ぴくし〜のーと あどばんす

物語

【ぴくし〜のーと メイン】 【テーマいちらん】 【おともだちぶっく】 【みんなの感想】

連載[1274] カントー動乱記 その2

ピカチョー ☆2011.05/22(日)22:08
第十四話『真夜中の大作戦 〜The Last Of Safari Park〜』

 腕時計の秒針が、カチッと音を立てて時針、分針とぴったり重なった。
 その一秒を経て、さらに秒針が針を進めるのを視界の端で捉えながら、コウが口を開いた。
「十二時だ」
 深夜零時。
 コウがヒロキとユカと知り合った日が過ぎて、新たな一日が始まった。
 セキチクシティの道路の一角。
 真夜中の街に三人の姿はあった。
「…ふう。それじゃあ、最後に作戦を確認するよ?」
 コウがため息混じりに言う。
 そもそも、作戦などと言っても時間ぴったりにユカが騒ぎを起こして、その隙にコウとヒロキがそれぞれラプラスの回収、園長の回収を行う。ただそれだけ。
 ユカのハクリュー、タチアオイならセキチクシティの住人全員を集められるほどの大騒ぎを起こせる、と言っていた。それがリアルだから性質が悪い。
 園長を回収した後は、急いでヒロキとユカがクチバシティに護送。もう船のチケットは取ってあるとの事で、とりあえずまずはシンオウ地方に向かうらしい。
「作戦開始時刻は十二時十七分きっかりで。それまでに各自準備を済ませておいてね」
 ユカが騒ぎを起こすのは市街地からやや外れた平原。
 一方ヒロキが向かうのはセキチクシティの中心地からやや外れた郊外にある園長宅。
 そしてコウが向かうのが、サファリパークとなるわけだ。
 幸いラプラスのモンスターボールは既に園長の計らいで手に入れる事が出来ている。あとはその場に向かってラプラスをボールに戻せば良いだけだ。
 しかし、そんなことを真面目に考えようと、所詮は悪い事。気が引ける。
「まぁ、それじゃあ短い間だったけど色々世話になったよ」
 と、コウ。
 この作戦は、迅速に園長やラプラスをセキチクシティから連れ出す必要がある。
 だから、作戦開始以降、ヒロキとユカにコウが合流する暇はない。ここでお別れだ。
「おう、気にすんな! でーもなー、次会ったときにはせめてもうちょっとバトルのセンスも磨いとけよ?」
「悪かったな、センスなくて」
 園長に会ってからこの時間まで、コウはヒロキとユカのポケモンバトル講座に拘束されていた。
 あまり前向きに受ける気はしなかったのだが、おかげでいくつかの技をレイディットは覚える事が出来た。
「そんなことありませんわ、コウさん。もっと自信を持ってください!」
 とユカが意気込んでくる。
 当の本人が一番コウのセンスの無さを照らし出している事には多分気付いていない。ユカとそのハクリューが見せるポテンシャルの高さは正直おかしい。こんなの出来るわけねーだろ!?と思うような破滅的な威力の破壊光線やら何やらの数々。
 実際にヒロキとユカがして見せたポケモンバトルも、ヒロキの善戦むなしく最終的にはボコボコにされていた。
「…努力…します…」
 とだけかろうじて答える。
「お、そろそろ時間だわ。それじゃま、元気でな」
「お元気で」
「うん、そっちも」


 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/


 十二時十七分。
 セキチクシティ東の空が光ったのを、数多くの人が確認した。
 後の目撃証言の一つには「朝が来たのかと思った」など。
 まさに朝が来たように。東の空の闇が晴れて、天蓋が白んだ。
 きっと外を見れば、空から伸びる一筋の光を見ることが出来ただろう。
 そして、閃光のおよそ十秒後。
 凄まじい大爆音が辺り一帯を襲った。
 地面の揺れ。
 強烈な大気の痺れ。
 鼓膜を突き破るような轟音。
 ――あ、有り得ない…。
 それを、一部始終を見ていたコウが思わず足を止めた。
 皮膚にビリビリと伝わってくる大気の振動。
 この作戦はユカの一撃によって、多くの人の注意をそちらに向けてその隙にラプラスと園長を回収すると言うごくシンプルなものだ。
 だからこそ、確かにどの程度注意を引けるかは非常に重要。
 そして、ユカが連れているポケモンハクリューは、極めて希少な存在。いわゆるドラゴンと称される類のポケモンだ。
 ドラゴンが強力な存在である事くらいはコウでも知っていた。
 が。
「有り得ない…」
 思わず口にしてしまった。
 ハクリューが空から打ち下ろした破壊光線が、文字通り大地を貫いた。
 そしてそこからくる衝撃波だけで、三km以上離れたコウがしびれて動けなくなるなんて。
 あんな奇天烈な威力の破壊光線、多分、食らったら骨も残らないだろう。
 そんなキリングウエポンを、いくらドラゴンとはいえ、一生き物が備えていて良いわけが…。
 そこでユカが微笑んでる姿が頭に浮かんだ。
「何か、有り得る気がして来たな…」
 後日、聞いた話では直径一キロメートルに及ぶ馬鹿でかいクレーターが発見されたとかされなかったとか。


 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/


 昼間にサファリパークに侵入した小道を使って再び侵入した。
 道中警備員に会わないように願いながら、いつ現れても良いようにレイディットは既にボールの外。
 真っ直ぐラプラスまでの道を駆け抜け、ラプラスのいるプールまで辿り着いた。
「おいラプラス! いるか?」
“…ここにいます”
 言われて、昼と同様にプールの真ん中で居住まいを正してこちらを見ているラプラスの姿に気付いた。
「約束どおり、助けに来たよ」
 言ってモンスターボールを差し出した。
「これが君のボールだ」
“そのボールへ、私が入る前に一つだけ、確認させてください”
 コウの言葉に、淡々とラプラスが言葉を返してきた。
 そう、淡々と。
 でも、何か、どことなく背筋がゾクリとする感覚を覚えた。
「…な、何?」
“あなたは、なぜポケモントレーナーたろうとするのですか?”
「え…?」
 問われて気付いた。
 確かに今、自分はポケモントレーナーだ。
 しかし、ポケモントレーナーになった理由は至極消極的。
 いわゆる“成り行き”だ。
 でも、そんな程度の認識しかないトレーナーに着いてこいと言われたら、きっとポケモンとしては不安だろうなぁ。
 そんな事を考えてしまった。
“…突然、妙な事をお訊ねして申し訳ありません。気にしないでください”
 そんなコウに痺れを切らしたのか、ラプラスが一言告げる。
 そしてボールに戻すよう求められた。
“それでは一刻も早く我らが主の下へ、ふたごじまへ向かいましょう”
「ん…」
 小さく頷いた。
 そしてすぐさまサファリパークを後にする。
 幸い誰にも見つからずに済んだ。
 しかし、そんなことよりも。
 ――ポケモントレーナーを続ける理由、か。
 ポケモントレーナーを始めた理由などどうでも良い。ただ、今後続ける上で、今のままでは良くないような気がする。
 ただ、ポケモントレーナーは続けたいと今は思う。
 白装束に襲われたとき、レイディットを奪われそうになった時の自分のあの感覚に何の偽りもない。
 ただ、ポケモントレーナーを続ける理由、を改めて自分に問うと、明確な理由は思い当たらない。
 強いて言えば、ただ自分が一緒に居たいから。
 すごくシンプル。だけど、その理由で自分にとって大切な存在を縛っては居ないだろうか。
「…っ。」
 脇を走るレイディットを見て、少し胸が痛んだ。


 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/


 その翌々日のニュースを騒がしたのは、サファリパークの園長が行方不明事件だった。
 セキチクシティのはずれにクレーターが出来るほどの騒ぎを起きるのと行方不明になる時間のアリバイから関係性を調査している最中だ、という内容。その脇に小さくラプラスの失踪事件なども挙げられていたが、園長失踪のニュースの影に埋もれて消えてしまった。
 それからさらに数日後、サファリパークの事務局にあった連絡で、園長が旅に出たと言うことを本人から確認。
 それ以降、サファリパークは閉園の準備を進め、一年程度の猶予期間の後、その歴史に幕を閉じる運びとなった。
 コウが園長失踪の立役者――ヒロキとユカの任務成功を意味するこのニュースを知るのはもう少し後の話。
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2011.06/25(土)21:28
第十五話「初めてのポケモンジム 〜New Installation〜」


「え、セキチクシティジムリーダー? う〜ん、やっぱりあの『どくどく』がやっかいだよね」
「まさかとは思うけど、そんな弱いのに挑むつもり? それはさすがに止めといた方が良いよ。キョウさんはそのポケモンテクニックを買われてポケモンリーグからスカウトが来るくらいなんだから」
「相手に合わせた変幻自在の戦略が厄介だったかな〜」
「どく状態にされたり、その他にも能力を上げられたり下げられたり、攻撃より補助に対策を立てると良いんじゃないかな」
「やっぱりエスパータイプのポケモンでごり押しでしょ!」
「ジムリーダー以前に、君のトレーナーとしての地力を上げた方が良いよ」
「俺がキョウと戦ってジムバッヂを貰ったときは…」
「わたしがキョウに認められたときの戦いは…」
「あの時、キョウがマタドガスで応戦してきて…」
「キョウのモルフォンの得意技は…」
 ・
 ・
 ・

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/


「レイディット、インクリース!!」
 コウが声高に叫んだ。
 それを受けてレイディットが身を丸くして、『ころがる』攻撃を放った。
 この技は転がり続けるほど勢いがつき、攻守に置いて優勢を保てるわざだ。
 軌道に乗れば押さえ込むのに相当骨が折れる強力な攻撃だ。しかし、そこに至るまで、攻撃力・防御力ともにお世辞にも頼りがいはない。
 そんなレイディットの攻撃を事も無げにモルフォンはひらりとかわす。そして取った背後から、羽をバタつかせ攻撃する。銀色の風、という技らしい。その名の通り、りんぷんの混じった風が銀色の優美な色を纏ってレイディットを直撃する。
 クッと声を漏らして敵トレーナーを見る。
 忍者を自称する少女は、なるほど捉えがたい技を駆使してこちらを翻弄してくる。

 ――さすがに強いな…。

 敵の側には二人の影。忍者の親子。父の名はキョウ、娘の名はアンズと言う。
 今戦っているのは娘のアンズ。
 くノ一用の忍装束を纏った少女の背中で、その父は何を言うでもなくただ隙のない構えで立っている。
 内心舌打ち。
 しかし、目の前の少女を攻略せねば、ボス戦にも挑めない。
 頭を軽く振るい、目の前のバトルへ意識を戻した。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 コウがジムリーダーと戦う事を決めた――というより余儀なくされたのはつい昨夜の事だった。
 ラプラス曰く、「実力のないトレーナーの言う事には従うつもりはない。」
 それが人にものを頼んでるヤツの言い草か、と内心憤るが、ラプラスは人の心が読めるらしい。多分、今考えてる事も伝わってるんだろうな、とそこまで考えて気が萎えた。
 それはともかく、これからの目的地は「ふたごじま」。
 ここセキチクシティの南西沖にある小さな島だ。その名の通り、小さな山が双子のように並んでいる。それ以上何があると言うわけでもなく、精々遠泳で疲れた海パン野郎やらが休むのに利用されるくらいだ。
 一般的に、は。
 だが、このふたごじま。実は内部に深い洞窟を擁している。腕利きトレーナーでも滅多に寄りたがらない、自然要塞だ。
 その理由は、潮の流れに削られてできた天然迷路であることも挙げられる。
 毎年必ず興味本位で挑んだまま、帰って来られなくなる者がニュースで報道されているのをコウも聞いている。
 が、それ以上に忌避される理由――それは寒さ。
 夏でもなお融ける事のない氷が覆っているという。そして、その気候ゆえに、氷ポケモンの巣窟となっている。という話だ。
 暖かく、穏やかな気候に恵まれたカントー地方にあって、なぜそんな冷所が生じたのか。
 それを実しやかに噂されるのが、カントーに伝わる伝説の鳥ポケモン、フリーザーの存在だ。
 ふたごじま近辺で、まれに謳われるフリーザー目撃の逸話。ふたごじまの洞窟の話を知るトレーナーの間では、ふたごじまこそフリーザーの住処ではないか、と。
 コウもふたごじまが特異的に寒いことは知っている。しかし、そんなものは日光による気温変化がないこと、気化熱による気温低下による自然現象だと、それ以上深く考えたことはなかった。
“ヌシ様は、ふたごじまにいます。”
 そんなコウの認識を小馬鹿にするように、ラプラスは言う。
 そして、ふたごじまの主、フリーザーを狙っているというのが、件の白装束の連中。
 それを突き止める事。そしてラプラスの依頼通り、フリーザーを白装束の魔の手から救い出す事。これが当面のミッションになる。
 そしてもちろんそのためには、コウもふたごじまに行く必要がある。
 ただ、何もないふたごじまへ向かう船などない。ポケモンに乗って行かなければならない。
 その協力を、“のりものポケモン”たるラプラスに求める事は当然の帰結であるが、そこでラプラス曰く実力がない奴は何とやら。
 ニンゲンとして協力者にコウを選びはしたが、トレーナーとしてコウを認める気はない、と言う事らしい。
 そこらへん、ポケモンの心情はわからないが、つまりはラプラスが認められるほどの実力の『証』を用意しろ、と言う事らしかった。
 その証こそ、ジムバッヂ。
 カントー各地に存在する、八つのジム。そこでは日夜様々なトレーナーが訓練を積んでいると言う。
 そう言った、そこらへんのトレーナーより鍛えられたトレーナー達とポケモンバトルをし、挑戦者自身も訓練させてもらう。そしてジムの長たるジムリーダーとも拳を交え、その実力を認められれば晴れてジムバッヂを進呈されるというシステムだ。
 強いポケモントレーナーを目指すものは、各地のジムを巡り、ジムリーダーにそれぞれ認めてもらえるまでそこのジムで特訓を積むのがメジャーな方法だ。そしてそのジムバッヂが、人やポケモンがその人の実力を推し量り、納得する上での基準となるわけだ。
 ラプラスの背に乗り、ふたごじまへ向かうためには、奇しくもセキチクシティのジムリーダーを倒す事が必要条件。
 それが、今コウが戦っている理由だった。


 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/


 その晩。セキチクシティの安宿にコウの姿はあった。
“ストレート負けとは、情けないですね”
 ラプラスが言い捨てる。
 別にポケモンバトルが強いだとか、そういう自負があったわけではないが、だったら自分も手伝えよ、と内心少々ムッとした。
 そう、負けた。
 ぼろ負けだった。
 最後はモルフォンの影分身によって、一切の攻撃を当てることなく、毒のダメージで自滅した。
 おそらく、まともにダメージを与えられていないのではないだろうか。
 そのくらい、ぼろ負けだった。
 そもそもジムリーダーとは、カントー随一の実力者たる称号だ。
 何度もジムへ訪れ訓練を積める場所であるという点に、ジムの意味はある。
 ジムでの特訓を通してトレーナーの実力を底上げするのが狙い、ということらしい。
 しかし、そんな悠長に特訓を積んでいる暇はない。今すぐセキチクジムリーダー、キョウを倒しピンクバッヂを手に入れ、ふたごじまへ渡らなければならないのだ。
 だが、キョウはおろかアンズにさえ圧倒的な実力差を見せ付けられた、というのがコウの実感だった。
「なぁラプラス」
 狭い和室の真ん中、畳の上であぐらを掻いた姿勢でコウはモンスターボールに向かって話しかける。
“何でしょう”
「その白装束の連中がふたごじまに現れるのがいつか、ってわかるか?」
“さて、私も当人ではないのでわかりかねます”
 ――そりゃそうか。
「じゃあ質問を変えよう。ラプラスがその話…え〜、白装束がフリーザーを狙ってるってのがわかったのはなんで?」
“…それは…。”
 ラプラスにしては少し歯切れが悪い。
 言葉を選ぶような間を置いてから、“私がふたごじまでヌシ様の周りをうろついている彼らを見つけたからです。”
「へぇ、それはいつごろの話?」
“一ヶ月ほど前の話です。”
「…つまり、ラプラスが捕まった頃ってことか。」
“ええ。”
「…なぁ、ちょっと言いにくいんだけど」
“何でしょう”
「もうフリーザーが捕まっているってことはないか?」
“そんな事ありえません!”
 ピシャリと強い勢いで撥ね付けられる。
 何だか悪いことを言ったみたいで、少し胸が痛む。――だが、実際にはその可能性も十分にありえる。フリーザーがどんなポケモンかは知らないが、もしフリーザーを脅かすような存在が一ヶ月間も時間を与えられて、果たして捕まえることが出来ないものなのか?
 ――それは議論しても仕方のないことか。
 行ってみなければわからない。結局結論はそこなのだ。
 少し思案する。
「なぁラプラス」
“何でしょう。”
「ちょっと焦ってきただろ。バッヂは諦めてふたごじままで…」
“いやです”
「おい」
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2011.07/10(日)21:59
第十六話「少女の事情 〜New Installation〜」

 セキチクシティのジムリーダーの娘。
 彼女の父は強い。だから、その父に育てられた娘も強いに違いない。
 そうやって言われて育ってきた。
 別にそれが嫌だったとかそういう訳ではない。確かにそれはプレッシャーでないとは言わない。
 しかし、それ以上に強いと言われる父のことを誇りに思っていたし、いずれはその父を超えてみせるという気概もあった。
 だから、そんな父がポケモンリーグから声がかかったのは本当に嬉しかった。
 そして、知る。
 今のままでは、父はその誘いを断らざるを得ないという現実を。
 いずれ、とはやってこない未来ではダメなのだ。
 さすがに父を超えるまでは行かずとも、少なくとも彼に認められるだけのトレーナーにならなければ、この話は泡と消える。
 だから、強くなりたかった。今よりもっともっと強くならなければならなかった。
 父に認められる程の、セキチクシティジムリーダーとして認められる程の強さが必要だった。
 それが、今、彼女が置かれている現状だった。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 ――あれでもまだダメなのかなァ。
 正午を回る頃合いのポケモンセンター。ポケモンを回復させるための受付カウンターにアンズはいた。
 ふと、昨日の挑戦者との戦いを思い出す。
 結果から言えば、圧勝。自分の持ち味を存分に発揮し、相手を翻弄することができたと自負している。
 しかし、父はそれについて何も言わなかった。ただ、少なくとも自分の戦いを認められたという感触は一切無い。
 ――もっともっと圧倒的に相手を倒せるようにならないとダメってこと?
 自問する。
 確かに今朝も父を相手に戦って、また勝てなかった。
 本気で戦う自分を倒せるようにならなければ、ジムリーダーになる資格はないということだろうか?
 ――父上はポケモンリーグに行く気がないとか?
 しかし、そんなはずはない。アンズ自身、ポケモンリーグから推薦があってすぐにキョウへ尋ねている。
「父上、このジムはアタイが守るから、行っておいでよ!」
「ファファファ、言うことだけは一人前になったな、アンズ。しかし、おぬしがジムリーダーになるには、まだ早いな」
 そう一蹴された。
 しかし、このセキチクジムでアンズより強いトレーナーはキョウを除いて他にいない。
 大方の挑戦者と戦っても、勝てる自信もある。
 それは、自分を育てた父親が一番分かっていると思っていたが…。
「む〜」
「あれ、アンズ?」
 思わず唸っていた。それとほぼ同時、後ろから声をかけられる。
「え? ああ、アンタ昨日の…」
 振り向いた先に立っていたのは一人の青年だった。昨日セキチクジムに挑戦者として現れて、アンズがコテンパンにした男だ。名前は確か…。
「コウだよ。アンズでもポケモンの回復はポケモンセンターなんだ」
「当たり前じゃない」
「また誰か挑戦者でもあったんだ?」
「違うよ。今日は父上に稽古を付けてもらってたんだ」
「へぇ、まだ強くなる気なんだ…」
 そう言ってコウは苦笑いする。
「アタイなんてまだまだ。父上には及ばないよ」
 そう、まだまだだ。その父に認めてもらえるほどの実力がなければ、他の誰に強いと言われても意味はない。
「もっともっとアタイが強くならないと、父上の荷物に…あ、いや、何でもない!」
 だんだんと喋っているうちに弱気が蝕んでくる。危うく弱音をこぼしそうになった自分に気づいて、急いで話題を他へ向ける。
「コウはまたうちのジムに挑戦しに来ないの?」
「近々行こうとは思ってるけど」
「じゃあその時はまたアタイが相手してあげるよ!」
「ハハ、お手柔らかにお願いするよ」
 と、そこでアンズのポケモンの回復が終わったことを受付のお姉さんが告げる。
「じゃ、アタイはジムに戻るよ」
 お姉さんから預けていたボールを受け取って、そそくさとその場を立ち去る。
 と、そこで再び名前が呼ばれた。それに立ち止まる。
 そして、コウの発した言葉。
「無茶なお願いだとはわかってる。良かったら、俺に稽古を付けてくれないか?」
「へ?」
 藪から棒に何を言い出すのか。思わず変な声を上げてしまった。
 しかしそんなアンズに構わず、コウは矢継ぎ早に、
「もっと強くなりたいんだろ? 人に教えるってのも必要なステップだと思うんだけど。自分の知ってること、出来ることを再確認するいいチャンスだし、教えるってのは自分が本当に理解してなくちゃできない。特に何も知らない俺みたいなのを教えるってのは、絶好のチャンスだと思うんだ」
 なんて言ってくる。
 ――アタイは他人に構っている暇なんか…。
 そこまで考えて、ハッと閃く。
 ――もしかしたら、父上もアタイがこうやって頼られる姿を見たら、考え直すかも?
 あ〜なるほどね〜、とぼやき、宙を見ながら一思案。
 それが至極甘い考えだなとわかっている自分もいるが、試す価値がないとは言えない。
 むしろ、このままいつ倒せるともしれない父に挑むよりは効果的に思えた。
 宙へ向けた視線をコウの顔まで降ろす。
「いいわ。そのかわり、やるからには手加減はしないよ」
 その言葉にニッとコウが頷いて。
「ありがとう。望むところだ」

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 少し時を遡る。
 その日の朝、コウは15番道路にいた。
 カントーの町町をつなぐ主要道。その一つであり、セキチクシティからシオンタウンへと伸びるこの場所で、今朝早くからコウはポケモンバトルに興じていた。
「よ〜し、K.Oだ!」
 そう叫ぶのは目の前にいるたんパンこぞうだ。
 う…と声を詰まらせている方が、コウだ。
「兄ちゃんのポケモン、強かったけど戦い方がまだまだだな!」
 一回りほど歳も違うであろう少年に、諭される。
 ――まぁ、ポケモントレーナーとしては彼のほうが先輩かもしれないんだけど…。
 昨日挑戦した初めてのジムバトル。
 そこで痛感したのは、圧倒的な実力不足。
 それは十分に思い知った。
 しかし、状況は待ってくれない。もしかしたら、今から行けばフリーザーを助けられ、白装束について知ることができるかもしれない。それが明日になったら何も無くなっているかもしれない。
 だから、コウは15番道路に来ていた。
 その目的はひとつ。

 レイディットの経験値を積み、強くなるため!

 …ではなく、キョウについての情報収集が目的だった。
 しかし、残念ながらジムバトルに臨むトレーナーに話しかけて、まさか素通りさせてくれるはずもなく、無理やりポケモンバトルに持ち込まれること早十回。
 うち戦績は7勝3敗。
 ポケモントレーナーを始めたばかりのひよっことしては中々の戦績だ。
 が、それはすべてレイディットの能力があっての話。
 負けた理由を思い返せば、タイミングを見誤った指示から形勢を崩して、立て直せないまま押し負けている。
 勝ったケースにしてもやはり、明らかな判断ミスはある。しかしそれでも押し切れるほどレイディットの能力が高い。そういう話だと、コウも理解し始めていた。
 そして、本来の目的たる情報収集の成果もそこそこ上がってきていた。
 聞けばキョウは相当の策士らしい。聞き集めてきた話を統合すると、こちらの動きに合わせていくつかのパターンを用意している可能性が高い。
 大きく分けると三パターン。
 一つは、単純な力技。相手との実力差が見て取れるような場合には“ヘドロばくだん”や“サイコキネシス”なんて技で攻めてくる。このケースはコウでも直接戦ってそんなに強いトレーナーではない場合。
 二つ目は、状態異常を軸とした長期戦型。キョウの最たる得意技である“どくどく”を活用し、その時間が経つごとにダメージの大きくなる毒を浴びせた上で、“かげぶんしん”による回避や“あやしいひかり”による自滅を誘う技で、じわじわとこちらの力を削いでくる戦法だ。昨日のアンズの戦い方もこれに該当していた。
 そして、三つ目が、一と二の合わせ技。その結果として、挑戦者の思考を封じてくる。この戦い方を語った者が口を揃えていうのは「何をしても無駄」という言葉。
 渾身の攻撃をいとも容易くかわされ、こちらがキョウに応じて長期戦の構えを取る間に力技で押し込まれる。そうやって、トレーナー自身の意識を封じ込めて、あとはゆっくりと毒で蝕んでくる。
 だが、この三つ目の戦法で打ちのめされたものの多くはジムバッヂを結果としてもらっている。
 要はそこまで克服しなくても良いということなのだろう。
 ただ…。
“…首尾はいかがですか。”
 ラプラスが語りかけてくる。
 そう、ラプラスとしてはそろそろこの情報収集の成果が欲しいということなのだろう。
 確かにコウ自身、情報収集としては一定の成果は得られたという印象はあるし、状況を鑑みればそろそろ動き出したいという気持ちもあった。
 あったが…ただ、それ以上に思うところがある。
「ああ…」
 上手く言葉にできず、ラプラスの問いに生返事をするに留めた。

 その後戻ったポケモンセンターで、アンズと出会った。
 そして気付いた。
 今、自分がどうすれば良いのか。
 ここのジムをやり過ごしてなんとかジムバッヂを手に入れるだけなら、何とか出来るかもしれない。
 ただ、それでは次に続かない。
 今日、改めてバトルを繰り返してわかった。
 もっとコウがトレーナーとして強くならなくては、多分ふたごじまへ向かっても何も出来ない。
 でも、このまま自分がトレーナーとして強くなるには時間がない。そして、何よりその方法もわからない。
 だから、アンズと出会った瞬間に、決めた。アンズとトレーニングをして、アンズの決定的な弱点を見つける。
 その上で、多少なり強くなる。
 それが今できる最善ではないか。
 そう閃いた瞬間、コウは口を開いていた。
「無茶なお願いだとはわかってる。良かったら、俺に稽古を付けてくれないか?」
st0022.nas931.otsu.nttpc.ne.jp
ピカチョー ☆2011.07/17(日)20:19
第十七話「父の在り方 〜New Installation〜」

 セキチクジムの一角。
 アンズとコウと、そして何名かのジムトレーナーが円を作るように集まっていた。
「アンズちゃんが稽古をつけてくれるんだって!」
「え〜、あたしも聞いてみたい」
 なんて、話がジム内でわっと広がって、アンズを慕っている女の子トレーナー達が集まってきた。
 それにアンズは何だか居心地の悪さを感じていた。
 やっぱりまだまだアタイはそんな柄ではない、と。
 しかし、こちらに向けられる期待の眼差しにヘタはできないな、と気を引き締める。
 ――人望あるんだな…。
 そんな光景を目にして、コウは一人思う。
 早速ジムトレーナーとアンズがバトルを始めていた。
 何でも今日は「じょうたいいじょう」というやつについて、研究と研鑽をつむことが目的だという。
 目の前でアンズのマタドガスが煙を吐き出す。しかし、ジムトレーナーの使うニドリーナはそれを意に介した様子もなく、
「まずは基本のおさらい。私たちの使う毒タイプのポケモンは、どく状態になることはないわ」
 その隙にニドリーナがマタドガスへ向かって駆け出す。
 繰り出す攻撃はみだれひっかきだ。
 ガリガリと顔面を引っ掻き回されるマタドガスがひるむ。
「だからそういう時は例えば相手を麻痺させる」
 マタドガスを戻した返り手で次のモンスターボールを放つ。
「モルフォン、しびれごな!」
 現れたポケモン――巨大な蛾の姿をしたポケモンが翼をはためかせ、鱗粉を飛ばす。
 それにニドリーナがビクリと体を震わせ、その動きを鈍らせる。
 その瞬間を逃さず、モルフォンが光線を放つ。サイケ光線という名の技はニドリーナの弱点であるエスパータイプらしい。
「アタイたちの戦い方は、こうやって、相手の隙を作って、その隙を攻めるの」
 ――単純に、アンズのポケモンはよく鍛えられているんだろうなぁ。
 そんな光景を見ながら、コウは思う。
 先ほど攻撃を受けたマタドガスにしても、それほど大きなダメージを受けた様子はなかった。
 そして、ニドリーナを一撃で倒したモルフォンの攻撃力を鑑みれば、おそらく麻痺させる必要もなかったのだろう。
 素人目ながらに、そんなことを思う。
 と、そこでラプラスが声を掛けてくる
“…悠長なものですね”
「でも、必要なことだろ?」
“あなたがそんなにすぐに強くなれるという保証はないでしょう”
「確かに保証はない。保証はないけど。三日だけ、時間をくれないか?」
“三日ですか。それでジムリーダーに勝てるのですね?”
 ――それはやってみなければわからないけど。
 どうせ心が読めるのだ。口に出さなくとも伝わるのだろう。
 それでラプラスも諦めたのか、それ以上話しかけては来なかった。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 その日の晩。一日の特訓を終えたコウの姿がポケモンセンターにあった。
「え、コウってまだ一ヶ月しかポケモントレーナーしてないの!?」
 その隣にはアンズ。心底驚いたような顔をコウへと向けている。
「すご〜い、それだけでそんなに強いなんて、コウさん才能あるよね」
「ね〜」
 共に今日の特訓を遂げたメンバーで、ポケモンの回復に訪れていた。
 ――あれ、何で俺、こんなメンツに混じってこんなところに居るんだ?
“良い気なものですね、こちらの気も知らないで、ハーレム気分ですか?”
「う、うるさいな!?」
 突如、ラプラスが会心の一撃を繰り出してくる。
 思わず叫んでしまった。完全に自分が褒められていたのをうるさいとか言ってしまう嫌なキャラに格上げだ。
「い、いや、何でもない! アンズたちのことを言ってるわけじゃなくて…!」
 なんていう言い訳が白々しく響く。
 ――クソ、完全にハメられた!?
“自業自得です”
 フフフ、とラプラスが笑う。
 ああ知ってた、知ってたとも。このラプラスの性格が悪いことなんて!
 しかし、確かにラプラスの言う事に一理ないとは言わない。
 というか、コウの人生において、こんな十代前半の頃の少女に囲まれてお喋りなんて経験した記憶がない。
 自分が同じ年の頃なら、と思い返しても、なお一層ない。
 今更ながらに、何を喋ってもいいのかも、どう接したらいいのかもわからない自分に気付いた。
 そして、同時に妙な気恥ずかしさに襲われる。
 ――ああ、俺、周りにどんな目で見られてんだろ!?
 しかも、さっきおもいっきり空気の読めない真似までしでかした。
 自分のポケモンの回復が終わるやいなや、
「ご、ごめん、俺、もう宿に戻らないといけないから! それじゃ、また明日!」
 そそくさと逃げ出した。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 ポケモンセンターから早足で、連泊している安宿へと向かう。
“フフフ、さきほどのあなたには中々笑わせていただきました。”
 満足そうにラプラスが話しかけてくる。
「るっさい!」
 今度は、周りに聞こえないよう、ソッと声に出す。
 そこで溜息を一つ。
「ところでラプラス」
“急に改まってどうしました?”
「何か食べたい物あるか?」
“はあ、急に何ですか”
「いや、よく考えたら俺はラプラスの好物が何かとか…そもそもラプラスが何を食べるのか知らないな〜、と思って」
“別に、昨日からあなたの用意してきた携帯食で結構です”
「あ〜、あれもなくなったから、買いにいく。まぁ、折角だから、用意できる範囲で準備するよ。遠慮しなくていいから」
“あなたはまだ『ポケモンを飼う』という感覚でいるようですね”
「ん〜、そんな変か?」
“ええ。”
「そうなのか…。なぁ、レイディット?」
 腰に取り付けたモンスターボールに向かって、問いかけてみる。
 もちろん返答などあるはずもないが、少なくともレイディットと過ごしてきた一ヶ月にとっては、『ポケモンを飼う』という感覚とやらが普通だった。それがおかしいと言われる道理もよくわからない。
 結局その日の夜は、少し高めのポケモン用の携帯食を用意して、自分の為に買った市販の弁当を並べて一緒に食べた。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 翌日もアンズの講義は続いた。
 その日のお題はポケモンの能力変化について。
 ポケモンには物理や特殊といった区分けがあって、それぞれのポケモンの特性にあった攻撃方法を用いるのが良いということらしい。
 ことレイディットは今使える技はすべて物理的なダメージを与える技だという。
 そして、その技の特性も少しずつわかってきた。
 たとえばコウが『疾風』と称している“でんこうせっか”はかならず相手から先手を打てる技だということ。つまり、相手との接戦で、先に攻撃したほうが勝てるというシチュエーションなら必ず勝てるということ。
 ポケモントレーナーなら常識とも言えるこの論理も、もちろんコウは知らない。
 それを実践で活用し、『疾風』でギリギリのせめぎ合いを制することもできた。そして、その喜びをレイディットと分かち合う。
 少しずつ、自分もレイディットも強くなってきている。
 そんな喜びもまた、レイディットと分け合える。
 ――確かにこれは、確かにポケモンバトルも面白いかも。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 その翌日。
 この日、朝早くコウがジムへと訪れると、既に先客がいた。
 ジムに入ってすぐに、隣にアンズが寄ってきて説明してくれた。
「旅のトレーナーだって。ちょうど今はじまったとこ。」
「へぇ…」
 ジムの中央のスペースで、キョウと少年が対峙している。
 キョウのポケモンはクロバットというコウモリポケモン。対する少年はスプーンを持った老人のような風貌のポケモンを繰り出している。
「あれは?」
「ユンゲラーよ。エスパータイプのポケモンで強い念動力を扱うポケモン」
 確か毒タイプのポケモンはエスパータイプのポケモンに弱い。連日の特訓で得た知識を引っ張り出す。
「アンズはもう戦ったの?」
「戦ってないよ」
「戦わないの?」
「それはあんたが…いや、何でもない!」
 あんたが来るから待っていたんだと言いかけて、慌てて閉口する。コウは「俺が何?」とか言っているが取り合わないことにする。
 そうこうしている間にバトルの火蓋が落とされる。先手を打ったのは挑戦者。ユンゲラーがスプーンから光線を発射する。それがサイケ光線という技で、上手くすれば相手を混乱させられる技だとわかるのも特訓の成果だろう。
 ユンゲラーの攻撃を「まもる」ことでやり過ごす。そしてすぐさま攻撃へと転じる。「つばさでうつ」を仕掛けに行く。
 クロバットは相当素早い部類のポケモンだ。そんなクロバットの速さに応戦できているユンゲラーもかなり鍛えられているのだろう。攻撃に攻撃を返す応酬が続く。そのやりとりを見るだけでよくわかった。
 キョウは強い。
 タイプの不利を覆してなお打ち合えるだけのそもそもの地力がある。
 挑戦者の少年の表情には焦りの色が伺える。指示がだんだんとサイケ光線でなんとかゴリ押ししようという単調なものに変わってくる。
「ファファファ、正面からぶつかるだけがポケモンバトルではないぞ。毒の恐ろしさ、とくと味わうがいい。クロバット、どくどくだ!」
 そうキョウが叫ぶや、クロバットが毒の塊をユンゲラーへと吐きかける。
 より挑戦者が焦る。と、コウは思っていた。しかし、想像に反し少年はハッとした表情を作った後、すぐさまユンゲラーに指示を飛ばす。
「ユンゲラー、でんじはだ!」
 見えない力が働いて、クロバットの動きが急速に鈍くなる。
 そして、動きが鈍ったところにユンゲラーがサイケ光線を撃つ。そこでクロバットが倒れた。
 ――あのままやれば、勝てたのに。
 毒タイプしか使わないセキチクジムにあってエスパータイプのポケモンと戦うのはなかなかに至難といえる。でもだからこそ、タイプの不利に負けないよう特訓を積んできた。相手との力量差を鑑みても、あのまま打ち合っていれば勝てる戦いだった。
 それにアンズは納得がいかない。
 そんな相手にチャンスを与える真似をして、さらに負けてしまってはジムリーダーの名が廃る。
「あ〜、そうか。こういう時に状態異常って役に立つわけか」
 ボソリとコウが呟いた。
 結局その後のバトルはキョウのアリアドスがユンゲラーを打ち破り、結果的にキョウは勝った。
 ただ、なんとなく、コウの一言が耳に残っていた。
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2011.07/17(日)20:21
第十八話「強さの意味を知った先 〜New Installation〜」

「アンズはやっぱりいつかジムリーダーになるの?」
 目の前の男は平然とそんなことを聞いてきた。
「ん、なりたいとは思うけど…」
 それが“いつか”ではダメなんだ。“今”でなければ。
 その日の特訓を終えてポケモンセンターへと向かう道中。コウとアンズの姿があった。
「けど?」
「今のアタイでは父上に認められるほどの実力はないんだ」
「まぁ、それはしょうがないんじゃない? キョウさんはアンズが生まれる前からポケモンと過ごしてたんだろ? 今は無理でも努力を続ければ、いつか認められるよ」
 それはご尤もな話だと思う。
 でも。
「アタイは今ジムリーダーにならないといけないんだ!」
 自分で思っていたより、ずっと大きな声が出てしまった。突然のことに驚きながらコウが理由を訊いてくる。
 言ってから、アンズもしまったとは思った。思ったが、ここまで喋ってしまったんだ。もう、このまま喋ってもいいかもしれない。そういう結論に至り、ポツリと言葉をこぼした。
「父上に、ポケモンリーグから推薦があったんだ」
「へぇ、すごいじゃん」
 そう相槌を打つ。でしょう!と一瞬顔を明るくするも、すぐにしょげた顔を作った。
「でも、この街からジムリーダーがいなくなる訳にはいかない。」
「うん」
「だから、アタイが今すぐジムリーダーになって…」
「ああ…それで父上の荷物になりたくないとか言ってた訳か…」
「アタイ、そんなこと言ってた?」
 急にアンズが顔を真赤にする。
「うん」
「あ…言ったかも…。うん。だからアタイはもっと強くならないと」
「ふ〜ん、なるほどね…」
 アンズの置かれている状況自体は理解できた。しかし、今のコウにそれ以上掛ける言葉が見つけられない。もちろんコウなんかにここをどうしたらもっと強くなれるよなんてアドバイスができるわけはないし、かと言って下手な慰めに意味が見出せない。
 自然と会話が止まる。
 それを待ち侘びていたかのように、頭に声が響いた。
“コウ、約束の三日ですよ。”
 そんな無遠慮な言葉に、少し苛立ちを覚えたが確かにその通りだと理解はできている。これ以上時間はかけられない。
「なぁアンズ」
「何?」
「明日になったら、改めて俺と戦って欲しい」
「あら、もうアタイに勝てると思ってるんだ?」
 ニヤリとしながらアンズが問いかけてくる。
「ハハハ、厳しいかな?」
「挑戦してくるなら受けて立つわ」
「ありがとう。お手柔らかに頼むよ」

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

「レイディット、疾風だ!」
 いの一番にそう叫ぶ。グッとレイディットの体が加速、白い筋となって敵のマタドガスへと突き刺さる。
 その勢いにマタドガスが大きく後ろへ突き飛ばされた。すんでのところで堪えるが、宙に浮かぶのも精一杯という体でよろめいている。
 セキチクジムに挑んでから四日後の今日。コウは再びここにいた。
 訓練生としてではなく、一人の挑戦者として。
 対する相手はジムリーダーの娘、アンズだ。彼女を倒したとて、ジムリーダーではないのだから、当然バッヂはもらえない。そんなことはわかっている。
 けど。
「さすがでたらめな攻撃力ね、そのヒノアラシ!」
 ニッと笑うアンズ。その表情には確かな余裕が伺える。
「レイディット、イリュージョン!」「マタドガス、だいばくはつ!」
 同時。レイディットの体がその場でぼやけ、マタドガスの全身から光が爆散する。
 雷の打ったような爆音が場内に轟いた。マタドガスの全身全霊を賭けた攻撃に大気が痺れるのがわかる。
「あれ、運が良いねコウ!」
「おかげさまでね」
「まだまだ余裕そうね!」
 ――心臓飛び出すかと思った。
 この場で立っているというだけで、少し体が硬くなっている。初めて挑んだ、何も知らない頃の自分じゃない。勝てないという絶対的な差はないと思っている。でも、勝つには一分のミスも許されない。
 マタドガスが出てきた時点で、爆発される可能性は考えていた。だけど、レイディットにはそれを確実にやり過ごすだけの技がない。こちらの回避率をあげ、運に頼るのが限界だ。だから、最初の一撃で倒したかった。
 それを耐えられた瞬間、もう無理かと思った。
 追い打ちを掛けるようなだいばくはつ。
 時間が止まったみたいな強烈な焦りに襲われた。
 でも、ある意味予想通りの結果だった。すんでのところでイリュージョンを指示できた。結果的に運が良かったというだけの話だが、それでも、前回の大敗よりは確かな手応えがある。
 ――だからアタイはもっと強くならないと。
 ふと、昨日のアンズの言葉が頭をよぎる。今、口元を緩めてこの勝負に挑んでいるアンズが、しかしこの戦いに何らかの覚悟を以て臨んできている。
 自然と、握る拳に力が入った。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 ――コウは強くなったね。
 それが羨ましいと心から思った。当然といえば当然か。ポケモントレーナーとして、何一つ知らなかったのだ。今は何を得ても必ず強くなれる、そういう時期だ。
 目の前で、モルフォンに強力な一撃を浴びせてくる。たかだかでんこうせっかなんて技で、これほどまでにダメージを与えてくるポケモンは、コウのレイディットが初めてだ。
 ――でも、それでやられるほどアタイのモルフォンは柔じゃない。
 そう思うだけで、自然と笑みが零れてきた。
 ここで負けるようでは、こんなポケモンを始めたばかりの新米トレーナーに打ち負かされるようでは、ジムリーダーの資格などないだろう。
 だから、絶対に負けられない。
 負けられない。が。
「フフ、楽しいねコウ!」
「こっちはもういっぱいいっぱいだけどな!」
 モルフォンの痺れ粉にレイディットの動きが鈍った。そこへ畳み掛けるように攻撃を指示。シグナルビームという名の攻撃が、レイディットを撃ち抜いた。
 ――コウのヒノアラシは強い。けど、まだまだ防御力には難有りね。
 心中思う。やはり想定通り、もう立っているのもギリギリなそういうダメージを負っていた。
 ――ただ、人のことはあんまり言えないけど。
 これまでに重ねてきたのはわずか数手の打ち合いだ。しかし、それだけでアンズのモルフォンも十分な位置まで追い詰められていた。それほどまでに、レイディットの一撃が重い。
 そんな局面で求められるのが、トレーナーの判断力なんだ。
 コウの経験値では、きっとモルフォンがあと一撃で倒せるということには気がつかない。
 なんとか、自分のポケモンを守るための策に走るだろう。堅実主義のコウなら間違いない。
 そこが、決定的な弱点になる。
 コウが、手持ちのリュックサックに手を伸ばした。
 どんな手を以ても、もう積みだ。
「モルフォン!」
 叫ぶ。
 叫びながら、思った。
 ――コウに勝ったら、父上は認めてくれるかな?
 こんな新米トレーナーをコテンパンにしただけで?
 ――コウをここまで強く育てたのはアタイだ。
 でも、自分にはまだ敵わない。
 そんな思考が駆け巡る。
 言葉が詰まった。二の句が継げなくなった。こちらの行動にコウがこちらを向いて身構えている。
 コウの顔を見て、思い出す。
 自分の父が、勝てる相手に手を抜いたように見えた戦いがあったことを。
 そこから、何かを得る人がいたことを。
 なんだか、ずっと胸の中にかかっていたモヤが、急速に引いていくような感覚。
 雲の中から、太陽に向かって一直線に突き進んでいるような、光の差してくる感覚。
 ――ジムリーダーって…!
 急に、わかった。
「コウ、アタイのモルフォンと長期戦なんて挑もうって言うの!?」
 わかった気がする。
 それが父の求める答えかはわからない。
 わからないけど、違ったとしても、自分の目指すジムリーダーはそうありたいと思った。
 だから。
 それが、勝つために、絶対にしてはいけないことだとわかってもいても、アンズは言った。

「それより、先にアタイがケリをつけてやるわ!」

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 形勢は劣悪と言わざるをえない。
 麻痺を受け、持ち味のスピードを殺されたレイディット。さらには、打ち込まれたシグナルビームなる技。
 ここまでは、予想できない事態ではなかった。
 ただ、レイディットの受けたダメージだけは、予想を遥かに超えていった。
 シグナルビームとは、むしタイプの技のはず。だから、レイディットがダメージを受けても、ほのおタイプというレイディットに効果は薄いはずだった。仮にこの場でサイケ光線を受けても、エスパータイプではないモルフォンの攻撃ならゆうに耐えられるという目算があった。
 しかし、今受けたダメージは、明らかに致命的。ダメ押しの一撃があれば、確実にやられる。
 急に目の前がグラリと揺れる。体中から汗が吹き出してくる。
 ――何とか、この場を凌がないと!
 でもどうやって?
 ふと、思い出す。先日、レイディットたちのご飯を買うときに一緒にカゴに入れた、キズぐすり。
 それならこの場は凌げるか?
 しかし、考えている暇はない。アンズがモルフォンの名を呼んだ。
 早く!
 リュックの中にあるスプレー缶を掴む。
 アンズが言った。
「コウ、アタイのモルフォンと長期戦なんて挑もうって言うの!?」
 そんなハズはない。
 長期戦になればなるほどアンズの術中にハマって、勝てる見込みが薄くなる。長期戦というのは、いかなる状況に落ちても何とかできる、対応力が求められることだ。
 そしてそれが、今の自分にはまるでないこともわかっている。
 ポケモンバトルで出会う技の一つ一つが初めて出会う謎の技なんだ。
 だから、先手必勝で、一撃で決めるつもりの疾風だったんだ。
「それより、先にアタイがケリをつけてやるわ!」
 アンズが言う。
 それは勝てるという確信の表れか?
 アンズの真意はわからない。
 でも、ひとつだけわかった。
「レイディット、疾風!」
 何の捻りもない。
 が、それで十分だった。
 麻痺していようとも、それは先制技なんだ。
 ここでキズぐすりを使っても、状況は変らない。それどころか、回復量が足りず、このまま押し切られる可能性も十分考えられる。
 勝つ確率を上げるには、もう一撃、攻撃を加えるほかない。
 そして、麻痺して動きの鈍った現状でそれを実行出来る方法は、最初からこれしかなかったんだ。
 モルフォンが倒れる。
 そこで初めて、モルフォンも限界ギリギリのところで戦っていたという事実に気付く。
 さっきのマタドガスと違って、さっぱり気付かなかった。
 ――俺、もしかしてメチャクチャテンパってたのか。
 それを教えてくれたのは…
「あ〜、負けちゃったァ!」
 目の前で悔しそうに呻く少女を仰いだ。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

「さあ! 次はいよいよジムリーダー戦だよコウ、準備は出来てる!?」
 そういうアンズの声に、コウは目を見張る。
 ――アンズは確かにこの勝負に何かを賭けてた…と思ったけど。
「あ、ああ、ちょっと待って」
「もう、勝ったのはコウなんだからもっとシャキッとしなよ!」
 アンズの声は明るい。
 最初は無理して明るく振舞っているのかとも思った。
 だけど、多分違う。今の晴れ晴れとした表情にも、ハリのある元気な声も、虚勢で作ったまがい物には見えない。少なくともコウにはそう見えた。
「ファファファ、その必要はない。」
「「え?」」
 声が被る。それも構わず、声の主を見た。
 それまでひたすら審判として、バトルの行く末を見守っていた男は満足気に笑いながら言う。
「なかなか良い戦いだった。コウ、お主はセキチクジムの、変幻自在のポケモンバトル、とくと味わったか?」
「は、はい!」
 これまで、同じジムでトレーニングをさせてもらっていた。が、話しかけられるのは、この瞬間が初めて。自然と背筋がピンとなって声が上擦った。
「これを持って行くといい」
 そう言ってキョウはこちらへと歩み寄り、握った拳をこちらへ伸ばす。
 咄嗟にそれを受け取った。
 手のひらに乗る微かな重量感。親指大のそれは、ピンクバッヂ。
「え、こ、これは?」
「ピンクバッヂよ、これがセキチクシティのジムリーダーに認められた証だ」
「いや、でもまだ僕はキョウさんと」
「そうよ父上、いきなりどうして!?」
「ふむ…」二人の動揺にキョウは一つ頷き、「アンズよ、お主はコウの実力を認めるか?」
「え、そ、そりゃあコウは強くなったと思うけど…」
「ならばそれが答えよ、ファファファ」
 そう言って大きくキョウが笑う。
 でも、とアンズが口を開く。が、それ以上の言葉が見つからず、すぐに閉口する。
 ――アンズが、ジムリーダーとして認められたってこと、か?
“あなたもなかなか運が良いですね。ジムリーダーの交代するタイミングでジム戦に挑めるとは”
「いや、そういうことじゃないだろ?」
“私は初めからあなたにジムバッヂの取得以上のことは求めていません。”
 ピシャリと言い捨てられる。まぁ、それはそうなのかもしれないが。
 コウが小声でラプラスと会話をする向こうで、親子が向かい合う。
「アンズよ、もうジムリーダーとして、何が大切なことなのか、わかっておるな?」
「うん。多分だけど、わかった」
「ならば、良い。今すぐに、とまでは言わんが、これから先、心づもりはしておくんだ」
「う、うん。…わかった父上。」
 皆まで語らぬ父の語り口に、しかしアンズは神妙に頷いた。
「さて、あんまり邪魔するのも悪いし、もう行こうか」
“ええ、そうしてください。”
 こっそりとその場を離れることにする。
 三日も世話になったのだ。挨拶をせずに立ち去るのも悪いな、という思いもあったが、ラプラスの急いた物言いにそっと出口へと向かう。
 それをアンズが見つけ、こちらへ走り寄ってきた。
「コウ!」
「もう良いの?」
「うん。あれだけ言ってもらえれば、十分!」
 晴れた表情でアンズは言う。
「ありがとうコウ、あんたのおかげでアタイ、少しだけで前に進めたよ」
「何言ってるんだよ、それはアンズ自身が努力した結果だろ」
「でも、アタイはコウのおかげだと思ってる。ありがとう」
 そんな言葉に、少し戸惑いを覚えた。でも、きっと悪いことはしてない。そう割り切って答えた。
「…少しでも役に立てたんなら良かったよ」
「もう行くのかい?」
「うん。やらなきゃいけないことがあるから」
 ――もう少しここでトレーニングしてったらどう?
 浮かんだ言葉を、しかしアンズは飲み干す。
 遠慮がちに言うコウの表情に、少し陰が差したような気がして。
「それじゃあ、どうもありがとう」
 そう言って、コウはセキチクジムを後にした。

 それからもうしばらくして、セキチクシティに新しいジムリーダーが誕生した。
 忍者の父を持つ彼女は、父譲りの変幻自在のポケモン繰りと、明るく素直な人当たりで、そのジムに立ち寄ったトレーナーは少し強くなって帰っていくのという。
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2012.01/08(日)21:49
第十九話「虎穴に入らずんば 〜White Dance〜」

 ――彼の存在は、神の創りたまいし氷の化身だった。
   氷の化身は、一息で全てを凍てつかせた。
   それに人々は凍え、自らの過ちを深く反省する。
   しかし、大地を覆った吹雪が晴れることはない。
   それは神より遣われ、全てを白で塗りつぶす。
   神の犯せし、唯一の誤ちを正すため…――

「寒いな…」
 既に日は落ちて、辺りはひっそりと静まり返っていた。
 寒冷地に特有な針葉樹林の中。初夏の頃だというのに、体が縮こまるような冷たさが漂っていた。
 コウが居るふたごじまは、あまり大きな島ではない。
 小高い双子の山と、それを囲むようにポツポツと群生している針葉樹。
 あるのはそれくらいで、うら寂しい島と言って差し支えない。
 しかし。
「あんまり近づくのはマズいか?」
“お勧めはしませんが。”
 日の落ちた空に、火の朱がうっすらと滲んでいる。
 小さな島とはいえど、歩けばそれなりに距離はある。傍であるならもう少し人の気配があっても良さそうだが、しかし火の気が見られる以上の気配はない。恐らくはかなり遠いところで火を炊いていて、それでいてそんな距離から火の気がわかるほどには大規模なキャンプを張っているということなのだろう。
 恐らくはそんな大規模なキャンプを張っている集団とは、白装束の集団。
 その確証を得るため、針葉樹に身を隠しながら、少しずつ移動を繰り返していた。
 針葉樹の群れと群れの間を移動しては辺りの様子を窺う。問題ないという確証が得られれば再び移っていく。そんな繰り返しで、コウがその一団を視認できる距離まで近づけたのは、五時間ほどの後だった。
 想定通り、白装束がキャンプを張っていた。
 恐らくは相当期間ここにキャンプを張っているのだろう。燃え切った焚き木の灰が一箇所に集められ、盛られている様から窺える。
 時間は既に深夜を回っている。既に当初見えた火の勢いは感じられず、辺りを朧気に照らす程度になっている。
 辺りに見張りとして数人白装束の姿が見える。
 その誰もが全身を純白のローブで首から足元まで完全に覆っている上に、頭にも顔を覆い隠すための純白の被り物。後頭部は布で完全に覆い隠され、正面も細かいレースの布で覆われているという出で立ちで、個人としての差を塗りつぶすような統一化が図られている。
 そして、その出で立ちは、正しくタマムシシティでコウを襲った連中と同じ姿。
 ザワリと肌が粟立つ感覚が走った。
 しかし、ここで慌てたところでどうしようもない。
 ――さて、どうしたものかな…。
 最も最寄りにある林に身を潜めたまま、思案する。
 このキャンプには大型のテントが全部で三つ。恐らくはこの中で他のメンバーが休んでいるのだろう。
 そして、少なくとも状況からわかるのは、フリーザーの捕獲には至っていないということ。そうでなければ、こんなところで大掛かりなキャンプを敷くこともないだろう。
 ただ、相手がどうやって動くつもりなのかも見えていないこの状況。まず、相手の目的が何なのかもわかっていない。目下の目標がフリーザーの捕獲だったとしても、どういった類の組織かというデータがほとんどわからない。テントの規模から鑑みれば、おおよそ百人程度の人間が活動をしている。しかし、それも飽くまでキャンプの規模から見立てた程度の数字でしかない。それだけではこの組織全体の規模は計り知れないが、少なくとも組織といって差し支えない規模の集団だろうということだけはわかった。
 ――潜入…。
 ふと頭にに過る。しかし、すぐにそんなものは現実的じゃないこともわかる。
 そもそも、自分にこっそりと敵地の真ん中に忍びこんで見つからないなんてスキルもない。しかも相手は問答無用でこちらを殺そうと襲いかかってきた連中だ。見つかって袋にされるだけで済むというのは希望的観測が過ぎよう。
 そう、相手はこちらを殺すことを辞さないような連中なんだ。
 それを改めて認識する。背筋を寒いものが抜けていく。
 ――腹、くくらないとな…。
 緊張に喉が乾いていくのがわかる。自分の中の神経を張って、研ぎ澄ませて。
 ガサリ。
 葉擦れの音に、心臓が爆発した。
 頭が真っ白になったまま、音のした方をおそるおそる振り返る。
「あら、あなた…」
 ――ミツカッタ?!
 人の気配なんて全くしてなかったのに! 思考に注意力を奪われたか? やはり敵の本拠地に近付きすぎたんだ。
 そんな自分の浅はかさを省みている場合ではない。ともかくこの場を何とかしなければ。
 全身から嫌な汗が吹き出している。
 心臓がバクバクと異様なリズムで早鐘を打っている。
「入信の希望者かしら?」
「は、はい、そうです!」
 咄嗟にそう叫んでいた。
 言葉に出して、初めて相手の言葉の意味を反芻した。
 え?
 入信?
 しかし、もう手遅れだ。
「あ〜、やっぱりね〜、最近特に増えてきたのよね〜」
 そこまで来て、ようやっと相手を観察するだけの心の余裕が生まれてきた。相変わらず嫌な汗は吹き出てくるが。
 目の前にいるのはどうやら女性らしい。
 ただ、その声は女性らしい高いものということ、身長が男性とするには低めであること、その所作の雰囲気がなんとなく女性らしいという三点でおそらくは女性だろうと結論づける。
 だが、どうやら相手の様子からはこちらに敵意を向けているということはなさそうだ。
 ――油断させといて…って奴でもなさそうか?
 相変わらず、心臓は暴れているし、汗も止まらない。何一つ状況が改善したわけではないし、緊張が解けるわけでもない。
 しかし、ここで逃げ出せば、それこそ次に出会ったときは完全に負われる立場になっていても不思議じゃない。それくらい、コウがここにいて身を潜めているというのは不自然だ。
 ――罠、か?
 その可能性は拭いきれない。
 しかし、本当に相手が今勘違いしているならば…?
 都合のいい考えと、最悪を思わせるビジョンとが交錯する。相手は一度こちらを殺そうとしてきた連中だ。罠なら本当に殺されるという覚悟が必要だろう。
「ええ、ここで活動をされているという噂を聞いて、ここまできました」
“あなた、正気ですか!?”
 こらえ切れず、ラプラスが問い質してくる。しかし、それに答える余裕はない。
「あれ? なんで私たちがここで活動してること知ってるの?」
 ――い、しまった?!
 いきなり墓穴を掘ってしまったか。少し発言が軽率すぎたか。
「い、いえ、何をされているかまではよく知らないんですが、ここに来ればお会いできると聞きましたもので!」
 ビシリと気をつけの姿勢になって勢いで言い切る。もう、こうなれば誤魔化すほかない。
「ふ〜ん…まぁ良いか。あなた、お名前は?」
「は、はい、コウと言います!」
「コウくんね。私はメグミ。どうぞよろしくね。それはそれとして…。」
 目の前でメグミと名乗る女性が腕を組んでう〜んと唸る。
「ど、どうかしました?」
「いやね、本当なら一度教祖様か司祭様に会ってもらわないといけないんだけど…。でも、今日はもう遅いし、テントの中で休んでいったら?」
「え、え〜と、よろしいんですか?」
「うん、大丈夫だと思う。」
 状況が良くなったのか、悪くなったのか。今の時点では判じ切れない。が、もう相手の申し出を断るのも不自然だ。行くしかないだろう。
 こっちだよ、とメグミが林を抜けて手招きする。
 それに従って、後ろを着いて行く。
 キャンプの一帯に入ると何事かと見張りの白装束たちがこちらを振り向いた。その表情は一様に覆い隠されていてわからないが、誰だこいつはという不信感が向けられていることはその場に張り詰める空気から読み取れる。
 そんな緊張感に締め付けられるような痛さを覚える。
「あ〜、良いよ良いよ、この人入信希望だって。今日は遅いから明日教祖様か司祭様のところへ案内するし、気にしないで」
 目の前でメグミがひらひらと手を振る。
 もう既にここは敵地真っ只中なんだ。この目の前に居る少し呑気そうな女性だけが命綱。そんな気がした。
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2012.01/08(日)23:50
第二十話「郷に入って化かし合い 〜White Dance〜」

「おはようコウくん、気分はどう?」
「おかげさまで…。」
 朝一番、メグミに指示されていた時間に焚き火の前へ集まった。
 開口一番そう聞いてきたメグミにかろうじて答えたものの、コンディションが良いとは言い難かった。
「あはは、よく眠れなかった?」
 どうやら顔に出ていたらしい。
 しかし、それはそうだろう。いつ命を狙われるともわからないようなおよそ敵地のど真ん中。通された大型のテントの中も毛布を二枚渡されて雑魚寝みたいな環境で、心臓に何本毛が生えていたらぐっすりと眠れるのか教えて欲しい。
 とは言え、形上は入信希望者で、これから仲間になる人間なわけで、敵地と思っているのは自分だけなのかもしれないが。
「それじゃあ早速教主様のところに案内するよ」
 そう言うと早速メグミが先導して進んでいく。
 目指す先は、他のテントに比べてやや小さいテント。しかし、その周りには警備に当たる白装束が目を光らせている。昨日案内されたときにもその扱いぶりに気にはしていたが、やはりここが教主とやらが過ごすためのテントということだろう。コウは一人納得する。
「教主様、司祭様、早朝に失礼いたします。昨夜見えた入信希望者を連れてまいりました。」
 テントの入口に立つと、直立気をつけの姿勢をとって、メグミが告げた。
 それに倣ってコウの背筋も自然と伸びる。
「入りなさい」
 低い男の声が中から聞こえた。これが教主の声か。
「粗相のないようにね」
 小声で窘められるのに、首肯して答え、メグミに続いてテントの入口幕をくぐった。
 中は、やはり他のテントとは趣向が異なっていた。
 作戦会議用と思われる大机が脇にあって、いくつもの書類が並べられている。入口正面側にはこんな何もない島には不似合いな豪奢な執務机。その奥に簡易なベッドが備えられている。
 執務机への通路を作るように二人の白装束が直立の姿勢を取っており、執務机には一人の白装束が頬杖をつきながら腰掛けていた。
 教主と思われる者の白装束には、他の白装束とは違って金と銀の糸でうっすらと装飾があしらわれて、明らかな差が見て取れる。
 その左右に立つ白装束にも、教主ほどではないがやはり装飾が施されていて、これまで見てきた白装束より階級が上であることが表されていた。恐らくは司祭様、とメグミが呼んでいたのはこの白装束だろう。
 ――真ん中が王様で、この二人は大臣…みたいなもんか。
「前へ」
 入り口で聞いた男の声が、横に立っている白装束から聞こえた。
 はいとメグミが答え、前へ進んでいく。それに倣って前へ出た。
 ここが敵地の心臓。
 そして、目の前に、敵の親玉が居る。自然と、全身に力が篭っていく。
「入信者を置いて下がりなさい」
「はい」
 再び指示役からの声が上がり、メグミが一礼してテントの外へと出て行った。
 それに異様な心細さが押し寄せてくる。不安が広がっていくのを感じながら、しかしここでヘタは打てないという危機感がコウを奮い立たせた。
 メグミの居なくなったテント内は、より一層の緊張感を増す。
 痺れるような沈黙が、流れた。
 それが僅か数秒のことだったのか、それとも何時間もそうしていたのか。
「ほう」
 中央に座る教主が口を開いた。笑みを含んだような男の声が、続けざまに言葉を投げてきた。
「君の名は?」
「コウです」
「して、入信希望ということだが、またなぜ?」
「はい、私はポケモントレーナーとなって日が浅いのですが、ポケモンを取り巻く世の有り様に疑問をいだいていたところ、ポケモンのために活動をされているという話を伺い、参った次第です。」
 昨夜一晩ででっち上げた入信したい理由を並べる。
 明らかに浅っぺらい言葉の羅列だということは自覚している。
「少しでも私のような若輩に正しい有り様というものをご教示いただければと存じています。」
「ふむ」
 一つ教主は頷く。
「わかった。ラケシス、彼に合う教服を用意しなさい。」
「は!」
 ――あれ?!
 コウ達への指示役だった男にそう教主が指示を出す。それに短く返事をし、すぐさまテントの外へと出て行った。
 対するコウは、内心驚きを隠しきれない。と、いうより拍子抜けだった。いくらなんでも、こんな表面だけの意思表明で、仮にも一度は殺そうとしたいわば標的をするりと懐に招き入れるとはどういうことなのか?
 多少の問答は覚悟していたし、だからある程度の問答は予習済み。だったのだが…。
 ――俺のことを敵と認識してないのか、それとも…。
「さてコウくん、私はこれから皆の前で演説を行う。」
「は、はい!」
 思考に没入しかけていたところで、不意を突かれて慌てて返事する。
「君も教服に着替えたら広場に来なさい。そこで、改めて我々がどういった信奉をもって活動しているかわかるだろう」
「はい、楽しみにしています」
 直立の姿勢のまま、答える。
 間を置かずラケシスと呼ばれた男が帰ってきた。腕に抱えた衣装をこちらに押し付けてくると、そのまま下がるようにジェスチャーされる。
「失礼します!」
 その指示に心底安堵を覚えた。ようやっと、この痺れるような緊張の檻から逃げられる。
 しかし、油断は禁物だと自分に言い聞かせ、テントの入口前まで下がり、そう言い切って、そそくさとテントを出た。
 じろり。
 何が起きたか考えるより先に、心臓が口から飛び出そうになった。すんでのところで悲鳴ともつかないような叫びを喉の奥に飲み込んで。
 外には、白装束達が、焚き火跡の残る広いスペースに並んでいた。見張りなんかも含めて整列しているらしく、総勢百人程度が整列した体勢で、こちらに視線を集めてきた。
 おそらくはこれからあるという演説に向けて待機していたのだろう。教主が出てくるのを今か今かと待ち侘びていた先に自分が出てきてしまったわけだ。自分の間の悪さが恨めしい。
 そのままこそこそと他のテントへと逃げるように滑り込んだ。
 入り口をくぐり、誰もいないことを確認して。
「ふううぅぅー…ッ。」
 肺にたまった張り詰めた空気を追い出すように息を吐いた。それと一緒に全身から一気に力も抜けていく。
 ――生きた心地がしないってのはこのことか。
 テントの幕に寄りかかって、ヘナヘナと腰が落ちて行く。膝を立てたまま、項垂れるように座り込んだ。
“よく無事に帰ってきましたね”
 皮肉なのか労いなのか測りかねる言葉をラプラスに投げられる。
“もうあなたは駄目かと思いました”
 そんな危うげなやりとりはしていないと思う。が、確かに自分でも綱渡りでもしてるみたいな状況だったなと改めて思う。
「はは、全くだ」
“笑い事じゃありません。だいたい、あなたはこれからどうやってヌシ樣を救う気なのですか!?”
「まぁ、問題はそこだね」
“何も考えていないのですか!?”
 ラプラスの語気がだんだんと強まってくるのを感じる。
「じゃあラプラス、何かアイディアある?」
“それは…”
「相手はこんな大人数集団なんだ。そんなのを一朝一夕の思い付きで何とかなんてできないさ」
“つまり、諦めろと?”
「そうは言ってない。必要なのはこの集団がどうやってフリーザーを捕まえに掛かるかっていうこと。相手の作戦が何で、そのポイントは何で、何を崩さなければ勝ちの目が見えないか、それを知らなきゃ、負けの目しか出ない」
“言うことだけは一丁前ですね”
「ポケモントレーナーとしては半人前だからね。策がなけりゃ勝てない」
 そこまで、言い切ると立ち上がり、与えられた衣装へと着替え始める。
 ――とは言っても、現状で勝ちの目がないってことに変わりはないけど。
 そこまで考えて、しかし言葉にはしない。
 気を強く持たないと、すぐに重圧に折れそうになる。弱気は弱気を呼ぶ。
 自分をそう奮い立たせながら、着替えを終える。
「演説…とやらがもう始まるかな」
 そう呟いて、テントの外へ出た。
 ふと教主の前で覚えた懸念が頭を掠めた。
 ――敵だと認識してないんじゃなくて、敵と認識した上で懐に招き入れた…?

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 ――面白い客が来た。
 信者の一人が朝も早々に来客を伝えてきたときには追い返そうかとも思った。
 今日はこれまで入念に入念を重ねた作戦決行の記念すべき日。
 それを招いてもいない客ごときに乱されるのは好ましくなかった。
 しかし、教主様が会うと言った以上は仕方がない。
 そう思って臨んだ面会だった。
 件の信者に連れられて入ってきたその顔を見て、私は思わず自分の顔が綻ぶのを抑えきれなかった。
 それはそうだろう。
 教主様はいざしれず、私にしてみればただの実験台以上の意味合いを持たないモルモットが、突然現れたのだから。
 これは本当に懐柔されに来たというわけではないのだろう。
 教主様を目の前に、この入団希望者――今はどうやらコウと名を偽っているらしい男が入団の所信を述べている。
「はい、私はポケモントレーナーとなって日が浅いのですが、ポケモンを取り巻く世の有り様に疑問をいだいていたところ、ポケモンのために活動をされているという話を伺い、参った次第です。」
 それを教主様は神妙な様子で聞いていらっしゃる。
 さも、それらしい内容だとは思うが、これまでに受けている報告によれば、予定通り我々を敵として、トレーニングに励んでいるはずだ。
 つまりここに来て、追い詰められたネズミが思いがけず飛び掛ってきた。そう解釈するのが妥当だろう。
 非常に面白い。
 まさか何の策も持たず、自ら火の中に飛び込んできたということもないだろう。
 我々を内から乱すため。
 一体どんな策があれば百の兵にたった一人で立ち向かえるのか。ぜひとも見てみたい。
 そして、それを打ち崩そう。
 この作戦に失敗は許されない。そのために下拵えを重ねた。しかし、そうして培っで生まれたのは、堅牢な要塞のようなものだ。それは私にしてみれば無味で面白みに欠けるものになってしまった。
 これは良いスパイスになるかもしれない。
「わかった。ラケシス、彼に合う教服を用意しなさい。」
 教主様が私に命じる。それに短く返事をし、他の信者用の大テントの一つ、物置として大部分を利用しているテントの方へと向かう。
 その場を後にし、テントの外へと出ると教主様の登場を待つ信者たちが三三五五に集まっている。
 ――教主様への忠誠が足りんようだな。
 私は立ち止まり、集団を睨めつけた。幕に覆われて私の表情はわからないだろう。が、何を言いたいかは伝わったようで、すぐさま整列を始めた。
 これで良い。
 忠誠心に基づく、乱れなき統率。
 それを確認し、私は教服を一着手に取り、教主様の元へと戻った。
 そして、教服をコウへと手渡すと、コウはテントを後にした。
 そのまま足音が離れていくのを確認し、
「さて、どう思われます?」
「どう、というと?」
「先程の青年ですよ」
「ラケシスはどう思ったのだ?」
「ふふふ、楽しみが一つ増えましたよ」
「そうか」
 問いに問いで返したきり、私の問いに答える気配はない。
 ――さて、何を考えているのやら。
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2012.01/09(月)00:13
第二十一話「砦落とし 〜White Dance〜」

 今でも夜眠ると鮮明に思い起こさせられる記憶。
 様々な薬品が立ち並んで、ツンと鼻腔を刺激する空間。
 そこは真昼にあっても陽の光が差すことはない。
 たくさんの書物と、薬品と、そしてポケモン達。
 物心ついたときにはもう既にそこにいた。
 地下に設けられた――それは後にわかったことだが――“ケンキュウシツ”と呼ばれるそこが自分の世界の全てだった。
 何かに憑かれているみたいに、ギラギラとした人間達が日夜せわしなく彷徨いては様々な議論を闘わせて、それが止むと彼らはすぐさま“ジッケン”を行った。
 それは、きっと世界の常識としては非道と呼ばれる、ポケモンの実験場だった。
 ただ、それが異常だということさえも、自分には知る術がなかった。
 世界とはかくあるもので、自分も他のポケモン達のように薬にでも漬けられるような存在だと疑わなかった。
 『夢』に映るのは、その時の風景。
 さして気にしているつもりもないが、これだけ何度も繰り返されるということは、やはり自分の中でもトラウマのような何かになっているのだろう。
 得体の知れない薬をいくつも飲んだ。痛みにのたうち回った夜は一回や二回という話ではない。
 様々な課題が実験として与えられた。それは上手くすれば“ケンキュウシャ”達は喜び高級な食べ物が与えられ、下手を打てば八つ当たりのような仕打ちを受けた。
 何を与えられても味のわからない、色のない世界。
 そんな日々は唐突に終わりを告げた。
 何者かに、“ケンキュウシツ”が破壊された。
 それは瞬く間の出来事だった。
 ほどなくして、一人の人間がやってきて、こう言った。
「ここから逃げよう!」
 そうして差し伸べられた手が、ひどく眩しい光のようだったことを、私は今でも憶えている。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 空は立ち込めるような曇り空が水平線の向こうまで続いている。
 もともと薄ら寒いこの島は、陽の光も弱く一層肌寒い。
 そんな島の一角に十人隊列で横並びになった集団が十程度並んでいた。
 その誰もが統一された白装束の衣装に身を包み、直立不動の体勢を取っている様は律された美しさ以上の、狂気じみた何かを感じさせた。
 そんな集団の一番後ろ、遅れてやってきたコウが、周りと同様の姿勢を取った。
 それから間を開けず、全員の視線が、目の前にあるテントの入口に集まった。ゆらりと揺れた幕の向こうから、一人の白装束が現れる。
「全員気をつけぇッ!!」
 途端、ただでさえ直立を貫いていた集団が、ビシリと布を叩く音を揃えて気をつけの姿勢を取る。
 これ以上どう何を気を付けたら良いのかわからないが、とりあえず形だけ周りに倣っておく。
 号令を飛ばした白装束が、テントの入口幕に手をかける。それと同時にもう一人の白装束が現れて、反対側の端をつかみ、幕を開けていく。
 足元から、徐々に白装束の姿が顕になっていく。
 ――大層な演出だな。
 内心思うが、そんなことを口に出そうものなら、敵味方関係なく本気で袋叩きに遭いそうだ。
 テントの入口幕が完全に開けられ、教主と呼ばれる男が、ゆっくりと群衆の前へと歩み出た。
 脇にいた白装束がすかさずマイクを差し出して、教主がそれを受け取る。
「おはよう諸君」
「「おはようございます! 本日もこうして朝を迎えられることを幸せに存じます!」」
 一糸乱れず、一斉に白装束たちが斉唱する。
 ――うわ…。
 もちろん、事前打ち合わせもなくコウに言えるはずもない。
 ――これは…ガチだな…。
 昨日のメグミと喋っていたときには、ここまでの、無信教なコウからしてみれば病的な臭いはしなかったと思ったが。
 得体のしれない気味悪さが体の中を這いずっていくような感覚を覚える。
「ああ、慈悲深い神に感謝しよう。」
 男の落ち着いた声が、マイク越しに拡声されて辺りに響き渡る。
 その一瞬の呼吸も聞き逃すまいという意思が、伝わってくるほどの無音。そこに男の声だけが響く。
「さて、諸君ら同志方々にはかねてより準備してもらっていた、『氷の神』への巡礼もいよいよ決行の日となった。ここで改めて我々の目的を確認したい。」
 淡々と教主が述べる。
「我々がなすべきことは、一つ。我らの行いを氷の神へと申し伝え、我らと共にヒトとポケモンの未来への礎を築いていただく。しかし、我々は忘れてはならない。相手は『神』であり、飽くまで我々は敬意を以て氷の神を御元へ参らねばならない。そのためには、諸君らの思いを一つにし、真摯に祈るだ。さすれば、氷の神はきっと応えてくれよう。それでは、健闘を祈る」

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 決起の挨拶が済むとすぐに教主とラケシスを含めた他の司祭を招集し、作戦会議の場――作戦の最終確認が行われた。
 今回の作戦の目的はフリーザーを捕獲すること。
 今後の作戦を遂行する上で避けることの出来ない要、ターニングポイントだ。
「さて、アトロポスは居るな。クロトーは引き続き別任務を継続中。時間も押していることだ、早速本題へ入ろう」
「キャハハハ、回りくどい言い方してないでストーカー行為にお熱だって言えば〜?」
 甲高い声でアトロポスが言う。この女はどうにもいけ好かない。が、我々三幹部の中で純然たる戦闘力が最も高いのはこの女だ。そうでなければとうに幹部の座から引きずり落としているところだが。
 しかし、この女に構っていては話が前へ進まないと思い直し、無視してすすめることにする。
「さて、我々が作戦遂行にあたって必要なのは、フリーザーの体力を奪いながら、袋小路へと追いやることだ。袋小路へと追いやった先で囲い込んで物量でフリーザーを倒す。」
 作戦そのものは、至ってシンプル。
 この一ヶ月間の時間を掛けて作成した、ふたごじまの見取り図を広げ、説明する。
「フリーザーがこのふたごじまを住処としていることはほぼ間違いない。そのため、まずはこのふたごじまを荒らすことでフリーザーを誘き寄せる。」
「そんなに順調に行くの〜?」
「そのために我々は兵力を二十の分団へと編成し、一斉にふたごじまの破壊を進める。それと同時にグレンタウンで待機している別働隊にも行動を開始させる。」
「フリーザーのために、町を一個消すなんて、ゲスね〜」
「ふん、私はアトロポス以上の下衆を私は見たことがないがな」
「ハ!? あんた鏡見たことないの?」

「やめないか!」

 教主の一喝に、空気が止まる。
「ラケシス、続けろ」
「は、それと同時にふたごじまを破壊するとともに、フリーザーの退路を奪い、逃げる先を誘導する。誘導の最終ポイントは全部で三ヶ所。フリーザーが現れた時点で、誘導先のポイントを決定し、後はそこへ誘導するタイミングで各箇所を爆破していく。そして誘導ポイントにフリーザーが到達次第、我ら幹部と教主様、その他残存する全ての兵力を投与してフリーザーを討つ。作戦の概要は以上となります。」
 アトロポスが憮然とした表情でこちらを睨んでくるのを感じながら、一息に説明しきる。
「爆破の順序はどうなっている?」
 教主様が問うてくる。
「はい。それぞれの分団のには既に時刻を決めて爆破を開始するように伝えております。具体的には、まず広間をつなぐ通路をそれぞれ破壊します。広間から逃げ道を出来る限り塞ぎながら部隊を進めます。その後、フリーザーが出現次第、予め用意していた誘導路へ至る順序で爆破を進め、それと同時に我々も進軍を開始します。」
「わかった。」
 他に疑義が出る様子はない。
 それもそのはずだろう。
 ――そもそも、正確な爆破の順序はこの島にいる誰も知らないことだ。私を除いて。フリーザー出現後の爆破のタイミングについては、詳細は随時の通信を用いて私が指示を行う手筈になっている。
「おそらく我々の中でラケシスは、最もこうした指揮を振るうことに長けている。信頼している。」
 教主様の言葉。この一言で、ラケシスがこの場の全権を握ることに成功した、と改めて認識する。
 ――鼠が一体何を見せてくれるか、最大の見せ場ですね。
 ゾクゾクとした高揚感に身震いを覚えた。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 ――氷の神…ね…。
 それがフリーザーを指していることは疑いようがないだろう。
「さて、改めて作戦を確認しておこう」
 一人の白装束が、こちらを向き直って言葉を発する。
「我々の役目はいわば縁の下の力持ちと言われる、作戦としては日陰に位置する部分だ。しかし、我々の行うサポートなくして今回の巡礼は成功しない。」
 コウがいるのは、物資の運搬補充部隊。男五人で洞窟外から各地に散らばる他の実働部隊への援護をして回る。
 その荷物には粗方目を通したが、水や食料、救急道具等から、どうみても爆薬にしか見えないものまである。そんなものを積み込んだ小型ボートを洞窟内部を走る水路で動かして物資補充を行う。
 当然今回の“巡礼”の花形ではない。
 むしろ、実際にフリーザーにお目にかかることはない、作戦妨害に最も遠い部隊とすら言える。
 昨日の今日で突然やってきた新参者がそんな重要な局面に起用されるはずはもちろんないのだろうが…。
“こんなところに飛ばされて、どうする気ですか?”
 ラプラスの声がやや冷たい。
「おい、君、訊いているのか?」
 リーダー格の白装束が問い質してくる。少し苛立ちを含んだような声色だ。
「は、はい! 聞いています!」
 即座に叫んで返す。
「なら良い。精精気を抜かないように」
「はい!」
 こちらへ話しかけられる度、正直生きた心地がしないほどビックリする。
 最初ほどの危うさは恐らくはないと思われるが、それでもビビる。
 そんなコウを気に留めず、リーダーが出航の声を上げると共に、ドッドッドッと低い唸りを上げてボートが進み出す。
「まず第一ポイントは!?」
「D班です。食料と発破剤を追加補充します。」
 リーダーの問いに他の白装束が答える。それに黙ってリーダーが頷く。
「教主様の期待に答えるぞ」
「「おお!」」
 こうして、コウの『氷の神巡礼』が始まった。

 そして。

“コウ、どうする気なのですか?”
 再びラプラスが問いかけてくる。
 ボートエンジンの傍。ボートに掻き消されるような低い声で、答えた。
「さぁ、砦落としの時間だ」
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2012.03/05(月)22:30
第二十二話「巡礼解体 〜White Dance〜」

 エンジンの低い唸り声が、洞窟を反響している。
 モンスターボールの中から、外の様子を窺う。望んでなどいなかった、異常に発達した知覚能力を何の抵抗もなく使っている自分にふと気付いて、胸の奥がザワリと打つ。
 それがつまりどういうことなのかは分からないが、きっとこれが感情の種みたいなものなんだろうと理解した。
 現在自分を所有している青年は、上から与えられた仕事――ただ荷物を引き渡しては次へ移動するというだけの作業を繰り返していた。
 ――砦落としなんて、それらしいことを言ったのは口だけですか…。
 それならそれで構わない。どうせ、このトレーナーに大したことができるとは思っていなかったのだから。
 コウは作戦とやらが開始されて以降、ほとんどの時間はボートの上で過ごしていた。
 ボートの縁にもたれかかって座っている。
“いつまでそうしているつもりですか”
「まだ、タイミングじゃない」
 周りに聞こえないようにボソリとコウが呟く。
 これでこの問答は何回目だろう。
「なぁラプラス」
“なんですか?”
「ラプラスはフリーザーがどこにいるかって、知ってるのか?」
“いえ、ヌシ様は居所を転々と変えられるので”
「なるほどね…」
 そう呟いたきり、コウはまた黙り込んだ。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 コウ達の部隊の作戦は恙無く進行していた。
 時折、地鳴りのような低い音に耳をつんざくような高い音が混じって空気を揺らす。
 それが作戦進行の目印とも言える。
「ふむ、順調だな」
 リーダーが確認するように呟いた。それを、何を言うでもなく横目でコウが見ていた。
 作戦開始以後、すでに時間はそれなりに経っていたが、どこにいっても代わり映えのない洞窟の中、淡々とした流れ作業で既にメンバーの時間感覚は麻痺していた。ただ、時計の針だけで、作戦の進行を確かめる。
 ボートの縁にもたれかかって座っているコウに、声がかかる。
“こんなところで油を売ってどうする気なのですが?”
 何度目ともなくラプラスが問い質してくる。
 それに対しコウはこれまでずっと、「まだタイミングじゃない」の一点張りで通してきた。
 ラプラスの問いにしばし閉口する。
“これ以上時間を浪費するというなら”
 ――私一人でヌシ様を救いに行きます。
 そう言い切るより先に、コウが口を開いた。
「そろそろ時間だな」
 ボソリと、他の白装束に聞こえないように呟く。
「ラプラス、フリーザーがどこにいるのか探してきてくれ」
 図らずも、自分がしようと思っていたことをコウが指示してきた。
“結局私に頼るということですね”
「そりゃそうだ。こんな大勢を俺とレイディットだけで出し抜くなんて無理だから」
“まるで私がいるだけでこの窮地をなんとかできると言っているように聞こえますが”
「多分、できるさ」
 スゥっと息を飲み込んで、全身に力を溜める。
「さぁ覚悟決めてくか」
 自分を鼓舞するように呟いて、
「ああァァーッッ! あんなところにフリーザーが!」
 叫んだ。腹から出せる限り。
 何、と一斉に白装束が反応して首を振ってフリーザーの姿を探す。
「つまんねぇ手に意外と引っかかってくれるもんだ」
 言いながら、コウが走りだす。同時にボールを二つ投げる。ラプラスとレイディットを表に出し、
「レイディットが疾風、ラプラスがれいとうビーム!」
 手近な白装束に対し、攻撃を指示。一番手前にいた白装束は、反応するより早くローキックを打ち込んで体勢を崩した隙に体当たりで船外へ押し出した。
 その間にレイディットが一人を同様にたたき落とした。これで何の役もない下っ端二人を弾きだす。そこから少し遅れてリーダー格の男が反応した。
「貴様、うらぎッ!!」
 そこまで言いかけて、言葉が強制終了させられた。
 ラプラスのれいとうビームが、その白装束を一瞬で凍らせ、さらにその攻撃の勢いで吹き飛ばした。遠くに見えていた十メートル以上向こうの岩場まで白装束の氷漬けが飛んでいく。
 一瞬その出鱈目な威力にコウ自身も意識を奪われてしまった。
 が、すぐに目の前に意識を戻し、
「動くな」
 ボートを操縦していた白装束を牽制する。
「このまま次の作戦ポイントまで船を走らせろ。さもなくばボートから叩き落す。」
「ふ、フザケるな、私も教主様にこの身を捧げると誓った。貴様のような裏切り者に屈するわけにはいかん」
「レイディット、疾風」
 これ以上の問答は無理だと即断。最後の一人を船外へとたたき出した。
 操縦を失ったボートが行く先を見失って、潮の流れと出鱈目なエンジンの推進力で大きく蛇行して航行を開始する。
 その一瞬で、積んであったコンテナに詰められた荷物を一つ打き抱え、コウも船外へ飛び出す。
「ラプラス頼む!」
“そういうことは先に言って下さい”
 ギリギリのところで、ラプラスが着地点に先回り。そこへコウが着地する。レイディットがそれに続く。
 そしてそれから間を置かず、ボートが岩壁に突っ込んで大破するのが見えた。
 しかし、それには構わず、
「このまままっすぐ進んでくれ。すぐに次の作戦ポイントに行けるはずだ」
“どうする気ですか”
「この白装束の作った砦を落とす。俺を次の作戦ポイントまで運んだら、フリーザーを探しに行ってくれ」

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

「物資運搬隊の無線信号が途絶えました!」
 連絡役の任を与えていた男が叫んだ。
 それが今回の作戦の総指揮を預けられている自分への報告だと理解する。
「そうですか。次の補給はB班でしたね。補給はどうなりましたか」
「確認します。B班、応答願う。補給は済んだか? …。…まだとのことです。」
「そうですか。なるほどなるほど。そう来ましたか。どうやらそれなりに知恵は回るようですね」
 フフ、と思わず笑いが込み上げてくるのを抑えられなかった。
 それに報告をあげた白装束は訝った様子を見せるが、意に介さず指示を飛ばす。
「B班以後の各班には補給を受けないよう指示を出してください。」
「ハッ!」
 無線トランシーバーを用いて、すぐさま指示を飛ばしていく。
 ――この作戦の全容は私と、教主様しか知りませんが。しかしこのタイミングで動いたということは偶然というより、作戦の肝所を理解した上で妨害工作を働いているを考えるべきでしょう。
 これは思った以上に楽しめる。
「ラケシス様!」
「何でしょう?」
「以後の作戦変更についてはいかがされますか?」
「はい、私はアトロポスと教主様と出ます。以降は私たちとも無線で連絡をとってください」
「ハッ!」
「さて、私達も出ましょう」
 大きな執務机に大仰に腰を掛けている白装束へ声をかける。
 ――ついに動き出してきましたか。
「楽しそうだなラケシス」
「それは否定できませんね、ふふふ…」

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

“いい加減、私達にもあなたの作戦を説明してください。”
「ああそうか、まだしてなかったか」
 潮流の速い水路を、グングンとラプラスが進んでいく。
 その背の上で、コウはトボけたように言う。
「この作戦ってのはさ、要はフリーザーを袋小路へと追い込んで袋叩きにしましょうって作戦なんだ。」
“なぜそんなことがわかるのですか?”
「まぁ、いくつか理由はあるけど、一番大きいのは、船の荷物。何のためにこんなダイナマイトなんて持ち出してきてるのか、って考えると使い道はそんなに多くないだろう?」
“それはそうですが…”
「あと、船の周り方。この経路とタイミングは、物資を供給するためだけだったら明らかに非効率。わざわざこんな周到に地図を作るヤツのやり口じゃない。そこには意味がある。具体的には…」
“もういいです。”ビシリと切り捨てられる。それにやや不満が残るが、“まぁ、あなたがそうだというなら従いましょう。それで、これからどうするのですか?”
 ラプラスが納得するのなら良いだろう。
「さっきも言ったとおり、ラプラスはフリーザーを探してきて欲しい。見つけ次第、俺達を迎えに来て欲しい。」
“それは構いませんが…”
「その間に、俺達はフリーザーが逃げ切れる経路を確保していく。」
 物資運搬班には、事前に白装束達の事前調査によって描き出されたふたごじまの地図が与えられていた。そして、時間ごとにどのポイントでどういった物品を配給していくかの事細かなスケジュールも用意されていた。
 それらに基づいて、何度も他の班へと接触を行い、物資を補給する。
 が、なぜかこの物資運搬班に所属するメンバーは、誰一人として、その作戦の概要を知らなかった。知っていて、敢えてコウに言わなかったという可能性もないではないが、恐らくは知らない。
 会話をする限り、本当にこうしていれば“氷の神”に会えるという儀式だと思っている風だった。特に狂信者だったリーダーが「作戦は順調」だなんて知るはずがない。
 ――ダイナマイト持って神様巡礼するバカなんているか。
と思ったのは内緒。
 ともかく、そのタイミングと、補給される内容から逆算すれば、作戦の全容を窺い知ることができる。
 この氷の神巡礼とは、“ふたごじまを崩す”こと。
 氷の神と呼ばれるポケモンの弱点は何か。単純に考えれば“炎”だろう。
 最初はコウも炎や熱を用いた作戦ではないかとも思った。しかし、フリーザーの伝承を思い返せば、その姿は鳥の姿をしていると言う。
 炎よりもっとよく効果の大きい方法がある。
 それが“岩”。セキチクジムで学んだポケモンの相性によれば、氷タイプにも飛行タイプにも効果が高いはず。
 そこに来て大量の発破剤を運搬しているとなれば、答えは一つ。ふたご島を崩した岩で、フリーザーを圧し潰す。
 なるほど確かに神と呼ばれるポケモンをまともにバトルして捕まえられるとは思えない。多人数で囲い込んで、確実に相手の戦力を削るならば、合理的な作戦だ。
 この作戦を成功させるためには、必要な過程が二つある。
 一つはフリーザーを限定された空間に押し込めること。
 そしてもう一つが、その中でフリーザーを確実に岩で圧し潰すようその空間を破壊すること。
 支給された地図を見る限り、今回の作戦で利用できそうな空間は精精三つ程度だ。
 そして、各班の動きから予想されるにフリーザーがどこにいるかは不明。だから、先んじてフリーザーの逃げ道となる箇所を破壊して、その動きに制約を掛ける。徐々に逃げ道を殺して囲い込んでいく。そういうやり方だ。
 そこまで予測できたら、後は簡単。
 この砦落としの解は、フリーザーの逃げ道を作ること。それだけだ。
 マトモに戦って、勝てる見込みが低い。だから、惑わす。
 相手が順序を持ってフリーザーを惑わすのなら、その順序を叩き壊す。
「頼んだぞラプラス」
 が、当然ながら白装束に見つかる前にフリーザーをここから連れ出すのが、最善手。
 そこまでできずとも、この勝負は先にフリーザーを見つけた方が大きくリードできる。
“まぁ、最善は尽くしましょう”
 ラプラスの憎まれ口も、今は少し頼もしい。この自然迷宮にあって、ここを出身とするポケモンと会話ができるということは、敵には恐らくありえないアドバンテージを持っている。
“予定のポイントはここでしたね?”
「ああ。それじゃ、頼むぜ」
 コウが、陸地へ向かって跳ぶのと同時。ラプラスが身を沈めた。
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2012.03/05(月)23:17
第二十三話「光の射す救いの手 〜White Dance〜」

 ――この一手で全て終わらせる。
 水中から、目標へ忍び寄る。可能なかぎり気配を消して。
 まだ、向こうはこちらに気付いた様子はない。
 これは明らかに作戦からの逸脱行為だ。
 それは十分理解している。
 しかし、今のままでは全く理解が出来ない。
 このまま、何もなさず、ただ見ていることが果たして本当に自分のすべきことなのか?
 それはずっと悩んできた。
 今でも結論が出たとは言いがたい。しかし、ここで少しでもダメージを与えておければ、確実に今後に生きてくるはずだ。
 ならば、闘わなければ。
 水中から、ラプラスが飛び出した。その角を凄まじい勢いで回転させながら。
 その角の先。
 狙った先は、フリーザー。
 確実に角が当たる。そう確信して、角を突き出す。
 一撃必殺。
 それはフリーザーの翼に当たった。

 しかし、次の瞬間、ふわりとあしらうような羽根捌きに巻かれて、次の瞬間には水面へと叩きつけられていた。

 何をされたか理解できなかった。
 しかし、理解できたことが三つある。
 一つは、フリーザーにカスリ傷ひとつ負わせることができなかったこと。
 もう一つは、まるで赤子と大人だと言わんばかりに、実力に差があること。
 そして三つ目。フリーザーに敵であると認知されたこと。
 それを理解した瞬間には、ラプラスは氷の中にいた。
 ラプラスの着水した付近の水を凍らせた。氷の塊に半身を掴まれて身動きが取れなくなる。
 フリーザーはそこで良しとせず、冷気を吐き続ける。
 ラプラスにとって、冷気とは弱点と対局に位置づけられるものだ。
 ――れいとうビームくらいなら、痛くも何とも…。
 そこまで考えて、すぐに考えを改めた。自分の体温が確実に奪われている。それも凄い勢いで。
 ――このままでは…。
 考える間もないほどに急速に。
 歴然とした死を、直感する。
 ふと、思い出す。
 あの薄暗い研究室の中で、光と共に差し込んだ、救いの手。
 止むことのない冷気の塊が押し寄せてくる。
 喉まで凍りついて、呼吸が細くなって。
 そして。

「レイディット、疾風!」

 白い光が、景色を一閃した。
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2012.03/05(月)23:28
第二十四話「見えざる敵 〜White Dance〜」

「大丈夫かラプラス!?」
“あなたは…なぜここに?”
 氷漬けのラプラスに一番近い岸辺までコウが寄ってくる。
「なぜも何もないだろ。たまたま近くにいただけだ。それより何でお前がフリーザーと戦って…」
 言いながらコウがフリーザーを見やる。
 そこで、息が詰まる音と共にコウの動きが制止される。
 レイディットの全力の“でんこうせっか”に体勢を崩しはしたものの、明らかに臨戦体勢を取っている。
 ――おいおいおい…。
 その眼に威圧され、動けなくなる。
“早く逃げなさい!”
 ラプラスが叫ぶのと同時。
 フリーザーが息を吹き付ける。
 ――死ぬ!
 思わずコウは身をすくめる。
“今のうちになら逃げられるでしょう!”
 頭に響いたその声に、すぐに気付いた。
 ラプラスを覆う氷が分厚くなっていく。
 狙いはいまだラプラスらしい。
 それを確認するが早いか、弾かれたようにコウが動く。
「戻れラプラス!」
 咄嗟にボールを投げて周りの氷ごとラプラスを回収する。
 「なんでもなおし」なら買ってあるが、今ここで使っている場合ではないだろう。
 当然のごとく、フリーザーがこちらを睨む。
「逃げるぞレイディット!」
 その刹那、炎の束が空間を切り裂いた。
 こちらを追いすがろうとしていたフリーザーが驚いて後ろにかわす。
 その後を追うように四方から炎の帯がフリーザー目掛けて発射された。
 その間にコウは十分な距離をフリーザーから空ける。
 そして状況を理解する。
「ち、白装束が来たか」
 白装束の五人の小隊を視界の隅に捉える。小隊は恐らくは戦闘部隊らしく、各々炎タイプのポケモンを従えている。
 続けざまに攻撃を指示しながら、本部と通信を取っている。
「フリーザーを発見した!」
「作戦のフェーズ2へ移行させる!」
 その間にも炎攻撃がフリーザーがどんどんと追いやられていく。
 その先にはこの広間から細っていった一本道になっている。
 ――時間的に…結構マズイな、くそ。
 フリーザーの動きを見て思い出したよう焦りが湧いてくる。
「こちらE班、ポイント七への誘導できそうだ、準備を頼む。」
 トランシーバーに向かって、一人が言う。
「レイディット、行け!」
 フリーザーを追いかけるよう、小声で指示を出す。
 同時にすぐさま白装束に向かって叫び掛ける。
「すまない、助かった!」
「悪いが、今それどころではない!」
 一喝される。しかし、それにひるんでいる場合ではない。
「いやしかし至急聞いて欲しい。裏切り者が現れたんだ!」
「何だと!?」
「うちの部隊にいたんだ、俺は何とかからがら逃げ出してきたが、恐ろしく強かった。フリーザーを横取りする気だぞ!」
 その間に、レイディットがフリーザーに追いつき、その前に立ちはだかる。そして、攻撃を仕掛ける。
 それをフリーザーはさらに避け、方向を転換する。
「ち、誰のポケモンだ!? 邪魔だぞ!」
 白装束の一人が叫ぶ。
 それを遮るタイミングで、フリーザーが小隊へ向かって、れいとうビームを打ち込んだ。
「た、退避! 退避ッ!?」
 気づけば、逃げる方向から転じて、こちらへ向かって滑空をしている。
 悲鳴のような退避命令を上げていた男に、れいとうビームが直撃し、男が氷漬けとなる。
「お、応援、誘導に失敗した、応援を頼む!」
 ワァワァとやかましい声が辺りに反響する。
 ――ギリギリセーフか。
 ふぅと、コウが息を吐く。あのままいきなり袋小路入りされてしまってはさすがに勝負にならない。
 恐らくは炎で驚かして冷静さを取り戻す前にフリーザーを誘導することが作戦だったんだろうが、まともに戦えば、フリーザーのほうが強いに決まっている。
 しかし、すぐさま四方から白装束が集まってくる。
 ――げ、集まるの早いよ。
 思いながら時計を見る。この時間帯に他の部隊がいる場所の見立てでは、概ね妥当な時間かと一人納得する。
 その間にも、辺りは混戦状態に陥っていく。
 怒号が飛び交い、フリーザーを各々に威嚇して、攻撃を浴びせかけていく。
 しかし、フリーザーからの攻撃一撃一撃が、確実に白装束を仕留めていく。
 攻防に狂気を帯びた緊張感が満ちていく。お互いに理解している。お互いが命を懸けてこの場に臨まざるを得ないことを。
 その攻防の影を縫って、コウが別の小隊のところへ移動する。
 道中レイディットをボールに戻す。
「伝令だ! オレはE班の者だ。この中に裏切り者が現れたらしい。敵勢力は不明だが、何人かいるらしい。気をつけてくれ」
 矢継ぎ早に言い切る。
「オレひとりでは伝えきれない、誰か人手を貸してくれ!」
「し、しかし、そんな指令は受けていないが…」
「早くしろ! 敵はフリーザーを狙っている、早く見つけ出さねば手遅れになるぞ!」
「わ、わかった」
 その小隊から一人飛び出し、コウが向かうのとは別の小隊へと向かった。
“…これがあなたの言う砦落としとやらですか?”
 走る道すがらラプラスが声を掛けてくる。
「いいから休んでろって」
“そういう訳にもいかないでしょう”
「ったく」
 小さく声を吐き出したところで、別の小隊にすぐさま声を掛ける。
 軽い動揺が生まれたことを確認して、他の隊へと連絡に走っていった男の方を見る。事が上手くいっているのを確認して、フリーザーの様子を窺う。さしものフリーザーも数の暴力には敵わないのか、幾分劣勢に回っているように見える。
 白装束の側も凄まじい勢いで消耗していっているが、白装束の手数のほうが多い。
 そして、フリーザーが退路へと飛んでいく。
「追え、追え〜ッ!」
「おぉおおッ!!」
 俄然白装束の側に勢いが増してくる。
 ――マズいな…。
 想定よりも劣勢に回るのが早い。
 フリーザーの後を追って走っていく白装束に混じって、コウも走っていく。
 フリーザーが退路に選んだ道はまだ、そこまですぐに袋小路に入る道ではない。
 が、もたもたしていたらすぐにチェックメイトだ。
 突然、轟音が洞窟を揺らす。
 フリーザーの進む通路が爆破された。それと同時にフリーザーの甲高い鳴き声が轟く。
 それでも、フリーザーの足を止めるには至らず、さらにフリーザーが進んでいく。そしてそれを白装束を追っていく。
 次第に後を追う白装束の小隊が前からフリーザーを遮り、そして、合流し、ふくれあがっていく。
 目に見えてフリーザーの体力が減っていく。
 徐々にフリーザーが袋小路へと入る方向へ誘導され始める。
 さらにその目の前から白装束の小隊が現れ、容赦なく攻撃を放ち始める。
 数の暴力。
 恐らくは、この作戦の指揮官のストーリーのレールに乗ったことは間違いない。
 フリーザーの攻撃の手数が減ってくる。徐々に攻撃をかわさなくなってくる。
 そして、はばたく翼から力強さが、失われてくる。
 そんな変化が目まぐるしく訪れる。
 そして、逃げるように進む向きを変える。
 もう、限界か。
「ああぁああ゛あ゛ーッ!!」
 突如。
「アイツだ、アイツが裏切り者だ!!」
 叫び声が、響いた。
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2012.03/08(木)23:38
第二十五話「世界創世神話 〜White Dance〜」

 喉が擦り切れんばかりの叫び声で、コウが叫んだ。
 同時にレイディットに指示を出す。
 先ほど現れた小隊に一番近い箇所で、一際ざわめきが走る。
「くそう、一人やられたぞ!」
「ち、ホントに裏切り者がいやがったのか!?」
「やれ、逃がすな」
 途端、大波のように怒号が広がりだす。
 さらに悲鳴が随所で上がる。
 そして、さらに裏切り者がここにいる、そこにいるとそこかしこで声が上がってくる。
「裏切り者を許すな! 確実に仕留めろ!」
 コウが叫ぶ。
「フリーザーが反撃してきたぞ!!」
「バカヤロウ、仲間割れなんてせずにフリーザーを捕まえないか!!」
 混乱が混乱を呼び、辺りが混沌と化していく。
 と、そこでレイディットが白装束の足元を掻き分けて戻ってくる。
 それをこっそりとボールへ戻し、コウはフリーザーの方へと向かう。
 途中、何人かお前が裏切り者かといって殴りかかってきた。一人目に言われたときは心臓が爆発するかと思ったが、この混乱だ。誰かれ構わず言っているだけだとすぐに確信した。殴りかかってきたり奴らを返り討ちにして進む。
 暴徒と化した群衆から抜け出すと、目的を忘れていない者達がフリーザーに攻撃を仕掛けている。
 しかし、そんな少数程度なら、フリーザーが十分に太刀打ちできる。
 ――おっし形勢逆転!
 内心ガッツポーズで、辺りをふと見回した。
 刹那、視界の端が捉えた。
 虫けらを見下ろすとは、このことかと直感する。
 白布に覆われてなお、嫌悪を全身で表現しているような。
 ゾクリと背中に氷が這ったみたいな寒気が走る。
「このバカ共がァァああッッ!!」
 声が、洞窟内に反響し、ビタリと白装束の動きが止まった。
 一斉に皆の注意が声の方へ向く。そこには数名の白装束が立っている。
 ――アイツら、教主と司祭!
 コウは確信する。
 叫んだ男が、その嫌悪を顕にしていた白装束だとすぐにわかった。
 声からして、恐らくは教主ではない。
 どうやら教主を連れて、ついに本隊が登場したということだろう。
「貴様ら、何を巫山戯ている!? 貴様らがここにいる理由を忘れたのか!? 氷の神の前で無様を晒しおって!!」
 次の刹那には、甲高い鳴き声と共に、冷気が辺りを支配する。
 一息に白装束が数名、フリーザーによって氷漬けにされる。
 それが、集団にどよめきを生む。
「しかし、ラケシス様! この中に裏切り者がいることは間違いないのでは!?」
「そういうお前がそうなんじゃないのか!」
 再び、静まった空気がピリピリと緊張感を帯びていく。
 ――一度走りだした暴動が、そう簡単に止まるかよ。
 内心思いながら動きをひそめる。
 このまま、放っておいても、この勢いならコイツらは自滅する。
「彼の存在は、神の創りし氷の化身だった。」
 少し低い、男の声が聞こえた。
 徐々に混乱を含んで膨れてきたざわめきの中で、男の声が妙によく聞こえた。
「神より遣われ、全てを白で塗りつぶす。神の犯せし、唯一の過ちを正すため。しかし、青年は諦めなかった。その地で誰もが静かに朽ちることを受け入れていく中、青年は氷の化身へと立ち会った。」
 どよめきが完全に消え失せる。フリーザーでさえ、その語り口に心奪われるように暴れるのをやめていた。
 妙によく聞こえたのは、自分だけではなかったらしいことはよくわかった。そして、それはつまり…。
「そして、青年は言った。ヒトとポケモンも、ヒトとヒトも手を取り合い、助け合うことができる。だから、今しばし、私を信じ、その力を貸して欲しい。…私達は、氷の神に認めていただかなければなりません。今の私達の姿は、氷の神に誇れるものですか、みなさん?」
 途中、コウはようやく気付く。教主の語るそれは、世界創世神話とやらにあった一節だ。
 コウ自身、自分が読んだことがあったという事実さえ忘れていた。
 それを教主が語る意味はよくわからない。が、一つ確かな結果がわかった。
 教主が問いかけた途端、サァッと狂気が引いていく様がよくよく見えた。
 ――マズい、建てなおされる。
“コウ!”
 何とかしなければ。そう思った瞬間、声が思考を遮った。
“あそこにポケモンが”
 あそこがどこか、確認するより先に足が動いていた。しかし、コウが走りだすより早く、ラケシスがその手に持っていた何かを操作する。
 それが、フリーザーの退路を潰すための起爆スイッチだと理解したのは、後になってからのこと。
 その退路に一匹のポケモンが目に止まった。
 自分でもビックリするほど、着火から爆破までがよく見えた。
 その真下に位置する一匹の白いポケモン。
 レイディットではない。
 レイディットなら、今このボールから放り投げた。
「バッカヤロォォ!!」
 天井が散華する。
 レイディットが今までで見たどんな技よりも早く、駆ける。
 そして、砕けた岩が白いポケモンへと迫る。そして、岩とポケモンが触れる瞬間がよく見えた。
“ダメ!”
 ラプラスの声が、頭の中に、やけに残響した。
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2012.03/08(木)23:38
第二十六話「戦線協定 〜White Dance〜」

 その白いポケモンが岩に触れた同時、白閃がそのアシカポケモンを打ちぬいた。
 その落ちてきた岩で三角飛びして、レイディットが駆け戻ってくる。その口には揺れるモンスターボール。
 ――か、間一髪…。
 やがて、モンスターボールが揺れるのを止めた。どうやら捕獲に成功したらしい。
 と、そこで気付く。
 ――ん、レイディット、でかくなって…。
「そいつだァ!!」
 ギクリと心臓が跳ねる。
 ラケシスが、明らかにこちらを指差して、言う。
 そう。明らかにコウはミスを犯した。
“すみません。つい…”
 珍しく、ラプラスが謝ってきた。
「いや…しょうがないだろ」
 あの場では、何があっても動くべきではなかった。
 どういうカラクリなのか、いや、最初の演説を聞いたあの瞬間にこの可能性に思い至るべきだったのかもしれない。この男への信奉は異常。
 その男に、この狂気が鎮められるというところまで、思ってはいなかった。
 そして、この男の言葉で皆の気持ちがフリーザーへ向いたタイミングだった。
 そこでその士気から逸脱した行為は、自分が異常ですと手を上げて主張するようなものだ。
 じりじりと、周りにいる白装束達が、こちらを取り囲んでくる。
 絶体絶命。
 ――ここまでか。
 コウの実力では、どう考えてもこの人数を打破するのは無理だ。むしろ、こんな状況を打破できる人がいればぜひ教えて欲しいものだ。
「くそ、逃げるぞレイディット!」
 それでも最期の抵抗を試みる。それとほぼ同時に「逃がすな」という号令が飛ぶ。
 次の瞬間、人が波になって押し寄せてきた。
 抵抗を試みるが、いとも呆気無く取り押さえられてしまう。
 体を地面に押し付けられ、顔を覆う面を取り上げられる。
「よしお前たち、そのまま、殺してしまえ」
「ハッ」
 ――ヤバい、コイツらマジだ。
 数人の男に上から押さえ付けられ、振りほどこうとしたところで殴られて、動けなくなる。
 他の白装束が、ナイフを取り出すのが視界の端に映る。
 あとで思えば、これを直視しなかったのが良かったのかもしれない。そうしていたら、多分体が固まっていたように思う。
 たった一つの号令で、命に安々と手を掛けるだけの狂気。
 それが、ここにあることはよくわかった。
 だから、見ず知らずのポケモンを助けたことが、明らかなミスになったんだ。
 ナイフを持った白装束が、自分の目の前に立つ。
「おいお前ら」
 死が目の前に立つ。
「人一人の今際の際だ、遺言聞いてけ!」
「勝手に喋るな!」
「ガッ」
 思い切り頭を殴り飛ばされる。一撃目でナイフが飛んで来なかったのが救いか。
 そんなことを、自分でも感心するほど分析できていた。
 自分がミスを犯したことも、理解できている。
 だから。
「…お前らの言う…ヒトとポケモンが手を取り合うってのは。」
 腹が立った。
 ミスだなんて分析してる自分にもなんだか腹立たしい。
 でも、それ以上に。
「目の前に居るポケモンを見殺しにしていく未来のことかああッ!!」
 明らかにおかしい。
 ポケモンの死ってのはそんなに軽いもののはずじゃない。
 何よりここにいる奴らは白装束たる前にそもそも一人のポケモントレーナーのはずだ。
 それは何で平気でいられるのか。
 それがただ、無性に腹が立った。
 腹が立って、煮えくり返って、そのまま一周して、逆に頭が冷えた。
 激しく発散するのではなく、グラグラとマグマでも溜めるみたいに。
「お前らが何を考えてこんなことやってるかなんて知る訳ないけど、お前ら絶対間違ってる! 」
「何をしている、やれ!」
 司祭が指示を飛ばす。
 ナイフが振りかざされる。
 それを見上げて。
 そして、その向こうに、光を見る。
 強い強い光。
 それがフリーザーの瞳の強さだと気付くのに少し時間がかかった。
 しかし、その意味はすぐに理解できた。
『お前に味方してやる』
 バキィッと甲高い音が弾けて、目の前の白装束が凍り付いている。
 コウを掴んでいる白装束達の動揺を逃さず、拘束を抜ける。
「今だ逃げるぞ!」コウが教主に背を向けて、一歩目を蹴り出す。
「逃がすな、早く捕まえろ!」
 ラケシスの声が跳ぶ。それに呼応した白装束たちが咄嗟にコウの行く手に回りこむ。
 二歩目を大地に付ける。力いっぱい進行方向に向けて足を差す。体をひねる。
 そして、ボールを投擲。
 真っ直ぐ教主の前までボールが届き、開く。
 光と共に白い影が現れる。
「まずい、教主様をお守りしろ!」
 一斉に叫ぶ。
 そして、ポケモンが現れる。
 そこにいたのは、先ほど爆破に巻き込まれていたアシカのような出で立ちの白いポケモン。
 ――取った!
「後ろだ!」
「ぐゥ!」
 司祭が叫ぶと共に、教主の悲鳴があがる。
 絶妙のタイミングだった。目の前に突如現れたポケモンに気を取られた一瞬で、レイディットが教主と幹部の背後を取る。
 そして、電光石火の一撃で教主をこちらに突き飛ばす。
 あとはフリーザーが教主を氷漬けにすれば、そしてその教主を人質にとってフリーザーとふたごじまを脱出。それで終わりだ。
 コウが勝ちを確信して、心中叫んだ時には、教主の飛んで来るはずの場所へ目掛けて駆け出していた。
 しかし。
 その目の前で、司祭が教主に体当たりを食らわせていた。
 そのままラケシスは教主の身代わりとなって、弾丸のようなレイディットの一撃に吹き飛ばされていた。
 作戦が破られた。その事実を理解するのに一拍の間を要した。

 その一拍の間に、ふたごじまが壊れた。
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2012.03/08(木)23:39
第二十七話「タイマン勝負 〜White Dance〜」

 ――い、生きてる…。
 まずそう思った。
 もはや音として認知できない爆音が、大気と大地とを激しく叩いたことは理解できた。体の底まで痺れるみたいな、大爆発が起きて、その後の記憶が少しない。
 それが、恐らくは白装束の仕掛けたダイナマイトにより通路が破壊されたのだということは予想がついた。
 顔が持ち上げると、砂煙が舞ってよく見えないが、自分の上に岩が乗っている様子はない。
 何とか落石の難を逃れた、ということか。
 立ち上がって、砂煙の中から抜け出す。
「ふ…ふふ、なかなか面白かったですよ」
 心臓が跳ねる。もともと激しく脈打っていた気がしたが、胸を突き上げられたかと思うほど驚いた。
 背中の方。そう言いながら、砂煙の中から一人の男が現れた。
 豪奢に彩られた白装束は、司祭に与えられるそれだ。レイディットに突き飛ばされた上、目前で爆破を被ったダメージだろう。その足取りはおぼついていない。
 そこでレイディットと先ほど捕まえたポケモンのことを思い出す。自分の手元にあるボールを確認し、その中に二匹ともいることを確認する。爆発する瞬間命がけでボールに戻そうとしたところまでは覚えがあったが、何とか間に合ったらしい。
 辺りを見まわし、すぐにフリーザーの姿を見つける。もっとも爆破を間近で受けたのは空中にいたフリーザーだ。力なく横たわっている。
「やっぱりあんたか」
「これはこれは…覚えていただいて光栄です。わたくし、ラケシスと申します。短い余生ではありましょうが、お見知りおきを」
「よく言う。ついぞ本気で人を殺そうとしてたくせにさ」
 言いながら、ほとんど動悸みたいに心臓がバクバク言って頭がクラクラするような緊張を感じる。疲労も心労もそろそろピークか。
 後ろにいるフリーザーは相変わらず動く様子もなく横たわっている。どうやら、爆破された箇所はコウ達と教主を寸断する場所だけでなく、この空間につながる道を全て破壊したらしい。白装束達も数名横たわっている者がいる他は見当たらない。それらを目線で確認し、再びラケシスへと視線を戻す。
「そうですね。ふふふ。あなた、将棋とか得意なんでしょう?」
「さぁ、どうかな?」
「あれだけ逃げる逃げると言いながら、最後の最後でいきなり王手を狙いに来る手際には、肝を冷やしました。おかげさまで、帰る道を無くしてしまいましたよ。」
 そう言ってラケシスは、自分の背後の崩れた跡を指差す。
「あなたごときに無理心中せざるをえなくなるとは思いませんでしたが、背に腹は代えられませんからね」
「その俺ごときにフリーザー捕獲の邪魔をされたんだろ?」
 ――さてさて、さらにまだ何か、仕掛けているのでしょうか?
 覆面の下で、ラケシスは薄い笑いを浮かべる他所でコウを観察する。
 一方、コウは体に絡みつく緊張を纏ったまま、こちらを睨んできている。
 ――相手は幹部級。一番避けたかった戦闘…。こっちはもう戦力切れ。…どうする?
 自問する。まともに戦う方法すら残っていない。もはや幹部級どころか、そこら辺に居る信者ひとり倒せないだろう。
「まぁ、あなたは思いの他、ずっとずっと手強かった。そんなあなたから教主様を守れたのならば、わたくしの命など安いものです。」
「ははは、いつでも俺のことなんて殺せたって?」
「はい、そう思っていました。が、わたくしの認識不足だったようです。」
 そこでラケシスは一拍の間を置く。そして、
 ――やはり、ここは一つこちらから仕掛けるとしましょうか。
「ということで、ここで一つ、手打ちにしましょう。」
「手打ち?」
「はい。どうせ、わたくし達ふたりともここから出られない運命なのですから。最後の最期まで、いがみ合って終わるのもイヤでしょう?」
「まぁ、それはそうだけど」
「ふふふ、ご理解いただけて何よりです。」
「でも、あんたは助けが来るかもしれないだろ?」
「それはないですよ。正直この洞穴は既に度重なる爆破でガタガタです。誰かが道をこじ開けようと揺らせばここの天井落ちてきて終わりです。」
「ふ〜ん」
「納得していただけましたか?」
「…。まぁ。」
「それではコウさん、そこにいる氷の神を捕まえてあげてください。」
「はぁ?」
「そうでしょう? このまま朽ちるのを待つより、少しでも快適なモンスターボールの中で休ませて差し上げるのが、せめてもの慈悲というものでしょう? 別にわたくしが捕まえても構いませんが、それではコウさんが納得できないのでは?」
 言われて、フリーザーを振り返る。
 ――何を企んでるんだ?
 どうにも腑に落ちない感覚が抜けない。
 そもそも本当に教主を守ることだけが目的なら、わざわざ命を懸けて爆破なんて力技が必要だったのか?
 咄嗟の判断で冷静さを欠いたということか?
 しかし、まぁそれはそれとして、確かに今この状況においては自分の手元にフリーザーを置いておくことに損はない。…ように思う。
 ボールを取り出し、傍へ寄りフリーザーに押し当てた。それだけで、いとも簡単に氷の神はボールへ収まった。
「これで良いのか?」
 言って振り返る。ええ、と満足気にラケシスは頷いている。
「あなたに捕まえていただければ、フリーザーも捕まると、思っていましたよ。ええ」
「ははは、そういうことね」
 合点が行く。最後の一瞬、フリーザーは確かにコウの味方だった。敵の白装束が捕まえようとすれば、フリーザーは最後の抵抗をしたかもしれない。
 が、コウなら、味方の差し伸べた手なら確実におとなしく捕まると、そういう算段だ。
 ――そこまでしなくとも、恐らくは捕まえられただろうに。
 白装束たちが、コウを取り囲むようにぞろぞろと現れる。
 そして、フリーザーをボールに収めた後、弱っているコウから確実にボールを回収する。それを咄嗟に思い付いて、実行したのだとすれば、策の張り合いで勝てる相手ではないのだろう。
 ――こんなに…一体どこに隠れていやがった?
 しかし、冷静になればそれはそうだとも思う。あれだけの数がいた白装束が突然いなくなるはずがない。
 こんな満身創痍の状況では、どんな元が弱い相手だろうと、勝てるはずがない。
 じりじりと白装束達はこちらへと距離を詰めてくる。
 ――考えろ。この状況を打破する方法を。
 自分の脳を叱咤する。
 逃げ道を模索する。しかし、ラケシスの言うとおり、ここから脱出を試みようにも道はない。
 道はない?
 じゃあ、アイツらは俺を倒して、フリーザーのボールを奪って、そして、その後は?
 白装束たちの作る輪がさらに小さくなってくる。
「ふふふ、この勝負、私の勝ちのようですね。」
「くそ」
「さぁ、フリーザーのボールをこちらに渡してもらいましょうか。そうすれば、手荒な真似はいたしませんよ」
 余裕たっぷりに、ラケシスがこちらへ近づいてくる。
 さすがに、この状態で袋にされたら死ぬかな、とか考えて。
 白装束たちをじっと見る。
 唐突に、気付いた。
 ――こいつら、もしかして。
 コウが駆け出す。白装束の一人目掛けて。
「くそ、捕まえろ!」
「や、無理だろ?」
 そのまま、スピードを緩めず、白装束へ突っ込む。
 そして、通り抜ける。
 虚像が虚しく揺らめいて、消えた。
「く!」
 ラケシスが初めて動揺を見せた。
 ――あるはずだ、俺を倒した後、脱出するための道が。あいつの作戦の作り方、まさかこんなところで無理心中なんて実行するヤツじゃない。
 そして同時に確信を抱いた。
 ラケシスは虚像を見せる。なら、ここにある壁のどこかは虚像なんだ、外へ繋がる道を隠す。
「クラウン、水だ、この辺り一面にぶっかけてやれ!」
 ボールから捕まえたばかりのポケモンを出す。クラウンが指示に従い、水を吐き出す。
 そして、見つける。水が弾けず、虚像を通り抜ける場所を。
「この勝負、俺の勝ちだな!」
「くそぉ!」
 ラケシスもこちら目掛けて走りだしてくる。しかし、もう遅い。
 虚像をすり抜け…。
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2012.03/08(木)23:39
第二十八話「ラストダンス 〜White Dance〜」

「残念でしたー!!」
 突如、足元が盛り上がった。
 何かが突き上げてきて、思い切り吹き飛ばされた。
 ぐぁ、と呻くコウに向かって小さな影が突き刺さる。
「このボールはあたしたちがいただくわ!」
 やけに弾んだ黄色い声。その腕にはフリーザーを収めたボールが握られている。
 しかし、その言葉もコウの耳には届かない。
 自分の呼吸が、やけに目前に感じられる。
 フリーザーのボールを突っ込んでいたコートが、半分に切り捨てられている。
 後数センチ前にいたら、そもそもあと一拍気付くのが遅れていたら、コートごと腰が半分にされていた。
 その攻撃の主が、こちらを見下ろしている黒い猫のようなポケモンであることは想像に難くない。岩を連ねて作った竜のようなポケモンの上、そのポケモンと主が居る。
 明らかに女と分かる声の白装束。
「アトロポス、助かったよ」
「ふん、情けないったらないわねラケシス」
「今回ばかりは返す言葉がないな」
「…やけに殊勝じゃない。まぁ、何とか万事間に合ったみたいで何よりね」
 不穏な会話を交わすうちに、岩蛇がラケシスを拾い上げる。
「ということでコウさん、わたくしはこれで失礼しますが」
 ラケシスが言葉を切る。その間に岩蛇が出てきた穴へと引き返していく。
「作戦の最悪の失敗を避けるため、もう間もなくこのふたご島は倒壊するかと思われます。無事に脱出することができたらその時にまた手合わせを」
 突如。
 ゴン、と地球ごと真下に振り抜いたみたいな振動が走った。同時に壁が、天井が凄まじい勢いで砕けた。
 腰をついたまま立てないでいるコウのすぐ傍に岩盤が落ちる。
“…さい”
 頭の中に声。
“早く逃げなさい、コウ!!”
 その声にハッとする。ふたごじまを襲った振動が、いつ次やってくるかもわからない。
 もうガタガタになっている体を引き摺って、ラケシスの用意していた逃げ道を全力で駆け抜けた。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 どこをどう走ったのか、皆目見当もつかないが、何とか地上へと抜けだした。
 その次の瞬間、大気がジリジリと震え、爆発音、そして大きな地面の縦揺れと共に、地下の洞窟が倒壊する音を聞いた。
 洞窟の入口から幾らか離れ、とうとう歩くこともままならなくなり、そこで腰をついた。
 朝に入った洞窟だったが、日は既に地平線の向こうに消えている。微かに西日の朱が空に残っていた。
“助かったようですね…”
「ああ…」
 ゼェハァと収まらない息切れを感じて、ああ、まだ生きてたんだな、と強く実感する。
“コウ…すみませんでした。”
「…何が?」
“いえ…”
「そんなことより、レイディットが大きくなったな!」
“ええ、進化したようですね”
「そうか、あれが進化か。今度お祝いでもするか?」
“ええ、それが良いかもしれませんね”
「あれ、『そんなものは下らない』とか言われるかと思ったのに」
“…そうですか? そう言われれば、やはりそうかもしれませんね”
「ははは」
 大事なことに、目を背けてるな、とは自分でもよくわかっていた。
 でも、どうやって向きあっていいか、それはよくわからない。
 なぜ、ラプラスとフリーザーが戦っていたのか?
 しかもこの白装束がフリーザーを捕まえようとするタイミングで。
 信頼が、少しずつ築かれてきた気持ちが、地盤から抜けて落ちて行くみたいな。
「ラプラスはこれから親元へ帰る…のか?」
 大分と息も整ってきて。
“ええ”
 思い切って訊いた問いの答えは簡潔。
「そうか、じゃあ、ここでお別れだな」
“ええ”
 また会おう、と伝えるべきなのか、それともお前を敵にまわす訳にはいかない、というべきなのか。
 ただ、罵詈雑言を吐きかける、というような気持ちには不思議とならなかった。
“コウはこれからどうするのですか?”
「ん、どうしようかな…」
 白装束は追う、と思う。
 が、フリーザーを守り切ることもできず。
 急に色んな糸が切れたみたいに、絶望感、虚無感とでも表現するような感情が心をかげらす。
 仮に白装束を追うとしても、そのためにこれからどうしたら良いのか、もわからない。
“それならば、一度グレンタウンに向かうことをお勧めします。…私の言うことが信用に足るとは思っていませんが”
「グレンか…。理由は?」
“恐らく、あなたが知りたいと思っている、彼らの発端について、多少なり知ることができると思います”
 そう伝えながら、思う。本当はこんなこと言ってはならない。
 自分は飽くまであのお方のために忠義を尽くすと、そう決めている。
 そんな自分に違和感を抱きながら。
「そうか…じゃあ一度行ってみるか」
 コウが言う。それにラプラスは答えない。
 ゆっくりと立ち上がって、西へ向かって少し歩くと海岸線へ出ることができた。
 視界が開け。
「!」
 コウが言葉につまる。
“あれは…グレン島ですか?”
「ラプラス、あそこに、あるんだな?」
“そのはずですが”
「最後に、グレン島まで頼む!」
so6.cty-net.ne.jp
ピカチョー ☆2013.01/14(月)18:49
第二十九話「紅蓮烈火 〜Volcano!〜」

 ――奇妙な地域だ。
 老齢の男は、改めてそう思った。
 カントー地方に来るのが初めてというわけでもない。以前に訪れたときはここまでの違和感はなかった。
 とすると実際には地域…という問題ではなく、今目の前にある光景がただおかしいと考えるのが妥当なのだろう。
 が。
 男のいる場所――グレンタウンは、今まさに存亡の際にあった。
 その一部始終を観覧し、まるで喜劇か何か、そういう間抜けさすら漂う茶番のようだと思った。
 ただ、歴然とした事実としては、グレン火山は噴火して島の北半分を溶岩が呑み込んだ。
 いずれは山の南方に位置するグレンタウンも飲み込まれることとなるのだろう。
 そこへ、奇妙な来客の姿が見えた。
 白装束を纏った男が、ラプラスに乗って島へと上陸する。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

「ありがとう、ラプラス」
“本当にここで良いのですか? もっと安全な場所まで送り届けることもできるのですよ?”
「何だよ、ラプラスがここに何か手掛かりがある、みたいなことを言ったんじゃないか」
 笑いながら、コウが答える。
“もし、私があなたを罠にハメるためのミスリードだったら、どうする気です?”
「そんなこと、ないんだろ?」
“呆れたお人好し…というよりは楽天家ですね”
「はは、でも、何となく、自分のポケモンの言っていることは、信じなきゃいけない気がする。」
“…。…私は、あなたのポケモンでは”
「それ以上言うなって。俺が信じたいだけだってことは、わかってる。」
“…わかりました、では、あなたの武運を祈ります”
「ああ、ラプラスも元気で」
 コウの言葉を聞くが早いか、すっとラプラスが水面下へと沈んだ。
 それを見送って、大きく息を吐いた。
 何だか、胸の端っこを抉られたみたいな、息苦しさがまとわりついてくる。
 それを何とか深く呼吸して堪える。
 涙が出そう、とかそういうのではないけど、覚悟していたつもりでも、別れという事実が突きつけられるのは苦い。
 ――少しだけ、ラプラスとも分かり合えそうな気がしてきてたんだけど…な。
「何か、忘れ物でもしたのかい?」
 背後から、声。
 それに体の芯からビクリと大仰に驚いた。何よりそこまで驚いた自分に驚いた。
 声の方に距離をとりながら、振り返った。
 ――お爺さん?
 コウの視線の先、ジャケットに襟付きのシャツ、スラックス姿の老人が居る。
「な、こ、こんなところにいたら危ないですよ」
「…ふむ。」
 薄焦げ色のハットの下、黒縁メガネが老人の首肯に合わせて光る。
「そういう君は、自殺志願者かね?」
「え?」
 思わぬ返しに一瞬思考が詰まる。
 ――確かに言われれば、そう思われても不思議ではないが。
「いやいや、ち、違いま」
「それとも、この島にトドメでも刺しに来たかね?」
「は?」
「いや何、先ほど君と同じ格好をした輩が、グレン山を噴火させていったのでね」
「な!? ど、どういうことですか!?」
 訊き返しながら、気付いた。自分は今、あの白装束を着ている。それと同じ格好の輩。
 ドッ。胸が音を立てる。
「どういうも何も、君は彼らの仲間なんだろう?」
 先程のラケシスの言葉が脳裏をよぎる。
『作戦の最悪の失敗を避けるため…』
 最悪の失敗? フリーザーを捕まえられない?
 少し自問して、気付く。いや、違う。
「この地域の者は訳がわからんね、自分のふるさとを、わざわざ自分で傷つけようなど」
 ――フリーザーが、敵に回ること。例えば、敵対する人間が捕まえるとか。
『もう間もなくこのふたご島は倒壊するかと思われます。』
 フリーザーが敵となった場合。ふたご島を壊す。どうやって。火山の噴火で。
 ピンと来た。来てしまった。
「…す、すいませ…」
 声が震える。
「まさか、この噴火、白装束を着た連中が…?」
「まさかも何も。噴火させた挙句、この火山は噴火する。だから避難しろ、と島民を誘導していたよ。…君は知らないのかね?」
「僕は…」
 言葉に詰まる。
 恐ろしくよくできた話じゃないか。裏でしっかり工作しながら、それを利用した体裁を整える。
 無駄なく合理的。
 そうやって、町を一つ消した。
 腹の底がザワリとする。そういう無理なやり口に対する怒りなのか、火山まで噴火させられるという底知れなさに対する恐れなのか。
「くそ、そういうことかよ!」
 仮にこういう計画だと知っていたとして、自分に何か出来たのかわからない。でも、結局最終的に自分は良いように踊らされていただけ。そんな無力感。
「ふむ…何やら事情でもあるのかね? 良ければ、教えてはもらえないかね?」
 そう言って、その老人はコウの瞳を覗き込んだ。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 人々を脅かす集団、人心を掌握する集団、ポケモンを悪事を働かせる集団…。
 そういった手合いはどこの地方にでもいるものだ。このカントー地方でならば、ロケット団と言う名のポケモンマフィアが解散を宣言しているはずだ。
 しかし、この白装束の集団は自分の知っているものとは少し異質なものであるように思った。
 そう、恐らくは自分がそんな集団のことを一切知らなかったから。
 情報通だとか、裏事情に敏いとかそういった自負はないつもりだが、それにしても、音…というよりは気配自体を感じないような、そんな気味の悪さ。
 目の前の青年が語るは、恐らく偽りのない話のように思う。
 随分と大掛かりな作戦を敢行できるほどの人材、財力、物資を持っている。それは自分自身、グレン火山を噴火させていく一部始終を見ていたから、想像は難くない。
 ――この土地の問題に、ヨソ者が口を挟むこともない。と思っていたがね…。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 空っぽの町。
 天蓋をどす黒い灰と煙が覆い尽くし、鼻に刺さるようなキツい臭いが立ち込める。
 ――世界の終わりみたいだ…。
 そんなことを、コウはぼんやりと思った。いや、実際に終わるんだろう。そう遠くないうちに、グレンタウンという、いやグレン島という島の上にあった世界はこの世から消えてなくなる。
 ――意外と、世界の終わりって、静かなものなのかも。
 そんな町を通り抜け、進む。
 見ず知らずの老人と。
「この歳になっても、いやこの歳になって益々世の中とは不思議なものだな」
 そう感慨深げに老人が言う。彼の名はヤグラ。
 世界の果てのような場所で出会った、異様な老人。そもそも、島民は皆避難したというのに、彼はなぜこの島に留まっているのか。火山を噴火させ、人々を避難させる一部始終を見ていたのなら、なぜ止めずに静観していたのか。不審な点の多い、考えれば考えるほど多いこの老人に、気づけば全て喋っていた。
 家を追われたこと。ふたごじまで起こったこと。そして、これから向かう場所のこと。ラプラスのこと。レイディットのこと。
『ふむ、ならばそのポケモンやしきへの道程、手伝おう』
 そうヤグラは言った。ここは危ないと言うと、問題ないと言う。何度か断ったがそれでもという申し出に、ほんとうに良いのかと確認すると、
『何、旅は道連れ世は情け、俺もまだもう少し、この島に用事があるんでね』
とのことらしい。それ以上固辞はせず、素直にお願いすることにした。
 程なく、ポケモンやしきに到着する。
 町のはずれ、火山の麓の林に構える大きな西洋風の館。ツタが巻き付き、その壁面には至る所に亀裂が走る。その外観から何年も人が住んでいないと言うことは容易に窺えた。
 ラプラスの話では、この中に白装束の発端と言うべき何か、があるらしい。
 それが何かは自分の目で確認しろとのことだ。
「何とか、火砕流の被害は免れていたみたいですね」
「ふむ。しかし、いつまた噴火が起こるとも限らん。早いうちに調べてしまう方が良いだろうな」
「ええ、そうしましょう」
 玄関のノブに手をかける。鍵は掛かっていない。ぎぃ、とポケモンやしきがその口を開けた。
115-36-55-135.aichiwest1.commufa.jp
ピカチョー ☆2013.01/14(月)18:52
第三十話「紅蓮烈火 〜The Premises Of Causes〜」

「ヤグラさんは、どちらの出身なんですか?」
「ふむ、俺はホウエン地方の出身でね」
「へぇ、ホウエン地方…カントーへは旅行か何かで?」
 世間話を交わしながら、屋敷の中を探索する。ホウエン地方という単語に、ふと双子の姉弟の顔を思い出した。最近はホウエン地方からの旅行客が増えているんだろうか。
 多少調べてわかってきたが、どうやら、ここはからくり屋敷か何かなのか、妙な仕掛けが施されているらしい。
「ふむ…旅行というと少し違うがね、ほら、見ての通り俺ももう年だ。老い先長くない。」
「…」
 その言葉に、なんと返して良いものか、答えが見つからずコウは黙って探索を続ける。
「ただ、俺には一人孫がいるんだが…。ん、これは日記か。7月5日 ここは南アメリカのギアナ ジャングルの奥地で新種のポケモンを発見。」
 ヤグラが日記の一文を読み上げる。
「関係なさそうだな」
「そうですね」
「…。」
「…それで?」
「ん?」
「お孫さんがいらっしゃるとか」
「おお、そうだそうだ、いやいや、最近物忘れがひどくなってきてね、そろそろ危ないかね」
 苦笑いするしかない。ブラックジョークを通り越して、真実味しかない。
「そう、孫の誕生日が近いんでね。残すのが僅かばかりの資産と…俺の築いたしがらみばかりでは未練が残る。せめて、似合いのポケモンでもと思って探している次第だ」
 遺産相続…というやつの話か。コウも何となくイメージはあるが、こうやって自分の身近で真剣に考えている人に会うのは初めてかもしれない。
「さっき言ってた、まだここでやることって言うのは、そのポケモン探しってことですか?」
「そういうことだ。特に私の家はここのように火山に近いものでね。何か良き巡り合わせがあるかと思ったんだがね」
 ――それで、火山が噴火させられるところを見たって言うのは、ちょっと重いな…。
 そこで会話が途切れたまま、しばし探索が続いた。
 しかし、手掛かりになりそうなものが何も見つけられないまま、刻々と時が進む。
「…しかしここは一体、どういう場所なのかね?」
 痺れを切らしたのか、ヤグラがポツリとこぼす。
「いや、僕も詳しいことは」
「そうかね。…ここで、誰かが生活を築き営んだ呼吸…そういったものが驚くほどない」
「生活を築き、営んだ呼吸…ですか」
「ああ。精精道中見つけた日記いくつか、くらいだろう。」
 言われて思い出す。
『日記 7月10日 新発見のポケモンを 私はミュウと名付けた。』
『日記 2月6日 ミュウが子供を生む 生まれたばかりのジュニアをミュウツーと呼ぶことに…』
「あとは、ここに勝手に出入りしているトレーナーか、泥棒の類くらいだ。…ここに本当に手掛かりとやらはあるのかね?」
「…わかりません。わかりませんが…」
「ふむ、ラプラスが言っていたという話だな。まぁ、なら何かあるのだろうね」
「…疑わないんですか?」
「ああ」
 ――変な人だ。
 自分で事情を話しておきながら、コウは思う。
 普通に考えて、この老人の目撃情報が真実として、ここをメチャクチャにした集団とおんなじ格好した奴が島にいるってだけで、怪しんで然るべき。ましてや、コウが真実を話したことを信じたとして、ポケモンが言っているからとかいう眉唾もいいトコな情報をなぜそこまで鵜呑みにできたものか。
 考えが顔に出ていたのか、ヤグラはにやりと笑いながら訊いてくる。
「ふふ、君は私のことを変人だと思ったろう?」
「え、いやいやそんなこと…」
 それでも、ニヤニヤしながら瞳を覗き込んでくる老人に観念する。
「はいすいません、思いました」
 ――この人の眼は少し苦手だ。
 全てを見透かすような、まっすぐに差し込んでくる瞳に、おそらくは自分の素性たるやを喋ってしまったのだろうな、とようやっと気付く。
「それで良い、人間も、正直にするほうが良い」
「はぁ」
 バツの悪さにあてられながら、生返事。
「君もポケモントレーナーなのだろう? なら、覚えておきなさい。自分のポケモンの言う事、伝えようとしている事、仕草、ふるまい…疑ってはならない。他の誰が訝り、嘲り、罵ろうともね」
 思いがけず、真面目な話。面食らって、なんと応えるべきか返答に詰まった。
「人は、騙り、益を貪り、そのために人を陥れる。なんと愚かな生き方をする生き物かと思う。しかし、自分のポケモンが、トレーナーに対して嘘を吐いたりはしない。誤解や行き違いはあるかもしれんがね。だから、トレーナーは自分のポケモンの言葉には真摯に耳を傾けなさい。」
「…はい!」
 その言葉は、思っていたより、スッと腹に落ちた。
 肌が少し粟立ち、背筋がしゃんと伸ばされる。そんな感じ。
 まだ、自分はトレーナーとしては新米だ。いや、人生というスパンで見ても、まだまだ幼い場所にいると思っている。
 だから、きっと具体的な形や言葉にして思っていたわけではないけど、どこかに疑問があったのだと思う。
 ――自分はこれで良いのか? 正しい道を歩んでいるのか? 選ぶ進路に誤りはないか?
 その答え、いやそんな深淵にあろうものにすぐにたどり着くはずもないが、指針になるものをこの人は持っている。
「ふふ、歳を取ると説教臭くなっていかんね。…さて、これからどうするか。あまり長居できる場所ではないしな…」
 言いながらヤグラはモンスターボールを取り出す。
「かつては数多のポケモンを捕まえ、育て、戦ってきたものだが、今や手元に残っているのはこのブランだけだ」
「…他のポケモンは…?」
「俺も長く生きた。天寿を全うした者もあれば、他人に譲り渡した者、自然へと帰した者…色々さ」
 ヤグラの表情が、僅かに憂いを帯びるのが見えた。
 ヤグラのモンスターボールが開く。現れたのはメタモン。紫を帯びた銀色の、定まった姿を持たないポケモンだ。
 当然コウがメタモンを見たのは初めて。
「ブラン、この屋敷を探ってほしい」
 コクリと頷いたかのように見えた瞬間、小さな体がクシャッと溶ける光景に息が詰まった。
「…メタモンを見るのは初めてかね?」
「はい」
「そうか、ならばあまりブランを所謂普通のメタモンとは認識しないほうがいいな」
「はぁ…」
 メタモンがあっというまに姿を消してしまう。そして、ぞわりと全身が嘗められるような違和感が通り抜ける。
 さらに次の瞬間には、メタモンが元いた場所に、溶けた瞬間を逆再生するように姿を現す。
 そして、メタモンが体の一部をぐいっと指して方向を示す。
「ふむ、こちらかね」
 その方向に迷わずヤグラが歩き出す。
 訳がわからないまま、コウはその後を追う。
 辿り着いたのは、何の変哲もないただの壁。その壁の向こうに何かあるとメタモンのブランは訴えている。
「ふむ、この壁の向こうの訳か」
 ヤグラは顎に手を当てて思案するように頷く。
「さてコウくん。…ふふ、何が何やらわからないという顔をしているね」
 ヤグラは得意げにニヤニヤとしている。
「先ほど、ブランは普通のメタモンではないと言ったね。コウくんの普通のメタモンとはどういった認識かね?」
「…相手のポケモンに化けるポケモン…で良かったですか?」
 ポケモンの知識が欠如しがちな中、昔聞いたことがあるような気がする知識を総動員してかろうじて答える。
「そのとおり。メタモンは相手のポケモンと同じ姿となることで身を守ったり、辺りの小石に変身して身を潜めたりするポケモンで、本来直接戦ったりすることは得意ではない。」
 ヤグラは話しながら、壁を指さす。
「しかし、そんなものは勝手に人間が大体そうだからそういうものだと決めつけているだけに過ぎない。」
 メタモンがコクリと頷くなり、その体がぐいと大きくなる。何かに変身したとか、そういう類ではない。ただ、その姿が大きくなる。
「例えば、この壁の向こうに、先へ続く道があることを見つけたのは紛れもなくブランだ。して、どうやったと思う?」
 ヤグラが問い掛けてくる間にもぐんぐんとメタモンの体が膨らんでいく。そして、コウより高い位置に顔が来るまで巨大化し、壁に向かってビンタをぶち込む。
 鈍い音共に壁が大破し、その向こう側に続く通廊が姿を表す。
「…。」
「ふふ、ヒトが決めつけたことなど関係ない。そうは思わんかね?」
 言いながら、ヤグラは悠然と歩を進めていく。
「答え合わせは、別れの際にでもするかね。覚えていればだがね。ふふふ」
 何とコメントしたらいいか判断しあぐねながらコウが後に続いた。
115-36-55-135.aichiwest1.commufa.jp
ピカチョー ☆2013.01/14(月)18:53
第三十一話「紅蓮烈火 〜The Glory Which Is Beyond Despair〜」

 ――ああそうか、ここは…。
 鼻腔の奥を刺すような、独特の薬品臭が漂う。
 光は届かず、照明のたぐいも機能していない薄暗いこの場所で、何が行われていたのか。
「いつ、どんな時代、どんな社会であっても、光が当たる場所があるように、影も生まれるものだがね…」
 これはむごいなと、小さく呟くのが聞こえた。
 ヤグラと何かを確認し合ったわけではない。が、既にお互いに同じものを認識しているようだった。
 散乱した資料、破壊しつくされた無数の機器。
 ベッドやソファ、テレビであったであろう残骸も見て取れる。
 ヤグラの言う生活を築き営んだ呼吸がここにはあった。ここに住んで、生活をして、そして唐突に朽ち果てたのだろう。
 理不尽、という言葉がピタリとくるような暴力でグチャグチャにして行ったのだろう。
 恐らくはその瞬間に飲んでいたのであろうコーヒーカップと黒い染みが目に映った。
 でも、そうやってグチャグチャにされたであろう被害者に同情とか、そんな感情は一切湧いてこない。
 通路や個室、至る所に並ぶ円筒状のガラスを備えた機械。そのどれも叩き割られている。
 本や紙の束、それもほとんどがグシャグシャに切り裂かれて、元の状態はわからない。
 ただ、それらの資料の中のほんの一節。
 ――ポケモンの遺伝子操作に…。
 それだけしか読めなかった。でも、それだけ読めばここが何のための施設だったのか、理解するには十分だった。
 ポケモンやしき地下一階。白装束のこれから先の手掛かりがあると言われる場所の深奥に、コウはいた。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

「さて、コウくん。どうかね、手掛かりはありそうかね?」
「いや、まだ何とも。でも、ここが何のためにあるのかは、わかったように思います。」
 ラプラスの言うとおりであれば、この施設は白装束の連中と無関係ではありえない。
 ――フリーザーを捕まえるためだけに町を一つ消すのかと思ってたけど、もしかすると、それだけじゃない?
 辺りを探索しながら、ふとそんな思いが脳裏を過ぎる。
 ふと、見慣れた手書きの文字が、眼に留まった。
 日記と手書きで書かれたハードカバーの冊子。これまでにもいくつか置き去りにされた物を既に読んでいる。
 恐らくは、ここで忌むべき実験を繰り返していたのであろう研究者のものに違いない。
『日記 9月1日 ポケモン ミュウツーは強すぎる。ダメだ… …私の手には負えない!』
 ミュウ…ミュウツー…。これまでに見てきた日記の内容を思い返す。
 ミュウとミュウツーと呼ばれる二匹のポケモンがいて、結果としてミュウツーを御しきれなくなった。
 そうであれば、ここをグチャグチャにしていったのも、そのミュウツーというポケモンか?
『9月3日 もう、終わりだ。全て終わりだ。やはりこうなってしまった。』
 日記のページをめくると、続きがあった。
『9月10日 私たちは、大きな思い誤りをしていたのかもしれない。それは、人が神の領域だとする場所。科学に携わってきた私は、神、などというものは人の心が生み出す偶像であり、真の豊かさと幸福さは科学の発展によるところだと信じていた。それが、いつしか凶気に変わり、もう後へは戻れないところまで突き動かした。そして結果、私は今を迎えている。そういえば、神の領域へと踏み込んだ人間は、神の怒りを買い、滅びに瀕するという神話があった気がする。先人の積み上げた知識こそが科学の根本であるというのに、先人の教えをないがしろにするなど、愚かなものだ。私は、生きるということ。幸せ。ポケモンと共に生きるこの世界で、それらが何か今一度考えなければならないのではないだろうか。』
 日記はその後もひたすら懺悔とも後悔ともいえるような独白がひたすら続いている。
 それをぱらぱらとつまみ読みして、パタンと日記を閉じた。
 ――また神話…。すごく安直に考えれば、白装束の親玉が書いた日記、という可能性もあるか?
 そう決め付けるには早計だが、しかし全くの無関係だとも思えない。
 しかし、それ以上の今を打開するヒントまでは得られそうにない。思考が行き詰まって、ヤグラの方を見る。
「古代の遺伝子からポケモンを生み出す…人語を理解し、会話できるラプラス…。ふむ…」
 散乱した資料を集めて、内容を確認しているところだった。
「君のラプラス…もしかするとここに居たのかもしれないな…」
「…そういう、ことですか」
 少なくとも、この施設が白装束と無関係という線は消えた。要は、ここで研究していたポケモンを使って何かしようというのだろう。少なくとも碌でもない何かを。
 言いようのない感情が湧いてくる。それを今発散させることに意味などないことはわかっているが。
「くそ」
 そうコウが呟くのと同時。
 どん、と振動に襲われた。
 何が起こったのか、わからないまま、体勢を崩して尻餅をついた。
 ヤグラもこけそうになったのを何とか机にしがみついてやり過ごしている。
「な、今のは?!」
「そろそろタイム・アップかな?」
 ヤグラが溜息を吐きながらそうこぼす。
「タイムアップ…やっぱり今のって」
「噴火、だろうね。すぐ脱出しよう」

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/

 外に出ると、濛々と煙が山の先から立ち上っている。
 そしてその煙から徐々にゆっくりと流れ落ちてくるものが見えた。
「こ、こっちに来てる!」
 ドロリとした液体らしきものが、山肌を飲み込みながら降りてくる。
 その情景に思わず息が詰まる。
「に、逃げましょう!」
「そうだな」
 そして元いた海岸線まで走って移動する。
 無我夢中で逃げて、海岸線まで逃げきって、ようやっと気付いた。
「これ以上は、逃げられない」
「そうだな」
 その間にも止め処なく溢れ出すマグマがこちらへ迫ってきている。
「くそ、こうなったら泳いででも…!」
「やめておきなさい。この辺り一帯、既に相当量の火山ガスが降り積もった。泳いでるうちに毒にヤラれて死ぬ」
「じゃあ、どうするんですか!?」
 語気が強まる。ヤグラの言っていることが脅しとかハッタリではないことは、理屈ではすぐ理解できた。理解できたし、ここでヤグラを責めたところで問題は何も解決しない。
 しかし、このままここに居たらその有毒ガスを吸って死ぬか溶岩に飲まれて死ぬかの二択だ。
 ただ、どちらかというなら、この場からすぐに逃げ出したい。
 猛烈に気温が上がって、肌が焼き付けられるみたいな威圧感。自然の暴力が、ここまで怖いとは思わなかった。
 ――駄目だ。
 何とか出来る気がしない。
 じりじりと迫り来る赤々としたマグマを見て、頭を垂れた。
「コウくん」
 ふと、名を呼ぶ声が。
「…何ですか?」
 僅かに視線を上げたところで、スッと瞳を覗き込まれた。
 ヤグラはニヤリと笑っている
「君は今、もう駄目だと思っているみたいだね」
「ヤグラさんが言ったんじゃないですか、泳いで逃げられない。走って逃げる先もない。何もしなければ、ガスにあてられるか、マグマに飲まれる。どう出来るんですか?」
「ふふ、その通りだな」
 なおも、不敵にヤグラが笑う。
「もしかして、他のポケモンを持ってるとか?」
「それはない。さっきも言ったとおり、私の手持ちはブラン一匹でね」
 もうダメだ、万事休す。
「ただね、一つ君に教えておいてあげようと思ってね。」
「え?」
「コウくんを初めとして、誰もが絶望する状況に今あることは間違いない。コウくんじゃなくたって大抵そうだろう。」
 ――こんな時に、説教か?
 訝しむコウに背を向けて、ヤグラは一歩前へ出る。
「そう、今目の前にある絶望。これを、人の知恵、創意工夫、勇気、そして自分のポケモン達の力でなんとか出来たとしたら、ゾクゾクしないかね?」
「え?」
「誰もが口を揃えて無理だと言う時ほど、心が折れそうな時ほど、諦めずに前へ進む。その先にある栄光こそ、俺達の掴むべき未来だとは思わないかね?」
 その言葉に息を飲んだ。
 ヤグラがモンスターボールを取り出す。現れたのは先のメタモンだ。
「さてコウくん、この状況をどうすれば切り抜けられると思うかね?」
「空を飛んで逃げるとか」
「ふふ、それは良いな。それで行こう」
 ヤグラが懐から何かを取り出す。
 白い鉤爪状のそれを見てヤグラが呟く。
「これはかつて私と共に旅をしたポケモンの爪でね」
 爪を見つめるヤグラの表情に憂いが帯びる。
 今そのポケモンは?
 そう訊こうかと思ったが、やめた。ヤグラの表情に見覚えがあった。その時の言葉が、恐らくは答えそのものなのだろう。
「ブラン、変身だ」
 その言葉と共に、メタモンの姿が変わっていく。
 その大きさを増していく。蒼い躰、大きな翼、巨大な尾を徐々に形作っていく。
 四つ足で立つ竜へと変貌を遂げる。
「さぁ、行こうかコウくん」
 さっと竜の首へと跨って、ヤグラはこちらへ手を差し伸べてくる。
「これは、いつだったかね、私が諦めそうになった時、このブランが切り開いてくれた道なんだ。だから、まぁこう言っては何だが、もう既に私にとって今の状況はさして絶望ではなかったんだがね」
 ふふふ、とヤグラが笑う。
「なんだ、そうだったんですか」
 急に全身から力が抜ける。どうやら一人だけ取り越し苦労をしていたということらしい。
 ただ、そういうヤグラが、決してタダで今こうして目の前に居るわけではないということはコウにも理解できた。
 どういったものだったかはわからない。けど、絶望とかそういうものの底で掴んだものなんだと思う。
 多分今の自分では測り知れないんだろうけど。ヤグラに手を引かれながら、コウは思う。

 グッと竜が前足を屈めて力を入れる。次の瞬間には大地を蹴って宙へ。グンと加速して一気に最高速へ。
 次の刹那、大気を揺らす衝撃が背中に響く。
 山が火を吹いて、元居た海岸線まで溶岩へと飲み込まれていく光景を振り返った。
「…っ」
 そうして、グレンタウンはその歴史に幕を閉じた。
115-36-55-135.aichiwest1.commufa.jp
ピカチョー ☆2014.04/03(木)20:11
三十二話 「再会 〜Peaceful Days〜」

 爽やかな朝日と潮騒に包まれて、徐々に街が目を覚ますのを遠くのことように見ていた。
 あれから、どれくらい経ったんだろう。
 「あれから」のあれが一体いつを指しているのか、自分でもよくわからない。ただ、何だかそういう街の景色とかそういうものを冷静に観察できるほど落ち着いたのは、もう随分前になる気がする。
 ――そういえば、クチバシティって来るの初めてだな…。
 ぼんやりと思う。
 ポケモンセンターの前に立って、しばらくぼうっとしていたが、ハッと我に帰る。
 中に入ってカウンターへ直行する。受付のお姉さんが爽やかにおはようございますと挨拶するのが眩しい。
 ボールを三つ手渡す。
「あれ?」
 後ろから、女性の声。
 その声には、確かに聞き覚えがあって。
 振り返る。
「やっぱり…。」
「あ、アスカ…。」
「あは、久しぶり」
 そうやって、目の前の女性が首を傾げて微笑む。
 それを見た瞬間、何だか胸の中にすっと何かが染み渡ったみたいな感覚に襲われた。
「こんなトコで、どしたの? 買い物か何か?」
 そして、腰からスッと力が抜け落ちた。
「え、ちょ、ちょっと?!」
「はは、何か、腰が抜けた、みたい」

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/


「あらら…それは災難だったわネェ?」
「全くね」
 ガムシロップを2つにミルクを1つ。ストローでぐるぐる混ぜて飲む。
「相変わらず甘党ネェ。コーヒーくらいブラックで飲めないの?」
「ほっといてくれ」
 喫茶店、二人掛けのテーブルに向かいあわせに座っている。
 簡単にグレンタウンで火山の噴火という憂き目に出会したことを伝えたところだ。
「ま、でも無事で良かったじゃん。避難船に乗り損ねるだなんてマヌケな最期は免れたわネ?」
 そう言ってアスカが笑う。
「もうその辺にしといてくれ…」
「あらあら、さすがのアンタもちょっと堪えたワケ?」
「なにがさすがなんだよ? …まぁ、反省はしてるよ」
 努めて涼しい顔で、コーヒーを啜った。
 ――ホントのことは、言わないで良いな…。
 自分の嘘と、目の前の笑顔に少し心が痛む気がする。きっと気のせいだ。
『次のニュースです。昨夜噴火したグレン島の住民を輸送している船団が間もなくクチバ港へ入港する模様です。港ではグレン島住民の安否を気遣う人達で…』
 男性のニュースキャスターはテレビの中から淡々と資料を読み上げる。
 それを聞いて何となくアスカの顔を見る。と、目が合った。
 急いで視線を外してテレビの方を振り向いた。
「災い転じて福となす? まさかきちんと避難した人より早く避難できるなんてネェ。きちんとそのお爺さんにはお礼言った?」
「当たり前だろ」
 たまたま飛行ポケモンを持ったお爺さんがまだ島に残っていて、それに従いて避難してきた、という話。
 よく出来た偶然という気もするが、それは事実なので仕方がない。
「もう体調は戻った? アタシたちも港に行かない?」
「見に行くの?」
「うん、だってアタシ、そのつもりでここに来たし」
「…野次馬根性」
「ウッサイワネェ、知り合いが偶然グレンにいるかもしれないじゃない、アンタみたいに」
「まぁ、良いや、行こうか。俺も興味あるし」

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/


 グレンタウンの避難船がクチバ港へと着いたのは、正午に差し掛かろうと言う頃だった。
 潮の香りにジリジリと照りつける太陽、そんな夏を感じながらコウとアスカが港へ到着した。

 既に港には、被災者の親類や友人知人、はたまた大事故の被災者を一目見ようと言う野次馬が人だかりを作っていた。
「もう避難してきた人、降りてきてる?」
「アンタが見えないのにアタシが見えないでしょ」
「そりゃ失礼しました」
 群衆の遥か後方、完全に出遅れた。ごった返す人の影とざわめきで船の足元はまるで見えない。
 船が動いていないのはわかるが、もう下船が始まっているのかどうかはよくわからない。
「はァァぁああアアッッ!?」
 そんな喧騒を切り裂くような叫び声が響いた。それに一瞬空気が止まる。
 声の方を振り返る。どうやら船着場から少し離れたところにあるチケット売り場から。
「おいおいおい、ホウエン行きの見合わせなんて聞いてねーんだよ!…いやいやいや!」
 ――どんだけでかい声で喋ってるんだろ…。
 距離にして数百メートルくらいはある。窓口の応対の声が欠片も聞こえてこないが、クレーマーの声だけ聞こえる。
「マジでちゃんと仕事しろよな〜! 噴火なんて適当にかわしながら行けよ!」
 その姿を捉え、しかし、遠くて遠近感が掴めてないのだろうか。
「ねぇ、あれ、子どもよね?」
「ああ、アスカもやっぱそう見える?」
「うん。声も…」
 気のせいではなかったらしい。結局根負けしたらしく「だぁ、ちくしょう!」と吐き捨てて窓口を離れる。
 ――親の顔が見てみたい…てのはこういう時に思うのかな。
 そんなことを考えながら再び船の方へ視線を移す。何とか背伸びしてみて奥まで見渡そうと試み…。
 ドン。
「うわ!?」「ッテ!?」
 声が被る。そのままバランスを崩してコウが倒れこむ。
「テメェ、気をつけろ!」
 一瞬、何を言われてるのかわからなくなった。目の前に居る黒の和服に三度笠を被った、それこそ時代劇の子役か何かみたいな姿の少年、それがさっきチケット売り場で喚いていた少年であることは疑いようもなく、なぜ自分が突き飛ばされた挙句、罵声まで浴びせかけられているのか。
 呆気にとられて尻餅をついたまま少年を見上げていた。
「ふん、そんなドンくせーとそこの彼女に逃げられても知んねーぞ?」
「ッ!?」
 言い捨てるや、スタスタと行ってしまう。
「…。…だいじょぶ?」
 さすがのアスカも少し口を挟むタイミングを失っていたようで、少し間を置いて、訊いてきた。それと一緒に手を差し延べる。
「ビックリした」
 応えながら、手を借りて起き上がろうというタイミング。
「あぁぁああーッッ!?」
 少しドキッとして、すぐに「またか」と思う。
 立ち上がりながら、渋々声の方を振り向こうとして。
「コウ、居た!!」
 振り向くより先に轟いた叫びで、誰がそこにいるのか、わかった。
 金に近い茶髪、程良く焼けた肌、そこそこ引き締まった筋肉。Tシャツにジーンズ、サンダルというラフなスタイルの、いかにも『遊んでそう』な青年が、こちらを指差している。
「ヒロキか…」
 露骨にげんなりした顔になったコウを認めてずんずん近づいてくる。
「なんだよなんだよぉ、こちとらグレン方面に向かった友人を心配して駆けつけてみりゃあよお」
 大仰に両手を持ち上げて『やれやれ』ポーズ。
「何のこたァなくて、彼女連れでデートしてやがんのな、しかもいつまでも手ぇ握っちゃってよぉ…!」
「な、ち、ちが!?」
 言われて、尻餅をついたまま、引き上げてもらう体勢であったことにようやく思い至る。
 慌ててその手を放して、自力で立ち上がる。
「どうも、初めまして。アスカと申します。彼とはただの友人ですんで、どうぞお気になさらず」
 『友人』という単語に強いアクセント。
 それが事実であることを否定する意思は一切ないが。
 ――なんか…ヘコむな。…いや、ヘコむ理由なんてないんだから、ヘコんではないか…。
 なんて思ったり。
「あらあら、コウさん。良かったご無事で…!」
「ユカさん!」
 鈴の音のような声が、ヒロキの後ろから聞こえてくる。おっとりと遅れて歩いてくる。
「そちらこそご無事だったようで何よ…ッ!?」
 そこで蹴りが入る。
「何だよそのオレとの対応の差は!?」
 と同時にがっしと首根っこを掴まれムリヤリ引っ張られる。
「…ちょっと。この美人は誰なワケ?」
 アスカがコウの首を捉えて少し離れたところまで引きずっていき尋問する。
「ヒロキとユカさん。ホウエン地方出身の双子で、この間セキチクシティで知り合ったんだよ」
 いつもより1オクターブ低いアスカの声に気圧され、ボソボソと答える。
「ふぅぅううん…」
 相変わらずの低いトーンで唸り、くるっと振り返る。
「どうも初めまして、アスカです、彼とは同郷の友人なんです」
 一際トーンの高い、他所行きの声で自己紹介。
 ――何なんだ…。
 やるかたない感情を、はぁと吐き出した。

 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/


「へぇ、ホウエン地方だとやっぱり夏はこっちのほうが涼しいの?」
「あ〜、そう言われるとどうだろうなぁ」
「どちらも同じくらいではないでしょうか」
『グレン島を突如襲った大噴火、まずは何あれ犠牲者がなかったとのことで…』
 ズーッ…。
 再び喫茶店。さっきの今でお腹は減っていないのだが、ちょっと早めの昼食らしい。
 さすがに先にいた店とは違う場所だが、先ほども軽くつまんだところで、仕方なく軽食を頼んだ。
 隣では地元談義に花が咲いている。
 テレビではどのチャンネルもグレンの事件で持ちきりだ。
『今回の事件が被害者を出すことなく済んだ立役者、“ポケモンとヒトを救う集会”を名乗る団体ですが…』
 隣で自分の知人らがお互いの親睦を深め合う中、コウはコーヒーをすすりながら、テレビを眺める。
 通称“集会”と言うらしい。いかにも胡散臭い新興宗教のようだ。
 しかし、その代表と名乗る男は、見慣れた白装束に身を包んだまま、グレンに集まった聴衆に対し、自分達の取り組みについて演説を行い、それなりに評価を受けているらしい。
 いわく、ポケモンとの語らいを通じてグレンの噴火が予見できただとか何とか。
「ちょっと。コウくん?」
 何やら含みのある口調で声がかかる。
「ん?」
 テレビから目を移すと、隣のアスカがこちらを見ている。ニヤニヤと。
「な、なんだよ…」
「いや〜、聞いたわよ、まさかアンタがポケモンと一緒に修行の旅に出るなんてネ〜、ねぇコウくん?」
 当然アスカはコウが偽名を使っていることなどわかっている。
 それをわかった上で冷やかす気満々。そんな顔。
「べ、別にいいだろ」
「ええ、大いに結構ネ、コ・ウ・く・ん」
 ――ウゼェ。
 心の底から思う。というか、口に出して言おうとしたところで、
「発電所の再建反対、お偉さんの考えることは難しいもんだなー」
 ヒロキがぼやく。何事かと思ったら、テレビの中の代表演説の録画中継で、そんなことを言っている。
「あ〜、無人発電所ネ〜。これは、カントーの東地区の再開発事業とかいうヤツネ。最近テレビでよくやってる」
「再開発、ですか?」
「へえ、それは悪いことなのか?」
「ん〜、どうかしら? アタシもあんまり詳しいことは…」
「カントー在住なんだから、それくらい知ってろよ」
「うるさいわネ! じゃあアンタは知ってるの?!」
「カントー地方とジョウト地方を結ぶリニアモーターカーの開発、それの電力を供給するための発電所再建。電力供給量の増強に伴うポケモンタワーのラジオ塔化。これを目玉にした東地区の大型開発計画だけど、当然自然破壊だとか何だとか、ほかにもポケモンのお墓であるポケモンタワーを実質的に破壊するような行為は納得がいかないってことで根強い反対運動があって、難儀してるって話」
 ひとしきり説明を披露する。
 何やらアスカはムッとした顔をしているが、気にしないことにする。
「ふ〜ん…。コウ、お前意外と賢いんだな…」
「どんな感想だよ」
「でも、その…無人発電所をすごくするんだろ、要は」
「すごいざっくりした解釈だけど、まぁ合ってる」
「だったらそのポケモンタワーはよくわかんねーけど、発電所くらいは良さそうなもんだけど」
「つまり、発電所の再建が、他のリニアとかラジオ塔には必要だから、ここを押さえればって考え方。あとは無人発電所自体が、その名のとおり長らく無人だったから、だいぶ野生の電気ポケモンが巣食ってるとかで、それを壊すことそのものにも反対ってことらしい」
「へ〜…なんか、難しいこと知ってるな、お前…」
「そりゃ、どうも…」
 難しいかどうか判じかね、返答に詰まるが、褒められているのだろう、多分。
「そういえば、無人発電所って言えば、伝説の鳥ポケモン、サンダーの噂があったワネ」
「「サンダー?」」
 コウとヒロキの声が被る。
「伝説の鳥ポケモン…ですか?」
 遅れてユカの声。
「そ、カントー地方には3羽の伝説の鳥ポケモンがいるっていう言い伝えがあってね」
 ――伝説の鳥ポケモン…。
 その響きに一羽の鳥ポケモンを思い出す。
「フリーザー、もその一羽ってわけか?」
「あら、よく知ってるわネ」
 アンタのくせにみたいなことをアスカが口走るがコウの耳には届かない。
 ――無人発電所の建設反対…現地でのデモ運動…そこで噂されるサンダー…か…。
 サンダーの所在は、言い伝えレベルの不確かさだというのは理解しているが。
 本当の狙いは…。
「いいね、サンダー。オレが捕まえる」
「え?」
 突如、正面から不思議なセリフが聞こえる。
 思わずそちらを見ると、ヒロキが口の端を吊り上げて、こちらを見ている。
「いいじゃん、伝説の鳥ポケモン。それでこそカントーに来た甲斐もあるってもんだ」
 なんてことを言って不敵に笑む。
 少し呆気にとられたが、
「それは、いいかもしれないな…」
 ボソリとコウがつぶやく。
「あは、じゃあ決まりネ、無人発電所に行ってみまショ!」
 かくして次の目的地は無人発電所。
c3so-nat.cty-net.ne.jp

みんなの感想

この物語に感想を書こう。みんなの感想は別のページにまとまってるよ。


物語のつづきを書きこむ

ここにつづきを書けるのは、作者本人だけです。本人も、本文じゃない フォローのコメントとか、あとがきなんかは、「感想」のほうに書いてね。

物語ジャンルの注目は、長くなりがちなので、いちばんあたらしい1話だけの注目に なります。だから、1回の文章量が少なすぎると、ちょっとカッコわるいかも。


状態(じょうたい)

あんまりにも文字の量が多くなると、 ()み具合によっては エラーが出やすくなることがあるよ。ねんのため、 本文をコピーしてから書きこんでおくと、エラーが出たとき安心だね。

シリーズのお話がすべて終わったら「終了」に、文字数が多すぎるために テーマを分けて連載を続ける場合は「テーマを移動して連載」(次へ)に 状態を切り替えておいてね。この2つの状態の時に、「次の作品に期待」 されて感想が書き込まれると、次のテーマが作れるようになります。

ちなみに「次の作品に期待」をもらって「完結」や「続く」になってる作品を 「次へ」「終了」に変えることもできるけど、その場合、次のテーマを 作るためには、もう一度「次の作品に期待」が必要になります。

しばらくお話の続きが書けなくなりそうな場合は「一時停止」にしておいてね。 長い間「一時停止」のままの物語は、Pixieの 容量確保(ようりょうかくほ) のため消されることがあるので、自分のパソコンに 保存(ほぞん)しておこう。

やむをえず、連載を 途中(とちゅう)で やめる場合は、凍結をえらんでね。ただし、凍結をえらんでも、次の物語が 書けるようにはなりません。感想をくれた人や、次回を楽しみにしてた人に、 感想 で おわびしておこう。


ポケットモンスター(ポケモン)のページ「Pixie(ぴくしぃ)」