そしてアグノム達にとっても。
ジウムの提案を断る、理由などなかった。
コアはジウムの方へと歩み寄り、そしてそっと右手を差し出す。
そしてその手に、ジウムの両手がそっと重なり合った。
「交渉成立、だな」

「ではさっそくだが、今は緊急を要する状況だ。いそいで作戦を練るぜ。SACERの反応が、またハクタイの森に出現した。しかし、それと同時にミオシティの方にも、SACERの反応が確認できる。どちらも動いては居ないから、まだ誰にも発見されていない可能性が高い。ウロボロスは組織で活動しているから、恐らく戦力を分担し、両方のSACERを取りにいくだろう。それに今回の事件で、向こうも少し警戒しているようだ。ユエはまだ回復が終わっていないはずだから、ユエに続く、二人目の幹部が現れるに違いない。というわけで、俺から提案なんだが、俺達もミオシティとハクタイの森の二手に戦力を分割し、両方のSACERを同時に回収しようと思う」
「ふ、二手に分かれて!?」
ジウムの意外な提案に、アグノムは思わず声を上げる。
今日の戦いでもそうだが、今のままで幹部と戦えるのがやっとなのに、二手に戦力を分割してしまっては、到底勝ち目がない。
「その件に関しては問題ない。ハクタイの森へは、俺一匹で行く」
「えぇ!?そ、それこそ問題だよっ!ジウムは確かに強いけど、一匹はいくらなんでも…」
「心配はいらない。それに、こうみえて俺には仲間がいるんだよ」
ジウムはそういい、親指を立て、ニヤっと笑う。

こうして、作戦がまとまり、今夜はシンジコの洞窟の中で、全員一晩を過ごした。
次の日の朝、予定通り、アグノム達三匹とコアがミオシティへと向かい、ジウムは一匹でハクタイの森へと向かっていった。

一方その頃ジウムは、額の宝石を輝かせながら、誰かとテレパシーで通信していた。
『なーるほど。海のSACERを回収しただけでなく、アグノム達と共同戦線まで組んじゃうとは、さっすが兄貴ぃ!見直しちゃったよっ!』
「…っで、そういうお前の方はどうなんだ?ちゃんと捜索したのか?」
『そらもう完璧!ほとんどイリスに任せっきりだったけど…ボソ』
「…そうか。それはいいが、例のウロボロスの連中とは出くわしたのか?」
『まだだよ。でも、こっちもまだSACERを見つけられてないし、油断は出来ないね。…おっと、ただいま北側から新たに敵のSACERの気配を感知!どうやら奴らも、こっちに向かっているみたい』
「そうか、さすがにウロボロスは行動が早いな。よし、俺ももうすぐで目的地に到着する。ウロボロスが到着するまでには、まだ間に合うだろう。じゃ、打ち合わせ通りに玄関で待ち合わせって事で、いいな?」
『了解だよ、兄貴っ!』
「よし、じゃあすぐ行く。いいか、そこから一歩も動くな!」
ジウムはそう言い、飛行速度を上げながら、テレパシーの通信を遮断する。
そしてしばらく直進を続け、突き当たりを右曲がった所を、大きな屋敷――森の洋館が見えてくる。
ジウムは止まる事なく、突き進み、そして玄関の扉に体当たりする。
洋館の重く錆び付いた扉は、大きな音と煙を立てて、洋館の内側へと吹っ飛んでいった。
そして、そこには…

「兄貴いらっしゃーいっす!」
ジウムにそっくりだが頭部がオレンジ色のポケモンと
ジウムにそっくりだが頭部が紫色のポケモンが宙に浮かんでいた。
「…おい、一体なんだこの騒ぎは」
洋館の中はとても華やかで、花や宝石などで飾り付けされており、ゴーストポケモン達は手を取り輪になりながら踊っている。
「何って、ここ殺風景だから、ちょっと明るくしただけだよ?」
頭部がオレンジ色のポケモンはニコっと笑い、ジウムに向かってピースする。
「お、おいフリージア…お前、SACERを遊びに使うなと、あれほどな…第一、俺達はこれからウロボロスと戦うんかもしんないんだぞ、自覚あんのか?」
「無いよ」
「…即答か、まあいい。で、そっちはどうだイリス。ウロボロスの反応はどの辺まで来てる?」
ジウムがそう言うと、頭部が紫色のポケモン、イリスはため息まじりに言った。
「かなり近い、あと数分足らずで向こうも到着するだろう」
「なるほど、ウロボロスとの戦いは避けられない…か、面白い」
「ちなみに敵側のSACERは時間の象徴、Tempusだ。となると、相手はウロボロス幹部のファントム…ということになるんだろうな」
「そう、その通り、です」
突然、天井から青年の声が聞こえてくる。
「まさか、もう到着していたなんてな…いいかげん姿見せやがれ!」
ジウムがそう叫ぶと、影の中から一人の青年が姿を表す。
長身で漆黒のマントを身につけており、顔が仮面に隠れていて見えない。
まるでマジシャンの様な雰囲気を持つ。
「ようファントム。しばらくぶりじゃねーか」
「全く、長らく姿を見せないものだから、てっきりやられてしまわれたのではないかと思っていたのですが…本当に、つくづく懲りない方々ですね」
ファントムはそういうと、ジウム達を鼻で笑い、そしてポケットから一つの羅針盤を取り出す。
時間の象徴、Tempusだった。
「さっそく来るか…いいぜ、かかってこい!」
「Tempus!」
ファントムはそう叫ぶと、羅針盤から黒い影がいくつも飛び出す。
その影はジウム達を飲み込み、とけ込むかの様に空間を歪ませ、そしてそのままジウム達と共にひっそりと姿を消した。

ジウム達が気がついたそこは、ハクタイシティだった。
しかし、ただのハクタイシティじゃない。
それは、今から数年前。過去の、ハクタイシティだったのだ。
「今日の舞台は過去のハクタイか。ま、悪くねーな。フリージア、イリス、闇の印の反応は感じるか?」
「私のInnocentiaには感じないよ。イリスは?」
フリージアは、無邪気の象徴Innocentiaを掲げ、呟く。
「自分のFlammaも反応しない」
イリスは、炎の象徴Flammaを握りしめながら、呟く。
「俺のMirrorからも感じない。ここから、恐らく数キロは近くは離れた場所だろうな」
「ファントムがSACERを見つけてどっか言っちゃう前に、とっとと魔法陣見つけて、闇の印砕いて、この異空間から脱出しないとねっ!」

そう、ウロボロスのファントムが持つTempusは、時間の象徴。
時空間を歪ませ、過去の出来事にそった作られた異空間の中に、相手を閉じ込める技。
つまり、ここは過去のハクタイシティをモデルに作られた、Tempusの生み出す異空間というわけだ。
そのため、Tempusの生み出す印、つまり前のユエとの戦いの様に、魔法陣の中に封じられた刻印――通称、闇の印を砕けば、Tempusの暴走を止める事が出来る。
逆に言うと、それを砕かなければ、ファントムを倒すどころか、元の世界へ戻る事すら出来ない。
色々と、厄介なSACERだ。

「俺の予想だと、闇の印は森の洋館内にあるとおもうんだが、お前達はどう思う?」
「フリージアもそう思うな。ここから数キロ離れた場所で怪しいのっていうと、森の洋館くらいだもん」
「自分もそう思う」
「んじゃ、そういうことで、決まりだな」
ジウムはそういうと、透明の姿になり、森の洋館へと向かっていく。
そしてその後を、フリージアとイリスが続く。

そして数分後。彼らは、森の洋館のすぐ近くにまで来ていた。
「ここか。数年後とは全く雰囲気違うな」
不思議な事に、その洋館にはまだ人間が住んでいた。
どうやら、小さな黒髪少女一人、一人の中年男性と女性。
そして、一匹のロトムが一緒に暮らしている様だ。
一体、何がどうなって、数年後の様な荒れた場所になってしまったのだろうと、彼らは思ったが、あいにく今はそんな事に頭を使っている暇はない。
「何はともあれ、人が住んでいる以上は入りにくいな…どうする?」
「えっへへ…そんな事もあろうかと、こんなの用意してみたんだけど、どーかな?」
フリージアはそういうと、ジウムに人間用の黒いスーツを手渡す。
「今度はなんだフリージア」
「まあまあ、そう呆れた目で見ないでよー。ちゃんとした作戦なんだから」
「フリージアが作戦を考えるとは…珍しい事もあるもんだ」
ジウムは小声で呟く。
「これ使ってね、お手伝いさんのフリして潜入するの。ここ、たくさん執事さんやメイドさん居るから、きっとバレないよ!」
「…まぁ、覚悟はしてたさ。そのために、SACERを使うのは、どうも気が進まねえけどな」

そうフリージアの所持する、リボンの形をしたSACERは無邪気の象徴、Inoccentia。
花びらや、洋服など、様々のモノを出現したり、歩くぬいぐるみを生み出したり。
基本的に、フリージアの好みそうなモノだけ(食品、飲料は除く)を生み出す事の出来るためSACERのため、あまり戦闘向きではない。
なんというか、フリージアの玩具になるためだけにあるようなSACERである。

しかし、フリージアはそんなSACERを戦闘用に有効活用している。
というのも実は彼女、こう見えてかなりの好戦派で、格闘技なんてのも使えたりする、いわば近距離を得意とする戦士の様な存在なのである。
当然、彼女の好みも可愛いモノだけではなく、危険なモノにまで繋がってしまう。
たとえば、爆弾とか、巨大なダンバルとか。
まあ、つまりはそういうことである。

「まあまあ、細かい事は気にしないっ!それに、イリスも賛成してくれるでしょ?」
「ま、まあ…自分は別に構わないが」
「…く、仕方ねえな」

基本、イリスやジウムは、フリージアには滅法弱く、苦手意識を持っている。
一行のリーダー(というより指揮官)はなんだかんだ言ってジウムなのだが、フリージアにはいささか譲ってしまう事が多い。
というのも、ジウムとフリージアが仲間になる前の、あの恥ずかしすぎるにもほどのある敗北経験が原因だったりする。
そう、実は過去に一度、ジウムはフリージアと真っ向から戦いを挑んだ事があるのだが、なんとその時、フリージアにかんぷなきままこっぱみじんに、『返り討ちに』されてしまったのだった。
様はジウムの完敗である。
そのため、表向きの戦闘でも、ジウムよりもフリージアの方が活躍することも多い。
しかし何故か彼女は、ジウムを気に入ってしまい、兄貴と呼ぶまでに慕ってしまっている。
理由は今の所不明。

まあ、なにはともあれ。
こうして、フリージアの提案により、SACERで人間の姿に変化したジウム達は、変装しながら何とか館内に潜入する事に成功。
途中で何人もの使用人と出くわしたが、不思議と怪しまれる事は一度もなかった。
「で、イリス。闇の印の反応はあるか?」
「さっきよりはるかに反応が強くなっている。間違いない、この屋敷の中だろう」
「そうか」
どうやら、ここで間違いないようである。
しかしジウムには、気になる事があった。
さっきから、窓の外で、見知らぬ男が怪しい行動を取っているのだ。
「どうした、ジウム?」
「い、いや…何でも」
ジウムはそういい、再び歩き出そうとしたが、その時だった。
突然背後から小さな何かがドカっとぶつかってくる。
ジウムは思わず衝動で前に倒れそうになったが、さっと前足を踏みしばって、再び体勢を立て直した。

「ふぁあっ!ご、ごめんなさい…」
振り返ると、そこには小さな少女がいた。
黒い短髪に、赤いリボンを身につけていて、両手には小さなロトムを抱きしめている。
黒と白のレースがついたドレスに、白い手袋。
まさに、というか完全にフリージアの趣味を真っ向から突いていた格好だった。
「か、かわ…」
「ふ、フリージア!今は耐えろっ!」
ジウムは小声で囁く。
大方この少女、この屋敷のお嬢様かなんかだろうと、ジウムは予想した。
しかし少女は怪訝な表情でジウム達を見上げ、そしてこう言った。
「えっと…新しい方ですか?」
「そ、そーなんですよ!俺達新しいというか、まだ新人で、俺の妹もまだこの環境に慣れてないみたいなんです」
「い、妹って…」
何か言いたそうなフリージアを、横でイリスがさりげなく止める。
「俺はジウムです。よろしくおねがいします」
ジウムは焦ったあまり、おもわず右手を差し出す。
そんな様子を見て、少女はクスっと笑い出す。
「ハハ…面白い方ですね。父から聞いていると思いますが、私はこの屋敷の主の一人娘、アリサです」
「あ、アリサ様。これから、よろしくおねがいしますね」
「はいっ!」
アリサはそういい、ニコっと笑う。
「本当はもう少しお話ししていたいのですが、ごめんなさい…私、これから家庭教師が」
「そ、そうですか、大変ですね。無茶しちゃ駄目ですよ?」
「は、はい、頑張りますっ!」
アリサはそういうと、ジウム達に一礼し、そのまま走り去っていった。
そしてジウムの背後には、必死で笑いを堪えようとする、フリージアとイリスの姿があった。

「お前ら、なぁ…」
「だ、だってさ!兄貴ったら頑張りすぎてなんか面白いんだもんっ!さりげなく敬語使っちゃって、あーもーおもしろっ!」
「く…あ、遊びじゃないんだからな?」
「分かってる分かってる!」

結局、その後数時間休む事なく探し続けたが、闇の印は見つからない。
屋敷がとてつもなく広いので、まだ全ての部屋を探し終われていないのだ。
「で、どうする?ここで一晩明けるにも無理があるぜ?」
「そうだなぁ…とりあえず、屋根裏まで行ってみようか。人気なさそうだし」
フリージアの提案で、ジウム達は屋根裏まで上っていった。
案の定、そこは空室で、ジウム達は明かりを付け、床に腰を下ろした。
とりあえず、今日はここで一晩過ごそうとジウムはいい、イリスは気分転換に屋根の上へと上っていった。
「しかし、このままじゃ、時間切れだ。あの卑怯なTempusのせいで、ファントムとはまだ一度もマトモにやりあったことがねえし、一回くらいは叩きのめしたい。それに、今回ばかしは俺達だけの問題じゃなくなっているわけだし、きちっとSACERを捕獲しないと、アグノム達に怒られちまう」
「でも、まだ大丈夫。私とイリス二匹掛かりで一晩探しても、見つからないくらいだったもん。今回のSACERは、見つけるの相当難しいよ」
「そう、か…そうだといいんだがなぁ」
ジウムがハァっとため息をついた、その時だった。
屋根の上に上っていたはずのイリスが、あわてて屋根裏部屋へと降りてくる。
「おい、ちょっと来てくれ…」
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リサ ☆2012.02/12(日)05:22
イリスに案内され、屋根の上へと上っていったジウム達。
そしてそこには、今までずっと探していた闇の印が、小さな魔法陣に包まれて、その場に立ちすくんでいた。
「こんな所にあったのか…魔法陣は小さいが、耐久力は高そうだ。そう簡単には破れそうにないな」
ジウムはそういい、どうしたものかと考え始めた。
とりあえず、Mirrorを当ててみたが、すぐに弾き飛ばされてしまう。
出来る事ならば、フリージアのSACERに任せたいのだが、今は夜だし、なんせここは豪邸の屋根上。あまり騒ぎを大きくして見つかったら、それこそ厄介だ。
ジウムはしばらく考え込み、ふと庭の方に目をやる。
赤い光がともっている。一体なんだとよーく見てみると。
なんとそこには、昼間見た怪しい男の姿があった。
赤い光は、マッチについた炎。そして男の右手には何枚にも束ねられた、新聞の束。

「あ、あいつまさかっ!」
しかし、ジウムが叫んだ時にはもう、遅かった。
マッチの炎が新聞を赤く染め、男はその場から走り去っていく。
炎は、植物に次から次へとと点火してゆき、やがて庭全体を、赤い紅蓮の炎が覆い尽くす。
それは、大規模な火事だった。
「まま、まずいよ兄貴!早く魔法陣を切り抜けないと!フリージア達まで巻き沿いに…って、兄貴?」
しかし、ジウムにフリージアの声は聞こえていなかった。
慌てて外へ飛び出した一人の少女が、入り口の階段から足を滑らせ、そのまま前方へと倒れ込む。
そしてその周りを、炎に包まれた木々が、次々と転倒していく。
「あれは…アリサっ!」
ジウムはそう叫ぶと、あわててポケモンの姿に戻り、屋根から飛び降りる。
「ちょ、ちょっと兄貴!?」
「悪い!フリージアとイリスは先、その魔法陣をどうにかしてくれ!もし俺が帰ってくるまでに間に合わなかったら、その時はお前とイリスだけで先に戻ってくれ」
「む、無茶苦茶だよ!第一、それじゃ兄貴が….!」
「大丈夫だ。俺は必ず戻る」
ジウムはそういうと、フリージアに向かって親指を立てると、アリサの方へと駆け寄っていく。
「…分かった。フリージア、兄貴信じるって誓ったから。いけ、Innocentia!」
フリージアはそう叫びながら、SACERを掲げ、巨大な槍を出現させる。
「フリージア、兄貴が帰ってくるまでには、絶対にこの魔法陣ぶっ飛ばすから!だから、アリサちゃんをお願い…兄貴。行くよイリス!」
「ああそうだな、いけ!Flamma!」

「あ、アリサ!アリサ、ケガはないか?」
ジウムの声を聞き、アリサはジウムの方へと右手を伸ばす。
「その声…ジウム…さん?一体何が…」
「悪い、今は状況を説明している暇はないんだ。急いでここから脱出するぞ」
そういい、ジウムは辺り一帯を見渡す。
一面の花畑。
ここから一番近く、かつ安全な場所は、森の洋館の敷地外――つまり門の外。
これはあくまで推測だが、森の洋館の入り口から屋敷の玄関前までは、およそ数十キロの道のり。
そしてその周りには無数の木々に囲まれていて、それらが転倒して道を塞いでいる。
安全なルートを探している時間はない。
今は一刻も早く、安全な場所へと、アリサを運ばなければいけないのだから。
「なるほど…これもファントムの作戦の内って訳か、上等だ…いいかアリサ、俺達は今から直進して門へと向かう。いいか、しっかり捕まってろよ?」
ジウムはそういうと、その小さな背中にアリサを乗せながら、全速力で木々の間を飛行する。
本当は、上空に避難出来ればいいのだが、あいにくジウムにそこまでの力はない。
今は、地面スレスレで飛んでいるのがやっとだった。
それに加え、障害物を交わしながら、スピードを出せなんて、とてもじゃないが無理な話だ。
SACERの力を借りてこそ、である。

「ち…Mirror!」
ジウムはSACERの力で炎をかきわけながら、飛行するが、それでも限界がある。
それにジウムとは違い、アリサは人間――それも、まだ子供だった。
しばらく息を止めていたが、途中で煙を吸い込み、苦しそうに咳き込んでいる。
「大丈夫だ。絶対に死なせはしない。だから、もう少しの辛抱だ…...」
そうはいったものの、門までの道のりはまだまだ遠い。
今で、大体半分くらいだろう。それまで、アリサの息保つ保証はない。
空に向かって飛ぼうと何度も考えたが、体が上がらない。
体は、地面に擦れたり、木に当たったりでボロボロ。
SACERも、おそろそろ限界だった。
「ジウムさん…もう、私の事なんて…いいから」
「バカいうなッ!お前をここで死なせたら、俺は一体どんな顔してあっちの世界に帰れば…良いん…だよ」
そういいながら、ジウムはだんだん頭がボーっとしてきた。
煙を吸いすぎたのだ。
「くっそ…ここで終わらせる、わけには…」
そういいながら、体中の力を振り絞る様に、飛び続ける。
ジウムは必死だった。
だけど、本当にもうここまでなんだろうか…
そう心に、かすかな不安がよぎった、その時だった。

一人の少年が、ジウム達の前に立ちはだかる。
茶色い短髪に、背には無駄に大きな三味線。
そして右手には、青色の砂時計。左手には、銀色の短剣を握っていた。
少年は炎の中にひっそりと立ちすくみ、そしてフっと笑い、右手の砂時計を掲げ、小さく「Aqua」と呟く。
その瞬間、辺りの炎は一瞬にして消し去られた。
そして、左手に握られた短剣を掲げ「Victoria」と呟き、道を塞ぐ木々を、一瞬の内にして吹き飛ばした。

ジウムは、その姿をただ、見ている事しかできなかった。
二つのSACERの力を持ったその少年は、その二つを見事自由自在に使いこなし、そしてこの火事を一瞬の内にして消し去ってしまったのだ。
「やあ、危なかったね」
少年はジウムに向かって、にっこり微笑む。
そしてその背後からは、屋敷の主や使用人達が、アリサを呼ぶ声が聞こえてくる。
「君、ホント勇敢なんだね。ボクも、そんな君の姿をみて、少しひやひやしちゃったよ。これは、何が何でも手伝わないと、って思っちゃってね」
少年はそういい、ハハっと笑う。
「お前は…一体」
「まあ、それよりさ。君たちの仲間も、準備出来たみたいだよ?」
少年はそういい、屋根の上を指差す。
魔法陣は解かれており、フリージアが驚いたような顔で、こちらを見ているのが分かる。
「早く行って、ファントムを倒すんでしょ?」
「ど、どうしてそのことを」
ジウムがそう言い、もう一度少年の方を振り返った時。
そこにはすでに、あの少年の姿は無かった。

その後、フリージアとイリスの必死の連携攻撃にて、闇の印を守る結界ともいえる魔法陣を解き、SACERの原動力である闇の印を打ち砕いて、無事に元の世界へと戻る事が出来た。
ちなみに、あれは過去の話ではなく、あくまで過去をモデルにした異世界での話。
ジウムはあの時必死だったため、気がつかなかったが

あそこで助けていようが、助けてなかろうが、結局未来が変わる事は無かった。

「最終的に、森の洋館はさびついたまま。ファントムも逃がしちまった。今日は、ほんっと良い事なしだな。まるで夢オチでしたで終わっちまった様な気分だぜ」
「…まあまあ、そう落ち込む事ないよ!それに、フリージアは十分満足してるもんねー」
「…つくづく、お前の趣味が分からん」
ジウムはそういい、ため息をつく。

異世界とはいえ、あれは過去を『モデルにした』異世界。
つまり、過去に一度起こった事を、そのまま『再現した』世界。
ということは、アリサも過去あんな風にして命を落としたのか。
それがショックで、主はこの屋敷を手放したのか。
もし、あれが過去ならば、アリサを『助ける』事が出来たのに。
ジウムの頭に、ふとそういった考えが横切る。
あそこが、本当に過去の世界なら、森の洋館も今よりずっと平和で、幸せな所に。
アリサも、死ぬ事はなかった。
「…くそ」
ジウムはそういい、俯く。
結局、何もできなかった。そう呟く。

しかし、その時だった。

森の洋館が、突然白い光に包まれていく。
そしてあっという間に、異世界で見た、あの屋敷――過去の森の洋館が、そっくりそのままその場にあらわれたのだ。
異世界で見た時と、全く変わらない花畑。
全く変わらない人々。
そして、ここに侵入する時に入ってきた庭には、一人の歳老いた男性と女性。
長い黒髪の少女と一匹のロトムが、一緒に紅茶を飲みながら、楽しそうに過ごしていた。

「こ、これは…一体、どういうことだよ?」
「これってもしかして、未来が変わった…ってことなの?うそ、あれは異世界での出来事のはずで、本当の過去じゃないはずだよ?」
「…そうか!これはMirrorの効果だ」
イリスはそう言い、ジウムにニッコリと微笑む。

そう、ジウムの持つSACER、Mirrorは、模倣の象徴。
そしてその効果は、コピーと反射。
つまり、ジウムの心や、周りを取り囲む環境など反射することのできるSACERで、ジウムの持つ感情や意志、その場の環境によって効果を変える事ができる。
そして今のは恐らく、ジウムの未来を変えたいという強い願いが、異世界と隣り合わせだった過去の世界に反射され、未来が変わったのだろう。

「ハハ…なんだよ…ったく、心配させやがって。ま、つまりは無駄足じゃなかったってこと、だよな」
ジウムはそういい、アリサの元へ向かう事なく、彼らから背を向け、再び歩き続ける。
しかし、振り返った彼の表情はとても、嬉しそうだった。

〜エピローグ〜

「ホント、SACERを上手く使い、未来まで変えちゃうなんて…わざわざ出向いてみれば、これまた面白いコも現れるもんだねぇ」
茶髪の少年は、森の洋館の屋根上で、二つのSACERを握りしめながら、鼻歌を歌う。
そして、その横に座っているリーフィアが、その少年にそっと語りかけた。
『何で、彼らを助けたんだい?』
「そうした方が良いって、草花達が噂していたからね。まあ、本当はたんなるきまぐれだったんだけど、結果的に彼らを喜ばせちゃったってとこかな」
『全く、相変わらずだなぁ、君は』
リーフィアはそういうと、クスクスっと笑う。
少年はリーフィアに笑われている事を気にする事も無く、肩にかついだ三味線を取り出し、最初の一弦をならし、そっと歌い出す。

今日も、風は穏やかに、森の中を駆け抜け、草花達のために毎日毎日、休む事なく歌を聞かせている。それが、楽しいワルツになることもあれば、悲しいレクイエムになることもある。

「そして、そういうのを感じているとね、未来なんて自然に分かってきちゃうんだ。それに自然ってのはね、無口だけど、本当はとっても正直で賢いんだよ」
少年はそういうと、立ち上がり、大きく手を広げ、風を感じる。
「次の舞台は、どうやらミオシティ。広大な海という大きな自然が見守る中、はたして彼らは、ウロボロスの強大な力を前に、無事SACERを手に入れる事が出来るのかな?ホント楽しみだね、バウム」
『相変わらず変に悪趣味だなぁ、グラスは』
リーフィアのバウムはそういうと、クスクスっと笑いながら、空を見上げた。
そして、そんなバウムの頭を撫でながら、グラスはニコリと微笑んだ。
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リサ ★2012.06/01(金)05:46
>第七話「ミオ・竜宮城へようこそ! 〜湖の精と幻想使い〜」

その頃、ミオシティへとSACERを取りにいっていたアグノム達の方はというと。
「ミオですよぅー!」
何故かテンションの高いユクシーに
「ウロボロスとの戦いにそなえなくちゃ….」
はしゃぎたいのを堪えて慎重なアグノムとコア。
そして
「…」
異様にテンションの低いエムリット。
まあ無理も無い。
自称二匹目の感情の神とかいうよく分からないヤツと、いきなり共同戦線を張ることになり
しかも、まさかよりによって、次の対戦の場がミオシティとは。
これも因縁なのだろうか、ミオという言葉を聞いただけで、エムリットは震えが立つ。
「うぅ…でも今はSACER探しに専念しないと。ゲンガーとか図書館とかなんて、今はどうでもいいの!そうこれもアルセウスからの自立のためよ!ファイト、エムリット!」
エムリットはそう、自分に言い聞かせた。

「で、それはいいんだけど、SACERの反応って、一体どの辺にあるの?単にミオシティ近くって言っても広いし、相手の出方を待つわけにもいかないし」
「そ、それ、なんですが…」
コアは戸惑った様子で、水面を眺める。
「水が…どうかしたの?」
「どうやら今回のSACERは、水中に潜んでいる様、なのです」
「そっか、それならボク達は水の中でも息出来るし、問題な…」
「ご、ごめんなさいっ!」
アグノムが言い終わるまでに、コアが突然謝り出す。
「ど、どうしたの?コア」
「じ、実は私…泳げないんですっ!」

「え…」
「い、一応…Luxの光で、私の周りに薄く結界を張り巡らせれば、水の中も息をする事が出来るのですが…な、なにせ、お、泳げないもので…うぅ」
「だだ、大丈夫だよコア!大丈夫だから、泣かないでっ」
これはとんだ盲点である。
コアがいなければ、SACERを操る事が出来ない。
SACERを操る事が出来ないという事は、SACERの反応が追う事が出来ないし、戦力も大幅にダウンする。
「あ、そうだ!ユクシーが幻想で、ボク達みんなが乗れる、どでかい潜水艦とか出してみたらどうかな?」
「ふ、不可能じゃないですけどー、一時間くらいしか保たないし、消えたらその時困ります」
「…確かに」
どうしたものか、アグノムが水の中を移動する手段を考えていた、その時だった。
『た、助けてくださいーっ!』
遠くから、ポケモンの声が聞こえてくる。
「どうしたんですか?アグノムさん」
コアはポケモンでも神でもない存在なので、ポケモンの言葉が理解できないらしい。
「いや、今遠くから助けてって…」
「あ、アグノム!あれを見てっ!」
エムリットが指を指した方向は港で、一匹のゼニガメが居た。
そしてその周りを、小さな子供達が囲む様にして立っている。
さっきの助けてという声はどうやら、ゼニガメの元から発されたものの様である。
「あのゼニガメ、ひょっとしたらいじめられてるんじゃない?」
まさにその通りだった。
そして気がついた時、アグノムは港の方へと向かっていた。

「ちょっと、君たち!」
「ん?なんだ?」
子供達が振り向くと、そこには一人の少年が居た。
ちなみにその少年の正体は、コアのSACERを借りて、一時的に人間の姿になっている、アグノムである。
「そのゼニガメ、とてもいやがってる…それなのに一体、どうしていじたりするの?」
「べ、別に、お前には関係ないだろっ!」
子供の一人が、アグノムに殴り掛かるが、アグノムは片手でそっと拳を押しとどめる。
「もう、駄目だよ?ほら、これあげるからさ」
アグノムはそういうと、丸い飴玉の様なものを取り出す――ちなみにこれは、ユクシーが幻想で生み出した物だが、ちゃんと食べられる。
「や、やめたらその飴玉、くれるのか?」
「やめたらね」
「ち…わかったよ」
子供達そういうと、アグノムの手から飴玉をかっさらい、そのままどこかへ走り去ってしまった。

『た、助けてくれてありがとう!お兄さん』
「いや、君の方こそ怪我とかない?」
『だ、大丈夫ですっ!』
ゼニガメはそういうと、再びヒョイっと立ち上がる。
『せめて、何かお礼がしたいのですが…なんせボク、野生のポケモンなもので、あまり良いものなんて持ってないんです。その代わり、なにか困った事があったら、なんでも言ってください!』
「いや、特に無いから…」
大丈夫。と、アグノムが言い終わる前に、背後からいきなりエムリットがやってきて、アグノムの耳を思いっきり引っ張る。
「あるでしょうがっ!勝手な事言わないっ!」
「は、はい…」

結局、エムリットの提案で、コアはゼニガメにのって、海中の中に入る事が出来た。
『いやあ、それにしても驚きました。お兄さん達がポケモンで、しかもSACERの持ち主だったとは』
「SACERの事、知ってるの?」
『はい。ボク達、海に住むポケモン達の間では有名なんですよ?なんでも人間になることが出来る秘宝とか何とか。でも、どうやら本当だったみたいですね』
「そっか、海の中じゃ情報流れるのが早いもんね」
海に住んでいるポケモン達は、海を通って様々な所へ行く事が出来るので、たくさんの情報を仕入れたり、交換したりするのを得意とする。
ちなみに、これは空を飛べるポケモン達にも共通すること。
だから、水タイプやひこうタイプの中にはモノ知りで、割と情報通なポケモンが多かったりする。
「にしても、何なんでしょうねぇ…この浦島太郎ムードは」
「うらしまたろう?何それ」
「遠い地方に伝わる伝説ですよ。一人の青年が、浜辺で亀を助けて、竜宮城に連れてってもらうっていう」
「ふーん」
竜宮城って何だろう、とアグノムは少し気になってはいたが、今はとりあえず、SACER探しに専念することにした。
「SACERの反応は、もうすぐです」
コアがそう言い、一同は突然沈黙する。
みな、集中しているのだろう。無理もない。

しかし、SACERの反応する方向へしばらく向かっていた先にあったのは、一つのどでかい城だった。
「りゅ、竜宮城!?」
それは、ユクシーがいつか本でみた、竜宮城そっくりだったのである。
「竜宮城…ま、まさか!本当に実在していたのですかっ!」
「で、ですが…SACERの反応は確かにここから…」
一同が驚いた様に竜宮城を見上げていると、中から一匹のポケモンが現れる。
美しく長い胴体をくねらせ、そっと、アグノム達の前の前に降り立つ。
それは、一匹のミロカロスだった。
「ようこそおいでくださいました。ミオ・竜宮城へようこそ!」

その後、ミロカロスの「ゼロ」と名乗るポケモンに、半ば強引に城の中へと案内される羽目となった。
「…ねぇ、ちょっと何よこの急展開。まさか、ここまで来て夢オチとかいうんじゃないでしょうね?」
「そ、それはボクの方が聞きたいんだけど…」
城へと案内されたアグノム達は、城に住んでると思われる水ポケモン達(主にシードラ達)に手厚く歓迎され、次から次へと並ぶ高級料理の数の多さに唖然とした。
どれも美味しく、ここらじゃ中々食べられないモノばかりである。
「完全に、竜宮城ムードなのですよ〜」
確かに、これだけ奇妙な場所ならSACERもありそうな気はしたが、水も入らない、この城はどこか現実離れしていて、少し怪しい気もした。
「何はともあれ、ここ普通じゃないわ。警戒しないとね」

その後、アグノム達は個室に案内される。
何故、ボク達にここまでこだわるのかとゼロに問いたところ、外からお客さんがくるの事自体、珍しいからだという。
ゼロが去っていった後、アグノム達はさっそく、作戦会議を始めた。
「とにもかくにも、ここにSACERがある事だけは確かみたいだね」
「ゼロは常に私達に気を使っているみたいだから、こそこそ探索するのは難しいし…」
「やっぱ、夜中にみんな寝静まった後、透明な姿で出るのが一番かな?」
「そうねぇ…でも、ここは海中で、昼も夜も分からないし、単純な話、ゼロをどうにかできればいいんだけど…って、ん?」
窓の外を見ていたエムリットは、突然何かに気がついた様に、声を上げる。

「どうしたの、エムリット?」
「…ねえ、ミオの海にはさ、たくさんのポケモン達が暮らしているって、前にユクシーが話してたわよね?」
「確かに話しましたけど、それがどうしたんですか〜?」
「ちょっと外見てみて」
エムリットはそう言い、アグノムとユクシーとコアが、窓の外を覗く。
そういえば、海の中を探索していた時も、何か変な感じがすると思ったら、今日に限って海のポケモン達が全く見当たらない。
「ミオの海には、たくさんのポケモンが住んでいるはず。なのに、今日に限って一匹も居ないわ」
「た、確かに…」
「皆、竜宮城が気に入って、ここに住んでいるんじゃないですか?」
「でも、私が前…今から一週間くらい前、ミオシティに来た時はまだ、海の中にはたくさんのポケモン達が泳いでいた。一週間以内で、こんな所に竜宮城が立てられると思う?それに、冷静に考えてみて。海のポケモンは情報収集に優れているにも関わらず、ゼニガメはその事を話題にもしなかった。何かおかしいというか、話が合ってない様な気がしない?」
エムリットはそう言ったが、アグノム達はもう疲れている様で、エムリットの話を真剣には聞いていなかった。
「…ま、いっか。じゃ、続きは明日ね。おやすみ」
エムリットはそういうと、不機嫌そうに布団の中にうずくまった。

次の朝
一番先に起きたのはアグノムだった。
が、昨日とは何かが違う。
「ちょ、ちょっと!起きてよエムリット!コア!」
アグノムはエムリットとコアを必死に起こす。
なんと、目が覚めた時、ユクシーの姿が消えていたのだ。
「ユクシーってねぼすけなのに…今日に限ってどうしたんだろう」
「料理が美味しいから、朝一に厨房でも行ったんじゃない?」
「そんな、のんきな事言ってる場合じゃないって!とにかく、いそいで探さないと!」

アグノムはそういうと、エムリットやコアと共にユクシーを探しに没頭した。
城の隅から隅まで探し、恐らく数時間は経ったのだろう。
結局ユクシーは見つからず、アグノムはヘトヘトの状態で、床に腰を下ろした。
「全く…何処行っちゃったのよ。ユクシーったら」
朝はあれほどのんきな事を言っていたエムリットだが、さすがにどこを探しても見当たらないとなると、一気に不安が押し寄せてくる。
しかし、そんな時だった。

アグノム達の目の前を、一匹のポケモンが通り過ぎる。
まぎれもない、ユクシーだった。
「ゆ、ユクシーっ!」
アグノムの声を聞き、ユクシーが振り向く。
「あれ?皆あわてて一体どうして…」
「どうして?じゃなーいっ!」
エムリットはそういい、ユクシーの頬をにゅーっと引っ張る。
普段のユクシーなら「いででっ!え、エムリットの意地悪ですよぉ〜っ!」とか言いそうなのだが、頬を引っ張られたユクシーは、何故か平然としていた。
そして、その事に真っ先に気がついたのが、エムリットだった。
「ちょっと…あんた、一体どうしたのよ?」
「ごめんなさい。でも私、帰りません」
「へ?」

ユクシーの口から告げられたモノは、意外な言葉だった。
「私、この美しい竜宮城に住めたらどんなにいいんだろうって、昨日の夜、ふと思っちゃったんです。だから帰りません」
普段の、ふざけたようなおちゃらけた声ではなく、真剣で若干無愛想な声で、ユクシーは言い放つ。
しかもさり気なく意味不明だ。
「はぁ?」
エムリットは真っ先に呆れた様な表情をする。
しかし反対にコアはその光景をみて、サッと戦闘の体勢に入った。
「アグノムさん、エムリットさん、気をつけて。今のユクシーさんは、尋常じゃありません」
「私とバトルするんですか?でも、今の私を見くびらないでほしいのですよ」
ユクシーはそういうと、手の中に隠し持っていた、一つの貝殻を取り出す。
そしてそれを見た時、コアの動きが硬直する。
間違いない。SACERだった。

その後コアは、おかしくなっているとはいえど、ユクシーに手出しをすることが出来ず、そのままアグノム達と個室へと戻ってきた。
「まさか、ユクシーがSACERを手にしていたなんてね。原因はあれかしら?」
「いや、原因はあのSACERではありません。そもそも使い手がいませんし」
「あ、そっか…」
「で、これはあくまで私の推測なんですが、ユクシーさんがああなってしまったのは、恐らくウロボロスの仕業でしょう」
「どういうこと?」
エムリットの問いに、コアはフウっと息を吐き、そしてこう答えた。

「私は、今まで色々な場所を旅して、様々なウロボロスの敵と遭遇してきました。そして、その中の一人に、ああいった技を得意とする幹部が居たんです」
「人の心を…惑わすSACER?」
「いえ、正式には幻覚を見せるSACERで、使い方次第では相手の弱味、心に幻想を植え付け、惑わす事をも可能とします。名前はMetus、恐れの象徴です」
「幻覚を見せるって事は、まさかこの竜宮城も…」
「はい。恐らく、そのSACERが見せている、幻覚だと思われます」
そうか、そういう事だったのか。
どうりで、ゼニガメも知らなかったわけだ。
アグノムは呟く。
「でもそれじゃ、この海にポケモン達がひっそり居なくなった理由は?」
「恐らく、それもウロボロスの仕業です。恐れの象徴Metusでは、ポケモン達の心の恐れにしかつけこむことができず、対象も一匹に限られますが、革命の象徴Seditioなら…」
革命の象徴Seditio、ウロボロスの幹部、ユエの所持するSACERだ。
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リサ ☆2012.02/14(火)07:17
「なるほど、これで全ての筋が通るわけね」
ユエの持つSACER、Seditioなら、服従の呪いで一度に大勢のポケモン達を言いなりに出来る。
「あのユエって子も、今回のSACERを狙ってるって事かしら。一度に幹部が二人、これは厄介かも」
「でも、やるしかないよね」
「じゃあさ、一体どうするの?ユクシーの持っていたのは多分、私達の探していたSACERなんだろうけど、恐らく奴らはユクシーを操ってあのSACERを頂くつもりよ。だとしたら、SACERはもう向こうのモノになってるんじゃないかしら?」
「いえ、でもまだ竜宮城は安定していますし。恐らく今からならまだ間に合うはずです」
「で、どうするの?」
「私に、一ついい考えがあります」

そういい、アグノム達はゼロの居る部屋の前で身を潜める。
恐らく、あのゼロはウロボロスの一味。
となるとヤツは、アグノム達をもてなしているように見せかけ、アグノム達が気をとられているうちにSACERを狙ったという事になる。
あの場で寝たボク達も、注意不足だったんだろうけど…
アグノムは心中、反省した。

…ん?まてよ?
にしても、昨日の晩はいつもより早く眠くなった気がする。
いつもは、戦っても居ない日で、あそこまで眠くならない。
まるで、夜が『少し早く来た』かの様に。

…と、色々きになることはあるが、今は襲撃するタイミングに注意しよう。
アグノムは壁に掛けられた時計を確認する。
11時59分。後一分で0時。
そして、0時になった瞬間に、一斉に部屋に押し寄せ、襲撃する。
それが、コアの考えた作戦だった。
コアはアグノム達が気がつかないうちに、ゼロの行動パターンを探っていたのである。
そして、今の時間帯。つまり0時なら、ゼロは確実に部屋に居るはずだった。

0時まで後5秒。4、3、2、1…
「シャドーボールっ!」
その瞬間、アグノムはシャドーボールを襖めがけて力一杯放つ。
襖はもの凄い音でふっとび、アグノムに続きエムリット、コアが入る。
しかし、そこにゼロは居なかった。

「フフフ、気がつきましたか」
いや、ゼロは居た。
天井に張りつき、アグノム達の攻撃を交わしたのだった。
「…れいとうビームっ!」
そう叫び、ゼロは尾をくねらせ、口から強いれいとうビームを放つ。
アグノム達はそれをスラリと交わしたが、突然左方から、強いハイドロポンプがアグノムの目の前を貫く。
シードラ達だった。
「もう集まってきたのね」
「それではみなさん、作戦通りに…Lux!」
コアはそう叫び、Luxを掲げる。
4本の光の矢が、左方、後方、前方、右方へと貫き、シードラ達の侵入を防ぐ。
「シャドーボールっ!」
その隙にアグノムが背後にまわり、シャドーボールを放つ。
しかし、ミロカロスのスラリとした胴体は、それをことごとく受け止めた。
「全く、水の無い場所でもこれですか。弱いですね」
「な、なによっ!サイコキネシス!」
エムリットはそういうと、今度は顔面をめがけてサイコキネシスを放つ。
しかし、ミロカロスの団扇の様な尾が、それをスラリと弾き飛ばしてしまった。
「凄い防御力ね…でも、これならどうかしら。10万ボルトっ!」
エムリットの放つ10万ボルトは、周りに居るシードラだけでなく、それを伝い部屋全体へと広がっていった。
これならば、ゼロも交わせない。ゼロは、10万ボルトを真っ向から受ける羽目になった。
「く、やりますね…ですが、これを見ても、貴方達は平然としていられますか?」
ゼロがそういうと、奥から一匹のポケモンが現れる。
操られている、ユクシーだった。

「ゆ、ユクシー…」
「貴方達は、仲間と戦う事が出来ますか?どうせお優しい貴方達の事ですから、無理なんでしょうけど!」
ゼロはそういい、アグノム達の方へと真っ向に突撃し、尾をからませてアグノム達の動きを封じる。
「これで、貴方達の負けですよ」
ゼロの尾の中で、アグノムが身動きが取れなかった。
そして、ユクシーは、ゆっくりとアグノムの方へと迫り、少しずつ目を開く。
「…!?まさかユクシーを操って、あたし達の記憶をまとめて消すつもり!?」
「マズいですよ、アグノムさん!」
アグノムは、ユクシーの目を見ない様に、必死に目を瞑る。
一体どうすればいい。必死に考えた。
一体、どうすれば、どうすれば、どうすれば…
アグノムの心を、不安がかけめぐる。しかし、そんな時だった。

『諦めちゃ駄目』
「…え?」
『諦めちゃ駄目、だから。必ず私が、助けてあげるから』
突然、誰かの声が聞こえた。
その衝動で、パっと目を開く。
ユクシーの手の中のSACERが光っている。
今のは、SACERの声だったというのか。
『呼び寄せてあげる。君の大切の人を』
「呼び寄せる…?大切…な」
アグノムはそう呟くと、その声に願いをゆだねるかのように、そっと目を瞑った。

「全く、お前達だけじゃ、ほんっと見てらんねーな」
この声、どこかで聞き覚えがある。
そしてアグノムは再び目を開く。
そこに立っていたのは、アグノム達と同じ、小さな体を持ち
昨日の朝早く、アグノム達に手を差し伸べ、仲間になってくれと頼み込んできた、あのポケモンの姿があった。
「じ、ジウム!?」
「ったく、昨日はファントム蹴りそびれちまったから、欲求不満でこっち来させてもらったが、こんな雑魚相手に手こずってやがんのかよ」
気がついた時、そこにはボロボロになったゼロの姿があった。
「ち…まさか、あのタイミングで新手が来るなんて…」
「残念だったな。だが、ここで終わらせてもらうぜ!フリージア!」
「OK!いっけー、Innocentia!」
フリージアはそう叫ぶと、10本の槍を出現させ、それをゼロの方へと飛ばす。
槍はゼロを貫き、そしてゼロは竜宮城と共に、跡形も無く消え去ってしまった。

「勝った…んだ」
その後、ゼロを倒したアグノム達は、ジウムの案内で地上へと戻ってきた。
色々な事が頭をかけめぐる。けれど、勝ったんだ。
ボク達は、初めてこの手で、SACERを手にした。
みんなが一緒だったから、繋がっていたからこそ、出来た事なんだ。
アグノムはそう実感した。
そして実感したとたん、急に涙が止まらなくなる。
「ご、ごめんジウム…ほんと、ありがとう…っ!」
「って、お、おい泣くなバカ!」
「あはは、あーにきが泣かせたぁ〜、悪い子だぁ〜」
「泣かせてねえっ!」
夕日の下、フリージアにからかわれるジウムをみて、ユクシー、コア、イリス、エムリットが笑っている。
「本当に…良かった」
「ああ。これで、シンオウ地方のSACERは全て集まった。一件落着だな…」
しかし、ジウムがそういった瞬間、だった。

「悪いけど、安心していられるのもここまでよ」

突然目の前に黒い霧が渦巻く。
そしてその中に、一人の青年が立っていた。
ド派手な格好に、長い髪。
毒々しい雰囲気を持つその青年は、アグノム達の方を見て、フっと不敵に笑う。
アグノムは、この青年に見覚えがあった。
そう。およそ一週間ほど前に、リッシコを襲撃したハンターの指揮官。
ジンだった。
「そ、そんな…どうしてジンがここにっ!」
「あらあら、覚えていただけるなんて光栄。あの時はゲンがヘマしでかしたせいで失敗しちゃったけど、今度は甘く見ないでもらいたいわね」
そして、ジンはポケットから、一つのネックレスを取り出す。
「それは、恐れの象徴Metus…ということは、貴方はやはりあの時の…」
「そう。私こそが、ウロボロス三人目の幹部であり、ウロボロス一の大幹部。ジン」
ジンはそういうと、フフっと不敵に笑う。
そしてその背後に、黒いマントを羽織った青年と、小さな金髪の少女が現れる。
「ファントム…ユエっ!」
「まーた会ったね、綺麗事大好き君っ」
「…ほう?あの異空間から抜け出すとは、さすがです」
そう、そこには一昨日アグノム達と戦ったユエ、昨日ジウム達を異世界へと放り込んだ、ファントムの姿があった。
なるほど、そういう訳か。アグノムは思った。

ジンは幻想を生み出し、ユクシーの心を惑わした。
ユエは野生のポケモン達を服従させた。
そして、昨日の夜、妙に早く眠気が襲ってきたのは、ファントムがジンの生み出した幻想――つまり、幻想という名の異空間の中で時間を狂わしていたからだった。
これも恐らく、アグノム達にSACERを探させないための作戦だったのだろう。

「…ウロボロス三大幹部が、一体何しにきやがったッ!」
ジウムは声を荒げる。
無理もない。ジウムはウロボロスを潰すためだけに、今まで旅を続けてきたのだから。
「別に?ただ今日は、貴方達にSACERを譲ってもよいと思っただけ。貴方達を傷つけるつもりなんてないの。でもね、その代わり、一つだけ見てもらいたいモノがあるの」
ジンはそういうと、右手の指をパチンとならす。
そしてその瞬間、上空に無数のヘリコプターが集結してきた。
ヘリコプターは巨大な箱を引っ張っており、その箱は全面ガラス張りで、中の様子がはっきりと見える。
そう、その中には、リッシコのほとりの野生のポケモン達や、港で助けたゼニガメ。
それに、ハクタイの森で助けたフワンテ達が入っていた。
「そ、そんな…これは一体…」
「見て分からないのですか?私の本職はハンターです。その事をお忘れなく」
アグノムは怒りで震えた。
彼らは、アグノム達の知らない間で、無関係なポケモン達まで巻き込んでいたのである。

「彼らにこれ以上酷い目にあってほしくないのなら…オーレ地方に来なさい」

ジンはそういうと、人差し指に口を当てて、不敵に笑う。
「貴方達にふさわしいおもてなしをしてさしあげましょう。さ、行きますよ、ユエ、ファントム」
「了解です、ジン様」
「ちぇ…ボクに指図しないでよねっ」

その場に取り残されたアグノム達。
結局奴らは、リッシコのポケモン達。フワンテ達。ゼニガメ。
そして他のポケモン達を回収し、どこかへと行ってしまった。
『彼らにこれ以上酷い目にあってほしくないのなら…オーレ地方に来なさい』
ジンの言葉が、頭の中を駆け巡る。
もし、ボクがオーレ地方に行かなかったら、ミーやムー。それにみんなが…

「…アグノムさん」
床に跪いて、再び、泣きだしそうなアグノムの肩に、コアがそっと右手を置く。
「行きましょう。オーレ地方に」
そして、ハッキリとした口調で、そういった。
「え…?」
「それには、俺も賛成だな。ウロボロスがそこに居るって言うんなら、行くしか無いだろう。それに、お前だってさっき、SACERに選ばれてたじゃねえか」
「選ばれた…ボクが?」
アグノムには、ジウムの言葉が理解できなかった。
「お前は、友情の象徴Amicusに選ばれた。さっきも、Amicusが俺達を導いてくれたから、助けに行く事が出来たんだぜ?」
「Amicusの能力は、繋ぐ力。人と人との心、そして大切なモノを繋いでいく。お前の願いが自分たちに伝わってきたのも、Amicusの能力だ」
そう、だったのか。
ボクは、知らない間にAmicusに選ばれていたのか。
アグノムは、心の中でそっと呟く。
「そして、SACERに選ばれたという事は、アグノムさんにもSACERを使う資格があるということ。そして、このSACERを使って、みなさんを助けにいきましょう!」
「オーレ地方にもまだまだたくさんのSACERが眠っている。いくっきゃねえだろ」
「アグノムならきっと出来るわよ!」
「私達の辞書に、不可能なんて言葉はないのです!」
「フリージアも、いっぱい暴れちゃうんだからねー」
「自分も、アグノムの力になりたいからな」
「み、みんな…ありがとう!」

そしてアグノムはその時、決意した。
ボクはどうしても、シンオウ地方を出なくては行けない。
アルセウスに逆らわなければいけない。
ボクの…大切な仲間を、守る為に!
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リサ ★2012.06/01(金)05:47
>第八話「追憶の彼方、すれ違う心 〜湖の精の疑い〜」

ジンと出会い、オーレ地方へ来いとの挑戦を受けた翌日の朝。
共同戦線を張ることになったアグノム達「湖の精」と、ジウム達「裏の精」は、客船に乗り、海を伝って新天地「オーレ地方」へと旅立つ事になった。

人間の姿に変化し、不穏な感情を隠せないまま船に乗る。
シンオウ地方から、オーレ地方までの道のりは、これだけの船でもおおよそ丸一日はかかるといわれており、ジウム達は船旅になれていないアグノム達を気遣って、とても豪華客船の綺麗な客室を予約しておいてくれた。
なんでも、ジウム達には船乗りの知り合いがいるらしく、これだけ高価な客船に乗れるのも、その特権らしい。

一方アグノムは、航行の途中でウロボロスの襲撃があるのではないかと心配していた。
しかし、オーレに来いと呼ばれている以上、向こうから奇襲が来るとは思えないし、第一人で充満しているこの豪華客船でわざわざ騒ぎを起こしにくるとは到底思えない。
それに、彼らも前の事件でそれなりに体力を消耗しているはずだ。

「何はともあれ、今はウロボロスでそれほど心配する必要もないだろう。しかし念には念を入れて、SACERからは目を反らさず、肌身離さず持ち歩く様に。俺の所持するMirrorは、ウロボロスのSACERに反応するようにも作られているから、侵入者が来たら、SACERを通し俺がまっさきに知らせる。そのため、SACERを所持していないエムリット、ユクシーは常にアグノムやコア、俺達と行動を共にするように。そしてなにより一番重要な事は、この船で動き回る以上、人の姿を保ち続けなくてはならないという事、人間として不自然に見られない程度の常識を守るという事。以上だ」

その後、人間としての最低限の常識をジウムから教えられた後、一行は解散となり、後は自由行動となっていた。
アグノムは、人間というなれない姿に戸惑いつつも、とりあえず気分転換にと甲板に顔を出してみる。
そしてそこには、同じくなれない姿で戸惑っている様子のエムリットとユクシーがいた。
エムリットはアグノムに気がつくと、「よっ」と片手を上げる。

「今日から、あたし達の旅が始まるのね」
甲板で、三匹――三人で海を見つめながら、ふとエムリットが呟く。
その横顔は嬉しそうな、しかしどこか悲しそうな表情をしていた。
「まさか、あたし達の旅があんな風に始まる事になるなんて、ね。でも、アグノムならきっと出来るからさ。あたし達もついてるんだしっ」
そういい、エムリットはアグノムにVサインを送る。
アグノムはありがとうと言い、そして微笑み返した。

「しかし、ポケモンの捕獲にSACERの捜索。彼らの行動が全く読めないというのも事実ですよねぇ…」
ユクシーは小さくため息をついた。
確かに、ユクシーの言う通りだった。
ウロボロスの行動には、裏が読めない、不自然な面が非常に多い。
SACERの捕獲を目的にしていると思えば、Amicusをアグノムに譲り、アグノム達に敵対心を抱いていると思えば、人質を使ってまでオーレに来る様誘いをかける。
とても、SACERの捜索だけを目的にした行動とは思えない。
たとえオーレ地方へ呼び出す事自体が罠であったとしても、彼らの行動には不自然な事が多すぎる。
ひょっとしたら、アグノム達が考えている「ウロボロスはSACERを狙って行動している集団」という認識すらが、間違っているのかもしれない。

「ウロボロスは、本当にSACERを集めるためだけに、行動しているのかな?」
アグノムはエムリット達の考えが気になり、咄嗟に聞いてみる。
「その可能性は低いと思うけどねぇ…まあどのみち今の彼らには謎が多過ぎて、世間知らずなあたし達の推測だけじゃどうにもならないわ。ジウム達ですら、混乱しているくらいだもの」
エムリットはそういい、はぁっとため息をつく。
「ジウム達も?」
「えぇ。昨日の晩、貴方やユクシーが眠った後に、ジウムから話を少し聞いてたんだけど、ウロボロスの取った行動は今までに考えられないくらい奇妙なモノだったそうよ。今まではずっと、SACERを狙って行動しているだけだったそうだから。まぁ、Amicusの所持者であるアグノムをウロボロスに勧誘するため、オーレに呼び寄せるって可能性も十分に考えられるけど」
エムリットはため息まじりに呟く。
「相手の考えが読めない以上、これからの旅で少しずつ謎を解いて行くしか無いわよね。とりあえず今は、みんなを救出させる事だけに、集中しましょ」
「そう…だね」
確かにエムリットの言う通り、今はみんなの救出にだけ専念した方が良いのかもしれない。
アグノムはそう心中呟くと、青い空の下で荒々しく揺れる波を、じっと見つめた。

甲板から広間に戻った時、アグノム達はジウム達に偶然合流した。
ジウムとフリージアは、バーでオーレ名物「青トウモロコシのサラダ」を食べながら雑談している様で、こちらに気がついたフリージアが、大きく右手を振ってきた。
「よ!楽しんでるか?まさか緊張しすぎて動けなくなってたり、なんてな」
「う…図星、かも」
アグノムは苦笑する。
「まぁ、人間の姿で居ろとはいっても、人間と交流しない以上、バレる可能性も少ない。気楽で居ればいいさ」
「そ、そうだね」
アグノムはそういい、ジウムの横に座る。
「んじゃ、フリージアはエムちゃんとユクちゃんに船を案内するからっ」
そういい、フリージアはエムリットとユクシーの手を引っ張っておくへと入って行く。
「ちょ、ちょっと!あたし達まだ行くって決めたワケじゃ…っ」
「いーから来る来るーっ」
そういい半ば強引に、エムリットとユクシーはフリージアに連れられ、船の探索に向かってしまった。
「ご、強引だね」
「まぁ、あいつは元々ああいうヤツだからな…時々イラっと来る時もあるかもしれないが、まぁ許してやってくれ」
ジウムは苦笑する。

「で、何か言いたいことがあるんだろ?ここに残ってるって事はさ」
「うん…実はさ、ジウムがウロボロスを恨んでいる理由って何なのかなって気になっちゃって。出会った時はホント唐突だったから、すっかり聞きそびれちゃったけど」
「…確かに、仲間で居る以上は、話しておく必要があるな。よし、良い機会だ、少し長くなるが、疲れない程度に聞いてくれな」
ジウムはMirrorを取り出し、両手で握りしめる。そしてそっと、語り始めた。

********************

それは、今から四年ほど前の事。
俺達は、木々に囲まれた森の様な場所で目覚めた。
あの時の事は、今でも新鮮に覚えている。
そこは薄暗く、ジメジメしていて、しかし木と木の間から微かに見える空は悲しいほどに青く、体中傷だらけで、言葉を発する気力すら残っていなかった。
頭の中をかき回し、必死に思い出そうとしても、自分たちのかつて呼ばれていたとされる名称しか、俺達には思い出す事ができなかった。

何の記憶がないまま、まるで屍の様に、薄暗い森の奥底に捨てられていた俺達は、何もかもが思い出せない事が悔しくて、ただただ森の中をさまよていた。
木の実を取って、寝床を探して、辛うじて一日でも生き残ろうと必死になりながら。

そんな毎日が繰り返し繰り返されて、やがて俺達は、俺達の中に眠る力の様なモノに気がついて、それに目覚めた。

それからは酷かったさ。
相手の感情を読み取り、意識を感じとり、高い知識を使って森に住む野生のポケモン達を制覇していた。
最強になり、それを周りが知れ渡れば、明日へ命を繋げる事が楽になる。
前世の記憶を捨て、己を守る事だけが後に俺達の正義になり、俺達の進める唯一の道になり、強さになり、弱さとなった。

あの人間に、出会うまでは。

森に突然ふらりと現れた老人、そいつはこの近くに住んでいると噂のポケモントレーナーだった。
最近森のポケモン達が妙そわそわし始めたために、わざわざ様子を見に来たらしい。
そんなトレーナー様と俺達は偶然鉢合わし、そして向こうから真っ先に聞かれた事がこれだ。
『お前達は一体、何者だ』

俺達は吐き気がした。
一番、聞かれたく無い事を聞かされて、知りたくもない事を尋ねられたから、俺達は感情にモノを言わせて、そのトレーナーを襲った。
しかし、予想もしない速度で、俺達は地に叩き付けられる事になる。
その後は予想通り、あっという間に意識を手放しちまった。

気がついたら俺達は、小さな小屋の小さなベットで寝かされていた。
俺達に打ち勝ったトレーナーは、俺達の傷の手当をし、この村で暮らさないとい提案を持ちかけてきた。
ヤツはどうやらこの村の長老らしく、俺達がこれ以上問題を起こさないのなら、この村で暮らす事を許すと言った。

それからというもの、村で暮らす様になってから、俺達は変わった。
ポケモンと人間が密かに共存しあい、助け合い、支え合ってこの村は成り立っている。
戦う事や生き残る事しか頭になった俺達、正体もしれぬ俺達を、村人はこの村の一員として向かい入れてくれたんだ。

楽しかった。たくさん笑って、泣いて、時には怒る事もあった。
しかし、そのどれもが俺達の心を揺さぶり、落ち着かせていた。
ここが本当の居場所なんだと素直に受け入れられた時、他人を制する事以外に、生き甲斐が存在することに初めて気ついた。
永遠に、この時が続けばと願っていた。

しかし、その幸せも長くは続かなかった。
この村にMirrorというSACERとその所持者にふさわしい者がいることを嗅ぎ付けたウロボロスは、偵察にジンという青年をよこしてきた。
SACERであるとされるMirrorと呼ばれる手鏡は、その村では神とよばれていて、邪悪な心を写し、それを裁く聖なる秘宝だと伝えられており、村人にとってはかけがいの無い大切なもので、彼らは必然的に、ジンの要求を断る事になった。

村の人々がジンの要求を断ると、ジンはMirrorの回収に暴行手段を選んだ。
ウロボロス直属のポケモンを使い人々を襲わせ、貴重な畑や建物を荒らさせた。
全ては、SACERを奪うため、そして要求を断られた事の怒りをぶつけるために。

あの時の事は今でも忘れられない。
主人を亡くして、嘆くポケモン達の姿。
息絶えた子供を抱えて泣きじゃくる母親。
そして、俺達を助けた長老の―――断末魔。

村に取り残された俺達はジンに全く歯が立たず、止むをえずにウロボロスに入り、そしてジンの元からInocentiaとFlammaを盗んで逃げた。
ウロボロスに復讐する。ただ、それだけを考えて。

************************

「初めは、SACERの存在も謎のままだったし、俺達の所持するこれがSACERだという事も知らなかった。が、調べているうちに、これが過去に存在したとされる謎の秘宝であること、ウロボロスがそれを狙っているという行動しているという事実を知った。そして今年は、俺達がウロボロスから逃亡した一年後にあたる」
そういい、ジウムは小さくためいきをつく。
「俺達は自分たちの事「もう一匹の心の神」であると説明したが、自分が神だと言う以外に、自分たちの正体を説明できなかったんだ。なんせ、俺達自身も分からないんだからな。後で行動を共にしても、お前達は俺達の姿や能力を不思議がるだろう。だから、そう言っておくしかなかったんだ。だからまあ…なんだ、もし気に障ったなら、その時は適当に流しておいてほしい」
「そっか…うん、分かった」
アグノムはそう言い、思わず俯く。

ジウム達は、愛する人達を失って、その悲しみと怒りで戦っている。
それが本当に正しいかどうかなんて、きっと彼らには分からない。
出来るかどうかも分からない。
ただ分かるのは、この動揺を隠しながら今後生きて行く事は出来ないという事。
だからこそ、同じ様にがむしゃらな思いで無鉄砲な行動おこすコアの気持ちが、理解できたのかもしれない。

ジウムが行ってしまった後、アグノムは一人寄るの甲板に出てため息をつく。
アグノムも、このシンオウ地方を出たいと一心でSACERに関わったせいで、大切な友を失ってしまった。
それが、どれだけ愚かな事だったのか、今ら何となく気がする。
そう感じたアグノムの目は微かに潤んでおり、寒さか悔しさか分からない、あるいはそれの混ざった感情で震えていた。
なんて身勝手なんだろう。
すぐ側にある、守るべきものから目を反らしたばかりに、今は失ったものを追いかけている。
身勝手だって、気がついて、初めてわき上がる怒りと悔しさ。
それなのに、失ったものはどうしても取り返したいという欲深さ。
欲張りで身勝手なボクが「大切な人を守りたい」と言える資格があるのだろうか。
無意識に助けなきゃ!という気持ちと、その反動に飲まれて、こうして旅を始めたけれど、結局何が正しいのか分からない。
ただ一つ分かるのは、この思いは「立ち止まれない」という事だけ。
何も保証はできないし、神だった頃みたいに何もかもが保証されている生活を送れるはずもなく、たとえ戦うための毎日を送る事になるとしても。
それでも、守りたい、自分の起こした事は自分で解決するって決めたから。
「だから待ってて。絶対に、ウロボロスなんかには絶対負けない」
アグノムはそう誓い、そっと顔をあげる。黒い世界に、無数の星が輝いており、大きな丸い月が浮かんでいる。
海を通り越して流れてくる静かな風が、涙で濡れた頬を擦る。
今まで忘れていた寒気の様なものを思い出し、アグノムは風に当たらないように、物陰に隠れて、体育座りをした。そして顔を伏せる。
今は、美しく見守ってくれる、大好きな満月にすら、見られたい気分ではなかった。

あれから、どのくらい時間がたったのだろう。
気がついたらアグノムは寝ていて、誰かが肩をトントンと叩く。
アグノムは反動で、ビクっと震え上がり、思わず顔を上げる。
そこには、ジウムの姿があった。
「こんな所にいたのか、心配したんだぞ。でも良かった、無事で」
ジウムはそういい、アグノムの頭に左手をのせる。
アグノムは突然、泣き顔を見られていないか不安になったが、外は暗く、アグノムの方もジウムの顔がよく見えるわけではないので、大丈夫だろうと安心した。
そして何より、彼の目線は右手に握られたSACERに集中していた。
「実は、ついさっき侵入者の反応があった」
「えっ…!?」
「侵入者とはいっても、ウロボロスの一味ではないようだ。しかし、ものすごいスピードでこの船内を動き回っているらしい。俺達を探しているのかもしれないな」
そういい、ジウムはアグノムを甲板に配置されたダイニングテーブルの下へと連れて行く。
そして、小さな声でひそひそと話を続けた。
「とりあえず、大群で動きまわると見つかる可能性が高いと思って、今は二・三人のペアに分かれ、ヤツを捜索している。俺は、甲板の担当で、ここでヤツを待ち伏せしているってワケだ。そしたら、こんな所にお前が居るもんだから驚いたよ…室内にこれを忘れて行くし」
ジウムは、アグノムにAmicusを手渡す。
「肌身離さず持ってけっていっただろ?まぁ、今は説教をしている場合じゃない。お前の方も、調子悪いみたいだしな」
そういい、ジウムはアグノムから目を反らす。
「気づいてたんだ…」
「まあな。俺には何とも言えないが、悲しい事があるなら俺に言え。と…そんな話の途中で悪いが…お前、コア見てないか?」
「コアも居ないの?」
「ああ…実は行方不明なんだ。最後に見たのは昼頃で、その時はSACERを所持していた。室内にも残ってねぇみたいだし、SACERで呼びかけても全く反応がない」
「ということはつまり…」
「例の侵入者に、捕まっちまったのかもしれないな…」
「そ、そんな…」
「しっ!静かにっ」
ジウムがそういった直後、突然側を、黒い影が横切る。
アグノムは思わず息を殺し、両手でAmicusを握りしめる。
ジウムは右手でMirrorを握りしめ、腰を低くしてテーブルクロスの下から微かに見える外の様子を伺う。
間違いない、例の侵入者だ。

長いテーブルクロスの下から見える、黄色くて太い足。
そして、奇妙な鳴き声。この声は――さいみんポケモン、スリーパー。
辺りをきょろきょろしている。どうやら、アグノム達を探している様だ。
隣に配置されたテーブルの下を片っ端から捜索している。
このままだと、見つかる可能性が非常に高い。
ジウムもそれ感づいたのか、アグノムの耳元で小さく囁く。
「いいか、俺が合図をしたらAmicusの力を解放させて、この事をみんなに知らせるんだ。その間は俺はヤツを引き止める」
アグノムはそっと頷く。
しかし、アグノムは恐怖で震えていた。機会を伺うジウムの横顔をずっと伺いながら、息を殺して機会を待つ。
それから数秒後、ジウムが口を開き叫ぼうとした瞬間だった。

突然、スリーパーが悲鳴をあげて倒れ、その真横を、小さな何かがストっと着地する。
白いブーツ。白いワンピース。そして、透き通るような声。
『き、きさまは…コアっ!』
スリープがとっさに叫んだ言葉に、アグノムとジウムは顔を見合わせる。
そして、そっとテーブルクロスを持ち上げ、外の様子を遠くから伺った。
月明かりに靡く、美しい茶色の髪。淡い翠色に輝くの妖艶な目。胸元に輝く金色のペンダント。
まぎれもない、コアだった。しかし――どこか様子がおかしい。
「今すぐ、ここから立ち去りなさい。さもないと…」
そういい、コアと思われる少女は、Luxをかかげる。
突然、目の前を目映い光が包み、目を開けた時には、スリーパーが麻痺状態で震えていた。
コアは、スリーパーの手元から落ちた万年筆を足で踏みつぶす。
『ま、待て…!それは俺が人間になれる、唯一の…っ!』
「黙れ」
そういい、コアはスリーパーを見下し、そしてフっと笑う。
「貴様に、これを所持する権利はない。これは、あのお方のモノだ」
『やめろ…やめてくれっ!』
「我々はウロボロスだぞ。貴様の様な愚者を相手にしている暇はない」
『コア…貴様まさか、ウロボロスの…一員なのか?』
「そうだといったら?」
二人の会話に、アグノムは思わず耳を疑う。
そんな、まさかコアが…いや、そんなはずはない。
だけど、目の前にいるのは、どこからどうみてもコアそのものだった。
彼女はフフっと残忍に笑いながら、Luxを掲げる。
その瞬間、金色の光がスリーパーとコアを包み込む。
そして、フッと消えてしまった。

その後、太陽が上り朝になった。
客室に戻ったアグノム達は、不穏な空気のまま、黙ってジウムの話を聞いていた。
「…という、ワケだ」
みなが驚いた表情で絶句している。
お互いに顔を見合わせ、そして少し焦った様子でユクシーが反発する。
「そ、そんなのきっと何かの間違えですよぉっ。コアがそんな事するわけ…」
「じゃあ何故、彼女は今この場に居ない!?」
「そ、それは…あのスリーパーになんか言われたんじゃ」
「そ、そうよ!大体もしコアがウロボロスの一員だとしたら、何故ユエ達にあそこまでして追いかけ回されなくちゃいけないわけ?」
「それが芝居という可能性も、十分に考えられる」
「うぅ…ってアグノム!あんたも何か言ってやってよっ」
「実は…ボクも見たんだ」
声をふりしぼって、ようやく出した声は震えていた。
「彼女はコアに本当にそっくりだったんだ」
「見間違いって可能性はないのかな?兄貴」
「いや、あれは確かにコアだった。それに、彼女がLuxを所持していたことが何よりの証拠だ」
一同は沈黙する。
確かに、同じSACERがこの世に二つ以上存在することは、全くあり得ない話で、
事実この場にコアが居ないのは、どう考えても不自然だった。

その後船を降りるまで、一行は一言も喋らなかった。
コアは一体どこに行ってしまったのだろう。アグノムはその事に考えを巡らせていた。
ウロボロスの仲間だったのか。はたまたスリーパーに何か言われて出て来れないだけなのか、別の問題があるのか。
しかし、船を降りた直後、コアの姿を確認し、その考えは一気に崩れ落ちる。

「あ、アグノムさんっ!」
笑顔でこっちに手をふる彼女をみて、やっぱ違うんじゃないの?っと小さく呟くエムリット。
対する彼女はこっちの方へかけより、慌てた声で喋った。
「す、すみませんっ!本当にすみませんっ!もう色々あったので…とにかくすみませんでしたっ!」
そういい、土下座をするコア。
「い、良いってば。ボク達も、そんな気にしてないし」
――というのは、もちろん嘘である。
「まあ謝罪はいい。それより、一体何があったんだ?昨日一晩居なかったみたいだが」
ジウムが釘を刺すように言った。
しかしコアは動揺する事なく、言葉を続ける。
「実は昨日の晩、下の方の酒場でお酒を飲んでいたのですが…そのまま酔いつぶれる様な形で眠ってしまったんです。ホント、不用心ですよね…うぅ、私のドジっ、迷惑かけちゃって本当にすみませんでした…」
沈黙するみんなの表情を伺い、心配そうな顔をするコア。
「あの…どうかしましたか?やっぱり、怒ってます…か?」
「あ、ううん!そういうワケじゃないんだ。ホント、怒ってないんだよ?初めての船旅で疲れちゃって…」
「そうですか…それなら良かったです。あ、でもそれなら早く宿を見つけなくては!実は、この辺りの人達に聞いて、目星をつけているんです!急ぎましょうっ!」
そういいコアは、満面の笑顔で微笑むと、軽い足取りで中心街の方へと走って行く。
どうやら初めてのオーレ地方来たせいで、興奮しているらしい。
コアの無邪気笑顔とその後ろ姿に、アグノムは一滴の悪意も感じられなかった。

やはり、昨日のあれは幻想だったのだろうか。ひょっとしたら、近くに居たジンが見せた幻覚なのかもしれない。
しかし、あの光、あの力はまぎれもなくLuxだったし、ジウムの知らせに応答しなかったことも事実だった。
「アグノム、惑わされるな」
そういい、アグノムの方に手を置き、エムリット達の後に続くジウムの声は、とても手厳しいものだった。
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リサ ★2012.06/01(金)05:44
>第九話「コアへの疑い 〜湖の精の不協和音〜 前半」

それからアグノム達は、コアの案内で無事宿を見つけ、屋内で今後の作戦について練っていた。
その時はすでに夜になっており、街の街頭が灯り、街は夜の酒場で活気に溢れていた。
「さて、オーレ地方についた訳だが…ウロボロスと思われしきSACERの反応は、今の所全く感じない」
「オーレに来いと言ったからには、何か進展がありそうだけど…」
「何はともあれ、相手の様子を伺うしか他に無いな。というわけで......今日は寝る」
「てぇえっ!それだけっ!?」
「んな事言ったって、仕方ないだろ。相手の目的も、本拠地も、敵数も分からない状況じゃぁな…」
「それはそうだけどさぁ…」
フリージアはそういい、ブゥっと膨らました。
確かに、相手は人質を用意しているくらいだ。そろそろ進展があってもいい頃なのに…何故ウロボロスは仕掛けてこない?
何か、企みがあるのだろうか。その事が、アグノムの心にどうも引っかかっていた。
「あ、あの…」
突然コアがおどおどと片手を上げる。
「どうした、コア」
「ちょ、ちょっと、お散歩にいいですか?せっかく来たオーレ地方も、もっと良くまわっておきたいんです。何かあったら、テレパシーですぐにお知らせしますので」
「…そうか。確かに、これからの旅の舞台となり、戦いの地となるこの地に少しなれておいた方が良いだろう。分かった、遅くならないなら行ってこい」
「じ、ジウムっ!?」
アグノムが驚いた様な声を上げると、ジウムはアグノムに向かって親指をつき上げる。
「わぁ......ありがとうございますっ!夜は、遅くならない様にしますねっ」
コアは心底嬉しそうに微笑むと、そっと部屋を出て行った。
ドアが閉まりかけた時、ジウムがアグノムに向かって真っ先に放た言葉がこれだった。
「アグノム。コアを追ってこい」
「へ?」
アグノムは、思わず間抜けた声で聞き返す。
「昨日の夜の事、忘れたのか?今のアイツを一人にさせておくわけにはいかない。確かに、酒場で一晩過ごしたというなら、俺達に対する応答が無かったのも理解できるし、筋も通る。しかし、彼女が嘘をついているという可能性もある。ひょっとしたら、散歩とか言っておいてウロボロスとコンタクトを取るつもりかもしれない」
「ちょ、ちょっと!いくらなんでも......そんな言い方ないじゃないっ!」
突然、エムリットが声を上げる。
「なら、あたしが行くからっ」
そういい、エムリットは玄関へと向かう。
「え、エムリット!?」
「そんなにコアが信用できないなら、あたしが彼女を無実だって証明してあげる。あたしがコアの後を追って、コアが何をしたか、帰って全部話す。それでいいでしょ?」
「お前じゃ駄目だ。コアを庇って嘘をつく可能性がある」
「な…っ!」
その途端、エムリットが机を思いっきりバンっと叩く。
「あんた、それでもコアの事仲間だと思ってるのっ!?どうして、仲間を信用してあげないのよっ!?」
「お、おちついてくださいよぉ、エムリット」
ユクシーが、慌てて二人の間に挟まる。
「でもこいつ…」
「ジウムだって軽い気持ちで疑いをかけている訳じゃないんですよ、きっと。確かに、コアはウロボロスの一味じゃないって、私も信じたいですっ!でも、そう断言できる証拠が何もないのは事実ですし、ジウムに悪気がある訳では…それに、ジウムがどれほどの思いで、ウロボロスと戦っているか、分かりますよね?」
「ユクシー......」
「ジウム達は、どうしてもウロボロスを倒さなくちゃいけないんですっ!だから、どんな小さな芽でも、自分たちの目的の邪魔になる可能性があると踏んだら、容赦なく切り落とす。そうですよね?ジウム」
「......あぁ」
ジウムは、呆然と呟く。
「ウロボロスとの戦いに、失敗は許されない。だから、唯一得体の知れないコアには、万が一のためにも疑いをかけておく必要があるんだ。分かってくれ、エムリット」
ユクシーの言葉で、エムリットは震えながら俯く。
その時、アグノムは直感した。
エムリット達も、ジウムからあの話を聞いていたんだって事に。
「分かってる…わよ。それくらい」
エムリットはそういい、俯いた。

一行は沈黙する。しかし、それはイリスの一言によって打ち破られた。
「ならば、自分が同行しよう」
「イリス?」
「それなら問題ないだろう?ジウム」
「…ああ、それが良い」
ジウムは、渋々頷いた。
「夜明けまでには、必ず戻る。何かあったら、真っ先にジウム達に知らせ、可能ならばコアを止める。それでいいだろう?」
ジウムが頷き、イリスが玄関の扉を開く。
「行こう」
「う、うん…」
エムリットは小さく返事を返すと、イリスの後を追って部屋を出る。
扉はピシャリと閉められると、アグノムは真っ先にジウムに問う。
「…どうして、イリスに同行を任せたの?」
「ヤツも、ウロボロスを恨んでいる一匹だからな」
ジウムはため息まじり呟く。
「ホント、エムリットには悪い事をしたな」
ジウムはそういい、小さく悔しそうに笑う。
「あんなんじゃ、信じてもらえないのも納得、か」
「信じてもらえない......って?」
「実はあいつ、旅に出る前から俺達の事を何かと疑っていてな。まぁ、初対面があんなんだった訳だし」
「アグノムちゃんは見てないかもしれないけど、エムリットちゃんね、コアちゃんと旅に出る前からすーっごい仲が良さそうにしてたんだよ?でも、フリージア達の事はあまり気に入ってなかったみたいなの」
「一番得体がしれないのは、コアじゃなくて、俺達の方なのにな」
「ジウム......」
「….疑いたいなら、疑ったって良い。俺達の言った事が全て嘘だって思ってくれてもかまわない。俺がコアを疑っているのと同じように」
一瞬ふっと見えたジウムの切なそうな表情に、アグノムは心の奥底で、急に傷の様なチクチクした痛みを感じる。
ジウムの切なそうな横顔と、場を紛らわせようと苦笑するフリージア。
二匹は、常に明るく、陽気で、楽しげに振る舞っていて、そんな彼らだけど…...

だけど、その目の奥底はいつもどこか悲しそうで、孤独の色をしていた。
まるで、あの日の事が忘れられないかのように、彼らの目は常に、純血の赤で染められていた。

彼らは知っていたんだ。復讐という道が、孤独の道であることを。
それでもいいって、それでもウロボロスを倒すって誓って、この道を選んだんだ。

けれど、ジウム達にだって孤独は怖いはずだ。
たとえ得体が知れなくても、ココロがあって、この一時一時を繋ぐ『毎日』を生きている彼らは、立派な生き物で、そんな儚いボク達に「孤独」なんてものは耐えられない。
だから......

アグノムは、ギュっとジウム、そしてフリージアを抱きしめた。
「ボクは、ジウムとフリージアを信じている。コアを信じている。だって、ボクが仲間だって決めたから」
「アグノム......?」
「たとえジウム達がどんな存在でも、ボク達を利用したとしても、それでもボクは仲間だって信じているから。だからさ......
ジウム達は絶対にひとりぼっちじゃない。今は信じてくれなくても、いつかきっと信じ合えるって、ボクは信じたいんだ…...」
「.....全く、ホントバカだよな、お前......」
そういい、ジウムがそっと微笑む。
アグノムの元から離れ、そして思いっきり背伸びをした。
「ち、しゃーねぇな。エムリット達が尾行している間、俺達は情報収集にいくぞ」
ジウムはそういい、小さくウインクする。
「コアの疑惑を、早く解きたいんだろ?」
「ジウム......!」
「なら、とっとと疑惑を解くためにも、一刻も早くウロボロスの真相を掴まないとな」
「…うん!」
アグノムは笑顔でそう答えると、部屋から出て行こうとするジウムの後を慌てて追った。
「一人じゃない、か…」
早足で歩いていたジウムは、ふと立ち止まる。
背後から、アグノムとフリージアが追いかけてくる足音が聞こえてくる。
「その言葉、信じても良いか?」
ジウムは、誰にも聞こえない声で、何かに問いかける。
そして、アグノム達の方を振り返り、小さく微笑んだ。

*************************

一方、エムリット達の方は、コアの背後を尾行していた。
対するコアの方は、鼻声を歌いながらスキップの足取りで街を進む。
さっきから、人ごみの激しい場所しか通っていない。
「もぉ、アイオポートの街にこんな人がいるなんて…これじゃ、コアを見失っちゃうじゃない」
「心配無用だ。コアのSACERの反応を追えば、何の問題もない」
そういい、イリスはFlammaを片手に持つ。
突然、コアの姿が消えたかと思えば、Flammaの示す方向が左へと向く。
「ここ、か」
そう呟いた、が。
「しかしどうみても…」
「酒場、ね」
二人して、沈黙する。
「まさか、本当に辛党だったとはね.....あまり信じたく無いけれど」
「初めて酒場で酔った事を聞いた時も驚いたが、まさか本当に飲めるなんてな」
そういい、二人してハハっと苦笑する。
しかし、考えている間もなく、中の店員が現れた。
「よう、そこの兄ちゃんに嬢ちゃん!今日は天気もいいし、一杯行くかい?」
「あ、いえ.....そういう訳じゃなくて」
「いや、そういう訳だ」
「って、イリスっ!?」
エムリットは慌ててイリスの方を向いたが、イリスは平然としている。
「おもしれぇ嬢ちゃんに兄ちゃんだな。まあ、今は丁度特等席が空いているし、客も少ないから、カップル割引で安くして上げるよ」
「はぁっ!?」
エムリットは、再び声を上げる。しかし、今度ばかしは顔が少し紅くなっている
「そうか、それはありがたい」
イリスは嬉しそうに微笑む。が、演技だという事がバレバレなくらい、下手な微笑みではあったが。
「にしてもあんた.....さっきから冷静ね」
「…慌てる事なのか?」
そういい、不思議そうに首を傾ける。
「べーつに」
エムリットはそういいあかんべーをすると、フンっとそっぽを向いた。

店の中は、至って綺麗だった。
シンオウ以上に洋風な町並みをしたここ、アイオポートではあったが、この酒場ではジョウトで取れた米を使って作られた酒が有名なため、店内もジョウト風だった。
六人入れるかどうかくらいの大きさの畳の床に、小さなクッション。そしてその中心に、ちゃぶ台一台。
エムリットは辺りを見渡すと、少し遠くに白いワンピースを身につけた少女が座っていた。
ちゃぶ台の上に淡々と並ぶジョウト酒を平らげる少女。間違いない、コアである。
「見た所、嬢ちゃんの方は未成年者みたいだなぁ。こっちだと、ノンアルコールはミックスジュースしかないんだが......困ったなぁ」
「って、あそこの可憐な少女、思い切り未成年者では?」
そういい、エムリットは遠くのコアを指す。
「ああ、あの子は例外よぉ。伝説の酒マスター・コアちゃん。世界的に有名な酒場荒らしって呼ばれていて、そこらの親父よりずっと酒に強くて、今世界各地の飲み放題大会で連勝しているって噂で、こっちでも有名なんでい」
「......なるほど。なんで仕事もせずに、お金がたまるのか。今なら理解できるわ」
エムリットは苦笑する。
「んじゃ、それ頂くわ」
「ほいおまちぃ」
そういい、店員が店の奥へと消えると、エムリットとイリスは引き続きコアの観察にあたる。
人がたくさん居て、よく見えない。どうやら知らない間に、コアの周りにオッサン達が集まってきていたようである。
あれはコアのファンなのか、それともウロボロスの一味だったりするのか。

「まさかコアって、どんなに酒を飲んでも永遠に酔らないタイプだったりするのかしら?いや、でもまっさかねぇ......」
「可能性が無いわけではない」
と、小さな会話を交わしながら、バレないように横目で伺う。
どうやらコアは、おっさん達と楽しく雑談している様だ。
「あのおっさん達がウロボロスの一味で、ここで会議…なーんて事はないわよね。ハハ…」
「可能性が無いわけではない」
「無いわよっ!」

と、他愛ない会話をしている間に、さっきの店員は大きなジョッキを持って戻ってくる。
オレンジ色の液体に、甘いレモンの用なものが浮かんでおり、ミックスジュースというよりはカクテルみたいだった。
中に、ふわふわと泡の様なモノが浮かんでいる。
「見た目は怪しいが、アルコールは入ってないからな」
「は、はぁ…そうですか」
「じゃ、お気楽になぁっ」
そういい、店員は片手を上げる。
「はぁ、全くあたし達は何をして…」
しかし、エムリットが気がついた時には既に、イリスはゴクゴクとジュースを飲んでいた。
「うむ、中々行ける液体だな」
「ジュースっていうのよ、知らないの?」
「そのようなモノを聞いてはいるが、ジュースというのは果物や野菜の汁と聞いた。しかし、これは果実を用いては居ない為、ジュースというよりは、炭酸飲料に近いと思うのだが…にしても、奇妙な味だな」
確かに、よく見れば中の泡の様なものは炭酸だろう。
途端、エムリットの手が震える。
「あぁんの店員だましたわねっ!」
「と、キレるのはいいが、コアの観察も忘れない様ほどほどにな」
「むぅ…相変わらず冷静なヤツ」
エムリットがむぅっと頬を膨らますと、突然ちゃぶ台の上に白い紙切れが置かれる。
「これ、お代よ。安くしといたからなぁ」
そういい、店員はニパーっと笑う。

しかし、エムリットの目は絶望していた。
「ど、どうしよ…イリス」
「ん?」
イリスの方は、のんきに飲料を飲んでいる。
「あたし達、お金もって無いじゃない」
「…あぁ」
「あぁじゃないっ!」
エムリットのツッコミも虚しく、お金がないのは事実だった。
一瞬、店員の表情が変わったが、またすぐに胡散臭いニヤニヤ顔に戻る。
「なーんでい、嬢ちゃん達金もってねえんか。なら、特別なモノがあるけど、挑戦するかい?」
「特別なもの?」
そういい、店員は別のメニューをちゃぶ台に置く。
表紙に『出血大サービス!飲み放題』とかかれたおり、半信半疑でペラペラと中を覗くと、中に○○コースと書かれたものと値段がずっしり並んでいた。
「そこに書いてあるコースは、全部飲み放題!一時間以内にお一人50杯飲めたら全額無料!けど、時間内に飲めなかったら、二倍の金額で払ってもらうという形式だぁ!どうでい、金持ってないんなら、これしか道はねぇがなぁ」
そういい、店員は意地悪そうに笑う。
「し、仕方ないわね…」
エムリットはそういうと、メニューを閉じ、渋々注文する。
「んじゃ、この炭酸飲料飲み放題コースね」
アルコールでは到底勝ち目はないと踏んだエムリットは、唯一ノンアルコールの炭酸飲料を頼む。
了解よ!と片手をあげ、店員が奥に入っていくと、エムリットはイリスの耳を引っぱり、近寄せる。
「…痛い」
「って、いつまで飲んでるのよあんたっ!それより、作戦会議よ」
「飲み放題か。この炭酸飲料2リットルで自分たちの胃のおよそ半分が満たされていると想定すると、敗北する可能性はゼロという事に…」
イリスにエムリットの鉄拳が刺さる。
「…痛い」
「あんたねぇっ!そこは意地でなんとかすんのよ!意地でっ!」
「おぉう、やる気みてぇだなぁ?準備は出来たかっ!?」
「おおぅっ!さ、あんたも早く準備しなさいよっ」
「…おお」
「じゃ、かい…」
「ちょっと待って」
そういった時、突然ドアのベルがチャリンと鳴り響き、ドアの向こう側から一人の少年が現れる。
エムリットは一瞬目を伺った。そして身震いする。
長い髪を後ろで縛っており、肌の白い整った顔をした、文句無しの美少年だった。
「よぉ、ジャック!お前も挑戦かいっ?」
「まあね。おじさん達だけ、盛り上がるのはずるいし」
そういい、ジャックと呼ばれた少年は、満面の笑顔で微笑む。
辺りから、活気に満ちた声が聞こえてくる。
エムリットが唖然としている間、ジャックはいつのまにかエムリットの隣へと移っていて、爽やかな笑顔で微笑んだ。
「よろしくね?」
「う、うん…」
そういい、エムリットは顔を伏せる。
その顔は、ほんのり紅かった。
「よーし。じゃ面子も揃った所で、始めるとすっかいっ!飲み放題カッコ炭酸飲料コース、スターットォオーッ!」

戦いの幕が、切って落とされる。
目の前に、ジョッキが三杯置かれ、エムリットがゴクっと息を飲む。
「こ、これを50杯って…ムリに決まってるじゃないっ」
エムリットは横目でジャックを伺う。
なんと、ジャックは全く平気な顔をし、休む事なく一杯目を飲み終えた所だった。
ジャックの目の前に、もう一本追加される。
「言い忘れたが、こいつはかなりの実力者だぜぇ?前に一度、このコースを制した事がある。我らがオーレの誇る、酒場荒らしよぉ」
「なるほど、そうか、それは心強いな」
「って、他人事みたいに言ってないで、あんたも飲むのっ!」
そういいつつ、エムリットは懸命に飲み干す。
しかし、どんなに頑張っても5杯が限界だった。
「おい、まだ十分の一だゼェ?ファイトファイト!」
「そうは言ってもね…」
エムリットは横目でイリスを伺う。
イリスは休む事なく飲み続けているが、なんせその速度が半端無く遅い。
「うぅ…地獄ね」
そういい、畳の上につっぷせる。
しかし、対するジャックの方はというと
「はい、これで終わりだよ」
無邪気で満面な笑顔を見せながら、ジョッキを静かにちゃぶ台の上へと置く。
結局一番最初に、そして最終的にゴールにたどり着いたのは、ジャックただ一人だった。
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リサ ★2012.06/01(金)04:24
>第九話「コアへの疑い 〜湖の精の不協和音 後半〜」

一方、その頃ジウム達の方は
「はぁ…情報も何もねえな」
「うーん、この暗さじゃあねぇ」
情報収集をしにいっていたが、特に収穫も無かった。
「エムリット達は大丈夫なんでしょうか…まさか、どっかで油売ってたりして」
「…ありそうだな。どっかの酒場の胡散臭そうな店員に捕まって借金作ってたりして、な」
「はは、まっさかぁ〜」
と、軽く冗談を交わしながら歩く。
もはや情報収集ではなく、ただの散策になっていた。
「しかし、コアの情報が酒荒らしとか、酒の女神とか、そういうのが多いのは何なんだろうな」
「うーん、きっと気のせいじゃないかなぁ?同名同性の酒荒らしとか?」
フリージアはハハっと苦笑する。
「むぅ…それはいいですけど、お腹すきません?」
ユクシーの言葉に、一同の腹がグーっとなる。
「そういえば、朝食後から何も食べていないな」
「うーんでもおかしいよね。ボク達みたいな精霊や神は普通お腹を空かせたりはしないはずなんだけど......。でも、ユクシーの幻想なら、食べ物くらいなら出せるんじゃない?」
「あれは、食べ物じゃないですよー。食べ物に似せた、ただの幻想なので、空腹を満たす事はできないのですぅ。味はちゃんとついてますけどねぇ。まぁ、本来神がお腹を空くなんて事はないんですが、それはアルセウス様の結界の中で守られているからで、オーレに来たという事は結界を抜けた事になるわけですから、シンオウでは当たり前だった常識も、こっちでは通じないって事ですねー?」
「そ、そうなんだ」
アグノムは苦笑する。
「よし。んじゃ、どこかへ食べにでも行くか!」
「「おぉ!賛成っ!」」
一行は歓喜の声を上げる。
「よーし、そうと決まったらさっそく…」
とその時、かけだしたユクシーが、突然何かにぶつかる。
黒いその何かは、黒いマントに黒いフードを被っており、いかにも怪しそうな姿をしていた。
この黒武装。どこかで見た事があるような気がする。

「お、お前達…っ!ウロボロスっ!?」
そういい、アグノムは身構える。
黒武装の一人がフっと笑うと、アグノム達の方へと近づいてきた。
「ほう。中々いい勘をしているな」
「てめぇら、何しにきたっ!」
「別に、お前達とやり合いに来たわけではない」
黒武装の背後から、透き通った声が聞こえ、白いワンピースにフードを被った少女が現れる。
少女はアグノム達の目の前にまでやってきて、そっとフードを外す。
「お、お前は…コアっ!」
そう言い放つジウムに、少女はフっと笑う。
「ジウム、か」
「う、嘘…ホントに、コアちゃんなの?」
そう問いかけるフリージアを見下し、コアと思われし少女はフっと笑う。
そして、マントをなびかせ、踵を返す。
「ま、待ってよコアっ!どうして、ウロボロスなんかに......!」
「さあ、な」
少女は、アグノム達の方を横目で見据えフッと笑う。
そしてこう言い放った。
「お前達に一つ、良い事を教えてやろう。このアイオポートの中心とも言える自然公園は、黒武装達のたまり場だそうだ。後で寄って見るんだな」
「自然公園…?どうして、そんな事をボク達に?」
少女はフっと笑うと、胸元のペンダントを掲げ、叫ぶ。
「…Lux!」
すると、黒武装と共に少女は白い光に包まれ、ふと姿を消してしまった。

*****************

一方、エムリット達の方は…
「降参、だわ」
完全に、完敗していた。
しかし、少年はポケットからお札を取り出し、小銭を文鎮代わりにちゃぶ台の上に添えた。
「はい。ボクが、全額払っておくから」
「え、いいの?あんたはちゃんと飲み干して、負けたのはあたし達のせいなのに…」
「いいよ別に。楽しかったし」
そういい、ジャックはニコっと微笑む。
エムリットの顔が、唐突に紅くなった。
「よ、よく分かんないけど......ありがと」
「いいって。あ、でもせっかくだから、交換条件出してもいいかな?」
そういい、ジャックはフフっと微笑む。
「ちょっとね、ついて来てほしい所があるんだ」
「え?」
「君たち、旅の人達でしょ?この街にね、絶対見ておいた方がいい名所があるんだよ?そこに案内してあげる」
「で、でもあたしはコアを…」
「私が、どうかしましたか?」
気がついたら、真横にはコアが座っていた。
エムリットは、驚きのあまり声を張り上げる。
「ここ、コアっ!?」
「まさか、エムリットさん達もここに来ていたなんてビックリですっ!エムリットさんも、ここに目をつけていたなんて…お目が高いですねっ!それにお酒飲めるなら、私にも言ってくれれば良かったのにーっ」
コアは目を輝かせながら、エムリットにくっつく。
「でも良かった、ここで会えて!私もこれから寄る所だったんですよ?アイオポートの自然公園」
「自然公園って、それがここの名所なの?」
「そうだよ。自然に溢れていて、とても綺麗なんだ」
ジャックは爽やかに微笑む。
「うぅ......もう暗いし、アグノム達に心配はかけたくないけど…」
コアの無邪気な笑顔を見てると、どうしても断れない。
「…...んもぉ、仕方ないわね?ちょっとだけよ?」
「はいっ!」
満面の笑顔で笑うコア。
その笑顔を見つめ、エムリットはフっと笑う。
「......やっぱ、違うわよね。よりによってコアがそんな事.....」
「え?何か言いましたか?」
「いや、別にっ」
そういい、エムリットは笑顔で返す。
「じゃ、ボクは支度があるので、先に出て行ってくださいね」
「ええ、分かったわ」
エムリットはそういうと、コアの手を引いてドアの外へと飛び出す。
ドアがパチャンと閉まった時、ジャックはふっと笑った。

「ありがとね、おじさん」
「いやいや、これであれだけのギャラがもらえると思うだけで…ヘヘ、こちらの方こそ感謝しますよぉ、ジャックの兄貴」
「まさか、こんなに簡単に引っかかってくれるとはね」
ジャックは、押し入れの中から、黒いマントを取り出す。
「睡眠薬は入れた?」
「ええ。さっき飲ませたあれ、ごく普通の炭酸飲料と見せかけて実は睡眠薬入りだったなんて、ヤツらもきっと気づいていませんよぉ」
「そうか、それならよかった」
そういうと、ジャックはフっと笑い、ドアノブに手を当てる。
しかしもう一つの方の手には、虹色に輝く石の指輪が握られていた。
「仲間も集めておいてるし、あそこは草木に溢れているから、ボクにとっては最高のフィールドだね」
ジャックはそういい、指輪にキスをする。
「仕事だよ、ボクの愛しいTerra」
そして、指輪をポケットにしまうと、そっとドアノブに手をかけた。
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リサ ☆2012.07/17(火)18:31
>第十話「黒武装との戦い 〜光の精の再会〜」

そこは、黒の世界だった。
冷たい粉の様な雨だれに打たれ、湿った何者かの襟袖を、摘む様にして歩く。
そこに佇んでいるのは、目の前に広がっているはずの世界を失い、進みゆく事を恐れたただ一人のボクという人間。
そして、闇の中に隠れた、たくさんの「何人」かの気配。

あの時の事、ボクは忘れはしない。
そう、絶対に。何があろうとも。

**************************

「ここが、自然公園…!」
オーレ地方のに位置する港町「アイオポート」の自然公園にて
エムリットは辺りをキョロキョロと見渡しながら、感嘆の声を漏らす。
というのも、彼女自身、自然公園というものを見るのは初めてだった。
公園なら、自然豊かなシンオウ地方にも、吐いて捨てるほどあったが、人が集まりやすい上に、それほど関心のある場所でも無いため、エムリット達の様な神にとって、それほど縁のある場所とはいえなかった。
「ここは、つい最近出来たばかりの公園だから、とても新しいんですよ。本当は、この時間帯には、閉門しているはずなんですが…あのジャックさんって方、凄いですよね。あんなに簡単に門番を従わせるなんて!」
「…あいつ、この町の町長の息子かなんかなのかしら?」
「さあ、でも…まさか本当にこの公園に入る事が出来ただなんて…!」
そういい、コアは目を輝かせていた。
そう、一応予定では、明日にはここを旅立ち、今日も昼間はウロボロスの捜査で忙しい。
夜にはもう、この公園は閉まっている。
そのため、コアはここに寄る事は無いだろうと、諦めていたのだった。
「良かったね、コア」
そういい、エムリットは興奮して居ても経ってもいられないような、コアの頭を優しく撫でた。

一方、イリスの表情はこわばっていた。
途中から――というわけではなく、酒場を抜け出してから、どういうわけかイリスの様子がおかしい。
「どうしたの?イリス。さっきから、ムスっとしちゃって」
「…気をつけた方がいい」
イリスは、小さく呟く。
「どういう意味?」
「…ひょっとして、気づいてなかったのか?」
イリスは、半ば驚いた様な表情をする。
「ヤツは、SACERの所持者だ」
「…はぁ!?」
全然気がつかなかった、とはとても言えない。
「ちょ、って…何でそんな大事な事、早く言わないのよっ!」
「ん?すまない、てっきり気がついていると思っていた」
「あんたねぇ…」
「しかしこの殺気…どうやら相当の実力者らしい。しかし、この気配は一体…?」
「と、とりあえず、ジウムと連絡を取った方が…」
「いや、それは出来ない」

すでに、閉じ込められている。

イリスは、平然とした表情で、そう言い放った。
「どうやら、この公園を覆い隠す様にして、結界が張られているらしい。さっき、門をくぐった時に感じた」
「それってつまり、この公園の内部と外部を行き来することが出来ない…簡単にいえば、逃げる事も、入る事も出来ないって事?」
「そういう事だろう。どのみち、ヤツを元から自分たちをここにおびき寄せるつもりだったようだ」
「戦いは避けられない、そういう事かしら」
「そういう事だろう」
その時、ジャックが突然歩くのを止める。
前方から、小柄な人間の様な何かが近づいてくる。
その何かは、長い茶色の髪を宙に靡かせ、黒い厚底のブーツを纏った細い脚で、真っ直ぐこちらへと近づいてくる
街頭に照らされ、金色に光り輝くペンダントに照らされ、ようやくその顔が露になる。

そこにいたのは、コアだった。

エムリットの袖を掴み震えているコアとは違う、真っ黒なコア。
そう、あれは――コアじゃない。
「お待ちしておりました、シア様」
「もう来ていたのか――漆黒の地祇」
「そ、そんな…」
その時、コアの震えが増した。
絶望したような表情で、じっとシアと呼ばれた少女を見据える。
シアは、平然とした表情でコアを見下し、そして言い放った。
「久しぶり、とでも言っておく。コア」
「知り合い、なの?」
エムリットの問いに、コアは答えなかった。
ただ、声を失って、絶望していた。
「う、嘘…どうして、どうして......姉様っ!」
「ね、姉様っ!?」
エムリットは、絶句した。
確かに、見た目は似ている。
が、コアに姉が居たという事――そして、その姉がウロボロスの一味である事には、全く気がつかなかった。
「答える義理はない。何故なら、お前達はここで――この漆黒の地祇に倒されるからだ」
シアはそういい、ジャックに目移りする。
ジャックは黙って頷き、石の指輪のはめ込まれている左手を、そっと前方に突き出した。

**************************

「ち…ここも駄目か」
「全ての門に、門番がついている様ですね」
自然公園の周辺の木々に姿を隠しながら、ジウム達は焦りと不安で不穏な状態に陥っていた。
「ああ…最悪だな。よりによって、全員ウロボロスの一味…となると、正面突破も難しい」
ジウムは悔しそうに歯をくいしばる。
「この自然公園の運営者がウロボロスの総帥だという事に、一早く気づくべきだった」
「でも、辺りに結界が張り巡らされているって事は、あの門を突破しなきゃ、中には入れないって事だよね?」

「しょうがない、やるっきゃないか」
「ま、まさか…!?」
「ああ、そのまさかだ。今は一刻を争う。いいか、俺が合図したら、何も考えずにあの門を突き抜けるんだ」
「む、無茶ですよぉ!」
「無理だと思うなら、ここに残れ」
「むぅ、仕方ないなー兄貴は」
結局、全員ついていく事になった。
息を殺し、草むらの中でじっとチャンスを伺う。
そして一瞬――門番の注意が逸れた。
「今だっ!Mirror!」
突然、目映い光が、辺りを包む。
周りが見えない。ただ、まっすぐに門を突き抜けた。
真っ直ぐ、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに――
しかしその時、突然冷たい、固いなにかに衝突し、体がジーンっと痛むのを感じる。
痛みを堪えてそっと目を開けると、アグノムはびしょぬれの状態で、水の流れる大きな人の像にしがみついていた。
どうやら、一風変わった噴水らしい。
「おい、大丈夫かアグノム?」
「い、いたひ…」
「…すまん、門を真っ直ぐに抜けた所に像が立っていたとは知らなかった」
「じ、ジウムのせいじゃないよ…」
アグノムは、全力で苦笑いをする。

何はともあれ、門を抜ける事には成功した。
門番は、ジウムが追ってこられないくらいにこてんぱんにしたらしく、追われる心配もなかった。
「ジウムが強いのはしってたけど、割と楽に成功したね」
「楽って、お前なぁ…今のは運が良かっただけだ」
「そ、そうなの?」
「ああ。あれがSACERの持ち主だったら、入るどころか、返り討ちにされていたかもしれん」
その時。突然、地鳴りが聞こえてくる。
どうやら、誰かが戦っているようだ。
「あっちみたいだよ、兄貴!」
「よし、行くぞ!」

*************************

「…Terra」
そうジャックが呟いた時、地が唐突に揺れ始める。
指輪から放たれた茶色の光が、地に丸い魔法陣を描いて行く。
そして、焦げ茶色の球体の様な刻印を、その中心に浮かばせた。
「Lux…っ!」
泣きそうな声で、コアは呟き、イリスがそれに続く。
対するシアは、それを呆然と見ているだけで、動こうともしない。
「シアといったか。余裕そうだな」
「当たり前だ。本来ならこの場は、ジャック一人だけで十分なはずだからな。私がここに来たのは他でもない、お前に会うためだ」
そういい、シアはコアを人差し指で指す。
「彼女、私が今何処で何をしているかを、伝えにこようと思ってな。こうみえて、私の自慢の姉思いな妹で、私の生存報告くらいはしておこうと思って、会いにきてやった」
しかし、そう言うシアの声は冷酷で、不敵な笑みを浮かべていた。
「…酷い」
エムリットは、怒りで体を震わす。
「あたしは、コアに姉が居るなんて事は聞いてなかったし、あなたがどういう姉だったのか、あたしは知らない。だけど、今のコアを見て、コアがどれほど姉思いなのか、あたしにはハッキリ伝わってくる。しかも、自分をまるで本物コアの様に演出させて、ジウム達にコアへの疑いをかけようとするなんて…貴方、それでもコアの姉だって言う資格あんのッ!?」
「落ち着け、エムリットッ!」
イリスにしては珍しく、張り上がった声を発しながら、エムリットの右腕を掴む。
「今は、目の前の事に集中しろ。相手の挑発にのるな」
「でも…っ!」
「それに、これはコアとシアの問題だ。自分たちが口出しする権利はない」
エムリットは、何かいいたそうに口を開いたが、震えながらゆっくりと閉じ、半分俯きながら歯を食いしばっていた。
そんなエムリット達を見て、シアはフンと鼻で笑い、踵を返す。
「後は任せた、漆黒の地祇」
「お任せ下さい」
そういい、ジャックはシアの背後に一礼する。
Terra。ジャックがそう呟くと、突然地が激しく揺れだす。
辺りの木々が、それに反応するかのように、ネジ曲がり、伸び、縮み、そして拡大し、縮小する。
そして、奇妙な形へと変化していき、強大な殺気を放ち始めた。
まるで、今まで息の根を止め、潜んでいた何かが、動き出したかのようだった。
「…マズい!逃げるぞっ!」
イリスはそういい、エムリットとコアの手を引く。
背後で、何かが追いかけてくる気配を感じる。
「どうやら、植物を操る能力を持つSACERの様だ」
背後を見ずとも分かると言うかの様に、イリスは言った。
「植物…それなら、Flammaの炎で」
「いや、それは出来ない」
イリスは早口でいうと、前から迫る植物を素早く避けて行く。
そして、植物の少ない、大きな広場――人の像が立つ、噴水の所まで来た。
「コア。Luxの結界を、この辺に張ってもらえないだろうか?」
コアは、黙って頷くと、Luxと小さく呟き、結界を張る。
「待って!」
結界が張り終わる直前、何者かが、結界の内側に飛び込んできた。

「ジウム、アグノム、フリージア、それにユクシー!?」
「どうやら、間に合ったみたいだな」
「どうして、こんな所に…?」
「強行突破、ですねぇ」
ユクシーはそういうと、息を切らしながら苦笑する。
「それより、今どういう状況だ?急に植物達が動き出したと思ったら、攻撃を初めやがった」
「それが…な」
イリスは、手短かに今までの経緯を話す。

「と、いうわけだ」
「なるほど。植物を意のままに操るSACER、Terraか。それは、厄介だな」
「でも、イリスのFlammaなら、植物と相性がいいんじゃ…」
そういうアグノムに、ジウムはため息をつく。
「バーカ。こんな所で火なんて放ったら、たちまち火事に発展するだろうが。それとも、火を放つたびに、それを消す自信がお前にはあるのか?」
「うぅ…」
「結界が張られている以上、放火しても外には出られない。つまりそうなると、あたし達の方が逆に立場が危うくなるってワケね」
「…ん?待てよ?」
ジウムは何かを思い出したかの様に、言い出す。
「そういや、俺達は門から強行突破で入ってきた。そうだよな?」
「うん」
「で、俺は追ってこないように門番をボコボコにやっつけ、アグノムは噴水の中の像に衝突し、そしてこの噴水前で再び再会した」
「…あ!」
「それってつまり」

「今なら、ここから普通に出られるって事じゃないか?」

一同、沈黙。
確かに、ジウム達が強行突破してきた門番は、今はボコボコにされ、気絶状態。
見張りが居ない上に、アグノムがこの像に衝突したということは、この道を真っ直ぐに突っ走れば、公園の外に出られる、という事になる。
「た、確かに…」
「って、そういう事なら…早く抜けなきゃ!」
「よし、じゃそうと決まったら、早速結界を…」
「ちょ、ちょっと待って!」
結界を緩めようとするコアを、フリージアが制する。
「あれ、見てよ」
フリージアが指したそこにはすでに、植物達が集まっていた。
今ココで結界を解いたら、門にたどり着く前に追いつかれる。
しかし、コアの結界も段々薄れてきている。そろそろ、限界の様だ。
コアの結界を解き、ここから抜け出すには、結界を解いた直後、植物達の動きを封じる方法と一定の時間が必要になる。
「火災に発展するから炎は駄目、フリージアの攻撃も一撃必殺用だし、アグノムちゃんのはそもそも戦闘向けじゃないし、コアちゃんは精神的にも体力的もマズそうな感じだし、兄貴の反射能力を使っても、植物に植物の力は通じないし…もぉ、どうしようっ!」
「…水だ」
ジウムは咄嗟に呟く。
「この土壇場で一つ、思い出した事がある。この世に存在するSACERの中には、『四大元素』と呼ばれる特殊なモノが存在してな。その中の、『大地の象徴』と呼ばれるものには、植物を自在に動かす力が秘められていると、以前どっかで聞いた事がある。もし、そのTerraとかいうのが、『大地の象徴』であるとしたら、ヤツの力の源は地。つまり、彼の力の源は、草木本体ではなく、俺達の真下に広がっている、この『地』そのものなんだ」
「つまり、地の弱点である水をぶっかければ」
「Terraの力を止められかもしれない。そういうことだよね?」
「ああ。けど、この噴水の水だけじゃ、この公園の地を覆い尽くすには…」

「それなら、心配しないで」

突然、どこからともなく、声が聞こえてくる。
透き通る様な、少年の声。
どこかで聞いた事のあるような、救世主の声。
「Aqua」
その言葉を耳にしたとき、それは一瞬だった。
一瞬にして、木々の動きが止まる。
雨の様な何かが公園全体に降り注ぎ、地が揺らめいて行く。
植物は、突然動きを止めると、その場に崩れ落ちて行った。
「こ、これは一体…」
しかし、その救世主の姿を確認する前に、強い強風が、アグノム達を襲う。

前が見えない。
聞こえてくるのは、強風のうなりと黒武装達の叫び声
そして、少年の鼻で笑う様な声だけ。

荒れ狂う風と、それに流される木の葉の中、アグノムが最後に目にしたのは、少し背の高い少年の姿と、その背後に担がれた大きな三味線。
そして、少年の左腕に握られた短剣が淡い色を放ち、地に何かを刻み付ける瞬間だけだった。
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リサ ☆2012.09/10(月)02:44
第十一話「この世界を形作った者 〜光と闇と混沌の中で〜」

雨が降っていた。
雨っていうのは、小さい粒で、冷たくて、お空から降ってくるんだって、お母さんがいってた。
でもそれって具体的にどういうものなのかなって考えてもみたけれど、いくら考えてもボクの瞳に『それ』が映る事は無くて、結局いつまで経ってもボクはそれを見る事は出来ないんだ。
――ボクは盲人だって、お母さんがいってた。
具体的にいうなら、明け盲を持った盲人。
でもボクは生き物でありながら人間ではないから、『盲人』ではなく『盲目の生物』というのが正しいのかもしれない。
とにもかくにも、それが産まれてから今までボクが背負ってきた運命で、私達の罪なんだって、お母さんは泣きながらボクを抱きしめた。

――罪。ボクが産まれてきた事、それが罪。
――ボクが生きている事、それが罪。

この世界には存在していけない、混血という存在。
その存在によって、ボクと家族がこれほどにも苦しめられ、追っ手から逃げて逃げて、逃げ続ける毎日を送っていた。
――この世の全てが敵。
そんな世界を、ボクが恨まない日は無かった――
そう。遠い、遠い昔から。
多分、ボクが生まれる、もう何千年も大昔から、ね。


そう心の中で呟くと、少年は空を見上げる。
その空がその目に映っているはずもないのに、少年は懐かしそうな表情を浮かべ、涙を流した。



――現代。あの事件から、何千年も後の世界。

その『現代』と呼ばれる世界には、大きく分けて二つ生物が暮らしていた。
一つは人間。もう一つはポケモンと呼ばれる未知なる生物。
この二つの生物は、遥か大昔からお互いの存在を認め、そして微妙な関係の中でこの世界に生き続けていた。
二つの生物は、時には争い、時には共存して、暮らし合っていた。
しかし、共存する事はあっても、その中で友情や愛情が芽生えたとしても、人間とポケモンが同等の存在で居られる事は出来なかった。
お互いの祖先ともいえる、何千年前の人類が、それを辞めてしまったから。

今から、何千年ほど昔。この世界で、人間もポケモンも一つの人類であった。
姿も形も能力も何もかもが、彼らは同じで、もはやぱっと見ただけでは人間とポケモンの区別がつかないほどにまでそっくりであった為に、彼らの共存は容易かった。
それと同時に、彼らはお互いに『同等の存在』であった。

今では、信じられないかもしれない。
何故ならそれもこれも全ては『天の申し子』と呼ばれる、過去に存在した者達の仕業にすぎなかったのだから――

今からずっと遥か大昔。ポケモンと人間の間で争いが絶えなかった時代に、彼らは遥か天より舞い降り、そしてポケモン達に一つの助け舟を出した。
SACERと呼ばれる神の宝具。
彼らは、ポケモンの力や性質を人間と同等にする代わりに、ポケモンの持つ力をこのSACERに封印せよとポケモン達に言い伝えた。
その提案を飲んだものは、以外にも多かった。
ポケモン達は戦を止め、SACERを用いて人間に化け、そして人間達と共に生活していく道を選んだ。
こうして、二つに分かれていた生物は、一つの人類にまとまってしまったのだった。

しかし、その平和もつかの間、それを悪用した者が居た。
SACERを守護していた『三匹の天の申し子』の内一匹を倒した人間がいたのだ。
人々は彼を『闇の覇者』と呼ぶ。
覇者は、この世でけっして目覚めさせては行けないといわれる、『闇の神』に認められた男で、『三番目の天の申し子』によって守護されていた無数のSACERを使い、世界の征服をもくろんだ。
人間の姿を持ち、人間ならぬ力を使うその者に歯向かうものはおらず、世界は混沌の闇へと陥られて行った。

しかし、残った『二匹の天の申し子』を束ね、彼に歯向かった者が一人だけ居た。
人々は彼を『光の戦士』と呼ぶ。
正義感の強い光の神に選ばれた勇者は、覇者に立ち向かう事の出来る、たった一人の人間であった。
『三匹の天の申し子』の内一匹は戦士に着いてゆき、自らが守護していたSACERを彼の力の源とした。
戦士は、光の神の配下で四大元素を司る四匹の神々を味方につけ、ついに闇の覇者を打ち砕く事に成功する。
――しかし、SACERによって均等を保たれていた世界が崩れ落ちるのは、もはや運命であり、宿命であったのだ。
SACERは残った『最後の天の申し子』によって全て破壊し、人間へと変化したポケモン達はもはや人間として生きるしか道はなく、残ったポケモン達の子孫と人間の子孫は、もう二度と同じ過ちを繰り返さぬ様、それぞれ離れて暮らし合う道を選んだ。
光の神、四大元素は人間と関わった事に対する罪として『堕落』の道を歩むしかなくなった。
力を全てSACERに吸い取られ、その魂ともSACERに封じられ、永遠の眠りについた。
唯一、魂を封じ込められないほど巨大な力を持つ光の神は、力をSACERに封じられただけでなく、その身を二つに引き裂かれ、今もなお生き続けている。
遠い遠い――北の湖に住む、湖の精となって。


「シア姉さん。大変です…湖の水がっ!」
「やかましいぞコア。水が汚れるのは、いつもの事だろうに」
コアとシア。
それが、断罪された彼女達に付けられた、新たな名だった――



時を同じくして、一人の盲目の少年、ウロボロスに拾われる。
名をジャックと言った。
過去に堕落された四大元素の内の一つを操る漆黒の地祇であり――この世で存在を固く禁じられている混血の生き残り。
彼がこの場所に訪れたのは、はたして偶然か必然か。
それを知るものは誰もいない。



『ふーん』
一匹のリーフィアが、花畑の中にうずくまる様にして座っており、そして鼻をならす。
『その後、ジャックはどうなったんだろーね?』
「ジャックはねー。その後もウロボロスの一員として働き続けているよ。地の神も、当初に比べ随分上手く操れる様になったみたいだし、着実に成長をつづけている」
その隣に座っている、一人の少年――いや、青年とも言えるくらいの歳の男性はフフっと笑う。
「さて、ボクが知っているのはこれくらいだな。これから、新たな歴史が始まろうとしている。光の神が復活し、四大元素が動き始めた。彼らの力を用いて世界を変えようとする革命者達が激突しあい、その中で闇の神は何を見るのか」
『闇の神はもうすでに復活している――と?』
「察しがいいね。その通りだよ、バウム」
少年は空を見上げ、目を瞑る。
「闇の神はまだこの世に存在している。闇の覇者の子孫も、ね。それに彼らだけじゃない。三匹の天の申し子もまた、この世界ですでに復活を遂げているんだ。
――言い忘れたけどね。彼らもまた、自ら堕落する道を選んだんだ。堕落――というより、深い眠りについた――という方が正しいだろうね。SACERを破壊し、協力なSACERを封印した彼らにはもう力なんてのは残っていなかった。だから決意したんだ。長い眠りにつき、また闇の覇者と光りの戦士、SACERが暴走するようなら、その時にまた目覚めようってね」
少年はフっと笑う。
「でもね、『三匹の天の申し子』ってのはホントに面白い奴らなんだ。一匹は光に――もう一匹は闇に支配され、そして最後の一匹はそれを見届け始末を付ける。彼らが過去に生み出したそれは、この世界を混沌の渦に飲ませるほどの絶望であった。それ故彼らは『カオス』そのものとも呼べる存在なんだ」
ホント、みな自分勝手なんだよ。少年はそういい、悲しそうに花畑を見つめた。
「バウムも知ってると思うんだけど、ウロボロスの真の目的は世界征服。それはつまり、闇の覇者のしてきたことを、また一から繰り返そうとしているんだ。そしてそれに対抗する湖の精――彼らの姿は、過去に存在した光の戦士に強く重なっている。
――三匹の天の申し子はすでに、この世に復活しているって言ったよね。実はその内の一匹をウロボロスが、もう一匹を湖の精達がすでに所持しているんだ。彼らはまだそれの本当の正体が分かっていないみたいだけど」
少年はそういうと立ち上がり、そしてゆっくりと歩き出した。
『ちょ…どこいくのグラス?』
「興味があるんだ、ボクは」
グラスと呼ばれた少年はフっと笑う。
「この世界の、最後に行き着く結末が――ね。だってボクは――おっと、これ以上は言わないでおこう。次の雲が見えてきているって、草花達が噂しているから。――いいかげん、姿を見せたらどうかな、そこの君?」

「――どうやら、バレていた様じゃな」
茂みから現れたのは、一人の少女だった。
巫女服に身を包み、紅い下駄を履いている、十代前半くらいの少女。
黒に少し銀の混じった長い髪を持ち、首から山吹色の勾玉をぶら下げている。
『ついに追いつめたぜ、この三味線やろうっ!』
「――あぁ、君は確か風の神の使い手のミコトちゃん、だったよね?久しぶりだねー、元気?」
『オイラの話を聞けぇっ!』
「――少し黙らんか、Divine」
ミコトと呼ばれた少女ははぁっとため息をつくと、勾玉をギュっと握りしめる。
「久しぶりじゃのう、水の神Aquaとその使い手よ」
『ひっさしぶりだなーAquaっ!元気だったかー?』
『――お久しゅうございますなDivine。前に会った時に比べて、なお一層元気になられて』
『一年ってんなもん、オイラ達が封印されていた数千年に比べたら、全然短いってーの。そんな短期間で変わんねーよ』
『――ふむ、そういうものですかな』
「さてさてAquaもDivineも、おしゃべりはそれくらいにしてあげて」
グラスはニコっと笑う。
「それで、何か用かな。わざわざボクの所に来るって事は、何か用件があるんだろうけど」
「ふむ、それなんじゃが…」
ミコトははぁっとため息をつくと、花畑に腰を下ろす。
「ウロボロスと湖の精が本格的に争いを始めた様じゃ。なんでもあのジャックが湖の精を追いつめたんだとか」
「ジャック君…ねぇ。まーた厄介な子が前線に来ちゃったもんだねぇ」
グラスは困った様に苦笑いする。
「それで、君は誰の味方なのかな?」
「もちろん、湖の精に決まっておろう!」
『そーだそーだッ!オイラ達はあいつらを倒してナンバー1になんのっ!』
「という若干意味不明な相棒の野望は置いといて、私はウロボロスにこれ以上好き勝手されては困るのじゃ…仲間も一人殺されているし、これ以上黙ってはおれぬ」
ミコトは悔しそうに震えた。
「なるほど、ね。さすが正義感の強い風の神、っていった所か」
「そういうおぬしは、また黙って高みの見物をするつもりか」
「もちろん、そのつもりだ。もとよりボクはそういう存在なのだから。まあもちろん、危なくなったら助けるつもりだけど?」
「――そういえば、この間のジャック襲撃でアグノム達を助けたのもおぬしじゃろう?」
「…げ、バレてたんだ」
グラスは苦笑する。
「もしそれが本当なら何故…!」
「ボクはアグノム君を助けただけで、ウロボロスの敵という訳ではないからね」
グラスはニコと笑う。
「ボクは、アグノム君のAmicusが復活するのを待っているんだよ」
「復活…?」
「そう。彼の力はまだ完全に目覚めていないからね。そんな時にアグノム君がやられたりしたら、面白くないだろう?」
「…おぬしは相変わらずじゃのう…何を考えているのかサッパリ読めぬ」
「それはボクにとって最大の褒め言葉だよ」
グラスは爽やかに微笑むと、そっと立ち上がり、少女に背を向ける。
そして、歩きながらそっと言った。
「君の活躍には期待しているよ、ミコトさん」
一人花畑に取り残されたミコトは、むーっと頬を膨らましながら、グラスとは違う方向へと歩み出して行った――。

「全く、ホント食えない奴じゃ…あいつさえ手組めば、ウロボロスなどちょちょいのちょいなのにー!」
『でもよー、んじゃAquaとグラスの奴は一体何を企んでるってーんだ…?』
「あれほどの力を持っているにも関わらず、世界をその手に納める事も、救う事もせず、ただただ見守る――か。それが奴の生き様なのじゃろう。それでも、昔ちょいと一緒に旅をしていた者同士として、ほんのちょびーっとは義理か何かで助けてくれると思っとったんじゃがのぅ…くぅ、思い出しただけでムカムカしてくるわっ!」
おのれおのれーっ!とミコトは腕をブンブン振り回し、「グラス殿の意地悪、性悪、極悪非道!」と天に向かって叫んだ。
「…ふぅ、それよりもじゃ。私達は一刻も早く、アイオポートに向かわなくてならぬ。グラス殿が使えぬ今、ウロボロスがこれ以上何かやらかさない内に、私が彼らを成敗せねばならぬ…そう、何が何でも――SACERを悪用する事だけは、私が許さない!行くぞ、Divine」
ミコトはそう言い、夕暮れの方に駆け出す。
あの向こうには、アイオポート。
ミコトは必死になって駆け出した。
何が何でも到着せねばならない。これ以上、湖の精達がウロボロスの連中に襲われない内に…!
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ちなみに「次の作品に期待」をもらって「完結」や「続く」になってる作品を 「次へ」「終了」に変えることもできるけど、その場合、次のテーマを 作るためには、もう一度「次の作品に期待」が必要になります。

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