< 前のページ > 次のページ ▲ 帝国文書館 凸 王城

晩秋の華と涼 −鷹橋晋一の紅葉狩り−
【5】


「…ご存知かどうかはわかりませんが、半月前にニュースで行方不明になっていたのが、私です…
 あの日から仕事も手がつかず、真一さんとのことを知る同僚もそれなりに居ましたから…
 数日後に職場を去りました。そしてこの前、ひとりここへ来て……を去りました…」
 そういえば、奥多摩湖で若い女性が行方不明になったと、うろ覚えではありますがテレビで見たように思います。確か数日間捜索がなされたにもかかわらず、彼女が見つかることはなかったような気がいたします…。真一という男ひとりで、ひとりの女性の人生がこんなにも狂うなんて…。 
「…真一という方を愛していたあなたには同情します。でも、このモミジの葉が来年また新たな葉を出し、再び紅く色づくように、人生なんていくらでもやり直しがきいたはずですよ…」

「…
 …
 ……」

 風がかすかにふたりの間に吹きぬけ、あたりに静寂…沈黙を呼び起こします…

「……
 ……
 ………」

「す、スイマセンッ…私としたことが…」
 ちょっと言葉が過ぎましたね。この世の方ではないとはいえ、相手は恋に破れた女性…
 いやはや、こういった話は苦手ですよ…。
「…そ」
 と、彼女の表情はにわかに晴れ、そしてゆっくりと口を開きました。
「…そ…うですね、そうかもしれません。
 私は…真一さんという一本の木、いえ一枚の葉にとらわれ、他の木、他の葉のすばらしさを見ようとしなかったのでしょう…」
「…ええ。まったく、お気の毒ながら…」
 すると水際へと一歩…また一歩と歩み出す彼女…
「私の人生…。やり直し…きかなくなってしまいましたね…」
 彼女の眼前には、紅葉に彩られた奥多摩の湖が広がっています。
「あ…、
 …は、早まってはいけませんよ、お嬢さん!」
 …失礼。 既に半月前…「早まって」しまったのでしたね。
「お話、聞いてくださってありがとうございました…
 そろそろ私は…行きます。 いつか、やり直しができるなら…」
  
「あ…あの、お名前は…?」
「あづさ…仁藤あづさ…です…」
 真一にあづさ…ですか…。
 晋一とあずさは、こうして今、共に人並み…いや幸せな家庭を築いているというのに…。
『…ありがとう…
 もっと…早くにお会いしたかったです…』
 湖面へと静かに彼女は身を躍らせます。水の底には、一体何があるのでしょう?一体何が待つのでしょう?

 ふわり…

 波ひとつ立たぬ水面に、ひとひらのモミジが舞い落ちました…

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