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【プロローグ:失われた千年平和】
そこは、人とポケモンの暮らすポケモンワールドに程近い次元に存在する――ポケモン達だけが暮らし、ポケモン達によって独自の文明が築かれた世界「ポケリウム」。
豊かな自然と人間のそれよりも進んだ機械技術が調和しているこの世界では、たくさんのポケモンが互いの技術を提供しあい、争うことなく平和に暮らしていた。
だが…ここ最近になって、長きに渡って続いた平和が静かに軋み始めるようになった。 ポケリウムの世界樹へと続く聖地の洞窟が闇に包まれるという異変をきっかけに…ポケモン達を襲う危険な種族「魔族」が、世界中に溢れ出したのだ。 魔族はその驚異的な戦闘力と繁殖力によって次第に領土を広げ始め、それ以来、いつ終わるとも知れないポケモンと魔族との戦乱が始まったのである。
ポケモン達は圧倒的な戦闘力を誇る魔族軍に立ち向かうべく、ポケリウム中から戦力を集め、ポケリウム軍を結成。 そして魔族軍の被害に見舞われている地区に保護区を制定し、全力で魔族軍に応戦する体制を整えた。 これまで長く続いた平和が見る影も無く崩れた今…ポケモン達は団結し、魔族軍というかつてない脅威に必死に立ち向かっていた。
そのさなか、ポケリウムの東部に広がる森林区の上空を飛ぶ1機の飛行艇…乗っているのは、東部の防衛を担当するポケリウム軍の1部隊「レディウス部隊」。 レディウスという名前の一匹のエーフィが隊長を務め、隊員はイーブイ達によって構成されていた。
やがて、レディウス部隊を乗せた飛行艇は…東部の森の中心に位置する「封印の遺跡」周辺に着陸した。 これから始まるであろう戦いの運命を前にして、レディウスの目には決意の意志が輝いていた。
これは…ポケモンと魔族の対立に向き合う、長きに渡って続いた戦いの物語である。
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【第一話:状況開始】
「隊長ー!出撃準備、整いました!」 外に出て、部下のイーブイ達とともに物資の確認をしていたレディウスに、現地に向かうための準備をしていた部下のイーブイが声をかけた。 今回、レディウス部隊には調査任務が与えられていた。 東の森に佇む封印の遺跡には、かつて猛威を奮っていた魔族の群れを封印したという文献が残されており…魔族発生の原因を突き止めるべく、その文献の書き写し、周辺の調査をするというのが、主な任務内容である。
「この周辺は保護区の外…魔族の潜む敵地よ。各自、ちゃんと回復アイテムが揃ってるか、もう一度確認して。」 レディウスの指示を受け、イーブイ達は持たされた鞄の中身を全部外に出した。 鞄の中身は、「いいキズぐすり」「なんでもなおし」「ヒメリのみ」が10個ずつと、「げんきのかたまり」が1個、それといくつかの固形の携帯食料。 それらが揃っている事を確認し、イーブイ達はそれらを再び鞄に入れた。 「OK、みんな揃ってるようね。今回はあくまで遺跡の調査だけが任務内容だから…魔族と会っても不用意には戦わないこと。アイテムはあくまで緊急用だという事を忘れないで…」 そこまで言うと、レディウスは緊張のためか、少し視線を落とした。 ほんのちょっとした変化に敏感に反応し、1匹のイーブイがレディウスに声をかける。 「隊長?大丈夫ですか…?」 その一言に、レディウスは弾かれたように視線を上げ、イーブイ達を見回した。 それまで何か考え事をしてるかのように視線が少し泳いでいたが、まるでそんな自分に喝を入れるかのように、レディウスは表情を引き締めた。 「ごめん、何でもないわ。さ、みんな…状況開始よ!」 状況開始の合図を聞き、イーブイ達は気を引き締め、掛け声を上げた。
遺跡周辺の森林地形には、主にゴブリン族や植物系の魔族が潜んでいた。 レディウスを中心に隊列を組んで進むイーブイ達は、レディウスの指示通りに自分からは攻撃せず、襲いかかってきた魔族を撃退しながら歩を進めていく。
そして…レディウス率いるレディウス隊は、遺跡内部へと入って行った。
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【第二話:静寂、そして出会い】
遺跡の内部は主に大理石などで造られているが、相当古い建造物らしく、ところどころには苔や雑草が生え、崩壊した部分から大きな樹の根が飛び出ている箇所もあった。 でこぼこになっていて非常に歩きにくい石畳の上を、レディウス達は慎重に進んでいた。 「今のところ、文献らしきものはありませんね…」 一匹の部下のイーブイが、古代文字の片鱗さえもない壁を見ながら、不安そうに言った。 遺跡の中は異様なまでに静まり返っており、魔族の気配さえも感じられない。 その静寂は、かえってイーブイ達を不安な気持ちにさせていた。 「遺跡の最奥に、魔族を封印したという場所があると聞いているわ。きっと文献もその近くで見つかると思うから、今はとにかく進みましょう。」 レディウスは振り返り、イーブイ達の不安を和らげるかのように、優しい表情で言った。 彼女の言葉に一筋の希望を見出したのか、イーブイ達の表情は幾分か明るくなった。
やがて入口の大広間を抜け、狭い通路に差し掛かった。 床が完全に陥落した穴が数か所もあり、その下では幾本もの樹木の根が天然の迷路のように入り組んでいる。 ここまで進んでもなお、魔族の気配はなかった。 「(変ね…遺跡の周りにはあんなにいたのに…)」 イーブイ達を元気付けたレディウスだったが、彼女も先ほどから魔族が一匹もいない事を気にしていた。 もしかしたら、これは何かの罠かもしれない。 そんな不安が彼女の脳裏をよぎった時…その事態は起きてしまった。
「ッ!?」 先頭を歩いていたレディウスの床が、突如として無くなった。 すでに陥落していたのではない…それは紛れもなく、落とし穴。 レディウスは悲鳴を上げる間もなく、眼下の闇の中へと落ちて行ってしまった。 「「隊長――ッ!!」」 イーブイ達のその言葉が、遺跡の中に空しく響く…隊長と離れ離れになった今、イーブイ達は異様な静寂に包まれた空間に閉じ込められてしまった。
「…う…た、助かった、の…?」 目を開けたレディウスは、あれほど高いところから落下したのにケガひとつしていない事に驚いた。 周囲には茂みが密生していたため、どうやらそれがクッションとなって助かったようだ。 安堵のため息をついた後、自分が落ちてきた上の方へ目をやると…もはやとうてい戻れないくらい高い所に、開いた落とし穴が小さく見えた。 「通信機、持ってくれば良かったわね…」 部下のイーブイ達の身を案じるも、このままではらちがあかない…そう判断すると、レディウスは茂みの下にある地面に降りた。 そして、先へ進もうと前を向いた時、彼女の視界にある光景が映った。
正面には果樹に囲まれた少し小高い丘があったが、その丘の上に、一匹のリオルが倒れていた。 行き倒れ、だろうか…果実を求めて手を伸ばして倒れているが、無情にも果実はまだ食べられるほど熟してはいない。 「だ、大丈夫!?」 レディウスは慌てて駆け寄ると、鞄からひとつしかない「げんきのかたまり」を取り出すと、倒れているリオルの額にそっと当てた。
アイテムの効果により、リオルはすぐに元気を取り戻した。 この出会いがすべての始まりであるという事を、この時の二匹はまだ知らなかった。
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【第三話:リックス 記憶喪失の旅の少年】
「オレは、リックス…その、助けてくれて、ありがとう…」 少し照れながら自己紹介したそのリオルは…あいさつに続いて、自分が記憶喪失であること、記憶の手掛かりを探す旅をしていたということをレディウスに話した。 レディウスも自己紹介に続けて、自分がポケリウム軍の者であること、調査任務のためにこの遺跡に来たこと、落とし穴の罠に掛かって部下とはぐれてしまったことを話した。 「そっか…あんたも、苦労してんだな…」 すると、リックスはおもむろに立ち上がり、軽く伸びをした。 振り返り、レディウスに手を差し伸べたリックスの表情は…さっきまで倒れていたとは思えないくらいの笑顔だった。 「ほら、行こうぜ。はぐれた仲間を捜すんだろ?オレでよければ、力になるぜ!」 彼のその言葉に、レディウスは大きく目を見開いた。 しばし言葉を失うレディウスだったが、やがて安心したような表情になり、リックスにお礼を言った。
「ギシャアァアァァッ!!」 その空気を壊すかのような激しい咆哮に、2匹は弾かれたように身構えた。 見るとそこには、卵のような巨大な種子から数本のツタを伸ばした魔族が1体、こちらに向かって戦闘態勢を取っている。 「魔族…!地下深くに潜んでいたのね…」 警戒心全開で身構えるレディウス…だが、同じく身構えるリックスは、どこか余裕のある表情だった。 「レディウス、だったか…あんた、戦闘タイプは?」 「レディでいいわ。わたしは遠方タイプ…って、あなた、戦闘タイプの事知ってるの!?」 「何でか知らないけど、知ってるみたいでさ。…オレは近接タイプだ。よし、オレがあいつを引き付けるから、援護は頼んだぜ!」
言うが早いか、リックスは魔族に飛びかかった。 「こいつは、エッグローパーだったな…確か、こいつの弱点は…」 と言いながら間合いを詰めていくリックスに、エッグローパーはすべてのツタをリックスめがけて伸ばしてきた。 ツタ攻撃をすべてかわすと…リックスは敵を掴み、壁に向かって投げつけた。 「行くぜっ!はっけいッ!!」 必死に起き上がろうとする敵に、リックスの追撃が加わる。 だが…その技が決まる直前、敵は別のツタを伸ばし、リックスを包囲した。 「させないわ!サイコキネシスッ!!」 レディウスの援護により、エッグローパーの反撃は失敗に終わった。 リックスの技も命中し、さすがのエッグローパーもその一撃で倒れた。 「へっ、楽勝だぜ!」 「か、勝った…」 エッグローパーを何とか倒し…辺りに再び静寂が戻った。
「驚いたわ…軍の関係者しかしらない「戦闘タイプ」を知ってるなんて…」 レディウス…レディの言葉通り、戦闘タイプは軍事的な用語だった。 接近戦を得意とする者は「近接タイプ」、遠距離攻撃を得意とする者は「遠方タイプ」、どちらもこなせる万能な者は「万能タイプ」と呼ばれ、主に陣形や作戦を組む際に使われている。 民間のポケモンはまず知らない用語のはずなのに、リックスはそれを知っていた。 「記憶は無いけど、変な知識はあるみたいでさ…でも、これなら何とか行けそうだな。さぁ、先に進もうぜ。」 「えぇ、そうね…援護はわたしに任せて。」 「OK、前衛はオレに任せときな!」 互いの意志を確認しあった2匹は、遺跡に入ってから一番の笑顔になっていた。 そして、リックスとレディは先へと進み始めた。
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【第四話:樹の回廊を抜けて】
エッグローパーを撃破した後…リックス達は入り組むように伸びている樹の道をつたい、上を目指して進んでいた。 先ほどとは違い、辺りにはエッグローパーをはじめ、植物系や昆虫系の魔族がひしめくように潜んでいる。 戦闘を避けるためにも、気づかれないように先を急ぐ…幸い、そのほとんどはまだこちらに気づいていない。
「…そういえば、どうしてあんな所で倒れてたの?」 樹の回廊の半分くらいまで登ったところで、レディが歩きながら質問を投げかける。 あの場所は民間のポケモンはおろか、軍関係のポケモンでさえも滅多に立ち寄らない場所…リックスを助けた時から、レディはその事が引っかかって仕方が無かった。 「もちろん、記憶の手掛かりを探すため。オレ、最初に気がついたのは遺跡の中だったから…もしかしたら、こういう遺跡に手掛かりがあるかもしれないと思ってさ。」 後ろ頭を少し掻きながら返答するリックス…まったく不安ではないという訳ではないが、その目はどこか前向きだった。
先を急ぎながらだったので、リックスは手短にこれまでの経緯を話した。 リックスは、聖地の洞窟の地下深くにあるという、古来から知的生命が行き来していたといわれる「転生の遺跡」で倒れていたところを、たまたま調査に来ていた地元の自警団によって救出された。 当時はまだ聖地の洞窟には何の異変も無く、魔族軍がポケリウム全土に侵攻する前だったという。 記憶を失っていたリックスは、しばらく自警団の事務所に保護され、そこでポケリウムやポケモンの事などを教えられていたが…記憶を失っている事を苦痛に感じていたリックスは、数ヵ月後に記憶の手掛かりを探す旅に出たいと申し出た。 自警団のメンバー達が反対する中、リーダーはたまに連絡をよこす事を条件にこれを認可…そこから、リックスの記憶探しの旅が始まったのだった。
「その遺跡もここみたいに樹や植物が伸び放題だったから…何かあるんじゃないかと思ったんだけど、そうでもなかったみたい。」 少し苦笑いしながら、リックスはそう締めくくった。 「苦労、してるのね…今後は、どうするの?」 「ここを出た後か…うーん、また遺跡をまわる事になるかなぁ…」 どこか途方に暮れているかのように、また後ろ頭を掻くリックス…すると、レディは優しい表情で、ひとつの提案を出した。 「わたしの部隊と、一緒に行動しない?」 そう言われてきょとんとしているリックスに、レディはさらに続けた。 「わたしの部隊は遊撃隊だから、任務がある時以外は比較的自由に動き回れるの。きっとあなたの記憶探しの旅も手伝えるかもしれないし…」 「それは、ありがたいけど…でも、いいのか?」 「えぇ、もちろんよ。困った時はお互い様、っていうでしょ?」 笑顔でそう答えるレディに、リックスはお礼を言った。 緊張がすっかりほぐれている今、リックスの表情に照れは無かった。
やがて樹の回廊の先に、地上へと続く光が見えてきた。 長い回廊を抜けた先…そこは、封印の遺跡の最深部。
…そこに、その怪物は待ち構えていた。
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【第五話:死神と樹海の主】
封印の遺跡の最深部…青紫色の大きな花が所々に咲いた樹木が辺りを取り巻き、神々しくもどこか暗い雰囲気に包まれたそこには、中心に巨大な石碑があり、床全体には魔法陣のようなものが描かれている。 その石碑は、この遺跡では唯一の古代文字であり、今回の調査目標である文献がある可能性が高かった。
…だが、その調査そのものが出来る状況ではなかった。 石碑の前にはすでに先客が、背中を向けて佇んでいる。 ダークライというポケモンに似た後ろ姿だが、体の色は血のように赤く、首飾りの部分は闇のような黒…そして、手に持っているのはおぞましい模様のあしらわれた巨大な大鎌。 死神のようなその井出達は、どう見ても友好的な感じではない。
「…ほぅ、よくここまで来れたな…」 リックス達の気配を察したのか、その存在は振り向いた。 やはり、色と大鎌以外はダークライによく似ている… 「ダークライ…いえ、違うわね。あなたは一体…?」 身構えるリックス達…警戒を解くことなく、レディが冷静に尋ねる。 恐れを表に出さないレディの心の奥底をまるで見透かしたかのように、相手の表情に微笑が浮かぶ。 「…我の名は、デス・ダークライ。貴様の憶測通り、我はポケモンではない…我はポケモンと魔族の間に生を受けた、中間種だ。」 中間種…それはポケモンと魔族が友好的だった数千年もの太古の昔に多くみられた、いわばポケモンと魔族のハーフ。 対立後は両方の種族から嫌われ、魔族によって滅ぼされたはずの種族である。
「…フッ、おしゃべりはここまでだ。――我はすべての魔族を封印から解き放ち、このポケリウムに魔族による千年帝国を築き上げる。我が野望を止めたくば…この魔族を討伐して見せろ!!」 デス・ダークライは大鎌を構え、中央の石碑を粉砕した。 直後…開いた大穴から出現したのは、巨大な大木の体を持つ樹木の魔族「ギガトレント」。 ギガトレントが戦闘態勢に入ると同時に、デス・ダークライは何処かに去って行った。 「あいつの事も気になるけど、こいつを何とかするのが先みたいだな…」 「みたいね…リックス、油断しないで。」 「OK、行くぜっ!」
そして…戦闘は開始された。
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【第六話:ギガトレント戦】
開戦と同時にレディは後ろに下がり――リックスは一気に間合いを詰めた。 襲い来る幾本もの根をかわしながら、やがてギガトレントの幹の部分に到達、そして… 「これでもくらえ!はっけいッ!!」 出来るだけ、強気に攻め進むリックス…だが、表面の樹皮がはがれ落ちた程度で、相手はまったくダメージを受けていない。 とっさに後退したため、リックスはかろうじて反撃を免れたが、形勢は圧倒的に不利だった。 「サイコキネシスッ!!」 リックスが後退するのを見極めたレディの、サイコキネシス。 さすがのギガトレントもこの一撃には怯んだが…やはり、大したダメージになっていない。 「くっ、何てやつなの…」
「(何か、弱点があるはずだ…奴の特徴を掴まないと…)」 再び間合いを詰めるリックスだが、今度は攻撃には転じず、攻撃をかわしながら様子を見る作戦に出た。 近くで見ると、ギガトレントはまさしく「暴走する樹木」であり、非常に太い何本もの根は底が見えないほどの地下深くまで伸びている。 地上に出ている部分も巨大だが、その途方もない巨体に、リックスはただ圧倒されるばかり。 さらに様子を見るリックス――だが、事態は思わぬ展開を迎えた。
「きゃあぁあぁぁっ!」 突然の悲鳴に振り返るリックス…見ると、後方にいたレディは、ギガトレントの根の一部によって捕まっていた。 どうやら、相手の遠方タイプを抑え込み、近接タイプであるリックスを追い詰める作戦のようだ… 「レディ!!」 リックスは様子見をやめ、すぐさま根によって締め付けられているレディのもとに駆け寄った。 根元に攻撃を当てるリックスだったが、その根は非常に硬く、びくともしない。 「…リックス…わたしの事は、いいから…早く、逃げて…」 敵う訳がない…レディの心の中は、もはやその気持ちでいっぱいだった。 だが…リックスは、まだ諦めてはいなかった。 「バカ!諦めるのはまだ早いだろ!待ってろ、すぐ助けるからな!」 言うなり、リックスはギガトレントの方を向くと――右手を前に向け、力を溜め始めた。 すると、リックスの手元に青い光の玉が現れ、それは徐々に大きくなり始めた。 「(まさか…はどうだん…!?)」
レディの読みは…的中した。 「行っけぇえぇぇえぇぇッ!!」 リックスの身長ほどもある巨大な青い光球が、彼の掛け声とともに解き放たれる。 それはギガトレントの根元目がけて飛んでいき――根元に巨大な穴を開けて突き抜けた。 反動ですこしゆるんだ根を強引に押し開け、締め付けから脱出を果たしたレディ。 一方、根元を撃ち抜かれた事で地下から養分を吸い上げる機能が失われたギガトレントは…体中に養分が行きとどかなくなり、みるみる枯れていき、ついには動かなくなった。
戦闘は終了したが…リックス達の表情に、笑顔はなかった。 「リックス…今のは…」 「…ごめん、オレにも分からない。ただ…あんたを、助けたかったんだ…」 本来リオルの内はまだ習得できない「はどうだん」…それも、一般的なそれよりも遥かに強力な「はどうだん」。 なぜそれが使えたのかという疑問が、彼らの心に残ったのだ。
「「隊長―ッ!!」」 少しして、レディが先ほどはぐれた部下のイーブイ達が合流してきた。
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【第七話:任務完了】
ギガトレントを倒し、部下のイーブイ達との合流も果たしたリックス達は…互いに自己紹介を済ませて、さっそく今回の目的である調査に取り掛かった。 デス・ダークライによって破壊された石碑のほとんどが文字が読めないくらいに粉々になっていたが、奇跡的に文字の判別できる欠片がいくつかあったため、それを共同でノートに書き写していく。 リックスも、その作業を手伝っていた。 はじめはどこか緊張していたイーブイ達も、少しだけ慣れたようだ。
「…ふぅ、これで全部ね。」 作業を終え、すっきりした表情でほっと一息のレディ。 イーブイ達もほっとしている中…古代文字がよほど難しかったのか、リックスはぐったりしていた。 心配そうに、イーブイが尋ねる。 「リックスさん、大丈夫ですか?」 「ふぇぇ…難しいのは苦手だってば…」 何とか大丈夫そうなのを確認したレディは、大の字になってひっくり返っているリックスを見て、ふっと笑みをこぼした。 「ふふっ、手伝ってくれてありがと。飛行艇に戻ったら、何かお礼をしなくちゃね。」 すっかりばてているリックスの表情が、そう聞いたとたんにふっと安心したような顔になった。 だが、笑みをこぼしていたレディの表情も、やがて曇る事になった。 …そう、通信機が無いために飛行艇と連絡が取れず、来た道を引き返す以外に帰る方法がないのである。 「困ったわね…遺跡を出る頃には真っ暗になってしまうし…」
「やぁれやれ、ほんっと世話が焼けるんだから…」 声がしたのは上の方…見上げると、崩壊していて空が見える天井の淵に、一匹のイーブイが佇んでいた。 首に巻いている黄色いスカーフの模様からして、そのイーブイはレディウス部隊ではなく、別の部隊に所属しているようだが…
そうこう考えていると、そのイーブイはリックス達の目の前に着地して、レディに何か黒いものを投げてよこしてきた。 それを念力で受け止め、手元に引き寄せてみると…それは通信機だった。 「それ、あんたの部隊の医務長…チルタリスのルカから預かってきたんだ。テレポート装置へのアクセス機能もあるから、すぐに戻れるぜ。」 テレポート装置…それはテレポート技術を応用した装置であり、隊員を様々な場所へ転送したり、転送先から拠点に戻したりする事が出来る代物。 「…一応自己紹介しとくけど、僕はクルス。サンダースのハリー率いる「ハリー特殊部隊」所属だ。んじゃ、僕は任務の途中だから、これで失礼するよ。」
そのイーブイ…クルスは、簡単に自己紹介を終えると足早に立ち去ってしまった。 「ハリー特殊部隊…あいつ、そんな厳しい役職に…」 「…あいつ?レディ…ハリーの事、知ってるのか?」 レディの意味深な言葉に興味を示したのは、リックスだけではなかった。 部下のイーブイ達も、ハリー特殊部隊というのは初耳の事だった。 「えっ…あ、いえ、ただの知り合いよ。ごめん、声の大きい独り言だったわね…」 何でもないと言うレディの顔が、ほんの少しだけ赤くなっている。 リックスは、それ以上は訊かない事にした。
さっそく通信機を使い、レディは飛行艇に残してきた医務隊のリーダー、チルタリスのルカに連絡を取った。 通信機のモニターに…長時間続いた心配から解放され、嬉しそうにしているチルタリスの顔が映る。 『レディウス!良かった…通信機を忘れて行ってたから、心配したのよ。』 「ルカ…心配掛けてごめんなさい。任務は、何とか終了したわ。」 ルカは心境を、レディは状況を伝え合い、互いに心からの笑顔を浮かべた。 「ちょっと、いろいろあって…とにかく、テレポート装置を起動してもらえるかしら?」 『えぇ、分かったわ。話は、ゆっくり落ち着いてから聞かせてね。』
話も決まり、レディはさっそくテレポート装置へのアクセスを開始した。 「これで、飛行艇に行けるのか…」 いよいよ行く段階になると、リックスの顔に再び不安が募り始める。 そんなリックスの気持ちに気付いたのか、レディが静かに声を掛ける。 「心配しないで。リックスの部屋もちゃんとあるし、ルカもきっと歓迎してくれるから、ね?」 その言葉に、リックスの表情は少し落ち着いた。
やがて…テレポート装置が作動した。 まばゆい光が辺りを覆い尽くし…それが止んだ時には、すでにそこにリックス達の姿はなかった。 こうして、今回の任務は完了を迎えたのだった。
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【第八話:報告――迷える夢幻ポケモン】
所変わって、封印の遺跡から数キロメートルの所に停泊中の、レディウス部隊所有の一機の飛行艇…。
飛行艇内のテレポート装置の台座が白い光を発し始め…その光が収まる頃には、台座の上にはリックス、レディ、イーブイ達の姿があった。 台座は中量級までのポケモンなら15匹まで乗る事が出来るため、一度の転送で充分だった。 「お帰りなさい。だいぶ傷ついているわね…準備は整ってるから、まずは治療室に行ってちょうだいね。」 先ほど連絡を取ったチルタリスのルカは、出迎えるなりレディ達を治療室へと誘導した。
治療室には、ルカの部下である数十匹のチルット達がすでに治療準備を終えていた。 室内に入るなり、比較的ケガの少ないイーブイ達から、順々に治療が進んでいく…ギガトレント戦でかなり体力を消耗しているリックスとレディは、一番最後に集中的に治療が行われた。 と、その時…治療を終えて一息ついていたリックスが、治療室の奥のベッドに横たわっているポケモンの存在に気付いた。 「…ラティ、アス…?」 一見すると、横たわっているのは一匹のラティアス…だが、どこか様子が違っていた。 普通のラティアスの体色は、輝いているように明るい白と赤だが…そのラティアスの体色は、どこか暗めのワイン色と灰色。 リックスが戸惑っていると、それに気付いたルカが説明してくれた。 「その子、ちょっと前に飛行艇の外に倒れていたらしいの。ここのチルット達が最初に見つけて、とりあえずここで安静にさせているけど…もう少し、様子を見た方がいいかもね。」 レディもその存在に気付き、ルカの隣に歩み寄り…そのラティアスの姿を確認した。 「迷子のポケモン、かしら…でも、夢幻ポケモンを筆頭とした伝説のポケモンが、どうして…」 レディの言う通り…ポケリウムには伝説と呼ばれるポケモンが少数ながら存在しているが、一般のポケモンと関わりあう事はあまり無く、ポケリウム軍の保護下にも入っていないのが現状だった。 「そうね…この子が気が付いたら、聞ける範囲までで聞いてみましょうか。あまり、深く詮索しちゃうと悪いもの、ね。」
ルカといったん別れ、治療室を出たリックス達は、任務完了を報告するためにモニター室に向かった。 イーブイ達は後方に整列し、リックスとレディが一歩前に並んで立つ…やがて、モニターの電源が入り、ポケリウム軍本部に繋がった。 モニターには軍の総司令官が映っていたが…背後からの逆光のため、その顔はよく見えない。 「こちらレディウス遊撃部隊。只今を持って、任務完了しました。」 慣れた様子でレディが状況を報告する。 『ふむ、了解した。今回の任務は相当の危険を伴うものだったが、よく頑張ったな。…む?そこのリオルは?』 先方も慣れた様子で応対したが、見慣れないポケモンがいることに疑問を抱いたらしく、そう尋ねてきた。 「封印の遺跡にて倒れていたところを保護しました。記憶喪失であるとの事で、手掛かりを掴むまで、わたしの部隊で保護するつもりでしたが…」 『成程…承知した。そのポケモンの保護は君の部隊に任せる。だが、くれぐれも危害が及ばぬよう、しっかりと保護するようにな。…次の任務は追って伝える。それまで、しっかり療養せよ。』 「了解しました。」
逆光で顔の見えない、総司令官との通信は終了した。 緊張から解放され、ほっとしたような顔で部屋を出ていくイーブイ達の中…リックスは、どこか神妙な顔をしていた。 どこか、記憶を失っているという事に焦りを感じているかのように…。 「リックス…心配しないで、きっと手掛かりは見つかるわ。わたし達も、それまで協力するから…ね。」 「あ、ありがとう…それまで、オレも出来る限り協力するから、何でも言ってくれよ。」
そして、リックスとレディはモニター室を出た。 すると…部屋の外の廊下で、ルカが待っていた。 「ルカ…何かあったの?」 「あの子が…ラティアスが目を覚ましたの。今も治療室にいるから、会ってもらえないかしら?それと…リックス君、だったかしら。あなたも、良ければ一緒に来てちょうだい。」
リックス達が治療室に入ると…そこには、ベッドから降りて辺りを不安そうに見回す、ラティアスの姿があった。
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【第九話:同じ境遇】
リックス達が部屋に入ると…そのラティアスは弾かれたように振り向き、一歩下がった。 目を大きく見開き、完全に怯え切ってしまっている。 「落ち着いて、ラティアス。ここは安全だから…」 怯えるラティアスを、何とかなだめようとするレディ…だが、ラティアスはなおも震え、警戒を解こうとはしない。 「困ったわね…きっと、いろいろあってパニックになっているのね。何とかしてあげたいけど、どうすれば…」 この飛行艇の中では一番経験の長いルカでさえ、もはやお手上げの状態だった。
すると…おもむろに、リックスはラティアスに歩み寄っていった。 当然ながら、ラティアスはさっきよりも強く怯え始めた。 「…や…こ、来ないで…ッ」 とうとう怯えが限界に達したのか、怯え切ったラティアスの手からミストボールが発射された。 だが…リックスはそれを「みきり」で回避し、行き場を失ったミストボールは天井に当たる寸前で消滅した。 「…!」 それだけではなく…リックスは「みきり」での反動を利用し、いつの間にかラティアスの目の前に立っていた。 自分の最期を覚悟したかのように、目を閉じて俯くラティアス…だが、リックスはそれ以上は近づかず、その場に立ち尽くしていた。 「…?」 いつまで経っても、攻撃が飛んでこない…ラティアスは、はっと視線を上げた。 上を向いたのを確認してから、リックスはゆっくりと語りかけ始めた。 「…オレも、あんたと同じなんだ。記憶を失ったまま、遺跡で倒れてて、ポケリウム軍のレディウスに助けられた。気持ちが分かるとか、そんな事は言えないけど…でもさ、もう怯える必要はないと思うぜ。だから、少しだけでいい、ポケリウム軍の事…信じてやってくれないか?」 その言葉で、ラティアスは初めて怯えが収まった。 なおもリックスを見つめるラティアスに対し、リックスはさらに続けた。 「オレ、リックス。んで、こっちのエーフィはレディウス、命の恩人。こっちのチルタリスは、ルカ。こうして会ったのも何かの縁だ、宜しくな。」 言い終わると、リックスは笑顔で手を差し伸べた。 そう、握手を求めているのである。 彼の手をぎゅっと握ったラティアスの目に、一筋の涙が走った。 「…わたしは、ティスっていうの…ありがとう…ずっと、怖かった…ッ」 そのラティアス…ティスは、その場で泣き崩れた。
リックスの語りかけによって、ティスは何とか落ち着いた。 その後の話によれば…ティスもリックスと同様に記憶を失って、その手掛かりを探して飛び回っていた。 リックスは落ち着かせるために自分も同じ境遇にいると言ったが、彼の言葉はまさに本当だったという事になる。 「リックス君と、ティスちゃん、か…これで、保護しているのは2匹目になったわね。」 落ち着いた表情で、ルカがレディにそう声を掛ける。 「そうね…本部にも、この事はちゃんと…」 「ううん、それは私から連絡しておくわ。それよりレディウス、あなたはリックス君とティスちゃんに部屋を案内してあげて。その後は、しっかり療養なさいな。あなたとリックス君は、今日は相当疲れているはずよ。」 優しい表情でそう言うルカに、レディは少し赤くなりながら、ありがとう、と答えた。 「あ、あの、ルカさん…その、警戒して、ごめんなさい。さっきは、怖くて…」 おずおずと、ティスがルカに声を掛ける。 「ううん、気にしないで。今まで、ずっと怖かったよね…ここは安全だから、遠慮せずに休んでちょうだいね。」 「あ…ありがとうございます…」 笑顔でそう言ったルカの言葉は、ティスにとってはとても温かいものだった。
その後…レディの案内で、リックスとティスに部屋が割り当てられた。 もうすでに日は暮れてしまっていたので、今後の事は明日話す事にして、リックス達は今日は休むことになった。
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【第十話:仲間】
その夜―― 寝付けないのか、リックスは一匹で甲板に居た。 鉄柵から下を見ると…遥か下の地上で、数匹のイーブイ達が交代で見回りをしている。 気付かれないようにそっと鉄柵から離れ、今度は視線を周囲に移すと…森の夜空には無数の星がちりばめられていた。 「…星、か…」 星空の事も、記憶を失っているリックスは自警団のポケモンから聞いていた。 もっとも、リックスが見た事のある夜空はほとんどオーロラに覆われていたため、星だけの夜空を見るのはこれが初めてだった。
「…あの…」 不意に呼ばれ、振り向くと…そこにはティスの姿があった。 「ティス…寝付けないのか?」 「はい…どうしても、今後の事が不安で。あの…ご一緒してもいいですか?」 ティスの申し出…断る理由もなかったので、リックスは承諾した。
リックスとティス…記憶喪失の二匹は、並んで座り、星を眺めていた。 どこか不安そうに星を見つめるティス…だが、リックスが何を聞くよりも早く、ティスは開口した。 「…わたし、ラティアスやラティオスの群れと会った事があるの。自分の姿もラティアスに似てるから、記憶の事も何か分かるかもしれないと思ったんだけど…近づこうとしたら、攻撃してきて、追い払われて…」 攻撃された…その言葉に、リックスは大きく目を見開いた。 「攻撃された…?同じ種族なのに、なんで…」 その質問に答えるティスは…今までで一番重く、悲しい表情だった。 「…ほら、わたし…体の色がちょっと変でしょ?だから、ラティアスやラティオス達から警戒されたの…自分達とは違うとか、中にはわたしを中間種だって言う群れもいて…」 「ティス…」 先ほどティスがあんなに取り乱していた理由は、その事だった。 記憶が無いだけではなく…自分と同じ姿をしたポケモンの群れ、さらには他のポケモンからも強く警戒され、問答無用で攻撃されて追い払われてきた。 いつ終わるとも知れない逃亡の中…次第にティスは、周りが信用できなくなっていたのだ。
「かなり、苦労してたんだな…でもさ、それも今日で終わりだぜ。」 「えっ…?」 この苦しみも今日で終わり…そう言ったリックスは、とても落ち着いた表情だった。 「記憶をなくしてるオレが言うのもなんだけどさ…少なくとも、オレはティスはティスだと思うし、体の色なんて関係ないと思うんだ。もう、怯えることなんて無いぜ。だって、オレ達…仲間だろ?」 自然な笑顔でそう言ったリックス…一筋の涙が、ティスの頬をつたって流れた。 「…ありがとう…やっと、居場所を見つけられたみたい…」 涙ぐみながらも、ティスは笑顔でお礼を言った。 すると、リックスは照れ隠しに後ろ頭を掻いた。 「…この先、きっとつらい事もあるけど、みんなで頑張ればきっと乗り越えられると思うんだ。だから、一緒に頑張ろうな。」 「リックスさん…!」 ティスの表情に、初めて満面の笑顔が戻った。
こうして…ティスは居場所を見つけた事、どんな困難にもともに立ち向かえる仲間に出会えた事を確信したのだった。
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【第十一話:ローレンの村へ】
翌日―― レディウス部隊を乗せた飛行艇は、東部の森に制定された保護区「ローレンの村」に向かって進路を取っていた。
その数分前…本部からの任務は特に無かったため、話し合いの結果、記憶の手掛かり探しに取り掛かることになった。 ローレンの村には、ポケリウムの歴史に詳しい村長がいる。 宛てがない以上、今のリックス達にはどんな些細な情報でも必要だった。 「そういえば…あの村の保護は、以前はサンダースのハリーの部隊が担当してたよね?」 そう話を切り出すルカ…同じポケリウム軍の部隊に協力を要請すれば、少しは事をスムーズに運べるのではないか、という希望を見出したのだ。 だが…レディは首を横に振った。 「ハリー部隊は、特殊部隊に異動した…昨日、遺跡で出会った彼の部下、クルスがそう言っていたわ。特殊部隊が保護区を担当する事は無いから、今は村にはいないかも…。」 やや落胆気味にそう言うレディ…と、重くなった周囲の空気を払うように、リックスが開口。 「まだ希望はあるだろ?とにかく、村長さんに会って話を聞こうぜ。」 どんな時も能動的なリックスの言葉に、次第に周囲の表情に少しずつ希望が戻ってきた。
…そして、飛行艇はローレンの村に進路を取り始めたのだった。 封印の遺跡も、ローレンの村も同じ東部の森にあるが…森は非常に広大であり、実際はかなり離れている。 そのため、封印の遺跡を飛び立ち、村に到着するまでにかかった時間は、ちょうど半日だった。
村のはずれに飛行艇を停泊させ…ルカとチルット達は飛行艇に残り、リックス・レディ・ティス・イーブイ達は村の中に入って行った。 魔族対策なのか、村は非常に高い石塀で囲まれており、唯一中に入れる門の両側を2匹の屈強なジュカインが守っている。 だが、ポケリウム軍のレディがいる事を確認すると、ジュカイン達は通してくれた。 「今、この村はどの部隊が担当してるの?」 レディは、半ばダメ押しで聞いてみた。 「ハリー部隊の異動以後…この村の保護を担当する部隊はいない。だが、ハリー殿は異動する数日前、我らを含む数匹の村民に持てるだけの戦闘技術を伝授してくれた。今は、自分達の手でこの村を守っている。」 ジュカインの一匹が、表情一つ崩さず、丁寧に返答。 よく見ると、刃のように鋭い腕の葉の所々に、小さな傷が走っていた。 「そう…上の決めた事とはいえ、何て言えば…」 「いや、村民は誰も軍を恨んではいない。ハリー殿の異動も、きっと事情があっての事だからな…」 申し訳なさそうなレディを気遣わせまいと、もう一匹のジュカインが穏やかな表情でそう言った。
そして、リックス達は門をくぐり、ローレンの村に入った。 村民は主にノーマルタイプ、くさタイプのポケモン…その年齢層は広く、村はそれなりに賑わっていた。 農業主体なのか、村の中にはいくつか畑が見られる。 だが…やはり魔族の危険があるせいか、限られた敷地いっぱいの畑は、どこか狭く感じられる。 その畑を耕すポケモン達も、その事を気にしているようだった。
やがて…リックス達の目の前に、村長の家が見えてきた。
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【第十二話:ポケリウムの歴史】
村長の家は、村の中では一番大きいものの、素朴という言葉の似合う趣のある造りだった。 入口では一匹のサーナイトが花に水を与えていたが…リックス達に気付くと立ち上がり、一礼した。 「こんにちは、ポケリウム軍の方ですね。ご用件は何でしょう?」 慣れた様子で対応するサーナイト…どうやら、村長と何らかの関係があるようだ。 レディが村長とお会いしたいという旨を伝えると、サーナイトは持っていたジョウロを水汲み井戸の前に置いた。 「ご用件は分かりました。私はレーテ、村長の秘書を務めております。それでは、村長のもとへご案内しますね。」
レーテと名乗ったサーナイトに案内され、リックス達は中に入った。 壁にいくつかの絵画が飾られた少し長い廊下を抜けると、そこにあったのは書斎。 円筒形の大きな室内のすべての壁が本棚となっていて、大量の書籍が隙間なく並べられている。 …その中心に、村長と思しきポケモンがいた。 背中に立派な木を生やし、長い年月を生きてきた事を思わせる貫禄を持った、一匹のドダイトス。 その背中の木では何匹かのエイパムやパチリスが遊んでいたが…来訪客の姿を見るや否や、葉っぱの影に隠れてしまった。 「村長にお会いしたいというポケリウム軍の方々をお連れしました。」 というレーテの声にゆっくり頷くと、村長はリックス達の方に視線を移した。 「ほっほ、よく来たのう…わしはフォスター、このローレン村の村長を務めておる者じゃ。さぁ、立ち話も何じゃから、ゆっくりしていくといい。」
何か大事な話が始まる…そう感じたエイパム達とパチリス達は、さっと外へ出た。 そして、レーテはサイコキネシスを使い、フォスターの目の前にテーブルと3つのイス、それから人数分の紅茶と茶菓子を準備した。 「失礼します。」 レーテはそう言うと一礼し、静かに退室した。 リックス、レディ、ティスはイスに座り、イーブイ達はレディの後ろに待機した。
「…なるほど。記憶の手掛かりを探しておるのじゃな。」 レディがこれまでの経緯と今の目的を説明すると、フォスターはゆっくりと頷き、了承の意を示した。 「残念じゃが、リックス殿とティス殿の失った記憶についてはわしにも分からん。…じゃが、わしの知っておるポケリウムの歴史の中に、その手掛かりがあるかもしれん。少し長くなるが、それでも構わないかね?」 手掛かりが無い以上、どんな些細な情報でも貴重なもの。 リックス達は、コクリと頷いた。
彼の話してくれたポケリウムの歴史は、次のような内容だった。 神界、魔界、世界樹、人間界などの主要な世界が誕生してから数千年後…遺伝子を司る神が神界から独立し、今のポケリウムの基礎となる世界を創造した。 驚くべき事に、この世界は魔族とポケモンが住まい、二つの種族は友好的に支え合う関係にあったという。 だが…ある日を境に魔族がポケモンを攻撃するようになり、長く続いていたはずの友好関係は崩れ去り、やがて世界存亡に関わる戦争に発展した。 これを嘆いた遺伝子を司る神は、その世界のすべての魔族を魔界に封印し、世界の住人をポケモンだけにして、名前のなかったこの世界に「ポケリウム」と名付けたのだという。 それ以後、ポケリウムに住まうポケモン達は独自の文明発展の道を辿り、自然と機械の調和した現在の文明を築き上げていった。
これは現在から気の遠くなるほどの大昔の話であり、ほぼ神話であるが故、事実のほどは定かではない。 遺伝子を司る神がどのような存在かすらも、知りうる資料が無いのである。 だが…現在猛威を奮っている魔族がこの時に封印されたのであれば、事実である可能性も無くはない。 最後に、ポケモンと魔族のハーフである「中間種」と呼ばれる者達は戦争中に魔族側によって全滅させられてしまったと付け加え、村長の話は終わった。
「…以上が、わしの知っておるポケリウムの歴史じゃ。少しでも参考になればよいが…」 「いえ、お話を聞かせていただいてありがとうございました。」 レディのお礼に続き、リックス達も一礼した。
その後…村長の計らいで、リックス達は村長の家に泊まる事になった。
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【第十三話:ティスの推測】
夕方――話が終わると、フォスター村長は村を見回るべく、書斎を後にした。 今、書斎ではレーテがテーブルなどを片づけている…だが、リックス達はなおも書斎に残っていた。 村長から聞いた話を、整理するために…特に、魔族とポケモンがかつて友好的な関係にあったというのが、いまだにピンと来ないのである。
フォスターから許可を貰っていたので、リックス達は書斎の本を見ながら、話を整理していた。 もちろん、昨日の石板と同じくらい難解な本が多かったが、リックスは頭痛の響く頭を押さえながら、何とか必死に読んでいる。 と…ティスが何か思い当ったような様子で、パタと本を閉じた。 「そういえば、村長さんの話…中間種の事については、あまり出てこなかったよね…?」 一夜明けて、ティスの口調は変化していた。 以前は緊張のために敬語になっていたのが、リックスとの会話の後…少し、砕けた口調になっていた。 これも、仲間として心を開いてくれた証なのだろうか… 「そーいえばそうだったな。魔族とポケモンがずっと仲良しだったけど、ある日を境に争うようになったっていうし…やっぱ、まだよく分からない部分が多いのかな。」 リックスは、友好的だった魔族とポケモンが何故争うようになったのか、その原因が気になって仕方が無かった。 「それで、なんだけど…もしかしたら、中間種が、魔族とポケモンとの争いに関わってるんじゃないかな…?」 ティスの思い当ったもの…それは、争いの原因に中間種が関わってるのではないか、という推測だった。 この推測には、考え込んでいたレディとリックスだけでなく、ちょうど片づけを終えたレーテも関心を示した。 「実は、村長も同じような事を言われていました。中間種という種族も、魔族とポケモンが対立し始める辺りの年代に生まれたそうですし…その可能性は十分にあると思います。」
いつの間にか、レーテも話に参加していた。 だが…ここに来て、書籍は膨大にあるにもかかわらず、中間種に関する本は全くと言っていいほど無い事が判明。 ティスの推測で順調に進みだしたと思われたが、結局再び暗礁に差し掛かったのである。 「…今後は、中間種について情報を集めるべきね。言葉自体、デス・ダークライから聞いたのが初耳だったし…」 暗礁に乗り上げたものの、今後の目的は決まった。
と、その時――レディの持っていた通信機に、鋭い電子音とともに通信が入った。 送信者は…飛行艇に残してきた、ルカ。 彼女の後ろでは、何故か他の部隊のポケモン達が慌ただしそうに動いている。 「ルカ…?何があったの!?」 『レディウス、大変よ!ローレンの村に向かって、魔族軍の部隊が進撃を開始したわ。今、ふたつの精鋭部隊が交戦してるけど…あなた達も、すぐに戻ってきて!』
その通信が切れると同時に…危険を知らせる村の半鐘が、とてつもない緊張感とともに鳴り始めた。
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【第十四話:進撃・地ノ魔族分隊】
通信を受け、急きょ飛行艇に戻る事となったリックス達。 そんな彼らを、レーテが落ち着いた表情で見送る。 「この村は私達が守ります。どうか、ご武運を…!」 レーテの心強い後押しを受け、リックス達は急いで村長の家を後にした。
その頃…村の中心広場では、見回りに出ていたフォスター村長が、ハリーから特殊な訓練を受けた村の精鋭達を召集していた。 先ほどまで門を守っていた二匹と同じような屈強なジュカイン達、後衛として草に関する遠距離技を持つロズレイド達、そしてサポートを得意とするワタッコ達など、一部隊として充分な構成だった。 「皆の者、これは訓練などではない!我らの誇りにかけ、何としてもこの村を死守するのじゃ!!」 さっきまで穏やかだったフォスターも、村を守る者として、力強い表情で檄を飛ばす。 その彼の決意をしかと受け止めた村の戦士達も、応えるように大きな掛け声を上げた。
「ルカ、状況は!?」 先ほど通信を送ってきたルカは、チルット達とともに飛行艇の外にいた。 周りにはすでに交戦中の精鋭部隊についている医務部隊のポケモン達もいて、傷ついた隊員を全力で支援する態勢を整えていた。 そのルカに駆け寄るなり、レディは今の状況を尋ねた。 「敵は、地ノ魔族分隊…分隊だけど、魔族軍四天王の一体が指揮を執る強力な部隊よ。敵のボスは、ここから南にあるローレン平原にある『戦慄の地割れ』に本陣を構えてるみたい…その本陣さえ叩けば、進撃を止められるわ!」 その情報は、精鋭部隊所属の諜報隊を通じてすでに全員に知らされていた。 「ありがとう…わたしの部隊も合流するわ!」 「本当は精鋭部隊で本陣を叩くべきだけど…今は少しの戦力でも必要ね。でも、これだけは約束して。絶対、生きて帰ってきて…!」 そう念を押すルカは、レディ達が心配で堪らない感情を必死に抑え込んでいた。 その気持ちを受け止めたレディは、静かに、だがしっかりと頷いた。 「オレも行く!力になりたいんだ!」 「わたしも…行かせてください!」 軍所属ではないリックスとティスも、同行を申し出た。 本来であれば、一般ポケモンは戦場には向かうべきではない。 だが…彼らの力になりたいという気持ちを、レディは拒まなかった。 「…分かったわ。でも、絶対無理だけはしないで。」
リックス、ティス、イーブイ達、レディウス…このメンバーで編成されたレディウス部隊は、すぐさま進撃を開始した。 ローレン平原に出ると、さっそくこちらに向かってくる地ノ魔族分隊の姿を確認できた。 人間の大人程度の身長の岩人形ロックロイド、通常のゴブリンより大きく屈強な体を持つウォーゴブリン、そして3メートル程の巨体を持つバトルゴーレム…そんなガッチリとした屈強な部隊が、まるで怒れる大地のような勢いで進撃を進めていた。
そんなゴツい部隊と戦っているのは…リーフィア♀のリースが隊長を務めるリース精鋭部隊と、シャワーズ♂のフォギアが隊長を務めるフォギア精鋭部隊。 先ほどの通信にあったふたつの精鋭部隊とは、これらの部隊の事だったのだ。 「レディウス…!あなたも来てたのね!」 リースもフォギアも、レディウスとは顔見知りであり、遊撃部隊時代は互いに切磋琢磨し合う良き戦友だった。 二匹ともレディウスより先に精鋭部隊に昇格しており、今回は実に数年ぶりの再会だった。 「リース…再会の喜びは後で分かち合いましょう。今は、敵の部隊を何とかしないと…」 「それもそうね…状況だけど、敵の数が多すぎて、なかなか本陣に辿りつけないの。」 リースの言葉通り…広大な平原は、完全に敵の部隊によって埋め尽くされていた。 いくらリースとフォギアの技が効果抜群であるとはいえ、数ではこちらの方が圧倒的に少なく、苦戦は必至である。 「確かに、とんでもない数ね…」 すると、一体のバトルゴーレムをハイドロポンプで吹っ飛ばしたフォギアが開口した。 「こいつら、どうも水辺を避けて進んでいるらしい…この戦線は俺らで守るから、君達は河川づたいに戦慄の地割れを目指してくれ!」 「ありがとう、フォギア…みんな、進むわよ!」
リース、フォギアと一旦別れたレディウス部隊は…フォギアの助言に従い、平原を縦断する河川に沿って進撃を開始した。 やはり水を嫌うのか、地ノ魔族分隊の姿は無い…奇跡的にそれ以外の魔族もいなかったので、程なく平原にぽっかり空いた巨大な地割れのダンジョン「戦慄の地割れ」に辿りついた。 すると…そこには先客がいた。 5匹ほどのツボツボ達を従え、今まさに地割れに踏み入ろうとしていた一匹のツボツボ…彼はポケリウム軍の遊撃部隊に所属するツボツボ・コーケンであり、彼らはそのコーケンが隊長を務めるコーケン遊撃部隊だった。 「別の遊撃部隊…!あんた達も、本陣を討つために来たのか…敵は相当強力だ、ここはひとつ、手を組まないか?」 コーケン遊撃部隊は奇襲を得意とする部隊であり、軍屈指の耐久力と有用な技で、手を組んだ部隊を何度も勝利に導いていた。 その実績を抜きにしても、これは非常にありがたい申し出だった。 「ありがとう、ここは手を組みましょう。作戦は…あなたに任せるわ。」 「OK、決まりだな。オレ達は狭い道を進んで、中の警備をかき乱してから合流する。あんた達は、そのまま進撃してくれ!」
その後…先に動き出したコーケン達は、彼らにしか入れないネズミの巣穴のような小さな入口から潜入を開始した。 と、ティスはさっと身構えると…杖のような武器を取り出し、クルクルと回して構えた。 ティスと同じグレーとワイン色のカラーリングで、先端にはめ込まれた瑠璃色の宝石の左右に薄紫色の天使の翼の意匠が施されている杖… 「ティス、それは?」 レディの問いかけに、ティスはふっと笑って見せた。 「ルミネロッド…最初に手にした時の記憶は無いけど、これがわたしの武器なの。わたしは、この杖のおかげで魔法が使えるから、援護は任せて!」 戦闘態勢を整えたティスに負けじと、リックスも気合を入れた。 「っし!準備万端…行こうぜ、レディ!」 「えぇ、そうね…みんな、状況開始よ!!」
こうして、いよいよ地ノ魔族分隊本陣での、討伐ミッションが開始された。
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【第十五話:死の大地の戦い】
戦慄の地割れ…ここは魔族軍の侵攻が開始された際、魔族軍が平原に巨大な地割れを起こして造った簡易的な前線基地であり、現在は魔族軍四天王が一部隊「地ノ魔族分隊」が本陣を構えている。 当時ここには多くのポケモン達が暮らしていたが、突如として魔族軍の襲撃に遭い…住んでいたポケモンは全員ポケリウム軍によって救助されたが、結果として故郷を追われた難民となった。 その時の地獄のような光景から、難民となった元住民達が「戦慄の地割れ」と呼ぶようになり、以来それがこの地割れの名前となった。
はるか上にわずかに空が見えるだけの非常に深い谷底を行くリックス達…そこかしこの岩肌には当時ポケモン達が抵抗した際に出来た戦いの跡が今も残されており、辺りには名前通りの緊迫した戦慄の空気が漂っていた。 ほとんどの戦力をローレンの村に向かわせたのか、魔族の姿はさほど多くなく、たまに警戒中の岩人形の魔族「ロックロイド」が出てくる程度。 しかも…そのロックロイド達は、何故かいずれも猛毒に侵されていた。 「そういえば…コーケンは「どくどく」が使えたわね。先に侵入したコーケン達が、猛毒をかけたのかしら…」 レディはそう読んだが、それが一番考えられる原因だった。 実際にコーケン遊撃部隊の使う「どくどく」は軍でも有名な話であり、彼が先に侵入したダンジョンの魔族は、毒を無力化するものを除いて猛毒に侵されていたという。 いずれにせよ、状況はこちらが優勢になっているのは変わらず、今のところ順調に歩を進められていた。
「ゴオォォオォォオォォッ!!」 そんな矢先…リックス達の目の前に、毒に侵されていない一体の強力な魔族が立ちふさがった。 鋼鉄の巨体を持った魔族「メタルゴーレム」…毒を一切受け付けない、はがねタイプの魔族。 その存在は有無を言わさず、いきなり襲いかかってきた。
リックスは一気に間合いを詰め、レディウスは援護の構えを取り、ティスは杖を構えて魔法の詠唱に入った。 至近距離に入ったリックスに、メタルゴーレムの鋼の拳による一撃「メタルナックル」が繰り出される… 「甘いぜ、みきり!――続けて行くぜ、はっけいッ!!」 リックスはその拳を「みきり」で避け、反動を生かして背後に回り込むと同時に「はっけい」を繰り出した。 精鋭部隊クラスでないとなかなか出せない見事な連携技を受け、メタルゴーレムは体勢を崩された。 だが…敵は倒れる寸前に受け身を取り、その体勢のまま地面を大きく揺るがした。 「うわっ」 その衝撃を至近距離で受け、大ダメージを負ったリックス…体勢をすぐに整えたメタルゴーレムが反撃に踏み切った、まさにその瞬間だった。 「リックス、しっかり!あさのひざし!!」 自分や仲間を回復させるレディの技「あさのひざし」が、リックスに降り注いだ。 一気に元気を取り戻したリックスがその場を離れたことで、メタルゴーレム渾身のタックルは空振りに終わった。 『紅蓮の焔よ、ここへ!フレイアッ!!』 ティスの詠唱が完了し、解き放たれた炎の攻撃魔法「フレイア」。 メタルゴーレムの空振りの隙を突いた炎の一撃が、メタルゴーレムの動きを止め…そして、勝利を決めた。
「ティス…さっきの魔法、凄かったな…」 魔法そのものが無いはずのポケリウムで、魔法を使いこなすティス。 リックスだけでなく、レディも驚いていた。 「わたしも、なんで魔法が使えるか分からないけど…でも、これならちゃんと援護できるかも。」 ティス自身も何故魔法が使えるか分からないようだったが、その表情に不安は無く、逆にほっとしたような笑顔になっていた。 先ほどのメタルゴーレム戦をきっかけに、手ごたえを感じているのかもしれない。
その後…リックス達は最奥を目指し、先に進み始めた。
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【第十六話:戦慄の化身】
レディウス遊撃部隊、コーケン遊撃部隊が戦慄の地割れを進軍している頃…黄昏に染まるローレン平原では、なおも戦闘が続けられていた。
リースとフォギア2匹で敵部隊を攻撃し…部隊のイーブイ達が「てだすけ」を使ったり、補給部隊の待つ飛行艇に回復物資を取りに行ったりして、全力で2匹のサポートに当たる。 だが…回復物資では傷は癒せても、2匹の精神までは癒せない。 絶えず回復しているとはいえ、リースとフォギアの精神はもはや限界を迎えていた。 「はぁ…はぁ…くっ、しぶとい奴らだ…」 もう何発目かも分からないくらい撃ち尽くしたハイドロポンプを放ち、よろめく体を立て直しながら、フォギアが敵を睨む。 もう一方のリースも、よろめきながらも必死にエナジーボールで応戦していた。
すると…敵部隊の魔族全員が「まもる」を使い、一体のバトルゴーレムが渾身の「じしん」を放った。 この一撃により、2匹だけでなくイーブイ達も全員負傷…かろうじて持ち応えたものの、これで回復物資の供給路は完全に断たれてしまった。 「そん、な…こんな、ところで…ッ」 悔しさを滲ませるリース…もはや、絶体絶命の危機に瀕していた。
…だが、危機は思わぬ助っ人の登場によって去った。 突如として敵部隊のいる地面のあちこちから砂煙が上がり始め――まるで生きているかのように、敵部隊全体を包囲するように砂煙達が走り始めた。 明らかに、地中に何かがいる。 そして…ついに地盤が数メートルほど陥落し、敵部隊の魔族全てが地に膝を突くと同時に、その何かが地上に颯爽と現れた。 それは…5匹のウパー達と、それを率いる一匹のヌオーだった。 「故郷を奪われたボクらの怒り…!みんな、行くぞッ!!」 「「オォ―――ッ!!」」
ヌオーとウパー達は「かげぶんしん」を使い…一気に100匹もの大軍勢となり、会心の反撃に踏み切った。 普通の「かげぶんしん」で作った分身は単なる幻影に過ぎないが…厳しい修練を積めば、この分身に技を使わせる事が出来るという。 このヌオーとウパー達もその修練を積んでいるらしく、本物と分身たちの放つ怒涛の攻撃を前に、ついに村に進軍していた敵部隊は…全滅した。 呆気にとられているリース、フォギア、イーブイ達に彼らは向き直ると、リーダー格のヌオーに倣い、全員一斉に敬礼した。 「ポケリウム軍、リドル遊撃部隊!この作戦に参加します!」 リドル遊撃部隊…♂のヌオー・リドルが隊長を務めるこの遊撃部隊は、全員戦慄の地割れ…地ノ魔族分隊によって故郷を奪われた難民達だった。 その事実を知っていたリースとフォギア…激戦によって消えかけていた2匹の戦意が、再び燃え始めた。 「リドル、ありがとう。おかげで、戦慄の地割れへの道が開かれた…!」 「後は、本陣だけ…あたし達と、一緒に戦いましょう!」 ウパー達から回復物資を分けてもらったイーブイ達も立ち直り、リースとフォギアの傍に寄った。 イーブイ達の目にも、闘志の炎が燃えていた。 「うん、一緒に戦おう!ボクらの世界は、ボクらで守るんだ!!」
リドル遊撃部隊を加え、地ノ魔族分隊戦線を突破したリース&フォギア精鋭部隊…すっかり夜の帳が降りた頃、戦慄の地割れを進んでいたレディウス遊撃部隊は、ついに最深部に到達していた。 月光が天より降り注ぐその場所は…凶悪な形状の岩槍があちこちから飛び出し、無理やり削られたことが分かるくらいに岩壁が滅茶苦茶に荒れている。 …その中央に、それはいた。 ゆうに4メートルはあろうかという巨人で、体を漆黒の鎧で覆い、頭には凶悪な角飾りを生やした兜を被っている。 その巨人こそが、地ノ魔族分隊のボスにして…魔族軍四天王の一体だった。 「お前が、この部隊のボスか…!」 先頭に立ったリックスは、叫ぶなり身構えた。 他のメンバーも戦闘態勢を取るが…それをあざけるように、兜の下からわずかにのぞく口元に微笑が浮かぶ。 『…如何にも。我は魔族軍四天王が一体…地将、ランドアーク。このポケリウムの東の大陸は、我らが地ノ魔族分隊が侵略を進めている…そして今日、この大陸は我らが支配下に置かれるのだ。』
魔族軍四天王…地将ランドアーク。 そう名乗った存在は、背中に背負った大地の大剣を抜き、戦闘態勢を取った。 その姿はまさに戦慄の化身であり…その敵を目の当たりにしたリックス達の間に、この世のものとも思えぬ戦慄と、緊張が走る。 『フッ、抗うか…それも良かろう。我々を敵に回した報い、受けてみるが良いッ!!』
そして…レディウス遊撃部隊とランドアークとの死闘の火蓋が、切って落とされた。
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【四天王戦01:鬼神ト謳ワレシ大地ノ巨人】
これまで通り、リックスが一気に間合いを詰め、レディウスとティスが後方で援護の構えと魔法の詠唱に入る。 …だが、相手は四天王の一体。そう簡単には進まなかった。 『我に接近戦を挑むか…よかろう、剣のサビにしてくれるわ!』 ランドアークは叫ぶなり、剣を縦方向に振るった。 とっさにその一撃をよけるリックス――さっきまでリックスがいた地面が、剣の一撃で激しく粉砕。 その一撃によって生じた衝撃波が、後方にいたレディウスに直撃した。 「レディ!!」 流れ弾に当たったレディウスの身を案じるも…今回はギガトレント戦とは違い、駆け寄る事は叶わなかった。 相手は巨体に反して素早く、横方向に振るわれた剣の一撃をよけるのがやっとだった。 先ほど爆ぜた大地が、この剣の一撃を受けたら一巻の終わりだという事を静かに警告している。 『どうした…貴様らの力はその程度のものか…』 戦慄の二振りを見せ付けた大剣を構え直し、挑発の一声を放つランドアーク…四天王の肩書は、やはり伊達ではない。 『蒼き潮流よ、ここへ!アクアッ!!』 先ほどの衝撃波を特性「ふゆう」でかわしたティスが詠唱を終え、水の魔法「アクア」を放った。 巨大な盾を構えるランドアークだったが、アクアの水流は一度は盾に弾かれながらも、軌道を無理やり変え、ランドアークに襲いかかった。 さすがにこの一撃は効いたようだが…まだこれは始まりに過ぎない。
リックス達は、作戦を変更した。 ランドアークに接近戦を挑むのは非常に危険だが、リックスが離れても全滅は免れない。 そこで、リックスは攻撃せずに敵を引き付ける囮役に徹し、レディウス・ティス達で全力で援護する作戦に出た。 ランドアークは大剣攻撃だけでなく、大地を思い切り踏み締めて繰り出す衝撃波も使って応戦…非常に危険な囮になることになったリックスは、「みきり」を多用して攻撃を必死に回避していた。 後方に残ったレディウスは遠距離技、ティスは水の魔法「アクア」を使い、リックスの動きに翻弄されるランドアークにしっかりと追撃を与えていく。 これにより、形勢はかろうじてリックス達が優勢になり始めていた。
だが…その形勢は、一気に逆転された。 『四天王奥義…鬼神、砕央撃ッ!!』 魔族軍四天王それぞれが持つ究極の必殺技・四天王奥義…地の四天王・ランドアークの持つ奥義「鬼神砕央撃」が発動。 相手が思い切り殴り付けた地面が爆ぜ、やがてその衝撃は、縦長の広い空間全体を覆うほどの波となり、フィールド全体を包み込んだ。
この一撃は、ふゆう特性のティスにまでも命中した。 リックス達はかろうじて生き残ったものの…四天王奥義の恐ろしい一撃を受け、もはや立っているのがやっとの状態で息を切らしていた。 あれだけ攻撃を当てたにもかかわらず、ランドアークは平然と立ってリックス達を静かに見下ろしていた。 『ふん…所詮この程度か。次で終わりにしてくれよう…』 もはや絶体絶命の状況…リックス達を取り巻く戦慄は、絶望に変わっていた。
「おっと、そう簡単にはさせないぜ!」 唐突に響いた声の後…高速で回転する6体の赤の円盤が、ランドアークの持つ巨大な盾をあっという間に破壊し、次いで大剣に衝突し、その刃を根元からへし折った。 その6体の円盤の正体は…技「ジャイロボール」使用中のコーケン遊撃部隊だった。 『何…ッ』 一瞬で得物を失ったランドアーク…その近くに、回転を終えたコーケン達が着地した。 「…他にも、応援が駆け付けたようだな。ランドアーク、こっからはずっと俺らのターンだ!」
コーケンがそう言い放つと…ローレン平原を突破したリース精鋭部隊、フォギア精鋭部隊、リドル遊撃部隊が駆け付けてきた。 「リース…!フォギア!」 絶望に染まっていたレディウスの瞳に、再び希望の光が灯った。 先ほど一旦別れた時…レディウスは表には出さなかったが、心の中ではリースとフォギアの事が心配で堪らなかった。 その二匹が無事だった…その事が、彼女に再び希望と勇気を与えたのだ。 「レディウス!良かった…無事だったのね!」 それはリースも同じだったようで、彼女も心からの笑顔になっていた。 フォギアは対峙しているランドアークを見ていたが、どこかほっとしたような表情だった。
ウパー達や精鋭部隊のイーブイ達から回復物資を受け取り、レディウス部隊全員は全快した。 形勢は逆転した…はずだが、ランドアークは取り乱すことなく、己の為すべき事のみに集中している。 『我にはまだ、拳がある…四天王の名にかけて、ここで滅びはせんぞ!!』
リックス、コーケン遊撃部隊、リドル遊撃部隊がランドアークを引き付け、残りの部隊で遠距離攻撃を仕掛ける。 戦力が増えたためか、あるいは剣と盾を奪ったためか…戦況は徐々にこちら側が優勢になっていた。 だが…ランドアークは、まだ四天王奥義を繰り出すだけの力を温存していた。 『四天王、奥義…鬼神砕央撃…ッ!!』 そして…その温存していた力を、相手はついに解き放った。 恐るべき四天王奥義が繰り出される…その刹那、完全に高揚していたリックスもまた、行動に出た。 『大地よ…オレに力をくれ!波導、砕央撃ッ!!』 ギガトレント戦でも繰り出した巨大な「はどうだん」を敵の足元に撃ち込み…その弾が当たった地面を中心に大きな爆発を起こし、ランドアークにトドメの一撃を決め込んだ。 鬼神砕央撃に似た爆風を引き起こした、波導砕央撃…まるで四天王奥義のひとつを自分の技として覚えたかのようなこの技は、解き放ったリックスでさえ戸惑いを隠しきれなかった。
『がはぁっ…ここまで、か…だが、これで終わりではない…我ら封ぜられし中間種の、魔界さえも凌駕する楽園…我らの理想は、必ず…ウ、グオォオォォオォッッ!!』
こうして、地将ランドアークは絶命…地ノ魔族分隊の本陣は、陥落した。
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【第十七話:凱旋帰路―月光降り注ぐ眠れる地にて】
主を失った最奥の部屋…そこには部隊があった頃に来ていたであろう、石を用いた伝令文書がいくつか保管されていた。 魔族軍の動向を少しでも知るため、それらを手掛かりとして拾い集め、リックス達は戦慄の地割れ…地ノ魔族分隊前線基地跡地を後にした。
戦場となったローレン平原には…主を失ったためなのか、地ノ魔族分隊の魔族は残骸さえも残っていなかった。 蒼く澄んだ月光に照らされる大地を行く、リックス達。 その中…ふとリースが、レディウスに話しかけた。 「ね、レディウス…ハリーの異動については、もう知ってる?」 リースはまだ、レディウス達がローレンの村に入っていた事を知らなかった。 村でハリーの異動の事を聞いていたレディウスが、もう知っていると答えると…リースは何故か一呼吸置いて、再び開口した。 「あの村…あたしの故郷なんだ。前はとびっきりおいしい野菜や果物の名産地でね、わざわざ他の大陸から買いに来るポケモンもいたんだけど…魔族が溢れ出してから、村を出て行くポケモン達も増えちゃって、前みたいな活気は無くなっちゃったの。 あたしは村を再建したくて、軍に入ったんだ。でも、入隊してからの仕事先は村から遠い所ばかりで…結局、村を出たのと一緒なんじゃないかって、悲しくなっててね…」 魔族軍による被害は、何も目に見えるものばかりではなかった。 ポケリウムで暮らすポケモン達の心に不安の影を落とし、もっと安全な場所へ行く者と故郷に残る者とで完全に分かれてしまい、故郷を純粋に愛する者が一番魔族の脅威に脅かされている。 どれだけ必死になっても、この哀しい状況は変わらない…気丈にふるまうリースも、心の奥底では、その事を悲しまずにはいられなかった。 「リース…」 その悲しみを瞳に浮かべるリースを、レディウスが心配そうに見つめる。 だが…リースは、もうその悲しみを乗り越えようとしていた。 「…ハリーが守ってた、あたしの故郷は…今度は、あたしの部隊が担当することになった。でも、まだ帰ってきたわけじゃない。まだ、戦いは終わってないもんね。 レディウス…あなたに会えたから、あたし、ここまで来れた気がするの。ありがと、レディウス…あたし、頑張るからね。」 親友の言葉を、レディウスは何も飾らず、静かに真っ直ぐ受け止めた。 どれだけ現在が絶望にまみれていても、リースの瞳にもう迷いはない。 レディウスは…悲しみをしっかりと乗り越えた親友の姿を、しっかりとその目に焼き付けた。
その二匹の少し後ろを、フォギアは歩いていた。 彼の隣には、小さなウパー達を連れたリドルが、穏やかな表情で歩いている。 「…リドル、変わり果てた故郷での戦い…つらくはなかったのか?」 リースと少し違い、フォギアはすでに故郷をなくしていた。 フォギアの故郷は漁業で栄えた港町だったのだが…海から這い出てきた魔族の群れの奇襲によって壊滅し、生き残ったのはフォギアだけだった。 今でも、飛行艇で港町の跡の上空を飛ぶだけでも、震えのあまり立てなくなるのに…リドルは変わり果てた故郷の上でも、迷うことなく戦っていた。 でも…それに答えるリドルもまた、何も感じないわけではなかった。 「…つらくないわけじゃないよ。誰だって怖いに決まってるさ…今までの日常が突然壊れちゃうんだもん。故郷のみんなは保護されてるけど…みんな、今でも心の恐怖っていう魔物と戦ってる。ボクだって、そうだよ。 …キミの故郷の事は知ってるよ。だから、頑張れなんて簡単には言えない。簡単には言えないくらい、キミは多くのものを失ったもんね…」 じゃれついてくるウパー達を優しくなでながら、リドルは続けた。 「ボクは…信じてるんだ。いつかまた、平和な時を取り戻せるって…どんなに小さなことでもいい、信じてる事に進んでいけるのなら、どんなに小さな一歩でもしっかり歩んでいく。そうしてきたから、こうして今も頑張れてると思うんだ。 だから、焦ることなんてないよ。たとえどんなに小さな一歩でも、キミはちゃんと前に進んでる。ちゃんと前に進んでいるなら…いつかきっと、幸せを掴めるよ。」 リドルは敢えて「頑張って」とは言わずに、そうしめくくり、穏やかに微笑んで見せた。 「リドル…ありがとう。君には、二回も助けられたね。」 「ううん、いいんだ。いつかきっと、幸せを取り戻せるといいね。」
コーケン達は列の真ん中で、まっすぐ歩を進めていた。 すると…隊員のツボツボの一匹が、コーケンに話しかけた。 「隊長…この悲しいくらいに蒼い光を見てると、ランクの事なんて考えたくなくなりますね…」 コーケン遊撃部隊は、遊撃部隊の中でも屈指の実力部隊だが…ゆえにいつまでも昇格できない事を槍玉に上げられ、批判の的になる事も多かった。 万年遊撃部隊などと言われてどれほど批判を受けようとも、隊長のコーケンは部下の前では決して弱音を吐いたことは無い。 …ゆえに、部下達はかえってコーケンの事を心配しており、声を掛けたツボツボも心配のあまりそう発言したのだった。 「…そうだな。オレがふがいないばかりに、お前達にはいつも心配ばかり掛けちまってたな…だが、これだけは聞いてくれ。 オレが何を言われても気にしないでいられるのは、お前達がいてくれるおかげだ。そうやって心配してくれるから、オレは、オレでいられると思ってるんだ。」 「隊長…!」 ツボツボ達は、目に涙を浮かべていた。 コーケンは何もひとりで無理をしていたのではない…自分達の事を、誰よりもしっかり頼ってくれていた。 その事が、何よりも嬉しかったのである。 その涙を真っ直ぐ受け取ったコーケンは、穏やかな表情になっていた。 「オレらは出自も境遇もそれぞれ違うが、こうして縁あって一緒に戦ってる。オレもお前達もひとりじゃない。何があっても、乗り越えていける…いや、乗り越えて行こうぜ。」 コーケン遊撃部隊もまた、結束を新たに固めたのだった。
この絶望に囚われたポケリウムの中でも、ポケモン達は悲しみを乗り越え、いつか幸せな時を取り戻せると信じて、必死に戦っている。 その事を改めて再認識した一行の目の前に…たった今、地ノ魔族分隊の魔の手からしっかりと守り抜いた、月明かりに抱かれて眠るローレンの村が見えてきた。
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【第十八話:ささやかな幸せ、それぞれの旅立ち】
リックス達は、まず補給部隊や医務部隊の待つ飛行艇に向かった。 午前二時半くらいになっていたが、ルカ達は眠らずに待ってくれていた。 「おかえりなさい!本当に…無事で良かったわ。」 おかえりなさい…激戦から帰ってきたばかりのリックス達にとって、それは何よりも暖かく、心からほっとできる言葉だった。
今回は、レディウスは任務を受けていた訳ではない。 そのため、報告は分隊討伐任務を受けていたフォギアが行い、例の伝令文書もフォギアが本部に転送した。 加えて、リースも任務を受けていたわけではないが…担当地区の異動があったため、フォギアに同席し、無事に異動先に着いた事を報告した。
このように、任務は何もひとつの部隊で遂行しなければならないわけではない。 別の部隊も一緒に参加することができ…むしろ、そうして複数の部隊で協力して任務に当たることが理想とされていた。 ランクも与えられる任務と報酬くらいしか違いが無く、報酬の分配も本部側でランクに沿って平等に行うため、協力する際は基本的にどのランクの組み合わせでも可能となっていた。
地ノ魔族分隊が陥落したという事は、すでにレディウスの通信により、ルカ達は知っていた。 村にもルカからその連絡が行っていたので、つい数分前にいったん寝静まったという。 リースの事もあるので…一行は夜が明けてから改めて村に行くことにして、一度休むことになった。
――一夜明けて、午前七時頃。 今度はルカも一緒に、チルット達と精鋭部隊・遊撃部隊の隊員達を残し、村に入ったリックス達を…村の精鋭達、フォスター村長、レーテ、そして村民たち全員が出迎えた。 全員の表情はとても幸せそうで、それは村を守るために激しい戦いを生き抜いたリックス達にとって、何よりも幸せな瞬間だった。 村民それぞれが収穫したばかりの作物を持ち寄り、日中はささやかな祭りが催され…リックス達は、自分達が必死の思いで守り抜いた平和の時を、本当に心の底から楽しんだ。 そして、日が少し西に傾き始めた午後三時頃…リースは皆の前で、重大発表をした。 「みんな…ただいま。軍に入ってから、ずっと音信不通だったけど…みんなの事を忘れた事は一度も無かったよ。この村を担当していたハリーは異動したけど…今日からあたし、この村を担当する事になったの。 ここにいられるのは、ほんの束の間の事かも知れないけど…ここを担当する事になった以上、全力で頑張るつもり。みんな…いろいろ迷惑掛けちゃうかもしれないけど、これから、宜しくね!」 その瞬間、村民の間から割れんばかりの拍手喝さいが上がり、中には涙を流しながら、かつての仲間…リースを心から歓迎する村民の姿もあった。 リックス達も、それにはもらい泣きせずにはいられなかった。 魔族の脅威はまだ完全に去ったわけではないが…こうして、ローレンの村に再び希望の灯りが灯ったのであった。
その日は、リックス達は再び村長の家にお世話になることになったが…フォギア、コーケン、リドル達は、旅立つことになった。 「短い間だったが…ずいぶんと世話になった。今後は、任務があるまで、しばらく東の大陸を回ってみるつもりだ。地ノ魔族分隊は討ったが、まだ残党がいるかもしれないからな…」 フォギアは、なおも敵の事を警戒していた。 だが、それは守ったばかりのローレンの村が、かつての自分の故郷のようになって欲しくないから…そのフォギアの真意は、ともに戦った者全員が気づいていた。 「ボクも一緒に行くよ。もちろん、任務が入ったら一旦抜けることになるけど…できるだけ、一緒にいるつもり。少しでも、キミの力になりたいんだ。」 リドルはその上で、フォギアへの同行を申し出た。 「オレらも、当分任務が入る事は無いと思うから…一緒に行くぜ。戦力は、多いにこした事は無いだろ?それに、ヤツらの事は最後まできっちり決着付けたいんだ。」 コーケンも、同行の意志を示した。 両者ともに、フォギアの事を心から心配していたのだ。 「…ありがとう。キミ達に出会えたことに、心から感謝する。一緒に、来てくれるか?」 「うん、もちろんだよ!頑張ろうね、フォギア!」 「あぁ、行こうぜ!オレらはもう…ずっとダチだからな!」 こうして、フォギア、リドル、コーケン達は結束を固めた。 そんなフォギアに…レディウスが、申し訳なさそうに声をかけた。 「フォギア…ごめんなさい。昔からの親友なのに、一緒に行けないなんて…リックスとティスの記憶探しを手伝うって、約束してるの。」 フォギアは、首を横に振り…気にしていない、と告げた。 「いや、いいんだ。リックスも、ティスも、記憶を失って真剣に悩んでいる…謝りたいのは、その記憶探しを手伝えないこちらの方だ。今、この世界ではみんなそれぞれ戦っている…キミ達が事を為せる事を、心から祈っているよ。」
その後…黄昏に染まるローレン平原を、フォギア、リドル、コーケン達は歩きだした。 「フォギア…大丈夫かな…?」 ティスは心配そうに、フォギアの後ろ姿を見つめている。 「えぇ、彼なら大丈夫。彼の意志に応えるためにも…わたし達は、わたし達の出来る事を頑張りましょう。」 そう…村長の家に再びお世話になる事にしたのは、ある理由からだった。 現在のこの殺伐とした状況の元凶である魔族と、ポケモン達がかつては仲良しだった事…そして、地将が散り際に遺した「封じられた中間種」という言葉。 この二つの事柄から、新たなヒントが得られそうなのである。 「デス・ダークライは封じられた魔族って言ってたけど、あいつは封じられた中間種って言ってた…やっぱり、中間種が絡んでるかも知れない、ってわけか…」 この途方もない疑問を前にして、リックスは後ろ頭を掻きながらため息をついた。 でも、彼の表情は、まんざら困惑している様子は無い…敵の将軍の遺した言葉なので、確信できそうだからだろうか。 そして…かつて中間種疑惑をかけられそうになったティスもまた、感じた手ごたえにコクリと頷いた。
その手ごたえを確信にするために…リックス達は、村長の家へと向かった。 話はすでにしていたので、フォスター村長とレーテが、リックス達を出迎えてくれた。
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【第十九話:意外な助っ人】
中間種が、一連の異変に関係しているのではないか…その手ごたえを確信にするため、再び村長の家を訪ねたリックス達。 だが…村長はしておきたい話があるかのような神妙な面持ちで、リックス達を書斎に通した。
すでにレーテによってテーブルなどは準備されており、それぞれが用意された席に座ると、おもむろに村長が開口した。 「おぬし達には、まだ話しておらん事がある。これは…ポケリウム軍の特殊部隊間で行われておる事でな、精鋭部隊や遊撃部隊のポケモンには口外しないように言われておる。…じゃが、先ほど本部の方から伝令があってのう。おぬし達には特別に話しても良いと言われたのじゃ。」 驚くべき事に…このローレンの村を守るフォスター村長は、軍と何らかの関係があった。 すかさずレーテが付け加えた補足説明によると、各集落のリーダー格は軍の本部と連携関係を取っており、それぞれの集落の近況などの情報伝達を日々欠かさず行っているという。 「そして、おぬし達に話していない事なのじゃが…もう気付いておると思うが、「中間種」という種族に関しては、何の記録も残されておらん。そこで現在、特殊部隊を中心として、中間種について大々的に調査しておるのじゃ。 この事を遊撃部隊や精鋭部隊に知らせると、おそらく調査に協力しようという部隊が出てくるじゃろう。じゃが…そうなれば各部隊がこなさなければならぬ仕事に支障が出る。最悪の場合、魔族を警戒する戦力まで手薄となり、その隙を魔族軍に突かれるかもしれん。秘密裏に調査を行っておるのは、そのためなのじゃよ。」
その後、村長は…中間種に関する調査は特殊部隊の一部のみで行っている事、いまだに調査は難航している事を話し、話していなかった情報をリックス達に提供した。 他の精鋭部隊や遊撃部隊でさえも知らない情報を、遊撃部隊である自分達に特別に提供された…レディウスは、その事が気になって仕方が無かった。 すると…一匹のイーブイが書斎に入ってきた。 首に巻かれた黄色のスカーフ…そのイーブイは、封印の遺跡でも出会ったクルスだった。 「まさか、中間種の事を知る遊撃部隊がいるとはね…改めて自己紹介しておくよ。僕はクルス、サンダースのハリー率いるハリー特殊部隊の隊員。これから、君達とともに調査に当たる事になったんだ。とりあえず、宜しく。」 何かがあると思っていたレディウスの読みは、的中した。 リックスとティスの事を配慮した本部側で、本来特殊部隊間でしか行われていない大々的な調査にレディウス遊撃部隊が参加する事を許可し、さらにハリー特殊部隊を連携チームとして付けたのである。 あまりにも急すぎる話に、レディウスは困惑していたが…一部始終を落ち着いていたルカが、クルスに質問した。 「…要するに、わたし達は中間種の調査を認められた。そして、これからあなたの部隊が調査に協力してくれる…そう捉えていいのかしら?」 「そう。加えて…君達に通常の任務が与えられた際も協力するよ。もちろん、他の遊撃部隊や精鋭部隊には調査の事は公開しないでもらう事になるけど…。」 それまで淡々と説明してきたクルスだったが…最後の辺りは、少し語気が弱くなっていた。 自分にそんなつもりはなくても、どうしても上から目線にしか聞こえないのではないか…その不安が、彼の中にあったのかもしれない。 「あの、クルスさん…もう少し、リラックスしてもいいと思うよ?調査に協力してくれるなんて、こんなありがたい事は無いし…それに、あなたを警戒する理由なんて無い。だから…もう少し、リラックスしてもいいと思うよ。」 そんなクルスを気遣い、ティスがそう声を掛ける。 彼がはっと視線を上げると…彼女の言う通り、レディウスも、リックスも、ルカも、クルスを警戒してはいなかった。 「クルス…この話、受け入れるわ。もちろん、他の部隊には内緒っていう約束も守るから…これからは、普通の仲間として一緒に行動しましょう。」 「ま、そーゆー事!仲良くやろうぜ!」 レディウスは了承の意志を示し、リックスもそれに賛同した。 淡々とした様子のクルスの表情が、ようやくリラックスした表情となり…話はまとまった。
時刻はすでに午後八時を回っていたため…村長の計らいで、リックス達は村長の家に泊まる事になった。 クルスも含め、特殊部隊は隊長と隊員が別々に行動する事が多いので…ハリー隊長との正式な挨拶は、明日に持ち越される事となった。
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【第二十話:ハリー特殊部隊】
翌朝―― フォスター村長とレーテの激励を受け、リックス達は村長の家を出た。 村を出ようとしたところで…この村の担当になったばかりのリースと会った。 「おはよっ!いよいよ、旅立つんだね。」 朝のすがすがしい空気の中、リースの笑顔は朝日のように輝いていた。 一旦のお別れなのだが…また会えると信じているから、涙は流れなかったのかもしれない。 「えぇ、少しのお別れになるけど…また、その内来るわ。元気でね、リース。」 「うん、その時はとびっきりの料理で歓迎するね。レディウス、頑張ってね!」 この時、リースはクルスの存在に気づいていたが…軽く微笑みかけるくらいで、それほど気にとめてはいなかった。 そして、リックス達は村を後にした。
村を出て少し歩くと…飛行艇のすぐ近くで、一匹のサンダースが佇んでいた。 そう、彼がクルスの所属する特殊部隊のリーダーであるハリー。 振り向いたその表情からは…幾多もの激戦を戦い抜いてきた貫禄が感じられる。 「隊長殿、報告します。レディウス遊撃部隊との交渉、成立しました。」 その報告を静かに聞いていたハリーは、コクリと頷き…リックス達に向き直ると、軽く自己紹介した。 「君達が、リックスとティスだね。話は聞いているよ。今後とも、宜しくね。」 そう言ったハリーの表情は青空のように爽やかであり、強さだけでなく、心優しさも兼ね備えていた。
特殊部隊は隠密活動が主となるため、飛行艇などの乗り物を持たないものが多い。 そのため、ハリーとクルスは、当面レディウスの飛行艇でお世話になる事になった。 他にもハリー特殊部隊のメンバーはいるのだが…全員別々に行動しているため、現在隊員はクルスのみとなっている。 「さっそくだけど、調査を始めるにあたって、まず行くべき場所がある…僕の部隊と連携を結んでいる、エリックフォート研究所だ。エレキブル兄弟のミハエルとラルフを中心に、電気タイプのポケモン達が日夜飛行艇の研究をしているんだが…最近は特殊部隊のポケモン達が集めた、中間種の調査データを管理している。そこの造船ブースでなら、この飛行艇もデータを受信できる機体にバージョンアップできると思うんだ。」 エリックフォート研究所…そこは、現在軍で広く使われている飛行艇を最初に開発した研究所であり、開発後は軍直属の施設として活用されていた。 軍で使われている飛行艇は「遊撃部隊専用機」「精鋭部隊専用機」の2タイプがあり、いずれも特殊部隊間で交わされる機密通信は受信できなくなっている。 そこでバージョンアップを図り、機密通信も受信できるようにしようというのが、ハリーの考えだった。 「だけど、これは君の飛行艇だ。バージョンアップするしないは君次第だけど…どうする?」 明確に考えを示したハリーだったが、所有者であるレディウスの事もちゃんと配慮していた。 断る理由は無い、とレディウスはこの提案に賛成した。 だが…ここで意外な所から声が上がった。 「もしかして…医療システムもバージョンアップできるの?」 そう聞いたルカは、いつも以上に真剣だった。 現状では医療はほぼ手作業であり、チルット全員を作業に向かわせる必要があり…シフトの組みようが無いため、どうしても医療を行える回数が限られてくる。 もし四天王戦のような激闘が続いて、回復が間に合わなくなったら…と、ルカはいつも切実に悩んでいたのだ。 「最近は医療システムを改築するために研究所を訪れる部隊もいるからね…もちろん、可能だよ。」 そう聞いた瞬間、ルカとチルット達の表情がぱぁ〜っと明るくなった。 「なぁ、そのエリックフォート研究所ってのはどこにあるんだ?」 そう聞いたリックスは、もうすっかりハリーに馴染んでいた。 「あぁ、西の大陸…雷鳴山のふもとだよ。ここからだと、二日くらいはかかるかな…」 「そっか…結構遠いんだな。」 リックスは少し後ろ頭を掻きながら、外を流れる雲海を眺めた。 考え事をする時に後ろ頭を掻くのは、彼のいつもの癖である。
そして、飛行艇は西へと進路を取り始め…いったん解散となった。 リックスとティスはそれぞれの部屋に戻ったが、レディウスだけはその場に残った。 「そういえば、あなたの担当していたローレンの村だけど…精鋭部隊のリースが、後任として就いたわ。」 彼女が残ったのは、その事を伝えたいためだった。 ハリーは異動前に出来るだけの事をしていたため、村の事は気にかけていたはず。 それが本当なのかどうかを、確かめるために。 「良かった…それを聞いて安心したよ。僕も本当はずっと村を守っていたかったけど…異動は上からの命令だったからね。異動してからも、ずっと気にかけていたんだ。」 どうやら、ハリーが村の事を気にかけていたのは本当のようだった。 レディウスは安心したが…その後、失礼な事をしてしまったのではという思いに駆られ始めた。 「…ごめんなさい。異動したあなたも凄く葛藤があったのに、気持ちを問うような事をしちゃって…」 「いや、気にしなくていいよ。これは仕事なんだから、葛藤はどうしても避けられない。たぶん、どう割り切るかだと思うから…どんなことになっても、僕は全力で取り組むつもりさ。」 2匹ともほっとしたような表情になり…互いに、初めて仲間として打ち解けあった。
こうして…レディウス遊撃部隊は、ハリー特殊部隊と正式に行動をともにする事になった。
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【第二十一話:もう、ひとりじゃないよ】
その夜… 蒼い月に照らされる雲海を進む飛行艇の甲板に、クルスが一匹で佇んでいた。 その表情はどこか複雑そうである…今まで一匹で行動する事が多かったために、仲間と行動している今の環境に馴染めなかったのかもしれない。 「…どうせ、僕を認めてくれるのは隊長だけだ…」
「…ううん、そんな事無いよ。」 急に声を掛けられ、弾かれたように振り向くクルス。 そこにいた声の主は…ティスだった。 「っ! …ティスか、おどかさないでよ…」 「ごめんね、急に声を掛けて…少しだけ、隣にいてもいい?」 本当は隣にいたいだけじゃない…きっと、さっきの独り言の事を聞きたいんだ。 クルスはそう感じ取ったが、別にいいよ、と答えた。 ティスは少し違うかもしれない…そんな希望が、かすかに見えたのかもしれない。
「…さっきの独り言、聞こえてた…?」 希望を感じたとはいえ、さすがにいきなりは言い出せず、クルスはそう切り出した。 ティスの言葉は、どうしても自分の独り言に対する返事としか思えない。 その質問に対し…ティスはゆっくり、だがしっかりと頷いた。 「何となく、だけど…クルスは、何かを悩んでいる気がするの。…その、言える範囲でいいから…良かったら、聞かせてもらってもいい?」 「…うん、いいよ。」 普段は誰にも弱みを見せたくないからツンとしてるけど、本当は分かってほしい…誰かに打ち明けたい悩みは、もうすぐそこまで出かかっていた。 ティスは聞かせてほしいと言ってくれた…クルスは何の躊躇いもなく、自らの悩みを打ち明けた。 「…僕は、進化できない体質なんだ。ポケリウムのイーブイは、ある程度の年齢を迎えると何らかの姿に進化するんだけど…その年齢を迎えても、僕は進化できなかった。だから、僕はどの部隊のイーブイより年上で…誰とも、馴染めなかったんだ。 いろんな部隊を回ったけど、どの部隊でも孤立してて…そんな僕を拾ってくれたのが、ハリー隊長だったんだ。隊長は、僕の体質は決して欠点じゃないって言ってくれて、本当に親身になってくれてた。いろんな事を教えてくれて…僕の事を、心から仲間だと言ってくれてたんだ。 だから…ハリー隊長以外の軍の関係者は、正直苦手だった。孤立していた昔の事を思い出しちゃって…レディウス遊撃部隊と一緒に行動する事が決まった時も、その苦手意識は変わらなかった…」 イーブイは…他の世界では進化の石などのきっかけがなければ進化しないのだが、ポケリウムでは進化の石などと同じエネルギーが集まる場所がいくつかあり、ある程度成長すると、自然と進化するようになっていた。 そう…ポケリウムのイーブイは、自然に進化するのが常識だったのだ。 だが、クルスは体質のせいで進化できなかった…そのために浮いてしまい、孤立してしまっていた。 ハリーはそれでもクルスには普通に接してくれていたが、ハリーへの感謝の気持ちが強くなりすぎて、他のポケモンに対する苦手意識が強まっていたのだ。
そこまで聞いたティスの目から、一筋の涙がこぼれた。 「…ティス…泣いてる、の…?」 「え…あ、ううん、ごめんね。実は…わたしもこの外見のせいで、周りから警戒されてたの。リックス達に出会わなかったら、きっと今も孤立したままだったかも…だから、みんなから孤立してしまう気持ち、凄く、分かるよ。」 クルスの目が、大きく見開かれた。 分かるよと言ってくれたのは、今までハリーだけだった…少し戸惑っているクルスに、ティスはさらに続けた。 「あまり上手くは言えないけど…もう、苦しむ事は無いと思うよ。軍の事はそんなに詳しくないけど…でも、レディウス遊撃部隊には、差別するようなポケモンは一匹もいない。リックスも、レディウスも、イーブイ達も、ルカも…もう、あなたを仲間として受け入れてる。だから…あなたはもう、ひとりじゃないよ。」 もう、ひとりじゃないよ…その言葉を受けたクルスの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。 孤独からようやく解放されたティスもまた、自分と同じように孤独に苦しむポケモンがいた事に涙し…救いたいという気持ちから、そう声を掛けたのだ。 その気持ちは…孤独から解放されたいクルスの心に、強く響いた。 「…ありがと…凄く、心強く感じるよ…」 「ううん…わたしも、あなたの助けになれて嬉しいよ。ほら、元気を出して。今まで孤独だった分も…一緒に頑張って、一緒に気持ちを分かち合おうよ!」 「…ティス…ありがと…ッ」 自分を元気づけてくれたティスの笑顔は…まるで太陽のような輝きで、孤独の暗雲を彷徨うクルスを、孤独から救い出した。
その後…ティスとクルスは、自分の部屋に戻った。 これからどんな事があっても、ここのみんなと一緒なら、きっと乗り越えられる。 そんなとても暖かな希望が…今まで孤独だったクルスの心の痛みを、優しく、癒してくれたのだった。
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【第二十二話:科学都市・フォートシティ】
東の大陸を飛び立ち、二日目の朝…リックス達を乗せた飛行艇の眼下に、その都市は見えてきた。 草木の少ない荒野の中にガラス張りの巨大な建造物が建ち並んでおり、その周囲を囲む要塞のようなメタリックの外壁のために、遠くから見ても非常に目立っている。 「わぁ…すごい…」 どうやらリックスとティスは都会は初めて見るらしく、その荒野に燦然と輝くメタリックの都市に釘付けになって見入っていた。 「ポケリウムの科学の粋を集めた都市…フォートシティさ。今、ポケリウム中で使われている様々な技術の発信地でね、科学都市という異名を持ってる。エリックフォート研究所は、この都市の中心にあって、役場としての役割も兼ねているんだ。」 まるで見せたいものを語るかのように説明したハリー…その後の話によれば、この都市はハリーの故郷だという。
飛行艇は都市の上空を飛び、そのまま都市の中心地…市役所兼エリックフォート研究所の造船ブースへと降り立った。 ブースは直方体型の巨大な建造物となっており、内部はまるで飛行場のように整備されている。 プラスル達やマイナン達の蛍光棒に誘導されながら、飛行艇は所定の位置に停止した。 今回はルカ達も含めた乗員全員が降り立つ…すると、誘導隊にいた一匹のマイナンが近づいてきた。 「ようこそ、エリックフォート研究所へ!今日はどんなご用件かな?」 慣れた様子で用件を尋ねるマイナン。 それにしても、案内役なのに口調は砕けている… 「この飛行艇を、バージョンアップして欲しいの。機体は遊撃部隊仕様。機密通信受信機能の追加、医療システムのバージョンアップを依頼したいんだけど…」 所有はあくまでレディウス遊撃部隊なので、レディウスが用件を手短に言った。 「わーぉ、機密通信って…なんか凄い事になってるんだね!えっとぉ、機密通信受信機能に、医療システムのバージョンアップだね。終了するまで一か月かかるけど、いいかな?」 「い、一か月ですって!?」 長くて一週間くらいだと思っていたレディウス…それだけに、驚嘆も大きかった。 これまで何だかんだで飛行艇生活が長かっただけに、一か月も飛行艇から離れての生活は想像もつかない… 「だいじょーぶ♪この研究所の近くに、ポケリウム軍本部からの依頼を取り扱う自警団ギルドがあるんだけど…キミ達みたいに飛行艇を預けてる軍所属部隊も利用できるよ。つまり、今までの飛行艇生活と何ら変わらずに行動できるし、医療や食事のサービスなんかも自由に受けられるよ♪」 どうやら、飛行艇のバージョンアップに来たほとんどの部隊が、飛行艇から離れ、自警団の経営するギルドで生活を行っているらしい。 レディウスはギルド生活を承諾して、再度バージョンアップを依頼した。 「おっけ〜♪あぁ、代金は本部の方から支払われるから、キミ達は支払わなくていいよ。それじゃ、一ヶ月後にまた来てね〜♪」
造船ブースを後にして、自警団ギルドを目指すリックス達…土地勘のあるハリーがいたおかげで、道に迷う事は無かった。 フォートシティはまさに科学都市であり…家などのドアは自動ドアであるのが当たり前、どの建造物も特殊な金属で出来ており、看板はすべてホログラム式となっていた。 ただ、ところどころには植物が植えられており、多少は緑のあるようだ。
そして…一行は、自警団ギルドに到着した。 中はハイテクという言葉が似合うような感じで、掃除が行き届いているのか、とても清潔感漂うギルドだった。 「ポケリウム軍所属、レディウス遊撃部隊。今日から一ヶ月間、このギルドに仮所属したいのだけど…」 軍での言葉づかいはある程度決まっているため、慣れた様子で申請したレディウス。 受付にいたジバコイルも、慣れた感じで申請を受理した。 「君達ノ部屋ナンバーハ、023号室。各施設ノ詳細ハ、部屋ニアル「ギルドガイドブック」ヲ参照シテ下サイ。ソレデハ、良イギルド生活ヲ。」 いいギルド生活を…自警団のギルドだというのに、違和感を感じずにはいられない言葉である。 そして、さっそく宛がわれた部屋に向かおうとしていたリックス達の前に…五匹のチコリータを連れた一匹のメガニウムが現れた。 そのメガニウムの体色はやや金色がかっている…どうやら、色違いのメガニウムのようだ。 「ハリー…ハリーだよね!うわぁ、久しぶりだね〜♪元気だった?」 どうやら、ハリーと面識があるようだ。 「久しぶりだね、キン。ローレンの村では世話になったね。…紹介するよ、遊撃部隊のキンだ。彼はローレンの村出身なんだけど、精鋭部隊の頃、村に駐屯していた時に世話になってね…でも、僕より先に別の集落に異動になってたんだ。」 その紹介の後…キンと呼ばれたメガニウムは向き直り、軽く自己紹介した。 「そっか、君達もバージョンアップに…やっぱり、今はバージョンアップの時代だもんね。まぁ、ギルドメイトとして、今後とも宜しくね♪」 そのあけすけな笑顔は、少年心を忘れなかった青年、という言葉が実によく似合っていた。
その後…レディウス達は宛がわれた部屋に入った。 こうして、一か月ほどのギルド生活が始まったのだった…。
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【第二十三話:サイヨウ 〜かつての戦友】
その夜…ハリーの計らいで、一行は自警団ギルドに所属するポケモン達が行くバーで夕食を取ることになった。
ポケリウムでは酒類を呑む習慣は無く、代わりに他の料理がより美味しく感じられ、気持ちもリラックスできる効果を持つ「リキュラの実」の果汁を水などで割って飲む習慣がある。 リキュラの実の果汁は透明色で、アルコール成分が無いので酔う事はないのだが…少しほろ苦いので、まだ年齢の低いポケモンはあまり好まない味となっている。 リキュラの果汁を割った飲み物は「リキュネード」と呼ばれており、何で割るかで味も変わってくるため、地域によって多種多様なリキュネードが製造されていた。
リックス、ティス、レディウス、ルカ、ハリー、クルス、そしてイーブイ達とチルット達。 計21匹もの大所帯だったので…場馴れしているクルスがイーブイ達とチルット達と一緒にテーブルフロアに、そしてハリーはリックス達と一緒にカウンター席に座った。 さっそくハリーがフォートシティ独自の炭酸水で割ったリキュネードスパークを注文し、続いてそれぞれの料理の注文を済ませた。 お通しのサラダと一緒に、まず出されたのは人数分のリキュネードスパーク。 まだリキュネードを美味しく感じる年頃ではないリックスは、乾杯ののち、恐る恐る一口飲んだ。 「…あれ?これ…結構うまいな!」 レディウスとルカは意外そうな表情で驚いていたが、ハリーは驚く様子が無い。 「リキュネードは、炭酸が入ると甘くなるんだ。だから、リキュネードスパークは子供でもジュース感覚で飲めて、人気があるんだよ。」 もともと電気タイプの弾けるイメージからスパークが定着したのだが…ハリーの説明通りで、リキュネードスパークは幅広い年齢層から人気があった。
リキュネードスパークと美味しい料理を楽しみながら、リックス達は会話に華を咲かせていた。 すると、ちょうど端付近にいたハリーのとなりに、一匹のカイリキーが座った。 首から提げた「雷鳴道場」と書かれた赤いタオルが印象的なそのカイリキーは、ただ水と氷で割っただけのリキュネードロックのみを注文し…とても深刻そうな表情で考え事をしていた。 「…サイヨウ?サイヨウじゃないか!」 知り合いなのか、ハリーが嬉しそうに話しかける。 すると…やはり知り合いだったらしく、サイヨウと呼ばれたカイリキーは、考え事をやめて向き直った。 「おぉ、ハリーか…久しぶりだな。どうだ、仕事はうまく行ってるか?」 「あぁ、それなりに。どうだい、一緒に飲まないか?」 「そうだな…その前に。」 ちょっと嬉しそうな表情でハリーと話すサイヨウだったが、ふとリックス達に向き直った。 「初めまして、サイヨウという者だ。雷鳴山のふもと、雷鳴道場で師範をしていた者だ。以後、宜しく。」
その後、サイヨウはハリーとの関係を話してくれた。 それはポケリウム軍が発足する前の事…ハリーが当時サンダースに進化したばかりの、人間で言うと13歳くらいの時。 同年代くらいのゴーリキーだったサイヨウとハリーは、同じ雷鳴道場の門下生だった。 その頃の2匹は、戦術は違えど、互いに切磋琢磨し合う良きライバルだった。 だが、軍発足が決まった時にハリーに徴兵指令書が届き…ハリーは軍に入り、サイヨウは道場に残った。 この別れ以来会っておらず、今日会ったのが初の再会となったのだという。 「あのぅ、サイヨウさん…さっき、何か考え事をしてたようですけど、何かあったんですか?」 ティスの質問を受け…再び深刻そうな表情になったサイヨウは、事態を話してくれた。 「ふむ…知っていると思うが、今、このポケリウムは魔族の脅威に脅かされている。だが…敵対しているのが果たして本来の魔族なのか、疑問視する声が上がっているんだ。 雷鳴道場の門下生達も全員、魔族調査を目的とした一部の自警団グループに参入してしまってな…結局、今はやむを得ず道場を閉めている。だが、今まで続いてきた道場を、俺の代で終わらす訳にはいかない。門下生達が帰ってこれるよう、俺も自己の鍛練をしながら、魔族の事を調査して各地を回っていた。状況はあまり芳しくは無いが…道場再建のためにも、必ず事は為すつもりだ。」 サイヨウは溜息をつくことなく、まるで自分に言い聞かせるようなはっきりとした語気でそう締めくくった。
「そういう事なら…わたしの部隊と一緒に行動しない?」 ハリーの隣にいたレディウスが、そんなサイヨウに声を掛けた。 「実はわたし達も、魔族の事を調べてるの。一緒に調べれば、早いと思うけど…どう?」 「それは、ありがたい申し出だが…いいのか?」 「えぇ、もちろんよ。」 サイヨウは、レディウスの申し出を受ける事にした。 だが…聞きたい事があると言うと、サイヨウはハリーに向き直った。 「聞いたのだが、ハリーは特殊部隊になったそうだな。お前がいるという事は…調査は公なものではないんじゃないか?」 サイヨウはそう聞いた上で、自分が入っても調査に支障は出ないかを聞いた。 ハリーの事を気遣っての質問だったが…その事を感じ取ったのか、ハリーは静かに首を横に振った。 「もちろん、今やってるのは極秘調査だし、他の部隊には内密にしてもらう事になるけど…支障は出ないよ。むしろ、サイヨウが入ってくれるのなら凄く心強い。無双拳の使い手だからってだけじゃない…戦友として、また一緒に頑張りたいんだ。」 ハリーは、今まで以上に嬉々としてそう言った。 「そうか…ふ、かつての戦友の頼みとあっては、断るわけにはいかないな。俺にはこの拳しかないが、宜しく頼む。」 サイヨウの答えに、ハリーは目を輝かせて喜びの表情を見せた。
こうして、サイヨウが仲間になった。
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【第二十四話:ジャックの伝令、クルスの決意】
その後…今後の事は明日話し合う事になり、それぞれ、宛がわれた部屋に戻った。 その途中、ギルドのロビーでキンとばったり出会い…彼も、しばらく一行と行動を共にすることになった。
「ちょっと、外の空気を吸ってくるよ。」 そう言い残し、クルスはひとりでギルドの45階…屋上へと行った。 今回は、前のようにひとりでいたい訳ではなく、ほんのちょっとした気晴らし程度。 夜10時になっても眠らない、フォートシティの夜景…その光景を眺めながら、クルスはここ数日で起きたいろんな出来事を思い返していた。
「…ふ、少し見ない間に吹っ切れたみたいだな。」 不意に声を掛けられ、クルスは声のした方に振り向いた。 声の主は、ここ数日で知り合ったどのポケモンのものでもない…だが、クルスはその声に聞きおぼえがあった。 振り向いてみると…案の定、そこには黄色のスカーフを巻いたイーブイの姿。 「ジャック…!」 ジャックと呼ばれたそのイーブイは…今は別行動を取っているハリー特殊部隊の隊員の一匹だった。 「隊長殿から話は聞いている…レディウス遊撃部隊と、ともに極秘任務に当たっているそうだな。今回は隊長殿に伝令書を持ってきたのだが…お前の事が、少し気になってな。」 そう言うと、ジャックはどこか安心したような穏やかな表情になった。 クルスもどこか安心したような表情で、ジャックに胸の内を語った。 「僕は…今まで、思い違いしてた。誰も信じずに、ただひとりきりで悩んでばっかりで…レディウス達と出会って、やっと気付いたんだ。もっと、心を開くべきだった、ってね…」 「そうか…」 すると…ジャックは何故か、表情を曇らせた。 意外な反応にきょとんとするクルスに、ジャックは静かに語り始めた。 「…まぁ、それもひとつの選択肢だな。だが、生半可な覚悟では乗り越えられない問題も出てくるだろう。 これはまだ調査段階だが…今、魔族軍の方で新たな動きが出始めている。何でも、中間種の疑いを掛けられているラティアスがいるようだが…奴らはそのラティアスを捕え、中間種と分かれば軍に入れるつもりらしい。…そのラティアスに、心当たりは無いか?」 そこまで聞いたクルスの顔から、しだいに血の気が引いていき…やがて、目を大きく見開いた。 「まさか…ティスが狙われて…!?」 それまで以上に重く深刻な表情で、コクリと頷くと…ジャックは、今にも取り乱しそうなクルスをしっかりとなだめた。 「それこそが、生半可な覚悟では乗り越えられない問題だ。仲間への想いが強ければ強いほど、それを失った時の衝撃は計り知れない…お前が仲間を想うのなら、ティスを、仲間を何としても守るんだ。」 ジャックの、想いを託すような大切な言葉に、クルスはしっかりと頷いた。
「…ジャック、話は聞いたよ。」 振り向くと…いつの間にか、ハリーが屋上に来ていた。 ジャックはさっと一礼し、ハリーに持ってきた伝令書を手渡し…現状を簡潔に話した。 「そうか…あまり穏やかじゃなさそうだね。今後の行動時は通信機を使ってくれ。そして、魔族軍が少しでも不穏な動きを見せたら、すぐ知らせてほしい。 これは、他の隊員達にも伝えてくれ。魔族軍は、それだけ油断ならない大敵だ。ここからは情報を逐一伝え合って、すべての任務を連携して行うんだ。」 「御意…!」
その後、ジャックはビルをジャンプで飛び移りながら、その場を去った。 残されたクルスとハリー…だが、クルスの瞳には少しの怯えもなかった。 「隊長…僕はもう、逃げません。ティスは、みんなは…僕に大切な事を教えてくれました。この出会いを無駄にしないためにも…全力で、戦います。」 ハリーは…クルスの決意に、静かに頷いた。 「クルス…よく言ってくれた。今の気持ちを、絶対に忘れないようにね。」 「…はい!」
ジャックの伝令は…魔族軍との本当の戦いが始まった事を、静かに宣告した。 部屋に戻る、クルスとハリー…その瞳には、もう迷いも怯えも無かった。
そして、この宣告通り…ここからの魔族軍との戦いは、より激しさを増すのだった。
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【第二十五話:ティスの決意】
翌朝…ハリーはいつになく神妙な面持ちで、リックス達とキン達をギルドの会議室に招集した。 防音加工がなされており、どんな重要な会議も安心して行えるその部屋は…ただならぬピリピリとした空気に包まれており、リックス達は少し緊張していた。 …事実を知っているクルスを除いて。
「みんな…今朝集まってもらったのは他でもない。これを見てくれ。」 そう切り出すと、ハリーはジャックから受け取った伝令書を取り出し、皆に見えるように中央のテーブル上に広げた。 そこに書かれていたのは…昨夜ジャックが話したのとほぼ同じ内容の、事実。 かつて中間種疑惑を掛けられそうになったティスが、魔族軍に狙われている…中間種である事が判明次第、魔族軍はティスを軍に引き入れようとしている。 伝令書に綴られた現実をすべて読み終えた時…ようやく、全員が事の重大さを知った。 「ティスが…狙われている…!?」 最初に声を出したリックスは…昨夜のクルスと同じように、青ざめた表情で今にも取り乱しそうになっていた。 他の皆も深刻そうな表情になっていた…だが、狙われていると告げられたティスは、不思議と落ち着いていた。 「…やっぱり、魔族軍と中間種は何らかの関係があるんだね。中間種を引き入れようとしてるくらいだし…」 ただ落ち着いているだけでなく…そこまで推測できるほど、ティスは心にゆとりがあった。 さすがにこれには、ハリーもクルスも驚きを隠せない。 「…狙われてるのに、どうして冷静でいられるの…?」 そうキンが尋ねると…驚くべき事に、ティスの口元に微笑みが浮かんだ。 「ひとりじゃないって、分かってるからだよ。みんなを信じてるから、きっと大丈夫だって思えるの。いつか、きっと…こんな試練が訪れるような気がしてた。でも、みんなと一緒なら、きっと大丈夫。だから、絶対泣かないよ。信じてるみんなのためにも…わたし、頑張るよ。」 そう言い切ったティスの瞳には、ひとつの恐怖も無かった。 その真っ直ぐで純粋な瞳が勇気をくれたのだろうか…いつしか重く暗い空気は晴れ渡り、皆の心は、熱い気持ちでひとつになった。
その後の話し合いで、今後は魔族軍と中間種との関係を調べつつ、ティスを狙う魔族軍を警戒するという方針に決まった。 すでにジャック達が一丸となって魔族軍の今の動向を絶えず探っているので、ハリー達はギルドに寄せられる魔族軍の動向調査レポートや、ハリーの通信端末に寄せられる中間種極秘調査レポートなどの「データ」を頼りに調査を進めて行くことになった。
一旦解散し、それぞれがさっそく行動に移る中…クルスとティスだけはその場に残った。 正確にいえば、クルスがティスを呼び止めたのである。 「ティス…実は、この事は昨日、ジャックから直接聞いたんだ。以前、ティスが相談に乗ってくれたおかげで、僕は大切な事に気付けたし…ティスには、してもし足りないくらい感謝してるんだ。 だから…僕も、もう逃げないよ。どんな魔族が相手でも、絶対にティスを…みんなを守るから…!」 クルスの決意を受け止め…ティスは静かに、だがしっかりと頷いた。 「…ううん、お礼を言うのはわたしの方だよ。あの時、お互いに悩みを打ち明けて、気持ちを交わす事ができて…凄く、嬉しかった。わたしにとっても…クルスは、みんなはとてもかけがえのない存在だよ。 ありがと、クルス…わたしも、あなたの決意に負けないように、頑張るね!」 満面の笑顔でそう言ったティス…クルスは、自分の下した決意を見つめ直し、改めて「守る」意志を固めた。
クルスとティスが約束を交わし、それぞれの気持ちがひとつに結束してから数日後…ジャック達の奮闘もあり、フォートシティ付近でティスを狙う魔族軍の特定に成功した。 それは、かねてよりフォートシティギルドで高額の賞金首として挙がっている奇術師「ハイド・ジョーカー」率いる闇のサーカス団。 精神的な戦慄と狂気を持つ、四天王の魔族分隊にも匹敵するほどの実力を持つ、恐るべき部隊…そして、この特定の成功が、闇のサーカス団との戦いの幕を開けたのだった。
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【第二十六話:暁の来襲】
それは、夜が明けようとしている早朝午前五時頃…何故か目が覚めたティスは、静かに部屋を出て、45階の屋上に向かった。 朝靄に包まれたフォートシティは凍りつくような冷たい空気に包まれており、朝の空気を吸うにしては少し肌寒い。
そんな肌寒い空気に包まれた早朝の都市をティスが眺めていると…後ろでドアが開いた。 振り向いてみると、そこにはクルスの姿があった。 「おはよ、クルス!ごめん、起こしちゃったかな…」 「おはよ、ティス…いや、そんな事無いよ。」 クルスは小さく欠伸をしながら、ティスの隣に来た。 寝ぐせ、なのだろうか…後頭部の毛並みが少し逆立っている。 ティスはくすりと笑うと、おもむろに手を伸ばして、クルスの寝ぐせを整えてあげた。 「…しまった。顔くらい洗ってくれば良かった…」 まだ半分寝ていたクルスは、ちょっと赤くなった。 「最近、いろいろ大変だもんね…昨日は、ゆっくり眠れた?」 「…ちょっと、仕事で寝るのが遅くなっちゃって…ティスは?」 「…ちょっと、考え事してて…ふふ、お互い様だね。」 そう言うとティスはくすりと笑い、クルスもそれにつられて笑った。 いつまでも続くだろう、いつまでも続いてほしいと思っていた、この平和な時…だが、それは叶わなかった。
突如として、その存在はティスとクルスの目の前に降り立った。 すべての毛先が血のように赤く染まった長い金髪にシルクハットを被り、暗黒のマントと黒づくめの服装を纏い、腰に細身のレイピアを携えた男…彼は降り立つなり、不敵な笑みを浮かべた。 『ふっ…中間種、ティス。我らとともに来てもらうぞ。』 その男は一瞬で間合いを詰めると…あっという間に、急所を的確に狙った打撃でティスを気絶させ、そのまま抱きかかえ、クルスの手の届かない上空に浮上した。 「くっ…ティスを、離せッ!!」 ティスに当たらないように、クルスは誘導弾「スピードスター」を放ち、男のみを狙撃した。 だが…男はそれを片手で簡単に受け止め、無効化してしまった。 『私の名はハイド・ジョーカー…お前達がかねてより嗅ぎ回っている、闇のサーカス団のリーダー。三日間だけ、チャンスを与えよう。三日目の夜、私はティスを魔族軍の軍門に下らせる。ティスを助けたくば…フォートシティ郊外に構えた我らのテントへ来るがいい。あぁ、誰を巻き込んでも構わないが…我らは本気だ、覚悟して来るのだな。』 そう言った瞬間…どこまでも邪悪な哄笑を辺りに響かせ、ハイド・ジョーカーはティスを抱きかかえたまま、あっという間に去ってしまった。 「待てッ!…く、ティス…ッ」
騒ぎを察知したリックス達が駆け付けると…もう、時すでに遅し。 そこにいたのは…ティスを一瞬で連れ去られ、何もできなかった自分を悔いるクルスのみだった。 「…ティスが、ハイドにさらわれた…」 悔しさのために身を小刻みに震わせて、クルスは状況を伝えた。 とうとう起きてしまった、最悪の事態…だが、振り向いたクルスの表情には、すでにティスを助けたいという想いがあった。 「…あいつは、フォートシティ郊外の闇のサーカス団のテントに行った。三日目の夜にティスを軍に入れると言ってたけど…そんなの嘘に決まってる。僕は絶対…ティスを助ける!」 ついこの前までのクルスなら見せなかったであろう、迸る戦意…その変わりように、ハリーは大きく目を見張った。 「…っし、オレも行くぜ!戦力は、多いにこしたことはないだろ?」 「フォートシティ郊外の、闇のサーカス団のテントね…わたしも行くわ。ティスは…大切な仲間だものね!」 最初に名乗りを上げたのは、リックスとレディ。 「…俺も行く。ハイドは、これまでも卑劣な事を繰り返している…もう、とうてい看過できん。」 サイヨウも静かに怒りを滲ませ…名乗りを上げた。 「今回は、わたしも行くわ…あんな奴に、ティスは渡さない!」 「僕も行く…これ以上、奴らの好きにはさせないよ!」 普段は待機しているルカも今回ばかりは同行を決意…同じく名乗りを上げたキンも、怒りを燃え上がらせていた。 「みんな…!」 同行してくれる皆を見渡し、目を潤ませるクルス…その彼の肩に、ハリーがそっと手を置いた。 「クルス…よく言ってくれた。ひとつ吹っ切れたのなら、後は前に進むだけだ。意志をともにしてくれる仲間のためにも…全力で行くぞ!」 「…はいっ!!」
全員気持ちをひとつにして、ギルドを飛び出したリックス達。 フォートシティの郊外に出た一行の目前に――赤と黒の奇抜なデザインの敵地「闇のサーカス団テント」が見えてきた。 果たして、ティスを救う事は出来るのか。先の見えない不安の闇を突っ切り…今、一行は敵地への侵入を果たし、テントの中へと突入した。
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【第二十七話:闇と狂気の世界】
闇のサーカス団のテント…内部に侵入した一行は、衝撃の事実を知る事になる。 魔族復活以前、ポケリウムには名の知れていたポケモンサーカス団があったのだが、数年前に劇団ごと失踪するという怪事件があった。 …そう、そのサーカス団の使っていたテントこそが、闇に染められたこの場所。 ハイド達、闇のサーカス団は…ポケモンサーカス団を乗っ取り、ここを前線基地としていたのだ。 照明はすべて邪悪な赤色に変えられていたが、それ以外はかつての面影のまま…邪悪な色に染められたかつての面影は、助けを求めているようにも見えた。 「あいつら…このサーカス団を乗っ取ったのか…ッ」 怒りの感情を露わにするリックス…ティスとサーカス団を救うべく、一行は進撃を開始した。
会場入り口の先には、ハイドの生み出した闇の異空間が広がっていた。 白と紫の市松模様のタイルの通路だけが唯一の足場であり、紫色の周囲の空間には、鳥かごや巨大な懐中時計などが浮遊している…その物陰から襲ってくるのは、それぞれ多彩な道具を持った道化師の人形「クラウンドール」の大群。 一行はまともに相手をする事なく、それぞれの持ち技でクラウンドール達を撃退していく。
そんな攻防と進撃を繰り返していく内に、一行は足場が円形に広がっている場所に出た。 そこだけは足場を囲むように巨大なトランプのモニュメントが立ち並んでいる…その足場で、一行は強力な魔族と対峙した。 大きく太ったボス格の道化師人形「マッドクラウン」…赤と紫の奇抜な服装を纏い、背中には奇怪な顔の描かれたマントを纏っている。 その存在はケタケタと奇妙な笑い声を上げると、急に襲いかかってきた。 「ハリー!ここは連携で行こうぜ!」 「OK…行くよ、リックス!」 まず飛び出したのは、リックスとハリー…先にリックスが急接近し、相手の攻撃を誘った。 マッドクラウンは余裕に満ちた表情で、袖に仕込んだマジックハンド型のパンチを飛ばす。 そのパンチを「みきり」で見事に空振りにさせ、一先ず距離を取ったリックス…一方のハリーは距離を置いたままそのタイミングを見切り、でんじはとミサイルばりの複合技「スタンニードル」を発射した。 『ケケッ――グ、ゲッ!?』 マッドクラウンは「ミサイルばり」のダメージを負った挙句、込められた「でんじは」の効果で麻痺した。 しかもハリーの放ったスタンニードルはゆうに30本近くあり、針を全身に受けたマッドクラウンは行動すら取れないほどの麻痺状態に陥っていた。 『グッ、ゲ…ケーッケケケッ!』 動けなくなったマッドクラウンは、何故か狂ったように笑い始めた。 そのマッドクラウンの体が、徐々に赤く光り始める…そう、マッドクラウンは「だいばくはつ」に踏み切ろうとしていたのだ。 その準備行動は予想以上に速く、すでに爆発寸前… 「―させるかっ!行くぞっ、ばくれつパンチッ!」 その「だいばくはつ」をいち早く読み取ったサイヨウは…一気に間合いを詰め、動けないマッドクラウンに「ばくれつパンチ」を見舞った。
吹っ飛ばされたマッドクラウンは、場外の空間に飛ばされ…見えなくなる寸前で「だいばくはつ」した。 一歩間違えれば危なかった…遥か彼方なのに、そのあまりにも大きい爆風を見せ付けられ、一行は安堵した。 「…安心している時間は無い。先を急ぐぞ。」 サイヨウの一声を受け、一行は先を急いだ。
この様子を、ハイドは異空間の最果てで水晶を介して見ていた。 チッ、と舌打ちしながらも、その表情にはまだ余裕があった。 『ふ、さすがだな…さすが、お前が警戒するだけの事はあるよ、デス・ダークライ。』 そう…そこには封印の遺跡で対峙した、あのデス・ダークライの姿もあった。 こちらは、ハイドの張った戦線をどんどん突破されている事に少し苛立っている様子。 『…ふん、それでどうするのだ?貴様の自慢の戦線とやらが簡単に突破されているが…』 『ふむ…お前は何か勘違いをしているな。この戦線の目的はあくまで時間稼ぎ。たとえ突破されたとしても、現段階ですでに成功しているよ。』 デス・ダークライに睨まれても、ハイドは動じずにさらりと受け答えた。 それ以上は何も言わなかったが、デス・ダークライはなおも苛立っていた。 『…ふ、焦りは禁物だ。お前から言われていたティスのDNAコードはすでに取ってある…例えティスの洗脳に失敗しても、お前はそれさえ持ちかえれば良い。』 余裕に満ちた表情でハイドがそう言うと…不意にデス・ダークライは立ちあがり、巨大な大鎌を携えた。 『ふん、コードさえあればいい…我は先に魔城に戻る。もし成功でもしたなら、貴様もそれから戻ってこい。』 それだけを言い残し、デス・ダークライはさっさと立ち去った。 残されたハイド・ジョーカーは、椅子に座り、水晶に映るリックス達に向けて不敵な笑みを浮かべた。
『ふっ、威勢のいい事だ…いいだろう、そのままここへ来るがいい。久々に…良い退屈しのぎになりそうだ。』
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【第二十八話:ティスとミルキーの大冒険】
「う…ここは…」 リックス達がテントに侵入したのと同じ頃…異空間の外側にある舞台裏で、ティスは気がついた。 すぐに動こうとするティスだったが…体をロープで柱に縛り付けられていたため、それは叶わなかった。 何とか抜け出そうともがくティスだったが、びくともしない。 「…早く、帰らなきゃ…でも、どうすれば…」 すると…そんなティスの目の前に、一匹の♀のキルリアが現れた。 やはりロープで縛られていたのか、その腕には跡が残っている。 「…あなたが、ティス…?」 「え…そうだけど、あなたは…?」 キルリアはその質問に答える前に…念力のナイフ「サイコカッター」を取りだし、すっとティスに近寄ると、ティスのロープを切ってあげた。 自由の身になったティスは、戸惑いながらもキルリアにお礼を言った。 「…急にごめんね。ちょっとあいつの話を盗み聞きして、放っておけなくなっちゃってさ…アタシはミルキー、宜しくね。」
その後、ミルキーはこれまでの経緯を話した。 もともとはポケモンサーカス団で曲芸をしていた事…団を闇のサーカス団に乗っ取られ、他の団員と一緒に奴隷としてこき使われていた事…。 それを聞いていたティスの心に、しだいに怒りが込み上げてきた。 「何てひどい事を…みんなを助けるには、どうすれば…」 「…みんなを、助けてくれるの…?」 ミルキーの問いかけに、ティスは戸惑う事無く、ゆっくりと頷いた。 「ありがとう…やっぱり、ハイドを、あいつを倒すしかないよ。今ね、ティスを心配してるポケモン達が、あいつのいる空間に入って行ったの…あいつの弱点なら知ってるから、アタシ達は別のルートで行ってみない?」 ティスは…そのポケモン達がリックス達だと直感で分かった。 そして、ミルキーは何か秘策があった…ティスは、その秘策に賭ける事を決意した。 「うん、やろう!ミルキーは、わたしの背中に乗って…そのルートを、案内してくれないかな?」 「OK、決まりね。一緒に、ハイドを倒そう!」
ミルキーはティスの背中に乗り…舞台裏から舞台までの通路にあった空間の裂け目から、ハイドのいる異空間へと侵入した。 こちらには足場は一切なく、紫色の空間に鳥かごや巨大な懐中時計がふよふよ浮いている…出現する敵もクラウンドールではなく、丸い発光体の魔族「ウィスプ」ばかり。 「そこをどいて! 10まんボルトッ!!」 「それっ、ミストボール!」 襲い来るウィスプを迎撃しながら、ミルキーを乗せたティスは先を急いだ。
やがて、ミルキーの秘策のある空間が見えてきた。 「ねぇ、ミルキー…あの空間には何があるの?」 「真実の剣よ。ハイドはタイプを持ってないし、ポケモンの技じゃダメージを与えられないけど…その剣なら一撃で―ッ!?」 そこまで言いかけたミルキーに緊張が走り…前を見たティスも、その存在に気付いた。 そこにいたのは、意思を持った巨大剣「リビングソード」。 敵はその刃をこちらに向け、襲いかかってきた。
リビングソードの突進をかわしたティス達…だが、その敵の横の空間が一瞬歪み、そこから無数の剣が飛んできた。 ティスはその剣をギリギリで回避すると、反撃としてミストボールを放つ…ミルキーを乗せているので、いつものような魔法は使えない。 しかも敵は「はがね・ゴースト」タイプ…そう簡単には進まなかった。 「っ!」 不意打ちをしようと突進してきたウィスプを、ティスはすんでの所で回避した。 どうやら、先ほどのウィスプもしつこく追ってきたらしく…ティスとミルキーは、リビングソードとウィスプの群れによって挟み撃ちにされていた。 「…いいこと思いついた。ティス、一旦攻撃中止よ。あのウィスプ達が、一か所に集まるように飛行して!」 「…OK!」 ミルキーの作戦通り、ティスはウィスプ達の群れの中へと向かった。 仲間を巻き添えにしてしまうため、リビングソードは剣を飛ばす技「ソードレイン」しか打つ手が無い。 飛んでくる剣とウィスプをかわしながら、群れの周りを旋回するティス…すると、ウィスプの群れは集まり始め、すべてのウィスプが合体し、一体の巨大な「レギオンウィスプ」となった。 「ティス、ストップ!」 その言葉を受け、静止したティス…ティスとミルキーが前を向くと、奥にリビングソード、手前にレギオンウィスプという感じで、ちょうど縦並びになっていた。 レギオンウィスプは、ティス達を狙って「とっしん」を開始…そのスピードはとてつもなく速く、あっという間に衝突寸前のところまで迫ってきた。
「―掛かったね!行くよ、まもるッ!!」 すんでの所で張られた、「まもる」による巨大結界…これに衝突したレギオンウィスプは、反動でリビングソードの方向に吹っ飛ばされた。 それまでのとんでもないスピードが災いし…為すすべもなく、リビングソードはレギオンウィスプと衝突。 この衝撃により…リビングソードとレギオンウィスプは、両方とも消滅した。 「す、すごい…!」 「ふぅ、うまく跳ね返せたみたいね。―さぁ、ティス!剣を取りに行きましょ!」
その後…例の空間に辿りついたティス達は、無事に「真実の剣」を入手。 リックス達との合流、そして打倒ハイドを果たすべく、ティスとミルキーはハイドの待ち構える異空間の最果てに向かった。
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【第二十九話:狂気の夜の使者】
マッドクラウンを倒したリックス一行は…ついに異空間の最深部に辿りついた。 最深部の足場は市松模様のタイル通路ではなく、巨大な円形の黒の足場の上に古式の魔法陣が赤黒く光っている、不気味なもの。 周囲の空間も紫色ではなく、赤と黒が妖しく混ざり合い、その中に白い月と星星が妖しく輝いていた。
『ククク…よく来たね。ようこそ、狂気の聖域へ。』 クルスにとっては聞き覚えのある声の後…その存在は姿を現した。 すべての毛先が血のように赤く染まった長い金髪とシルクハット、身に纏うは暗黒のマントと黒づくめの服装、腰に細身のレイピアを携えた男…ハイド・ジョーカー。 一行の怒りの視線にさらされてもなお、彼の不敵な笑みは絶える事はなかった。 「ハイド…ティスをどうするつもりだ!」 その様に、クルスが怒りの第一声を放つ。 『ふっ…安心したまえ、まだ息はある。ここで君達が敗北すれば、彼女は我ら魔族軍に加わってもらうつもりだ。…もう分かるね?ティスを返してほしくば、君達は私に勝たねばならないのだよ!』 言うなり、ハイドはマントを翻し――細身のレイピアを抜き、戦闘態勢を取った。
ハイドから放たれるは、とてつもない強者の波動…一行は綿密な作戦を取る事にした。 近接タイプであるリックスとサイヨウがハイドを引き付け、遠方・援護タイプであるレディウスとルカとキンが後方でサポートし、万能タイプであるハリーとクルスが生じる隙をカバーするというもの。 そして、今回の戦いではレディウスの部下のイーブイ達と、ルカの部下のチルット達も戦闘に参加…こちらは遠方に回り、全力で援護する事に。 その陣形通りにそれぞれ広がり…こちらの戦闘準備も完了した。 『なるほど、身の程はわきまえているようだね…さて、始めるとしよう。全力で…私を楽しませてくれたまえ!!』
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【第三十話:狂気ノ夜ニ舞ウ奇術剣士】
「行くぜ、はっけいッ!」 「全力で行く…インファイト!」 まず動いたのはリックスとサイヨウ、それぞれの技を携え、間合いを詰めて行く…
「みんな、てだすけを使って!―サイコキネシスッ!」 「おぉーっ!」 次に動いたのはレディウス遊撃部隊…やはり敵を直接狙うためにサイコキネシスを使用し、部下のイーブイ達はリックスとサイヨウに向けて「てだすけ」を集中させた。
はっけいを当て、ひとまず後退するリックス…間髪いれず、サイヨウのインファイトが炸裂した。 『ぐっ…やるな!』 ハイドはとっさにマントを翻し、サイヨウの一瞬の怯みを突いてその場を離れた。 だが…五匹分の「てだすけ」が働いていたのにもかかわらず、敵はさほどダメージを受けていない。 「そんな…あれほど強化したはずなのに…!」 『最初に言っておくが、私にポケモンの技は効かない…だが、そこのカイリキーの無双拳だけは例外のようだ。ふふ、面白い…そう来なくてはな!』 直後…ハイドはレイピアに紫の光を宿し―そのレイピアを連続で振るい、次々と紫の衝撃波を放った。 「くっ…そうはさせるか!」 ハイドの攻撃を予め読んでいたキンは、ひかりのかべとリフレクターの複合技「ハイパーシールド」を展開した。 二つの防壁が重なり合う事で、衝撃波は食い止められただけでなく――反射され、技を放ったハイドに襲いかかった。 ハイドはそれをすべてかわしたものの、反撃は完全に防がれた。
「ならば…!ゆけっ、スタンニードル!!」 「これでもくらえ…!ひみつのちから!!」 状態異常を狙う作戦に出たハリーとクルス…ハリーのスタンニードルの後に、「こんらん」の状態異常を導き出したクルスのひみつのちからが続く。 「みんな、フェザーダンスよ!」 「おぉーっ!」 さらに能力ダウンを狙い、ルカとチルット達のフェザーダンスが繰り出された。 これだけの状態異常と能力ダウン、通常ならば戦力を大幅に下げられる…と思われた。 『ふっ…無駄だ!』 だが…驚くべき事に、ハイドにはその全てが効かなかった。 やはり最初に言っていた通り、ハイドにはポケモンの技は通用しない…! 「…よもや、無双拳にここまで頼る時が来るとはな…!」 そう…この場で敵にダメージを与えられるのは、すべてに効果抜群となるサイヨウの無双拳のみ。 全員が回避優先、もしくは「てだすけ」などで全力サポートに回り、サイヨウだけがひたすら攻撃に。 ハイド側も紫の衝撃波や闇の力を存分に使ってくる上に体力も異様に多いために、長期戦は必至だった。
『ふっ…そろそろ幕を引くとしよう!狂気の鼓動よ…此処に来たりて、彼の者の終焉を謳え!マッドサーキュラーッ!!』 ハイド・ジョーカー最大の大技…「マッドサーキュラー」。 フィールドの床全体を覆う魔法陣が淡い紫色に変化し―やがて魔法陣を中心として、のたうち回る闇の波動がフィールド全体を激しく暴れまわる…。 その全てが終わった時…一行はかろうじて息はあるものの、もはや戦える状態ではなかった。 『ほぅ、よく耐えたね…でも、これでチェックメイトだ!』 ハイドはレイピアを高々と上げ…紫の衝撃波「ファントムスラッシャー」を放つための力を溜め始めた。
「そこまでよ、ハイドッ!!」 不意に響く声に、ハイドはチャージを中断し、声のした方を振り向いた。 一行も声のした方に向き直り…その声の主に、大きく目を見開いた。 『チッ…!』 それまで余裕だったハイドが、初めて苦虫を噛み潰したような表情になった。 そこにいたのは、ティスとミルキー…ティスに乗ったミルキーの手には古式の剣「真実の剣」が握られていた。 「ティス…覚悟はいい?」 「うん、いつでも行けるよ!」 改めて互いに意志を確認し合うと、ミルキーは真実の剣を構え直し、戦闘態勢を取った。 『その剣はリビングソードに守らせていたはずだが、まさかそれを突破するとはな…ふ、面白い!その覚悟、見せてもらおうか!!』
もうしばらくは戦えないリックス達が固唾をのんで見守る中…第二の戦いが開始された。
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【第三十一話:Destiny Battle!】
ハイドはマントに闇の力を集め、空中に飛び立った。 ミルキーもティスに乗ったまま戦闘に入り…戦いは空中戦となった。 「はぁッ!」 まず動いたのはティスとミルキー…ティスはハイドのすぐ脇を掠めるように通り過ぎ、すれ違い様にミルキーの斬撃が決まった。 だが…効いていないわけではなかったが、その一撃でハイドが倒れる事は無かった。 『ふ、さすがは真実の剣だ…我が幻影の剣の相手にとって不足は無いな!』 言うなり、ハイドはファントムスラッシャーを一心不乱に連射するが、ティスはそのすべてをかわし切り、再びハイドへの接近に踏み切った。 「…許さない。あなただけは、絶対許さない…!」 直後に繰り出された、ティスの怒りのりゅうのはどう…効かないはずなのに、ハイドはその剣幕に完全に押されていた。 攻撃を終え、すぐさま脇を掠めるように通り抜け、再びミルキーがすれ違い様に斬り付ける。 『くっ、おのれ…図に乗るなッ!!』 ハイドは剣を持っていない手を前に掲げ、強力な闇の波動を放つ秘技「ファントムブレス」を放った。 タイミングは、まさに斬り付けられてからほんの数秒後…ティスはこの技をかわしきれなかった。 「きゃあッ…く、諦めない…ッ」 あわや墜落…だがティスは気力を奮い立たせ、何とかそれだけは乗り越えた。 その上でファントムブレスを受けたミルキーもまた、ティスから振り落とされそうになるのを気力で堪え、ハイドを睨みつける。 「あんたを、倒すまで…絶対、諦めないから…ッ」
空中で繰り広げられる、互角の大接戦…もはや戦えないリックス達は、ただそれを傍観するくらいしか出来なかった。 「…ちくしょう…あんなに頑張ってるのに、何もしてやれないのかよ…ッ」 悔しさを滲ませるリックス…その時、傷だらけのクルスが、ふらつきながらも立ち上がった。 「…クルス…何をする気なの…?」 負ったダメージを必死に堪えながら、レディウスが尋ねる。 「…決めたんだ…ティスは、僕が守るって…」 ダメージのあまり震えながらも、クルスは少しずつ前に踏み出し…一行の先頭まで来ると、このすべてを引き起こした元凶、ハイドを強く睨みつけた。 そして…直後、信じられない事が起こった。
「ティスは、僕が守るって…決めたんだ――ッ!!」 そう高々と叫んだ瞬間、クルスの容姿が急変した。 薄水色の体に蒼い瞳、背中に生えた二対の大きな翼に全身を覆う羽毛、そして額に現れた白い十字模様。 それはあらゆる世界において、イーブイの幻の進化形態といわれる姿…聖獣と謳われた進化系「エルセオン」。 エルセオンとなり、すべての傷が完治したクルスは…その大きな翼を広げ、空中へと飛び立った。
急な助っ人の登場に、ティスとミルキーはいったん後退した。 入れ違いに参戦したクルスは、聖獣独自の見た事もない技でハイドを圧倒し始めた。 『ぐッ…バカな…エルセオンに進化した、だと…!?』 聖獣の技は、闇を照らす光に関するもの…闇の力を扱うハイドにとっては、まさに弱点のものだった。 持てる闇の力すべてを賭して応戦するハイドだったが、形勢は完全にクルスに傾いていた。 そして… 「聖獣、奥義…ホーリークロスッ!!」 エルセオンとなったクルスの最大の必殺技「ホーリークロス」が発動。 とてつもなく巨大化したクルスの両翼が大きく開かれ、その内側全体から放たれた光が交差し…その中心点に巻き込まれたハイドは、強力な聖十字の光に飲まれた。 『くっ…ここまで、か…ッ』 ハイドは断末魔を上げることなく…断罪の光の前に、消滅した。
それを確認したクルスは、安心したのかその場で気を失い…元のイーブイの姿に戻ってしまった。 翼を失い、地面に向かって落ちて行くクルス…その真下に素早くティスが回り込み、剣を鞘に収めたミルキーがクルスを受け止めた。 その後…ハイドの術が解け、周囲の地形が元のステージに戻った。
こうして、壮絶を極めた闇のサーカス団との戦いは終わったのだった。
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【第三十二話:守り抜いた小さな幸せ】
「…う、うぅん…ここは…?」 目覚めたクルスの目に飛び込んできたのは、フォートシティの自警団ギルドの医務室と…そして、ちょうどクルスの様子を見に来ていたティスの姿。 ティスを見た瞬間、クルスはハッと飛び起きたが…直後に激しい頭痛に見舞われ、再びうずくまった。 「クルス!気がついたんだね…良かった…ッ」 涙混じりの笑顔で、ティスがクルスにかけ寄る。 ようやく頭痛のおさまったクルスは…ティスの無事を確認すると、ほっと安心したような表情になった。 「僕…ティスを、助ける事ができたんだね…」 「うん、あなたのおかげだよ…ありがと、クルス。」 涙を拭いてティスが微笑むと、クルスも自然と笑顔になっていた。
その後…医務室の外で待っていたリックス達が、クルスが目を覚ましたと聞き、駆け付けた。 あの後、捕まっていたサーカス団のポケモン達は全員救出され、ひとまずフォートシティ総合病院で治療を受ける事になり…ハイド戦でダメージを負っていたミルキーも同じ病院で、他の団員達と同様に治療を受けていた。 現場は自警団達が現場検証中だが、もう闇のサーカス団の脅威は間違いなく消え去った。 …あとは、クルスの容態である。 「え…僕が、エルセオンに…?」 容態なのだが、どうやらクルスはエルセオンになってからの記憶が残っておらず、変化が起きる直前にすでに気を失っていたというのだ。 だが、エルセオンとなってからもクルスはハイドと激闘を繰り広げた上に、あんなにとてつもない大技を繰り出していた。 その時にすでに気を失っていたというのが…クルスを含め、ここにいる者全員が腑に落ちなかった。 「エルセオンは天上界に住む聖獣と聞いているが…あくまで想像上の存在だ。伝説は多く残されているが、実際に姿を見たという話は無い…」 そこまで言いかけ、サイヨウは言葉を止めた…正確には、言葉が出なかったのだ。 目撃例も無く、ただ伝承上にしかない存在…どれだけ推測を立てようとも、所詮それらは推測の域を出る事は出来ない。 そして、このために一番困惑する事になったのはクルス自身である。 「分からない…僕は、どうして…」 不安のあまり俯くクルス…そのクルスの手を、そっとティスが握った。 そして…ティスはゆっくり、自分の想いを話し始めた。 「姿なんて、関係無い…たとえエルセオンになったとしても、わたしにとって、クルスはクルスだよ。どうしてエルセオンになったかは、後でゆっくり考えればいい…大事なのは、自分を見失わない事じゃないかな。」 「ティス…!」 差別を受けた自分の姿…その悩みに向かい合っているティスだからこそ、そう思えたのだ。 そして、自分の事…自分に突きつけられた現実にしっかり向き合う事が出来れば、立てた推測も前に進むためにちゃんと生きてくる。 ティスはそう確信していた…そして今、その確信はクルスだけでなく、この場にいる全員に伝わった。 「そっか…そう、だよね。どうしてエルセオンになったのか分からなくても…今、僕はここにいる。自分と向き合えなけえば、理由が分かってもしっかり受け入れられないよね…」 言い終えて、クルスは強く頷いた。 不安をしっかり乗り越えたクルスに、一同は安堵した…あとは、負ったダメージをしっかり回復させるだけである。
一度解散したものの…リックスは途中の通路で、ティスを呼び止めた。 「ティス…何だか、吹っ切れたみたいだな。」 「うん、あなたのおかげだよ。さっきの言葉だって、あなたに相談に乗ってもらったから言えたんだと思うし…それに、気持ちが通じるって、こんなに幸せな事なんだね。」 そう言ったティスの表情は、とても幸せそうだった。 リックスは…そんなティスを気遣ってか、真っ直ぐその言葉を受け止めた。 「オレも、記憶を失ってるけどさ…やっぱ、分かり合えたら嬉しいし、そういうのが「仲間」だと思うんだ。前は『記憶が戻ったらオレはオレじゃなくなるんじゃないか』って思ってたけど…拾ってくれた自警団のみんなと一緒にいる内に、自然と不安に思わなくなったんだ。だから言えるのかもしれない…どんな不安でも支え合って乗り越えられるから、仲間はかけがえのないものだ、ってな。」 「リックス…!」 リックスは記憶を失っている事、ティスは記憶喪失と自分の姿、クルスは一時的に想像上のものでしかない存在になった事…みんなそれぞれ悩みや不安を持っていても、仲間として支え合えば絶望してしまう事は無い。 そう確信させてくれたリックスの言葉が、ティスにとっては凄く嬉しく、暖かいものだった。
壮絶を極めた戦いの末に守り抜かれた、小さくもささやかな幸せの居場所…仲間。 その仲間の大切さを、一行は今一度噛みしめるのだった。
【波導のレクイエム 第一巻 THE END】 【第二巻に続く→http://www1.interq.or.jp/kokke/pokemon/commu/story/1294.htm】
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